2005年1月 2005年2月
 

1月1日  新年のご挨拶
1月15日 今年は盛り上げます!
1月16日 アラブな一日
1月17日 アルメニアな一日
1月20日 MX、TV収録〜天本英世さん
1月21 日 タモリ倶楽部放送
1月25日 荻窪ナタラジ

2月1日 新ユニット結成!
2月3日 またも新ユニット結成!
2月8日 大森高校定時制でアラブ音楽
2月12日 いろいろ新サイト始まる!!
2月14日 チャメ君からのプレゼント
2月16日 福島県南高校音楽の先生の講習会
2月19日 生徒さんの結婚披露パーティー
2月25 日 画期的な新サイト・オープン
2月26日 嬉しい書き込み

    最新書き込み日

1月1日 新年のご挨拶

 

 新年あけましておめでとうございます。今年もどうぞ宜しくお願いします。

 皆様から お年賀状を頂きまして、例年の事ながら お返事になってしまうことをお許し下さい。相変わらずご挨拶もろくに出来ない無作法者でございます。
  かれこれ何十年も続いている状況ですが、自転車操業の年末は 何時も「年を越せるのか?」と慌ただしくしておりまして、その年最後の教室や演奏会が終わると一年で唯一の休みであります年末とお正月の数日に疲れがどっと出てたいがい寝込んでしまう情けない状況です。母の具合が悪くなって以後は猫だらけということもありまして、おせち料理もろくに頂かない有様で、なんだか一年で最も寂しい時期だったりします。

  若林はトラウマとかジンクスが多過ぎると自分でも深く反省し、悩んでいるところですが,少年時代の最大のパトロンでした伯父が倒れたのも母が倒れたのも大晦日で、物作りの師匠でありました叔父が亡くなったのが年明けで、母を救急車で搬送したのが元日でした。
  子供の頃に最も悲しかった出来事が、愛犬コリーが大晦日の嵐の日に垣根が吹き飛んだのに脅えて居なくなってしまったのと、毎年クリスマスと一緒にされていた誕生日を初めて本当の誕生日に誕生日会をやってくれて友達も呼んで良いと言われ当時最高の贅沢でしたアイスクリーム・ケーキも買ったのに祖母が亡くなり会は中止で茨城迄飛んで行ったことでした。
  犬はその時の悲しさで十年以上飼わなかったのを野良のビーグルを飼い出したら半年もしない内にまた大晦日に居なくなってしまいました。

  大人になってからは叔父達や母の入院か自分が寝込むとなる訳ですが、そんな「寂しいお正月」も幸いここ一、ニ年は猫達も犬も皆元気に年越ししてくれますので助かっています。

  世界の音楽文化とかかわっているとは言え、やはり日本人として日本の伝統的な季節や時のけじめというのは大切だと思いますし、世界各地にもそういうものは必ずあります。
  数年前少し余裕が有った頃、三味線や鼓、琵琶を沢山の師匠から教わっていた頃のお正月は格別な気分でした。
  一日でも早くそんな状況に再び持って行きたいと思っています。

 自宅の猫達が皆さんに新年のご挨拶を、と思ったのですが皆昨年初めて買いました炬燵にハマッてしまい食事の時しか出て来ません。
  ずらりとお尻が並ぶ食事姿もほのぼのとするのですが、それじゃご挨拶にならないので、病気のため教室で一人で暮らす(その代わり沢山の生徒さんやお客さんにかわいがってもらっています)元野良のチャメ君がご挨拶してくれるか、と思いましたが、若林が来ると嬉しがってゴロゴロするばかりで「ご挨拶の写真」が撮れませんでした。

   

1月15日 2005年は盛り上げますゾ!
 

ちょっと変な時代ですか?
 僕の回りだけかもしれませんが、回りの人のそのまた回りもこの数年嬉しいお話しはあまり聞きません。
  数年前若林も訪れた山古志村などの新潟の地震の復興もままならない内に、若林もお世話になった師匠達の住むところから遠くないスマトラ、スリランカ、南インドの大津波。TVで異常気象の映画を見た直後の津波のニュースでしたから震撼しましたが、TVを見れば占い師は悪い話しばかり、特番も危機感を煽るばかり。

  「平和ボケをしない事」は勿論大切なことですが、子供の頃から危機感たっぷりの生活をしてきて、高度成長期やバブルの時の回りの姿を恨めしく思って来た僕にとっては
「今更そりゃないヨ」って感じですし、今まさに青春時代を謳歌しようという若者達にはホント申し訳ない限りです。
  こんな時代こそ「神頼み」という方も多いでしょうが、またもや偉そうな事を言いますが、子供の頃から危機感を持っていた僕にしてみれば、この数年猫や魚や亀や昆虫と暮らしていると尚更「今更人間だけが助かろうと思っても無理なんじゃ?」と思います。
  むしろ人間みたいに悪い事をして来なかった猫や亀の神様に彼らからお願いして貰った方が良く成るかも、と思う程です。
  彼らだって人間に付き合わされるのも困るでしょう。

 その一方で、僕も人間としてまだしばらく寿命があるならば、少しでも流れは変えたいと思っているのですが、自分の事で精一杯じゃイカンとは思いつつ、ここ数年は与えられる機会を精一杯頑張ることで終わってしまいました。


25周年の節目の年
 と、気づけば民族音楽センターも25周年。若林の民族音楽演奏も池袋パルコ、渋谷じゃんじゃんでのシタール演奏から数えれば33周年で、ライブ・スポットをまだやっていればきっとなにか記念イベントをやっていた筈だなと思いながら、同じ吉祥寺で長きに渡ってお世話になって来た西域諸国民芸品店の「はるばる屋」さんにメールしましたら、
「はるばる屋」さんも開店30 周年ということで「じゃあ一緒に何かイベントをやろう!」という嬉しいお言葉を頂きました。

 「はるばる屋」さんはまだ東京にアジア雑貨のお店が二、三件しか無かった頃に始められた日本のエスニック雑貨輸入業の一期生です。 
  若林も地方の演奏会などで思いがけず「若林さんのお店でアジア音楽文化に出会ったんですよ」と声を書けてくれる方が少なくありませんが、「はるばる屋」さんでアジア庶民文化と接した方は沢山居る筈ですし、元スタッフで関係のお仕事で独立された方も多い筈です。
  端から見れば「はるばる屋」さんも民族音楽センターも好きな事を気楽にやっているようだったり、ビジネス・ライクに誤解され易いところもありますが、その実現地の文化に惚れ込んでしまえばしまうほど、頑固だったり商売下手だったりしている実状はさておき「さすが老舗」というところをこんな時代だからこそ頑張って見せてゆかねば、と思うところで意見が一致したのです。
  春ころから毎月ひとつは何かしら大小のイベントを企画実行し、年末に大きなイベントを画策しています。皆さんからの情報、アドヴァイス、一緒にやろう!というようなお話大歓迎です。宜しくお願いします。

1月16日 アラブな一日
 

 今年の「はるばる屋さん提携30周年記念イベント」の打ち合わせ(って言い方も地味なのでメフェフィルと呼んでます)が始まるや否や、はるばる屋の加藤サンが応援しているアラブ文化協会のアラブ料理講習会に呼ばれてアラブ弦楽器ウードを演奏してきました。
  はるばる屋さんが「会の景気付けに」と考えたのですが、なんと文化協会主宰のジャミーラさんは若林も25年前本格的にアラブ音楽の演奏活動を始めた時に大変お世話になった方、喜んで!と駆けつけた次第です。
  自分ではそのつもりがなくても、何かお仕事じゃ無いと電車にも乗らない、基本的に出不精というかオタクなので。
  って言うのも語弊があるので言い訳をしますと、楽器修理とか録音とか原稿って本当に中断が難しい仕事なので、お仕事で引っ張り出されないとほんとに動かないンんです。

 アラブ関係の旧交を暖めて教室に戻ると、アラブ音楽の体験入学があって、夜はアラブ弦楽器ウードの修理。思いがけずアラブな一日になってしまいました。

  そのウードは、良かれと思って演奏活動を始めた元生徒さんにお貸しした、親しい方が現地から買って来てくれた結構プロ向けの楽器だったんですが、一年以上も貸していて、切りがないので戻して貰ったら完全に壊れて却って来て大ショック。

  はるばる屋さん、ジャミーラさんとの30年近いお付き合いの復活の喜びを元に、
  そのウードを買って来てくれた方に久々にお電話してパワーを貰って一気に修理に突入しました。



  なにしろネックを切断し、細かな象眼の表面版を剥がしての大修理ですから、かなり勇気が入りました。

  アラブとは大違いの寒くて小雨パラつく、でも中身はアラブな一日でした。

  写真でも明らかな程、力木が外れている。湿度管理かぶつけたのか? それが楽器を持ち替えプロ気分
で演奏活動じゃ楽器も音楽も可愛そう。もう数年学んでいるべきだったんじゃないんでしょうか。左は剥がした表面板を裏から見たもの。右は思い切って切断した反り返った棹。治るのか〜!

   

1月17日 アルメニアな一日
 

 「アラブな一日」についで翌日は「アルメニアな一日」でした。

 ここ数日の横浜在住のアルメニア人ピアニストご夫婦との元気付けられるメールのやり取りが続く中、二人の小学生の男の子のお母さんの元生徒さんでこの日記にも昨年夏の終わりに「夏休みの宿題で子供さんが世界の太鼓を見学!」に来てくれて登場した方とその妹さんがキーパーソン。
  なんと妹さんはアルメニア旅行に行って来て、若林の為にアルメニア管楽器「ドゥドゥーク」とアルメニアの国民的詩人サヤト・ノヴァの楽譜を買って来てくれて、今日それを届けに来てくれたのです。

  ドゥドゥークは管楽器は専門外(小学校の音楽の時間のトラウマ!)の若林が珍しく本気で練習したいと思っている管楽器の一つで、個人的には『世界で最も美しい楽器』と思っている素敵な音色の管楽器です。
  物悲しくも美しい音色に、過酷な自然と悲惨な歴史を生き抜いたアルメニア人の慈愛と根性が宿っている感じとでもいいましょうか。
  数年前に日本でもアルメニア人映画監督のセルゲイ・パラジャーノフの作品が話題になりましたが、若林も見ました弦楽器サズを携えて放浪する吟遊詩人「アシック・ケリブ」は時間と時代と善悪が混乱してしまうような凄〜く不思議な世界。
  なんと妹さんもパラ監督の映画でハマッてこの数年ずっと行きたがっていたアルメニアにこのほどやっと行けたんですと。教室のビルの二階に長年パッとしない店舗が入れ替わりだった一角に出来たけっこうコジャれたお店でお土産話しも盛り上がり。お二人が千葉じゃなかったらもっとお話したのに、というアルメニア三昧の夕べでした。

  今年の始まりはまるでシリトリみたいですが、実はこの原稿を書いている翌日は嘘くさいですが、強いて言えば「アフガンな一日」でした。昨年頂いておきながら何故か機械とのマッチングが悪くてなかなか見れなかった名古屋在住のアフガン人の方からの貴重なアフガン音楽DVDが突然見れたのです。
  奇跡!
  何故なら音を採譜の為にコピーした直後にまた見れなくなったのですから、嘘のような。
この分じゃ明日は「アルゼンチンな一日」か?「アイリッシュな一日」も良いですな。なんて言ってたらまた雪でも降って「アラスカな一日」だったりして。

   

1月20日 MX.TVの収録〜天本英世さんの想い出
 

 20日はMX.TVの収録を教室で行いました。
  番組はなんと「東京の巧」。何を「巧」と思ってくれたのか? 

 願わくば生き方が「巧」になりたいと思う毎日ですが。世界中の様々な民族楽器を「巧」に操る、ということでのありがたいご指名でした。

 今回はチャメ君は閉め出されずに良かった。でもあまり撮ってないかも。ディレクターさんがかなり可愛がってくれたので、チャメは結構そっちに行って機嫌良くしていたから。
  MX.TVと言えば十年近く前に飯田橋の『地中海博物館』を借り切ってのギリシア文明のイベントでギリシア音楽を演奏した時以来の久しぶり。
  マニアックな局だから、失礼ながらもう存在しないかと思えば、むしろこれからデジタル放送で活躍が期待されるとか。
  なにしろあの時の「博物館」がなくなっちゃって、なんと若林の喧嘩相手の天本英世さんもお亡くなりになってしまったのですから。

  天本英世さんと言えば若林の世代には懐かしいTVドラマ「悪魔君」の名傍役で世に知られた俳優さんで、若林の母も二冊持っていたスペイン方面のエッセイストで、ロルカの詩の朗読で有名だった方。
  今から20 年も前に渋谷の山手教会で行われた若林がアラブ弦楽器ウードで参加したパレスティナ難民救済チャリティー・コンサートで共演させていただいてからのお知り合い。コンサートは民族音楽を取り入れることが早かった作曲家の高橋ユウジさんとも共演。民族楽器ふんだんに使われてました。
  そのコンサートのリハーサルで若林はこともあろうに天本さんに喰って掛かったのです。どうにも芝居じみた演出の中で演奏させられることが嫌だったからですが、若林の父親とも知り合いの天本さんへ父親故の役者嫌いをぶつけてしまった所もあります。
  自然体の役者さんか、もしくは逆に普段も変な人なら若林好みで喧嘩にならないんですが、天本さんは結構ポーズの人だったな、と思います。

  今思えば、そこが彼の面白い変なところでしたが、当時はそこを好きになれず、そこに父親と同種の古い役者像を見て突っかかったのかも。
  でも今は、とっても懐かしい。いろんな意味で面白い方で、本当は愛すべき人だったかな? 
  と言うか、むしろ最近は大御所さんでも素人臭かったり素でバラエティで話してたりしますから、古き良き時代の演劇人だったのかもと再評価しきりです。

  面白いのはそれ以後、望んで会おうともしなければ、同じ現場ですれ違ってもご挨拶に行かなかったのに、三回も地下鉄で会ったのです。
  その内二回は、どちらかが電車に乗ろうとすると一方が同じドアから降りる、という凄まじい再会。
 どちらも顔が数センチまで接近しながら「気づかなかった」フリ。不思議なご縁でした。(生まれてこの方、二回以上も街でバッタリ会う知り合いってそんなに居ませんヨね)
 にもかかわらず、「地中海博物館」で共演の話を聞かされた時、天本さんも若林も
「奴さんと共演じゃ降りる」とは言わずに..........。
  かと言って仲良くお話しするでもなく、不思議な緊張感の中、かつて食って掛かった時と相変わらずの「クサイ朗読」のバックで若林の生演奏をしたのですから不思議です 。

  今回MX.TVということで懐かしく思い出しますが、今はもうあの朗読が聞けないと思うとなんだか凄く残念な気がします。変な人が居なくなってまともな人ばかりになってしまうのでしょうか。この世の中は。

   

1月21日 タモリ倶楽部放送
 

 この二日はTV続きの話題になりました。
  昨年12月に収録した一年振りの「タモリ倶楽部」がオンエアされました。
  昨年は、色んな方にお電話でお伝えしておきながら、オンエアが一週伸びて、連絡し切れなかった方々に方々から非難囂々でしたので、今回はあまり言わなかったら、ついにほとんど誰にも言わず。相変わらず加減が分らぬ奴です。
  なにしろ昨年は人間国宝級の三味線の師匠までもが、それこそTVの前で正座して「今か今か」と待っていれば例のお尻のタイトルの後、待てども待てども若林は現れずって大失敗でしたから。
 で、今年はっと言うと「見たわヨ」「なんで教えてくんないの」と逆のお叱り。
  結構多かったのが、「若林さんなんだかお疲れのご様子」とか「演奏場面が少ない」とか「あまり喋ってなかった」ってああいうのは編集ですし、今回はインド太鼓の修理がテーマですから。頼みますヨって感じです。面白かったのが新入生の奥さんの一言「あんたの先生って説明下手ネ」ってしつこいですが編集です。だいたいあれってかなりの力仕事なんですワ。それで喋れとか元気良く!って、無理ですから〜「残念!」
「タブラのメンテが分って嬉しかった」とかのお便りないんですかね。


   

1月25日 荻窪ナタラジでインド音楽シタールLIVE
   25日は久しぶりの荻窪ナタラジさんでシタールLIVE。
  タブラは新婚ホヤホヤの江頭君。彼女は珍しく都合で来れなかったけれど、四、五年前から遠く鎌倉のライブまで二人でよく聴きに来てくれた仲の良いお二人。
  最近はお仕事が忙しくてタブラのレッスンも半分位だけれど荻窪在住だから近くて良いか?と思いきや、なんと新居は渋谷の方に代わってたと。でも随分と音も大きくなって、堂々とした演奏。何時も居たお店の音響さん(って彼も若林の大昔の生徒さんなのだが)が都合で居なかったので簡易PAでタブラにマイクが無かったのに頑張ってくれました。
 和服の会の清楚なお姉さん達が返り際に「感動した!」と声を掛けて下さり、見るからにこの日を楽しみにしていた感じの小学生の女の子、お父さんお母さんの三人の食い入るような鑑賞に、お父さんの解説が暖かな感じで嬉しかった。
  そこに若林が母とともに20年前からお世話になっている、吉祥寺でリサイクル・ショップをやられていたレイラさん。
  正確にはこれはお店の名前で、ご立派でお奇麗な大人の女性になられその日お母さんとお友達と一緒に来て下さったお嬢さんの本名なのですが、懐かしい方にも来て頂いたり、インドに出張のお弟子さんがインドから出張の南インドの人を連れて来てくれたりで、何時もながら暖かなナタラジLIVEでした。
 次回は三月にサロード。五月にサントゥールです。宜しくお願いします。

   

2月1日 新ユニット結成!!

   昨年の横浜でのアラブ音楽演奏会を聴いて頂いてからメールのやりとりで意気投合したアルメニア系アメリカ人のニシャーンさんと奥様のピアノ・デュオに若林のパーカッションが加わって新しいトリオが結成しました。本日お二人が吉祥寺まで遊びに来て下さり、お二人のアメリカでのピアノ連弾コンサートのビデオも拝見し、ストラビンスキーなんですが、すごく民族音楽を感じさせて貰い期待が大きいです。
  昨年も西洋クラッシック音楽系のユニットに参加させて頂き、大変良い経験をさせてもらったのですが、民族音楽って若林の代が日本最初なので、どうしてもポピュラー・ミュージック系のノリで広まりましたが、実際は各国のクラッシック音楽も有ればポピュラー・ミュージックもある訳で、それらのバランスを取って紹介して行かねばと思っています。
  すてきな方との出会いのきっかけを下さった横浜青葉区の国際交流ラウンジの方々ありがとうございました。初ライブには是非聴きに来て下さい!これぞ国際交流のさらに一歩前進の姿ですから。
  GO

2月3日 またも新ユニット結成!!

   今年は吉祥寺・西域諸国民芸品店「はるばる屋」さんと【アジアン特急2005】のイベントがめじろ押しですが、そこでも共演が予定されている北インド古典舞踊カタックの男性舞踊家クンジュビハーリ氏との共演ユニット結成が決まりました。
  彼は、若林が25年前にお世話になっていたカタック舞踊の第一人者ヤクシニイ矢沢さんのスクール出身で、渡印してからデリーでラクナウ派の巨匠で家元のビルジュ・マハラージ師に師事されたとのこと。
  一度若林も演奏した同じイベントで拝見した時は、タブラ、シタールとあまりに合わなくてなんだか可哀想な感じ(胡座かいてる演奏者はごまかせても舞台中央で踊ってる舞踊家はごまかせないので)だったので、日本人インド音楽舞踊関係者独特のプライド満々の方だったらちょっとご一緒は無理かなと思って(はるばる屋さんにご紹介されて伺ったその日のお合いする直前に以前拝見した人と同一人物と分ったもので)いたところ、大変謙虚な好青年でありながら、並の器楽家より音楽構造をしっかり勉強されていて感心させられました。彼はデリー、若林はラクナウで修行の場は違いますが、同じラクナウ派つながりもあって、意気投合したと思っております。
 若林のタブラとボールはむしろカタックで一層本領が発揮出来るものですが、いかんせん最近急にもの覚えが〜。即興でその場で舞踊家が言うボールを聴いて直後に演奏する方が出来そうですが、それもよほど馴れていればのこと。クンジュビハリさんが静岡なので、そんなに頻繁に合わせられないので、ボールを覚えるしかありませんが、それだけが心配です。情けない。
  GO

2月8日 大森高校定時制でアラブ音楽
   昨年、品川区教育委員会の催しで子供向けのワークショップ(アフリカ太鼓とブラジル打楽器)をやらせて頂きましたが、その時のスタッフの小関さんのご紹介で、今度は都立大森高校の定時制部でアラブ音楽のレクチャー・コンサートをさせて頂きました。
  詳細は近々お写真頂いてから。ご報告しますが、楽しかったですし、勉強になりました。
  若林はTV(めだか)の見過ぎで泉谷しげるさん(10年ほどまえ香取慎吾君と若林の店にロケに来たけど、カメラに関係なくすぐ怒る)みたいな生徒さんが居るかと緊張しましたが、全然大丈夫でした。教育委員会のお偉いさんもいらしてたみたいですが、むしろノリの良いおじさん達だったみたいで。
  あと、品川の鈴木さんも駆けつけて下さったのですが、一緒に来てくれた方がなんと若林の弟分ケニヤ太鼓の俵君や、若林の15年前のインド民謡楽団の歌手で後にケニヤ在住アフリカ関係の人で知る人ぞ知る千晶さんとも知り合いのケニアに居た方にもお会い出来たりでびっくりでした。
   

2月12日  いろいろ新サイト始まる
   民族音楽センターインド音楽教室のロックギタリストかなちゃんとお勤め先の社長さんの多大なご協力のBBSも付属する「民族音楽教室生徒の広場」が出来ます。
  これは入室制限がありますが、レッスン内容の確認、宿題などで欠席した方や、復習しようとした方への朗報じゃないでしょうか? またレッスンの無い時間帯でもBBSでは若林がガンガン質問にお答えしますので、レッスンとレッスンの間の時間も友好的に使えます。
  業務連絡やスケジュール、レッスン・カリキュラムなども満載。BBSでは生徒間の意見交換にも活用出来ます。教室入会三ヶ月以上を経た生徒さんは入室出来るシステムです。
 2月初旬にアップしました「ファン倶楽部のサイト」にBBS(掲示板)が出来ました。一瞬若林が自力でレンタルBBSを起用しかけましたが、オヤジ自身が読めないほどお洒落な薄い文字とお洒落な機能だったので急遽ソフトを替えた次第です。
  このHPの表紙の下のNEWSから飛んで下さい。また吉祥寺の民芸品店の老舗「はるばる屋」さんとの今年の大提携事業のタイトルは「アジアン特急2005」となりましたが、その公式サイトも近々アップします。
   

2月14日 チャメ君からのプレゼント
 

 2月14日は、一年前に不治の持病の治療で前歯四本残して抜歯した民族音楽教室のマスコット・ボーイ「チャメ君」の一年後の検診でした。
  西荻窪の病院に月数回来る手術をお世話になった口腔の専門の先生に「すっかり良くなっている。前歯もこの調子なら大丈夫」との嬉しい言葉でした。
  これも頑張って食事をしっかり取り、猫が苦手だった生徒さんにも構わず甘える人なつっこさでストレスを貯めないチャメの健気な生き様のなせるもの。
  そう考えると若林やチャメの事を心配してくれている生徒さんや、お仲間に対してチャメ君からのなによりのバレンタイン・プレゼントです。

  翌日は、4月に二年振りで池袋の芸術劇場で共演させて頂く朗読の西島先生までもがお電話で「昨年の朝日新聞にチャメが元気で映っている姿を見て嬉しかった」と喜んで下さいました。
  加えてチャメ君は沢山のチャメ・ファンの方々にお見せしたいほど病院で凄く良い子です。
  キャリー・バッグからは出さないと「ミャーミャー」ウルサいですが、出してあげると若林にピッタリ張り付いて、ピッタリ泣き止んで。どでかいハウンドやレトリバーやヒステリックなチワワ、ダックスが吠えまくっても慌てず騒がず。不安から鳴くんじゃなくて、甘えたいから、ってところが可愛い。
  診察台の上でもお医者さんがチャメの為にしてくれているのが分るかの様にじっとしていてお医者さんも病院スタッフも絶賛の良い子です。 

  病院から戻ってのご褒美は、何時も教室の下の魚屋さんで中トロを一皿。若林の自宅の猫達には内緒のご馳走です。チャメには小判も惜しく無い!

   

2月16日 福島県南高校音楽部会・講習会  
 

 2月16日は、一昨年の研究発表会で数回講習に伺った、福島県県南の高校の音楽教員の研究部会に久しぶりに講習に伺いました。
  久しぶり、と言っても2004年夏にも数人の先生とはお会いしていたのですが、その時は若林が別なお仕事で福島で演奏した際に、若林の可愛いお弟子さん?でもある先生達が駆けつけて共演してくれたのです。

 福島の先生達との楽しいばかりでなく、大変タメになる経験は、若林が書かせて頂いている「教育音楽誌」(音楽の友社)の連載の内容とも連動して教育の現場で如何に楽しく、勝つ有意義に民族音楽を紹介出来るかというけっこう重要な機会です。

  今回は、新連載の具体的な楽譜で合奏を体験するものの実験も考えに入れて、キューバ田舎民謡グァンタナメラの本格的なノリを徹底したレッスンと、竹を切ってハイチの竹トランペット「ヴァクシーヌ」作りと合奏。
  かなり順調に進められ、予想以上の成果だったのですが、あいにくの雪で、交通が倍の時間が掛かる為に早めに終了しなくてはならなかったのが残念でした。

 お見送りの先生が裏道を急いでくれたにもかかわらず駅前広場から新幹線に乗る迄全て階段で3分は久々のハードな運動で、新白河は一本逃すと一時間待ちなのでちょっと頑張ってしまいました。なんだか何時もの倍肺を使った感じでその後丸一日呼吸がえらく楽になるほど。
  お見送りの先生に
「やった!無事間に合いました!」とメールをして帰京。切符も買わずに飛び乗ったので黒猫クーちゃんの好物のエキソンパイは無し。

  でもお土産に頂いた棚倉のお菓子、凄く美味しく頂きました。和風の最中にフランス菓子が乗っかっているのですが、それぞれで食べたら、濃厚なフランス風味と比べて無味乾燥な最中で一瞬「なんじゃ!ミスマッチか?」と思ったのですが、同時に食べると、これが絶妙な風味で感動。
楽しそうな記念撮影! まずは自ら民族音楽を楽しまなきゃ生徒に伝わんない!が福島流?


女性の先生も容赦なく大工仕事で竹を切る。

中にはやたら仕事が丁寧な先生も
     

2月19 日 生徒さんの結婚披露パーティー
   何処のお師匠さんでも同じと思いますが、お弟子さんの結婚式や披露パーティーにお呼ばれすることは大変光栄なことであり、それが新郎新婦のどちらをも存じ上げている場合はその嬉しさも一層です。

  お仲間を集っての披露パーティーを2月19日に下北沢のおしゃれなカフェを借り切って行い、若林忠宏のシタールとタブラ中級同級生の岩田君のダラブカを呼んでくれた江頭君と奥様は、江頭君が入会した1999年の頃から遠く鎌倉のお寺のライブにも連れ立って来てくれていたお馴染みのお似合いのお二人でしたから、今年一番最初のおめでたい嬉しいお話でした。
  さらに当日始めて知ったのですが、今や超多忙な上級陣に替わってレギュラー・ライブの要タブラ奏者になってくれている江頭君は、なんとDJもやるんだったのです。
  新郎の彼の出番は教室から駆けつけたために若林は聞けませんでしたが、お友達のDJは聞けて、また2003年みたいにDJともやりたいな、と懐かしく思いました。
  一緒に駆けつけた岩田君もタブラの同級生ですが、この日は楽器を替えてアラブの
「タブラー」で参加。

                                   写真が届いたので追加しました。
   
2月25日 画期的な新サイトがオープン!!
   ファンクラブのサイトがオープンしたところに、教室生徒用サイトもほぼ完成。
さらにこの度画期的な「若林忠宏・民族音楽ライブラリー」がオープンしました。
  デザインは民族音楽センター広報部長を目指すと言ってくれるほどの貢献度のウードのお弟子さんで、実名を挙げれば知る人ゾ知る、有名ゲーム音楽のサウンド・クリエイター「チャパン氏(若林が勝手に名付けた)」。

  とりあえずデモ演音源を多少アップしましたが、この先90枚のCDの各トラック音源からの楽器単体サンプルや、過去の名ライブからの映像など様々なものをご披露する計画です。巷では「900種も弾ける筈が無い」とか「バラライカも演奏していた」とか色々言われますが、900種「弾きこなす」とは言ってはないので「音を紹介出来るレベルから現地で演奏会をしたものまで様々」と言ってるのですが、どうしてもマスコミでは簡略した上で大げさになりますから、巷で批判されるのはやむなしでしょう。

  ちなみにバラライカは近代ロシア風は弾きませんが、それ以前式やコーカサス、ベルーシ式は探求してます。がバラライカを弾いた!という噂はどなたかが勝手に思い込んでるのだと思います。
  そのあたりも含めて、最低この程度は音だせるヨってことは分って貰えると思います。が、くれぐれも若林忠宏は本番に強く。更にノセれば幾らでもノって音もどんどん変わるタイプですからデモ演で決めつけないで下さいね。
  とりあえずそれでもそんなのが数百あるだけでも、面白いサイトかと。チャパンさんありがとうございました。
   
2月26日 嬉しい書き込みと日記
 

 相変わらず誹謗中傷の「同じ音楽好きな者同士なの?」と思う様な啓示版の書き込みや、民族音楽関係の日記が溢れる今日この頃。
  と言ってもこれは、良い話しよりも悪口の方がウケるという文化性や、最近のお笑いにも現れている「批判、けなしブーム」が目立っていて、同数か?もしかしたらそれ以上の「励まし」「肯定、賛成」意見が目立たないからかもしれません。

 日本人の良くないところと思いますが、音楽会で「ブラボー!」と叫ぶ事は苦手なクセに「ブーイング」は周囲と同調して出来たりする点も「悪貨、良貨を駆逐する」と迄には成っていなくとも「憎まれ口世にはびこる」傾向はあるかもしれません。

 そんな風潮の中で、最近大変慰められるサイトがありました。
  お弟子さんが見つけてくれたものと、民芸品店はるばる屋さんとの企画からみで調べていたサイトで発見したものですが、後者はインド料理研究家でカレーの本も出され、自称インド音楽ファンの渡辺玲さんのサイトです。
  その中の日記のところhttp://www5e.biglobe.ne.jp/ ̄masala/diary040207.htmlで、若林の著書と、かつて聴きに来てくれたらしいライブの評価で絶賛を下さってました。
  世界中の楽器を操る、という辺りは僭越な感じがしますが、「ヴォーカルが凄い」というお誉めの言葉はむちゃむちゃ素直に嬉しかったです。半端じゃないインド文化通に誉められれば大変な激励になります。誠に恐縮、感謝であります。

 もう一方のお弟子さんが歓喜して教えてくれたものは猫好きの方の掲示板http://plaza.rakuten.co.jp/BookishGirl/diary/200412170000/で、複数の方が若林家の猫ファミリーに絶賛を下さっています。
  中でも「どの子もみんな立派なお顔立ちですから、どれだけの愛を注がれているのか、ひと目ですぐにわかりますね。」のようなお言葉には、大変励まされました。
 丁度たまたま、倒れにくい重たいマグカップに替えたのにもかかわらずコーヒーをPCにこぼして行った猫の後ろ姿と同時に拝見したのですが、「あ〜あ」ため息を吐かずに済んだ程励まされました。ありがとうございました。
 リカさん菊理姫さん、新規更新の【猫劇場】も見て下さい!

 今月の日記の最後にご紹介するサイトも「猫」について。
12チャンネルTV東京のサイトhttp://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/frame/frame3.htmです。
  若林は教室レッスン中で見れなかったのですが、お弟子さんが「すごい猫の話でしたよ」と教えてくれたのが画家故長谷川りん二郎さんの「猫」を紹介した「美の巨人達」の2月26日放送。

  アトリエの一角で昼寝をする愛猫を数年掛かりで書かれたが、最後ヒゲを書く前に猫が亡くなった話しなど凄いお話だったとのこと。
  「あ〜残念」と思って再放送は無いのか?とサイトを探したら、なんと大変充実したサイトを発見、その絵も見る事が出来ました。
  リポ−ターの俳優の小林薫さんは、菅原文太さんの忘年会に若林が呼んで頂いて演奏した時にお合いしましたが、演技もさることながらお人柄も素晴らしく、きっと素敵な番組だったことでしょう。
  それにしても次から次に作っては忘れる、宣伝はOA前のみという感じに思っていたTV局があんなに丁寧なサイトを作っているとは感動しました。
  みなさんも教室のマスコットボーイChame君がオジさんになった感じのりん二郎さん宅のタロー君のお姿を見に行ってみて下さい。

   

 



以下のものは、若林既に持ってまして、原稿がらみで紹介してもゼアミさんでオッケーか?ということで

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  2005年3月4月ダイアリーへ(って未だ無いですが)
す。