2005/Octover-Diary
 
 
 
 
 
 
 
 
 10月1日(土) あっというまに9月が終わって、えっ!
 

週末に月が変わられると..........
 土日に教室がある生活が長いからでしょうか? それとも学校や勉強があまり好きじゃなかった子供の頃に染み付いたのでしょうか? 「週の始まり」は月曜じゃないの? という感覚ですから、週末に月が変わるとちょっと焦ります。
  来週から10月の気分で居たら「ヤバ!今日は10月の教室の初日じゃん!」
家事は午前中に終わらせなくてはならないので朝から大慌て。

  季節が変われば更にやる事が一杯。猫さんの寝床に作ったワイン箱の集合住宅を出したり、秋の虫の産卵床を用意したり。庭先のカブト幼虫の冬眠も考えて。亀さんの保温機やら。あっ!自分の長袖シャツを出す為には、箪笥の前の虫籠の山を片付けなくては..........。

季節を味わうありがたさ。物を作る素晴らしさ。

 先日の大分中津のアラブ・モロッコ音楽のライブの後、主催者オーグテの黒川さんはお気に入りのお好み焼きに加えて、お知り合いの農家の方が育てたお勧めの「しいたけ」をお土産に下さいました。
  福岡に戻って翌日の夜、半分をフカフカに少しのバターで炒めビールを飲み乍ら、残りを少しカリカリに炒めて、沢山おまけで付いて来たお好み焼きのネギとパスタに和えて中津和風スパを満喫しました。
 あまりの美味しさに忘れてしまいそうになって、慌ててお礼のメールを。
すると自分から言った記憶はないのに「さすがエスニック料理人」とか言われてしまって。
 しいたけ食べたさに「また来年同じ季節に、今度はテラスで、出来たら椎茸農家の方、お勧めの地鶏農家の方をご招待してモロッコ風バーベキュー&民族音楽パーティーを!」とご提案したら、二つ返事で「やろう!やろう!」
 なんと黒川さんは、翌日さっそく椎茸農家の方にその話をして「とても喜んで下さって」と。
  さらにその日にミニコミ誌で見てオーグテさんを訪ねて来た方が、「若林さんのコンサートを湯布院と阿蘇の間の久住高原で出来るかも!」とのお話まで出たそうです。

 自分があの椎茸をまた食べたい、というのが本音なんですが、育てた人と一緒に食べられたら凄く幸せですよね。
  育てた方にもみんなが美味しい美味しいって食べる姿を見て貰って。そこに料理に人生掛けた人が腕を振るったり、音楽に人生掛けて来た者が宴を盛り上げて!

 20年食べ物屋をやってましたから、生ものを商品にする事のしんどさは少しは分かっているつもり。生き物を飼育していると、餌の変化、温度湿度で大打撃を受けることも有るので、畜産や農家の厳しさも想像に難くない気もします。
 今年は特に二三度大きな颱風が来ましたから。大変だったに違いなく......。
 それでも毎日毎日食材を作る人、それを素手で料理する人、そんな人の前でスローフードを食べる幸せ。原点を味わえるのは最高の贅沢かもしれません。
 来年のそんな楽しみな会には沢山の方が集まってくれたら嬉しいです。

 そう言えば大分で繋がった瓢箪農家の瓢箪楽器演奏会の話もあるし。ぶどう農家の話もちらほら。瓢箪楽器を大人と子供で作って奏でて。ぶどう農家で出来立てワインでギリシア音楽? 食材を生産する現場での演奏会の企画は、民族音楽センターの2006年以降のひとつの目玉企画になりそうです。


 
 10月5日 長閑な秋の一日
 

 思えばこの日記も一年をとうに越えて、生まれてこの方夏休みに強制的に書かされた日記さえも三日も続かなかった人が、よくもまあ続いているものです。
 少数意見かもしれないのに、全国のあちらこちらの遠くから応援のお言葉を頂いたり、昔の音楽仲間が激励してくれたり、「あの話は同感!」「あの話はちょっと違うんじゃ?」などのリアクションを貰っている内に、いつの間にか巷のHPと比べてもかなりマメにかなりの量の日記を書き続けています。
 音楽の話、演奏会の報告、喜ばしい出会いの報告、猫の話、時々昆虫の話、世の中の話、教室での話、友達との議論の話、などなど、ようするに若林の日々の事全てに渡ってとりとめも無く書いてますが、最近ではちょっと世の中批判はトーン・ダウンしているかもしれません。
 大人に成った? 部分もちりっとは有るかもしれませんが、決して気持ちに余裕がある訳でも、世の中が良くなったと思ってる訳でもなく、むしろその逆で、批判していちゃ間に合わない段階に来ている危機感さえあります。
 が、危機感や不安を煽るやり方は昔から一番嫌いな事です。 世の中の多くの人が問題点に気づかない時は、少しでも早く、少しでも多く、出来る限り分かり易く伝える必要を感じましたが、多くの人が危機感を感じ始めた今は、逆に僅かな希望や可能性、明るい兆しをより多く伝えたい思いです。

最近猫話が少ない?
 って言われますが、猫さんとの距離は九州や名古屋、京都と出かけることが多くなってむしろ一層近くなったかもしれません。何時も居ると思っていた人が居ない日々が有る度に、猫さんの頭では「もう帰って来ないんじゃ?」と思うらしく、とっても愛想が良いと言いますか、大事にしてくれる様になったお陰なんですが。
 夏に喧嘩の傷が化膿して、あんなに嫌がって病院通いをしていたプリンは、怪我を直してくれた恩義? 守ってくれたという安心感からか? とっても甘えてくる様になりました。それまでは全ての懐きは食い気に根ざしていたのに、今じゃ普通に可愛い良い猫さんです。
  偉いな、と思うのは嫌いな病院でも人間が何故連れて行くかが分かってる事です。「あんな嫌なとこに連れて行って嫌な思いをさせられた」とは決して思わない点が凄いな、と思います。
 猫さんも大人になると、性格が丸くなったり、人恋しくなるのでしょうか?
 我が家で一番正しく猫をしていたアイちゃんが、最近とっても懐いて来ます。猫さんはあまり構われたがらない。その時々の気分ですり寄って来ても、ぷいって行ってしまったり、こちらが構っても機嫌悪かったり。我が家では唯一アイちゃんがそんな正しい猫でしたが、朝起きて気づけば横で寝ていたり。他の子がベッドを占拠していても、ちょっと離れたところで待機している。一階で仕事していれば一階、二階で休んでいれば二階、気がつけば側に居てくれます。構って欲しい様でもあり、無い様でもあり、アイちゃんなりに若林を見守ってくれているつもりなのかもしれません。

猫と暮らして幸せだな、って思う時

 前にも何処かに書いたかもしれませんが、一つは家の中で猫さんとすれ違った時。
まるで人間同士か猫同士の様に、自然に家族の様に、部屋の入り口や廊下でそれぞれの用事ですれ違う。そんな感じがたまらなく嬉しい。

 猫さんに信頼されているなあ、と実感する時もとっても幸せ観がみなぎります。
それを最も強く思うのが目やにを取らせてくれる時。爪切りが大嫌いで断末魔になるクーちゃん、アイちゃんでさえもが爪の先で取ってもじっと我慢してくれます。
  掌にすっぽり入った赤ちゃんの頃から一緒の子供達は、親猫にされるかのごとく頼り切って目やにを取らせます。


   
 

 10月7日は中野区立北原小学校で、P.T.A.も参加の民族音楽コンサートに呼ばれて演奏して来ました。全校生徒大集合の大きな演奏会で、先生方に加えてお母さん方も来て下さって。
  きっかけを作って下さったのは、数年前中野区の音楽の先生が一同に会して若林の民族音楽講座を受講された時に参加された音楽の秋山先生。
 90分弱の時間に東南アジア竹楽器アンクロン、インド音楽弦楽器シタールと太鼓タブラ、インド民謡の打楽器アンサンブル、モンゴルの馬頭琴、アラビヤ音楽の太鼓、と盛りだくさんの大忙しの内容。
 控え室から体育館に行くと、一年二年、三年四年、五年六年と三つのブロックにとっても整然と並ぶ子供達。体育館の入り口に控えて居た時にはかなり騒然とした雰囲気が、紹介されて中に入るとシーンと静まりかえり。何時もの様に「こんにちわ〜」

インドと言えばガンジー!とはなかなか
 「インド音楽の弦楽器シタールから紹介するけど、インドって聞いて思い出す事は?」と聞けば、お決まりの「カレー!」次の答えは「ターバン」かと思えば「ガンジー!」
なかなか意外な答えでしたが、その子以外にほとんどの子がガンジーを知らない上に、その子も説明が出来ない。
  ガンジーを知らない子供に説明するのはちょっと難しかったかな。植民地とか非暴力独立運動の部分は我ながら上手い表現で説明が出来たと思うのですが、先生方はどう思われたでしょう。

 そう言えば、初めてインド人会で演奏した時ガンジーの話になって、インドには「ガンジー」は居ない、「独立の父はガンディー」しかもディーは帯気音と注意されました。
  同じく「ヒンズー経」「ヒンズー語」は無くて「ヒンドゥー教」と「ヒンディー語」
 そう言えばフランス人と話してて「アランドロン」「そんな奴は知らん!」と言われました。さらにちなみに言えば、インド人にとって「カレー」も「ターバン」も「カースト」も外来語ってご存知でしたか?
 インターネットの時代になったとは言え、ネットの情報もかなり偏りがありますから、やっぱり教育の現場でもっと生の情報を伝えていかねばならないのでしょうか。
 若林と同じ昭和30年代のおじさんの時代、インドの小学校では「日本は地震が多い国なので全ての家の床下には車輪が有って、災害が起きると、家族総出で家をゴロゴロと押して避難する」って絵付きで紹介されてたそうです。
 日本ではユネスコアジア文化センターさんが各国の先生を集めて教材の向上に努めていますが、中々大変なテーマですね。
 
 タブラの伴奏は先日の朝日カルチャーセンターでも頑張ってくれた尾澤さん。シタールとタブラの古典器楽合奏の他、二台のタブラのデモ演奏、若林が口で奏法を言えば叩いてくれたりで、回を重ねるごとにそのタイミングが良くなってありがたかったです。
 若林が「ティラキタダー」とかタブラ言葉を言えば、子供達はお腹をくすぐられた様に体をねじって笑いをこらえて、とっても可愛い。
 
 今回は限られた時間の中に盛りだくさんの割に、子供達の参加部分を多く取れました。
 まず、各クラスから日直に出て来て貰って、低学年はインド民謡打楽器を教えて「即席北原小学校インド民謡打楽器アンサンブル」の発表演奏。高学年はちょっと音出しの難しい「アラブ太鼓楽団」
 若林のダラブカの音が加わっても十分に楽しめる中々しっかりした演奏をしてくれました。

  ついで小学校の演奏では定番の感さえある、インドネシア竹楽器アンクロンの合奏。
 ひとり一音を担当して「カエルの歌」や「メリーさんの羊」などをその場の集中力で頑張って合奏して貰います。
 「この楽器の合奏の大事なところは間違っても恥ずかしくない事、間違っても面白い、おかしいネ、楽しいね。そんな音楽にして貰いたい」と、小学校時代音楽の授業はほとんど立たされていた若林にとって一番大事なテーマを伝えると、子供達は見事に理解してくれて、間違いを「笑う」のではなく、楽しそうに「くすっ」と。間違えた本人も「くすっ」。
 
 一年生もほとんどダレずに90分近く迄経ったところで、馬頭琴とスタッフメンバーによるアラブ太鼓合奏を改めて。質問時間を加えて丁度90分。またも理想的な時間配分で楽しく終わりました。
 学校に着いて一番に迎えて下さった総務職員さんがなんと若林の民族音楽ライブスポットの常連さんだったと言って下さったり、四年の担任の先生は早速晩に若林のホーム・ページを見て下さって、嬉しいメールのお便りを寄せて下さいました。片山先生も大変喜んで下さって。 今回も実り多い良い会でした、ありがとうございました。
写真はタブラの尾澤さんのカメラをお借りし早速お送り頂きました。ありがとうございました。

先生からの嬉しいお便り。 

 本日は北原小学校にお越しいただき、演奏をお聞かせいただきまして誠に有難うございました。若林様とスタッフの皆様には、感謝の気持ちで一杯です。 
 音楽は考えるものではなく、心で感じるものであることを学習しました。頭デッカチには感じられない心の響きを知ることができました。
  音楽は心が躍動するものであり、世界共通のものであることを肌で感じることは少ないのです。本日の公演は、貴重な機会でありました。
 また、若林様のお人柄に身近に触れ、音楽の原点を感じ入った次第です。
こうなると哲学です。人の生き方です。それらを問うだけの躍動感と力感でした。
 本日いただいたサインは教室に掲示しました。次の出会いを心待ちにしています。                              北原小三年担任

   明日からはいよいよ福岡市のアジアマンス出演三連チャンです。今日は、中野区立北原小学校での楽しい演奏会の後、猫産達とたっぷり遊んで、夜は心許せる嬉しい生徒さんが集うアラブ音楽教室。少しずつでも成長してくれるうれしい姿に見送られて、少し涼しい感もある小雨の東京から、まだ残暑の感じもあると言う南国九州へ。
 そう言えば、九州でいち早くオンエアされ始めた若林がトルコ管楽器と太鼓を演奏させて頂いた「アフラック」の新CMも、30秒バージョンが東京でも盛んに放送されるようになりました。あっ! 今日「タモリ倶楽部」のエレキシタール編のオンエアだ!  また忘れた!
 あっ!また「空耳アワー」からだ.............。
 10月8日(土)  福岡アジアマンス初出場
 
ワンナインStudio柳社長が、ビデオ撮影の合間に撮って下さった、セッティング風景。


左下は柳社長の次女、愛娘のアリちゃん。買ったばかりの民芸調ブレスレットを若林にくれちゃいました。

 10月8日は、数ヶ月前からたくさんの方々に応援していただいて出場の栄誉を得ました福岡市が力を注いで行われる「アジアマンス」の初日でした。
「アジアマンス」は関東で言う所の「神奈川国際ボランティア・フェス」や「代々木あーすでい」などのアジア版を市の観光課が主導で行う、国際交流や在日の方々との交流を促す、なかなか粋なイベントです。
 市内各地で行われ、この数年かなりの話題と動員を記録しているとの事。今回初出場の若林は、市役所西の広場に8日と10日に出演が決まりました。
 8日のリハーサル時刻の10:00はまだ飛行機で神戸上空位?だったので本番直前入りでしたが、先日の花どんたくのステージでもお世話になった地元のイベント会社さんが、ばっちり若林の演奏内容、楽器特性を理解してくれていたので、客席音響もステージ・モニターも最高!ひとつ前の楽団の演奏中にマイクを準備して、ささっとステージへ。
 舞台袖からちょこっと客席を眺めれば、市の文化事業関係の嬉しいお友達で頼もしい応援者のI君、Tさん、S姉さん
と御馴染みの面々が手を振ってくれる笑顔が! ありがとう!
 と思えば最前列の上品な奥様と可愛い子供たちはなんと若林の民族音楽センター九州発起人のワンナインStudio柳社長とそのご家族。先日の花どんたくに継いで若林のライブをみんなで聴きに来てくれました。

 8日は、シタールのソロ。
 花どんたくの野外ステージもかなり良い評価をいただいたのですが、やはり弦楽器の音色はよほど興味があるお客さんですと席に座ってじっくりと興味を持って聴いてくれますが、お祭り会場に展開するお客さんの気を引くにはちょっと地味。
 そこで今回は、足首にインド舞踊の鈴を着け、さらにアラブ太鼓ダラブカ(タブラー)を冒頭に叩いてお客さんを集めてから、シタールの楽器解説をして古典器楽のアーラープを時間の限りじっくりと。これは柳さん、I君Tさんの評価も上場でした。
 
  今回は若林の二つ前で賑やかな群舞を披露していたインド舞踊のニラ君も聴いてくれたみたい。
 数ヶ月前から「出来たら一緒に競演したいネ」と言いながら結局打ち合わせもリハーサルも出来ずに実現しませんでしたが、来年は賑やかな生楽団でやりたいですね。
 演奏後ニラ君も「良かった」と駆け寄って来てくれて、お友達も紹介してくれました。パーカッションのアジ君と、そのまたお友達のバンド「Ciccaroll」も。

 シッカロールと言えば、日本語で「添加粉」「汗知らず」英語で「ベビーパウダー」「タルカム・パウダー」ですが、これがインド太鼓「タブラー」とは切っても切れない間柄。湖面に張られた金属粉を糊で固めた「重り」を掌の汗から守るとともに、超絶技巧の指の滑りを良くするのに用います。
 福岡生まれのインディーズBandシッカロールの二人のギタリストに「タブラとご縁が深い」などと話し「今度機会があれば一緒に」と言えば。「ちょうど今レコーディング中」「明日時間が有れば是非」「ほんと!じゃあやろうか!」とその場で話が決まり思いがけず「日頃お世話になっているシッカロールへご奉公」となりました。
 意外に知られていないのが、シッカロールは「商標」。日本初の明治39年、和光堂が発売したタルカムパウダーの商品名で、シッカロールは日本でしか通じない名前。マジック・インキ、アロンアルファと一緒。注)タバスコは世界中で知られますが、商標です。
 で、今回出会ったロック・バンド のCiccarollは「しっかりロックンロール」的な新たな造語だそうです。ですからカタカナ表記はしないみたいです。

     
 10月9日(日) 福岡での初録音
 

 9日は、8日のアジアマンスの会場で出会って意気投合した福岡生まれのインディーズBand「Ciccaroll」のデヴュー・アルバムの最終日の録音にシタールとタブラで参加しました。ギタリストたいすけ君曰く「運命的な出会い」で話が決まって繁華街天神のちょっと南にある薬院六角の練習・録音スタジオ「ヒーコン」へ。
 ヒーコンStudioは若林の九州後見人柳氏の高砂のワンナインStudioと並ぶ福岡インディーズ・シーンでは名の知れ渡ったスタジオ。ワンナイン関係でも同じ様なノリで幾つかのユニットで若林のレコーディング参加の話が進んでいますが、一足先に「福岡初録音」が実現しました。

 若林が出会った福岡のインディーズBandは、そういう時代の到来なのか、福岡と言う土地柄なのか、エスニックなフレイバーが効いたバンドが多い感じです。
  いわゆるポップなバンドであっても民族楽器を上手く調和させることは若林の得意技、本領発揮という所ですが、シッカロールが若林を迎えてくれた二曲はいずれもまさにシタールとインド音楽サウンドをかなり意識した曲。たいすけ君も感動しきりで「いやあ!イメージした通りの音が!」と喜んでくれました。たいすけ君は、今年初めの「タモリ倶楽部」に出演した際の「インド太鼓タブラの張り替え」を見て「こんな人に習いたい、会ってみたい」と思ってくれていた様です。
 二曲目などはそのタイトルもずばり「シヴァ」で前述のニラ君もタミール語で語りを録音しているインド色満載のサイケなロックです。

 シッカロールのもう一人のギタリスト淳君もたいすけ君も若林よりシタールをマジに習いたいとのこと。福岡のシタール一番弟子が誕生するかもしれません。
 ヴォーカルの千恵ちゃんの声も嫌みが無く、ってこれは若林が出会った福岡インディーズ・バンドの特徴なのかもしれませんが、歌は自然体の良い感じが多い。
やっぱり「嫌らしく艶つけない」文化風土かなあ。だと嬉しいな。

 今回の何か広がりや繋がりを感じる嬉しい出会いのもうひとつは、福岡インディーズ・シーンの中心的人物の一人、ヒーコンStudioの石橋社長。
  元々民族楽器には関心が高い社長に気に入って貰えたのは光栄で、二曲目の録音などは、時間が無くなっちゃったので「ぶっつけ本番一発録り」それを気持ちよくやって下さいました。
 シッカのみんな、石橋さん、アジアマンスの会場で会ったけど、録音ではヘッドフォンから流れるジェンベの音との対面だけだったTommy&Ajiのアジ君。ありがとうございました。また宜しく!
 Ciccarollのホーム・ページのURLは、http://mypage.odn.ne.jp/home/ciccaroll
 早速若林との写真をアップしてくれてありがとう! 淳君掲示板書き込みありがとう!
アジ君のホーム・ページは http://www3.to/tommyaji/です。
なかなかお洒落です。

   
 10月10日(月) 福岡アジアマンス・市役所西広場最終日
 

 満場の客席とその向こうのビルの谷間に低まった遅い午後の太陽を見ながら
「今僕が向かって演奏しているのは、日本の入り口九州に様々な文化をもたらしたシルクロードの方向ですネ」と言うと、東京の同種のイベントでは滅多に無いご年配と若者が同席する暖かい雰囲気が嬉しいお客さんの中に笑顔やうなずくお顔が。
 この言葉は、まさか二日目も来て下さってるとはつゆ知らず大変失礼してしまった市の文化事業関係のお友達にも好評でした。

 アジアマンス企画担当の福岡市役所観光課の課長さんにお願いし、市内各地の会場の中でもステージが西向きで、夕方近くに出番があるプログラムに出させて!と我が儘を言わせて頂いた願いが叶って、10日の午後、若林の2005年福岡アジアマンスの檜舞台二日目インド太鼓とアラブ太鼓のデモ演奏はとっても気持ちよく始まりました。

 8日と同様にアラブ太鼓ダラブカ(これも別名タブラーと言います) の派手な音色と音量でお客さんを集めてから、得意の「太鼓言葉」と実演のリンクが楽しいインド太鼓タブラー(本来はアラビヤ語なんです。)のデモ演奏。
 ちょっと短めに終わった演奏は、最後にインド人もやらない「タブラ弾き語り」否、「叩き歌い?」でベンガル民謡。インドでは、元々はカーストが異なった歌い手と太鼓奏者が一人二役はまずありません。

 ご年配と若者が同席している文化フェスも嬉しい珍しさですが、200,300人の言わば通りすがりのお客さんが、インド音楽リズムの手拍子をお教えすると熱心にやってみてくれるというのは非常に珍しい。
 「通りすがり」という言い方は大変失礼ですが入場料が無ければ、ごめんなさい極論かもしれませんが、東京では大概冷やかしか、暇つぶし。
  公園を起用したステージなどでは一休み、昼寝が目的?と言ったお客さんが最前列で舟を漕いでいたりは言わば当たり前。演奏の合間に30分以上有っても立ち去りませんから、やはり目的は音楽鑑賞以外なのでしょう。
 それが福岡ではかなり違う。
 この数年でとても定着し、市民のアジア文化への関心も理解もたいへん高まったというアジアマンスのイベントだからかもしれませんが、お客さんの熱心さ、リアクションの良さには感動しました。
 おじさんおばさんの列の合間に見える、若者の顔も笑顔満面。見せ処聞かせ処では一瞬歓声も上げてくれて、立ち上がって手拍子を打ってくれたり。ものすごい嬉しいリアクションで、思わずノセられてしまいました。

   
 
 一年生〜三年生の面々。三年生はひとクラスだけでしたが、各学年2クラスずつはちょっと寂しい? 

アフガン弦楽器ルバーブの演奏。
小学校で弦楽器の演奏はちょっと珍しい。アジアマンス関連で、アジア音楽に限定されたので、紹介のチャンスが来ました。

お馴染みインド音楽太鼓タブラのデモ演奏。


ベンガル民謡弦楽器ゴピチャントは弦楽器だけれどリズム楽器。小さなハンドシンバルをやる子供達との即席インド民謡打楽器楽団。

インドネシア竹楽器「アンクロン」はまず初めに先生方が突然打ち合わせも無く模範演奏を。先生達の四苦八苦に子供達は大喜び。

その後子供達もアンクロンを体験。

子供達の代表ひとりがタブラの叩き方を習って、彼の太鼓に合わせてみんなで合奏、歌って終了!

 10月11日は、福岡市文化芸術振興財団がアジア・マンスの期間に行う幾つかの行事の一つとして、福岡市の西部、その名も分かり易い「西区」にある西陵小学校で「アジア民族音楽レクチャー・コンサート」を頼まれて演奏して来ました。
 今年の夏前に、中央区高砂の音楽スタジオを主宰し若林と民族音楽センターの九州進出にご尽力を頂いているワンナインStudioさんのご紹介で出会った、福岡市の文化事業方面の方々の中に、振興財団の方が居ました。
 もちろん文化事業のお仕事でお会いしたのですが、意外にもかなりマニアックな音楽ファンの方が多くて、音楽仲間的なお友達になって下さっている方も居ます。
 その中の何人かが若林のホーム・ページの民族音楽を小学校で紹介するプログラムを見て下さり「是非福岡の小学校でも」ということで、夏の間にとんとん拍子で決まったのが今回のお話でした。

 その後音楽ファンとしての興味も持って頂いて、若林の福岡でのライブには必ずと言っていい程プライベートな時間を割いて来て下さっています。
 若林は保育園〜小学校での演奏の経験も多く、アドリブ感覚の中にも自分也のメソードを持ちつつやって、先生方の評判もよろしい民族音楽紹介プログラムとその場で子供達と一体感を持つノウハウには自信もあります。

 が、担当の事業課長さん達は、この日迄一日も若林が子供の前で演奏している姿を見た事が無い。ホーム・ページで子供達も笑顔を見せてくれている写真は見て下さっていたでしょう。でも............。
「きっと少しは心配している?」「世間知らずの頑固な演奏家」と迄は思っていないにしても「大人が聞いても耳慣れず、難しげな民族音楽を果たして、どの様に子供達に伝えるのか?」とは思っているのでは、とむしろこちらが心配をしました。
  実際、学校やPTAさんで心配がとても強かったケースもありましたし、中には企画発案者の先生が「若林さんなら絶対大丈夫」と言うのに校長先生が安心出来ずに流れた話も有りましたから。


 ところが終わった後の今後の事も含めてお話をしながらのお昼の時間に、その点を伺ってみればあっけなく「ああ!全〜然心配してませんでした」「若林さんの人柄を見れば分かりますって」とか「笑顔で楽しそうに演奏する事は見てましたから、きっと子供達も喜ぶと思ってました」と言って下さり、安心するやら、ちょっと気が抜けるやら。
 ちょっと前迄ならば恐縮の挙げ句に照れもあって「それって精神年齢が低い事が幸いしてですかね?」とかつまらぬ事を言ってたんですが、 最近の若林は「素直にありがとう」が信条。
とても嬉しくお褒めの言葉を頂きました。

 紹介した民族音楽と楽器は「アジアマンス関連」として行われた今回の学校訪問では、アジア楽器に限定されました。
  その為、世界の民族音楽の目玉である、アフリカやブラジル、カリブ海の打楽器に及ばず紹介される機会が得られなかったアジア弦楽器もチャンスを得て、アフガン弦楽器ルバーブが登場。
 そして言葉で奏法を教え教わりするインド太鼓タブラのデモ演奏、数人でドレミを分業するインドネシア竹楽器アンクロン、ベンガル地方のメロディーを弾かない弦楽器ゴピチャントなどの定番面白楽器紹介でした。
  フィナーレは、代表の男の子がインド太鼓タブラの叩き方を習って、それに合わせて合奏。歌も入れて盛り上がって終わりました。

 代表一人を選ぶのは意外に簡単。 女子に「この中で一番元気な男の子は誰?」とか「一番優しい男の子は?」って聞けばオッケー。でも高学年になると、女子も照れたり、意見が割れたり、微妙な社会性が見えて面白いけれどちょっと難航します。
 今回の一年二年生はその点素直で、ご指名を受けた男の子も嬉しそうに照れ乍らが、とってもほのぼのとした雰囲気でした。

  タブラを叩いた子は、小声で若林に「この辺りがちょっと痛い」とうっすらと赤くなった指先を見せてくれましたが、この辺りがやはり一番難しい点。
「僕も太鼓叩きたい」と群がる子供達を制するのもちょっと大変。先生方や主催者さんの間には「もっとみんなに触れさせたかった」という声も。これもある意味問題点であり課題です。

 
 民族楽器に触れて貰うのはとっても良いけれど「僕も僕も!」って触って終わって良いのか? ある程度は「なかなか触れない」「気安く玩具にしちゃいけないんだ」という価値観も持って欲しい。身近に思って欲しい反面、簡単に手に入り、出鱈目に触って満足して貰っても後に続かない。その意味ではより多くの、というよりは代表に触ってもらって「あ〜あ!良いなぁ!ズルいな」「おいおい!どんな感じだった?」って声が自然に出るのが良い様に思います。

 ただその時、代表の子が「手が痛かった!」などと公言した場合、P.T.A.の怖いお母さんや、真面目すぎる先生が顔をしかめるかもしれず。 民族楽器は木のささくれや、乾いた皮の端が尖っているかもしれず。あらかじめそれを熟孝仕切れない場合もありそうで、これも課題です。
 そんな事を考え乍ら恐る恐るその子にマイクを向けて感想を聞けば、
小声で
「面白かった」と言ってくれてホッとしました。

 中学校と小学校が丘の麓に連立する一角の周りには、雑草や林が見えて、なんとツクツクボウシがまだ鳴いていました。
 演奏会の最後の担任の先生の暖かい言葉の〆の挨拶、教頭先生の労をねぎらう言葉に送られて「小春日和」否「からっとした清々しい秋晴れ」の下。なんだか満足げだったり、子供の様に嬉しげな笑顔が残る財団スタッフの皆さんと西の丘の小学校を後にしました。

 
 10月14日(金) 東京音大社会人講座始まる。
   10月14日は、東京音大付属民族音楽研究所主催の社会人講座がまた始まりました。丁度三年目。今迄は太鼓・打楽器ばかりでしたが今回から弦楽器シタールも始まり、インド太鼓タブラと西アフリカ太鼓ジェンベと、インド弦楽器シタール。
 おかげさまで今回も好評で、十分な人数と、前回のリピーターさん、かなり前の懐かしい受講生さんも居て嬉しく始まりました。
 10月16日(日) 養護学校で演奏
 

 10月16日は、昨年も同じ時期に呼んで頂いた、東村山市の養護学校「さやま園」の秋の学園祭に演奏に行ってきました。
 昨年は、少し寒いけれど利用者さんが耕した小さな畑にササキリも鳴くのどかな小春日和でしたが、夕べ深夜からの雨が残っていました。さすがの「晴れ男」も一年中と言う訳にはいかないのかな。でも、午後からは晴れてくれる様な予感が。

 雨の為、校庭を全部使い切れなかった為に、講堂の演奏会場のスペースが限られたため、駐車場の車を楽屋代わりに待機すれば、出番の頃には雨も上がってました。
 それでもスタッフさんは「カラッと晴れてくれないとテントがたためない」って言ってました。晴れれば良いと言うものではないんだと、主催者側の苦労を改めて感じました。
 去年はアフリカ音楽とカリブ打楽器を楽しんで貰ったので、 今年はインド太鼓、アフガン弦楽器を中心に、少し去年の打楽器を。
 評判も利用者さんの反応も良かったと思うのですが、その辺りは呼んで下さった担当さんの感想を待って、また改めて。

 10月22日(土) 福岡でFMに生出演
 

 10月22日からの二日間はミュージック・シティ天神(MC天神)に参加しました。
 実際若林もそれぞれのイベントの当日ギリギリまで中身も状況も把握していなかったのですが、春から色々なフェスティヴァルを連結して11月半ばまで行われる「花どんたく」のイベントが終わらないうちに、福岡市全域で9月後半から10月半ば迄アジア文化を紹介し、国際交流を促進する「アジアマンス」のイベントが行われ、それが終わるやいなや福岡市の中心地の一つ天神地域で音楽に限定したイベント「ミュージック・シティー天神」が行われるのです。
  それぞれに市役所や文化芸術振興財団が関わったり、地域の商店会からボランティア、在福の各国人会、エスニック料理店や、各国観光協会が力を込めて盛り上げています。それゆえ、長丁場もだれる事無く、さすが「祭りの街」福岡の街だけは不景気知らず?と思える程です。

 天神のど真ん中にある「ソラリア」は西鉄天神駅を中心に三つのショッピング・ビルが連立するもので、その中心にあるソラリア・ステージはMC天神のメイン会場。
 若林のFM出演は、メイン会場の隣のFM局「Free Wave77.7」
若林がインド太鼓とアラブ太鼓のレッスンにお借りしている大橋の音楽スタジオCUBEさんの番組にゲスト出演させて貰い、インド音楽太鼓タブラの生演奏で楽しく教室のインフォメイションをさせて頂きました。
 メイン会場の音が響く中、お友達も見に来てくれて「公園には響いてたヨ」と言ってくれたり、またそのお友達の家にメールで知らせてくれて、そのお友達が「良かった」と言って下さった様で、パーソナリティーさんも凄く喜んでくれて、9月のKBCラジオのAMデヴューに次いで福岡FMデヴューも楽しく実現しました。
CUBEの番組の持ち時間を提供して下さった社長さん、奥園君ありがとうございました。

   
 10月23日(日) ミュージック・シティ天神に出演
   ソラリアFMに出演した翌日は、MC天神デヴュー演奏。「花どんたく」と「アジアマンス」はソロ演奏でしたが、MC天神では念願かなって地元演奏家とのセッションが出来ました。
 しかもそのお相手は、福岡の民族音楽シーンの中心人物の一人「民族音楽カフェ*ナルム」のマスターゆっきー君。ゆっきー君のオーストラリア先住民の不思議な管楽器ディジュリドゥ、お仲間のギタリスト、パーカッショニストと若林のシタール、タブラ、ダラブカの四人組で、天神地下街のど真ん中の突然ストリートLIVEと、地下街の北端の特設会場でPA付きのしっかりライブに参加させて貰いました。
 面白かったのは、ゆっきー君。出で立ちは、若林が民族音楽をやり始めた1970年代前半の自由人のスタイルなのに、MCで「街に住んでると夜空を見る事を忘れますが」と言ったり、演奏後の「おつかれさん」でスタバー(だっけ?)でコーヒーだったり、福岡のボーダレスな感じがとっても良かった。
  上手く言えないんですが、東京ではゆっきー君のスタイルの人はスタバーには入らない感じ? 街に住んでてもそれを認めない感じ? 意識的にアウトローを堅持している感じが多かった。もっとも最近そういう人達との接点が無いから、東京も今じゃこだわらない人が多くなってるかもしれませんが。
 でもきっと福岡では昔からそんなにこだわらなかったんじゃないかな。と思いました。
 
 10月24日(月) 福岡太鼓教室
   24日は天神から西鉄大牟田線で四つ南に行った大橋、去年九州大学に併合された旧芸術工科大学の校門近くの音楽スタジオCUBEさんを借りて行っているインド太鼓アラブ太鼓教室でした。
 まだまだ人数は多くはないですが、気持ちの暖かな嬉しい生徒さんに恵まれています。今回は、夏休みでご無沙汰だった芸工大の院生も戻って来てくれました。
 さらには初夏に出会いながらタイミングが合わずに参加出来なかった音楽プロデュース会社社長さんと一押しボーカリスト島之原さんを中心とするアジアンヴォーカル・クラスのオリエンテイションが出来、先日レコーディングに参加させてもらったCiccarollのリーダーたい君とヴォーカルの千絵ちゃんも見学に来てくれました。
   
 10月25日(火) 荻窪ナタラジでインド音楽サロードLIVE
 

 二ヶ月に一回ペースの荻窪の自然派カレー屋さん「ナタラジ」でインド音楽の弦楽器サロードのライブ。
 この日は、レギュラータブラ陣が軒並み都合が合わず、なんと思いがけずニューフェイスのデヴューLIVEとなりました。 ニューフェイスと言っても小原君は若林と同じ歳。始めたの数年前は正に「四十の手習い」。
 しかもまたまたリンクをこじつければ、福岡から帰京したその晩に福岡生まれ育ちで芸工科大八期生の小原君との初共演。
 嬉しかったのは、ライブの数日前、どうにもタブラ担当が決まらなかったのを知った小原君が「もし誰も居なくて困っているなら、自分もそろそろ数年目。良かったらデヴューさせて!」と申し出てくれた事。
 インド本場のしきたりでも、ステージに上げるのはかなり重要で光栄なレッスンの一環。ところが昔、その意味でステージに上げながら「演奏でつぶれたレッスンの代講は?」とか二三年出演して貰ううちにプロになったと思い込んで独立したり「ただ働きさせられた」と言われたり。そんな事の方が圧倒的に多かったので、小原君の申し出はとっても珍しく、なんだかとっても嬉しかった。
 演奏が必死で余裕が無かったのはしかたが無い事。でも「若林はどんなタブラでもベストの演奏をするから大丈夫」の言葉にかなりホッとした様で、リハーサルでは中々いい感じになりました。
  でもやっぱり本番は緊張し過ぎでサロードを聞き過ぎ。しっかりキープすべきリズムサイクルをついつい忘れてしまった様です。彼がサロードも習ってる事も聞き過ぎてしまう理由かもしれませんが、そんな初心の緊張も今しか味わえない貴重な体験。良き想い出になってくれたのではないでしょうか。
 

   
 10月26日(水) 吉祥寺「飲み会ライブ」
 

 颱風や大雨で流会が続いた吉祥寺のモロッカン?・カフェバー「ブルムーン」での「Life&Music」すなわち「飲み会ライブ」は、久々にやまよし家、小関さん、東京堂出版渡部さん、バルカン&ロマ音楽研究家の関口さんが揃ってくれて、久々に盛り上がりました。岩波の中本さん達や、民族音楽センター演奏メンバーの山宮君、八木原君が居なかったのはちょっと残念。中本さんは若林の本の追い込みが月刊誌のお仕事に重なってで不眠不休で、ホント申し訳ない。渡辺さんも関口さんも飲まない方なんですが、この集まりは気に入ってくれていて、うれしい限り。関口さんはマネージャーさんも連れて来て下さって、色々嬉しいお仕事の展望もお話出来ました。
 演奏は、9月の颱風で流れたアフガン音楽。直にアフガン人演奏家の演奏を聞いた方の感想も頂き励まされました。

   
 10月28日(金) 福岡の小学校から素敵な贈り物が
 

 28日のアラブ音楽教室は、ダラブカの八木原君以外みんなお休み。もう風邪が流行り出してるんですか? 怖いインフルエンザの話しも聞きますが。明るく笑って免疫力を高めないといけませんね。
 教室に着くと、福岡の福岡市文化芸術振興財団から大きな封筒が。
 先日の西陵小学校での若林の「民族音楽ふれあいコンサート」のビデオと一年〜三年生の子供達の直筆のアンケートが送られて来ました。また、校長先生と文芸振スタッフさんが偶然同じプロジェクトにいらした事から話しが弾んだ、人権啓発センターの資料も同封されていて福岡市の意識の高さを嬉しく知りました。

 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 10月30日(日) 千藤三味線学院演奏会に参加
   30日は、数ヶ月前にお話を頂き、7月20日楽譜合わせと練習CD録音、10月20日にリハーサルを行った千藤三味線学院のリサイタル本番でした。
 7月の日記にも書かせて頂きましたが、家元直々のご指名は、十数年のご希望が叶っての事という大変光栄なお話でした。 
 演奏メンバーも昔から色々な所でお世話になっているお馴染みの邦楽鳴り物、尺八、笛の方々多かったので、大変嬉しく、そして勉強になるお仕事でした。
 特にそろそろ15年のおつき合いになると思われる和太鼓・打楽器奏者の西川先生のお仕事振りには、ここ数年で若林なりに勉強させて頂いてからですと、また一層その音の存在感、深みに圧倒され「さすが!」と感動しました。