diary 2007 April

 音楽活動のご報告
 猫さん達との日々
 
 Music & Life
  考えたこと 4月〜


 音楽活動のご報告

 
 
 
 
 
 
 

 4月4日(水) 西中洲でCuba音楽とNepal音楽

 

 4月4日(水)は、西中洲のアメリカン・ロック系音楽で有名なライブ・ハウス「Tupelo」でネパール民謡楽団「ハシッロ・バンド」とキューバ音楽楽団Chicorroのライブでした。

 4月5日(木) 高円寺で西アジア音楽
   4月5日(木)は東京高円寺のペルシア料理&BAR「BolBol」で
「若林忠宏シルクロード音楽の旅」の二回目でした。
4月の広尾:Cafe-Frontier、7日の原宿のライブと重複しないように、今回はトルコ民謡とアラブ音楽。
 4月7日(土) 原宿でシルクロード音楽
   4月7日(土)は、原宿・表参道のCafe「掌」での LIVE-Event「スローミュージックCafe」(若林忠宏:世界の民族音楽コラージュ&オムニバス)の第一回目「シルクロードの三味線ルーツ楽器」のライブでした。
 4月12日(木) 川越で音楽療法学院の授業スタート
 

 
 

 4月13日(金) 博多駅前でインド音楽

   4月13日(金) 博多駅ヨドバシカメラ3Fにありますインド料理レストラン「Sujata」で若林忠宏インド音楽&ベンガル民謡のソロライブがありました。

 メンバーBooking調整がつかず、急遽ソロでのライブとなりましたが、博多ヨドバシカメラでは昨年2006年5月に「Kidsコーナー」で子供達にインドやアフリカの楽器を紹介するイベントをしました。九州にかよって一年目、まだ希少だったお友達も、遠くからお子さんを連れて来てくれて楽しく盛り上がった想い出の場所です。

 ヨドバシカメラの4階レストラン街に在るレストラン「Sujata」も同じく想い出の場所。
 本店は渡辺通りと城南線が交差する辺りにある「Shakti」。
 若林のCDを聞いてくれてライブをしたいと言ってくれたネパールレストラン「エヴェレスト・キッチン」のそば。エヴェレスト・キッチンに初めて行く時に目に入って道を聞いて。気持ち良く教えてくれたばかりか「じゃあ何時かうちでもライブしてよ!」と言ってくれたのがシャクティさんでした。
 
 それがこの度、実現しました。
シャクティは店内に大きな柱があるので「ライブならスジャータが良かろう」と社長の判断。 本店シャクティが長男シャンカル氏、博多駅が末の弟ターパシュ氏、間の弟さんが天神の中洲よりで「スーラジュ」を担当。インド・ベンガル地方の結束固い三兄弟のお店です。

 若林にはベンガル式魚カレーが食べられる事が嬉しい。

 東京でもそうですが、一般には「ベンガルカレー」「ネパールカレー」と銘打ってもなかなか分かりにくい。なので、何処でも分かり易く「インド・カレー」とする訳です。
 ネパールは早くから独立王国、あっ!ベンガルもしかりですが、全体的にはインド亜大陸を広く治めたイスラム王朝の藩王国ですから矛盾、間違いではないのです。

 そしてタンドールという大きな土壷のオーブンで料理する「シシカバブ」「タンドリーチキン」そしてパンの「ナン」はいずれもイスラム軍隊と共に亜大陸に入った。その担い手はアフガン人です。つまりは元は皆アフガン系イスラム宮廷料理なのです。

 アフガン人は若林のシタールの師匠の先祖。料理やマネージメント、そして「音楽」に長け、4月20日に「若林忠宏民族音楽小紀行」広尾:Cafe-Frontierで演奏しますアフガン弦楽器「ルバーブ」をインド音楽用に改造し「サロード」を創作したのも師匠の12代前の先祖。アフガン人です。

 この大きな流れが、北インドの都デリーから東斬し、若林の修業先古都ラクノウ〜ガンジスの聖地バラナシ〜ネパール〜ベンガルと広がった。
 そしてそれぞれの土地の食文化に合わせていろいろなヴァリエーションとなった訳です。
 全部「インド料理」なんですが、その中でいろいろがある。
音楽も料理も「楽しむ」「味わう」ばかりでなく、今ひとつ掘り下げてくれたら良いのに、と思いますが。その思いが高じて「啓蒙的」になると、途端に嫌われます。

 昨年定期ライブでお世話になった警固のネパール料理店MAiTHiiGHARでは野菜の味が素敵に生かされていました。エベレスト・キッチンやポカラ・キッチンでは折衷の味が魅力的。清川サンロードの定期ライブの場も提供してくれるAshok`s-Barは庶民的な豆カレーが抜群に美味しい。
 スジャータではなんと言ってもココナツ風味の魚介のカレーが懐かしく嬉しく美味しく大喜びです。

 福岡にはその他も、老舗「ナーナク」さん。お母さん息子さんも仲良しの薬院六角の「ミラン」さん。こちらも実はネパール人の経営によるインド料理レストランです。つまりは福岡では「ムガール宮廷&庶民料理巡り」が出来るのです。
 東京では人ごみの中とんでもない距離を移動ですが、福岡なら自転車でさえ巡れます。何時かそんな民族料理と音楽を巡る市内ツアーのご案内も出来たら楽しいです。
 
 スジャータでの最初のライブは、宣伝担当者が急に辞めてしまったので今イチでした。でも、mixiを見て来てくれた大学軽音楽部の部長君達、有名なアジア文化関係のお友達が十数人で来てくれて。かなり盛り上がりました。

 しかし、ハプニングが。
非番の音楽好きの店員氏が乱入。
最初はニコニコ聞いていたのですが、だんだんノッて来て。マスターも「一曲歌わせてやってくれ」というのでセッションしたらさらにノリノリで。若林がお客さんとお話している休憩中もす〜っと横から音楽談義。
 100人のお客さんの中に独りでもネイティヴさんが居るとその人めがけて演奏してしまう悪い癖が、久々に出てしまいました。

 言い訳をすれば、ベンガル人は実は気位が高くて、そんなに簡単にはノラないのです。ステージが見えない席に座った一目でベンガル人と分かる家族。笑顔の挨拶に「フン!」と独特なリアクションでした。 それが二曲目位から笑顔に変わり、拍手が出て。ついつい嬉しくなってしまったのです。

 「現地人をノセるんだからすごい」と言ってくれたり「あのやりとりは中々見れない」と言ってくれる方も居ますが。日本人客を放ったらかし。と不愉快に感じている方も居るかと思い、反省。

 そんなこんなのちょっとユニークな。 でもお友達、お客さん達の温かさ、明るさにもたくさん盛り上げて貰った楽しい夕べでした。

 またひとつ想い出に彩が加えられました。

 シャンカル社長、ターパシュ店長、来てくれた皆さん。

 ありがとうございました。

   
 4月15日(日)   福岡市赤坂でライブ・イベント
     4月15日(日) 赤坂のBluesのお店「Calloway」にて、若林が福岡で二番目に結成した民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Windと若林もCDにシタール、タブラで参加しました友人の楽団CICCAROLLのジョイントライブがありました。

 民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Windは、若林の九州での音楽展開の第二弾「在住の熱きミュージシャンとの楽団結成」の二つ目の楽団として2006年春に誕生しました。

 九州独特のスピリチュアルな風土に、地元を離れずに頑張るミュージシャン達に感じた心と生き様から、きっと九州でなら「地に根ざした音楽」「生きた音楽」が出来ると信じて始めました。

 「意外」と言えば意外。「だからか」と言えば納得。
九州のミュージシャン達はそんな自分たちの「すごさ」を自覚していませんでした。その分ピュアーですが、同時にマイペース。ヴィジョンと言えば「東京、関西に出て行くか行かないか」

 若林はいろいろな意味でグッドタイミングに彼らの中に入って、良い感じでその「力」を活性し、横のつながりを促して、すでに5つの楽団がデビューし、5つの楽団が結成準備中。さらにその動きを受けて東京のメンバーや楽友が動き出してくれています。そこでも不思議に九州人が意外に多い。

 その一方で、ヴィジョンを見渡し切れずに見失う人。染み付いたマイペースを守る気持ちが抜けない人。そこそこ楽しめれば良いと思う人。悪く言えば全体に蔓延する「体質」の抵抗を受ける事もあります。

 しかしながらなんやかんや三年目。
 
 「ただかき回しに来たのじゃなさそうだ」とぼちぼち腰を上げてくれる人。
苦楽を共にして得た信頼感を熱く守ってくれる人。思いの丈を音に込めて気合いの演奏をしてくれる人。

 この日はお休み中の中洲River-Sideでの企画「若林忠宏vs在福JAZZ-MAN一騎打ち」の応援者さんも海外研修生、学生さんをたくさん連れて来てくれました。
 Webで見た人、お店のファン。チラシを見てくれた人。

 ゲストのCICCAROLLは、2005年の福岡アジアマンスのステージ後、若林に駆け寄って「良かったです!」と言ってくれたことから出会ったエスニックポップス楽団。2006年7月の「民族音楽センター九州一周年記念イベント」のオープニングLIVE〜アジアマンス以来の共演です。

 チケット&集客担当スタッフが急に辞めて、受け継ぐ者もなく、チケットは宙に浮き30人のキャパのお店に45人。お詫びしてお帰りいただいた入れなかったお客さんも10名近く。メンバー、お店スタッフさんもあわやキレる直前の大パニック。

 常連さん、お友達にはビール箱二個に三人。境目に座ってくれたJちゃんN君お尻痛かったでしょう。小倉から来てくれたお弟子さん、お友達はアジ君が提供してくれた太鼓を包む更紗の座敷席。お尻痛かったよね。

 逆境に強いA型、ハプニングに覚醒する即興演奏人間の若林的には最高の臨場感。「火の民族」である九州人もきっとそうだったに違いない!と。

 ごく一部に苦情が止まらないお客さんも居ました。「前の人が邪魔!」「予約空席提供しろ!」などなど。前半スタッフ役に徹した若林はガンガン叱られながら。
 それでも座敷席が出来ると真っ先に最前列に来て若林の演奏に笑顔のノリノリだったのがなんとも愉快。憎めない。
 いろいろおかしな一日でした。

 CICCAROLLのメンバーは、みんなずっと変わらず。飄々としながらも検挙なT君。マブ達の様な親近感のJ君。何時も礼儀正しいCちゃん。無口ながらも優しく礼節の想いが伝わるG君。新加入のキーボードも良い感じ。変わらぬスタッフの面々。
久々の共演も嬉しく楽しく出来ました。

 Maghreb-Windは、結成時レギュラーのベースの福山恒さん、ジェンベ&パーカッションのアジ君。彼らと若林の三人が居ればMaghreb-Windが成立する基本的メンバーが芸工大学園祭以来のステージ。 アジ君のアフリカ現地修行がありましたから。
 そしてゲストからついにレギュラーになってくれて、メンバーも次の瞬間が分からないという即興楽団でもあるマグレブの大きな機動力、Violinの谷本仰さん。
 
 やっぱり即興満載で、変わらぬエネルギッシュな「風」を吹かせてくれました。

 終演〜撤収後は、谷本、福山組は若林も御馴染みのイベントスポットgrafへ「はしご演奏」
 若林はCallowayのマスターと反省会。

 Callowayも想い出深いお店。

 フラッっと立ち寄ってチラシを置いて貰った際、そのブルースに徹したコンセプトに感動。若林も1980年代初頭に四つのBlues-Bandをやっていたので盛り上がりました。
 その後も数回お邪魔しながら、福岡のみならず東でもBlues-Bandは再結成はまだまだ先と思っていたので、ライブをさせて貰う事になるとは思いもせず。

 それがブルース以外の音楽で実現したのも奇遇でした。
シャイながらこだわりの強い、音楽に熱いマスターが「僕も飲みたいから一杯」とごちそうしてくれたビールを美味しく飲んで。
 メンバー集めが始まった若林のJug&Nobelty-Blues楽団での出演を約束しました。

 メンバーのみんな、CICCAのみんな、遠くから来てくれたお客さん。
ありがとうございました。

 またMaghreb&CICCAジョイントLIVE企画しますので宜しくお願いします。

     
 4月17日(火)  親不孝通りでソロ演奏
     先日の日記の「ライブ案内」で「キャンセル中止」とお伝えしました
デカダンDXのライブイベント「絶頂天」ですが、メンバーの都合でキャンセルしたと伝えられたのですが、なんと本番二日前になってばったり会った主催者さんに「ご迷惑を掛けてすみません」と言うと「えっ!若林さん独りで演るって伺ってますが!」と言われびっくり!
 穴を空けたりドタキャンの不名誉でなくなるのなら、と「独り」で出演しました。
 もともと在福のアマチュア演奏者育成楽団であった為チケットノルマがあるのに、宣伝不足ところか「行こうと思ってたのに!」というお客さんも出してしまいながら慌てて告知して臨みました。

 日々の些細な出来事にくよくよするA型の別な側面「逆境には強い」
とは言え,DJのエレクトロニカの音と民族楽器の共演がコンセプト。
ソロで如何に熱演してもそれは善後策の様なもの。「転んでもただでは起きない」先を目指さねば。

 もうかれこれ二年のおつきあいの「絶頂天」のPAスタッフKITA君にその日はZONO君も。急遽お願いしていくつかのエンバライアメントCD音源を演奏してもらい、ぶっつけの共演。
 ピッチもびったし合って、テンポも、ビートも完璧。
不思議な事に初めて合わせる音源なのに、次の展開が感じられ、音が変わるところ、ビートが消えるところがぴったり分かりました。

 演奏後、自分もアーティストのお客さんが「音源は若林さんが作ったんですか?」と言ったほど見事に。
 そう、東京では民族楽器を少しかじった人がエレクトロニカの音源を自作してそれに合わせて演奏するアンビエント・ミュージックが流行ってします。
 若林はそれはどうも苦手。出来ません。自作しておきながら毎回異なる場の雰囲気、気分によって同じ流れはあり得ない。きっと壊したくなる。それよりも何が出て来るか分からない中で、場のオーラ、お客さんの感性を感じながらその場その場で音楽を作って行きたい。

 開演時間から居てくれた若者数名は、演奏前からシタールに興味を持ってくれて、始まると最前列で聴いてくれて、終わってかからも絶賛してくれました。
 次のライブの案内も欲しいと言ってくれてメールアドレスをみんなから貰って。大学で専門的に学んで現代染色をしている彩ちゃんは翌日のインディアン・サイケデリック楽団MISRAMのライブにも来てくれました。

 さすがに前日の告知ではお友達はみな動きが取れず。ノルマを果たせずに帰るという時。主催者さんは「開演前に来てくれていた若者達、ご指名楽団が無かったし、若林さんのファンになったみたいだから、ノルマはクリアー!」と。

 逆境に強い!

 のではなくて、逆境に救いの心を貰える。

 キタ君、ゾエ君、よしえちゃん。ありがとうございました。
石君、よっちゃん、そえちゃん、まりちゃん、ひとみちゃん、彩ちゃん
ありがとう!

     
 4月18日(水)  大橋でサイケデリック・ロック
      大橋東口駅前にあります、少し小さめのライブパブ「Club49」での初ライブ。楽団はインディアン・サイケデリック楽団MISRAM。

 MISRAMのギタリスト亮君の行きつけのお店ですが。亮君は若いのにとてもたくさんお店に「顔」で、たくさんのお店のマスターに可愛がられています。
 その中でも49のマスターは若林よりも上の世代。中々の気骨ある、頑固だけど熱い御仁。 ライブの前、若い出演者に叱咤を飛ばし、ライブ後にも熟練出演者にゲキを飛ばす辺りなかなかの貫禄。 おつきあいは初めが肝心。
 若林も思うところをしっかり言わせてもらいました。

 今回特にお店との交渉担当スタッフが急に辞めてしまい、お店側にかなりの不信感を与えてしまっていただけに、負い目のままでおつきあいしても良い事無いと。
 きっと演奏で全てを理解してくれたのでしょう。

 若林の考えに賛意をくれて、固い握手。 けっこうたくさんビールを頂いたのに「今日は俺のおごりやけん」と。 久々に博多のオヤジの熱い心意気どか〜んと受けました。

 MISRAMは、往年のサイケデリック・カバー曲は、馴染みながらも慣れず、だれずに中々のノリ様。メンバーの意向で「インプロ曲も!」と今回は約半分の時間をインプロに費やしました。

 しかしながら民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Windの手だれと比べるとその即興力にはかなりの差があって。またモニター環境に応じた演奏などにも経験と理解、注意力などの力不足も露になった感じでした。

 それでも、演奏中笑顔を絶やさず。終わった後も謙虚な態度は、若いのに立派。
 可愛い弟、妹達です。

 インプロ志向によって現れた問題点数有れど 
逆に演奏に新鮮みや、持ち味の安定感が見え、より一層頼もしかったドラムの嶋田梨果さん。 やはりユニークなセンスに「昔取った杵柄?」チョッパーの技がむちゃ凄かったと今回初めて知ったベースのBB。
 「ブルース系ハードロック+インド音楽=70年代ラーガ・ロック」そのものの歴史を自ら再現する様なアドリブが冴え、日々成長中の亮君。

 なかなか有意義なライブでした。

 もうひとつの収穫が、前座を務めてくれたBluesの「哲心童子」さん。
「哲心童子」はVocal&Guitarの上野恵司さんの芸名であり、Guitarの猪口和哉君のデュオ名でもあるようです。

 奇しくも4月15日福岡市中央区赤坂のBluesのお店「Calloway」で民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Windのライブをさせて貰った際に盛り上がった「Bluesバンド再結成」の決意から三日後。なつかしのロバジョン盛り放題のライブに嬉しく成って。

 ライブ終了後。
 ユニットの三人目に加えて欲しいと申し出ました。
 すると二つ返事。
 ともするとアコースティックBlues奏者さんは、自分の音楽的世界観が頑強で、他人とのコラボレイションを望まない人が多い。なのに上野さんはMISRAMの演奏も喜んでくれて。
曲名も言わなかったのに「トラフィック!」と嬉しそうに声を掛けてくれて。

 先月の佐賀出身のアコギ弾き語りの「がーすけ」君から続く福岡でのBlues展開の道筋が見え始めて来た感じです。

 するとなんと、Guitarの猪口和哉君も佐賀出身! ケイタクも含め佐賀はBluesの土壌なのか? 49のマスターも古賀さんとおっしゃるから、佐賀か、福岡県南部? やはりBluesの土壌?

 上野さんはご出身&自宅の小郡を「日本のミシシッピー」と言っていましたが、確かに小郡は、有明海に注ぐ筑後川の支流の内陸の都市。筑後川をミシシッピ川に例えれば小郡はBluesやC&Wの聖地メンフィス(州はテネシーの西南の端っこ)に位置する感じです。

 そう思いながらアメリカ南部の地図を見ると、佐賀駅の南から空港に掛けてはルイジアナ州。沢山の運河で知られる佐賀南部はまさにニューオリンズ周辺っぽい? 

 もうひとつのBluesの聖地ジャクソンは久留米?
7月に演奏に呼んで頂いている大川はミシシッピー南部のバトンルージュ。

 そのまま山を越えて北上すれば、BluesMen達が稼ぎに出掛けたシカゴがあり、その東方には工業の街デトロイト。
 その微妙な個性の違いは博多と小倉の関係に似ている?

 「民族音楽地理」を提言する若林にとってはワクワクするBlues-Mapが九州にありました。

 猪口和哉君は若いのに、もしかしたらCDでBluesを聴いたかもの世代なのに、渋いフレイズ満載で。日本製のヴィンテージなフルアコも素敵でした。嬉しかったのは、若林が客席で小声で曲名を言うと猪口君も笑顔で反応してくれる。
 マニアックなのにマニアの気取り嫌らしさがない。

 これぞ「同好」の基本!
 猪口君には是非、若林のBlues楽団にアコ、シカゴ、モダンと活躍して貰いたいです。

 古賀マスター、上野さん、猪口君、 たくさんで来てくれた亮君のお友達さん。 二夜連続で聴いてくれた彩ちゃん!

 ありがとうございます。

宜しくお願いします。

     
 4月19日(木)  福岡アクロスでレクチャー・コンサート
     2006年の2月26日に太宰府の九州国博で初演奏の機会を得たのが、天神のアクロス福岡の中に有る福岡県国際交流センターと九博の共同企画。
 交流センターの季刊誌「こくさいひろば」には一年前から「福岡発世界の音楽」という題名のコラムを書かせて頂いています。

 そのアクロス福岡での初演奏は、アクロスと芸工大の共同企画
芸工大の「音楽マネージメント学科」というユニークな学科の学生達によるコンサート企画の実習です。
 
 なんとゼミの教授は若林が関東の洗足学園大学の授業に呼んでくれたことのある、芦川先生。
 10年振り位の久々の再会でした。
 芦川先生も九州〜東京の往復の生活で、毎週、五六年ですから大先輩。
再会を喜んでくれて、間もなく記念すべき同企画の第一回目を託されました。

 テーマは「世界の花杯型片面太鼓」
 ペルシアで生まれ東西に伝わった、花瓶の底に皮を張った様な太鼓。
アラブのダラブカ(タブラー)、西アフリカのジェンベ、タイ古典音楽のトン、タイ〜ラオスのクローンのデモ演奏とレクチャーのあっと言う間の30分。
 途中には二年前の福岡初自主演奏会以来のお友達でもある芸工大院生の福井君がオシログラフでの「花杯型太鼓の音の不思議」を解説。学者肌の彼と若林の掛け合いトークも好評でした。

 平日の6:00〜という時間なのに沢山の方が聴きに来てくれて。嬉しい初演奏でした。

 終わった後は、芦川先生の車で学生さんがヘルプしてくれて楽器を自宅に戻し、そのまま大学近くのタイ料理屋さんで打ち上げをして囲んでくれました。

 今後もいろいろな機会に呼んでくれると言って下さり、夢が膨らみます。
みなさんありがとうございました。

     
 4月20日(金)  広尾でアフガン音楽

  4月20日(金)は「若林忠宏民族音楽小紀行」広尾:Cafe-Frontierの第五回目
2006年11月のインド音楽、2007年1月のアラブ音楽、2月のアフリカ音楽、3月のギリシア音楽についで、若林がインド音楽、アラブ音楽と並んで長く、そして深い思い入れで演り続けているアフガニスタンの歌の数々を弦楽器ルバーブ弾き語りに、太鼓陣の助っ人と。

 広尾:Cafe-Frontierでの定期ライブは毎月最後の金曜日。
ところが今月は小倉のイベントが入るかも? と一週前にずらしたので、常連さんの予定を合わなくさせてしまい、ちょっと少ないお客さんでした。

 広尾:Cafe-Frontierでは毎回音楽に合わせて民族料理を提供。
かつての若林の店(羅宇屋1978〜99)と同じコンセプト。時代も理解も食材も豊かで羨ましい! でも、売り残したら大変申し訳ない。
 と心配しましたが、この日も「完売」ありがとうございました。
 
 太鼓はインド系のタブラをレギュラーメンバーの尾澤理美さん。ペルシア系の花杯型片面太鼓ゼルバガリを久々登場の竹内久美子さん。インド系の両面太鼓はお客さんで来てくれた絵梨加さんが後半飛び入りで。良い音、アフガンっぽい音を出してくれました。

 

 

 熱烈応援コールをくれていたけれど、ここ数ヶ月多忙でご無沙汰のタオさんも来てくれて。長いおつきあいのAさんは福岡出身の可愛らしい新入社員さんを連れて。池袋の講座に親子三人で参加してくれて以来のお友達Yoshiさん一家も来てくれて。遂に皆勤賞の絵梨加さん。協力隊のスタッフ三人組。純皆勤賞のwardaさん、出版社のWさん。お弟子のJIK君。可愛らしい女の子が二人。四歳のよっちゃんと四年生のお名前訊き忘れちゃいましたが。若林を以前取材してくれた編集者さんが「仕事が早く終わったから娘を連れて」と。翌日幼稚園、小学校でしょうに。嬉しかったです。
 みなさん忙しい月中にありがとうございます。

 嬉しかったたくさんの事の中でお客さんのメール感想文。ありがとうございました。
そしてスタッフルームで何気に語られたシェフの一言
 「若林さんのライブはうちの他のイベントよりも料理が良く出るんで嬉しいです」

 自分の店での20年の修行の賜物なのか? 
 他の演奏家の方の場合、固唾を飲む様に惹き付けられているのかもしれませんが、
現地のチャイハネやタベルナ、メイハーヴェの雰囲気で飲んで食べて、手拍子、掛け声。
「じ〜っ」と聴いている感じじゃないのが嬉しいです。

 皆さん、ありがとうございました。
 次回は5月25日(金) キューバの古いソン歌謡やウァヒーラ民謡です。宜しくお願いします。


 4月24日(火)  朗読とアフリカ音楽
     4月24日(火)池袋の東京芸術劇場小ホールにて、朗読の西島史子先生とのコラボレイション・リサイタルがありました。

 西島先生は、教室で朗読の指導もされていて、毎回沢山の生徒さんファンで小ホールは満席になります。
 若林は,2001年打弦楽器ハンマード・ダルシマーで初めて呼んで頂きました。

 それまでの二年毎のリサイタルでは西洋クラッシック音楽が主体だったと伺いましたが、2001年に気に入ってもらって以後、2003年アラブ弦楽器ウード、アフガン弦楽器ルバーブ、太鼓ダラブカ。2005年インド弦楽器シタール、太鼓タブラ。と、二年毎のリサイタル。と毎回民族音楽と民族楽器でリサイタルを行われ、毎回若林をご指名下さいます。
 嬉しい事に「民族音楽とのコラボ」を楽しみしているファンの方が増えて「定着」の感すらあると言って頂きました。

 今回は、アフリカ民族音楽と民族楽器。
「若林さんとのコラボのファンが増えて、ひと月も前に、ご予約でノルマ人数をクリアー出来て、今回はより多く寄付に回せそうよ」という嬉しいご報告。

 第一部は、谷川俊太郎さんの「はる」茨木のり子さんの「お経」の朗読の後、
 テリー・ケイ原作/三木 卓文「白い犬とワルツを」とアフリカ民話「酋長の報い」にアフリカ楽器「バラフォン(木琴)」「親指ピアノ」とアフリカ式ギターを加えました。

 その後は、若林のソロで冒頭は、ヨルバの「道祖神に捧げる歌」を瓢??ニ?。ク・キ・ァ・ア・ぃケ、ヌ。」、ス、ホ矣、マ・ョ・ソ??、ュ?、熙ヌ「アフリカ古ポップス」を二曲。
「アフリカ万歳」はイギリス植民地時代の東アフリカ連邦キャンペーンソング。
「キリマンジャロまで散歩」はケニヤ新民謡。そして西アフリカ太鼓ジェンベ弾き語り(叩き語り)
  実は、この日、三日前に喉を痛めて。九州から茨城に就職したお弟子さんに特製「枇杷酒」を宅配してもらったのですが、間に合わず。ギリギリ歌えるレベルの状態で、心の中では「西島さんごめんなさい」。毎回二年楽しみにしてくれている、西島さんとそのファンの方に申し訳ない想いでした。

 ところが「「若林さんの音響ならぜひやりたい」と名乗り出てくれたという、第一線の音響さん岩沢さんが、ほんと最高の音を作ってくれました。

そして。

 「道祖神の歌」では、今まで以上に声が伸びて。(インド弦楽器や三味線、琵琶のサワリの様に、澄んだ声よりも肺活量が要らない為と思われます)
 息が切れる三分の一ほども手前で満場の拍手。かなり嬉しかった。
 終演後もたくさんの方に「良い声でした」「素敵なお声でした」と言ってもらいました。

 田辺君ご心配、お手間ありがとうございました。岩沢さんありがとうございました。

 第二部は、西島さんのソロ朗読二編の後、
少し対談が在って、若林のソロ。

 コンゴの新民謡「お母さんと子ども」ケニヤの古ポップス「恋人と散歩」 ズィンバウェの子ども歌「何何?」

 ケニヤポップスでは、コーラス部の
「ニョニャニョニャ、カワンコレーラーノ、ニュニヤニョニョニャリペーター」  を「歌って!」と言われてお客さん大爆笑しながらも懸命にチャレンジ。

 終演後、何時もの様にホール入り口に西島先生と駆けつけて、お帰りになるお客様にご挨拶。

 「毎回お二人の共演を楽しみにしてます」という嬉しいお言葉を頂きます。
「アフリカの音楽を生で聴くのは初めてでしたが、楽しかったです。体に染みました」と言ってくれた方。 「心に染みました。大事にします」と言って下さった方。
沢山の笑顔と賛辞を頂き、嬉しいありがたいひと時です。

 また、二年後、呼んで頂ける様、更に良い音楽、心の音楽を育てて行きたいと思います。宜しくお願いします。

 ありがとうございました。

     
 4月27日(金)  小倉でラテン楽団 再開
 

  4月27日(金) 小倉「 El Barrio」
 キューバSon楽団「Conjunto del Chicorro」15年ぶりのアンサンブル結成 「旗揚げデビューLIVE」でした。

 最高にカリエンテ! 楽しく、嬉しく、愉快で、
 ノリノリでした。
 直前迄、楽譜と音源の違い、若林歌バージョンと管楽器バージョンの曲違いなどなど「あれ〜!」のトラブル。リハーサル絶対量不足がありながら。
 「その場で音楽」は若林とベースの福山恒さんのみ。

 にもかかわらず!
   
 正直、キレる、投げる寸前の心持ちになってもおかしく無い状況の中。
 本番直前に気を取り直してくれたメンバーありがとうございます。始まってみれば、恒さん谷本さんアジ君、シッカのみんなはご存知の。
 
 「本番に強い」と言いますか、なんとでもしてしまう。
 終わらなかったかもの曲はFO。ソロ回しは戸惑う前に歌が乱入。
 ソロの最中にもMC乱入。決して独り矢面に送りません。

 それもこれもメンバーそれぞれが「音楽大好き」だから。
 演る以上「楽しくかつレベル高く」の根性が伝わるから。
 イライラしても戸惑っても「始まってしまえば」


 

 

 気後れはしないから。

 パーカッション陣のMAMI-TAとカルロスも頑張りました。
 さすがに見渡す余裕は無いので「フルートにマイク!」の業務連絡は、お互い演奏中。っと言いますかGallo-Coro(掛け合い歌)の最中。
 コーラス歌いながら指示を聞く。振り向けば「マイクはボンゴに向いていた!」ただしこれはリハーサル中

 本番は、MAMI-TAも声を張り上げ「踊れ!」と言われりゃグイロしながら前に出る。

 佐世保デビュー前のトロンペータ・カセリータス、Yuri&Lisa
 なんと幼稚園からの仲良しさん。博多南から小倉まで来てくれて。今日も来るって!
 午後のリハーサルから立ち会って。ライブ演奏も録音し。笑顔で応援してくれました!

 良かメンバーに恵まれました。 ありがとうございます。

 お客さんはMAMI-TAが頑張って呼んだ音楽ファンとサルサファン。お店のマスターのサルサのお弟子さん。

 そして恒さん&MAMI-TAのバンド仲間

 カウンターにノリノリのお姉さん。若林のMCに馬鹿ウケ!
 うん!ラテンは良い!人間が軽くて明るくて!ウケが良いから楽しくて良い!

 ラテン音楽ファンか、サルサ姉さんだろう ありがとう!

 と思いきや。
 なんとラテン楽団のピアニスト。お隣にはヴォーカルとパーカッション兄さん
 後でお話すれば、ピアニストさんは、かなりしっかり音楽を考えていて。
 大阪出張からわざわざこの日のLIVEの為だけに帰福。 
 先日のWAKKY日記「同業者の聴き方」のお手本の様でした。

 ありがとうございます。

ピアノ嬢さん曰く「MAMI-TAが若林さんって言うから『あの人インド音楽のシタール弾きでしょうが! 』って言ったら『それがなんでんかんでんやりんしゃあよ!』って本当かなって来てみたら、演りおった、歌った、弦弾いた、コンガ叩いた、クラヴェスしながら練り歩き歌..........」

 大阪から福岡に嫁いだ姉さん。「こいつほんまのアホや!」
って思ってくれたなら嬉しいです。

 マスター坂口さんも素敵なサルサダンスを披露してくれて。
 帰り際も満面の笑顔と力強い握手。
 「また是非6月にでも!」と

 ご年配のお客さんは昭和30年代日本で流行った名曲に懐かしそう!
 「コーヒールンバ」は一緒に歌ってくれて。
 
 曲の邦訳も喜んでくれて。

 ノリノリ・ピアニストさん絶妙な突っ込み
 「だからなんなの?」

 素ん晴らっすぅぃ〜〜!!!

 そうなのです!  キューバの歌は「だからなんなの?」

 禁句です。 それを聞いたらおしまいです。

 行き着くところ全て同じ  

 「だから楽しまなきゃ!」 

 全ては Para Gozar! 

 Para Ti と言っておきながら Con Migo
 で  Hasta Manana 

  
 楽しいだけでなく、愉快な一日でした。

 独りで来ていた小さな女の子。 緊張? モジモジ?
 二曲目から笑顔が広がり、なんだか今にも「きゃああ〜!」って言いそうなほど嬉しそうでした。

 メンバーお客さん みんなが喜んでくれた

 良か夜(Buena Noche)でした。  ありがとうございます。


 4月28日(土)  ラテン楽団 福岡デビュー
   

 4月28日(土)福岡で一番古いサルサクラブ、福岡のラテン音楽、サルサシーンの発信地。
  親不孝通りの「One-Way」でのLIVE

 たった二日目にして、キューバSon楽団「Conjunto del Chicorro」
 良いバンドになりました!

 Trompetaのキーノさんは、小倉「 El Barrio」でのデビューLIVEの為にわざわざ東京から来てくれましたが、多忙な仕事の為に帰京。サルサ・クラブ「One-Way」では、トランペット・レスの覚悟でした。
 ところが頑張り研修メンバーのリサ&ユキちゃんが、本番に参加。前夜小倉迄リハーサルから立ち会う努力の結果、見事につとめてくれました。並木さんも泉さんも二日目にして堂々の演奏。良いバンドになりました。

 サルサファンでありラテン楽団もやっているという男性に、「いや〜! 今迄ここ迄の腕の楽団、福岡に無かったよ」と最高の賛辞。お店キープのマイ・コンガをお借りしたサルサファンの人にも賛辞を貰い、たくさんのお客さんに「応援します!」「頑張って!」と言って貰いました。

 当然と言えば当然なのですが、
 サルサクラブの夜は、     遅い。
 7:00の開場はオーナーさんさえ居ない。8:00の1stステージではお客さんもちらほら程度。2ndでやっとライブっぽくなって。踊ってくれる。
 そして、帰ろうか、という撤収時間になってから「楽しみにしていたお客さんが来たから、今からもう1ステージお願い!」って。

 そうでした。「インド時間」「アラブ時間」とけなされますが。
 「アフリカ時間」の方が凄くて。

 そして「ラテン時間」もっと凄かった。

 「世界の師匠は十人十色」(ヤマハ・ミュージック・メディア)にも書きました。
  富山青年演劇祭に「インド劇団」の正規メンバーとして参加した時
 大型バス数台の大移動の団体活動。
 待たせる常習犯。アジア、アフリカ諸国よりも、中南米。そしてなんと
 「先進国」と自負する。イタリアが中南米を上回っていました。

 善し悪しの話じゃなくて。
 吉祥寺教室も「人のタイプ」を大別すると、インド音楽、中近東音楽の生徒さんとアフリカ、カリブ音楽の生徒さんに二分される。後者は前者と比べて、感情表現が豊で情が熱い反面。出した楽器、動かした物が「直らない」。

  う〜ん。
 そうなんですよね。 ラテン音楽なんですよね。
 主婦も居れば、嫁入り前の娘さんも預かっている。新婚のお婿さんも居れば、
 孫も居る大御所も。
 だから評価される楽団なんだけど。 3ステージもカリエンテで演りたいけれど。
 アジア音楽の柔らかな地声に比べて、張り上げる歌は喉を酷使するし。

 う〜ん。
 この「箱っぽい」現場で早く楽団のまとまりを見せて ライブでお客さんが集まる様にしたいものです。

 でも、ちょっとラテンなアルバイト君も「良かった!、Mucha声が良かった!」と言ってくれました。 オーナーの中米女性も優しい心と言葉をくれました。一緒に歌ってもくれました。
 
 頑張ります!  応援宜しくお願いします。

     
 4月29日(日)  新ユニット始動
     
     
 4月30日(月)  小倉で新楽団 始動
     
     


 Music & Life  

 
 

 4月19日(木) 珍しくLIVEのお客さんをしました。
    4月19日(木) アクロス福岡での演奏を終えて、芸工大の先生、学生さんに打ち上げをして貰ってから、福岡市中央区赤坂のBluesメインのライブパブ「Calloway」に行きました。

 珍しくお客さんで。
 
 福岡のライブの幾つかは「ライブイベント」に参加するので、リハーサルを含めて前後の出番の色々なバンドを観て、また僕らのバンドを聴いて貰って感想を聞いたり、コミュニケイションが豊富に出来ます。
 
 でも中々人のバンドを完全にお客さんで行く事は東京に居る時でさえ得られず。
それは本来「間違ってる!」と言いながら。ほんとごめんなさい。

 その昔、北インドの宮廷音楽では、聴衆の多くが同業者。せこいハッタリやギミックは同業者の前ではカッコ悪くて出来ない。 
 その昔、創世記の津軽三味線。 くじ引きで出番が決まり、前の演奏者に先に「手」を弾かれてしまうとそれは出来ない。俄然奮起してその場の閃きで「それ以上」の技と心を見せる。 それが出来ないと思った時は「ごめんなさい」と演奏を辞する。

 そんな「心意気」が「音楽」を育てて来た。
付き合いでも無ければ、技のチェックでも、技の盗みっこでもなく。自ら最良最高の聴衆を目指し、演奏者の手抜きは許さず、頑張りは真っ先に歓声を上げる。気遣いや気に入られようでもなく。そんなものの遥かに上の量と質で。

 その意味では、日本人の同業者さんは大人し過ぎる。気遣い、遠慮が多過ぎる。
そこで目立っては「イヤらしい」と思うのでしょうか。

 その晩のCallowayでのライブ。
15日に民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Windで演らせて貰った後。カウンターでマスター境さんに一杯ご馳走になり「今度は若林さんのBlues聴きたいなぁ」とノセられて。
 店内にあったポスター(境さんはマグレブのポスターも自作して貼ってくれていた)
に有った19日の山善さんとTAD三浦Blues-Bandのジョイント。
 是非来ると言いいました。

 当日、境さんから何度もメール「ほんとに来る?」「何時頃?」「じゃあ席を取っておくね」

 一二曲後に駆けつけると、もう山善さんはノリノリで会場も一丸となってちょっとロックなBluesの世界。カッコ良かった!

 熊五郎の様な三浦さんのエピフォンの音は優しくも強く。枯れる一歩前のキザもあってまさにモダンブルースの良い味。
 ハープの長崎スリム君のルックスと頸動脈腫らして吹くハイトーン。R&Bシンガーでもあるドラマーのジャスティンさんの笑顔とウイットに富んだドラム。寡黙な勝野君のベースも良かった。

 ライブの歓談でしっかりアプローチ。若林忠宏のBlues-Band、十五年振りに九州で再燃です。宜しくお願いします。

 それにしても繋がる時は繋がるものです。
前日の大橋の対バンがロバジョンBlues! これは必然的な偶然としか言いようが無い。
 
 Bluesは東京でも狭い世界なので、「似て異なる」的な派閥もあろうかと、
前日の盛り上がりについて調子に乗って話してもなぁと思っていたところ、マスターとカウンターのBluesファンのお客さんの会話に「哲心童子」の名が出て。 どうも良い感じ。
すかさず前日の話しをしましたら、マスターは哲心童子さんとバンドを組んでいるとの事。
なんとなんと偶然はやっぱり必然だったのです。

 ちょっとサプライズで哲心童子上野さんの九州のメンフィスの自宅に電話するとラッキーな事に
「Kind-Hearted-Woman」とライブMCのダシに使われた奥さんが出たのでご挨拶。
 その後「境さんと話したいって人が」とマスターに携帯を渡すと「なんだ!哲心じゃないか!」「そうなんだよ若林さん来ててさぁ」

 奇しくも????
山善さんが若林の二歳上。 三浦さんが一歳。 あれっ? 哲心さんは二歳下でしたっけ?
一歳上でしたけ? いずれにしても同世代。

 がんがんオヤジですが。 枯れた味はまだまだ出しません。
 しっとり瑞々しいブルースを聴いて頂きます。
 宜しくお願いします。

 

 

 4月21日(土) Essay「音楽と言う名の彼女」
   音楽という名の彼女
 もうかれこれ35年のおつき合い 。もしかしたら母親なのかもしれない
 少なくとも養母には違いない

 音楽という名の彼女
 気難しい  気まぐれ その場、その場の気分や感情 。哲学が無い

 伝統には「道」がある 。武道、剣道、柔道、茶道、華道
 「技」と「精神」を求めるものには「道」が教えられる
 ところが「音楽」には「道」が無い

 音楽という名の彼女
 振り回される事が多かった 。急に止まって駄々を捏ねる 。急に走り出したりも

 音楽という名の彼女
 好かれる為に頑張った 。誉められる為に頑張った 。頑張ればその分去なされた

 音楽という名の彼女
 何処に連れて行かれるのか 。安らぎ、癒しはくれやしない 。
  喜び、楽しみも在っただろうけど

 でも音楽という名の彼女
 決して「嘘」は付かなかった 。決して「嘘」を付かせなかった 。裏切る事はしなかった

 音楽という名の彼女
 時には愛し切れなくとも 。時には愛し過ぎてしまっても 。決して逃げては行かなかった

 音楽という名の彼女
 手間はかかるし ややっこしい 。思い通りになかなかならない 。なったと思うとダレている

 音楽という名の彼女
 最近やっと懐いてくれる 。やっと信用されたのかも 。いずれは家族になれるのかな

 されど人生費やして
 いろんな人に不義理して 。いろいろ次々注ぎ込んで 。それでも尚まだ足りない様だ

 音楽という名の彼女
 人前で肩を抱ける様になった 。やっと最近
 余程機嫌の良い時に。

 4月27日(金) 「音」という「器」
 
 「音で出来た器」の中で
 私の心は柔らかく泳いでいる様です。

 その「音」は「心」でもあり「想い」でもあり
 そして記憶の中では「想い出」でもあります

 でも、決してあせることなく。消えることなく。
 何時までも私の中で生き続けています。

 否、それこそが「生きる糧」です。
 亡き師匠から貰った音と心もあれば
 一緒に暮らせぬ「母」から貰った心と想いも在り

 特にこの二年
 きっと私の人生の中で最もスピリチアルだった
 今まで避けて来た、忌諱して来た世界や生き姿に
 果敢に挑み 頑張った それを引っ張ってくれた
 夢 想い 情 希望 優しさ 愛おしさ 切なさ

 それらの目に見えないものたちが
 私の心の「器」です。

 

 スキー場のDJの仕事 母に頼んだ楽器の替弦
 添えられた手紙の涙を堪えて奏でた「音」
 
 20年目の「ラストコンサート」友やお弟子に見守られて
 感謝を込めて奏でた「音」

 陽を浴びた芝生を見ながら 潮風を感じて奏でた「音」
 大陸に続く海に沈む夕日に向かって奏でた「音」
 
 ビルの谷間の夕日を仰いで、初めての笑顔に迎えられ
 どこかに母を感じて初めての土地で奏でた「音」

 陽が当たるとこだけ温かな体育館に響いた「音」
 絶えることなどないと思った笑顔の集いで奏でた「音」

 武道館のステージもあれば ハイバル峠の麓のキャンプ
 東シナ海の潮風の台所 雪の温泉町のシン!としたホール

 「元気で頑張って、早く帰ってね」
 小さな真っ黒な心配なおでこ くしゃくしゃと撫でて通う想い

 何時も何処かで聴いていてくれる 心の友の慈しみ
 初めて出会うたくさんの笑顔 温かい拍手 アフリカのかけ声

 たくさんの心 たくさんの想い 三十余年の「音」の器

 それらが「器」となったのは  

 それらが「器」となれたのは