考えた事  2007年 8月

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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 2007年9月


 8月1日(水) 私が子供だった頃
 

 2007年08月01日
23:59 私が子供だった頃
 私が子供だった頃
 日本人は真面目な事で有名でした。
 1ドルが¥360 沖縄は「外国」でした。

 夕暮れの帳が好きでした。
 腐らない様に焦がした木製電柱に白熱灯の街灯
 近所のおばさんがスウィチを入れる。
 通りかかった人が「ご苦労様」と声を掛ける 
 そんな光景を見るのが好きでした。

 夕暮れの町は賑やかでした。
 ほとんどのお父さんが同じ時間に家路を急いでいました。
 家族と一緒の夕飯です。
 途中に寄り道をするとしたら、駅前の電気屋さん。
 王選手、長島選手、金田選手、大鵬、力道山..........。

 
 そんな平和で温かな町でした。
 東京の山の手の事ですから、
 きっと日本の何処でも同じだったのでしょう。

 TVのCMがほとんど「動画」になった頃からでしょうか
 「お隣さんがカラーTVを買ったそうよ」という会話
 お友達の家に遊びに行くと聞こえる様になりました。

 カラーTVで観る東南アジアの戦争は、まるで「映画」の様でした。

 「隣の車が小さく見えま〜す!」というCMが流行りました。
 スピッツを飼う事が流行りました。 
 良く吠える犬種です。
 ピアノを習わせる事も「流行」ました。
 狭い町は、お互いの音で賑やかになりました。

 街灯のスウィッチを入れるおばさんに「ご苦労様」と言う人が少なくなった頃
 街灯は自動的にスウィッチが入る様になりました。

 「戦争を知らない子供達」という歌が流行った頃でしょうか
 もう少し後だったかもしれませんが、

 「受験戦争」という言葉が流行りました。
 「良い会社に入る為に良い学校に通わせる」
 競って塾に行かせられました。
 「お隣は家庭教師を雇ったそうよ」

 良い会社に生涯勤めて退職金と年金でのんびり暮らす
 それが「日本人の幸せ」

 平和な国、日本は、お隣さんと戦争でした。

 ビートルズが解散した頃でしょうか
 ラジカセを持っていないと恥ずかしい様な雰囲気でした。
 
 ビデオデッキが普及した頃には
 何かを持ってない、買えないから「恥ずかしい」
 という人はほとんど居なくなりました。

 中東の国同士が戦争をしていた頃でしょうか
 トイレットペーパーを奪い合う光景がありましたが
 お互いの生活を羨むこともなく、
 豊かで平和な時代が続きました

 世の中を変えなくてはならない!と棒を振り回した学生さんは
 夕方に揃って帰宅する事もなく 働きづくめで国を豊かにしました。
 
 中東の国同士でまた戦争が起きた頃
 フリーターの元祖が生まれていました。
 仕事は幾らでもあったらしいです。

 「使いっ走りを頼んだら、買い物途中で転職された」
 と言っていた人が居ました。
 
 もう誰も新しい機械を欲しがらなくなりそうなので、
 直ぐに壊れたり、色々な機能が新しく開発されました。

 電車の中で音楽を聴く若者が増えました。
 リュックサックも増えました。

 
 
 なんたらの崩壊という言葉が流行りました。
 人々の表情が険しくなりました。
 何時も何かに苛々して。何もかもが信じられない様な。

 自転車の逆走が目立ち始めました。
 都会では、道で肩がぶつかり合っても気にしなくなりました。
 最近では、電車の座席をゆったり座る事が流行っている様です。

 戦う相手が居なくなりました。
 平和と言えば平和です。 
 
 なのに人々の表情は険しくなるばかりです。

 
 塾にも通わず、家庭教師も来た事がないのは、
 我が家が貧乏だったからか、平和主義者だったからか
 「勉強嫌いな子に勿体ない」と思ってくれたからか

 競う事が嫌いな両親だったのでしょうか?
 「芸術家は自分との戦い」とか言ってましたが
 息子は会社員に成らないと、何時勝手に決めていたのでしょうか?

 それでも幸せになる筈、と何時まで思っていたのでしょうか?

 民族音楽の番組を録音するラジカセが欲しかった
 
 タモリ倶楽部の取材の時
 「この部屋には珍しい楽器ばかりなんでしょうけど」
 「私が一番感動したのはこのTVです」
 とディレクターさんが、親戚に買ってもらったカラーTVを指差しました。

 「ガチャガチャ」とチャンネルを廻すやつです。
 今でも良く映ります。

 我が家は冷蔵庫も白黒TVも長持ちして、メーカーさんに驚かれました。
 メーカーの修理担当さんは「訪問修理」の際に
 「大事に長く使って下さってありがとうございます」と言ってくれました。
 
 
 昔の日本製品は、良く長持ちしたのですね。

 修理代が「新品買う」よりも数千円高い位でしたら
 頑固に「修理」して使います。
 近所のラオックスの修理コーナーでは有名人になりました。
 それでも数年すると「部品が無くなりました」と言われます。

 最近のメーカーの修理屋さんは「ほとんどが外国で部品作っていますので」
 と言います。


 8月2日(木) 海外旅行
   2007年08月02日
02:32 海外旅行
 今日、羽田に戻る飛行機がまたも遅れました。
 羽田〜福岡は90分位。福岡〜羽田はもう少し掛かります。
 何故なのか、考える暇さえありません。

 一刻も早く帰ってミーシャを病院に連れて行かねばならぬのに。
 遅れた今日に限って飛行機からターミナルまでがバス。
 急ぎようが無いので、ぼんやりとバスの窓から空港を眺めました。

 海外研修
 随分行っていません。
 そう思って見ていると羽田空港が「外国」に思えて来ました。
 「自己暗示」って安上がりです。

 昔から「自己暗示」大好きです。
 
 「心頭滅却すれば火もまた涼し」
 の言葉に感化されて。
 「うん!熱いと思うのは体温と外気の差を感じて...........」
 錯覚かもしれない! と思い込ませて、
 一夏自宅のエアコンを全く使わなかった事もあります。

 「猫毛アレルギー」です。
 2006年は「アレグラ」一日二錠を守れませんでした。
 瞼さえ塞がって来て。 
 でもあるお医者が「主原因はストレス」「猫さんは引き金に過ぎない」
 と言うので「なんだ!気のせいか」
 と「自己暗示」2007年まだ一錠も飲んでません。

 10年位「不眠症」でした。
 「ああ!なんて事だ」「寝る事さえまま成らないなんて可哀想に」
 と思うと寝られない。小さな物音にも敏感で、自分の鼓動がうるさくて寝られない。
 耳栓を買って「これで大丈夫」と自己暗示。
 すっかり治りました。

 思えば「寝られない」自己暗示に掛けていたのかも知れません。
 
 「ならば、悲しいとか、裏切られたとか、人や世の中に対する不満だって、簡単に解決出来るんじゃないの?」

 そうなんです。

 でも、その代わり「無感動」「無感情」になってしまいます。

 二年程前迄

 気づけば10年位

 ほとんど涙を流しませんでした。 大笑いした記憶もありませんでした。
 意図的に「怒ってみせる」事はあっても、心では白けていました。

 でも、胃壁にはクレーターが出来ていました。

 二年前に「自己暗示」で失いかけた感情を取り戻そうと頑張って。
 やっと自然に笑い、涙を流す事が出来る様になりました。

 

 今、思っても辛かったあの10年間
 唯一の救いが年に二回程の海外研修。

 異なる文化の街や人を眺めて居ると
 日本でのストレスが解消されたのかも知れません。

 でも、家族が病気になったりすると、中々海外には出られません。
 月三回、長くて七日程度の出張でさえ、猫さんの誰かが具合が悪くなったりしますから。

 一番最近の海外研修が全額仕事で費用をクライアントが出してくれたのも
 中々自費で行けなくなった理由でもあります。

 自営業の辛いところです。
 研修費の「元を取るだけの収入があるのか?」と自問すると、
 中々出かけられません。

 好きな事をワンマンにやっている様に思われがちですが、
 こう見えてけっこう頑張っています。
 
 得にこの二三年は、かなり頑張っています。
 自己採点で、若い頃の20倍は頑張っています。

 そろそろ「自分にご褒美」上げたいのですが、
 責任、責務、やりかけた仕事、猫さんの世話、楽器のメンテ
 ライブの宣伝、企画書や原稿書き

 なかなか暇がありません。
 
 楽譜を書き上げたら。

 10時間程 猫だまり の中で昼寝でもしたいと思います。
 が、寝過ぎは腰に良くないですよね。

 ご褒美何が良いかなぁ

 思いつきません。

 もしかしたら、大変大変って「自己暗示」なのかもしれません。

 意外にのんびりやっているのかもしれません。

 「忙しいフリ」なのかもしれません。 

 8月2日(木) ジンクス
   2007年08月02日
10:33 ジンクス
 英語でJINXと言うと「縁起の悪い」事が多い様で、
 日本では「縁起担ぎ」「げん担ぎ」の様に良い事で言われます。

 基本的に日本人はポジティヴなんでしょう。
 
 「弁財天」
 インドでのルーツは「芸術と文学の女神」
 サラスワティー女神
 日本でもかつては「弁才天」だったが、
 「才能は要らないから財産くれ!」に変わってしまい
 本来の「弁財天」である「吉祥天」
 ラクシュミ女神とバッティング状態。

 ポジティヴで元気で、真面目な日本人は、
 急速に「せこく」「嫌らしく」なった?
 それが「豊かさ」「高度成長」と比例諦してですから不思議。

 「吉祥天」と言えば、私の住んでいる吉祥寺
 北九州にもあります。 
 こちらは「きちじょうじ」九州は「きっしょうじ」
 
 7月30日(月)小倉のケイト・ミュージックさんでのレッスン。
 お休み連絡が入ったので、心配になってみんなに確認。
 一人二人では交通費が出ません。
 九州の人は意外にケロッと「ドタキャン」します。

 するとそんな日に限って他は出席。幽霊部員まで!
 しかも見学と体験入学者さんまで!

 う〜ん

 体験入学者さんの話が面白かった。
 「若林さんに会えるかと思って北九州の「吉祥寺(きっしょうじ)」
 まで行きましたよ! 会えませんでしたけど、その代わりとても良い和太鼓を聴きました。

 九州の人は、昔の日本人を思わせるところを多く保っている人が、まだまだたくさん居ます。 ポジティヴで、熱心で温かい。
  
 ドタキャンはするけど..............。

 「くじけない」ってことは「懲りない」ってことでもあるけれど。
 「くよくよしない」ってことは「相手もくよくよしていないだろう」
 って事でもあったり..............。

 
 「今日は教室お流れか?」と半分モチベイションが下がる時に限って
 「大盛り上がり」
 
 逆もまた真なり
 「数日前から楽しみにしていると」悲しい集まり
 ライブでも親睦会でも教室でも

 かれこれ30年続いている「ジンクス」

 私はかなりの「ジンクス人間」です。

 生徒名簿やスタッフ名簿をしっかり作ろうとすると
 数人抜ける。

 悲しいとき、弱っている時に限って
 「演奏」は良いと言われる。

 エレキギターやマイクのコード。
 俗に「シールド」と呼ばれるやつ。
 上手に早く巻けます!

 が、最後に巻かれる先端の金属部分が
 何故か股間に激突します。

 東京に居る時はいたって「出不精」
 頼まれ仕事が無い限り吉祥寺を出ません。

 二日〜一週間続きで同じ町に行く事が
 とても多い。

 仕事がさっぱり来なくて、色々新しい仕事を開発しても駄目
 諦めて「やりたい事」を始めると
 とたんに仕事が来出して「やりたい事」は中断となります。

 欲しい楽器があって毎晩写真を眺めて
 待てど暮らせど、方々にあたってみても駄目
 しかたなしに自作すると数ヶ月以内に向こうから本物が来ます。
 作らないで待っていると数年来ないのに
 作った途端に来ます。

 
 「晴れ男」です。
 東京に帰ると福岡が雨、風、颱風。
 福岡に行く頃は東京が颱風。

 7月前半、福岡の颱風が東京に来た頃に秋田
 戻ると北陸に地震 東京はお天気
 福岡に行くとお天気、東京は雨。

 連絡が無くて心配していて。起きて待っていても駄目
 仕方なしに寝ると、途端に掛かって来ます。
 「果報は寝て待て」ばかりです。
 寝不足です。

 
 「ジンクス」というやつは「経験則」からトラブルを未然に防いだり
 「げん担ぎ」というやつは、再び上手く行く事を狙ったりですが、

 僕のジンクスは、どうにも活用出来ません。

 シールドは安全に巻ける様になりましたが、
 「楽器が欲しければ自作する」では困ります。
 「晴れ男」で「運」を使い果たしているとも言われます。
 どうぜまた近々来るだろう、と駅のコインロッカーに荷物を預けた途端
 数年来ない様な気がします。

 最近困るのは、身内の言動に「ちょっとやな感じ」
 って思ってライブに行くと、
 ライブは大盛り上がりで楽しく充実するのですが
 帰りの電車が事故で遅れます。
 
 楽器を担いで一二時間。満員電車に閉じ込められたり。
 だからと言って「感じた時に言う」ほどの気もしない。
 でも連続半年続いています。

 
 そう言えばBluesの歌詞に
 「黒猫が横切りやがった! でもおいらは大丈夫さ!」
 というのが良くあります。

 黒猫さんは毎日横切っています。
 と言うより、毎朝隣で二匹が小さなイビキをかいています。

 「なにしろおいらが生まれる時、七日前の七時に七人の医者が
 凄い大物に成る子が生まれると予言したのさ!」

 Bluesには「ジンクスSong」はとても多い。

 中西部アフリカの「教訓歌」や「アニミズム文化」
 の血を引いている部分も多いにありそうです。

 もしかしたら、
 シールドが当たる事や電車の事故程度で
 済んでいる。
 良いジンクスなのかもしれません。
 

 そう言えば、
 真っ黒猫クーちゃんが来てからのこの八年
 流浪の吟遊詩人、放浪芸人、状態ですが、
 日々大変ですが、病気をしていません。

 風邪さえあまりひきません。

 黒猫さんに守られているに違いないと思います。

 「守らなくて良いから、その分長生きして!」
 と言えば

 「守られている間に良い仕事して!」

 って返される様な気がします。

 8月9日(木) もしも世界で独りっきりになったら
 

  無人島に独り漂着した様に
 もし世界にたった独りだったら
 なんでもかんでも独りでやらなくてはならない
 
 誰にも頼れない代わりに、誰にも煩わされず
 誰にも指図されず、 誰にも急かされない

 あらゆるストレスから解放されるけれど
 誰のせいにも出来ない
 何一つ言い訳も出来ない

 孤独に耐えかねて 生きて行けないだろうか
 生きる事の大変さに根を上げてしまうだろうか

 否応がなしに「生きる」という事に、
 真っ正面に向かい合うと
 人間は、
 意外に真面目で、真摯な生き物かもしれない。

 今の暮らしの 要らないもの
 間違ったもの 見栄 欲 疑心 妬み 嫉み
 中から 外から たくさんの 

 何が大切で 何を守るべきか
 何におかしくされているか 
 何をおかしくしているか
 
 独りになったら分かるだろう


 

 8月9日(木) 海の向こうの豊かな国
    海の向こうの豊かな国
 食べ物も豊か 文化も豊か
 素敵なファッション カッコ良い音楽

 ギターケースに尻を載せ たたずむハイウェイの道路端
 素敵なジャケットに憧れた。

 教壇に尻を載せ生徒の机に足を載せ
 友達の様に語るフランクな教師
 足が長いから出来る格好。
 授業もさぞや楽しかろう

 そんな授業さえも真面目に受けずに
 サボる生徒。裏路地にたむろして
 飲んで踊って遊んで暮らす
 刹那の様で、反体制の様で、
 それもカッコ良いと憧れた。

 ミュージシャンの素敵な逝き方
 音楽に命を掛けて 燃え尽きて
 苦しみ悩んで自虐して
 
 酒や薬に身を滅ぼして
 ハイウェイを天国まで疾走する

 歴史が無いと言いながら
 あっと言う間に数百年
 
 むしろ世界で一番位
 この100年は変わらぬ文化

 むしろ世界で一番位
 他の国を変えて来た

 
 たくさんの事を教わって
 日本もとても豊かになった

 力が無ければ意味が無い
 「開拓者精神」の一つの局面

 お金がなければ意味が無い
 「移民の苦労」を思わされる。

 「地位」と「名誉」のその前に
 「市民権」「永住権」
 国を捨てても得たいと思う

 彼らがくれた一番のもの
 「家族を大切に」「愛する人を大切に」

 「子鹿物語」を思い出す。
 「大草原の小さな家」も

 垣根を作って「家」を守る
 猛獣、コヨーテ、熊、先住民

 ワンピースの娘さんも
 ライフルが使える逞しさ

 「自分の家族を守るため」
 「敵」から我が家を守るため
 「正義感」「正当性」「大義名分」

 

 意外に彼らの心の中には
 欧州民族の誇りも在れば
 忘れず捨てずの文化もある

 それでも「家族」というものは
 自分と伴侶と親と子供の三世代

 孫の孫の時代迄
 考える余裕も無い開拓時代
 心を痛める人も無く? 
 神に背いた自戒も無く?

 
 
 あの頃のままの正義感
 

 それをそのまま日本に当てはめ
 なにも疑わずに

 今がある。

   
 8月9日(木) 二人きり
    もし無人島に二人っきりだったら
 同性であろうと 異性であろうと
 親子や 孫程の歳の差であろうと

 助け合って生きて行くだろう

 力がある方が 物を運び 体を使い
 閃きがある方が 知恵を出し
 
 互いに慰め 互いに諭し
 互いに励まし 互いの存在に励まされ

 それでも人間は いがみ合うかもしれない
 互いを「狡い」と思うかもしれない。
 互いを信頼出来ないかもしれない。

 社会という「箱」の中で身に付けた様々なもの
 本当は要らないたくさんのもの
 
 それが多ければその分だけ時間が掛かる
 でも、いずれはそんな人も戻れるだろう

 でも、気づく迄の時間の差は
 気づいた方には辛いものかもしれない

 「好いた惚れた」とか
 「生理的に受け付けない」とか「相性が良い」とか
 
 「本能」や「感性」の様に思い込んでいる
 「染み付いた感じ方の癖」

 それらが取り払われる事を
 「馴染んだ」と勘違いする人が多い
 
 「気づくこと」であると知る人は少ない。

 だから手遅れになったり
 馴染んでも心変わりする

   
 8月10日(金) 人は何故に変わるのだろうか?
     人は何故変わるのだろう
  人の心は何故変わるのだろう
  人の思いは何故変わるのだろう
  人の考えは何故変わるのだろう

  時の移り変わりに応じて
  事象の変化に応じて
  相手の態度や条件の変化に応じて

  暑くなれば冷房を入れ
  寒くなれば暖房を入れ
  気分転換にTVのスウィッチを入れ
  
  音楽を聴いたり美術を観たり
  心地よい会話を求めてみたり
  愚痴を言ったり聞いてあげたり

  枝葉は風になびくもの
  しかし幹は場所を移らない
  水はけ悪かろうと、斜面にあろうと
  日当り悪かろうと、風当たり強かろうと
  根ざした場所は動かない

  樹木が勝手に動き出し
  好みの場所を求めたら
  それを「自由」というのなら
  草木は何処に行けば良い?

  小鳥や昆虫、蔦や茸は
  森を飛び交う自由を奪われ
  人間だけが「自由」と称し
  好き勝手が許される

  
  森は無くなり、山は削られ
  海は埋め立て、河を塞き止め
  森は汚され、河も汚され
  海も汚され、使い捨て

  
  「地球侵略」のエイリアン
  未来の地球人という説もある

   
 8月10日(金) 自由な心で居て欲しい
     感情が大空に羽ばたくほど自由である為に
  気分が色々で豊かに遊んでいられる為に
  思考が新たな閃きを得る為に
  思想が新たな叡智を吸収出来る為に

  心がゆとりを持つ為に
  心が悲しみをも栄養に出来る為に
  心が笑っていられる為に
  心が素直に泣ける為に
  

  思想はしっかり大地に根ざし
  思考は常に冷静で
  感情、気分に左右されず

  事象や条件に影響されず
  時間や場所に関わらず
  相手の出方や言い方、態度

  それらを言い訳にする必要も無く
  言った事は実現する
  始めた事は投げ出さない
  人のせいにして途中で辞めない
  
  幹がしっかり大地に根ざせば
  枝葉がどんなに揺れようとも
  天に向かってのびて行くし
  枝葉は陽を浴び、風を受け
  雨に潤い、木陰を作る

  鉢植えの自分をせっせせっせと
  「より良い場所」に運ぶ様な
  忙しい人生送ってみても
  枯れれば何も残らない

  陽を求めてうごめき回り
  心地よさを「居場所」と思い
  「許し合う」仲間を友と呼び
  互いに水を与え合い
  「生きる自由」を錯覚し

  鉢植え並べて家族と称し
  コンクリのベランダに並んでみて
  与えられた世界で自由を味わい
  足りなければ不満を言う

  心は逆に不自由に見える
  感情は逆に尖って見える
  気分は逆に淀んで見える
  

   
 8月10日(金) 世界が五人の村だった頃
    世界が5人の村だった頃

 ひとりが 海に魚を捕りに行き
 ひとりが 山に柴を刈りに行き
 ひとりが 畑で野菜を作り
 ひとりが 鶏を飼い 卵を作り
 ひとりが 牛を飼い 牛乳を絞り

 みんなは それぞれで 
 五人全員が暮らすのに必要な分だけの 
 食べ物を集め 作り
 それぞれ自分で   料理、調理をし
 腹八分目で余らした食べ物や
 自然に生じた副産物などは 家畜や畑に与える

 それぞれは それぞれで 道具を作り
 それぞれは それぞれで 食べ物を運び
 それぞれは それぞれで 家事をし
 それぞれは それぞれで 家を作り、修繕した

 お医者であり、祈祷師であり、音楽家である
 「岬の人」は、独り岬の先に住んでいた。

 世界が10人の村になった頃

 新たなひとりが 舟と網を作り、修繕し
 新たなひとりが 鎌や斧を作り、荷車を作り
 新たなひとりが 鋤や鍬を作り、修繕し
 新たなひとりが 禽舍を作り、修繕し
 新たなひとりが 牛舍を作り、修繕し

 新たな助けによって
 魚も柴も 野菜も卵も牛乳も
 倍の量得る事が出来るようになった。

 だが、
 鋤や鍬を作り、修繕する人と
 鎌や斧を作り、荷車を作る人
 禽舍を作り、修繕し
 牛舍を作り、修繕する人は
 それぞれ一人でも良かった
 
 しかし、彼らは互いに仕事を分かち合った

 「二人分働けば、二倍の収入が得られる!」
 「二倍働けば、二倍の収入が得られる!」

 そんな考えを持つ者は居なかった。

 誰かが病気になって動けなければ、
 みんなでその仕事を分担した。
 

 世界が20人の村になった頃

 新たなひとりが 漁を手伝いに行き
 新たなひとりが 山の手伝いに行き
 新たなひとりが 畑を手伝いに行き
 新たなひとりが 鶏の世話を手伝い
 新たなひとりが 牛の世話を手伝い

 新たなひとりが 浜辺から村に魚を村の家々に運び
 新たなひとりが 山から柴を村の家々に運び
 新たなひとりが 畑から野菜を村の家々に運び
 新たなひとりが 禽舍から卵を村の家々に運び
 新たなひとりが 牛舍から牛乳を村の家々に運び

 新たな助けによって
 魚も柴も 野菜も卵も牛乳も
 更に倍の量得る事が出来るようになり、
 家迄運んでくれる者が現れた。

 その頃には、各家に子どもが生まれ,育った。
 漁師の家に生まれた泳ぎが苦手な子は
 山の家に貰われ
 鳥が苦手な禽舍の娘は、漁師に貰われ網を直し
 
 それぞれの向き不向きを上手く合わせて
 みんなで平和に暮らしていた。

 世界が30戸の村になる前に

 同業者が複数生じて、互いに競う様になった。
 争いが絶えなくなったので
 みんなで「掟」を作る事にした。
 
 心は「掟」に奪われて
 「掟」の中ではなんでも出来たし
 心の中では何でも思った

 海や山の「秘密の場所」や「秘密の技」
 自分の子どもにだけ伝えたい。
 
 それでも競争相手が困った時は
 助けに行く心は残って居た。

 
 まだそんな心が残って居た頃
 村は様々な天災に襲われ続けた

 人々は「岬の人」に伺いをたて
 「いにしえの心を取り戻せ」と示唆された

 山の神 海の神 大地の神 鉄の神 
 たくさんの神様が居たが
 みんなで祈れる神様が必要となった。

 世界に何千万もの村が出来
 大きな街や国が出来た頃

 失った心を埋める為に
 富や権力や横暴や怒りや奢り
 それらを具現した大きな館
 天に近づく高い塔を建てる者がたくさん居た

 人々は自分を守り、家族を守り、
 その為に村を守り、町を、国を守った
 そして守る為に戦った。
 
 失った心を埋める為に
 芸術をする者も現れた
 「岬の思慮」を思い出した者は
 自らの命を削って心に許しを乞うた

 人々はそれに感動し、一時心を取り戻す
 それでもまた守るため、生きる為に戦った。

 
 世界がまだ20人の村だった頃
 村には「掟」は要らなかった。

 世界がまだ5人の村だった頃
 神様は一人一人の心の中に居た。
 否、そもそもみんな神様の子どもだった。

   
 8月10日(金) キャパシティー
    初めて思ったのは何時頃だっただろうか?

 「こんな辛さもいずれは終わる」
 自分に最初に言い聞かせたのは、小学校のプール教室だったと思う。
 高所恐怖症には過酷な飛び込み

 受験勉強はインド音楽のお陰で、楽勝だった。
 勉強が楽しくなって、学ぶ事、調べる事、覚える事が楽しくなった

 封建的な運動部 ボール磨きや 体罰や うさぎ跳び校庭20周
 「こんな辛さもいずれは終わる」

 「頑張る事」って割が合わない。
 頑張れば頑張る程、 頑張った分だけ、キャパシティーが大きくなり
 その分、また過酷が訪れる。
 神様は意地悪だ。

 かと言って。
 「頑張らなければ」頑張らなかった分、キャパシティーが狭くなり
 その分、辛さしんどさが増す。
 神様! 何が正解なの?

 「明日の分迄仕事をしよう!」「そうすりゃ明日は一日のんびり」
 のんびり出来た試しがない。
 自営業だからかもしれないけれど

 音楽の勉強は随分した。
 でも時が経ったら忘れている。
 
 楽器の練習も随分した
 でも時が経ったら鈍ってる

 そのくせ「気づく力」は増えたまま
 「ああ、ここであの音だ!」「ああ、あそこにあの音が」
 
 上に行けば更に上が見える
 ジャックと豆の木みたいな感じ
 
 高所恐怖症だって言ってるのに
 神様は意地悪だ。

 悲しい思いや辛い思い
 たくさん味わえば、ご褒美が来る
 そう思って頑張って来たのに
 
 人の悲しみが分かるばかり
 余計な心配するばかり
 人の狡さが分かるばかり
 悲しみが余計に増えるだけ

 頑張らなければ良いじゃん!
 そうかも知れぬとやってみた
 周りの顔が悲しくなった
 心配顔や苛々顔が増えて来る

 人のキャパが身にしみる
 余裕の無さが息苦しい

 やっぱり自分が頑張って
 周りの人が笑顔で居てくれ
 ゆとりの顔を見せてくれる
 
 その方が数倍ありがたい
 気づけば結局頑張っている

 励まされて,頼られて
 期待されて、責任背負って

 ほんとはズボラで怠け者
 昼寝が大好きな惚け者

 頑張るって 何だろう
 無理する事とは違うけど
 「我を張る」事とも違うけど

 自営業のありがたさ
 ちょこちょこ休んで
 また頑張っています。

   
 8月11日(土) 「好きな言葉」と「嫌いな言葉」
   好きな言葉

「武士は喰わねど高楊枝」「宵越しの銭は持たねぇ」「てやんでぇい 篦棒めぇ」「やせ我慢」「思い立ったが吉日」「愛が足りない」「甘ったれ」「止まると弱る鮫」「All or Nothing」「Better than Nothing」「ちゃらんぽらん」「だらしない」「転んでもただでは起きない」「おせっかい」「自分を棚に挙げて」「棚からぼた餅」「瓢箪から駒」「一石二鳥」「必然な偶然」「約束の邂逅」「運命の出逢い」「獲らぬ狸の革算用」「煙にまく」「唐変木」「胡散臭い」「変わり者」「でくのぼう」

「木を見て森を見ず」「一を聞いて十を知る」「猪突猛進」「愚公山を移す」「達磨さんが転んだ」
「殿様キングス」「チゲ鍋」「サハラ砂漠」
「帳」

自作の好きな言葉

「思い立ったが期日」「笑って俺に付いて来い」「盗人竹だけ欲しい」「急がば急げ!」「足して二を掛ける」

自作じゃないかもですが......。

「森を見て木を見ず」「遠からずとも当たらず!」
「一を聞いて十思い込む」

本当はいけないけれど、好きな言葉

「神様の意地悪!」

 

嫌いな言葉

「うだつが上がらない」「嫌だったら来ていない」「能ある鷹は爪隠す」「所詮はその程度」「自分探し」「類は友を呼ぶ」「時が解決する」「過去は過去」「水に流す」「今を楽しむ」「言葉の暴力」「議論」「言った言わない」「平和主義」「身の程知らず」「背伸び」「責任感」「無責任」「依存心」「放任主義」「愛こそすべて」「自分にご褒美」「いい加減」「しない方がましだった」「つれあい」「個人主義」「全体主義」「人に言う資格」「老婆心」「思い遣り」「七転び八起き」「恋愛はゲーム」「人生はギャンブル」「青田買い」「過剰防衛」「好きこそものの上手なり」「遠慮は禁物」「常識」「正論」「定説」「社会性」
「急がば廻れ!」「足して二で割る」

子どもの頃から苦手な言葉

「ほんの子ども騙しですから」「大人になったら分かります」

思わず使ってしまう、いけない言葉

「興味が在る」

巷にあふれる、いけない言葉

「癒される」「みっともないから止めなさい」「男のくせに」「女のくせに」「奥さん」「ご主人」

許せない言葉

 「嫌なら辞めれば?」「攻撃は最大の防御成り」「あたしの勝手でしょ!」「あんたに言われたくない」「生活の為に仕方なく」

使いたくないけど使わざるを得ない言葉

「悪気があって欲しかった」「頑張る」「頑張れ」「頑張って」「お疲れ様」「ご苦労様」「大変だね」「ハングリー精神」
「世のため人の為」「運命の悪戯」「でも」「だから」「やっぱり」「駄目で元々」「前向き」

「当たらずとも遠からず」

ずっと騙されて来た言葉

「音楽に国境は無い」「お客様は神様です」「平和主義」「誰にも迷惑掛けてない」「マナー」「ルール」「みんなの為」「職業に貴賤はない」「生き物を好きな人に悪い人は居ない」

間違って使われていると思う言葉

「プロ根性」「アマチュア精神」

 

   
 8月13日(月) 鉄棒の逆上がり
    「高所恐怖症」に加えて「三半器官」?「うずまき管」?
 が敏感? もしくは「脆い」 という「言い訳」

 小学生の頃、「逆上がり」出来ませんでした。 水泳の「飛び込み」も出来ませんでした。

 「コンプレックス」たくさん有りますけど 。その最たるものでした。
  
 「何故人は、自分の尺度だけで物事を判断するのだろう」 そんな話題に友人がくれた言葉
 「出来る人には簡単な事でも、出来ない人には難しい」

 思い出したのが逆上がり。

 「なんで? あんなに簡単に? あんなに楽そうに?」
 「なんで あんなに楽しそうに?」「くるくるくるくる」

 「地に足がついていないと駄目恐怖症」

 「なんで出来ないの?」
 「だらしない」「恐がり!」

 小学校三年の頃 、姉御肌の女子が放課後「特訓」してくれました。
 半べそかいて、結局出来ず。

 「しなきゃならない理由が分からん!」と断固拒否

 未だに「しなきゃならない理由」が分かりません。

 理由が分かれば「やる!」と思います。

 我が子を助ける為ならば 「高所」も上ります。

 吉祥寺で二十年続けた民族音楽ライブスポット。地下に有るのにエアコン室外機は4階の屋上の更に上の「小屋」の屋上 「最悪」
 
 地下の店のエアコンの下から水が出るので、 何度か登りました。 小屋の屋上迄は垂直の梯子。「最悪」

 
 小学校の卒業式の次の「代休の日」  誰も居ない校庭で自主特訓しました
 一回だけ出来ました。証人居ませんけど。

 自分の中では納得 「No more」

 「出来る人」の心分からずじまいです。 「楽しさ」も分かりません。

 くらくらするだけで、ちっとも楽しくなかったから。

 「出来る人が出来ない人の気持ちが分からない」 も良く分かります。

 「意味の無い事」出来なきゃならない理由 。分かりません。
 「みんながしている」から「する」理由 。「みんなが出来る」から「出来ないと恥ずかしい」 その訳も意味も気持ちも分かりません。

 「出来ない人」を「笑う」「あざける」 その心も分かりません。

 「出来ない人」の心 良く分かります。 「しない人」の気持ちも分かります。

 でも「逃げたまま」 で気持ち悪くない   その気持ちは
 分かりたくないです。

   
 8月14日(火) 「雨ニモマケズ」宮沢賢治殿 その1
    今日、帰京したら、友人が自作のCDを送ってくれていた。
 貴重な生粋の関東人の音楽仲間である。 かつてやって居た「楽団」と「自作の弾き語り」の音源を私がおねだりした。

 素晴らしかった。温かで、詩の世界にも共鳴を覚えた。
 僕は「音もだち」と思っているが、彼は「師匠」と呼んでくれる 。嬉しい限りである。

 かつて「師匠」と呼ばれていた頃。「特別な人間」として「棚の上」に置かれた。
ごく普通の、むしろだらしない、根性無しなのに。でもこれだけ頑張るんだから「君たちも頑張れる筈」と言っていた。

 CDを送ってくれた彼は、努力家。  私と同じに「苦労家」かもしれない。

 「苦労家」
 人が思う「苦労」を買ってまでしたがる。「苦労」を「苦しい労力」と思わない。
 「苦しいからこそ労われる」そんな感覚であり、
 「自虐的」な方向に近づく場合もあるけれど、「自虐指向」「被虐指向」ではない。
 でも「報われる」為にやっていない。「苦」そのものが嬉しい。
 ならば、やはり「被虐指向」? 否、「苦」を「苦」と思っていない。

 説明が難しいが、
 「楽を喜べない」「何故ならば、自分が駄目になる、弱くなるから」
 「だから逆のものの方が嬉しい」 と言ったら少しは通じるだろうか?

 「鍛える」「克己心」もちょっと違う。
 
 そんな似た習性を持ち、それなりの評価を得て、頑張ってきて、 今も頑張っている人に「師匠」と言われるのは悪い気がしない。 もしかしたら「初めて」の感覚かもしれない。

 「音楽」を教えているのに「心」を学ばず。 「音」さえ学ばず「楽器を弾けた」気になって
 「音楽」を演ってると思い込み 。その「自己満足」と「ナルシズム」を 「音楽が好きだ」と勘違いする人の「音」

 10秒で分かる。

 彼の音は、逆だった。

 Blog日記の原稿(思いついたら書き出して書きためておく) 未発表の日記は倍程ある。
  驚かされたのが、ほんの数日前に「雨ニモマケズ」 を書き始めていた。

 フッと思い出した宮沢賢治 。あの「詩」の時代に既に日本人はあの「詩」にある様な「サウイウモノ」 ではなくなっていたのだろうか? などと考えた。

 彼のCDには、丁寧ながらもしっかりとしたビートを刻むギターに載せて おおらかに歌う「雨ニモマケズ」が収録されていた。

 「偶然」にしては恐ろしい。
 数年前に録音された歌である。 シンクロニシティーではない。 彼がCDを投函した時に私が日記の原稿を書いた。  テレパシー。

 しかしながら、
 「苦」を欲するという「奇妙な感覚」を共有するかも知れない彼が「雨ニモマケズ」を朗唱するとは!

 そう思う事も出来る。 が「朗唱」する事。明るく歌う事 
  これすなわち「同じ感覚」なのではなかろうか。

  そして、実は宮沢賢治も「同じ」もしかして。 否、きっと。

 評論家氏は 「雨ニモマケズ」は発表するつもりもない 「病床のメモ書き」であると説く。

 「サウイウモノ」が少なくなったご時世に、自分は情けなくも病床に居る。
 「叱咤激励」とも「自画自賛」とも説く。

  意外に単純に「治癒能力」を高める手段だったのかもしれない。

 「良薬口に苦し」

 「きっと元気になりますよ」 「きっと報われますよ」 「だから悲観しないで頑張って下さいね」 などの見舞いを貰ったら。 本当は「落ち込んで」元気にならない性分。

 でも、その人の温かい心に応える事 。その為にまた頑張って、そのまま元気になるのだろう。

 ★今、思い出しました。彼の生まれは、ギターと檜の里木曾でした。

 「雨ニモマケズ」宮沢賢治殿 その2
    宮沢賢治殿

 「雨にも負けず 、風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けぬ、丈夫なからだを持ち、慾はなく、決して怒らず、いつも静かに笑っている」

 
 小学生の時に、貴方の言葉を「しか」と受け止めて頑張って生きて来ましたら。

 「雨が大好き、濡れるの平気、風も大好き、颱風も平気、雪も大好き、夏の暑さ大好き」
 
 になってしまいました。

 御陰さまで多分「丈夫」 
でも「欲」は一杯有ります。他人には「私利私欲」と思われがちです。
良く「怒ります」。でも、最近少なくなりました。諦めかけているのかもしれません。
「いつも賑やかに笑っています」決して「静か」ではありません。

 
 「一日に玄米四合と、味噌と少しの野菜を食べ、あらゆることを、自分を勘定に入れずに、良く見聞きし分かり、そして忘れず、野原の松の林の陰の小さな萱ぶきの小屋に居て」

 ほぼ毎日、二束の蕎麦と、納豆と卵を掛けたパスタです。猫さんが居るので調理が出来ないが理由ですが、三日に一度位、コンビニの「野菜セット」で「野菜炒め」を作ります。

 たいがい「自分の勘定」を忘れます。気づくと損をしていたり、大赤字だったりしますが、人には逆に思われています。「何処かで儲けてなきゃあれだけ楽器買えまい」「あれだけ頻繁に通えまい」と。

 「良く見聞き」は心がけています。「分かろう」にこだわっています。
肝心な事は「良く忘れ」ますが、「どうでも良い事」を良く覚えています。

 家賃は高いですが、クツワムシの餌に栽培した「葛」だらけで屋根上のTVアンテナさえ倒れた「葛葺き」の家に猫と犬と亀とで暮らしています。西友の陰です。

 「東に病気の子供あれば行って看病してやり、西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い
、南に死にそうな人あれば行って怖がらなくても良いと言い、北に喧嘩や訴訟があればつまらないから止めろと言い」

 その気持ちは山々なんですが、時間がありません。
その代わりに「呼ばれれば」全国何処にでも、如何にハードスケジュールでも伺います。

 
 「みんなにでくのぼーと呼ばれ、褒められもせず、苦にもされず」

 残念ながら「でくのぼー」とは呼んでもらえません。

 本当の意味で「誉められている」「褒められている」かどうかは、ちょっと疑問です。

 その代わり、紛れも無く「苦に」されています。 
 「目の上のたんこぶ」だったり「欠点を追いつめる」「人の欠点をあぶり出す」
と「苦に」されています。
 そんなつもり「毛頭なく」「粗探し」どころか、人のささやかな素敵なところを過大評価してでも「自信」を持って頑張って欲しいと願っているのですが。

 でも、小学生の頃から疑問で.........。
機会があればうかがいたかったのですが、既に30年近くも前にお亡くなりになられていましたので.............。

「東に病気の子供あれば行って看病してやり、西に疲れた母あれば行ってその稲の束を負い、南に死にそうな人あれば行って怖がらなくても良いと言い、北に喧嘩や訴訟があればつまらないから止めろと言い」

をしたら「褒められもせず、苦にもされず」「でくのぼーと呼ばれ」は難しいと思いますが。

 
 「サウイフモノニ ワタシハナリタイ 」

 
 小学生の時に、貴方のこの「詩」を真に受けて

 「サウイフモノニ ワタシモナリタイ 」

 と思ってしまいましたら

 「コウイフモノニ 」なってしまいました。

 「雨ニモマケズ」宮沢賢治殿 その3
    雨に愛され 風にかまわれ 
 夏の太陽に叱ってもらい 雪に心を拭ってもらい

 誤解や後悔にも負けぬ
 丈夫な心を持ち

 より大きな欲を抱き 決して投げず
 やりかけた事は途中でやめず
 
 いつも本音で笑っている

 毎日同じ食べ物でも 頂けることを幸せと思い
 それでも食事の時間も惜しみ

 あらゆる事に気づくを忘れず
 自分は常に最後に考え

 より多く見聞きした事をしっかり分かり
 「知ること」より「分かること」を伝えようと努力し

 忘れてはならないものが何かを考え
 
 季節を感じながら休める時と場所に感謝をし

 東に心を病む人あらば、間違えていないヨと手紙を送り
 西に背負い込む人あらば、一人じゃ駄目だと叱りに行き
 南にはかなむ人あらば、今ではない!と留まらせ
 北に争う人あらば、相手が違うと文句を言い

 日照りの年は、畑を思い 池の魚を救いたいと思い
 寒さの夏は漁を思い キリギリスを心配し

 
 東の国の明るい歌の 悲しい歴史を上手に伝え
 北の国の優しい歌の 切ない思いを明るく伝え
 西の国の綺麗な歌の 寂しい思いをしっかり伝え
 南の国の元気な歌の 苦労の歴史を心を込めて

 たくさんたくさん感謝されて
 たくさんたくさん迷惑がられて

 いっぱいいっぱい助けられて
 いっぱいいっぱい世話になって

 残すものは少なかろうと
 成すものさえも無かろうと
 
 今の人には「阿呆」と言われ
 いずれは忘れ去れてしまっても
 
 昔の人に「頑張った!」と言われる

 そういふもので

 有り続けたい

 
 宮沢賢治さん 
 
 ありがとうございます。

 貴方と同じく あと少し
 必死で頑張ってやってみます。

   
  8月15日(水) 「お盆」と「終戦記念日」
   
 今年も「お盆」と「終戦記念日」が一緒に来て、一緒に過ぎて行った。

 昭和30年代前半、12チャンネル。確か「東京12ch」になる、そのまた前
「ここはお国の何百里.......」という軍歌が主題歌の白黒TVドラマ、おそらくタイトルは「戦友」があった。
 なんとも悲惨で暗くて、悲しくて。 今の時代の人々の言うところの「ネガティヴ」の極地。最たるものであった。

 同じ頃に流行っていた「戦争ドラマ」がアメリカ製の「コンバット」
昭和40年(1965)サンダース軍曹役のビックモローが来日した時には、数年前の「ヨン様」級の大フィーバー(むちゃ古い?)

 母は「コンバット」の大ファンで、欠かさず見ていた。

 「寡黙で背負い込むタイプのサンダース」「多くを語らないが気持ちが通じる聡明なケリー」
「口数が多いがやる時はやるカービー」「図体の割に臆病だがぶつぶつ言いながら力はあるリトル・ジョン」「気優しい衛生兵のカーター」の五人に様々なゲストが絡む.

  「人間模様が面白い」「キャラクターが人間模様を的確に表している」

 空襲体験者が「戦争ドラマに気を奪われる」それに対する母の「自己正当化(言い訳)」でもあったろうが、その口癖のお陰で小学生低学年だった私も、この「人間模様」を心に焼き付け、思春期に思いついた「五人のキャラクター」の原点を得た。

 「人の周りには五つのキャラクターが集まる」
問題児的なDが「去った」と安心するとDの補充が現れる。 Dタイプを敬遠していれば安心、新たに加わったのはBタイプだから安心!と思っていると、前から居たCタイプがDっぽくなる。
これは「バランス」「試され」の様なものであって「宿命」の様なもの。

 そんな思いは昨年の日記にも書きました。

 しかし、子ども心に「コンバット」本当は好きじゃなかった。

 人間が人間を「敵視し」マシンガンの派手な銃声とともに「やっつける」様を描く。その「正当性」は「正義感」。 戦勝国ならではの「特権」
 子供心に反発があったのか? 次々に「戦友」を失って行く「希望」も「正義」も無く、「意味」さえも虚しく伝わる。切なさと悲しさが溢れる「戦友」に心を奪われた。

 あくまでも小学校低学年の印象であるから、実際のストーリー、コンセプトは違うかもしれない。
が、間違っていなかったなら..........。

 「コンバット」は「戦争の正当化」と「正義の特権」を教えるドラマ。
 「戦友」は「戦争の虚しさ」を教えた。

 「コンバット」「はカラーの時代になっても人気番組として続き。今日「衛星放送」ではリバイバルさえもある。が「戦友」は昭和40年代には消えた様に記憶する。

 私の「屈折した思考」の原点かもしれないが、
 「コンバット派」であった母の影響でないとしたら、
 「前世」の記憶? 「守護神」「守護者」の示唆?

 単純に小学校「虐められっ子」だった「お陰」かもしれない。

 「お盆と終戦記念日」
 奇しくも同じ日。 それには因果関係があるのか無いのか?
 ポツダム宣言から11日間、それを放置し広島。三日後に長崎。
 五日後に受諾。翌8月15日、いわゆる「玉音放送」

 TVドラマ「コンバット」はノルマンディー〜ベルリンまでの欧州戦線であるが、
 太平洋戦線版「コンバット」の様なTVドラマが欧米で流行った、という話は聞かない。

   
 8月16日(木) どっちが悲しい?
    花瓶に生ける花がないこと
 花瓶に生ける為に花を摘むこと
 
 お金があるのにやりたい事がないこと
 やりたい事があるのにお金が無いこと

 お金の為にやりたくない仕事をすること
 やりたい事がお金にならないこと
 
 誰の為にも成らない事をすること
 人の為にしても喜ばれないこと

 やるべき事が出来ないこと
 やるべき事が見つからないこと

 技があるのに心が無いこと
 心があるのに技が無いこと

 愛の無い褒め言葉と
 愛の有るけなし言葉

 悲しませない為の嘘
 喜ばせる為の嘘

 自信作が認められないこと
 失敗作が評価されること

 人の真似をして認められること
 自分らしさで認められないこと

 花瓶が割れてしまったこと
 花が枯れてしまったこと

 8月23日(木) 猫に返事をしないで下さい。
    猫に返事しないで下さい

 と言いますか、正確には「猫に話しているのに、人間が返事しないで下さい」
 と言いますか、更に正確には「猫と話しているのに、勘違いしないで下さい」
 と言いますか、「ご自分の勘違いなんですから、キレないで下さい」

 ちょこっと二階で一休みしようと思ったら、
 一階の網戸が開く音がしたので、上から「チャチャ!」って呼んだら 

 お隣さんがお勝手のドアがら裏庭に出た音だった様で
 「えっ?」と返事されました。
 「いえ、猫に話したので」と言うのもなんだか、と思い放っておいたら
 何やらぶつくさっぽく言った後、ドアを「バタン!」と。

 えっと..................。

 確認なんですが 「猫の名前とそっくりなニックネーム」をお持ちなんでしょうか?
 と言うより前に、
 ご自分の名前(ニックネーム)に聞こえたとして、むやみに「お隣」から呼ばれるでしょうか?
 って言うか
 それって日常的なんですか?

 って言うか、
 もし「お隣」から声がした時
 「えっ? 私に用事?」って耳を疑うのが普通じゃないのでしょうか?
 
 そんなこんなで、とっても不思議な事態に思います。
 なので、勝手にキレないで下さい。
 

 
 思えば、昔

 私が最近つくづく懐かしむ「昔」
 「古き良き時代の日本」は、だいたい昭和30年代

 お隣さんとの「隔たり」は「竹垣」でした。
 お勝手から出た時に顔が合えば、御挨拶。

 昭和40年代に入ってからでしょうか?
 ブロック塀が増えました。

 最近見ない様な気がしますが、
 塀の上端に「割ったガラス」をセメントで差し込む「猫避け」
 思えばきわどい代物でした。

 電車のホームの「鳩避け」の「剣山」も凄いと言えば凄いですけど。

 そのブロック塀も、所々「穴」が開いていました。
 内から感じる「閉塞感」外から感じる「秘密主義っぽい」ものを和らげる為だったのでしょう。

 最近はそれをわざわざ塞いでいたり、全く無かったり。
 

 ご主人が出かけると数時間吠えっぱなしのワン子のお隣は別なお隣。
 住みにくい街になりました。

 前のお隣さんは、高知の方で、気さくに「昔風」にご挨拶が出来ました。
「天変地異の時はお手数ですが、玄関を開けて猫達を逃がして下さい」
 とお願いも出来たのですが。
 
 
 「たまたま」とか「何かの理由で」とか
 おっしゃって「良くある事じゃないですか」とか
 「そんなに深く考えなくても」
 とおっしゃる人は多いでしょう。

 僕もそう考える時多いです。
 でも、何かがピンと来た時。 オーラでしょうか?
 
 「なんか変」を強く感じる時があります。

   
 8月23日(木) 眠れません。
    暑いからじゃなくて。  寝室のエアコンが壊れた「熱帯夜」慣れました 。
 
 隣の犬。 慣れません。  が、失神状態で横になるので どうにか寝れます

 が、深夜も早朝も続く ビル建設 。パターンが無い騒音は、慣れも、自己暗示も難しいです。
  これに無頓着になったら、 今度は何でも起きれなくなりますし、 音楽も出来なくなるでしょう。

  初めてのバイト先 西友。素敵な店員さんも居ました。 「人間として」僕が置き引きに有った時もお世話になって店長さん宛にに「感謝状」を書いた事もありました。

 何時の間にか居なくなりました。

 警備員さんの一人とは今も仲良しです。 家の隣の西友駐車場で深夜若者が花火をしていたのを文句言った時の人です。 「制服」を背負ってお仕事されている「昔気質」の方です。

 二階の窓から「西友」の大きな看板が見えていましたが、 あっと言う間に建っているビルは西友よりも高い。 看板が見えなくなりました。

 「世界の師匠は十人十色」(ヤマハ・ミュージック・メディア)に書きました 。青春の想い出のある中野の丸井。 無くなるって噂を聞きましたが。エレキギターを最初に買って貰った吉祥寺の丸井はまだあります。楽器売り場はとっくに無いですけど。

 コンビニと大型量販店 。1980年代に訪れた、ソ連の様な日本これが、温かさと夢を与えてくれるビルが建つのなら 騒音も我慢出来るのでしょうか?

 「地上げ?」「相続問題?」 数十年「幽霊屋敷」が建っていた吉祥寺のデッドスポット 。売れた? 解決した? その途端に高層ビル。 深夜の突貫工事。 それらを抜いて好意的に解釈しようとも何やら不思議なオーラを感じます。

 それにしても「速く建ち過ぎ」の様な気もしますが 。最近何か「画期的な工法」でも出来たのでしょうか?

 「何かが動いている?」「何かが始まっている?」 それとも、自然に変わっている事に「誰も気づかず」 「危機感」を思わず??

 月にたったの三分の一。長くて一週間しか間が無いのに 戻る度に変わって行く街。

 そして、福岡に戻ると その度に感じる「変わって来た」「急速に」 なにやら「東京っぽく」

   
 8月24日(金) 音楽と料理の「道」とは?
    友人で、詩人で語り部、歌い手のそほとさんのしっとりするコメントをBlogに頂いて。

 しみじみ想う「道」  ありがとうございます。

 

 剣道、柔道、武道から 茶道、華道、
  「道を極める」という素敵な言葉がありますが、

 「音楽」 そして「料理」 自分が携わって、お客さんの前で頑張ってきたものには
  何故か「道」が無い。

 西アフリカのヨルバ族のアニミズム的宗教の神「チャンゴ」に捧げる歌。
 アフリカでは廃れた?けれどキューバに残って居て 国立舞踊団太鼓主任に学びました。

 チャンゴは「道祖神」 その讃歌を歌うと「これらから始まる事」 コンサートが良い感じになる。「旅」であったり「演奏会」であったり 演奏ツアーなどにはもって来い!

 瓢箪楽器チェケレで歌う、十八番です。

「もし貴方があの街に行くならば、私の恋人が元気かどうか?」

 Oldies but Goodies   懐かしの「五番街のマリー」 ではないのです。
 タイ東北部では 「ねえ!牛匹のおじさん!」
 アフガニスタン南西部では 「ねえ!ラクダ使いのおじさん!」

 正月に帰って来ない恋人を案ずる。 田舎に残された者にとって「道」は、都会、派手な世界、見知らぬ世界 遠くの世界 。でも「必ず繋がっている」と想っている。

 
 「その道の権威」
 知るひと人ぞ知ると言う感じで、嫌いじゃないけれど 、説明されないと「凄さが分からない」っぽくて 人事に思えなくて、ちょっと「悔しい」

 「道無き道」を行く
 昆虫採集がそうでした。 甲虫類は、意外に畦道の陽の良く当たるクヌギに密集していたり。
 でも直翅目は........。クツワムシ、ウマオイ、カヤキリ

 二つのステージの合間に、崖から落ちそうになった事も。 まさしく「草分け」

 道無き道の草を分けて「後進」に道を標べる。 と思いきや「振り向いたら誰も追いて来ない」手前の広っぱで、楽しそうに遊んでいる。
 

 母の名前「道子」祖父が水道事業に関わったが記念とか言ってました。 僕が「好き」になる以前に、自分でかなり好きだった様子

 道にも色々「路」「迪」「途」「亨」「倫」
  名前にする親の想いは? その方の人生は?
 
 「草分け」

 道無き道を、一途に突き進んだ最初の人が居て。 その後に続く人が居て。 町が出来て

 最初の「想い」は 「極める」などと言う「相対論」ではあり得なかった

 そもそも「極める」も相対的ではない筈なのだけれど。

 「道」の先に何を見たのか。

 「音楽」と「料理」
 何故か自分が頑張って来たものには 「道」の字が着かない。

 「道の先で見て来たもの、学んだもの」を「戻って来て人々に伝える」

  そんな仕事だから....................。 なのかもしれません。

   
 8月30日(木)  欠点だらけ
    欠点、短所の多さ加減から言ったら 、ほとんど「欠陥人間」

 それでも、随分頑張って「欠点」を直して来ました。 かなり頑張って「苦手」を克服して来ました。
「気持ちにムラがあり過ぎる」「気分が直ぐに顔に出る」 「落ち着きが無い」「言葉がきつい」
  これらは「受け手」側の気持ちでモニターしていなかったから。 「自分に正直」と言っても「垂れ流し」状態
 
 根本的な部分は「長所」にも「短所」にもなる様な「何か」 音楽には結構「有効的」

 御陰さまで目一杯音楽演れているので、 身持ちや気分は「音に託し」
 
 燃え尽きる迄、その日のエネルギーを放出しているし 、嫌々やっている事が少ないので、気分は落ち着いています。

 ハードではある。 本人は結構「快感」かもしれないけど。 周りがヘタリ気味?
 
 さしあたって目先の「課題」は「気分転換」 楽器とリンクしてその音楽が蘇る「民族音楽カメレオン」

 HDの容量は意外に少ないのかもしれないし、 「溜め込む」とパニクるタイプかもしれないし
 人とやる事は人と上手くコミュニケイトしていないと だんだんヤバくなって来ます。

 それと、とっても良くないと思うところは 「説明無責任」

 「言わんと分からん奴には言っても無駄」 という根本的な思い込みにも似た「観念」は、まだまだ強い。自分の努力で勝ち得る「醍醐味」を味わった人は 色々な事に気づき。何でもやってみたくなる。
  それを十分出来ると、周りの人にも味わって欲しくなる。 「与え手」「受け手」という観念ではなく
 
 「探検」の楽しさ 「自分で見つける喜び」マニュアル文化はその心を滅ぼしてしまう。
  だから「気づく迄言いたくない」
  と、言い訳してみたところで 「説明不足」は微妙にリンクしつつも............。微妙に異なる。分かっちゃいるけど、 相変わらずの「説明無責任」

 その割には「くどい」とも言われ 「言い訳がましい」とも言われる。

 なんでやねん!!

   
 8月30日(木) ありがとう!
    【ありがとう! その1】

  昔だったら.................。 って言っても数年前?  九州に通い出してから、人間が丸くなったのかもしれない。

 テンポ、価値感、欲の無さ、向上心、克己心 。あまりに長閑でのんびりだから「丸くならないとやって行けない」
  それもあろうが、それよりも  土地の持つエネルギーに「元気」になり「漲って来る」
 それに対する感動と感謝が憤りを上回る。

 温かい仲間の励ましもたくさん 。ささやかながらも、マイペースながらも 「小股であっても前に進む」
  そんな姿に一番励まされ、支えられる。

 ところが今日、珍しく「キレた」 と言うか「キレた振り」をした。

 福岡空港のセキュリティー・チェックの若いお姉さん 。ヴァイオリン糸巻を削るシェイパーと穴に角度を着けるリーマー。レントゲンを通した後「開けて、説明して下さい」 と言うので、端から「黄色い紙袋に入れましょう!」 と申告した。

 ところが「ちょっとまって下さい」「もう一回通します」 中を見せて「楽器工具」と説明したのに。意味不明。
  なんと、通した後「はい!大丈夫です、どうぞ」と言う 。呆れて憤り「これって刃物ですよ!20cmは在りますよ!」 すると急に慌てたので、説教。
  リーマーを生まれて初めて見ましたか? 「はい」と答える
 あなたは日頃、非番の時に「金物屋」とか「道具屋」に行きますか?
 何が凶器に成りうるか、日頃から勉強しているのですか?

 上司が出て来たので「内点して、この人がOKと言ったので行きますよ!」 と立ち去った。

 羽田でもそうですが、私語で笑っていたり、とかく弛んでいる。 稀に査察が入る時だけ「ピリピリ」受け取り忘れた物を取りに行ったら「無い」と言われた事もあってとかく「不信感」が募ります。

 プロ意識 労働意識 マニュアル頼み 時間内労働 。しんどくなったら「辞められる」 他にもっと「楽」「良い」仕事があったら「代わられる」
  彼らの中にも余暇に「趣味の音楽」を演奏する人もいるのだろう。

 「何処の職場にも駄目な人は居るものです」というのが「一般論」

 「フリ」だから、立ち去った瞬間に「気分」は元通り。 でも、そこに「微笑み」をくれたのが、ちょっと大きな警備員君。朴訥として、いかにも純情、真面目 。ほっぺたが赤かった様な。 きっと仲間内からは「N.D.M.」と言われていそうな感じ。
 
 額に汗して「あくせく」と歩いて行きました。 だけど......。

 一生懸命急いでいるんだけど、体の大きさに全く不釣り合いな

 「小股」

 あくせくと時間の割には「進んでいない」「可愛い」のレベルでした。

 「頑張れ!」  って念じました。

「どんな職場にも、頑張っている人も、居る」        ありがとう!

 

 【ありがとう! その2】

  昔だったら..............。 って言っても数年前だったら、「憤慨やるかたなき」思いは今日もまだ残っていただろう。 「憤慨」「悲しみ」「切なさ」それが転じた「焦り」「孤独感」

 小学校での演奏会「民族音楽鑑賞教室」や「民族音楽ふれあいコンサート」
でも、「珍しい音楽を伝える」だけでなく、様々なチャンスに「教える」事に努めている。

 「教える」という言葉は語弊が在り、あまり好きではない。 「学んで貰う」であって欲しい。
「夏休み子ども楽器作り教室」

 PETボトルの「マラカス」の中に入れるビーズ。 量によって「音が代わる事」を学んで欲しい。 「色の好み」は自由にして欲しい。 「自分で色や量を決めて」欲しい。
  でも「幾つか約束がありま〜す!」
 「ひとつ! ビーズの各色は一人小さじ一杯まで!」 「お返事は大きな声で!」 「分かりましたか?」   「はーい!」  元気な声がこだまする。

 
 「材料費節約」ではない。 「好みの色ばかりではなく、色々を楽しんでもらいたい」 はある。 「自分の事ばかり考えないで欲しい」はあるけれど、 「ルールを教える」とはちょっと違う。 うまく言葉に言えない「説明出来ない」想いを救ってくれたのが、ちいさな女の子。

 

 暑い中で、子どもも親も90分近く。みんな頑張りました。 東京のこどもより「根気」があるかもしれません。  それは親御さんの「根気」と「頑張り」のお陰でもあります

 
 ところが、
 「あっ! お母さん! ビーズはひとさじって約束だヨ!」 とちいさな女の子。
 「イイのヨ! 誰も見てやしないんだから!」

 昔だったら、数日経った今でも「憤慨」していた。それが、それほど憤慨しなかったのは?
その女の子の健気な可愛らしさ? なんやかんや言っても、親に意見出来る関係? 状態? 段階?
 あの子はこの先も、母親に意見を言い続けて行けるのだろうか?

 切なさと、願いと、 頑張れ! の気持ちが 、憤りを上回ったのかもしれません。

 最近聞いてショックだった話。
 「登校拒否」の上位にある「最も難しいパターンのひとつ」を 思い出しました

 思えば自分が学校に行けたのは、親のお陰だったのだろうな
 とも。

 かくも人間とは無常  「まごころ」の有る親に、無い子どもも生まれるし 無い親に、有る子どもも生まれる。

 親の影響、しつけ、教養。 生活、環境の影響も大きいけれど 「魂」が持っている「素養」の大きさ 「魂」が抱えている「段階」の虚しさ

 そんな「無常」さの わびしさを救ってくれたのが 、あの女の子の「まごころ」

 「愛は地球を...........」救わなかったけれど 「まごころ」はきっと救うだろう。

 ありがとう!

   
 8月30日(木) 腐りかけの魅力
    腐りかけの「果物」は、店先から処分される
 「腐り方」にもよるけれど、カビやバクテリアが好むほど「安全」ならば
 腐る手前の方が美味しいに決まってる。
 腐った部分を取り除いて他を「頂きたい」ものである。

 飴が地面に落ちたならば「水で洗って食べれば」良い
 豆腐が地面に落ちたならば「上だけ拾って食べれば」良い

 昭和30年代の生まれ育ち。
 そう教わって生き、そう考えて行き、その価値感の中で活きて来た。
 

 同じ量の「泥」だとしても
 
 シチューの鍋に入ったならば
 どう頑張っても食べる事は出来ない。

   
 8月30日(木) 仏陀の「三絃の教え」
 

  仏陀の教えの中に「三絃の教え」というものがある
 東南アジア・インドシナでは絵画や布絵に良く描かれる

 三味線、琵琶、鼓の十五人の師匠に期待され励まされた「三味線Book」
 シルクロードの三味線ルーツ弦楽器と、三味線起源説
 日本の各種三味線とその音楽を紹介し、解説した。

 「お隣のことは評価も批判もしない」「同業の事は語らない」
 日本独特の風習のせいで「今迄無かった本」と期待されていたが
 未だに出版が決まらない。

 その中で詳しく語っているが、「仏陀の三絃の教え」は意外に単純な話。

 「弦は張り過ぎても音は伸びず、切れ易く」
 「緩め過ぎても音は響かず、余韻も無く」
 「ほどほど、中庸が大切」

 つまりは、「一弦琴」でも「二弦琴」でも良かった?

 苦行と戒律のブラフマン教の一時代に現れた仏陀ならではの説法であるが、
 このままでは現代日本人の「好み」に喜ばれるに過ぎない。

 「張る文化」があって「緩める文化」
 「メインカルチャー」があって「サブカルチャー」
 「伝統」があって「アヴァンギャルド」
 
 ひたすら「緩い」今日
 「ほどほど」はいい加減にしてほしい。

 

 私が「期待」した「三絃の教え」は
 弦楽器の原理と、それに見る人生の普遍性

 
 「一弦琴」
 旋律を弾いたら、基音の伴奏は出来ない。
 巧みに交互に演奏したり、歌の伴奏に徹したり。

 「二弦琴」
 旋律と伴奏が揃っている。
 一方を「基音」「ド」に見立て、他方は「ソ」や「ファ」の「属音」に調律する。
 時には逆転も可能。
 「ド」が「ソ」に聞こえたり「ファ」に聞こえたり。
 ある意味「まやかし」「見かけ」「錯覚」
 しかしそれを「自由」「応用性」「寛容性」と考えれば
 ある意味「完成された弦楽器」
 すなわち、弦楽器は「二弦で完成した」と言っても良い。

 「三絃琴」すなわち「三味線」
 「完成の先を狙う」「贅沢」「理想」
 一本の旋律に対して二本が「基音」「属音」の伴奏音を出す。
 旋律の動きや「調」がより「確定的」になる。

 「究極の完成形」とも言えるが、
 同時に「自由」も奪われる。 「まやかし」「見かけ」は排除される。

 
 何故か心惹かれる言葉のひとつに「鼎」がある。
 その読みの「かなえ」も、叶え、適え、の様で嬉しい。

 二本脚では左右の安定は得られても、前後が不安定
 「鼎の三本脚」は、ある意味「完成系」
 四本の必要は無い。

 「二次元」「三次元」「四次元」
 
 いずれも、「三」で「完成」し、理想を追求し「四」に至る。
 が、そこには「自由」も「まやかし」も無くなる。

 「三」の世界
 危なげなところもある。 「まやかし」も「騙し」も
 しかしながら、「主」が「伴」に転じたり、「従」が「主」に転じたり
 「強」が「弱」に転じたり、 「表」が「裏」に転じたり

 「助けたり」「助けられたり」「正しかったり」「間違ったり」
 「許したり」「許されたり」「進んだり」「戻ったり」
 「頑張ったり」「休んだり」


 8月30日(木) 緩める力
    音楽と楽器の練習には幾つかの種類があり、
 理解と習得の段階によって選択を誤ると上達しない

 「上達」の定義は、「余裕」と「説得力」と「存在感」
 他と比べての「自信の有無」ではない。

 そもそも「比較」は「二」の世界
 
 「大」と「小」の「二」の世界では、
 「大から見れば小は小」「小から見れば大は大」

 初心者は「手首に力が無い」
 「力が無い」と言う事は「パワーが無い」のではなくて
 「力んでいる」
 「力んでいる」ということは、むしろ「力が多すぎる」
 でもあるが、もっと単純で「緩める時を知らない」

 楽器の熟練者は「音を出す瞬間的直前」のみ「力を込める」
 むしろ「力」よりも「気」
 「気」は「力を抜いた時」に「力」と「想い」と「心」が転化して
 「気」となり「余韻」となり遠くに届き、心に「留まる」

 「音の大きさ」「派手さ」は「うるささ」「キツさ」に通じるが
 「音量の豊かさ」は「大きさ」ではない。

 達人は「緩める」を知っている。
 むしろ音を出す、手首の「往復運動」の99%は「緩めている」
 だから「速く弾ける」「音が大きく豊」「疲れない」ゆとりがある。

 
 「緩め」の極意を習得するには、
 皮肉かもしれないし、矛盾かもしれないが、
 「とことん力を込めて、出来る限り力んで」
 「壁にぶち当たる」しかない様だ

  少なくとも「緩い」「緩い」中からは得られない。

 8月30日(木) 愛を割る 捨てる文化
   日本人は捨てる文化

 正しくは「割愛」する文化
 厳しくは「省く」文化

 トルコ音楽の師匠との会話を思い出す
 「日本の伝統音楽のあの『間』が分からない」
 と驚く師匠。

 トルコ人は親日家が多い。 
 古くは「宿敵ロシアをやっつけた」ってもう100年以上も前の話
 日本語とトルコ語の共通性、シルクロード・モンゴロイドの親戚

 「逆に一音を9分割する微分音や細かく速い4.5拍子なんて日本人には驚きですよ」

 日本に伝わった様々な文化。 シルクロードの「序破急」インドの「起承転結」
 その両極端に影響されながらも、頑固に貫いた文化。

 「省く」「割愛する」「減らす」文化

 思えば日本文化を象徴する殆どのものがそれに矛盾しない
 「侘」と「寂」も
 「質実剛健」「謙遜の美徳」「慎ましさ」「真面目さ」「清貧」
 という日本人独特の「感性」から生まれている。

 「豪華絢爛」に対する感動に劣らず
 「強者どもが夢の跡」に心を揺さぶられる。

 日本の伝統音楽の「音階」が「五音」に基づいているのは、
 「陰陽五行説」に準じているからでもあろうが、
 仮に「七音」伝わったとしても、きっと省いたであろう。

 音と音、拍と拍の間を広げて、
 「無」が「或る」「空虚」を愛する不思議な感性

 「もっともっと」
 「上へ」「先へ」「永く」「大きく」「太く」「強く」

 そうやって発展して来た世界の中で
 かなり特殊な「異端児」

 「足す文化」「掛ける文化」
 の全く逆
 強いて言えば「消去法」の文化

 減らして減らして、除いて除いて
 より必要なもの、 欠かせないものを見い出し
 

 世界的に稀に見る豊かな自然がもたらした
 恵まれた「豊かな心」

 
 その日本が「物に恵まれ」「物が溢れ」