Life & Music 2007年 8月
7月31日(火) Chicago-Blues再開
贅沢にも若林ラテン楽団のサックス四名の内、にしやんとYasu君がリハーサルに参加してくれて、トランペットのLisa&Yukiちゃん。ドラムのNAOちゃんに、Chicago-Blues-Band「Bull-Frog-Blues-Band」R&B&Modern-Blues楽団「Heart-Gate-Blues-Band」の正規ドラマーの波谷亮一君。名古屋時代はBlues-Band演っていたというJAZZ-Bassitの戸蓑君。Vocalのばーちさん。そうそうたる面々! 贅沢な一日でした。
ところが、福岡の自宅のPCが壊れ、ノートPCからメールで送った楽譜をプリント出来ない。慌ててビックカメラに買いに行って。インストール。 ところが二三回やっても上手く行かない。
後で西やんに聞けば、Macとの相性らしく、良くある話とか。 良かれと思ってメーカーを換えた失敗でした。 急遽Lisa&Yukiちゃんに相談しましたが、もう家を出てしまった後のLisa&Yukiちゃんは近所のネットカフェを探して、プリントアウトしてくれて、メンバー分コピーしてくれて。
懐かしかった! ってライブは9月16日(日)に迫っていますから 懐かしがっている場合ではありません。
ラテンでも感じていましたが、何時、何処で、何がどう変わったのか? 「昔取った杵柄」なんですが、あの頃と何かが違う。 良くなった部分もあるのでしょうけど、衒い、照れが無くなったというか?
それでもBluesに対する「大好き故のコンプレックス」は今も感じます。 なんで、ここでBlue-Noteで歌わなければならないのか? その違和感が先行する時もあります。
一足先に「再開Blues」となった7月29日福岡デビューの Rumba-Blues楽団「Caribbean-Blues-Band」は 「歌いたくない時はBlue-Noteじゃ無くても良いんじゃない」 と出来るジャンルでした。
その時の感触「歌いたい時に自然に出るBlue-Note」 あの感じがChicago-Bluesでもつかめそうな気がします。
波谷亮一君のドラム、初めて一緒にやりましたが、良かった! 一曲目からバリバリChicago!
カウントの後三拍目の裏からの音が「オリジナルと同じ!」
やっぱり「通じる人」と演るのは楽しいわ!!
ありがとう!
みなさん!乞うご期待!
宜しくお願いします。
実の妹が上手すぎるので、長年自分の歌には自信が無かった。 実は「自信が無い」という観念を持ち合わせていない。 「自信が無い」から「出来ない」「しない」「臆する」 と言う事はない。「やる時きゃやるしかない」
でも、20年ほど前は若干うつむき加減に「しかたなし」に歌っていたから やっぱり「普通に自信が無かった」のだろう。 自分の「声」も「歌」もそれほど好きじゃない。 なにより「ピッチ」がヤバい。
実は、一年程前に大変ショックなことがあった。 前々から「聴音」が悪いとは思っていたけれど、 ある時気づいた。 チューナーの音が「顔の向きを変えると」 高さが違って聞こえるのだ。
右耳を向けた時と左耳を向けた時で「四分の一音」ほども違う。 そんな事ってあるのだろうか!
左耳は中学生の時に「小豆」そっくりの黄金虫が鼓膜を半分喰いちぎったまま そのせい? だとして「音程」が違って聞こえるなんて事ありえるのか?
判断する「脳みそ」の問題としか思えない。
33年もプロとして音楽演って来て、 初めて気づいて 愕然とした。 「プロの資格無いじゃん」 チューナーの「機械音」に馴染まないのかもしれないけれど........。 「四分の一」も違ったら、西アジア古典音楽では「別な旋法」だ。
その時、五分以上悩んでいたら、世をはかなんだかもしれない。 が、友人が「良かったじゃない!」と言ってくれた。 「高めに取りたい」「低めに取りたい」で顔の向きを変えてさ! 「便利じゃん」
ほう! なるほど!
と、言われるがままに考えて、はかなむ事を避ける事が出来た。
あまり気にしない様にしているが。
音感は悪いに違いない。
リズム感だって、たいした事はない。
三連は突っ込み気味になるし。 シンコペも苦手。
「アフロ・クラーベ」も「アフリカン・ベル・パターン」 も、もとは「八拍五連」とグラデーション
という自論があるけれど。
そんなリズム感なら得意かもしれないけれど.................。 メトロノームの機械リズムが馴染まないのかもしれないけれど..............。 そんな鈍才が演っているのだから........。
もっとまともな「音感」「リズム感」の持ち主は いっぱいいらっしゃる。
もっと「良い音楽」がいっぱいあっても良さそうなものなのだが。
ある時、百貨店の「物産展」で民族音楽演奏をしていると 初老のおじさんが怖い顔してステージに近寄って来て 「日本語で歌わんか!」「何歌ってるか分からんだろうに!」 とお叱り下さって去って行った。
民族音楽のレコードを「ジャケット」頼りに買って ざっと聴いて「ピン!」と来た曲をカセットに編集し、 ネイティヴ・スピーカーさんに「歌詞聞き取り」をお願いする。
意味が分かって「歌いたい」と思った曲はないので 歌詞の意味迄聞かない。 その時間に他の曲の歌詞を聞き取って貰いたい、もある。
「んで、今の歌はどういう意味なんですか?」 と聞かれ「知りません」と答えると 急に「なんだインチキか」の表情になる人が多いので
意味を調べたり、学んだりする様になったが、 それによって「感情移入」するのはおかしいと思う。 初めて聞いた時に「ほうれん草のバター炒め」の感じに聞こえた曲があったとする。 日本語に訳したら「キュウリの酢の物」だったら、混乱して歌えなくなってしまう。
意外にギリシア辺りでは「キュウリの酢の物」にオリーブ油を垂らすかもしれない。 ギリシア人の友達は「お前のキュウリの酢の物は脂っこくて美味い」と誉めてくれる。
Ancient-Future-Music「柘榴(Zagros)」では、自作、共作の日本語の歌詞を Vocalistに歌ってもらっている。 とってもしっくり来る。 中々うるさい聴衆の御仁も「歌詞がすんなり入ってくる」と言ってくれた。
Magic Samが「凄いなあ!」と思うのは、 Bluesの「定型旋律」にこだわらずに「言葉」がより真っすぐに伝わる 彼なりのメロディーを新たに開発して歌っていた事。
朝一で吉祥寺を出て、お昼前に福岡に。 スタジオの都合でリハーサルが30分後にずれたので、中洲川端の「アジア美術館」で夏休みの子ども達向けに開催されている「絵本ミュージアム」を見に行けました。 時間が無くて断念!と思っていたのでラッキーでした。 行けて良かった。
目先の事にあっぷあっぷし始めると、さらに先の事を「楽しく思い描く」。それが今迄の「走りっぱなし」の人生の唯一の「知恵」「処世術」「改善策」 今やっている音楽の仕事が一段落したら「絶対始めるゾ!」と三年以上前から『念じて』いるのが「絵本」の仕事です。 もしかしたら若林日記のファンの方で、もう薄々気づいて下さっていた方が居たかもしれませんが、音楽と歌と詩と台詞と、情景と色々と彩りと絵画と そして子ども達 若林の中では一直線につながっているのです。
「猫さんの話」「音楽の話」「楽器の話」「人間が音楽を始めて、友達が出来たり」 そんな「絵本」のアイディアが一杯あります。 それらを「生演奏」と共に「紙芝居」で上演したり。「朗読」や「マイム」と組み合わせて。「人形劇」や「舞踊劇」とも。
そこに猫さんやキリギリス、コオロギも登場したり。
「絵本ミュージアム」での収穫は「子ども目線」の展示の楽しさでした。 屈んで見ると、自分も童心に還った様な気持ちがします。
振り返って思えば。母も忙しく、子どもの頃体が弱かった妹が、人ごみや並ぶのが苦手もあって、我が家はあまり「お出かけ」が無かった。 美術館、動物園、遊園地、展示会.......。ほとんど記憶がありません。 唯二くらいの貴重な記憶が、新宿伊勢丹屋上の「夏休み昆虫展」蒲田駅ビルの「世界の昆虫展」今、想い出してもこみ上げる感動の記憶です。 学校を休みがちだった妹との遊び。 人形ごっこやままごとは、苦手でした。 普通の家庭の普通の子どもの様な「まねごと」の手本が無かった筈です。 妹は、何を手本に遊んでいたのだろう。 リカちゃんのちょっと前の時代だったので「タミーちゃん」「バービーちゃん」..........でしたっけ? さすがに毎度毎度付き合いきれないので、余り木材でTVやステレオ、冷蔵庫を作ってあげる。 兄が先導した遊びが「子供部屋ミュージアム」 兄妹が学校の帰り道に見つけた面白いものを展示して、キャプションを書いて見せ合うのです。お客さんは母のみ。 もしかしたら、若林の楽器集めや、吉祥寺に在った店の内装、料理、音楽の原点は、荻窪の生家の「子どもミュージアム」だったのかもしれません。
「絵本ミュージアム」の入場券で、常設スペースの中で併催されている「物語の森」の方も見れました。「常設」の絵画では、以前にも見ました中国系の画家の作品に、毎度感動。
「子ども目線」に童心に還ったから気づいたのでしょうか? 中国系の画家の作品を見て、初めて認識した「父親の影響」の大きさ。 父は上海生まれ育ちです。
水産加工会社の支店長の長男。水戸藩足軽頭の末裔なので、「忠義」の「忠」の字が義務づけられている。上にお姉さんが五六人。 甘えん坊、我がまま、亭主関白。
そんなイメージばかりでしたが、東洋最初の巨大、充実のエスニック都市「上海」 自宅の庭に「世界の野鳥」を集めて飼育していた父親。文学座の地方巡業の時期は母と私が飼育係。インド孔雀も居ました。「民族楽器大博物館:京都書院」の「インド孔雀琴」の羽根は我が家の孔雀のものです。
父親の子ども心にきっと染み付いていたもの。 「種々雑多」「世界の様々な民族文化」「20世紀前半の東アジア、中国の勢い、逞しさ」
そんな「いろいろ」の中で育った父が、東京武蔵野の閑静な住宅街に「世界のジャングル」を持って来てしまったり、東欧や南米の演劇と交流した「気持ち」の「原点」
中国系作家さんの作品にそれを確かめました。 その強い影響が私自身、そしてきっと妹にあるのだろうと。
「絵本ミュージアム」でもたくさんの感動がありました。
まず「福音館」のコーナー。 びっくりしたのが「子どもの友」という毎回一つの月刊絵本。 創刊号がガラスケースに在りました。 私と同じ歳でした。
先日日記に書きました「夕方に成ると電柱の街頭のスウィッチを近所のおばさんが入れる」 そんな時代そのものでした。
「作家さんのデスク」という面白い展示物には、孟宗竹の筆立、昔懐かしい「鉛筆削り」 ああ!早く「絵本」を始めたい。
なんて、あんなデスクがあったら、作りかけの数百のプラモデルに使ってしまいそうでそうけど。
追い打ちを掛けられたのが「街のタバコ屋さん&牛乳屋さん」 福音館の絵本「初めてのおつかい」の一こまを「再現」したものでした。 ガラスのケースの上がレジになっている角のタバコ屋さん。横は子ども達が大好きな牛乳屋さん。パンも売っています。 チョココロネ。メロンパン。否、主力は「甘食」だな。
「作家のデスク」の前では「切なさ」がこみ上げ。 「タバコ屋&牛乳屋さん」の前では 居たたまれないほどの「悲しさ」に襲われました。
「レトロなもの」への「憧憬」「懐かしさ」「懐古主義」 それもあるでしょう。 きっと普通に2割ほどは。
「過去の栄光にすがる」は全くないです。 幸い、常に現在は過去より「良くなっている」から。 「モラトリアム」「大人なんかに成りたくなかった」 これもきっとあるでしょう。 普通よりちょっと多めの3割ほど。
「当たり前にあった長閑さ」「平和」「温かさ」 「母や父の愛情」「街の優しさ」
それらの「有り難さ」「失って初めて知った後悔、無念さ」 それもきっとあるでしょう。かなりはっきり3割ほど。
あとの2割は、混沌としている。 「戻れるものなら戻りたい」「いや、戻れる筈」 「誰が壊した?誰が無くした?あの時代」 「今はやっぱりおかしいゾ」「このままではいけないゾ」
それでも、無心に絵本を読むこどもたちを見て。 「今ならきっと間に合うゾ」 「今からやらねばならないゾ」 そんな勇気が湧いて来ました。
「おいでよ絵本ミュージアム」は 8月19日迄。(水曜休館) 福岡アジア美術館 092-263-1100
世界の民族楽器の音源と写真を提供するお仕事 2500以上の楽器の過去25年の貯蔵費の 焼け石に水ではありますが、ありがたいことです。
でも。 最近の流行や、一般受けする「着眼点」 微妙に主旨に反発してしまい。危うくせっかくのお仕事を 自ら飛ばしてしまいそうになります。
「木箱楽器」カホン。 最近流行っています。 この楽器が何時頃、何処から何処へどうして伝わって 最近どうして何処で流行ったか?
あまり関係ない様です。
最近のカホンの「サワリ」超賑やかで トラッドな味わいは皆無です。 でも.......。そんなカホンじゃないと 「何?それただの箱じゃないですか?カホンってもっと........」
と驚く様な「本末転倒」? な事を言われます。 西語に訳したら、訳分からない会話になります。
南米打楽器って面白いです。 「何それ?ただの○○じゃないですか! ○○ってもっと、こう.....」 に当てはまる楽器たくさん在ります。
フラジデイラ、カバサ、キハーダ...........。
そう言えば、アジア・シルクロードにも
チムタ、チプクリ、カシック................。
カバサ、キハーダ、チプクリに至っては 「本物」を差し出したら仰天される事でしょう。
タモリ倶楽部の何回目かで、 「若林さんとタモリさんとタレントさんの三人同時での絵が欲しいので」 とおっしゃる。 「もはや箱じゃなくなった箱」を手に入れる良い機会と 出演料で買いました。
それは今、福岡に置いてあって。 7日のパーカッションEnsemble「Dum-Dum」 で飯塚のパーカッショニストCHANG君との「カホン二重奏」に使いました。 と、言いますか 自宅から楽器をタクシーに積んで、パーカッション講座をしている天神ViBiの「JEUGIA-C.C.」に寄ってからVooDooLoungeに
録音の為に天神からピックアップして、そのままライブで活用して! なかなか良いダンドリ!! と満足気
演奏も誉められました。 「最早カホン(ルンドゥーの)じゃなくなったカホン」ですから 世界中の太鼓奏法を織り交ぜて。楽しくやりました。
で、撤収の際。 楽屋の中で人の楽器が上に載っていたので 「カホンは後にしよう」と。 楽器を置くにも、一番位安全な感じ。「ただの箱」
カホンは何かと便利です。
作業台にも机にも。ちょっとした卓袱台にも、 冬場はチャメ君が入り込んでいました。
猫さんの隠れんぼにも最適な「楽器」です。 付き合ってあげないと「寂しく」なりますからご用心。 「あれっ? 何処行った?」「あ〜分からない!」 「寂しいよ!」「出て来てよ!」 と言わないと「悲しく」なる様です。
前に、動物病院にミーシャを「猫さん籠」 に入れて急行し、診察台の上で 「ホラ!出ておいで!」と逆さにしたら チャチャとプリンと三匹出て来た事がありました。 出掛ける準備中に遊んで入ったらしい。 何時か「カホン」も 「さあ!」とステージで叩くやいなや 誰かが飛び出て来そうです。 最近お洒落なクッションバッグが付属しているから尚の事 VooDooで使ったカホンにはマラカスが入ってました。 それも「サワリ」で丁度良いか!とそのまま演奏 「ヒビ」が入っても構わない。便利な楽器です。
ダラブカも危険な太鼓 逆さにしていると「傘立て」か「屑篭」
録音のお仕事の時、ガラスの向こうでキューが出て ドンカマ聞いて叩き始めたら「ボソっ!」 ぎゃあああ〜! 破れてる?
と思ったら、生徒さんの誰かが、タオルを落としたらしく 「テイク1」が信条でしたが、「録り直し」となりました。
家路に急ぐタクシーの中 CHANG君から電話「若林さんカホン忘れてるよ」 良い人です。 楽器も人も、想いも、音も 大切にする 当たり前かもしれませんが、 意外に居ない「あたりまえ」をする人。
翌日福岡で録音して、東京にもどって納品の予定が ヤバイ 大失敗。 思い出したのは、カホンをCHANG君に託して 帰宅したかなり後。ダンドリ! 無意味。
東京のお弟子さんにメール。 持ってない人、持ってるけど動けない人
吉祥寺に付くや否や 駅前の楽器屋さんに駆け込んで
また買いました。 どうも、カホンが関わるお仕事のギャラは カホンに還元されてしまうジンクスの様です。
そう言えば、VooDooのライブもノルマ二枚足りなかった。 もしやカホンは「実入りが無い」ジンクス?
ぎゃああ そう言えば思い出した。 「カホン作りたい」という生徒さんの声に応えて 「カホンを作って習って合奏ワーク・ショップ」 を10年程前に企画。 材料を買って。 ところが第一回目の後、少し間が空いたら 受講者が皆居なくなって。 よほど簡単に作れると思っていたらしい。
材料費数万円 赤字。
ジンクスと言えば、先日も書きましたが、 「欲しい楽器は作ると来る。寝て待っていると来やしない」 カホンに至っては何時だって「泥縄」で調達せざるを得ないジンクス 「作り掛け」で中断したのがいけなかったのかも。
「世界で稀な、尻を載せて演奏しても怒られない楽器」
でも、僕には「バチ」が当たるのかもしれません。 カホンを叩くと..............。
「厄落とし」に カホンソロLIVEでもしてみましょうか?
うわっ 恐
「打ち出の小槌」の様な楽器は無いのかしら? カホンと真逆に、お金と人が寄って来る!! 12日のイベント「Transmission」のゲスト。 FreeJazzの大御所にして、脅威の循環呼吸超絶インプロSax奏者にして大の猫さん好きの川下直弘さんの
「招き猫商会」では扱ってないかしら? 振るだけで、ご利益のある楽器
吉祥寺駅前の楽器屋さん 福岡から戻るや否や、今日はカホンとShure57を買いました。 「欲しい時に欲しいものを買える」 そんな身分じゃありません。 でも楽器に関しては.......
投資としては無謀過ぎました。家と土地が化けました。 一生掛かっても元取れない。 ストラディバリウスみたい?
自分としては、その都度その都度、窮地の英断なんです。 このソフトバッグじゃ今日の楽器の数では壊れる。 今日納品出来ないと「違約金」それを思えば差し引きプラス。 と言いながら自宅の水洗壊れたまま。なまじ気取った機種だからでしょ? 大家さんたら。
本当は「何か楽器一つだけ」でも暮らして行けるのかもしれません。むしろその方が「説得力」があったり、「信頼」されたり? 楽器代、備品代、メンテの手間、貯蔵費、運搬費。 どう考えても間違っています。
「では、何をひとつ残そうか?」
20年前から考えていますが..............。
捨てる神ありゃ拾う神あり
九州はそんな事の連続 拾う神ありゃ 捨てる神も
本当の話、地場から得るエネルギーと閃きは 桁違いです。
好きだから もあるでしょうけど 不思議なご縁もたくさんあります。 嬉しい事も悲しい事も
好きだから故に、傷つく事も。 好きだからって、許せる訳じゃないし。
格別に不思議なのが、九州に通い出してからの運気 と東京でのこと
オーラが分かる? 引き寄せられる?
東京のお仕事やライブで「あっ!この人とはゆっくりやってゆけそう!」 と思うと、思いがけず九州人ということがとても多いし連続しています。
NHK-BSの時のAD君。 素敵な話を聞きました。 5年振りでライブに来てくれたディレクターさん。 親しくなってから知れば、糸島だったり、福岡南部だったり
「民族音楽フュージョン楽団 TIKA」のサックス奏者 彼の奥さんが10年以上前のインド太鼓のお弟子さん。 彼が大分と知ったのは一年前。 僕のCDにも加わっているのに。 奥さん迄もが福岡と知ったのは先日。
だんだんと分かる様になってきたのか 一目会って「あっ!」と思ったのが春に出逢ったDJ:Tokijiku君 10月に原宿で共演しますが、 熊本でした。
彼の友達も「あっ!」と思う人が多い。
もしかしたら、あちらも何処かで「あっ!」っと思ってくれているのかしら? 猫さんに例えたらお叱り受けるかもですが、僕がこよなく愛する者同士と言う事でお許し下さい。 「客に懐かぬ事で有名な」下北沢のJAZZ喫茶の猫さん。 貰い手が付かなかったアイーシャ。猫さんには「あっ!」この人なら。が在る様です。
「好き」が通じるのでしょう
吉祥寺駅前の楽器屋さん 品川でのライブ。現場にPAが無いと知り 急遽簡易PAを購入 差し引きゼロ でも、翌日の秋田で役に立ちましたし、ダブってしまっても 定期ライブの会場に置きっぱ出来るし、と相変わらず
丁度雨でした。 店長さんが駅の改札手前迄運んでくれました。 「タモリ倶楽部見てファンです」 と言ってくれますけど、普通そこ迄してくれるものじゃありません。
この一二年で四五回。土壇場で駆け込んで慌てて用意して貰って。 何かと便宜を尽くしてくれています。
今日初めて。 もしや?と思って 「お名前、珍しいですね?」「もしかしたら?」 と伺ったら、ご両親が福岡人 「飯塚ですか?」と訊いたら大当たり!
ご自身は一回しか言った事が無い様ですが。 この一二年、何処かで感じていた「親近感」「安心感」 その訳が分かって「やっぱり」と。
やっぱり早く始めたい「九州人会飲み会民族音楽ライブ」
東京が好きだから頑張っている人
嫌いだけど頑張っている人
故郷への想い、憧憬ともどかしさ。 東京への想い
語らずとも感じ合える部分の多いオーラに包まれての音楽
きっと近々。
1999年初頭、俳優の森繁久彌さんのお宅から電話を頂いた。 亡くなられた奥様が「世界旅行」で集めた民芸品の中の「民族楽器」を僕に託したいと言って下さった。「楽器は奏でなくては意味が無い」と。
杏子夫人は、昭和三十年代、懐かしのTV番組「兼高かおる世界の旅」の時代から世界旅行を始められた。 きっかけは「シュバイツアーに逢う」だった。 60点近い楽器が数十回の旅行で集められたが、ひとつひとつの楽器に購入場所や日付が無かった。 ご家族の許しを得て、アルバムやパスポートから割り出し、その壮大な旅行人生を知る名誉を得た。
満州からの引き上げ。その後長く日本から出ず。森繁さんがTVで引っ張りだこになる頃に旅行が始まる。 私なりに勝手に「旅行の時代」を分析させて貰った。 第一期は、「秘境巡り」 ツアーなど無い時代に現地通訳兼ガイドさんとジャングルに入って行った。
第二期は、砂漠のオアシス都市。 シルクロードやアラブ、北アフリカ。
そして、第三期は南極と北極などの「極地」 北極は、晩年数回行かれている。
数十年掛けて、三つの段階に分けてのヴィジョンが有った様子でもない。だから凄いと感動した。 第一期では、都会の現代文化とその価値観とまったく逆の世界を観ようとされた。人間以外の様々な生き物と自然。その中で伝統的に清貧に生きる人々と交流し、その民族楽器を持って帰った。 第一期の後半には東南アジアや南米の古代文明を巡っている。
ところが第二期では一転して「人間以外の生き物」も植物さえも少ない砂漠の中で、懸命に生きる「人間の姿」を追った様である。現代文明、現代社会への疑問、反発が有ったかどうかは分からないが、その想いが伝わって来る「第一期」とは逆に、「人間の努力」「健気さ」を確かめ、慈しんだ様な感じが伝わって来た。
それが、最後には................。 人間どころか、草木や昆虫さえもほとんど居ない。南極、北極に赴き、オーロラや大氷河や巨大な流氷をただただ眺めていた様子が伝わってくる。 この頃には、民族楽器のお土産もほとんどない。 自身の人生が終わるとは思っては居なかった筈。にも関わらず見事な「完結編」
音楽家でもないのに。持ち帰った物の中で占める民族楽器の量は膨大であった。 「音楽が最も土地の人間性を現している」「行って生で聴かないと分からない感性」その「記憶」を「音の器」に入れて持ち帰った様な気がする。
ご存命中にお会いしたかった。 きっと「ああ、懐かしいあの音だワ」と言って下さったことだろう。 僕が目指しているものを分かってくれた事であろう。そして悩みも迷いも理解してくれた事であろう。
そして、本人の口から直接聞いて「確認」したかった。
「旅の三つの段階」の理由 それが「人間探訪」であったであろう事を。
満州からの引き上げの体験記は、森繁氏が著している。 ご夫婦の並ならぬ苦労。人間の強さ、弱さ、優しさ、狡さを極限の過酷な体験を通して痛感されてた。 我先に引き揚げ船に乗り込む人々。 我が子を中国の人に託す人々。 遠慮がちに書かれていたが、贔屓目でなくとも良く分かった。 その後に大俳優に成ろうとも、大旅行をしようとも思わない頃に 「人として」真摯に振る舞われた事実が読み取れた。
家族を守りながらも、常に周りの人を優先し、叡智の判断と機転と勇気と努力と胆力で、見事に窮地を乗り越えられていた。
多くの家族を救い、優先させながらも、一人の家族も欠かす事無く。
さすがに大俳優に成っただけの人物である。 その伴侶でありながら、大旅行を記した凄い女性である。
と、言うのは簡単だ。
「人間の価値」「人としての大きさ」 それは「結果」や「地位」や「名誉」ではなく。
「日々の行い」や「窮地での振る舞い」
後に有名人に成らなかった、もの凄い日本人も一杯居る事だろう。 現に杏子夫人の凄さは森繁さんのファンの方々もほとんど知らないと思われる。 一介の主婦として生涯を終えている。
素晴らしきは、人間をこよなく愛し、尽し、 人間らしさと心に背かず、良いところも駄目なところも慈しんだ その「生き様」ではなかろうか。
「熱帯夜」もかれこれ一週間だろうか? クーラー壊れ、楽器荷物が満載でどの道修理屋さんもたどり着かない。 扇風機だけの寝室。 不思議に汗もかかずに、熟睡しています。
「心頭滅却すれば火もまた涼し」 と言っても「瞑想」や「集中」で「堪える」 では寝れません。元来「落ち着きの無い」性分なので。
「自己暗示」の世界です。
インド音楽の太鼓タブラは鼓面に金属粉を糊で固めてあります。 これが脅威の余韻と豊かな音色に繋がる倍音を生み出していますが、 「手の汗」で簡単に駄目になります。 Baby-Powderを使いますが 日本産名作「シッカロール」は片栗粉が入っているのでベトベトになります。 PonsもJ&Jも「汗知らず」というほど万能でもなく。
そこで考えついたのがアロンアルファ 左手の「掌」カカトの部分と右手の薬指に塗ります。 「木工用」が「反応熱」が低いので、まだ耐えられますが「火傷しそう」なほど熱いです。
それを半年続けていましたら、ぴったり「汗が出ない」 手と指が「承知」した様です。 「分かったからもう熱いし痒いから止めてくれ。もう汗出さないから」 「熱帯夜」
「もし、今極寒の状況下に置かれていたら」 「やっと温かなベッドにたどり着けたとしたら」 「ああ〜なんて、温かだろう」
と「思い込む」
「失神手前」まで原稿や楽譜書いていますから、もありますが 「す〜っ」と眠ってしまいます。 足下や脇に猫さんがすり寄ってくる位ですから 「体温」も低いのでしょう。
さすがに日中は、猫さんも階段やお風呂場で涼んでいます。
二階の窓を塞ぐ程の「葛」のカーテンも かなり貢献してくれている様です。
大家さんには怒られていますが。
元々吉祥寺の自宅ではビール一滴も飲みません。 これで「風呂上がりにビール」なんてしたら 汗も止まらないでしょうけど。
相変わらずのコーヒー中毒 水分は摂ってます。
色々がっかりありますが。 泣き言言ってる場合じゃありません。
明日は、朝一番で福岡へ、明後日また帰京です。 福岡ドームでラテン楽団野外LIVE その後リハーサルで その後に「納涼親睦会」 20楽団のメンバーさんに声を掛けています。 たっぷり汗かいて、上手いビールが飲めそうです。 ここらで気持ちが更にまとまってくれれば嬉しいです。
8月16日(木) 福岡ドーム前の炎天下のラテン楽団野外ライブの後
メンバー10名朦朧としながらの撤収。小一時間掛かりました。
「暑いの平気!」「夏大好き!」 の若林も、撤収の際、駐車場を間違えて、 独り遥か逆方向に荷物を運んで........。灯台下暗し。 ステージの直ぐ後ろと言うのに。 思い込みの失敗。
その後、親不孝通りのスタジオでリハーサル。そして、そして! 我慢に我慢のビール 初めての飲み会でした。美味かったです。
★9月になってしまいましたが、ユちゃんが写真をくれましたので、貼りました。 涼しく成ってちょっと寂しい。
日頃「辛辣」な日記を読んで頂いておきながら 、とんでもないタイトルでございますが..................................。
巷の女子高生の素行の悪さに苦言を言う、というテーマでもございませんで。
かと言ってさすがに「女子高生」とは接点はございませんで............。 また、そこまで焼きが廻っていないと言いますか だいたい関心も時間ありませんので....................。
なんの話かと言いますと。 2007年4月末に福岡で再結成しました若林のラテン&カリブ海楽団 のレパートリー「La Colegiala」 1980年に東京でラテン&カリブ海楽団を初結成した時のレパートリーで なんとその一年後ネスカフェCMソングになって巷でバンバン聴ける様になりました。 サルサが流行り出した頃に中南米コロンビアのマイナーな曲をよくもまあネスカフェさんは見い出したものだ!と感心するならその一年前にレパートリーにしていて「えっへん!」なのですが......。 いかんせん「歌詞」が馬鹿馬鹿しい。
若林の選曲理由は、前半がCumbiaでサビがTumbao-Modernoになる。 中米音楽独特の2コードを巧みに反転させたりダブらせたりで、微妙にClaveの2小節サイクルが危ない。その辺りが「ラテン・パーカッション教室」の良い教材(サンプル)になろうかと。 例によって「意味など訳さないで良いから歌詞聞き取って!」とメキシコ人の友人にアルバイトしてもらって仕込んだ曲でした。そこそこメロディーも良い曲です。
後に訳してもらえば、腹の立つやら情けないやら、通り過ごして馬鹿馬鹿しいやら.......。
「今朝、本を片手にコケティッシュな笑顔を携えて歩く君を見た」とかなんとか..........。 女子高生を歌っているんですわ。 がっかりしました。
それを性懲りも無く演奏し続けているんですが、 今、全てのレパートリーをFinale2007に入力しているのですが、つまらん曲の割に楽譜にすると複雑で、繰り返し記号が上手い事入力出来ずに。
なんと丸二日。 小山に向かう新幹線の中でも、本番前のコーヒータイムもタリーズで。帰りも。帰ってからも..............。
終わらないのです。 頭から湯気が出てます。 そろそろ煙に変わりそうです。 これが「歴史的名曲」で、「意味深い曲」 キューバのSonの「Son de la loma」の様な曲だったら、時間とエネルギー掛けるだけの価値があるのですが............。
「もうイヤ!」
もっとも「歴史的名曲」でもラテン&カリブ海音楽にはこの類いは少なくなく 記念すべきChaChaCha世界第一号作品と第二号作品も
「このやろ〜!」 怒り心頭の 不謹慎歌です。
さらに言うならば
敬愛するブルースハープの名手 Sonny Boy Williamson も
「Good Morning Little School Girl」を演ってるし.................。 演ってるどころか出世作。下手すると「中学生」?? 「小学生」かもしれない............。
あ〜あ
何時かは歌わにゃならんのかいな。これが小気味良い名曲なんですわ。
もっとも
愛して止まない アフガニスタンの名歌手の歌
「今朝、村の路地を歩く君(小鳩ちゃん)を見た。その我が儘な喋り方は親が甘やかしたから」 って............。
「なんじゃい!」「何〜が小鳩ちゃんじゃい!」
と言いながら、七拍子の力強きこと ハイトーンの歌の小気味良い事この上も無く
しっかり(ちゃっかり?) レパートリーにしています。
この徹夜状態。きっと脳細胞かなり失っている。 終わりの方から数日 寿命も縮まっている。なんでやねん!
なんで「女子高生」なんやねん!
良いメロディーに「つまらん歌詞を載せるな!」
じゃあ、替え歌で「深い歌詞」にすれば?
って、それほどのメロディーでもないんですぅ
自作の曲で有名になってれば良いのですが.............。
こっぴどく叩かれ、腰を痛めてヘロヘロです。
女子高生「La-Colegiala」はなんとか、完了。 既に4月からのレパートリーなので、楽譜がすっきりすればメンバーも楽しくノッてくれることでしょう。 後は、管楽器が活かされて、サルサ・ファンにも知られて踊って楽しい曲。 1980年代の吉祥寺で結成した当時は管楽器不足でリハーサルで終わってお蔵入りしていたレパートリー「Babara-Batiri」「Quimbara」「Guarare」「Son-Con-Guaguanco」「Oye-mi-Consejo」などなど。
今月末の中洲「Hasta-Cuba-Club」のライブに間に合わせる為に徹夜の日々が続きます。
「Babara-Batiri」は長かった。 ひたすら「打ち込む量」が多い 160小節近く。 げんなり 昨日一日ほとんど「Batiri」で終わりました。
「Quimbara」
夜明け前からの5時間分。先ほど「飛びました」
なんで!
こまめに「保存している時」は落ちないのに。まあ、理屈では分かりますが「運」的に 「なんで?」TenorとAltoの全て、Trompetaの半分............やり直し。
ずっとデスクに座りっぱなしで腰もヤバいです。
Batiriに叩かれ Quimbaで腰を痛めました。 Salsaの軽妙さにほど遠いです。
「午後から雷雨らしい」 と聞いて、午前中に頑張って練馬の「竹屋」さんへ。 今度の土日の福岡「マリノア」での「夏休こども民族楽器作りワーク・ショップ」 竹弦楽器の棹を80人分。
失敗して「悲しそうに」している子ども。今年もきっと何人か。 なので予備を入れて100個
「タモリ倶楽部」の2006年初頭 「百円ショップから民族楽器」の時にはまだ売っていた 「竹の天麩羅ハサミ」が有れば一発なのに、最近売っていないので竹を二つに割きます。思えば去年もそうだった。 上端に糸蔵になる部分は残して、絶妙に。演奏中に割れない様に。 自宅では作業が出来ません。ナタで竹を床に打ち付けられない。 それよりも重大な問題。猫さんは「本能」で、ススキや稲類の葉を食べます。 胃壁を刺激して「毛玉」を吐くために。それに似た「竹を削いだカス」を銜えてしまう。 竹じゃ胃壁どころか食道も傷つけてしまうから。
「竹屋」さんは10年以上前に、お世話になった竹で作った同じ楽器を一本差し上げたのを大事にしてくれていて、何時も細かな買い物に親切に応じてくれます。 今日もご好意で資材置き場で作業させてくれました。
作業済みの竹が、手つかずの竹の山より小さい 「作業中」にそんな事を感じる作業ってそんなに無いのですが、 この「竹割り」はひたすら「根気」
「竹を割った様な性格」 と 「良い意味」でおっしゃりますが、 竹はなかなかややっこしい素材です。 「手っ取り早く商品になる」 と「雑木林」を「竹林」にしてしまい。 「部分」のつもりが「竹」が広葉樹を駆逐してしまい 「林」「森」を失った地域沢山あります。
すんなり割れる竹。 虫が喰っている竹。 歪んだ竹。 曲がった竹。
竹楽器は「管理」も大変ですが、 作るのも大変。
それでも数十本に一本 「手にした瞬間」に「おっ!」 と思う優れものも。
長い竹から数本切った一本なのに、その部分だけが群を抜いて良い。心がこもります。「素直」「真っすぐ」な「べっぴんさん」です。そんな竹を指しておっしゃるなら 「納得」です。
今日は、ナタを買いました。 持っているのですが「引っ越し荷物」の何処にあるやら。小型ですが使い易い素晴らしい一品です。吉祥寺に最後の一件となった「昔ながら」の「金物屋さん」 ご主人に「鋸の目立て」の弟子入りを許された直後に病気になられて しまって。
「道具」大好きです。「金物屋さん」に入ったら中々出て来ません 道具の「重さ」に助けられます。 そして、今日は、地球にも助けられました。地面にナタが食い込んだ竹を打ち付ける。 床では出来ません。 マンションの廊下でも出来ません。アスファルトでも「うるさい!」「地面」は最高です。 昔、人は「地球」にどれほど助けられて「物を造って来た」ことでしょう。 そんな事を改めて感じ、感謝しました。「雷」が鳴りましたが、幸い降りませんでした。 やっぱり「晴れ男」です。
ちょっと熱中症? 水分は沢山摂りました。 でも頭痛が治りません。
それでも、嬉しかった。 竹屋さんのご好意。 地べたに座っての作業。 眼鏡のレンズに汗が落ちるとピントがずれて手元が怖い。 時折吹く自然の風が心地良い。 竹や杉材に囲まれての屋外の作業も嬉しい。 見上げる夏の空が嬉しいです。 ジェット機が低空飛行していないのが寂しいですが。
音楽を演っている以上 「職人」的であるより 「芸人」的でありたいと思う。 けれど、基本的に「職人」が好き。 音楽を諦めても尚,寿命があると言うのなら 「道具職人」になりたい。それほど「道具」が好き。
音楽を演っている以上 「道具」という感覚はない。 英語の「Musical-Instruments」 「音楽的な道具」嫌いな言葉。 「楽の器」も好きじゃない。 ヒンドゥー教の「神々との交信機」はかなり好感度高い。
トルコ吟遊詩人の言葉 「私は筆の下僕である」 大好きな「言葉」
メンテナンスの日々。 民族楽器の宿命 「楽器に音が、想いが、心が在る」 「楽器の下僕」は光栄である。「音楽の下僕」も本望である。 「お客様は神様」とは思わない。「雇い主」とも思わない。
ヒンドゥー教の讃歌「バジャン」 楽器を持たずにその場に居る人々 日本人には「聴衆」に見えるが「拍手」をしない。 楽器を鳴らし歌う人 日本人には演者に見えるが、聴衆に背を向けている。 全員が同じ気持ちで神棚に向かっている。 「音楽の僕」 「神の僕」
「楽器」は自分より大切で「格が上」の「神器」 メンテナンスの為のペンチや接着剤でさえ 「尊い」
「人を道具の様にこき使い」 そう言われるのは、勿論良くない。 言われる事も、この表現も。後味が悪い。 しかし、自分は「道具」と言われたい。思われたい。 「こき使われる」の大好き。
「使命感」偉そうで嫌い。 「道具」でありたい。
ヨルバの発想 。人間が創作した金物でさえ「鉄の神の授け物」 否、「預かり物」の感覚に思う。
「目的」が正しいか否か以前に 「目的がはっきりしている」と
「道具」の「尊さ」が輝いて来る
「目的」を失うと 「道具」は「物」に衰える
街は「道具」で溢れている。 「道具」を包む、入れる「道具」 「道具」を運ぶ、並べる「道具」
「道具」を活かし、使う為の ガソリンや駐車場 「楽しく使う為」「安全に使う為」の カーステレオ、エアバッグ
「人間」さえも「道具的」
「生きる事」に本当に真摯な生き物は 「道具」を持たない
「言葉」という道具さえ 「表情」という道具さえ
そもそも「道具」は
「用具」ではない。
土日の「夏休み子ども民族楽器作りワーク・ショップ」 ベンガルの一弦琴「ゴピチャント」の糸巻き作り。 予備を入れて100個。
まずは、ViolinやCelloの「シェイパー」と「リーマー」 ドイツの会社から輸入しました、職人さん仕様の「道具」です。 鉛筆削りの様な形で、正確な「テーパ(角度)」で糸巻を「先細」らせます。 それにぴったり合う、リーマは穴の角度を作ります。 子供達が作る楽器の「音色」が十分な「高い音」であるか否か、決め手は「糸巻」のしっくり加減です。
子ども達の「完成!」の時の笑顔が桁違いに変わります。 引っ越し荷物の中から「リーマー」「シェイパー」を探し出すのに一時間半。その分時間が足りなくなりました。
昨年から今年初頭に掛けての「10ヶ月の引っ越し」 2500の楽器の三分の二を九州三カ所と名古屋に送りました。 その際の「荷締」で腕は肩より上に上がらず、右手の親指と人差し指は深刻な「腱鞘炎」状態。
それを押して「気迫」で糸巻作り。 無理を承知で頑張りました。 やってしまいました。
ポケットからお財布も携帯も出せないほど悪化させてしまいました。 それで、携帯を落として。今迄十回は落としているのに、元気だった「アオカナブン色」の携帯。 遂に二度と電源が入りません。 あれこれやっても駄目。
本日は時間が無いのでauショップにも行けず。 とにかく宅配便の時間に間に合わせるために糸巻作りを頑張りました。
やってしまいました。
一年振りくらいでしょうか?
カッターで指先を0.5mmほど。 二時間ほど血が止まりませんでした。 切りかすがあれば、アロンアルファで貼付けて、結構早く治るのですが、切れ端はおがくずの山に紛れてしまい、アウト。