考えた事 2006年12月〜
考えた事 2006年11月 / 2006年12月後半 / 2006年12月末〜2007年1月
2006年11月28日07:35 どんな鏡が好きですか? 鏡に映る自分の姿。 渋くなった様な気もするが、やっぱり何処かお坊ちゃん。 「自分を愛さぬ者、人を愛さず」..........。 やっぱりどうにも照れくさい。 荒ばかりが目立って見える。
化粧しながら鏡越し。鏡の僕と会話する。 出掛ける前の母親の姿。宿題ちゃんとしなさいね! 女性と鏡の不思議な関係。男にゃ分からぬ、立ち入れぬ。
小学校での演奏で、子どもは笑顔の鏡となる。 僕の笑顔と、広がる音を可愛く明るく映し返す。 朝っぱらから笑顔を出せた。 それはあの人のエールのお陰。一頃毎回下さった。 子どもの笑顔は心の鏡。「頑張ってね」を映し返す。
ライブ本番前の時間。緊張しいには笑顔で返し、 乗り遅れ癖には叱咤激励。 思えば自分が鏡になって、逆を映して和ませて、 和みの音を作り出す。 思いを受ける彼らもまた。僕の思いを映し返す。
鏡の前ではおしゃまな人が、時々見せる悲しい表情。 自分は、どんな鏡であれるか。 元気を返して明るくしたい。思っているのにまんまになる。
日々入れ替わる多彩な心。 それは何を映したものか。 沸き上がって来る心の様子か、それとも世間のしがらみか。 大好きな人の悲しい言動。それは何を映したものか。 がむしゃらだった自分の罪か、それとも今の不甲斐なさ?
突然届いた写メールが自分を見てると思い上がる。 自分の想いが映るかのごとく、日々の頑張り映るかのごとく。 男にゃ似合わぬ手鏡に、励まされてはまた閉じる。
心配そうに見上げるワン子。大丈夫怒っちゃいないって。 心配性に見上げるニャン子。今日はそんなに悲しそう? 気持良さげな昼寝の猫さん。今日の頑張り映してくれる。
楽しさ映した笑顔の鏡が、安らぎ映す鏡に変わる。 期待が信頼に変わる時。 希望を映す鏡であれ!
強いて言えばライバルは、鏡の中の君かもしれぬ。 強いて言えばくせ者は、誰とはなしのカメラ目線。 あなたを愛すあなたには、どうあがいても勝ち目はない。 自愛を映す鏡には、どう磨いても代われない。
心を測る鏡には、どうにも成れる筈が無い。 思いを試す鏡にも、とうてい成れる筈が無い。
優しさ映す鏡としては、一番奇麗に映しましょう。 素直さ映す鏡としては、一番明るく映しましょう。
【 頂いたコメント】
2006年11月28日12:57Rさん 失恋ですか??? 片思いですか??
喜び溢れる日記もあれば、なんだかブルーの日記もあって 感性が豊かだと大変ですね!
でも 男性が女性を愛する時って もっともっと ドーンって してなきゃ その女性もWAKKYさんもいつか疲れちゃいませんか??
私が九州男児しか知らないからでしょうか? もっと 心を強く持って!! ファイトですよ!! 2006年11月28日13:02 Yさん。 おいどんが〜九州男児ですたい!! 九州?東京?こまかこまか〜〜〜 NO NO NO !! 世界にはばたきんしゃい。 WAKKYさ〜ん。みんなその日を待っとるけんね〜。
2006年11月29日04:38 S君。 九州男児でも江戸っ子でも世界をうろうろしてる人でも、芸術家が疲れることを問題にはしないでしょう。 理想に合わせるしかないんですよ。それ以外できないんですよ。しょうがないんです。 それを勘弁してくれる身近な人がいるいないかで、その仕事が世の為になるか、個人の為で終わるのか決まるような気がいたします。 勘弁は無償ですからある意味最後はラッキー待ちではないかと 偉そうにすみませんですよ。 2006年11月29日12:59 WAKKY
S君ありがとうございます。
「勘弁」 素敵な言葉ですね。
「勘弁して〜!」「勘弁ならん!」って 何時から間違ったニュアンスなのでしょう???
「耐え忍んで来た深い想い。 それを理解し、共有し。 分かってるヨ、とさりげなく弁ずる。 必要とあらば世間に代弁する。」
「勘弁」の言葉の深さを若いあなたが知っているなんて、素晴らしい。 きっと、口には出さずに、色々な人を「勘弁」して来た。そして沢山の人にして貰った事をしっかり分かってらっしゃるのでしょう。
まだまだ、その「勘弁」の中身は「耐え忍んで来た深い想い」と言うよりは、 自分でしっかり出来る事。くよくよしないで出来る事が多かったのでしょうけど。
芸術の深み、高み。人の世の深み。人の心の脆さ。 踏み込めば踏み込む程。耐え忍ぶ事が増えて来ます。
その重みに耐え兼ねて、一気に軽くなってしまいたいような時。 この世に引きずり戻してくれるもの。 耐え忍んで来た深い想いとたくさん貰った勘弁と、傷つけながらも身に着けて来たものが、一気に羽ばたく時の点火剤。
それが身近な人の「勘弁」ですね。
身近な人。 恋人、奥さん、パートナー、伴侶 の「勘弁」に支えられて。 羨ましいです。
僕が聞いた話しでは、 九州男児って世間で言われる話しの逆で、かなりナイーブ。多分に甘えん坊? その分、九州女性がかなりのしっかり者の名脇役。 とことん励まし。慰め。見方になって。支えて。 必要とあらば表に出て、旦那さんの敵を自らでやっつける!!
影になり、日向になり。 まさに「勘弁」の達人。
間違っても人前で旦那さんをコケ降ろしたり、笑ったりしない。
でも、S君。 そんな人との出逢いって「ラッキー待ち」 「運」なんですかぁ〜。
九州男児じゃないと得られないんですかぁ〜。
2006年11月29日13:51 T君。 WAKKYさん
出逢いは,相手と出逢っているようで, 実は鏡の自分を見ているのではないでしょうか。 鏡の世界の自分は,まるっきり自分と正反対。 それでいて,自分を写した自分自身。
そのことを忘れて,鏡の自分を自分自身と誤解したり, また,まるっきり正反対と勘違いしたりすると, 不幸なすれ違いが生まれる気がします。
>九州男児じゃないと得られないんですかぁ〜。
そんなことないです! 僕は江戸っ子時代が五年程あり, プチ江戸っ子なのですが(江戸っ子と呼ぶには早すぎる!?), 素敵な九州女性と出会えました。
これは運なのでしょうか??
2006年11月29日14:04 WAKKY T君
そうなんですよね! そのことを思い出せば。
互いに名パートナー。
そこに自然と「勘弁」も生まれ。許し合い。助け合い。
でも、後半のコメント。 のろけっぽい (-_-#)
2006年11月29日 14:06 S君。 WAKKYさん
非常に深いお話で感服いたしました。有難うございます。 勘弁の達人とは大変なものですね。ほとんど神話の域にあるような気がします。 でもやはりそれを求めるのは何男児でも一緒ですよね。多分。 ラッキーというと人任せですが、こちらの出来ることはただそうなるようにと厳しく念じるしかないのではないのでしょうか。気を散らさないように。 でも案外諦めたとたんに何かのバイオリズムが一致してうまくいくようなこともあるのかもしれませんが、、、、 すいません。小僧にはわかりません
Tさん。
つまり世界には自分しか存在していないということでしょうか。その中の要素を自と他に二分化しようとするから歪が生じると、そういうことですね。
2006年11月29日14:13WAKKY そうそう!!人は誰でも「あんたが大将!」人はみんな自分の為に在る!
頼るな、頼むな、せいにするな。
2006年11月29日14:46 T君。 WAKKYさん。ご指摘の通り,のろけてしまいましたね。
S君
>つまり世界には自分しか存在していないということでしょうか。
そうとも云えるし,そうで無いとも云えそうです。 鏡の存在は自明なのですから,自分しか存在していないとは云えなさそうです。
そこら辺がとても難しくて,また,楽しいところでもあります。
日本のポップス界の一時期をリードしたスタジオがあるお堀端の桜並木が懐かしかった。 遊歩道をシタール、タブラを担いで何度も通いました。
お堀の反対側には、音楽会に良く使われる教会。 インド音楽で初めての自主公演リサイタル。 日本初のアラブ音楽楽団のリサイタル。 もう25年も前。
駅から逆方向に行けば数十年来のお友達のカレー屋さん「Ashoka」。 インド人経営による本格インドレストランの草分けのひとつ。 現社長の結婚披露宴でシタールを演奏した。 今のお店は、出演や録音で何回か行った。日本テレビの側。
駅から真っすぐの道は、靖国神社、武道館を経て、九段下に。 そのまま頑張って歩けば、神田の書店街。 武道館の手前、千鳥ヶ渕にはインド大使館。 母に連れられ中学生で日印協会「インド音楽の集い」に出席していた。もう35年も前。
集いの後は、最初のお店があった神社手前の角のAshokaでカレー。
母の夜なべの何日分か? そう思うと味わって食べるべきだが、 胸が詰まって味わえなかった。 母の先行投資は報われたのか。 手料理含めて二万食? 返せたご馳走いったい何食?
四谷、赤坂にも近いけど、出版、音楽、文化の街。 僕にとっては「誓いの街」「スタートの場所」 懐かしさも加わり、心が和む。
お友達を阿佐ヶ谷にご案内した。 昔ながらの商店街。東京にも温かなところがある。と。
ちょっと温かな良いお天気。 JRを突っ切る「中杉通り」ケヤキの落ち葉が吹雪の様。
何故か温かくて何処か雄大で。 ゆっくり歩きたい。「散歩道」 福岡で一番好きな通り。国体道路。通称「ケヤキ通り」 行った事無いくせにモンマルトル?? 雨が降ったらシェルブール。母の受け売り。
生まれ育った荻窪の、五日市街道沿いの住宅街。 今の借家も同じ道。 庭にケヤキと白樺と栗とコナラとクヌギの樹。 ケヤキと白樺は母の好み。栗は生家の木の親分。コナラとクヌギは昆虫用。 苗木で買って白樺とケヤキがダントツの成長。
ケヤキ並木が駅を越えると商店街。 隣町育ちの僕にとって、お出かけ気分の商店街。 毎年夏にはカブトムシを買いに。 その頃は夜なべと結びつける知恵が無かった。 もっと欲しいと思いながら。つがいを大事に抱えて帰った。
もう無いだろうな、JAZZ喫茶。 高架の側の飲み屋の二階。 錦糸町のキャバレーバンド時代。 オフの日は決まってたむろしていた。 生意気にも「ストレート・ノーチェイサー」
ドリンクもリクエストも。なんとかのひとつ覚え。 つまみはピーナッツのみ。 自分で稼いだお金なのに、何故か抜けない節約癖。 お店にゃ大して貢献せず。 なくなっていたら、ごめんなさい。
家に帰ってPC見たら、マイミクさんが素敵な日記。 なんと同じ日に市ヶ谷に。 そしてテーマが紅葉、落葉。 靖国神社の落ち葉の写真も。
落ち葉吹雪になぜ魅せられるのだろう。 落ち葉は「切ない」 季節が変わってちょっと「寂しい」 縁起が悪い、という人も居る。
夏は大好きですけど、緑が溢れている姿にうっとり魅せられることはない。 どっちかというと急かされる? 自然の色なんですが、意外にキツい「ミドリ」もある。
落ち葉の色が「やさしい」からでしょうか。 風に舞う軽やかさが心地良いのでしょうか。 「お疲れ様」って気分になるのでしょうか。
走る車のフロントガラス一面に広がった落ち葉吹雪。 上へ上へと伸びたケヤキの枝振り。 紅葉から差す木漏れ日。
切ない気持にならずに「奇麗」「気持が良い」 って思えたのは。 まだ前向きな気持があるからでしょうか。
九州の土地が体に合います。 空気が合います。 人柄も。文化も。面白い。勉強になります。 沢山の事が分かり。沢山のものを貰いました。
シルクロード吟遊詩人の末裔と信じている。 ご先祖がたどり着いて音楽を奏でた場所。 ここで地に足を着けて、風土に根を張って、滋養を得た音楽をする。 それが夢、音楽を続けて行く希望。
久々の東京での定期ライブ。 盛り上がっただけでなく、人と人との繋がり方が変わりました。 自然で、温かで、希望に満ちた、九州での人との出会い方と同じに。
音楽療法学院と音楽大学の社会人講座。 川越と目白。東武東上線で端と端っぽく離れた二点。 音と話しを目を見開いて、食入る様に受け止めてくれる二人。
ディズニーランドでインド音楽を演奏した時。 生後数ヶ月の娘の土産は「一番大きなミッキーマウス」 娘の表情が忘れられない。 顔中がぱ〜っと明るくなって、目を見開いて。 自分より大きなぬいぐるみなのに。 臆する事なく「自分の為のもの」と受け止める素直さ。
授業の度に。二人の子の表情は、まさにそれでした。
二人の内一人を客席に見付けました。 「ありがとう!」と喜んで居たら、満員の為に相席になっていた隣に 引き合わせたかったもう一人が。 思わず「うぁあ!」 はるばる来たのに「何で居るの!」的な驚き。失礼しました。
不思議と感じ方、考え方も似ている。 娘の世代にそんな子達が増えて来ているのかもしれない。 嬉しい期待が生まれます。
後で分かれば二人とも「道産子」 「民族音楽センターは北海道には作らないのですか?」 そう言われれば、頑張りたいとも思いますが。 二回しか演奏に行ってないのです........................。
まだ九州に通うなんて思いもしない頃に。「世界の師匠は十人十色」(ヤマハ・ミュージック・メディア)に書きました。 テーマはジンクス。 「僕は何故か九州と北海道の人にご縁がある」 「今迄六つ結成したロック&ブルースバンドのベースが決まって福岡人で、ギターが決まって北海道」
人間の歴史に対する強い興味。 日本の文化史の上で大きな転換となった明治維新。 その発端と結末の地が九州と北海道。
日本の先住民族の文化が残ると同時に最も外国文化を多く取り入れた地。 それが九州と北海道。
なにかつながりがあるのかもしれない。
もっと大きな何かが。
【コメント】2006年12月06日01:07 Mさん
恐縮です。
九州・福岡はかつて日本のリバプールと呼ばれていましたね。 そして北海道も負けじと有名なフォークシンガーを生み出しました。
最近は止まっているような気もしますが、むしろ芸能界そのものが不毛の時代なのかもしれません。60〜70年代にデビューした人たちが未だに頑張ってる感じ。
どうして九州と北海道からいい音楽があふれ出てきたのか? 確かに何か理由があるんでしょうね。
文化人類学的に謎を解いてみるのもおもしろいかもしれませんね。
2006年12月05日14:21 一日三度も説教された! 一昨日、一日で三回も説教されました。
極めつけは福岡のタクシー。 「あっごめん運転手さん、細かいの無いわ」と5000円を置きました。 運転手さんのおつりを、貰うがままに財布に入れたら、突然怒りだして。 「1万円じゃないならそう言うべきだろう!」「5000円置きましたよって言うべきだろう!」「何喰わぬ顔で9000円財布にしまいやがって!」
えええええ〜!
考え事してなくて僕が気付けば親切。「運転手さんおつり多いよ」 気付かなけりゃ無礼者? 非常識? 泥棒????
空港から走って地下鉄に乗って。天神の大通りを走ってタクシーに乗って。 やっと座ってほっとして、ボーっとしてた僕がいけなかった。 福岡のタクシーで嫌な気分になることは少なかったので、ちょっと唖然。
東京出がけに来たメール。その事をボーっと考えて居た。 良かれと思って仕事を振った。可愛い後輩。 でも話しが通じにくい。 忠告したらプチ逆切れ。 「軽く流さぬあなたがおかしい」と思いがけず「説教」された。
飛行機が遅れたのもあって、たどり着いた町では誰も待っていなくて。 ちょっと呆然。 焼き鳥屋さんでサンマを食べて帰りました。 美味しかった。
帰宅したら別な友達の悲しいメール。
「出る杭は打たれる」と言いますが、 これは私利私欲、エゴで出しゃばりゃ叩かれるを戒めた言葉かと。 良かれと思って心も体も喜んで動いて。 ちょっとした食い違い。 指摘すれば、プチ逆切れ。 気付けば説教されている。
説教されている内は嫌われる手前とも言えますが。 そもそも事の始まりは? と思ってしまう。
思えばしょっちゅうそうだった。 父親の話しを思い出した。
パリの地下鉄でおばあさんが大きな荷物を抱えていた。 「お持ちしましょう」と受け取った直後。 こともあろうに落としてしまった。 随分高価な焼き物だったらしい。 おばあさんは「良いですよ。託したのは私だから」 とニッコリ微笑んで去って行ったと。
思えばそんな父だった。 そんな血が流れている。 近所じゃ有名「外人さんの様!」 でもカッコ付けはしなかった。 失敗談も沢山語ってくれた父。 手柄話しは子どもの様に嬉しく語ってくれたっけ。 思い出せば愛しく思う。
人間余計な事はするもんじゃない。 余裕も無いのにするもんじゃない。 身の程知らずに出しゃばるな。 それもある種の「出る杭」かも。
私利私欲は無いにしても 「こう有って欲しい」は何処かに在る。 「それは辞めなよ」も何処かに在る。 「あなたらしく在って欲しい」と言っても 「主観」と言われればそれまで。
でも、どうなんだろう。 世の中それで良いのだろうか? 善意、好意のエゴイズムを問い質してしまって。 お節介無用。出しゃばりは良くない。 だんだんと構わない、関わらない人間関係。
タイミング良く喜ばれる事ばかりで、ストレス貯めずに 明るく、楽しく、心地よく。 それで良いのだろうか?
世話になるのが下手な人が増えた。 世話になるのは善いけれど、余計な指図や、批判は要らない。 そんな事なら世話にならない。 じゃあ自分でやるのか?と思えば、より気楽に世話になれる事を探す。
思ってくれるのは善いけれど、批判や、忠告うっとおしい。 説教なんかまっぴらごめん。
そんな人が増えて来た。
そんな人に深い思いや温かい力がある人が世話をするだろうか?
だからサービス業がもの凄く発展している。 お金で解決。 そこに心は育つ筈が無い。 説教されるのが下手な人が増えた。 そのくせ人には説教する。
幾ら温かなものに微笑んでも。 心の性根はトゲトゲしている。 【コメント】
2006年12月05日16:02 Tさん わー 私、「余計なこと」ばかりして生きてます^ー^; そして批判すると、二度と顔出さなくなる若い人、増えましたね。 簡単なケアレスミスを指摘した時「教えてくれてありがとうございます」って言ってくれる方は信頼出来ます。 私も、そうあろうと学びます。
2006年12月05日16:17WAKKY 僕の大好きな福岡の大先輩ご夫婦は、 人のお子さんまで叱る昔っぽい人です。
確かに教室で生徒さん、お弟子さん、スタッフ抱えて
「よっしゃ!ちょっと面白い事やってやろうじゃん!」 と始めて、「面白さ」に吊られて集まってはばらけて行く。
「親の躾がなっとらん!」と思いますよね。
社会は親の責任を問う。親はなんと学校の先生のせいにする。
昔は、親も、近所の人も、知らないおじさんまでもが叱ってくれたものです。
今やどうか_?
もっと怖いのは外面で「礼儀正しい」子どもも居たりで。 昔は、子ども、若者は、日本の未来の宝。 地域の財産。
今は、地域の意識も、日本という意識も無い。
ならば人間として!と言っても虚しいのでしょうか。猫さんに申し訳ない。
先日は楽しかったです。
一番楽しかったのは、椅子片付け。
でも、ロビーでたむろす若者も居ましたね。 あとちょっとで「おい!若者ぼーっとしてないで手伝え!」 って言いそうだった。
福岡でそれやって怒られました。「他の会社の人だから辞めて下さい」って。
あ〜あ。
2006年12月05日17:15 Pさん サービスを売り物にしている事にプライドを持っていない 人には、頭に来ます 僕は、10年間サービス業をしています。 だから食事をしに行った時に気になります 嫁は、同業者なんだから許してあげてと言いますが 、まったく逆だと思います。
いっそ当店は、サービスは、しませんと看板だして欲しいです
僕は、心の狭い人間ですので・・・ んにゃ!寂しがり屋だけど・・・ 多分心のキャパは、太平洋だと自負しております
日本は、サービス国なのにな〜ぁ
2006年12月05日17:35 Wさん 私もおせっかいです。 今日もトイレで大騒ぎしている子供達を叱ってきました。 だけど、それを嫌がられても仕方ないというか気にしないというか。 だって、「ありがとう」なんて言ってもらおうと思って、おせっかいなんて 焼いてないでしょう? 昔だって、恐い近所のおばさんおじさんに叱られたら、あかんべぇして逃げませんでしたか? 訳知り顔の大人に説教されたら、プイと横向きませんでしたか? 今、こうして大人になったから、そのときの事を振り返りありがたかったと 思えるんじゃないのでしょうか? いいじゃないですか。 そのとき、お礼の言葉が返ってこなくても、嫌な顔されても。 いつかどういう形かで通じるときがありますよ。 「情けは人のためならず」は自分だけじゃなくどこかの誰かに伝われば良いのじゃないですか?^^ 2006年12月05日17:55 Mさん アタシも店やってるので「サービス業」ですが 一昨日も知らん女性のお客様にベタベタする若者に・・・ 「あんた!おじさんのごたぁね!!いい加減にせんね!(おじさんごめんなさい・・・)」と一喝! ぷい!と帰られましたが・・・・・ お連れさんは「よか!アイツにはもっと言ってやってくれ!」と言われ・・・・ 「小さな親切大きなお世話」とは解ってるんですが・・・ アタシは漫画の「いじわるばぁさん」の様なおばぁちゃんになりたいです・・・・・ 2006年12月05日18:21 Tさん。 「ありがとう」と言ってもらおうとは思わないけど、自分がそうしてれば、その姿見る子供達も変わってくるかなぁ?とは思います。
2006年12月05日20:13 Yさん どーも初めてコメントさせていただきます
なんだかオロオロしちゃうお話ですね〜 タクシーの運転手さんもそうですが、感情的になった時点で自分の落ち度を棚に上げて、というかなんというか。 よくよく考えてみればみーんながそうなんでしょうね〜。 だからケンかになるのだろうか?
叱るにも、感情的になっては伝わるものも伝わらなかったり。 参りましたねこの世の中
2006年12月05日21:15 Mさん 師走という言葉がありますが今年の師匠はいつも走り回ってる感じですね。とにかく分刻みのスケジュールで睡眠時間も削って福岡と東京を行き来してらっしゃる感じがします。
最近、国民全体が精神的に不安定になってるような気もします。切れやすい世の中というか、みんないつもピリピリしてるような。格差社会に対する不満からか将来に対する漠然とした社会不安みたいなものがあるからか・・・
そんな大人の情緒不安定さは子供たちにも伝染しますよね。
もっと心を大らかにおっとりとスローライフで生きたいものです。 師匠の「スローミュージックで行こう」という本のヒントになったらしいクラスにいるMでした。
2006年12月06日00:09 Kさん。 お節介とかお世話とか・・あって欲しいと願うものです。 だってあったかいじゃないですか!心があるから☆ それでもやっぱり・・そういうのめんどくさいとかいらないとかって人多くなってきましたよね・・・。寂しいことです★
きっと、そういう人は温かさを温かさと気付かない人や受け入れることのできない人なのかなぁ〜。。なんて思っちゃいます。 自分に非があるのに人のせいにしたり。。本当の優しさに気付けなかったり。 そんな人達のことので自分が嫌な気分になったりしますよね。 でもね、WAKKYさんは温かくて優しい人だから一言言われたり言ったりできたんですもの!あなたは清く正しく生きているんだから気にすることはないんです!! って慰めるようなことを言うつもりはないのですが、凹まないでくださいってことです(^^;)伝わりにくくてすいません★ 2006年12月06日08:19 WAKKY みなさん!ありがとうございます。
親不孝通りのライブから大先輩の忘年会に誘って貰って、深夜に帰宅しましたら、こんなに沢山のコメントが。
ありがとうございます。嬉しいです。
Kさん、 やさしいお言葉痛み入ります。
Pさん。 「プロが居なくなった」痛感しますね。
「同業」だから尚更ですよね。 逆に頑張っていたり、大変そうだと、助けたくなりますよね。
人としても、プロとしても、親としても。
怖い人、嫌な人、苦手な人は居ても 「叱ってくれる人」「この人の言う事なら聞く」 という存在が無くなってしまったのでしょう。
無くしてしまったのでしょう。
元来、 自律心、自制心、克己心で「ブレない」のは難しいのに。
人の指図、言う事を聞かない。怖い物知らず。
各自が「自分の人生だ」と豪語して。
楽しい事、嬉しい事、嬉しい言葉、やさしい言葉ばかり聞いて。
同じかそれ以上聞くべき、厳しい言葉、批判を聞かない。 そうして行けばどうなってしまうか。結果は目に見えているのに。
【怖い物知らず】【恥知らず】【身勝手】【不真面目】【不謹慎】
僕は、音楽に関しては、亡くなった師匠が聞いたら、見ていたら 恥ずかしい、申し訳ない、怒られる、叱られる、悲しませる。 を常に意識して来ました。
叱ってくれる人が居なくなるのはとっても怖いから。 だから、その意味では「説教」自体は嬉しかったり。
その分その有り難みを言った本人が放棄しているのが悲しくて。
自分の心・精神の栄養になるものを「まずいもの」として嫌な気分で吐き出してしまう。
どんどん人間が「うすっぺら」に成って行く。 しかもそれは伝染する。
自分は、普通のつまらない「正論」なんかクソ食らえ!と思いますが、 正しいと思う事は「自分の事は棚に上げて」でも言いたいと頑張って来ました。
でも、聞かない、聞き流す、言っても懲りない人が増えました。
言って嫌な気分にさせる人は、本来言われる資格さえ無いと思う。
でも、放って置けなかったり、情があると辛いですよね。
その人がいずれ気付く、辿る結末が見えているのに。
ご縁を切る覚悟なら、選別替わりに言えるのですが。
それも悲しい。
「聞かない、聞き流す、逆切れする、懲りない、学ばない」
助けたくても、難しい。
2006年12月06日09:35 Oさん 私は「細かいのないから、5千円でお願いします」って、言うかな。タクシーの運転手をやってきて、「細かいのないわ」と言われたら、1万円出されることが、当たり前だったのでしょう。 そんなことで怒り出す運転手さんには、運転手さんの事情があるでしょう。このごろ、不況だとか、このごろのお客のマナーはなってないとか。心穏やかでない日常なんでしょう。 この出来事から学ぶことは、5千円であることを告げるほうが、ベターだということ。 それ以上でもそれ以下でもないと思います。 余計な、お節介ですけど(笑)
お友達のカップは、やさしいまん丸で、繊細な薄さで。 表面が土の肌合いで、軽くて。とっても素敵。 なによりお友達が日頃お店で「これ良い!」って言っていたものに ぴったり。 自分の感性に合う物を作り出すなんて「凄い」と感心しました。
一方、僕の作品第一号は、残念ながらつまらないものになってしまいました。 なんだか何処でも売ってそうな。100円均一っぽい味気ない。
焼き物に目利きをお持ちの方に見て貰った、その感想がそう思わせたのかもしれません。 お友達のは絶賛。「中を見て大きく感じる。世界が広がっている」
僕のはノーコメント。 悲し。
一日10杯以上のコーヒー中毒。原稿書き、企画書書き。 パソコンのそばに冷めてないコーヒーが不可欠。 倒れ難い事。割れ難い事。表面がすべすべで裾に引っ掛かったりしないこと。 上部が広がり、下がすぼまり、熱いうちは程よく冷めてたっぷり飲んで、 その後の残りは冷め難い。 我ながら感心するほど、完璧な出来映えです。 もしかしたら、今迄出会った事がない程、仕事のニーズに応えてくれる一品。
が、見た目全くぱっとしない。 素敵じゃない。 温かみもやさしさも無い。 楽しい、ゆったりとしたコーヒータイムでは使えません。
もしかして、目利きの在る方が僕のコンセプト、ニーズを理解して誉めて下さったら、 嬉しくなっていたのかもしれません。
う〜ん。分かりません。
昨日の「説教話し」の逆になってしまうかもしれませんが、 「自分さえ良ければ良いじゃないか!」という心が足りないのでしょうね。
音楽でもそうなんだと、思います。 自分の信じる音、目指す音が出ていても、お客さんがノッてないと 変えてしまう。
忠告や、説教も同じ。 相手が聞く耳を持ってないと、言えない。
我が儘、エゴを上手に持てない。 仕えない。
それは「我が儘」「エゴイスト」と表裏一体、真逆の同一性。 同じ事なのでは?と悲しくなってしまいました。
ならば「自分さえ良ければ」 の方がましなのかも???
世の中を変えて行く力があるのかも??? とか。
【コメント】
2006年12月06日09:01 Wさん 人の評価によって自分をそこにあてはめる。 一般人の私などには、よくあることです(笑) でも、評価というのは千差万別。 音楽や芸術に関しては、尚更、その人の好き嫌いが色濃く出るもの なのではないのでしょうか? 迷う気持ちはわかりますが、発信していく側は、外の評価より自分の 内側から湧き出てくる物を、もっと信じてみてもよいのではないでしょうか? もちろん、そのためには常人には中々できないような努力が必要になるのでしょうね、大変な道を選ばれて生きてらっしゃるのですね。
2006年12月06日12:51 Oさん 私は常に「わが道をゆく」です(笑)。 好みのものも気に入って買っているものも万人受けするものではないみたい(^-^; でもいいんです。自分が気に入れば。。。 昔やってたバンドで作ってた曲もわが道をゆくwものでした。。。でも自分が楽しかったからそれで良しwです。それを好んでくれる人が少数でもいたからそれで良しです(*^0^*)
>僕のコンセプト、ニーズを理解して誉めて下さったら・・・ これ非常に共感!w
2006年12月06日12:52 Mさん 「自分さえよければ」まさにポイントだと思います。
最近の文化として昔と違うなと思うのが欧米社会の考え方が若者を中心に浸透してきていると感じるライフスタイルです。
マイブーム 自分にご褒美。などに象徴される個人主義的発想は昔は無かったと思います。 つまり自己中が必ずしも悪いことじゃない、いえ、むしろ自己中をいいこととする文化が広がってきていると思います。
確かに欧米では自己主張が強いし、そうすることを小さいころから躾られています。日本的に奥ゆかしさとか阿吽の呼吸を美徳としないわけです。だから米国の会社に長年勤めていると、なぜ、あの時言わなかったんだとよく言われます。ですからタイミングを逃さずに言い過ぎるくらいに自分の意見を主張する必要がありました。
ただ、その意味を履き違えて「わがまま」がいいことと思ったら大間違いです。
自分の中で自己完結することなら誰も文句をいいません。他人に迷惑をかけることに関しては欧米社会では非常に厳しくしかられます。つまり自立した人間にゆるされるのが自己主張なわけです。
日本の自己中=我儘はやはり欧米でも通りません。
個人の生活を大切にする=家族を大切にする=そのために仕事を頑張るという風に広がっていくのが個人主義の考え方なのでしょう。
日本も昔は会社人間が多くて家族を犠牲にしていましたが、今はそういうライフスタイルはかっこ悪いという見方が主流になりつつあります。
でも自分を大切にするけど家族を大切にしないというおかしなライフスタイルになってしまっている人も多いかもしれません。
2006年12月06日15:32 WAKKY
Wさん、Oさん
温かいお言葉ありがとうございます。
Mさん
とても勉強になる。実体験からの深いお話 ありがとうございます。 でも、未だに日本は「西洋思想」がカッコ良いと思って居る人が多いのでしょうか?
「家族を大切にする」一件とても素敵な言葉に思えますが。 とっても怖い事。
垣根を作って、家族を守って。 敵を作って、戦って。 安全と安心の為に覇権を拡げて。
西洋人が何故その様な文化、風俗を持ったのか。 それは多民族が集中していたからかもしれないし、 異教徒に対する恐怖とコンプレックスもあったかもしれない。 異教徒側もしかり。それが二大イデオロギー対立の時代になってもしかり。
その間に、占領と略奪を繰り返し、植民地政策でどれほどの犠牲を強いたか。
日本人でさえ「お国のため」「家族のため」と信じた。
遠く離れているからかもしれませんが、九州で野良猫さんを見ると、愛しくなります。 東京で、お世話になった方のご子息と同じ年代の高校生、 中学生を見ると、やさしい気持になります。 娘と同世代の若者が頑張っていると応援したくなります。
アフリカの昔の習慣。
旅をしていて、お腹が空けば何処の家を尋ねても 見知らぬ人に施しを与えてくれた。 家々の垣根には閂が無かったと言います。
この夏、九州の田舎町で、同じ気持のご高齢の方にお会いしました。 遠く離れた孫への愛が、孫と同じ年頃の子どもを見ると 愛しく思わせる。 「〜君も、都会でおばあちゃんと同じ世代のお年寄りを見たら、おばあちゃんと思って労ってあげてね」
素敵な言葉でした。
これが、東洋思想、アフリカ思想かどうかは分かりません。西洋人にも通じる心の筈でから。 「何処かでうちの息子も誰かの世話になっているかもしれない」 そんな家族愛。 垣根を越えた、家族愛。
自分の子どもが生きて行く社会を良くしようと言う心、いずれはその子どもが、赤の他人の家族と出逢い、結ばれ新しい家族を作る、
「自立した人間」これも立派な言葉に聞こえます。が、何をして「自立」なのか。 「自由」「自立」「自己満足」「自己主張」
独立主権国家となる力を先に得た側が、その力を持たない。 持つ必要を感じない国を支配する。干渉する。傀儡する。
人は沢山の人の世話になっているのですから、
「自立」「自己完結」「迷惑」これも危険な発想に思います。
昔は、お隣から、お味噌やお醤油、お米を借りたと聞きます。 今ではコンビニに行けば良い。
世話になる事も下手になった。
世話する事も下手になった。
「個人主義」「全体主義」善し悪しではなくて、バランス。
人間の歴史は 行ったり来たりの振り子の様。それは個々が精神的に自立していなくて、 本当の意味の自己完結が分かっていないからかもしれません。
人のせいや社会のせいにしていて、
不平、不満を言えば、社会は振り子の様に動くしか無い。 ライフスタイルから思想が生まれるのでは、家族を心で守った事にはなりませんよね。
今、蕎麦とパスタを同時に茹でています。 この日記の一文にハマり過ぎたら「茹で過ぎ」 かといってレンジに付きっきりの時間が惜しい。
思えばかつてはそんな自分だった。 何が?って仕事のしかたが「乾麺茹で式」
「乾麺」→ 「蕎麦」
仕事に取りかかる時点で、結果がイメージ出来る。 その後「きつね蕎麦」だろうが「ととろ蕎麦」だろうが 盛りつけ迄もがイメージ出来る。 要は 茹でるタイミング。 時間との勝負。 そしてオプション。 お揚げ、ととろ、卵や、葱。
誰もやってない仕事をどんどんやった。 「今しかない!」「ここぞ!」のタイミング。 仕事の早さには自信があった。 あまりに早過ぎて世の中に知られてない事ばかり。 でも、何時でも「あくせく」していた。 思えば何時でも「イライラ」していた。 何時かパンを作ってみたいと思う。 でも、大好きだからなあ〜。危険だなぁ〜。 パンとかクッキーとか。 どこまで膨らむか分かっちゃったら一緒かな? 同じ蕎麦なら「打つ」ところから。
陶芸も第一作はメゲましたが、逆に良いかな? ビギナーズアンラック。
この一年の仕事ぶり。 日々の仕事は相変わらずの乾麺茹で。 でも大きな流れを感じて居る。 どこまで膨らむものでしょう。 その結果はイメージ出来ない。 大きく構えて、大きな希望。 すると局面はイライラしない、焦らない。 でなければ、今迄の繰り返し。 スタッフまでもがのんびりしちゃうのはまずいけど。 やっぱり「創る」仕事が良い。 捏ねた粘土が様々な形に。 捏ねた小麦が様々な形に。
あっ! 茹で上がるかな? ちょっと中断です.....................。
今日はかなり良い感じ。 蕎麦を食べてる間に、パスタも茹だった。絶妙に。
プリンが居たのがちょっと失敗。 お蕎麦をだいぶ盗られました。
人間みたいに「つるつる」って吸う様に食べる事は出来ない。 「はむはむはむ」って蕎麦を喰う。 江戸っ子じゃないね。プリンちゃん。
幾ら愛情注いでも。 あっと言う間に食べ尽くす。 嬉しそうに受け取るけれど、まるでスナック菓子のように。 純粋だけど、子どもだから。ほんとに困った事が無い。 注げばそれだけ育つと思えば、注げばそれだけ価値を下げる。
心と心の繋がりを、ほんとに求めた事がない。 人と人との繋がりを、必死で守った事がない。 自分の世界に入り込んで。どよ〜んと気分を下げてしまえば。 回りの元気も、頑張りも。あっと言う間に吸い取られる。
「マイナスのオーラ」の域を超えた。 最早あなたはブラックホール。 いい加減に気付いてヨ。言葉や頭じゃなくて心で。 いい加減に変えないと。誰もあなたを助けなくなる。 純粋、素直さだけじゃ無理。造り出す事出来なけりゃ。 やりたい事を思えるうちに。自分のやる気を出してみて!
沢山の人の気持と愛情は、何処かに溜まっている筈だから。 持ち続けて来た純粋さ。大人が忘れた集中力。 沢山の財産持っている筈。 自分がその気にさえなれば。あっと言う間に変わるかも。 さすがに潮時、正念場。今が最後のチャンスかも。
【ホワイトホールの様な人】
どれほど皆が心配しても。どれだけ助けようとしても。 幾ら愛情注いでも。 あっと言う間に捨てて来る。 あっけらかんとテンション上げて。元気なつもりのがさつな心。 デリカシーも、思い遣りも。紡いで来た信頼も。吐き出す言葉でチャラにする。
「プラスのオーラ」は思い込み。 言葉も、想いも、物も、心も。心地良いものばかり取り込むから。 何一つ心に留まらない。心の成長に繋がらない。 最早あなたはホワイトホール。
あっちの憂さをこっちで晴らし、こっちの憂さをあっちで晴らし。 努力の年月重ねて掴んだ想いの込った言葉でさえ、 笑いとともに軽ろやかに。 何処かに放って置いて来る。一日たりとも蓄えない。
ほんとは分かっているのでしょうが、何に戸惑い、何に反発? いい加減に変えないと。誰もあなたを助けなくなる。 純粋、素直も単なる我が儘。 人の心が感じられるうちに。捨てた心を拾って来たら?
持って生まれた発散力。 それが笑顔や優しさならば、世間があなたを放って置かない。 誰よりも強い届ける力。 発する力、作る力。蓄え、育てて放つ力。
何が大事が大切か、感じる力はある筈なのだから。 自分がその気にさえなれば。あっと言う間に変わるかも。 時間はそんなに残っていない。
【地球の様な人】
たくさんのものに命を吹き込み、たくさんの想いや心を込めて。 生きる喜び楽しさ教え。たくさんの笑顔を導いた。 でも、今やあなたはクタクタだ。
澱んだ空気に、濁った水。だれもそれを変えようとしない。 あなたが作った遊び場で。やりたい放題、好き勝手。 まるで自分の世界の様に、自分の回りを守るだけ。自分の満足守るだけ。
でもあなたは捨て切れない。 悪いものを吐き出せない。どれも皆、可愛くて。 大切にしてきたものばかり。 裏切られても、傷ついても。やっぱり人間が好きだから。
抱えて、貯めて、山積みして。息も絶え絶え哀れな姿。 それでも良いと思っている。 帰る所も逃げ場も無いから。 皆が生きてる場所だから。 出会いと別れの場所だから。
【流れ星の様な人】
沢山の人に希望を与え。夢を叶える勇気を与え。 夜空に眩く飛んで行く。あっと言う間に飛び去って行く。 あなたの落ち着く場所は何処?
輝くほうきはその身を削り、命を削った悲しい軌跡。 惑星軌道を横切って、引力に振り回されて飛び続ける。 惑星には成り得ない。彷徨いやがては消えて行く。 沢山の星に落ちた小さなかけらは、人の記憶に残るだろう。 2006年12月08日08:40 WAKKY みなさんコメントありがとうございます。
Yさん初コメント。ありがとうございます。
エヘヘ........。って誰も聞かないから聞いたろか? って? よくぞ聞いてくれましたっ!
五種類目は、あなたの回りで、控えめに。
着かず離れず、いつも居る。 ちょっと小さなはにかみ屋。 居るのが当たり前になっていて。 ちょっと陰ると、その存在の大きさにびっくりする。 もの思いに耽る時、何故かそばで見守ってくれる。 お月様。
ロビーに一服しに行ったらなんとそこにお友達が。 しかも芸者さんの様な和服姿で。 「今さっきエルメスの新作発表会に行ってて、そこで知り合った社長に連れられて」と言いながらなんとロビーのテーブルに、向かいのレストランから食べ物を次々持って来させてガンガン食べまくっています。
胃腸が弱いんだから「ほどほどにしなよ」と言うと 「あんたの忠告はノーサンキュー!」 「あんたの言う事に従ったって世の中渡って行けん!」 とちょっと逆切れ。
あらら..........。と思って居るうちに社長とやらが来たので、楽屋に戻りました。 すると事もあろうに自分のソロ演奏の時間が終わっていて。 冷たく睨みつける幹事さんに言葉も出ずに、とぼとぼと帰りました。 もちろんギャラはパー。
午後に見る夢はろくなものがありません。
★いろいろご心配を掛ける前に自己分析。
師匠も走るこの季節。マネージャー無しで東京〜福岡行ったり来たり。 気を張って目覚ましで起きながらも何処かで「何時かやらかすゾ!」の脅迫観念があるのでしょう。
ブランド、社長、世渡り、は長年のコンプレックス。 胃腸の話しは、昼寝の前にもやし焼きそばを食べたのがもたったみたい。 この数日胃腸がくたびれていたので「おかゆにしよう!」と思っていたのに焼きそばがひとつ残っていたので。 失敗でした。 一年360日、ぐるりと廻っているのですから、何時でも同じ様なもの。 なのになんで12月だけ忙しいのでしょう!
今日思ったのは、農業の話し。
自分は申年。 思い込みと、父の思い込み意見の刷り込みで「猿的」と思っています。 父が言いました。「お前も足の指で物つかめるだろ?」「さる年だからさ!」 剥き物が止まらない性格。 バナナ大好き。枇杷も大好き。 剥き始めたら止まらないから。ミカン、落花生は我慢する。 「饅頭怖い」ほんとに「怖い」
TVでニホンザルが人間の弁当奪ったり、温泉入ったり、 道路に落ちた種拾ってちびちびしてるの見ると無性に親近感。時々同胞的憤り。同類相哀れむ。
そう! 話しは農業の話し。
我々 猿族からすると、信じられない程に感心する。 「種を植えて育て、実るのを待つ」 初めてそれをした人間を目の当たりにした僕の先祖はさぞびっくりしただろう! ええええ〜食べずに埋めてどうすんの???? 埋めたら腐るでしょう??? そんなら僕に頂戴な!!!
自分は猿族 母の口癖も刷り込みになっている。 母が僕に良く言った「権兵衛が種蒔きゃカラスがほじくる」 お猿は「ほじくる」のも得意。 ブドウパンの葡萄をほじくって叱られた。
否、せっかち小僧を戒めた言葉。 積み重ねては時を待つ。
昆虫や貝でも「農業」する種がある。 でもお猿はきっとしないだろう。
相変わらず、世の中や自分の頭をほじくってる。
日本語って変わって行きますね。 「あなたの知らない死語の世界」 吉祥寺教室の番頭さんが好きなオヤジギャグ。 おっと、これは「私語の世界」
今の若い子には通じない言葉がどんどん増えた。 その変わりに加えられたのが「エロ可愛い」じゃ「ヤバい」んじゃない??
一昔前良く言われた言葉「芸術家の卵」 今でも言うのかしら?? 通じるのかしら???
タレントの低年齢化が進んだから、 「卵」のままで売れてしまう。 その予備軍は何て呼んだら良いのでしょう。
「まだまだ、こいつはヒヨッコですから」 これも言わなくなった? 「まだまだ、こいつはヒヨッコですから」「きゃぁ〜 いやかわいい!」
消費経済、消費文化、サービス産業主流時代。 「手塩に掛けて育てる事」も「長年修行を積む事」も コストが掛かる。嫌われる。 伝統工芸、伝統芸能。文化は次々廃れて行く。
心の成長に奨学金制度を作って欲しい。 学歴やスキルや資格じゃなくて。
居場所を探す人が多すぎ。 「自分探し」と言いながら。 楽な場所を探している。そのまま売れる場所を探している。
卵を全部売ってしまったら。 種を全部食べてしまったら。 来年は何を食べたら良いのか。
お猿に言われるまでもなく。
ヒヨッコで良いじゃないですか!
おっと、ここでまた紛らわしい。 「ヒヨッコで良い」 は、Hiyokko is Enough ではない。
未熟だから、駄目だから、使い物にならないから。 そのままでは恥ずかしいから。悔しいから。 だから頑張る。成長する。 それだけ社会のレベルが上がる。
今の自分で通用する。そんな社会で頑張れますか? 「頑張り」と「我慢」は違います。 我慢はすれど頑張らない。そのうち我慢さえしなくなる。 そんな人が増えました。
苗でもぜんぜん恥ずかしくない。 今のままで大人ぶる事。 ハッタリ、ツッパリ、背伸びして。 通用させんと無理する方が。 どんだけカッコが悪いものか。
ましてや人の力を利用。ことば匠に、笑顔も添えて。 薄っぺらさに気付かない。 そんな人が増えました。
根を張り、幹をしっかりさせて。 群れず、揺らがず、慌てず、ブレず。 見えない所で努力をしよう。
それが一番カッコ良い。
楽器の弦は分かっても。心の弦は分からない。
仏陀の「三弦の教え」 張り過ぎても緩過ぎても豊かな音は出ない。 緩く張れば余韻は伸びるが、タイミングは遅れ音は乏しい。 強く張れば立ち上がりは良くなるが、余韻は短く、キツい音。
豊かな音、優しい音、温かい音、届く音。 明るい音、切ない音、楽しい音、深い音。
何時でも出せる、張りと、長さと、太さと弾き方。 楽器の弦は分かっても。心の弦は分からない。
何処迄張ったら切れるのか? 自分の心と言う弦は。 何処迄緩めば鳴らなくなるのか?
がさつに弾く人が居る。 硬い撥で無造作に。石橋を叩いて割る程の。 割れた音しか出て来ない。その度に弦を強く張る。
響きが通じぬ人が居る。 余韻の最後は聴いちゃいない。 大きな音しか聞こえない。前に出る音しか聴こうとしない。
弾いて鳴らぬ人が居る。 弦だけ鳴っても箱鳴りしない。 まるでエレキギターの様。
共鳴しない人が居る。 倍音を雑音と思って居る。 共鳴すべき弦が無い。心が薄くて響かない。
そんな人は欠かせない。 自分の心を強くする。甘い言葉よりタメになる。 負けじと張りを強くする。
太くて丈夫な弦が好き。 切れそうな弦じゃ頼りない。 コントラバスは勇ましい。 そりゃ当たり前。
それでも必死に食い下がる。 余韻はどんどん短くなる。
それでも弦はまだ切れない。 どこまで張ったら切れるのか。
優しい言葉よりキツい言葉が好き。 ことごとく打ち砕かれる価値観、信念。 否定される想い、気遣い、心配り。 通じない思い、捨てられる心。 響かない心、伸びない余韻。
その度に、強く張る。 弱まってはまた、張り直す。
心の病と闘う人が、今の僕を悲しんだ。 切れる前の自分と似てる。 緩めた時が一番危険と。
そうかも知れぬが、分からない。
「お前のお陰で数多の友を失った。挙げ句に枕の下から全財産。 寝ている間にヴェネズィーラに逃げよった。」
もう一曲のカリプソ・スタンダードで歌われる娘「メリーアン」
「小さな子どもも大好きな、優しい娘メリーアン。 何時も海辺の浜に腰掛け。微笑みながら海を見ている。」
どちらも放っておけない娘。 どちらもとっても好きな歌。 どちらも想い出深い曲。 もう20年歌っている。
貴女のほんとの笑顔が好き。子どもの頃のままの優しさ。 恥じらい、はにかみ、ちょっと臆病。心配性。 遠慮がちで、不器用で。 素朴で質素な素敵な人。
貴女のほんとを好きな人が、貴女を優しく見つめる姿。 貴女のほんとを守らん人が、貴女を心配する姿。 貴女のほんとに支えられて、貴女を大切に想う人。 優しさと温かさ。尽きる事無い穏やかさ。 素敵な空気に囲まれた。その輪の中に居たかった。
貴女をほんとに好きな人が、貴女に見せる笑顔は本物。 みんなの笑顔が素敵だった。その輪の中に居たかった。
浜辺に座る貴女の手を引き、町で楽しく語り合う。 心は時間に遮られ、やがて浜辺に戻っては、遠くの海を眺めたがる。 海に誰かを取られたのか。 何時かは海に帰るのか。
それでも貴女が好きだった。 寂しい心のメリーアン。 貴女を元気にさせたかった。 悲しい心のメリーアン。
小さな子どもも大好きな、優しい娘メリーアン。 何時も海辺の浜に腰掛け。微笑みながら海を見ている。
自由奔放、明るく派手で。昔はよっぽどモテただろう。 色っぽさに加えて、小粋な会話。遊び人は放って置かぬ。 楽しい会話、大人の会話。弄んでは、弄ばれて。 この世の春を謳歌して。昔はよっぽど楽しかろう。
貴女の上辺を好む人。その薄笑いが嫌だった。 貴女のほんとを見ぬ人が、知った様な口をきく。 似た者同士が集まって。人をあざけり笑いの種。 時折弱みを見せては慰め、奇妙に繋がる連帯感。 似た者同士が集まって、自分の幸せ語り合う。
上辺の言葉を誉め合って。薄っぺらさに気付かない。 仕事が出来るを尊敬し。お金が入るを良しとして。 上辺の感謝に心を躍らせ。厳しい言葉や批判を撥ね付け。 薄い心で善意を見せても、ほんとの弱きに気付かない。 気付いていても拾わない。ビジネス、生活、区別が出来ない。
そんな場所は似合わない。 ほんとの貴女の為ならず。 カウンターから手を引いて。貴女を海に連れ出して。 貴女を野山に連れ出して。ほんとの幸せ見せようと。
ところが潮の香りが嫌い。 ところが草蒸す香りが嫌い。 コンクリートのオフィスで、仕事が出来る人が好き。 カウンターに座り酒を語り、ビジネス語る人が好き。 作り笑いもほんとの貴女。尊敬の言葉も嘘ではない。
薄っぺらだね、とつい言ってしまった。 「楽しかった」と書き置き残して ヴェネズィーラに行っちゃった。寝ている間に去って行った。
「間違って出逢ってしまったけれど。いい男だと思ってるよ」 ヴェネズィーラから手紙が届いた。
ヴェネズィーラで社長夫人。三人の子どもに恵まれて。 幸せそうだと噂に聞いた。
小さな体で走り回る人。遠くで一人で頑張る人。 笑顔を絶やさず頑張る人。親と子の為に頑張る人。
優しくなれば軽くなるのか。喜ばれれば癒されるのか。
深い悲しみを抱えているのに。 何故あれほど明るいのか。 何故あれほど元気なのか。
外からみたら分からない。 だっていつも落ち着いて。 だっていつも爽やかで。 だっていつも考えている。
ちょっとだけ臆病になっていても。 悲しむ人が居れば放って置けない。 普段は元気にしていても。 悲しみには敏感で、黙って見てはいられない。
悲しみを恨む事が出来る人。 心が強い元気な人。 悲しみを軽く出来る人。人のせいに出来る人。 悲しみを忘れられる人。我が儘強く持てる人。 悲しみを乗り越えられる人。自分が一番好きな人。
そんな人に成れれば良いのに。 何かを無くした原っぱに、友達たくさん呼んで来て。 何時でも楽しく遊んでいれば、悲しみなんか平気になれる。
真面目な心の持ち主だから、恨む事が出来ないから。 運命の重さを受け止めて。じっとじっと耐えている。
真面目な心の持ち主だから、忘れる事が出来ないから。 自分自身をも少し責め。心を揺らさず生きている。
悲しみを抱えた真面目な人は。 自分の為には動けない。 もう増やしたくないから後回し。
悲しみを一杯抱えた人。浅い心をお見通し。 深い悲しみを持ち続ける人。偽善の様もよく見える。 友達作るのに時間が掛かる。人の輪に入るのも少し苦手。 やっと笑顔が出始めた時に、決まってがっかりさせられる。
悲しみを一杯抱えた人は、悲しみの話しをしたがらない。 訪れた訳をずっと考え、ずっと答えを求めているから。 悲しみを一杯抱えた人は、悲しみから逃れようとはしない。 騙して、浮かれて、頑張ってみても、軽い人達にまみれてみても。 悲しみが喜ばないのを知っているから。
悲しみを一杯抱えた人は、ほんとは強くて優しい人。 深い悲しみを持ち続ける人。人をほんとに愛せる人。
悲しみはきっと一生の友。仲良く居られる優しい友。 あなたの優しさ元気の源。 だから心配いらないよ
彼は「臨死体験」を持っていた。 人事なのにたいへん深く動揺させられる話しであった。 それに至った悲しみの質にも人事と思えない心の痛みを感じた。
彼は、深い悲しみから自分の存在を意識の中で抹殺しようとした。 何もせず。ただ横たわり。想うだけであったと言う。
その話しによって、私は「自暴自棄」という逃げ場を失った。 そのエネルギーを持ってすれば、たいがいの事は乗り越えられる。 忘れかけては、また彼の声を聞く為に連絡を取った。
この一年は、数回。 最早教えを乞う事はなく。「頑張ってる?」「はい」 たった一言ずつ。
感性が豊かな人、感受性が豊かな人は、 体や心が弱った時。迷った時。焦った時。 同じ様な波動を発している人を集めてしまう。 「類は友を呼ぶ」の語源である。 時には事象や、運命。 取り入ろうとする邪悪さえも。
体験以降、彼はそれが色の様に見えると言う。
彼はその様を憂いてもただ「祈る」だけだと言う。 「何故救おうとしないのか?」と憤りをぶつけた事もある。 彼は、返答をくれなかったが、私の想いを「間違ではない」と言った。 むしろ「放って置けない」私の最大の応援者であった。 そしてきまって挫折する私を「ご苦労様」と慰めてくれた。
その彼が今日「お疲れ様」と言った。
疑問が解けた。 世の中の仕組み。悪くなる原因。 プロが居なくなる原因。
「市場を調査し、ニーズと志向を探る」 ビジネスの基本の様に言われるが。 売り手が買い手を向いている。 財布の中身に向いている。
相手によって言い方変える。 相手によって売り方変える。 老若男女。好みの違い。仕事の違い。志向の違い。 どのみち段々無くなる違い。 お金を持ってる持ってない。 人は財布の外側か。
社会の明日を見据えない。 明日の儲け話を考える。それが明日を見据えていると。 歴史を作る意識が無い。 時代を担うつもりも無い。 自然や生き物考える筈も無く。売れるものならなんでも売る。
足りないニーズは宣伝で煽る。 隣の芝生を見せつける。 足りなければ、脅しも厭わず。 新興宗教悪いと言うな。鼠講を悪いと言うな。 どのビジネスも変わらない。 美と健康、ダイエット。心の健康。癒し。ストレス解消。
全てがうわべの、刹那主義。 本質、中身は問われない。今さえ良ければの日々の連続。 売れなくなれば次のもの。 心は置き去り。 弱い者は置き去り。 それで勝ち組。それが目標。
中身は問わずに「足下見る」 礼儀や、品格問うのは分かるが、ブランドの必要何処に在る。 足下見せて仕事が決まる。それを品格と言えるのか。
男も女もうわべを繕い。中身は二の次。プロが育たない。 心も想いも、信念も。主義も、主張も伴わない。 困った時にボロが出る。責任逃れ、言い訳のプロ。
受け取り方は相手次第。 期待を抱かせ、旨味を魅せつけ。受け手の責任。それでプロ。 責任も無ければ、想いも無い。こだわりも無ければ。意地も無い。 簡単に変えられ、辞められる。プロが育つ訳がない。
「君のその右手は何処で買ったんだい?」 びっくりした私は「はぁ?」 「どうも間違って女物を買ってきた様だから、今度来る時には交換して貰っておいで」
帰国して毎日五時間練習を再開した。 師匠のお陰で未だに音量は誰にも抜かれていない。
師匠の横に座った時に生まれて初めて気がついた。 人は正面と横では違った心が表れている。
寡黙で孤高だが、ウイットにとんだ優しい師匠。 正面から見、感じた師匠。 演奏中は鬼気迫るものさえ感じられた。 音は同じものが出ていたが。横に座ると全く違った。
僕のインド・デビューLIVE。古式に則り師匠が横に。 師匠の演奏会。インド人兄弟子を差し置いて二番弟子の位置に座らされた。 どちらも緊張したが、音楽が始まると師匠の息遣い、心遣いが伝わって別世界が広がった。 悲しみをたくさん抱えた人である事を痛感した。
威厳や気遣いで導かなくてはならない弟子は、隣には座れない。 畏怖の念が薄れるから。 凡人にさえ感じるから。 それ故の凄さ、努力が分かった時、師匠が父親に成った。
亡くなった後も、その音楽を裏切る事はない。 何時でもその息遣いは私の隣に在る。 どんな音楽を演奏していても。 アフリカ音楽、キューバ音楽。ニコニコ聞いてくれる師匠が居る。
福岡出の有名タレントさん。
父親が舞台俳優だったので芸人さんには親近感はあるが、 世の中辛辣に批判する私が、芸能人にのぼせる事は無い。 そんな私が、何故か肌が合う面白い人。
TVで見るのと実際はかなりイメージが違ったが、ある番組で隣に座った。 サングラスの横から可愛らしい目が見えたが、驚いたのはその息遣いだった。
あれほど真剣に取り組んでくれているとは思いもしなかった。 テーマが民族音楽だったからだろうか? 芸人魂を見た様な気がした。
九州で知り合ったミュージシャン。
初共演は狭いステージ。 彼は私の真後ろだった。 背中に当たる過激な音。 何をそんなに苛つくのか?
二度目の共演で隣に座った。 前に出ている音は相変わらず。 取り憑かれた様に体を揺する聴衆。その音楽はゴスペルに思えた。
横からは、悲しみが伝わって来て心が痛んだ。 悲しみをたくさん抱えながら、力強く説教をする。 音の伝導師。隣で演奏出来る事を嬉しく思う。 彼が僕の横で何を感じたかは訊いていない。
出来ればずっと親友でありたいと思う大好きなお友達。 初めて逢った時の感想を聞いた。 私の視線は体を通り抜ける様だったと。
優しさの奥に悲しみが見えた。 目をそらしたくなったが頑張って向かい合っていたら、 あどけない子どもの姿が見えた。サクランボのワンピースを着ていた。
散歩が好きな者同士。 向かい合うより隣が多い。 何時も温かく優しいものが伝わって来る。 それにたくさん和まされ、たくさん励まされた。
悲しみを乗り越える人も居る。 悲しみを封じ込める人も居る。 悲しみを忘れようとする人も。 悲しみから学んだと解釈しようとする人も。
横に居させて貰うと、私との間に悲しみが感じられる人が居る。 悲しみが友達の様に横に並んでいる人。 悲しみを友達に出来た人。
分かって居ながら何も出来なかった。 何時も隣で感じていて。音や優しさ貰うばかり。
狼狽えている間に時を逸した。 面と向って出て来た言葉。その厳しさに忘れてしまった。 横に居た時の優しさ温かさ。
私の隣はどんな感じ? 繕い切れないほんとの自分。優しさ与えているのだろうか。
貰うばかりでごめんなさい。 優しい心、 素敵な音楽
隣に居させてくれて。 ありがとう!
2006年12月15日13:56 揺れる心は止められない。 子どもの頃。気分も気持もふわふわだった。 同じ事をずっと続けている。まわりは真剣に心配した。 面白い事、楽しい事。ふわふわ続けて止まらない。
ソファーで跳ねて「トランポリン!」滑って尻餅、後頭部。 同じ歌をず〜っと歌う。口より先に手が出る父親。 一気に食べて一気にもどした留守番ご褒美クリームサンド。 喫茶店マッチ大のウエハスの。
「ムッシュ・リフレイン」のあだ名を貰った。 我が子の「変」を楽しんでいた。変わった大人の母だった。 「繰り返し小僧」と訳した人が居る。なにかにつけて失礼な人だ。
ふわふわな心は、次々面白いものを見つけ出す。 やわらか頭の天才だった。 「どうせ飽きるに違いない」お金は出さずに口は出る。 立派な体に、大きな手。なのに職は「声」だった父。
移り気の「変」は嫌いだった。自分も「変」な母なのに。 「回りと同じ」には投資しない。何時も僕だけ持ってない。 銀玉鉄砲。レーシングカー。ヨーヨー。シール。学研学習。
目白に三台の自家用車。その一台の社長の娘。 実家に頼れぬ勘当の身。次々買ってるお金は無い。 流行ものには興味を持たせず。「変」な事には応援する。 群れるな、ブレルな。流れるな。独自なものを創り出せ。 跡取り見据えた英才教育。伯父の代に人手に渡った。
ひなたぼっこが好きだった。 生まれて初めて釣りに行き。河にハマって目が覚めた。 のんびり散歩が好きだった。 面白いものたくさんあって。寄り道、小径。けもの道。
母も妹も長生きしない! だからあなたがしっかりしろ! ふわふわ子どもは驚いた。 三ヶ月程毎晩泣いた。 昆虫の本と船の本。ポナペの貝殻。河原の石ころ。 転校生に貰ったビー玉。一緒に拾ったどんぐり。 大好きなおばちゃんの折り紙の鶴。 大事なものを箱に詰めて。大人に成るぞと決意した。
引っ越しの時にまだあった。どんぐり黴びずにまだあった。 鶴は二羽に増えていた。娘が初めて折った鶴。
「変な音楽」に興味を持った。 「どうせ飽きるに違いない」お金は出さずに口は出る。 その頃は伯父も普通の人。欲しい楽器は自作した。 どの道日本にゃ無い楽器。教えてくれる人もない。 「変」なものには惜しまず投資。母は最初の応援者さん。 夜なべを続けて買ってくれた。本物のシタール。 15歳でプロデビュー。
母も妹も長生きしない! 子どもを生むなどあり得ない。 みんなみんな嘘だった。 気付いた頃には第一人者。今更遊ぶ訳にも行かず。
ふわふわ子どもの母親は。ころころ変わるAB型。 言ってる事が180度。気分は一日十数回。 悲しむ母の横に居た。何も出来ぬが横に居た。 「あれは私が悪かった」「やっぱりあっちが悪かった」
振り子時計の重りの部分に心が重たく詰まってて。 感性と理性が長針、短針。追いかけてみたり、追い抜いたり。 その癖なんでも分析したがる。頭の中身は歯車か? 「あの時あそこで気付いていれば」「いやお陰で学んで良かったかも」
目盛も刻みも正確なのに。一日経てば戻っていたり。 ぐるぐるぐるぐる廻るだけで、何年経っても同じ事。 もしかしたら「マダム・リフレイン」?
何時でも母の自問自答。口を挟めば機嫌が悪い。 「大人になったら分かります!」 息子の言う事聞きやしない。誰の言う事も聞かなかったかも。 人の為に頑張ってるのに。理解されないと悲しんでいた。 人の為だと思っているから、非を認めない。謝らない。 二十歳を過ぎても四十を過ぎても分からなかった。 「変」な母。
「おやつは子どものため」って思ってた。二つ違いの僕と妹。 ケーキを三つ買って来て。子ども達は飛びついた。 母は何故か残していた。顔を見合わせ期待した。 なんと母は自分で食べた。 大好きなものは残しておく。可愛い我が儘持って居た。
自分のじゃじゃ馬知ってたからか。大きな男が好きだった。 文学座で一番背の高い父。駆け落ち同然押し掛け女房。 「そのままではもったいない」「あなたには私が必要」と。 人に尽くすのが好きだった。そうしていると元気が湧いた。 それを慈愛と思っていた。
こっそり羊羹食べていた。 遠慮がちな「一口羊羹」 発見されて狼狽えていた。「これは私の元気の薬!」 責めもしないのに言い訳聞いた。責められる事に過剰反応。 自画自賛も得意だったが、認められないと悲しんだ。
サーモンピンクが好きだった。 ふわふわセーター。お洒落なジャケット。 黒のタートル着る時は。ピンクのカメオがお気に入り。 レザーの造花も好きだった。ネックレイスも好きだった。真珠が特に好きだった。 グラジオラスが好きだった。かと思うとトルコ桔梗。 花瓶とカップと日本の焼き物。薔薇のついたティースプーン。
パーマとコロンが嫌だった。 二歳の頃から泣いたらしい。 「ママとは違う!」と思ったのか。出掛けて帰らぬ気がしたのか。 意外に長生きずっと居た。
十八の時に家出を決意。 あなたの為に我慢をしたのに、こんなに大事にして来たのに。 結局僕もずっと居た。
世界でたった一人だけでも。母の味方で居ようと思った。
優しい気持と寂しさと。 甘える気持と頑張りと。 詫びる気持と悔しさと。許す気持と虚しさと。
与える心は裏返し。 求める心と感謝の心。 頑張る気持も裏返し。 頼りたいけど頼れない。
人の言う事聞かぬのは、弱い心の防衛本能。 与える愛も、求める愛も。情も心も閃きも。 人の数倍大きくて。強く激しく、たくさんで。 受け止めてくれる器が見つからなくて。自分で必死に考えた。
母の事を大好きな人は。情が豊かで、才能豊か。 何時も一所懸命で、きっと一生頑張る人。 母の事を憂う人は、気まま、気分屋、だらしない。
振り子時計の重りの様に、あっちに行ってはこっちに戻る。 幼稚な息子は目を回す。あっちを追い掛けこっちを追い掛け。 「揺れる心」が掴めない。
感性と理性の長針、短針。追いかけてみたり、追い抜いたり。 幼稚な息子は目を回す。見る度に違う答えがある。
それでも意外に軸は一本。なのになんで揺れるのか。 揺れる事でバランス保つ。そうして生きて来たかの様。
運命とは不思議なもので、そんな母にこの息子。 「ムッシュ・リフレイン」の別名が「おとんかちのエパミノンダス」 どかっと大きな器じゃないけど。隣に座れば目を回すけれど。 同じ音楽続けている。創り続けて生きている。 群れずに、ブレずに、流されずに。一番弟子を続けている。
ふわふわな子どもにしては頑張った。