diary 2006 December

 音楽活動のご報告
 猫さん達との日々
 
 Music & Life
  考えたこと 12月/1月


 音楽活動のご報告

 
 
 
 
 
 
 12月3日(日)  小倉のコンサート
     
 12月5日(火)  MISRAMのライブ
     
 12月16日(土)/17日(日) 大分でみっつの演奏会
    12月16日(土) 朝5:00に吉祥寺を出て、スカイマークで福岡に。
楽器が多かったので、お疲れのところ迎えに来てくれたお友達の応援に感謝。
スカイマークはN機長ではありませんでしたが、着陸は上手だった。
 かなりの悪天候でしたが、揺れも少なく。でも40分近く遅れた。挽回出来ない程の天候だったのでしょうか。お疲れのお友達を寒いロビーで待たせてしまいました。

 二泊三日の大分ツアーの準備をして、博多駅から大分県北東部の宇佐まで。
国東半島の付け根の北です。
 大好きなJR九州「ソニック号」は宇佐に止まったり止まらなかったり。
止まらない場合は手前の駅で在来線に乗換えですが、選択肢が幾つか在り携帯の「乗換え情報」では分からない。

 乗換え改札で「急げ!」と言われて駆け下りればドアが閉まる寸前。
乗り込んだら目の前に車掌さん。
 「宇佐止まらんよ!」で慌てて降りたら右腕が挟まれ。体はホームで楽器は車内。開けて貰って「乗り換えたら宇佐行きますよね」と訊いたら「そりゃ行くよ」というので、体も車内へ。回りの人々は大笑い。
東京でしたら険悪なムードだったでしょう。やっぱり九州は温かい。

 すったもんだの一件を気にしてくれた車掌さん。車内を往復する度に時刻や、乗換え駅、ホームの場所を親切に教えてくれました。
 行橋、中津でも乗換えアナウンスがありましたが、その度に来てくれて。
「これで乗換えより柳ケ浦乗換えの方が早い」とわざわざ。
柳ケ浦駅手前の車内アナウンスでも「宇佐にお越しのお客様はこちらで乗換えが早いです」の一言を足してくれて。マニュアル一辺倒とはちがう「温かなプロ意識」を感じました。
 前にも自分のホーム・ページ日記に書きましたけど。JR九州のスタッフさんは皆さんほんとに感じが良くて温かい。長崎本線(博多〜佐賀〜長崎)と日豊本線(博多〜小倉〜大分)しか知りませんが。

 宇佐駅にはなんと国宝富貴寺のご住職が迎えに来てくれました。
富貴寺は、四国のお遍路さんと並ぶ巡礼で知られる「国東三十三寺」のひとつで、九州最古の木造寺が国宝。その他にも重要文化財がたくさん。
http://www.yado.co.jp/kankou/ooita/kunisaki/fukiji/fukiji.htm

 国東半島の付け根の宇佐駅から旅庵・蕗薹までは、裏道もあるからでしょうが人によって20分とか30分、40分とかいろいろ。
 半島まるまる大きな山、といった感じの両子山の西の中腹に富貴寺のお隣に
温泉、宿泊と素晴らしいマクロビオティックな郷土料理のお店が「旅庵・蕗薹」です。
 八月にも呼んで頂いて「インド音楽」を演奏しましたが、今回も大分県中津市の料理教室「オーグテ」さんの企画で、「旅庵・蕗薹」二周年記念に合わせて「ヴェトナム料理とインドシナ民族音楽の夕べ」でした。
 八月にも感動しましたが、桧作りのゆとり在る空間は素晴らしい響きと、心が透き通る様な不思議なオーラを持って居ます。

 16日(土)の夜の演奏の後は、お泊まりのお客さんと遅く迄歓談。
若林の大分北部での演奏会には欠かさず来て下さる大分市内の森さんご夫婦。
佐賀から駆けつけてくれた音楽一家の古賀さん達と楽しい初日の打ち上げをしました。
ありがとうございました。

 17日(日)の朝。「旅庵・蕗薹」の名物の朝ご飯。
お米が美味しい。メザシ、梅干し、おひたし、卵、大根おろし、シラス、お味噌汁。
なんでもかんでもとっても美味しい。スタッフのおばさんの息子さんが農園で作っているコーヒーも美味しい。

 うっとりしてしまう様な朝の一時を、のんびり味わってしまいそうになりながら、企画者黒川さんの駆る車で中津駅まで。一時間弱。
 福岡から駆けつけてくれた、民族音楽センター福岡代表篠原君と合流して、耶馬渓の山の中の「ノーソン倶楽部」へ。

 「ノーソン倶楽部」は旧JA倉庫と直営の生活用品店が閉鎖されたのを機に、地元の人達が立ち上げたNPOで買い上げて運営しているスペースです。
 耶馬渓の応援者さんで「有機音楽協同組合」「民族音楽センター耶馬渓」を主宰してくれている白岩さんのご紹介で、民族音楽センターの楽器製作道具、材料と来るべき日までお蔵入りの昆虫飼育道具などの収納に倉庫をお借りしています。

 有機音楽協同組合の企画では、2005年7月の耶馬渓・厳浄寺での演奏会の他に、福岡県京都郡行橋・豊津「瓢鰻亭」で数回「若林忠宏民族音楽コンサート」がありました。耶馬渓は厳浄寺での演奏会以来久しぶり。
 厳浄寺は、村上水軍末裔が代々ご住職という古刹。 そこに至る山道の途中には菊池寛「恩讐の彼方へ」にも登場する禅海和尚がノミ一本で彫ったという川辺のトンネル「青の洞門」。国東半島に迫る、スピリチアルな土地です。

 今回は、引っ越し三昧で送り届けるのみで、白岩さんご家族に負担を掛けて片付けしてもらっていたのを、まとめて整理。
 種類別に整理しましたが、この日一日では終わりませんでした。なかなか手強い量。「誰がこんなに持ってたの!」私でした。
 引っ越しで傷めた右肩。ソニックのドアに挟んで。倉庫整理している内に激痛。
阿波踊りもキツい程の所に。「ノーソン倶楽部」の中島さん、鈴木さん、白岩さん息子さんも手伝ってくれなかったら、ミニコンサートに間に合いませんでした。
 ありがとうございました。
 
 午後からは「ノーソン倶楽部」の関係者さんへのお披露目を兼ねて
「若林忠宏民族音楽コンサート」「ギター弾き語りによる世界の音楽」
ところがなんと、楽器準備の業務連絡ミスでギターが無い!
 白岩さんが地元のミュージシャン岡本さんから急遽ギターを借りてくれて。
皆さんほんとにすみません。

 午後3:00に演奏を終えると、今度は白岩さんの駆る車で宇佐駅まで。
北九州からのお客さんと合流して宇佐駅で富貴寺ご住職の車に乗って「旅庵・蕗薹」での第二夜のコンサート。

 奇しくも大分の二人の強力な応援者さんは黒川さんと白岩さん。
スティービー・ワンダーの「エボニー&アイボリー」を彷彿とさせます。
黒川さんの車が広大な宇佐平野を突っ切る時、二回も大きな虹が見えました。
 白岩さんも同じ虹を見たそうです。
二つの虹は、いろいろなものを繋ぐ、希望を感じさせました。

「仏の里」とも言われる国東と宇佐神宮の大平野と昨年演奏させて貰った古刹「厳浄寺」さんがある耶馬渓をつなぐスピリチアルな音楽ツアー。
 中津と豊後高田。大分と東京。大分と福岡。世界の民族音楽と大分の人々。
 私の音楽とお客さんの笑顔。

 素敵な時間がくれた温かい想い出と、明日の希望を抱かせる繋がり。
様々な人々の人生と想い。そして笑顔。たくさん出逢い、いっぱい元気を頂きました。ありがとうございました。

 12月16日(土)  旅庵「蕗薹」二周年記念イベント初日
      12月16日(土)大分県国東半島の東の山間。国宝の古刹「富貴寺」の隣に、巡礼の旅を癒す旅庵「蕗薹」二周年記念のイベントに演奏に呼ばれました。

 企画は大分県中津市の世界の料理と文化のスポット「オーグテ」さん。
2005年の夏秋の中津城山ホール「インド音楽」。オーグテ「アラブ・モロッコ音楽」。
2006年夏の旅庵「蕗薹」「インドとアフガニスタン音楽」に次ぐ今年の〆の企画。

 今回は「ヴェトナム料理とインドシナ半島民族音楽」
 オーグテ主宰、黒川さんが工夫した日本とヴェトナム料理の素敵な融合。
 スパイシーなホットワイン〜お蕎麦がヴェトナム春巻きの中に入った絶妙なコラボレイション〜国東半島南の付け根日出(ひじ)の牡蠣〜地元豊後高田の里芋、葱、椎茸、カブとヴェトナムあんかけやヌクチャムとの出会〜ヴェトナム麺フォー〜かぼすのゼリーやココナツミルクあんのお饅頭。そしてテーマの蓮はレンコンの天ぷらから蓮茶まで行き届いて。
旅庵「蕗薹」評判のマクロビオティックな郷土料理も加わって、素晴らしい夕べでした。

 
 私の演奏は、黒川さんのリクエスト曲をヴェトナム「月琴:ダン・グウェッ」
ラオスとタイ国境メコン流域のラオ族の民謡弦楽器ツン。そして先日届いた雲南三味線。
 
 夏の演奏会に来て下さったアロマテラピーの先生。英語の先生。お嫁さんを誘って来てくれたお母さん。「やっと来れた!」と喜んでくれた方。中津での演奏会から欠かさず都合をつけてくれる森さんご夫妻とお友達ご家族、自衛隊にお勤めなので来年は東京の演奏会? でもきっと「豊後高田に駆けつける」と言って下さったご夫婦。そして初めての方々で、1週間前に既に予約満員。
 
 16日の会では、中程に思いがけないバースデーケーキが。
旅庵「蕗薹」二周年のお祝いに、私を含めて数人のお客さんが12月生まれという事で。
休憩のお茶タイムに入ったと思ったら、何処からか笛の音が。
 インドシナ音楽の夕べだったので、ヴェトナムの竹笛のCDか何か?ヴェトナム戦争の最中に母と見に行ったヴェトナムのアニメ「牧笛」を彷彿とさせました。
 でも音は生音っぽい。あれっ? と思っていたらバースデーソング??
 黒川さんのお友達、枝次さんのフルート演奏のサプライズでした。

 後半は、佐賀から来てくれた音楽一家古賀さん達も加わって。
12月11日の日記でもご紹介しました「枕元音楽」のまさたかさんファミリーです。

 アフリカ起源の壷楽器「ウドゥ」やいろいろなパーカッションを持って来てくれて。
お客さんにも渡して盛り上がり。沖縄の「カチャーシ舞踊」とも関わりの在るタイ東北部の「プータイ舞踊」でお客さんのタイ式掛け声、手拍子も加わって賑やかに。


  12月17日(日)  耶馬渓「有機音楽協同組合」演奏会
     12月17日(日)は、旅庵「蕗薹」の評判の朝ご飯を頂いてから、大分県を国東半島から北上、全国四万四千の八幡宮の総本山として知られる宇佐神宮とその大平野を突っ切り中津へ。

 中津駅で福岡のスタッフと合流して耶馬渓の山へ。 本耶馬渓から深耶馬渓に至る山間にある旧JA施設を改造したNPO施設「ノーソン倶楽部」に、民族音楽センター耶馬渓の倉庫の整理と「若林忠宏民族音楽ライブ」の為に。

 天台宗富貴寺から、曹洞宗羅漢寺、浄土宗厳浄寺に至る猛スピードの移動中。宇佐平野に巨大な虹を二つも見れたのは嬉しかった。正に神仏習合のスピリチアルな土地柄で二つの虹は様々なものを暗示しているようでした。

 倉庫整理が始まった頃、時折ぱらぱらと小雨が降りましたが、見上げると正に「山の空」頂の東西ではまったく雲行きが違いました。
 午後に成ると「お天気雨」になったと思ったら突然の「お天気あられ」
ライブが始まってからは軽い吹雪。終わって頃には小雨に変わって、帰る頃には止んで。

 民族音楽センター耶馬渓支部と有機音楽協同組合・耶馬渓支部を主宰してくれている白岩さんの企画「民族音楽世界巡り」
 ギター一本で世界の民族音楽を次々に紹介するプログラムです。

 初めに、豊後高田で紹介したタイ民謡弦楽器ツンと笙の笛ケーン。
お客さんに手伝って貰って、タイの大小のハンドシンバル「チン」と「チャープ」
に太鼓、ケーン、ツンの大合奏。 
 タイ東北部イサーン地方の「プータイ舞踊」が沖縄「カチャーシ舞踊」や「阿波踊り」に似ている話しをして、お客さんにも踊ってもらって、大盛り上がりでした。

 後半は「ギター1本世界民族音楽巡り」
お客さんから「思いついた国の名前を挙げて下さい!」とリクエストをリクエスト。
「世界巡り」とは言えども「西欧と日本禁止」とか。歌詞カード数千曲持って来る訳に行かぬので「四小節歌えたら拍手!!」とか甘やかしありましたけど...........。
 
 だいたい、肝心のギターを連絡ミスで持って来てない。急遽耶馬渓のシンガーソングライター岡本さんにお借りして。大変甘ったれた「世界巡り」でした。

 それでもユニークなリクエストが飛び交って面白かったです。
エチオピア、ブラジル、韓国、ケニヤ、ポルトガル、中国、パキスタン、マレーシア,,,,,,,,,,,。
ブラジルではサンバパーカッションを、台所のやかんの蓋と菜箸、灰皿バケツで。
韓国は演奏の代わりに「長い古典合奏の最初と最後にちょこっと弾く不思議な楽器の話し」
 前半「じ〜っ」と聞いていらして、他のお客さんが笑ってもにこりとしなかった初老のご夫婦。 ご主人が「パキスタ〜ン!」と言ったら会場のお仲間も奥さんもびっくり。
 私は大喜び。100曲はレパートリーがあるので。

 ノーソン倶楽部には、衣料品から、野菜、ミカン、昔懐かしいおせんべいやカリントー、
インスタントラーメンなどなどの販売コーナーがあって、半分は集会場的なスペース。
 ちょうどこの日は、近くの授産施設の利用者さんの絵画展の最終日を記念してのイベントでした。温かで、奇麗で、希望に満ちたその絵達に囲まれた空気を更に穏やかにさせてくれた人々の温かさ。それをさらに自然に暖めてくれたのが、昔懐かしい「薪ストーブ」
 
  「パキスタ〜ン!」の声をきくや私が手にしたのがストープの横にあった「火箸」
ステンレス製の日本式でしたが、パキスターンでは「タンドール」の壷の中の火を興す為の長い鉄製の火箸「チムタ」は立派な打楽器です。
 高校生の頃にまだ存在した「パキスタン国立舞踊団」の来日公演で「チムタの奇才」の名演奏を目の当たりにしましたが、現地の楽器店で買い求めたら笑われました。
「金物屋に行け!」と。そう言われればそうなんですが。

 おじいさんの「パキスタ〜ン!」の後は会場も大盛り上がり。
厳浄寺のお坊さん由香思さんもお仕事切り上げ、袈裟姿で駆けつけて下さって。
楽しくも心温まる素敵な時間でした。

白岩さん、中島さん、鈴木さん、皆さん。ありがとうございました。

黒川さん。「大分に行くついで」って真逆方向にすみませんでした。ありがとうございました。


 12月17日(日)  旅庵「蕗薹」二周年記念イベント二日目
     12月17日(日)の夜、 旅庵「蕗薹」ヴェトナム料理とインドシナ民族音楽の第二夜

 二日目は、オーグテのお客さんと「蕗薹」のお客さんが半々。
演奏前からノリノリのパン作りの先生チーム。田染荘とかいて「たしぶのしょう」と読む
地域からのお客さんは宇佐神宮献上米と「蛍籠」を作られている方々。それから田染荘の酒屋さん、車屋さん。オーグテ料理教室や食事会のご常連の方々は後半に駆けつけてくれました。

 福岡のスタッフ篠原君も加わって、二日目は太鼓やシンバルと弦楽器弾き語り。
「蕗薹」のスタッフさん富貴寺のご住職も聞いて下さって、初日とはまた違った賑やかなムードで楽しい夕べとなりました。

 初日に来て下さったお客さんの感想文が送られて来ました。
ありがとうございました。

「こんばんは。先日のヴェトナム・イベントに参加した箭内です。
今年夏に初参加し、美味しいお料理と、若林ワールドにはまり、今回もワクワクで参加しました。
 高田産にこだわったヴェトナム料理に感動(^q^)! ワインも進み、ホロ酔い気分で若林ワールドが始まり、いつの間にか演奏に参加していたり、参加者の皆さんが一つになっていた不思議な空間に酔いしれていました。
 蕗薹のスタッフの皆様・黒川先生そして若林さんのお陰です。
 楽しい時間をありがとうございましたm(__)m

 追伸 若林さんが、前回が初参加なのに、名前を覚えて下さっていたことに“感動”です。」


 12月24日(日)  福岡でクリスマスLIVE
      福岡に来て一年と十ヶ月。
お世話になった店のひとつ。中央区薬院の総菜屋さんQueen`s DELIさんで

クリスマスmini-LIVE。
インド音楽シタール演奏と、キューバの古歌謡で楽しいクリスマスでした。

 お店のスタッフ、社長さん。常連さん。
大橋教室のみんな。 バンドのメンバーが集ってくれて。

 シタール演奏では亮君のギターの伴奏も加え。
ノルウェーの森〜オリジナル曲。タイル張りの店内に良い感じで響きました。

 キューバ歌謡ソン。「南京豆売り」や「グァンタナメラ」ちょっと渋い古い「スクスク」ETC.

 亮君のギターに篠原君のボンゴ。相川君のネガティヴなノリのクラヴェス。インド音楽のお弟子さん田部君のちょっとひょうきんなマラカス。彼らも、お客さんも楽しそうでした。それがまた楽しく! 嬉しかった。

 メンバー皆、お店からの大盤振る舞いを頂いて。想い出に残る嬉しいクリスマスイブ。
DELIさん、ありがとうございました。

 さて、そろそろ御披楽喜か? という時。
お弟子さん一同から、誕生日プレゼント。
ケーキとちっちゃな猫さんの置物と寄せ書きのカード。
 ちょっとうるっと来る嬉しいサプライズでした。

 みんなそれぞれにとって、どんな想い出のミニライブだったでしょうか?
 

 ミニライブの後は、先輩ご夫婦に誘って頂いて、大名のカソリック教会のミサへ。

民族音楽を学んできますと、カソリックの文化と音楽の深い関係に感銘を受ける事が多くあります。

 特に、フィリピン。スペイン。そしてキューバなど中南米諸国。
この夏に長崎で初めてカソリック教会の礼拝に参加させてもらいましたが。
年に一度のキリスト生誕の夕べのミサに参加させて貰う機会は得難いものでした。

 それぞれの国の人々の人生観を想像し、
生活観、一年の暮らしをイメージすると。また音も違って聞こえ、奏でられる様に思います。

 12月25日(月)  小倉で06ファイナルLIVE
      12月25日(月) 北九州市・西小倉:Kate-Musicでの
民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Windの2006年ラストライブ。
小倉メンバーのパーカッション高橋君に、楽団の重鎮ベーシスト福山亘氏、ヴァイオリンの谷本仰氏と若林。

 近々CD発売する程の曲数がありながら。
 何時だって打ち合わせすらない即興LIVE 。

  それでどこまで高められ。どこまで面白く出来るか?
 それがMaghreb-Wind精神の様な感じです。

 この日の冒頭二曲は、思いがけずその数時間前に亡くなった JBの追悼曲となりました。

 いつもの様にアイコンさえもなくおもむろにシタールを弾き始める。
その部分だけをみたら、まるでインド古典音楽の前奏曲です。 
 そこにメンバーがどう関わってくるかで曲が作られて行くのがMaghreb-Windです。

 すると、Maghreb-Windの「音楽的金庫番」ベースのワタルさんがおもむろに懐かしいファンキーなベースを
ドン、ンド、ドン、ディー、ンド、と。

 持ち替えたアラブ太鼓ダラブカも自然とファンキーなギターのカッティングを
転写させたものになり。二曲目に至っては完全なベースと太鼓のソロ。

 一部が終わって「なにやらむちゃむちゃファンキーやったね!」と言えば、
「本番直前JB亡くなったけん」と。

「JBが亡くなったから、一部で追悼演奏しましょう」という打ち合わせが全く無い。
「金庫番」がひたすらJBを弾けばそれにシタール、ヴァイオリン、パーカッションが乗っかる。

 思いがけず、演奏されたのは有名曲「Sex Machine」と「Hot Pants」でした。

 恥ずかしながらこの私。Sex MachineのイントロのJBの口上のモノマネを得意としていた青春時代があって。

  懐かしい!!!

 この日、日本全国5000のライブスポットの多くでJB追悼演奏が奏でられたことでありましょう。
シタールでの演奏は西小倉:Kate-Musicが唯一だったかも。

 後半の二部の一曲目は、マイミクさんからもリクエトがあった「サマータイム」
そして弾き納めの思いもあって、CD収録曲を。
「テーマ曲:Maghreb-Wind」と「Ber-Ber 」間に「Besa me Mucho」を挟んで。

 シタールソロから、ひとしきりソロを回して。
不思議にベースはビートを刻まず。なんとも言えない低いムードが立ちこめる。
ベース、ヴァイオリン、パーカッションと僕のシタールの音が、どれもが出ず籠らず織りなす時間でした。
  ベースとヴァイオリンが僕の次の音を揃って待った瞬間。これ以上のタメは無い!というほど引っ張って。僕のシタールは「サマータイム」のテーマを弾き始めました。

 音を出せば出す程どんどん緊張感が高まるシビヤな「サマータイム」
 にも関わらず、エンディングのリフレインは極めて優しく。音で空気を撫でる様な。
 原曲の持つ優しい「子守唄」の意思がメンバー全員に伝わります。

 テーマ曲を弾き始めると、おもむろにケイト・ミュージック主宰者ピアニストの秋元さんがピアノに向う。
 初めての共演です。    

  先日拝見した、お友達のブログでの猫さんがビーズの入った箱を棚から落としてまき散らした写真を思い出しました。大きなお盆の上にビーズをちりばめた様なピアノに喜びながらシタールとヴァイオリンの音がそれを紡いで行く感じ。

  「ベルベル」ではお客さんにパーカッションを配って、いつもの盛り上がり。

  またまた、伝説を1ページ増やしたライブでした。

 演奏後、お客さんのお見送りをしてから店内に戻ると、
なんとそこにはバースデーケーキと大好物のカツオのタタキ。 僕の誕生日をみんなで祝ってくれたのです。

 この季節にカツオのタタキを用意してくれたのは、日記の「季節の食べ物を食べたり無いと....」を読んでくれたTさんの心尽くし。
 すてきな焼き物の上に載せられているなぁ、と思えば、なんとそのお皿もプレゼント!!
 誠山窯 岡本さんの作。重からず軽からず。柔らかさと勇ましさのある素敵なお皿でした。

 頼もしい信じれる音を出してくれるメンバー。温かく迎え、ちから強く応援してくれる
お店。スタッフさんに囲まれて。

 去年より遥かに温かな小倉を後にしました。

ありがとうございます。  来年も宜しくお願いします。

 12月26日(火)  祖原で06忘年会LIVE
     12月26日(火)、福岡市中心部の西、
 西新・祖原のアイリッシュなカフェバーCafe楽屋さんでの民族音楽センター福岡の「忘年会LIVE」。楽しく行われました。

 「若林忠宏トーク&ライブ」飲み会ライブ 忘年会SPECIAL  Life & Music in Fukuoka

 毎月、最後の火曜日に行っています。トーク&ライブ
の2006ラストLIVEは 「アラブ音楽特集」

 若林忠宏の歌とウード、篠原君のダラブカ、相川君の枠太鼓ベンディール、田部君の枠太鼓ダフ。お客さんで来てくれた簾君のダラブカ。後半駆けつけてくれた梨果ちゃんのダラブカも良かった!

 ほぼ満席の熱い会場には、ご家族の入院でなかなか来れなかったとおっしゃる当ライブの常連さん。若林のライブには努めて応援に駆けつけてくれました福岡音楽シーンの重要人物。マイミクでもあるコズとしさん。そしてなんと初お目見えのマイミクさんアミーゴさんがお母さんと。

 ありがとうございました。

 来年の西新・祖原:Cafe楽屋「飲み会ライブ」は
1月30日(火) インド音楽の予定です。

 宜しくお願いします。


 
 

 
 

 
   
   
 
   
   
 
   
   
 
   
   
 
   
   
 
   
   
 
   
   


 Music & Life  

 
 
 
 
 
 

 12月11日(月) 冬ですが サマータイム
   2006年12月11日00:21 冬ですが、サマータイム

 マイミクYさんからの質問メッセージ「サマータイムの歌詞の意味は?」
に思いがけず早くお答えする機会が訪れました。

 今日、訪問者さんを何気にお返し訪問していましたら
若林のオフィシャル・ホーム・ページにお便りを下さった方がいらっしゃいました。
初め、同一人物とは結びついて理解していなかったのです。
マイミク登録に来てくれたメッセージを読んで「あっ! あの?!!」

 卒中で入院中の母に音楽を聞かせた話し。
朦朧とする中半ば無理無理にイヤフォンでドュビッシーと僕のインド音楽を。
それが効果かどうかは分かりませんが、奇跡の退院。
言語中枢が壊滅的ダメージを受けていたのに、言葉もちゃんと喋れて。
人一倍小うるさい母がそのまま甦りました。

 その話しを僕の著書「世界の師匠は十人十色」(ヤマハ・ミュージック・メディア)で読んでくれた佐賀の方がお便りをくれました。
 入院中のお父さんに、ご家族四人で毎週音楽を自作して届けてらっしゃると。
若林のホーム・ページに「枕元への出前音楽」を、ご本人のご了解を得て掲載させて頂きました。
  http://www.musiqageet.com/2diary/diary-page/diary-aug06.htm#saga

 それから半年。
今日、偶然にmixiで再会したのです。

 お父様は逝ってしまわれたそうです。

 二通目のメッセージにびっくりしまたした。
「枕元楽団」のメンバー、娘さん、息子さんと僕の偶然とは思えない繋がり。

 娘さんはジャズベーシスト間村清君の奥さんに音楽を習っているのですと!

 間村清君は夏の中洲River-Sideで僕のシタールと一対一で共演した素敵なミュージシャンです。

 共演の日はたまたま娘さんの誕生日。せっかくの誕生日に「パパはお仕事」
でも奥さんがお嬢さんをRiver-Sideに連れて来てくれて。
僕はお弟子さんにこっそり走ってもらってケーキを買って。
演奏後にみんなで誕生会をしました。

 リハーサルを聞いてくれたお友達が絶賛してくれたので、生まれて初めてでしたが
頑張って共演(原調はシタールでは大変でした)したのが
「サマータイム」

 JAZZの名曲でしたし、時は夏真っ盛り。その程度の「ちょうど良いですね」
それが、帰宅後改めて歌詞の意味を調べたら、とっても素敵な子守唄だったのです。

 http://www.musiqageet.com/2diary/diary-page/diary-aug06.htm#mamurakun

「枕元音楽」を共有した佐賀の音楽一家は、「夏の子守唄」と「誕生会」
を共有したJAZZMANとも繋がっていたのです。

 そして息子さんは大橋芸工大。
この11月の学園祭で、僕が演奏した後のメインイベント「火祭り」
で太鼓を叩いたそうです。

 「偶然ではなく必然」
 マイミクさんが教えてくれた言葉「約束の邂逅」

 今も音楽を続けている原動力「枕元音楽」
 この夏にちょっと吹っ切れたきっかけの曲
「サマータイム」

 足が冷えたり、乾燥で痒かったり。疲れ過ぎだったりで寝られない方。
サマータイムの温かな歌詞とゆったりとしたメロディーを思い浮かべながら
どうぞ、健やかにお眠り下さい。 

   
 
   
   
 12月11日(月) やっぱりN機長
   12月11日(月)は、朝から幸せな日でした。
嬉しいメールを貰って、意気揚々と羽田に行けば、なにやらワクワクの予感。
「胸騒ぎ」という言葉は悪い意味でしか使わないのでしょうか?
スカイマークの搭乗カウンターを過ぎると、突然不思議な感覚に襲われました。
操縦席に目をやると、その日に限って機長さんがふっとこちらを見られました。
お互いガラス窓で仕切られています。 あちらは世界一頑強な。廊下の小窓の私の気配や、目線を感じる筈もなく。

 搭乗して直ぐにチーフ・アテンダントさんに伺えば、
やっぱりN機長でした。 

 高所恐怖症の私は、訓練の賜物の暗示に掛けて必ず熟睡。
にも関わらずの着陸時「あっ! 誰? この着陸!」
国内海外体験した事のないランディング。
それが出会でした。
 その後も何回か。居眠りしながらの着陸で「あっ!N機長だ」
優しい低音のアナウンスを朦朧と聞いても「あっ!今日も」

 お顔を拝見するのは初めてでした。
 優しい笑顔。ちょっと可愛らしい目元でした。

 
 久しぶりにお友達が空港に迎えに来てくれたのも、不思議な一日のプレゼント。
市内に直行して、偶数月のお約束の大将のお店に。
 午後は、なんともう一件。日本料理のお店に、二度目の訪問。
そして夜は、ご招待を頂いてフレンチ。 この先数年、再び有るかどうかの贅沢な一日。
 料理も人柄も、なにより生き様が大好きな大将。

 何時かN機長を大将のお店に御連れしたい。 大将にも会わせたい。
 出来れば大将にN機長のランディングを体感して貰いたい。
 
 突拍子も無い夢だけど。



 12月11日(月) グルメな一日で得た確信。
   それは音楽に通ずる事ばかりだった。
そしてこれからの自分の取るべき道を強く示唆していた。

 本当の本物は常に先々に目標と答えを持っていなくてはならない。
 本当の本物は受け手に答えや責任を委ねてはいけない。
 本当の本物は自らの意識、生き様を常に凛とさせていなくてはならない。

12月11日 朝昼晩と最高のお食事を頂いた。

本物である事と売れる事。
その厳しさと、孤独さ。 技と心。 ブレない信念と勘違い。
通じない本質。騙し。 低下する審美感。危なげな感性。
たくさんの事がいっぺんに理解された。

豪華な食事も贅沢ではなかったと。
胃も財布も納得。もちろん心も。でも。悲しさ、危機感も。

受け手の下のレベルを狙う、三流については語るに及ばず。
問題は、一流と二流の境目。本物の中の様々な段階。
受け手に媚びるは問題外だが、受け手に委ねる微妙な技。

お昼のお店。好きなお店。大将の人柄も素晴らしい。
穴子の白焼きは上品で、胡麻サバは香り高く。鯛茶漬けは心温たまる。
国東のマクロビオティック料理に通じる感動が在った。

ただ、どうなんだろう。
技に固執する訳でもなく。衒いも嫌味も全く無い。
素材に対する謙虚な姿勢。 厳しく磨いた技で引き出す素材の力。
でも、心が見えない。思想が見えない。 生き様が感じられない。
人は素敵で興味深いのに、料理にそれが見えて来ない。

遅い朝を頂いた。お刺身、あん肝、からすみ。
下仁田葱と牡蠣の揚げ物には感動を通り越し涙が出そう。
極めつけは「博多雑煮」。正確には博多雑煮のおだしで炊いたあま鯛、おもち。
一口一口世界が変わり、胃に届く前に体に消える。
おだしの最後の一口に大将の気骨が溢れていた。
始めて伺った時にそれは分かった。グルメでもなんでもないこの私に。

ただ、どうなんだろう。
鯛茶漬けを優しい味、美味しいと思う人はたくさん居ると思う。
が、その人達の中に、あの博多雑煮の深さが分かる人は何人居るのだろうか?

 ファストフードに慣れた味覚か、辛いもの、しょっぱいものに麻痺した味覚だと分かり難い。確かにそれもある。
でも、最も大切な事。 そして最も危惧すべき事は、味覚の問題ではない。
 ある意味「思想的」「哲学的」な問題。 与えられるという図式を疑う意識。
消費者意識の囲いの中から出て、本物志向を共有する意識。
 「美味しければ良いじゃない」「美味しいと感じるなら良いじゃない」
そこからあの「博多雑煮」の凄さが分かるのだろうか、と危惧する。

 それは「楽しければ良いじゃない」と言う音楽の風潮に悩まされる私の心情が、過敏な反応を見せている事は白状する。が、もしかしたら、あらゆる芸術に通じて言えることなのかもしれない。

 芸術はサービス産業であって良いのか?  
 料理は芸術であるべきか。あってはならないのか?  というテーマである。
 このテーマに対して「博多雑煮」の大将の料理は、素敵な答えをくれる。
  答えはやっぱり「心」 であった。

「博多雑煮」の大将の料理には「顔」が在る。
「生き様」があり「思想」がある。
一代限りかもしれないが歴史に残る存在感がある。
私が個人的に崇拝するからでは無い。
一口一口世界が変わり、胃に届く前に体に消える。
最後の一口に気骨を見る。土の香りがする命が有る。
これは動かし難い事実。

鯛茶漬けの素晴らしさは「素直さ」「実直さ」
しかし、穿って考えればズルさでもある。
磨かれた技は、選び抜かれた素材の素晴らしさを受け手に直接届ける。
料理人とその技は、言わば「繋ぎ人」「紹介者」
今の世の中で最も持て囃されている職業。
サービス産業。IT産業。形の無い「知財立国」
形も無ければ、顔も無い。顔が無ければ心も無い。その人である意味が無い。

「繋ぎ人」「紹介者」聞こえは良いが
「受け手」に全ての責任を負わしている。
「生きるカタログ」の様なもの。否、心が無いなら「動くカタログ」に過ぎない。

本物であっても、一流であっても。受け手を教育する位の意識がなくては。
うんちく言うとか、頑固だとか、ぶっきらぼうとかではなくて。
「うん? この味?」
凄い! 美味しい! ばかりではなく。 「分からない」
「薄味としか感じない」「この前と違う」それは何故?
自分の体調? その日の温度? 湿度? 
そんなところから始まって。
だんだんと見えて来る作り手の思想。心。そして生き様。
自然に気付く。学んで行く。これが「お客への啓蒙」

もちろん受け手にその意識があっての事。
「分からん奴には言っても無駄」分かる気も無いかもしれぬ。

喫茶店でも、スナックでも。繁華街のバーでさえも。
生き様が素敵なマスターやママさん。 そんなお店が少なくなった。
実は有ってもお客が駄目。
楽しい、愉快、くつろげる。そんなレベルじゃ育たない。
憂さ晴らし、癒しじゃ学べない。知識、情報、うんちく、じゃ意味がない。
生き様感じる気概が無い。それ以前にあらわにすべき生き様が無い。

生き様が素敵なマスターやママさんが、ぽろっと本音を語ってくれる。
その時そこがほんとの止まり木。羽根を休めて元気になれる。
その時感じるほんとの色気。人間としての艶、瑞々しさ。

ほんとは何処かで感じていても、そこから先に踏み込まない。
本音を出す程勇気が無い。出せる程の本音が無い。
そのまんまで良いだろうに。自信が無いし、カッコが悪い。
酔って乱れて、甘えてみたり。つまらぬ会話に笑ってみたり。
その方がどれだけカッコが悪いか。

「鯛茶漬け」の大将が、「博多雑煮」の大将を
「敵わない」「追いつけない」と言ったと聞いた。
だから好きになったのかもしれない。その謙虚さ。

玄人が認める本物の味。
でもとっても優しいと感じるのは
「俺は何時でもここに居るよ!」そんな存在感。
そんな安心感なのかもしれない。
試行錯誤であれこれバタバタ。あちこちあくせく働いて。
それでもブレずと頑張って。少しは成長出来たか?と。
暖簾をくぐって確かめられる。

導いてくれる優しさ。
頑張りを見取ってくれる優しさ。
似たものにこだわり、似たものを大切にする。
それで良いよ、合ってるよ! そんな笑顔が心に染みる。
怖いけれど励まされる。

孤高の優しさ。 本物の魅力。

 

 

 12月15日(金) 雲南からの誘い
   2006年12月15日00:53 中国・雲南からの誘い。
【雲南(うんなん)】

 中国南西部の山間の地方。
文化圏としてはビルマ東北部、ラオス北西部にまたがる。
タイ北部文化圏とも関係が深く、タイ族、ラオ族、の他、ミャオ族、アカ族、ラーフー族など多数の民族が住み、 山岳地帯には未だに焼き畑農業で移住生活をする人も居る。
かと思うと雲南省の省都「昆明」などの写真を見るとびっくりする程の大都会。

 まだ行ってない。「行きたい場所」のひとつ。 でも数年前から何故か縁がある。

★ 5,6年前、鎌倉の中国茶のお店の社長にたいへんお世話になった。
その繋がりは京都、静岡、大分、福岡に広がり、今年も演奏の機会を幾つも頂いた。
今週末に伺う豊後高田の演奏会もその「お茶仲間」さんの主催。

 同じ頃、雲南民族音楽を研究する東京の若者と出会った。

 彼は帰国の度に吉祥寺を尋ねてくれて、現地の音楽家が来日する度に連れて来た。
昨年は僕と現地演奏家の共演の機会もセッティングしてくれた。

 いまだに出版のチャンスを得られずにいる「三味線BOOK」
日本の伝統音楽の各種三味線音楽と、ルーツ楽器を大陸&シルクロードに探求した一冊。
インドシナ〜雲南地方の三味線属にはとりわけ深い関心があった。

 先週。雲南から四本の三味線が届いた。
本当は数ヶ月前に届いていたが、楽器の引っ越し最中だったので、 鎌倉に預かってもらっていたのだ。

 今迄にも民芸品調の雲南楽器をコレクションしていたが、 今回の楽器はハードケースまで付いているプロ使用の逸品達。

 

★ 私が、世界中の民族音楽に携わる事になった理由。

「民族音楽を分かる為には世界を見渡す必要があるから」

これは多分に意識したもの。  当初は「大義名分」的であったことは否めない。

「どれもこれも好きだから」

これもちょっと違う。インドから西へ隣へ隣へと勉強を進めて行ったが、 正直「ピンと来ない」音楽もあった。 

 後から好きになった音楽もあれば、 未だにさほど好きではない音楽もある。

 民族音楽世界探訪の最大の原動力は「出逢い」

 人との出逢い。音楽との出逢い。

 何故か「あれっ?」と気になった音楽の関係の
人との出逢い。楽器との出逢い。音楽との出会が連続する事がとても多かった。
「導かれている」「誘われている」としか言いようがない程。

 不思議な事に、ある程度進むとパッタリその流れが止まる時がある。 そんな時は無理に進もうとしても駄目。

楽器や資料は形に残るから、次に道が開かれる迄キープして置ける。
人間関係はキープ出来ないものもあるが、所詮はその程度のご縁だった、という事になる。
 僅かなツテを無理しても、いずれは壁に当たる事が多い。
期が熟していない、と言う事と理解する。

 せっかちが良くもまあ「期を待つ」事が出来る様になったものだと感心するが、
 世界中を相手にしていれば、東が止まっても西から誘われたり、催促されたりで、結局は休む暇が無い。

★ 止まっていた流れは、忘れた頃に一気に流れ出すことが多い。
雲南からの誘いもそんな感じである。

 雲南の四種の三味線は、僕のリクエスト通り、弦を外して送られて来た。 お陰で皮は無傷。

 おもしろい事に、雲南三味線が届いた日に、楽器図鑑の話しが進展した。

 それから数日。楽器図鑑の雲南の章を書く迄、届いた状態で収納しようと思いながらも。
「ようこそ吉祥寺へ!」の気持で弦を張った。

 するとmixiの日記に思いがけない所からコメントが来た。
 
 温かなコメントにお礼方々御尋ねしたら、遥か後輩さんだった。
自分の出身校を探索している時に「荻窪小学校で宮前中学」のコミュニティーに書き置きをしていたからであろう。

 宮前中学で僕と同じく「合唱部」のその方は、卒業後も杉並混声合唱団に所属。
 母に次いで僕の民族音楽を応援してくれた恩師、小林先生の名前も出て嬉しく懐かしかった。
 
 小林先生の話しは「世界の師匠は十人十色」(ヤマハ・ミュージック・メディア)にも書かせて頂いた。

 その方のページを尋ねて日記を拝見した。
とっても元気な感じの日記ばかりだった。

 在る日の日記に、雲南とJICAの文字を見つけた。
JICAと言えば、先月末から始まった、僕の「民族音楽コンサートシリーズ」でお世話になる、海外青年協力隊である。

 あらためてプロフィールを拝見すると、写真は雲南の山であった。 

 荻小〜宮中〜雲南〜JICA この人との出逢いは何を意味するのだろう。

 そう思いながら日記を拝見していたら、雲南を語った一文に少し驚かされた。

 ぶしつけと思いながらも、元気な文体に励まされながらお便りをした。
お返事には、 悲しい出来事によって生き方が変わり、そのお陰で私の日記にも感銘を受けられる様になったとあって、大変恐縮した。

 写真はその方から弟さんを奪った山であった。

 

★ 雲南三味線を運んでくれた福井さんは、今も雲南に留学している。
 数年前には「森の音」「河の音」「昆虫の鳴き声」の録音をお願いした。
「雲南何でもサービス」をされている訳でもなんでもない。
ご無理を言ってお願いしたのである。三味線もしかり。

「昆虫の鳴き声」の録音では、何年も雲南に居るが、思いがけない場所で、思いがけない交流を得るきっかけと成って楽しかった。と言って頂いた。

雲南を通じて出会った人々は、
 雲南ののんびりとした音楽が聞こえて来そうな、心優しい方ばかりである。
 
 きっと自分も何時か誘われることだろう。

 12月16日と17日の国東半島の付け根、豊後高田の山の料理屋さん。 17日は耶馬渓の山でも演奏する。
国東の企画は、きっと福井さんとも繋がっている中津の料理研究家さん。

インド音楽、アラブ音楽,アフガン音楽と企画してもらったが、
12月は奇しくも「インドシナ音楽」
 
 その景観が雲南の田舎に似ている、と言ったらこじつけ過ぎだが。
 雲南三味線を一本持って行き、奏でたいと思って居る。

★ 後輩さん。ご校正お返事ありがとうございました。
何時か、雲南の民謡を歌って下さい。 その時は伴奏させて下さい。