diary 2006 February
2006年2月は、中旬にちょっと厳しい事が集中しましたが、全体では例年にない充実の演奏活動の月でした。新たな仕事のお話も続出し、後半には九州国立博物館デヴュー演奏も果たしました。
| 2月8日(水) 九州、名古屋&東京 | |
【民族音楽センター名古屋設立へ】 |
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そう言えば、若林と九州のつながりには意外にアフリカ音楽も関係しています。
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| 2月14日(火) 色々勉強 | |
2月14日は、福岡でお友達からバレンタインの贈り物を沢山頂いてしまって、大変恐縮の一日でした。 |
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2月16日(木) 孤軍奮闘 |
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2月15日、福岡から東京に移動すれば、福岡は大雨だったそうで、東京もどんよりとした天気が続きます。16日からは寒さも戻って治りかけの風邪もぶり返し、ちょっと厳しい日々です。 「良く言った!良くやった!」と言っておき乍ら、提起された問題に取り組む姿もみせぬまま、いつの間にか一人減り二人減り。彼から見ればそんな連中も「やっぱり楽しさだけを追求し、文化を消費している奢れる日本人」。彼のメール攻勢は、しばらくはそんな日本人批判に矛先が変わっていましたが、さすがに異郷の地で孤軍奮闘、次第にそのトーンも大きく下がり、久しぶりに来たメールでは寂しさがひしひしと伝わって来ました。 |
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【楽しさと頑張りと我慢】 |
| 2月17日(金) 寒いけどハワイ | |
17日小学校から戻ってファックスを見て、一旦自宅に戻って原稿書きをして、夜のアラブ音楽教室の前に嬉しいミーティングがありました。 |
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| 2月18日(土) 誉め上手と誉められ上手 | |
東京で最近良くお会いするのが時事画報の記者さんと吉本興業の西本さん。 |
日本のアフリカ音楽ファンの原点はインド音楽? |
| ライブ・演奏会、レクチャー・コンサート、ワーク・ショップの違い | |
| 「ライブや演奏会」では「音楽の楽しみ」を伝えることが唯一の目的です。 「 レクチャー・コンサート」はむしろ文化、風土、習慣と音楽との関わり。音楽的好みの違い、感性の違いを楽しく、面白く伝える。「ワーク・ショップ」では、楽器の特性とその操作法を軸に、現地でそれをどの様に駆使して音楽的し好性に対応させているか?を紹介します。楽器好きな人、演奏を志す人には「惜しげも無い高いレベルの内容」と御誉め頂きます。 「レッスン」は一番難しいスタイルです。人によって意識が異なる上に、同じ人が理解度、修得度、自信の大きさの変化によって意識が変わるからです。ぎりぎりの区別で「趣味で楽しむ生徒さん」「伝統芸能の継承者を目指すお弟子さん」の二種類に分けていますが、それとて全く曖昧で不備です。 私が称している「生徒さん」に対しては「楽しみ乍らワーク・ショップを継続して行く」感じを心がけていますが、「お弟子さん」には「自分が楽しんでどうすんの?」的なニュアンスになりがちです。でも「生徒さん」も「お弟子さん」も入門時は似た様なものです。何処で区別するかの線引きは1979年の教室開講以来の難題です。 「ライブや演奏会」「レクチャー・コンサート」「ワーク・ショップ」「レッスン」 とでは「意識」「テーマ」「スタイル」が異なる、という私の解釈は、誰もが同じ様に考えているのだろう、とずっと思って来ましたが、どうも違う様です。 【ライブや演奏会は楽しむべき】 私は「ライブや演奏会」の後で自分の演奏の出来不出来をくよくよしている輩は許せません。演奏中でさえ「上手に弾こう」なんて意識でやられたら一緒に音楽をやっていてもシラケる。なんだか嫌なオーラが伝わって来て「何様?」って言いたく成る。「楽しんでいない姿」は、音楽や楽器や伝統や時間に対しての思い上がりに思います。 今迄やって来たことを、自分の感性を素直に解放して、その場とお客さんの力を存分に貰ってとにかく楽しく楽しくを心がける。そこで若干雑になろうが構わないじゃないか!の意識です。それ以外全く何もない。みじんも混じり気が有ってはならない。 ところが「くよくよ」するタイプの人は「若林さんはノリでいい加減に演奏し過ぎる」「リハーサルで決めたことをやってくれないと困る」と文句を言います。 【レクチャー・コンサートは文化を学べ!】 「 レクチャー・コンサート」も面白可笑しく、楽しく楽しく行います。ただ、テーマは「文化的背景と音楽の関わり方」なので、話しが多く成ります。 学んで来たこと、見て来たことが話せて自分も楽しいので「ライブや演奏会」ではぴったり時間通りに終わる長年の「腹時計」も「レクチャー・コンサート」 では狂ってしまい時間が足りなくなることもしばしば。それほど「ノリノリ」です。 ところが受講者さんもノッていた様に見えていたのに「もっと演奏が聞きたかった」のアンケートがあると、それがたった一枚でもかなりガッカリ来ます。 「それを望むならレクチャー・コンサートじゃなくて演奏会!」場所と目的をまちがえている。恐らく民族音楽の背景には端から興味が無いんでしょう。 こんなギャップはこの30年延々と痛感して来ました。 でも2005年の7月末の福岡でのワーク・ショップは最高に充実しました。 主宰のワンナイン・サウンド・プロデュースさんが良い受講者さんを抱えているということも有ったり、芸工大の院生やアカデミックな興味の人、自らが演奏家という人も多く、初めて、ということもあってレクチャー・コンサートに偏ったワーク・ショップでしたが、大変好評でした。今年2月のアラブ音楽レクチャー・コンサートも満場のノリノリでした。 本文に戻る |
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| 「知った」と「分かった」の違い | |
| 「情報を得る」ということは「知った」のレベルですが、「情報を得る前に考える努力をしたもの」は「分かった」のレベルに至ります。 例えば、インド音楽の太鼓タブラは手のひらにタルカム・パウダー(日本ではシッカロールの商品名で知られます)を若干付けて滑りを良くし、手の汗の湿気から太鼓を守りますが、初めてNHK-TVで見た時、中学の同級生の相棒と「おい!なんか手に粉をつけたゾ!なんだ?」と色々考えて「野球のロージンパウダーじゃないか?」いや「石灰かも?」と色々試してみて「まさかな!」と思いながら、赤ん坊専用と決めつけていたシッカロールにたどり着きました。ロージンパウダーが松脂であり、むしろ太鼓を叩く指の動きを止めてしまうことも学び、石灰が湿気を保ち過ぎることを学び、タルカムパウダーもどのメーカーが太鼓に良いかを学びました。そしてその量も分かりました。 が、先生から正解の情報を得てしまえば、そんな無駄な経験は要らなかったと思います。でもそんな無駄が音の幅、深みにつながるのだと思います。 本文に戻る |
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| 詰め込み教育じゃ「分からない」 | |
私が中学二年生迄、勉強がつまらなかった原因は、単に「情報」を詰め込んで暗記させられる授業スタイルへの反発だったと思います。 今でも大嫌いなのが「 イイクニツクロウ鎌倉幕府」的な暗記術。 意味の無い電話番号ならいざ知らず。歴史なのに。 「鎌倉幕府」の成立を学ばせたいなら、次の様なストーリーを語って欲しい。 「11世紀に院政が始まるが政情は安定せず、12世紀中頃の保元、平治の乱によって1167年に平家の時代となるが18年目にして屋島、壇ノ浦の戦いで滅びる。 それから一時藤原氏の盛り返しもありながら7年後に鎌倉幕府が興る」とストーリー仕立てで理解させて欲しい。 さらに「院政」「保元」「平治」の言葉の意味。屋島、壇ノ浦の地理まで学べたらより面白い。加えて「この様にして武家の勢力が増したことで、宮中、貴族の音楽文化に武家の感性が加わった」とか、「奇しくも同じ頃アラブ・イスラム帝国でも予言者の後継者カリーフ主導の時代から武人のセルジュークトルコの時代となり、鎌倉幕府の「征夷大将軍」と似た「スルタン制」が実権を握る様になり、西アジア音楽でも武家の感性が加わって変化して行った。」「西アジアの場合も日本の場合も,宮廷内部の継承問題に武人を用いたがその結果武勲を授けなくてはならず、武人の財力、発言力を増すこととなり、大きな時代の流れを作った」などとすればどれほど面白いことか、国際理解的な面白さで日本も外国も理解出来る。その上日本史も世界史も音楽史も民族音楽学も同時進行です。 そしてテストは「鎌倉幕府は何年?」ではなくて「何時頃?」の問題にして「12世紀末」で正解にして欲しい。 「そんなストーリーには興味が無い」という学生は歴史の成績は諦めるべき。それを暗記術で成績取るもんだから日本の文化が細ってしまった。だからワーク・ショップで「早く演奏聞かせろ!」なんて輩や、レッスンで練習しようという輩が現れる。ストーリー式だったら歴史に興味を持ったかもしれない学生も居た筈。その中から日本の伝統芸能の素晴らしい後継者が生まれたかもしれない。 興味の無い奴が成績を取って良い(? )学校に進む。 次世代の子ども達は、そんな面白みのないエリート教師から学ぶことになる。 そんな意味では音楽の現場でも「情報」と体育会系的な手先の動きの訓練に執着する人が多過ぎる。そんな人を「物知り」「器用」と言う勘違いにほとんどの人が気付いていない。 本文に戻る |
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| W大学演劇部風 | |
| これは若林の独断と偏見のイメージですが、「W大学演劇部風」とは、エリート大学であり乍ら、どこか苦学生っぽい人が多く、ライバルK大学の様なお洒落で遊び上手の雰囲気と逆のW大学に有り乍ら、最も頑固で泥臭い雰囲気を持っているのが演劇部。そんなイメージです。 取材記者さんは卒業してから数十年経っているのでしょうが、当時の仲間はまだアングラ演劇をやっているそうです。 本文に戻る |