diary 2007 Feb

 音楽活動のご報告
 猫さん達との日々
 
 Music & Life
  考えたこと 2月〜


 音楽活動のご報告

 
 
 
 
 
 
 
 2月1日(木)   高円寺のシルクロード音楽定期ライブ
 




  2月1日(木)は「若林忠宏シルクロード音楽の旅」高円寺:BolBolの旗揚げLIVE、記念すべき第一回目でした。

 BolBolは、ベリーダンスのLIVEでも知られるイラン料理のお店。
 先日の広尾:Cafe-Frontierから引き続いて来てくれた方、お店の常連さん、若林が吉祥寺でやっていた民族音楽ライブスポット羅宇屋(1978〜99)のお客さん数人、民族音楽センター名古屋準備室の頼もしいスタッフTOKIO君とその東京のお仲間、が集まってくれて。 パーカッションの竹内久美子さん、谷本祥子さんの太鼓伴奏も得て、久々に若林忠宏のアフガン民謡。トルコ民謡が東京で響きました。

 連日のライブ、福岡からの帰京の日ということもあって、スタッフ対応が計れず、
PAや楽器の準備が充分でなかったことが反省点ですが、今回もみなさんに喜んで貰えました。

 お店の料理をゆっくり味わって貰うため、開場から開演までに間があります。
その時間にお客さんとゆっくり話しが出来たのも嬉しいひとときでした。

 超忙しいお仕事にも関わらず、先日の広尾:Cafe-Frontierに続いて来てくれたのが羅宇屋のファンでもあったと言うお客さん。 嬉しくお話しておりましたら、なんとなんと!またしても。福岡県南部の出身と判明。
 先日の吉祥寺Bloomoonの新年会ライブで、ここ五年のお仕事仲間さんが福岡県出身と知ってびっくりに続いて。

   「九州人は若林さんに惹かれるんですよ」と嬉しい事を言ってくれました。
 
 ともすれば一過性の御つき合いになりがちの東京のお仕事。
仕事抜きでつき合ってくれる方々の出身を聞いたら「九州」ということが多い不思議な繋がりです。

 お店のイラン人マスターに気に入ってもらって始まったライブ。奥さんとの温かいもてなしにお客さんも大満足。珍しいイラン料理に加えて、やっぱりパスタが美味い。
僕的には日本で一番美味しいと思っています。

 偶数月の最初の木曜が一応の定期ライブです。
4月5日(木)の第二回も宜しくお願いします。

 2月2日(金)  青葉国際交流ラウンジコンサート
 



  2月2日(金)は横浜青葉区、田園都市線田奈駅に隣接する青葉区区民交流センターで行われた「青葉国際交流ラウンジコンサート」「若林忠宏インド音楽コンサート」でした。
 青葉国際交流ラウンジコンサートには、二年前に「アラブの風と音楽」と題してアラブ音楽楽団のコンサートを行って貰いましたが、第二弾は「若林さんの一番長く演っているインド音楽を」のリクエストを頂いて弦楽器シタール、歌、太鼓タブラ。相棒の尾澤理美さんには今回もギターとタブラを。

 この数回各地で好評の、一部で洋楽をシタールとギターで演奏。二部で純古典音楽をじっくりのスタイル。
 「頑固なトラッド奏者の若林にらしからぬ」と言うご意見も在りそうですが、逆に古典音楽が18世紀のラクナウスタイルと超渋め。
  一部で親しんでもらうからこそ披露出来る真骨頂です。言わば一部で「シタールを聴いてもらう、知って貰う」
 二部で「若林忠宏のインド音楽を分かって貰う」という今迄では数回通ってもらってもどっち着かずだったことを一日で達成してしまうという欲張りです。

 一部の在りものの曲も、「Green-Sleaves」の変奏はRaga:Ghara
「太陽がいっぱい」ではRaga:Madhwantiなどのインド音楽旋法を用いるこだわりを見せています。

 

   二年前のアラブ音楽LIVE(2004年10月31日)の話しは、 このホーム・ページの

 http://www.musiqageet.com/2diary/diary-05/diary-september.htm

 にありますが、 とても温かなお客さんに囲まれてノリノリの演奏。我ながら記念すべき名演奏でした。

 青葉国際交流ラウンジはスタッフの皆さんが温かく、国際理解の関心が高いので、今回も疑う事なくノリノリが期待されました。
 そして期待通りに。楽しい演奏会となり。

 「質問タイム」なのに「アンコール!」となったり。
「ではまた二年後に違う地域の民族音楽を」とご挨拶すれば、 「いいや毎年!」の声が上がったり。

 お客さんも私たちも立ち去り難い雰囲気の中、横浜内陸部の長閑な町を後にしました。

 田奈駅のホームから見る景色は、なんとなく福岡の自宅から見る景色にも似て、
陽の沈む方角に山が見えると心が和みました。


 2月4日(日)  福岡のCafe:le union定期ライブ
      引っ越し荷物が玄関に溢れているまま、福岡へ。
 あっと言う間に一年半以上も経った、南区のワンルーム。
 教室までの僅かな時間。山が見える大きな窓からは温かい陽射しが一杯。

 のんびりTVを見ながらパスタを食べて。
 NHKの「お笑い番組」に長閑な気分になりました。
 さすがNHKと言う昔ながらのオチに微笑み、はにわ君の「息子」にちょっと涙し。
 
 夜は親不孝通りが長浜通りに抜けるちょっと手前のoriental mix cafe 「le union」
 での定期ライブ。

 

   今回は、MISRAMのベーシストBB君とのセッション。
 ギリシア弦楽器ブズーキと福岡一番弟子篠原君の太鼓でギリシア民謡を二曲。
 それからエレクトロニカ音楽とのぶっつけ共演でした。

 前半はお客さんもまばら。CUBEの荒井君の他に、アベック(言い方古いですか?カップル?)
 そしてどこぞのディレクター風のおじさん。微妙にやり難い。
 ある意味理想の演奏形態である「突然ライブ」なのですが、その時々のオーラによって
 会場を巻き込んで行ける時と、黙々と演奏した方が良い時と。

 ワンステージ終わってみたら、そのディレクター風おじさんは、わざわざ聴きに来てくれた人。しかも「会いたい」と願っていたblog友達でもある、シンガーソングライター(言い方古いですか?)の「そほと」さん。嬉しかった!!

 そほとさんのお友達も駆けつけてくれて。31日grafのイベントのお客さんも数人。
 共演バンドExplosionのメンバーや、ミュージシャン達。MISRAMドラマーの梨果ちゃんも。
 道路に面した一面のガラス張りのお陰で、通りかかって「あっ!若林さんだ」と入って来てくれたお客さん。ほぼ満席でノリノリの2ndステージ。

  le unionは、中洲River-Sideとならんで「Night Science」な素敵な空間なんですが、
打ち出し方の問題? 時期尚早? まだまだ工夫が足りないのか、理想が先行し過ぎるのか、まだまだ浸透するには時間が必要なのか?
定期ライブは、中途半端になっています。
 でも、今回のライブで「お客さんも巻き込んでみんなで演奏」の新しいスタイルが出来そうな感じです。


 2月7日(水)  高島平福祉園に再び
     2007年02月07日17:44 福祉施設での演奏

 2月7日(水)は、朝福岡を出て羽田からそのまま板橋区高島平へ。
 養護施設の「芸術鑑賞会」で「世界の民族音楽」紹介演奏です。

 「板橋区立 高島平福祉園」には昨年2月21日に呼んで頂いたのに続いて今年も。
 院長先生、スタッフの皆さんに喜んで貰えての事で、嬉しい限りです。
 園に着くと、利用者さん達が覚えていてくれて。「楽しみにしてました」と口々に言ってくれて。
 飛行機酔も吹き飛びます。(今日の飛行機は横六席の小型だったので、特に(>_<)でした)

 昨年はちょっとノセ過ぎた。の反省がありました。
院長先生に「きっと今晩寝られない子が沢山居るだろう」と言われて反省。
 金属打楽器を使わない、大き過ぎない音、などの配慮はしましたが、ノッてくるリスナーについついこちらも嬉しくなってしまって。それじゃ駄目だと反省したのです。

    今年は「柔らかさ」と「温かさ」をテーマに。
 一度演奏した場所は勝手も分って気負わず、ゆっくりと出来ました。
「世界の音楽リクエストタイム」で、手を挙げてもらって国の名前を。
 「インド!」とか「アラビヤ!」とかまるで私のお得意を知っているかのリクエストもあれば 「どんぐりの国!」というのが楽しかった。

 インドネシアの竹楽器「アンクロン」の体験合奏では、手の中の楽器が優しい自然な音色を出すのにうっとりとしてくれる人。上手と言われて嬉しそうな人。誰かが「せせらぎの音」と言ったのも良かった。先生達の演奏では「先生!出て来るの遅い!」とか「並び方が悪い!」とかみんなで大笑い。
 
 前回もそうでしたが、忙しい中駆けつけてくれた保護者さん達の笑顔が嬉しかったです。

 5日の晩に引いた喉風邪も、6日の良いお酒(ってビール専門ですが)とお弟子さんから貰っていた「枇杷酒」のお陰で酷くならず。
 私の場合、お酒は質や量より「雰囲気」「気持」なのだなあ、とつくづく思いました。

 そして「穏やかな気持」に包まれたまま福祉園に行けたことで体感した新しいステージング・スタイル。
 去年は「音の動物園」に連れ出した感じだったかもしれませんが、今年は
「音の原っぱ」を作り出して、純真な子ども達がニコニコ遊ぶ感じが嬉しかったです。

 毎回、良い勉強になります。また来年も呼んで貰えたら嬉しいです。
 ありがとうございました。


 2月12日(月)  江東区の高齢者施設で演奏会
 









  「怒濤の13ステージ」の第一弾の今日は、江東区の城東老人福祉センター体育室で行われた 「若林忠宏インド音楽コンサート」 でした。
   江東区城東では、2005年11月22日に「生涯学習:自悠学園」の「芸術鑑賞会」でも演奏させて頂きました。今回も同じスタッフさん達の推薦でした。嬉しい事です。

  お客さんの中には、2005年の時も聴きに来てくれた方が何人か居て、スタッフさんと共に、再会を喜びながら温かい雰囲気の中で始まりました。

  今回もこの数ヶ月おなじみのトリオ。
  尾澤理美さんのギターとインド太鼓タブラ。金子まゆみさんのパーカッション。若林のシタール、タブラ、歌です。
 そう言えば、まだユニット名が無かったでした。
 同じ大学のフラメンコサークルの二人ですから、トリオ名よりも「若林忠宏&Ritmica」とか???  

 Ritmicaの二人(もう決まっとる!)が加わってからの新プログラムは
「ノルウェーの森」「グリーン・スリーブス」「サマータイム」「太陽がいっぱい」をシタール、ギター、パーカッションで。
 親しみのある曲でシタールの音色に馴れてから徐々に即興部分で「インド音楽手法」を出しながら、二部で「北インド宮廷古典音楽」の世界に誘うというものです。

 ところが今日は、急遽新曲を追加。しかも本番10分前に。
控え室で楽譜を書いて、ギター伴奏アレンジをして。

 「さくら変奏曲」です。ギターアレンジは我ながら良かった!
 冴えてる時は10分でも名曲は生まれる。

 春も近いし、高齢者さんの集いです。洋楽ばかりではなく、日本の旋律もインド音楽の旋法ラーガにあるのです、を紹介したくて。
 Ritmicaの小さな二人の小さな心臓はドキドキだったでしょうか?
 でも二人とも基本的に「O型」ですから。

 かなりにのんびり、かなりに強心臓。時にアバウト、淡々とノリが良い!
期待通り、良い感じの「日本情緒→インド風味」となりました。

 二部は結局、古典音楽一曲を40分以上も演ってしまった。 極端過ぎます。

 インド音楽の本格演奏では一曲2時間もありますが、日本での紹介演奏では20分が良いところ。お得意の「ベンガル民謡」をシタール弾き語りして、金子まゆみさんに再登場して貰って盛り上げる予定が、古典音楽で終わってしまいました。

    ところが!! 後半の盛り上がり部分で突然満場の拍手!

 インド音楽ファンの若者が集う、来日演奏家のコンサートでも1970年代以降あまりみられなかった盛り上がりです。

 凄かった。嬉しかった。

 基本的に「生涯学習」の一環ですから、質問時間を作りました。
ここでもなかなか良い質問で感動しました。
 
 終了時間をオーバーしても、お客さんは立ち去り難い感じで、楽器を見に来たり、声を掛けてくれたり。
 とっても楽しく温かな会となりました。

 ありがとうございました。

 最後にお帰りになったご婦人。
 ステージ迄寄って来てくれて「とても良かったです!」
 「今日は音楽が大好きな主人を連れて来ました」と。

 ウエスタンシャツにブーツ姿でフラット・マンドリンを弾く勇姿の遺影を拝見しました。
 ケンタッキー草原でアパラチア民謡とJAZZが融合して生まれた「ブルーグラスミュージック」のマニアさんでした。

 もうそんな時代が来てしまったのか。と感無量。
私が音楽を志した時分、ご高齢にもかかわらずJAZZドラムを叩く日本の先駆者さんの姿に感動しました。 ついでハワイアンの名手がご高齢の時代が訪れ。
 そして、今。アメリカンフォークやブルーグラスが。

 ビートルズ世代も。 
 「ポピュラー・ミュージックの世界にシタールが使われた歴史的な曲」
と紹介して「ノルウェーの森」を弾いた時、会場から二三の拍手と笑顔がありました。

 お写真を見せてくれたご婦人は「今日のサマータイム。ありがとうございました。主人も喜んでいると思います。」と言ってくれました。

 再びマンドリンを弾く希望が叶わなかった再入院の際。
自ら演奏したブルースハープ(ブルース音楽に用いるハモニカ)
で「サマータイム」を録音し病院で聞いていたというのです。

 もうこの日記では何度もお話しした事ですが。
「サマータイム」は素敵な子守唄です。

 畑も川も作物が一杯だから。ダディもマミィも側に居るから

 安心してぐっすりお休み。

 

 思い掛けず、素敵な音楽大好きさんの「枕元音楽」を演奏したのでした。

 お声かけて頂きありがとうございました。

 私の「サマータイム」というレパートリーに 
 また新たな心が重ねられました。

 福祉センターの皆さん。たくさんのお客さん。

 ありがとうございました。
 また来年 宜しくお願いします。

 p.s.演奏後に「出来立てのほかほか」のお団子を二箱も頂きました。センタースタッフさんの江戸下町の心意気に感動です。

 一口サイズに両党の若林もRitmicaの二人も止まらず。
家族にお土産に持って帰った二人が嬉しいそうでした。

ありがとうございました。

 2月15日(木)   全国の小学校の先生に
     2月15日(木) おびただしい数の先生達

  2月15日(木) 茗荷谷の筑波大付属小学校には、おびただしい数の先生達が全国から集まり、教室、廊下、校庭、中庭にひしめき合っていました。

 全国から集まった何百という小学校の先生。
 年に二回も有ると言う「研究会」で,今回のテーマは 「コミュニケイション」

「民族音楽の授業を通じてのコミュニケイション」

 の講義が私に任されました。

 音楽室には150人の先生が。

 生徒の席はとっくに満席で「授業参観」の親御さんの様に立ち見する先生がその倍。

 こりゃいかん。

 まず、机をがーっと手前に、Uの字に私を囲む様に。
 その前にの床にも座れる先生達を誘導して。

 もの凄い熱気でしたから、もはやプログラム通りにやっている場合じゃなく。

 パワー全開で。

    私を取り囲む様になってから、少し和んだ感じに成りましたが、
それでも「研究会」に遠方から来た先生方は、希薄と緊張と
 まだまだ馴染み無い民族音楽に対する興味、期待と遠慮が混じってました。

 それをがんがん打ち崩し、もの凄いスピードで。緩急自在に。
 休みもダレも無く1時間ぴったりに終わった瞬間。

 幹事の先生は満面の笑顔で
「コミュニケイションのテーマの初日の一時間目に、最適の素晴らしい講義を!
こんなたくさんの先生全員をノリノリにさせて!」と言ってくれました。

  実は、最前列には北海道からいらした先生で、ほんの数日前にマイミク登録に来てくれた方が。
 もちろんミクシーのイメージとは別人の「先生姿」
 私の著書を持ってきてらして、サインをしました。


 2月16日(金)  出雲の中学の先生に
     2月16日(金) 出雲二日目本番

 2月16日は、出雲市駅と出雲大社の中間辺りにある浜山中学校へ。
 なんと昨晩のお鮨屋さんの息子さんも浜山中学校の卒業生だと聞き、奇遇にしては重なり過ぎる。
 担当君の生まれた病院、町。育った町。出雲で出会った職人さんのご子息の母校。
 ご縁が深い。運気を感じる。不思議なタイミング! と思いました。

 9:00にホテルを出て東京から送った楽器のメンテナンスと調弦に向かい、10:30からと13:00から各90分ずつの充実した講習会を行いました。
 出雲市立の13の中学校の先生達は、日頃はCDやDVDなどで民族音楽鑑賞の授業を行ってらして、生演奏を聴く機会も民族楽器に触れる機会も少ないとのことで、たいへん期待して集まってくれました。

 午前の部は、私と民族音楽との出会いの話しから。
中学二年生の頃に在る日何気にスウィッチを入れたFMから流れてきた「インド音楽」
決して聴いて「良い音楽」と思った訳ではないけれど、知的好奇心、文化人類学的興味、恐いもの見たさ的に..........。
 後半は、アラブ弦楽器ウードと歌で「アラブ・中近東の音楽の個性」をご紹介しました。

 お昼を挟んで、第二部は、同じアジアの主力的民族音楽でありながら、対照的なインド音楽の「個性と特徴」をご紹介。アラブ太鼓の実習も少し。
 
 後半は、学校で直ぐに親しめる楽器として、インドネシア竹楽器「アンクロン」を紹介。
最後の質問コーナーでの「民族音楽の様々なジャンルや違いが分り難い」のご質問に対して。タイ、インド、太平洋、アフリカ、シルクロードの歌の一節を順不同に歌って「さてどの曲がタイ、インド、太平洋、アフリカ、シルクロードでしょう?」 というクイズ。

 これはかなりの特徴を表していて、全国様々な所で高確立で正解が出ます。
同時に意外な誤解やイメージも見つかります。生活風土による答えの違いもあります。

 

 たいへんおもしろかったのが、「シルクロードと太平洋」が逆の印象だったこと。
一方は「海が無く、過酷な自然、乾燥地帯」。もう一方は「真逆」
 私の経験則「日本のカリブ海音楽の担い手の多くは、長野、山梨など海の無い県の人」とも共通する逆説的な音楽性を「素直に感じてしまった」結果でした。

 終わる頃になって、打ち解けたり、質問が飛び交ったり。
 出雲の先生達は、みなさん純朴で明るく。歴史の町ならではの落ち着きも伝わり。
 何よりも笑顔が素敵でした。
 別れ難く、立ち去り難くなってしまいましたが「また是非来て下さい」の真剣なまなざしに励まされて、意外にも山に雪ひとつない浜と山の間の学校を後にしました。

 みなさんありがとうございました。 また是非!  宜しくお願いします。

 2月17日(土)  小倉の幼稚園のイベントで
 











  今日は、小倉の自主幼稚園「かんかん村」のコンサート 。年中行事の中でも最大規模の大事な日とのことです。

 私がこども達と親御さん向けに作りました「民族音楽ふれあいコンサート」は、
インド音楽のシタール演奏をそこそこじっくり聴いてもらって、叩き方を言葉で覚える太鼓タブラのデモ演奏。
 そしてアフリカかカリブ海の太鼓やパーカッション。時にはこども達、親御さんと一緒に演奏。
 そしてインドネシア竹楽器のぶっつけ本番合奏。という世界のあちこちを色々感じるプログラムです。

 子ども達の集中力と大人達の「もっと聴きたかった」という相反する要望の中で、もまれもまれて生まれて来たプログラムは、ちょっと自慢の絶妙なタイミングで移行して行きます。
  児童教育に詳しいお友達が「かんかん村の子ども達は集中力が良い」と言いましたが、確かにそうでした。
 そして前にも何かの日記で書きましたが、そう ! 「小倉えいむ」でのライブ報告です。
小倉のお客さんは老若男女問わずに反応が良く、温かいのです。

 東京でしたら、聞き慣れない音楽は良く聴きもせず「ああ若者向けか」と敬遠してしまう方が多いですが、九州ではニコニコ聴いて下さる。
  それが小倉は特に強く感じます。

 幼稚園かんかん村の園児達とその親御さん。
おじいちゃんおばあさんが来てくれた人も多かったです。

 小倉であって、こどもと親と、そのまた親の集う温かな空間。
100人は優に来て下さいました。 小雨の降るお天気だったのに。

 その和やかな雰囲気に、民族音楽センター福岡のスタッフはちょっと和み過ぎ?
「その場の即興ノリ」が珍しく打ち合わせで流れやプログラムを決めたのに。

  ちょっとくつろぎ過ぎではなかったか?  

 「こども向け」と言うと面白おかしく楽しくやっていれば良いか?
というととんでもなく逆で。

 「こどもには嘘が通用しない」怖いお客さんです。
焦っていたり、作り笑いだったり、ちょっとした失敗を引きずっていたら
直ぐに「バレ」ちゃいます。

 

 

 だから私のMCも「語りかける様に」 自ら心を落ち着けて、ゆっくり目です。
でも全体で一時間しかないのです!!!

 なんとスタッフまで子ども達と同じ気分で心地良くなってしまって、
かなり困りました。

 なんとも素直なメンバーです。  ふう。

 小雨降る中を帰るお客さん達にご挨拶。
実は元「弾薬基地跡」なんですが、広大な緑地。
その中の道を駐車場迄満足気に歩く三世代の姿に、演奏会の充実を満喫しました。

 時折大きく手を降るこども達。「インド風カエルの歌」「西アフリカ・ガーナの歌」
が耳に残っているらしく。歌って帰る子達も。

 「かんかん村」の「かん」は、「感じる心を育てたい」「大人も純真な感性を甦らせたい」そんな思いから付けられていると伺いました。 そして演奏会は積極的に年に三回も行っている様です。

 より多くの温かい音楽を生で。 素晴らしい努力です。

   また是非呼んで下さい。   ありがとうございました。


 かんかん村スタッフさんよりメッセージを頂きました。

「今日はほんとに楽しい時間を有難うございました。
まだ頭の中、体の奥からシタールや太鼓、竹の音がやってくるようです。
家路に帰る子どもたちや大人たちを見ていたらみんないい顔してました。
若林さんにご縁があった事に感謝です。
 このご縁を大切にしたいと思います。
今日はほんとに有難うございました。 皆様にもどうぞよろしくお伝えくださいませ。

「子どもたちからは、日本のカエルとインドのカエルがおもしろかった。おでんの歌や、いやだねの歌?がおもしろかった。などの感想が聞かれました。 
 大人たちは、とにかくもっと聞きたかった!という声が多く聞かれました。 ので、そんな時は、ちゃんとその気持ちを伝えないと伝わらないのよ! まだまだ、若林さんの音楽が聞きたいの!って伝えないと。という話をしました。・・・のでまたいつか、かんかん村で演奏をしていただく機会があるかと思いますが
そのときは若林さん、なかなか帰れないかもしれません。よろしく。

 それと、なんと言っても若林さんの「太鼓の音」が良かった。という声が多かったです。 

 太鼓が言葉のように体に向かってきた。太鼓で語ることができるんだなぁと感じたのは初めてだった。という感想を漏らした人もいました。

追伸・・・おでんの中に入っている具の話で、「だんご」といった子がいましたね。その後分かったのですが
 その家では鶉の卵を魚のすり身で包んである丸い具を「だんご」と呼んでるらしいです。
    そう言われればそんな感じでもありますね。

 W:ああ!そうなんですか!  可哀想な事をしたかしら?

「ええ〜おでんにお団子??」ってリアクションしてしまった様な。

 その子は「ええ〜入っているもん」と思ったかもですね。

 2月18日(日)  博多のロックの老舗 Gen x2デビュー!
    2月18日(日)は待ちに待った博多春吉のロックパブ「Genx2」での初ライブ。
 Gen x2は、博多音楽シーンの重鎮ギタリスト米田源さんのお店。
漢字では「弦源」と書くそうです。
 風貌は実に渋くて、笑顔は優しく温かい「気さくなクラプトン」の感じで、音楽の心意気はジェフベックという源さん。同じく博多の老舗音楽スポットの仲間、若いミュージシャン達から慕われる長老の存在ですが。実は私と同じ歳。

 その源さんが気に入ってくれてのライブです。
最初が肝心と気合いが入りましたが。 どこでそれが伝わるのか?
開演前。 源さんは「今日はこんな感じで気楽に。 今後も是非お願いしたいから、その試金石と思って楽しくやって下さい。」と。

 じ〜んと来ました。

 

 源さんの息子ともバンドを組んでいる私の福岡の第一期生の亮君。
シタールを教えて居ますが、インディアン・サイケデリック楽団MISRAMのレギュラーギタリスト。
 彼の紹介で実現したライブです。
「若林忠宏シタールの世界」と一応ソロの看板を出してのライブでしたが、亮君の出番も欲しいとなって、MISRAMのメンバーが全員そろってくれました。

 ドラムの梨ちゃんは、私のアフリカ楽団の太鼓奏者でもある山田一人君のライブと掛け持ち。
 初めにMISRAMでヤードバーズと自作曲。途中彼女が抜けた時間帯は、亮君とデユオで「サマータイム」「グリーンスリーブス」

 そして二部の前半は、純古典器楽のシタール独奏。

 独奏はかなり気持良かったです。

 お店のスタッフ「ケンちゃん」の音作りも良かったですが、お店の持つ力。駆けつけてくれたお友達。お店の常連さんの情熱が音を作ってくれた感じです。

 嶋田梨果ちゃんが戻ってから、また数曲、シタールの入ったポップスを。
最後はビートルズのジョージ・ハリスンの「LOVE YOU TOO」
 ステージから一番遠いお店の入り口で、顔を乗り出す源さん。

 終わった後も、手を取って「あれ!良かった!」と言ってくれました。

 MISRAMのメンバーの中で、とびきり度胸がある梨果ちゃん、ベースの梶原君は凄く良い演奏でした。他のメンバーはさすがに緊張した様子。
 珍しく午後にスタジオでリハしたのに、決め事90%吹っ飛んでいた。(>_<)
 
 なまじリハして決め事すると「即興人生」の私も助けようがないのがつらいところ。

 やっぱりリハは辞めようかな。 

 でもMISRAMは一応「カバーバンド」だしなぁ。

 そんな事は言ってられません!!!!

 20日も3月6日と13日 立て続けにMISRAMのライブが在ります。

 きっとメンバーは、パブの様なこじんまりとしたところだと、切り替えが下手なのかも。ライブハウスの様な大きな所だとちょっと良い感じにその気になる?

 20日はVooDoo-Loungeのライブイベントの一番手で、3月6日は、清川のネパールレストラン&バー「Ashok`s-Bar」。13日は赤坂の「Dream Boat」です。
 Ashok`s-Barでは、インド音楽とサイケデリックのカプリング。
「Dream Boat」では今回デビューの新ユニット「Chiwawa」
かなり過激で自由奔放なエスニックJAZZトリオとのカプリングです。

 メンバー全員、今回のGen x2で得た洗礼をもって、かなり気合いが入る事でしょう!
どうぞ、宜しくお願いします。

 2月20日(火)  親不孝通りのライブ・イベントに出演
 

 2月20日(火) 親不孝通り(正確には一本渡辺通りより) のVooDoo-Loungeでのライブイベント
Lounge-Soundsに
「インディアン・サイケデリック楽団MISRAM 」が一番手に出ました

インディアン・サイケデリック楽団MISRAMは、1960年代末〜70年代初頭に掛けて、米英ロックシーンに於いて「元祖サイケデリックミュージック」とか「ラーガ(インド音楽の旋法)・ロック」と呼ばれた、インド音楽のフレイズを取り入れたり、実際にインド音楽弦楽器シタールを起用した音楽。
 ビートルズのジョージ・ハリスンやジェフベック時代のヤードバーズ、ドノバン、ローリングストーンズ、トラフィック、バーズ、ちょっと後世のショッキングブルーなどの曲を再現するカバーバンドです。

 

 が。 間奏のインスト・アドリブ・パートは若林忠宏のシタールの独壇場。
インド音楽35年、インド最古のシタール流派内弟子、「アフラック」「シャーボ」など様々なCMや、PINK、Youなどのポップス・レコーディング経験をフュージョンした独自なソロが展開されます。

 ベースとドラムは不思議エレクトロニカ・ユニット「結」のBBと嶋田梨果。
嶋田梨果のキュートながらもシュールで小粋なドラムは定評あり。
 パーカッションに若林忠宏門下生、篠原渉馬アラブ太鼓、田部洋祐インド太鼓タブラ、相川洋平エスニック・パーカッション。
  ギターはシタールの弟子でもある水本亮。
  福岡の若手でびしっと揃えています。

 若林忠宏は2005年3月より福岡〜九州各地で積極的に音楽活動を展開していますが、13楽団構想の一番手「民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Wind」はCD録音、メンバーのアフリカ研修を経て、近々パワーアップして再起動。

 それまでの間。特に2006年秋のアジアマンスでデビューし、大活躍なのがMISRAMです。

 

 2月22日(木)  福島の高校の先生に民族音楽指導
 




  2月22日(木)は、福島県郡山で、福島県の高校の音楽の先生達の県南高校音楽部会・民族音楽研究発表チームに「世界のアカペラ合唱」と「アラブ音楽」の指導に行って来ました。

 会場は、午前中が2006年2月の「郡山市公会堂」 午後はお隣の2006年10月の「郡山勤労青少年ホーム」。
 写真の「郡山市公会堂」は大正13年に福島市が制定された際に建てられたルネサンス調の建物で、お隣が講演会場の時も眺めるだけでも嬉しい大好きな場所です。

 発表が5月に控えていますが、アラブ音楽の方は10月の講習の時に到達したレベルを越えて、かなり良い感じ。
 これからしばらくは、卒業、入学、異動のシーズンで、本番ですから先生達はちょっと大変そうですが、きっと聴く人をうならせる事でしょう。

 本日23日の東京都中学音楽教員研究会の皆さんもそうですが、自ら体験学習して「民族音楽」を授業でより良く伝えようと言う先生達の心意気。
  嬉しくてたまりません。

 もうかれこれ五年、講師に呼んで頂いていますから、皆さんと仲良く成って。
2005年の児童館での演奏には、何人もの先生が駆けつけてくれて飛び入りセッションしてくれたり。 その一方でご定年で退職される先生も居て寂しい想いも。

 福繋がりが嬉しい福岡の家でTVドラマ「白虎隊」を見ながら「福島の人はどう想うだろう」と想いを馳せたり。「さすけね〜」って言うかな。とか。

 

 山陰出雲の山に雪が無かったのに、しっかり寒い郡山でしたが、心は温かく行って来ました。

 11月には安積黎明高校に「芸術鑑賞教室」 で呼んで頂く事になったので、退職された先生もご招待して、じっくり聴いて頂きたいと思います。

  みなさんありがとうございます。
  宿題頑張って下さいね。


 2月23日(金)  東京都の中学の先生に講演と指導
     中学の先生達のアフリカ太鼓合奏
 2月23日(金)の午後は、新宿区牛込第一中学校で行われる 「東京都中学音楽教育研究会」

 都内から集まった150校以上の先生方の中から「研究プロジェクトチーム」
七校の七人の先生方に、西アフリカ太鼓ジェンベをお教えして。 晴れの「発表演奏会」でした。

 総会の前半は、映像資料をも用いた「教育実習」学問的な雰囲気でした。
うって変わって後半は、私がお教えした先生方が西アフリカ民族衣装に見を包んでの登場。 歓声とお囃子の拍手の中「研究会」の雰囲気は突如ライブの臨場感に。

 手拍子だけの合唱→太鼓と合唱→太鼓合奏→若林ソロ→ メンバーと太鼓の掛け合い→太鼓と合唱

 と、リハーサルで頑張って覚えた流れを作って。 上手く行きました。

 リハーサルとはまた違った会場の雰囲気を掴んでの緩急自在。
 先生達は「教員」の顔、姿から「音楽好き」「太鼓好き」の若者の顔に。

 

 

 会場の150人の先生達も、手拍子や合唱につき合ってくれて。
  たくさんの笑顔がありました。

 特に、経験豊富な年代の先生達がニコニコ歌っていたのが印象的でしたが、
 その後、打ち上げを兼ねた夜の「広尾:Cafe-Frontier」でのライブ。
 たまたま「アフリカ音楽」だったので、みんなで来てくれて。

 超盛り上がりましたが、その時に改めて伺いましたら。
  会場の先生達も感動していたとの事。

  良かった!
 
  ありがとうございました。


 2月23日(金)  広尾:Cafe-Frontier 
   
 「若林忠宏民族音楽小紀行」広尾:Cafe-Frontier
 Vol.3 「アフリカの古いポップスと太鼓音楽」

 もの凄い事になりました。
 人数は11月のインド音楽、1月のアラブ音楽を上回る,57名。 満席を越えて、補助席、ゴザ席。 特別民族料理も完売。

 たいへんな大盛況でした。

 1980年初頭。 サハラ砂漠の拡大。環境問題。各地の児童教育。保健問題。
 人間の叡智と、文化の源流を持ちながらも現代社会の利便性の面で圧倒的に不利な面が多かったアフリカ。私にとって「アフリカ音楽」は常にそうした問題とともに学び、交流し、発表し、教えられ、喜ばれて来ました。

 国際交流、国際理解。 その上での国際協力。
 JICA地球広場の理念。 

 民族音楽を楽しく分かり易く紹介する。そんな時代が終わった訳ではありませんが、楽しかろう良かろうでもない。 でも入り口は楽しくなくては理解に進まない。

 そんな心配や悩みを吹き飛ばす、予想を遥かに上回る「夢の様な」理想的なライブでした。

 上手く行く時って、不思議に全てが上手く行く。そんな感じもありましたが、シリーズ三回目にして早くも基盤が築かれた。それはかなりはっきりと。
 スタッフと常連の応援者さん、シリーズのファンの方々、アーティスト。
三者の温かい連携がしっかり基礎になっている感じです。

 その上で、今回はレストラン通常営業の地元のファンの方も多かった。これは場所をお借りする立場として大変嬉しい事です。

 お店のスタッフさん、厨房の皆さんの心と懐の大きさは、かなり重要な要素だと、毎回一層痛感します。
 今回はやっとゆっくりディナーも頂きました。本物でした。美味しかった。ほんとむちゃむちゃ美味しかった。
 私の音楽のファンの方々に自信を持ってお誘い出来る。味とサービスと温かさです。

 ギターと歌と民族打楽器、太鼓。
 PAが楽だったところに、お弟子のSoulMate君が頑張って都合を合わせて手伝ってくれた事もあって。演奏前にディナーを頂く余裕が有りました。

 正直言うと、お問い合わせの数から、今回は満席に至らないだろう。
 ならば気持を切り替えて、ちょっと長閑に和みましょう、と。
そんな気分もありました。ゆったりとしたアフリカ。 
スワヒリ語で「ポレポレ」

 アフリカ音楽と言えば「踊り出したく成る!」と言う観念の方には通じにくい、優しく長閑でおおらかなアフリカの歌。今では歌われる事が少なく成った50年代60年代の懐メロ。 もり上がらなくても良いじゃないか。と気分を切り替えて第一部。

 ところが始まってからもどんどんお客さんが増えて。
そこに昼の中学音楽教育研究会の先生達が、演奏メンバー全員に加えてお仲間も誘って来てくれて。

 一部の最後のアカペラ歌では大合唱の「コール&レスポンス」まるでアフリカの村の様でした。
 後半の太鼓合奏の頃にはノリノリで。まず一曲軽くセッションのつもりが一曲目から大合奏。
 第二回目の「アラブ音楽」の時に始めたお客さん参加型のライブがもう定着です。

 吉祥寺教室生徒さんが九州芸工大時代の仲間をたくさん連れて来てくれた事。私が民族音楽をお教えしている東京音大民族音楽研究所、東京国際音楽療法学院の受講生さんも。
 むしろ「レギュラー?」と言ってしまいたいほど通ってくれていた常連さんやメンバー不在であったにもかかわらず。

 たくさんの嬉しい事がありました。
 全てを挙げたいところですが。 幾つかに絞りますと。
 お祖母さんと息子さん、お嫁さんに二人の小学生。
 何時もの様に演奏前に各テーブルをご挨拶して回ります。民族料理がお口に合いますか、伺ったところお祖母さんは笑顔で「美味しゅうございます」と。きっと同年代か少し先輩? MCの中の古めの話題にお父さんが一人で笑顔と笑いのリアクションをしてくれて、子ども達は閉店時間をオーバーしてしまったノリノリLIVEの最後まで愚図りも退屈もせず。

 そして思いがけず得られた大満足は、太鼓合奏の大盛り上がりと対極にある、静かでほのぼのとした「アフリカの心」を伝えたい、可愛らしい歌の数々。
ザンビアの不思議な教訓歌。 
 私の十八番のケニアの古い歌謡曲。
 「キリマンジャロまで散歩に行こう」「彼女と歩くと、僕はちょっと男っぽい?=Nyon A Nyona」コンゴの子ども向けの歌「なに?なに?」「お母さんと子ども」
 むしろ、そうした曲をにこやかに清聴してくれるたくさんのお客さん。

 怒濤の13連チャンのファイナル。喉はついに限界。
 なのに良い声が出ました。力みが無く、心が開いて歌えたからでしょう。

 常連の応援者さんからのメール。 帰り道の電車の中からでしょうか?

「歌声が暖かくて,優しくて力強くて。おばあちゃんから孫へ繋ぐ歌を目を閉じて聴くとじーんとして涙がでました。発散したり考えたり笑ったり。今日は3回の中で一番すっきりしたライブでした!」

 
 ノリノリだけじゃなく。楽しいばかりじゃなく。
伝えたいものが伝わった。 とても嬉しいライブでした。

 ザンビア、セネガル、ケニヤ、協力隊のOBさんやJICAスタッフさん。
地元のお店のファンの方々。民族音楽ファンや私の応援者さんお弟子さん
 それらに通じるひとつの大きな流れが、しっかり形に見えて来た。
 
 そんな嬉しいライブでした。

 みなさんありがとうございました。

   

 2月26日(月)  小倉で民族音楽フュージョンLIVE
      2月26日(月)は、西小倉の音楽スポット「ケイト・ミュージック」で若林が九州で結成した民族音楽フュージョン楽団
「Maghreb-Wind」のLIVEでした。
 正確にいうと「Maghreb-小倉Version」

 若林忠宏:Vocal/Sitar/Tabla 、谷本仰:Violin 、 福山亘:Bass 高橋カルロス:Perc.の四人がMaghrebーWindの小倉組。 Maghreb-Windの福岡組は高橋君に代わり
アジ:Jembe,Perc 篠原渉馬:Darabuka,Perc,です。

 

 

 民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Windは、そもそも西小倉Kate-Musicさんで若林が福山氏と出会い。一年後に結成した楽団。「楽団をやりましょう!」と決めて当時大分と福岡を通っていたギタリストと福岡市内で活躍するパーカッショニストのアジ君を誘って結成した楽団。
これに小倉と福岡市のそれぞれに若林のお弟子さん高橋君、篠原君のメンバーがパーカッションで加わる形です。

 この日のライブも「小倉Version」ならではの奇想天外、前後不覚の即興演奏。
もともとMaghreb-WindはCDを作りながらもLIVE-即興楽団。
 それでも福岡市では作曲した曲を演奏し、曲中に即興がふんだんに有る形ですが、小倉では作曲さえ演奏しなかったりが多い。
 前回のMaghreb-Windの小倉LIVEでは、R&Bの大御所JBの急逝の日であった事からなんとJB有名曲のBassラインで民族音楽即興演奏を行うなど、小倉Maghrebは計り知れない即興力を誇ります。

 今回も遂に作品はテーマ曲「Maghreb-Wind」のみ。
チューニングがそのまま曲に繋がったり、「曲になるのでは?」と思う様な曲が次々に。
今回は、お客さんで来てくれた小倉の演劇関係の方がかなり高音質で録音してくれたので、小倉MaghrebのLIVE盤が出来るかもしれません。


 2月27日(火)  祖原でアフガン音楽
      2月27日(火) は、この一年半、ほぼ毎月定期ライブをさせて頂いている西新・祖原:Cafe楽屋で「アフガン音楽」。若林忠宏・民族音楽Talk & LIVE 別名「飲み会ライブ」のシリーズです。
 飲み会ライブは、吉祥寺のブルムーンで始まった、お客さんと語り合いながらライブを進めて行くスタイルで。 
 今回のアフガニスタンの場合、音楽の個性からアフガン人の喧嘩の仕方まで話しは様々なものが飛び交いました。

 

 

 忙しい平日にもかかわらず、シリーズ第一回目から来てくれている、福岡ライブの常連第一号さん、メンバー友人君、久しぶりのお弟子さんはとお友達。チラシを見て来てくれた方々。そして一年振りに大先輩が来てくれて。こじんまりとしたお店ですが、温かく盛り上がりました。

 この半年、協力なタグを組んで若林の歌・弦楽器をフォローしてくれている福岡一番弟子三人衆、通称「油山トリオ」は田部君が音響学会出席の為欠席。
 篠原渉馬君、相川洋平君、エスノエレクトロニカ・コラボ楽団Qadam-Beatのメンバーがアフガニスタンの三つの太鼓「インド系タブラ」「ペルシア系片面太鼓」「南アジア系両面太鼓」でハチロク・ヘミオラ・リズムや七拍子を叩いてくれました。

 この日は彼らもなかなか良い集中力で。ショウマ君も最近のベスト演奏。
 そして田部君は翌日の報告で、学会の発表は大変高く評価され、音響学会の板倉賞を受賞したとの事。良かったです。

おめでとうございます。


 2月28日(水)  佐賀市の小中学校校長先生の集いで演奏
 





  2月28日(水)は、佐賀市の小中学校校長先生の集いでインド音楽とアフガン音楽を演奏しました。
 季節柄、小中学校は試験、進級、入学、卒業の最も忙しい時期。にもかかわらず50名近い校長先生が集まって下さりました。
 会議の一幕にちょこっとの演奏かと思えば、なんと演奏は90分。その日のほとんどが私の民族音楽演奏を聴く会となりました。

 呼んで頂いたきっかけは、昨年9月24日(日)に佐賀県国際交流フェスタで演奏しました時、奇しくも同じ会場アバンセで佐賀県の日本人学校の先生の会合があり、そこでも民族音楽を少し演奏させて貰いました。
 その際成章中学の校長先生のお目に留まり「いっぺんに佐賀の学校数十と繋がる機会だから!」と企画して下さったものです。

 日々多忙な校長先生に「一時、心安らぐ音楽を」のご要望でしたので、前半はじっくりインド音楽弦楽器シタールの演奏。 
 後半から徐々に解説を増やしてインド音楽太鼓タブラのデモ演奏。
 次いで、福岡から来てくれた篠原君のタブラ伴奏でシタールによる古典器楽。
 最期の数曲は、アフガニスタン弦楽器ルバーブとパシュトゥー語、ダリ語の叙情詩、民謡を聞いて頂きました。

 会場は当初予定していたアバンセから、少し行った結婚式場&ホテルの「はがくれ荘」の一室。
 それほど古い建物ではないのでしょうが、レトロな内装の部屋は大変音響が良く。備え付けの司会PAのマイクなのにかなりの良い音で聴いてもらえました。

 演奏後、校長先生達はステージで楽器をまじまじと見たり、手に取ったり。質問してくれたり。 
 とても興味をもってくれて、またとても喜んでくれました。

 

 

 2月28日の佐賀市小中学校校長会での演奏の一時間ほど前は、mixiで知り合いました佐賀の舞踊家松尾さんとの初会合。

 民族音楽センター福岡代表でもある篠原渉馬君と三人で、はがくれ荘にほど近い佐賀のみならず福岡の珈琲党に知られる昔ながらの喫茶店「ラベンダー」さんで。
 私に合わせて開店を30分早めてくれたとのことでした。

 松尾さんはジャズダンスからコンテンポラリー、そして創作舞踊、舞踏と幅広く。さらに佐賀の地元に根ざした活動を、同じ志の演劇関係の人達と熱心に展開されています。

 若林は、同じ九州でもそれぞれユニークな個性を持つ地域に合わせた音楽展開。地元アーティストとの密度の濃いコラボレイションが一番大切に思っています。
 それによって「地に根を張った音楽」を示してこその「スローミュージック」表現になるからです。
 
 その第一歩として、音楽以外のアーティストとのコラボレイションを、演劇人の父、音楽教師の母に育てられた私ならではのこだわり、完成度を目指し、より情熱的でユニークで濃いアーティストさんをご紹介して頂く事。 そして松尾さん自身の舞踊との共演も含めて、短い時間でしたが意気投合して充実した会合になりました。

 会合も有意義で嬉しいものでしたが、ラベンダーさんのお店、何気に珈琲が注がれた高価な陶器の見事さ、店内の落ち着きと温かさ。マスターの人柄にも大変嬉しい出会いを感じました。
 記念撮影の背景にあるラベンダーさんの看板の年号1972年は私が日本初の民族音楽演奏家としてデビューした年と同じ。また奇しくも九州からポピュラー・ミュージックの新しい風が全国に吹き出した年でもあります。

 写真は松尾さんと篠原君から貰いました。ありがとうございました。

 早速ご紹介頂いた演劇人さんとコンタクトを取らせてもらって、春にはその第一歩のライブを目指し頑張りたいと思います。

みなさんありがとうございます。 どうぞ宜しくお願いします。



 
 

 
 

 
   
   
 
   
   
 
   
   
 
   
   
 
   
   
 
   
   
 
   


 Music & Life  

 
 
 
 

 2月8日(木) 月に想いを
   2007年02月09日01:28 月にオヤスミナサイ

 私のタイ古典音楽の十八番「Lao Duang Deng」
 ラオ様式の器楽曲「月に祈りを」

 中国から伝わった、打弦楽器「キムチン」で演奏します。
 同じ様な旋律が少しずつ変わって行くところが難しい曲。
 先に進むジャンクションを間違えると、同じ所に戻って来てしまって。
 あれれれ??? となってしまう面白い音楽です。

 
 この数日。月がとっても素敵です。 冬の真っ白で神秘的な月とはちょっと違って。
 かじってみたらちょっと甘い感じの 上等な卵色。
 
 
 前にも日記に書きましたが、陰陽のバランスの話し。 太陽に命を貰って、元気になって。
 月に安らぎを貰って、健やかに休む。

 太陽と逢っている時は、どうにか頑張ろう!とします。
 昨日より、今日。今日より明日。前に進もうと頑張ります。

 月と逢っている時は、自分に「お疲れ様」「がんばったネ」
 という気持になります。優しい光を放っている時は特に。

 今日一日、頑張った人も頑張れなかった人も  悩んだ人。 おろおろしてしまった人。
 色々反省してしまった人。 遅く迄張り切った人。

 お疲れ様!  がんばりました。オヤスミナサイ。

 

 

 2月15日(木) 嬉しいニュース
   「嬉しいニュース」
 ちょっと個人的な嬉しいニュースが連発です。

★ その一

 若林忠宏がトルコのダブルリード管楽器「ズルナ」を吹きました アフラックTV-CM の「摩訶不思議」篇が、 なんと2005年10月度オンエアCM 4513篇中 総合評価1位 を獲得していた(CM INDEXより)との嬉しいニュースが入りました。

 アヒルのヒヨコが初めて登場した、インドの宮殿の様な場面で 聞こえていたオリエンタルな旋律です。

★ その二

 庭の猫御殿に二人で住む ViViが昨日から、チャメのお腹に寄り添って仲良く寝て居ます。
写真を撮ろうと近寄ると飛び起きて「ご飯!」「おやつ!」 「遊んで!」と走り回るので未だ撮れませんが。

★ その三

 NHK-Bsのギリシア取材番組でブズーキをオーケストラと共演 する事が決まりました。ただし今回は音のみです。

 2月15日(木)   出雲初日
   全国から集まった小学校の先生150人と一丸となっての民族音楽体験。
 笑顔の温かい興奮冷めやらぬ中、吉祥寺に楽器を置いて
猫さん全員に「行ってきま〜す!」
  ちょうど午後二回目のお昼ね時。
 マロン、プリン、ティナ、プジョーは私のベッドの中央に寄せ集まって。
  最近の私のマイブームです。 猫さん押し蔵饅頭の中に顔を埋めて、しばし混ぜて貰います。 頭を舐めてもらったり。耳元で「ぐるぐる」をたっぷり聴いて。
  なんとも香ばしい。  稲藁の山に飛び込んだ様な......。

 

 

 羽田からJALで出雲空港へ。 出雲市の公立中学校、全13校の先生方に民族音楽の講演です。
 エアバスは久しぶり。 いつもの様にぐっすり寝て、ふと目を覚ますと、まだ飛び立ってない。 と思ったら「あと10分で着陸態勢に入ります」  飛んでたのでした。
それ程良い乗り心地。

 でも出雲は風が強く「あわやお隣米子空港か?」はよくあるらしい。
 着陸時はかなり揺れました。 「これが普通の日本の冬」初めての出雲。 キリっと引き締まります。

  空港にはコーディネートの音楽出版社の若い担当君が出迎えに来てくれていました。
 「僕は猫睡眠なので、明日は早めにお迎え宜しくお願いします。」 と言うと若い担当君は、なんと私のホーム・ページを熟読してくれていて、 「先生の家にはたくさん猫さん居るんですよね。私も猫が好きです」と。 その時のなんとも言えない穏やかで,優しい雰囲気に
 もしや? と思って出身を訊くと。
 「実は、先生と同じ町生まれで、病院も同じなんです」

 あらら! そっち?
 
 それにしても、良く読んでくれている。
 
 その後、宿泊先のチェックイン。迎えてくれる出雲の中学の先生とご挨拶、打ち合わせ。晩ご飯に連れて行って頂く道中 「でも私は幼稚園卒園直後から久留米で、大学も福岡なんです」

 ほら! やっぱり。 

 大学は私が当ててみせました。 ビンゴ! でした。

 面白かったのが、中学の先生との打ち合わせで。
 先生が「だけん」と言った様に聞こえたのですが先生は「あれっ?何か変でしたか?」
 気のせいか、と思いながらの別れ際にもまた。「だけん」

 出雲弁と博多弁に共通する「だけん」 。担当君も就任して直ぐに気付いたと言ってました。
 その他にも「やらんといかんです」とか、なんとなく似ている言い方が多い。
 

 夕飯に連れて行って頂いた、お寿司屋さんは「呉竹鮨」
 二階のカウンターに座ると細面の粋な大将が。
 超細くねじった鉢巻と、それが見事にズレもしない中でてきぱきと動くその動き
 それに見とれていると、日本海の新鮮な魚介類が次々と。

 大将と思っていた方は、先代の弟さんで、京都で仕事をされていたのを
 お兄さんに呼ばれてこの道に。もう何十年。 
 細身にもかかわらず声が良いことに感動し、お鮨の味もひときわでした。

 数は少ないですが、素晴らしい鮨職人さんのお仕事振りを拝見する機会に恵まれましたが、皆さんそれぞれの「リズム感」が素晴らしい。

 ところが呉竹鮨のご主人のお兄さんは「メロディー」の感じです。
 これは初めての体験で、びっくりしました。

 火を入れない食材だからかもしれませんが、お鮨はやっぱり「リズム」
 そう思っていましたから「メロディー」が感じられたのは感動でした。
 
 私が音楽をしているから「そう感じるのかな?」と担当君と話していましたら
 京都のお仕事が「西陣織の帯」だったというからその奇遇にびっくり。

 私が西陣の帯を見ながらシルクロード弦楽器の即興演奏で全国を回った話しもして
 さらに意気投合。

 「やはり良い作品で目が肥えたのは良かった」とおっしゃってました。
 私の即興演奏のテーマが「帯を聴く」 色と柄の素晴らしさも当然ですが、まず帯を触らせて頂きます。 ひとつひとつ異なるその肌合いが音楽の躯となり 色や柄は表情に過ぎません。

 言われてから思った事ですが 鮨職人さんの「握り」の手つきと手さばきは、
 まるで織物を丁寧に畳む様な優しさ。
 織物もお鮨も上辺じゃなくて、懐に触れてらっしゃる感じが とっても嬉しかったです。

 「目が肥えた」だけじゃなく、指と掌がしっかり掴んでらっしゃるのでしょう。だからリズムじゃなくてメロディーなんだ、
 そう思いました。

 福岡の大好きな和食の料理人さんも同じでした。
 お刺身から、煮物、揚げ物、色々ある。 お鉢やお皿の中のハーモニー。
 居る様でいて中々居ない 「音楽」を感じさせてくれる料理人さん。料理以外の経験や、ご苦労を 通じて持ち続けた温かさ、真っすぐな心がメロディー、音楽になって伝わります。


 冷凍していないマグロの稚魚、あご黒、汽水(海水と淡水の混ざった)のイカ
 、ウニ、蟹味噌などなど、山陰日本海ならではの食材も堪能しましたが

 「とっておきの有明の海苔」が素晴らしかった。
 そしてその置き場所に大感動!

 なんと大きなテレビの横。
 「リズムを感じさせない」独特な、でももの凄く無駄が無くてきぱきとした動きの中で「ひょい」と海苔の入った漆箱を取ったり置いたり。

 一番乾燥する場所だからか? 電磁派が美味しくするのか?
 と担当君と愉快に話しておりましたが、お兄さんはただニヤニヤ。
 昔の人が「大事なもの」をTVの上や横に置いていた風情が思い出されました。
 
 そう!
 「リズムを感じさせない」これはもの凄い技だと思います。
 かと言ってその分メロディーが感じるという訳でもない。
 なかなか素晴らしい職人さんに出逢えた、前夜から大収穫の出雲でした。

 呉竹鮨さんでご馳走さんの直前
 「猫だまりって良いですよね」と突然担当君が。
 中国地方各地を回る若い営業マン。原っぱや駐車場で数匹が集まって
 昼寝をしているその姿が大好きなんですと。

 現場に走る毎日、ちらっとそれを見て和みながら頑張っている。

 そうか!

 あれは「猫だまり」って言うのか!

 私の最近のマイブームもそれ! 「猫だまり」

 「猫だまり」に顔を埋める。「猫だまり浴」

 良い若者と出会えました。

 


 2月16日(金)  出雲大社と出雲の阿国
 



 2月16日の出雲市中学校13校の先生方への講義の後、午後に二三本しかない出雲〜福岡の飛行機。 空き時間がけっこうあったので、コーディネート担当君に「出雲大社」と「歌舞伎の祖、出雲の阿国の墓」にご案内頂きました。生まれて初めての出雲大社です。

 このところ歴史的建物や、スピリチュアルな場所で大きなインスピレーションを得ます。
 2004年は静岡県岡部町の三輪神社。2005年は、大分県耶馬渓で、菊池寛「恩讐の彼方へ」にも登場する禅海和尚がノミ一本で彫ったという川辺のトンネル「青の洞門」の曹洞宗羅漢寺。羅漢寺のそのまた先、村上水軍末裔が代々ご住職という古刹「厳浄寺」で演奏。
 2006年は長崎外海の「ドロ神父のカソリック教会」。長崎大村の「曹洞宗禅心寺」を訪れ、少し演奏させて頂きました。
 「国東三十三寺」のひとつで、九州最古の国宝の木造寺「天台宗富貴寺全国四万四千の八幡宮の総本山として知られる宇佐神宮の前を走り、平野に大きな二筋の虹を見て、大いにインスピレーションを感じました。

  1999年頃から、鎌倉、日暮里の古刹で演奏させて頂く機会を得、2000年には池上本門寺ご住職が中心の「声明研究会」の方々と読売ホールで共演などがあり、その頃から神仏共に伝統的なものへの憧憬、畏怖の念を持って惹かれるところがありました。

 特に静岡での演奏の際に訪れた三輪神社で「御神木」を垣間見た時は日本人のアニミズム文化の素晴らしさに感動。 
 その時に三輪神社との繋がりで出雲大社にも憧れを持ちました。

  七年近く経って、念願叶って出雲大社へ。

 その落ち着きと宇宙的な広大さはさすがの迫力でした。
その古い建築様式の屋根は藁葺きのイメージだったのですが、実際は銅。緑青に被われながらもその豪華さは十分に察することが出来ます。

 

 

  しかし、全体はまるで巨大宇宙船の様なイメージ。重厚ながら、重々しくない。
必要とあらば今直ぐにも浮上して天空に向かいそうな感じなのです。

 「本殿」の前には確か日本一の1500kgの大締縄がある「拝殿」がありますが、私の目にはお隣にある「神楽殿」の締縄の方が大きく見えました。
  神楽殿では帰り際に、夕方のお供えを合図する太鼓と笛の演奏を聴く事が出来ました。意外にモダンなリズムパターンでした。

 神楽殿の大締縄の下では、若者達が硬貨を投げつけて騒いでいました。 「硬貨が締縄に刺さるって落ちて来なければご利益がある」というのです。
  案内してくれた担当君も今迄に数回トライしたが駄目。 見上げますと無数の硬貨が突き刺さっております。「縁結びと福の神」ですから、若者達は諦めません。 
 刺さる迄何十回もトライしています。そんなんで良いのでしたっけ?

  「ではでは」と私も一回だけのつもりで挑戦。

 硬貨を縦に投げてみましたら、一発で刺さりました。
もの静かで、表情を変えない担当君が「おお〜!」と歓声を上げてくれました。
 お年頃の彼も再度挑戦。 .....................。 しょげておりました。
 神楽殿のお賽銭の方で、お友達と、彼の為に祈願いたしました。

 出雲大社から海の方へ数分歩きますと
民家を見下ろす小高い丘の上に「歌舞伎」の始祖という伝説がある「出雲の阿国の墓」があります。

  阿国伝説は様々ありますが、出雲大社の巫女であった彼女は、供養舞を元に「かぶき舞」を考案し、京都で大変人気となったとも言われます。四条河原の小屋掛です。

 古今東西、宗教的施設に於ける歌舞音曲担当者が外国から呼ばれたプロである場合が大変多い。
 その事を考えると、阿国も私の先祖、生まれ変わりと同様にシルクロードから九州に上陸して、山陰の街道を東斬した人々の一人だったかもしれません。
 否、こうした場合「阿国」などの固有名詞は、個人ではなく職業、職業集団の場合良くあります。
 静岡三輪神社から七年。 この七年は、邦楽修行と世界民族音楽探訪のまとめの時期でした。そして最近の二年は九州での基盤作りです。
気持ちの中では自分のルーツ探し、日本人文化探し、日本人らしさ探しがあったと思います。
 三輪神社から導かれて出雲大社へ。出雲から福岡へ。
 なんとなく自分の先祖の辿った道が感じられました。

 ★三つ目の写真は「阿国の墓」ではなくて、 墓地への階段を示す、案内の石柱です

 2月16日(金)  小さくても凄い!
   行きの羽田〜出雲のエアバスは、離陸した事が気付かない程の静かな乗り心地。
帰りの出雲〜福岡はどんな感じか? 
 搭乗口がタラップじゃないらしい。「バスか?」では中型か小型か?
と思いきや、乗客は滑走路の離れたところに止まっている
「あの?」とびっくりの双発の小型プロペラ機に歩いて乗り込む!

 20年以上前に羽田から鳥取に向かった時に乗った、戦後初の国産プロペラ機
YS-11にも似ているが..........。搭乗ゲートで「YSですか?」と訊くと
「いえ、それより小さいサーブです」と。

 高所恐怖症のくせに飛行機が好き。「乗る」のではなくて、見るのとプラモデルを作るのが。 72分の1にこだわって数百機作りかけがあります。 もう6年ほったらかしですが。

 早速調べてみました。
 「サーブ機」とは、JAL傘下日本エアコミューター所属のスウェーデン製
SAAB 340Bで、JACは1992年に初採用。
私が乗った写真の機種は、2006年夏に就航した「JACコウノトリ夢飛行機」と呼ばれる、機体後部にコウノトリの絵柄が描かれている可愛い飛行機。
 福岡〜出雲の他、九州の島々、九州と四国各地を結んでいます。

 行きのエアバスの天井荷物入れに十分に入ったインドネシア竹楽器
ゲートで「もしかしたら荷物置き場に置かせてもらいます」の意味が納得の小型双発機はなんと座席数36席。YS-11の半分。小さく見えた筈です。
 乗務員は機長、副長の他、客室はなんと一人。36人に対してですから当然ですが、すごいコンパクト。
 乗り心地は意外に良く。プロペラ機で小型ですから、頑張るエンジンの騒音はもの凄いものがあります。でも、スッキリ熟睡。福岡まであっと言う間の1時間でした。

 なによりびっくりしたのが離陸の滑走距離。
ジェットの四分の一。
 ジェット機というものは、ほとんどパワーで飛んでいますから、空中でエンジンが全部止まれば、ほとんど滑空しないと聞きました。
 それに対しプロペラ機はグライダーの様に滑空する。
その代わりパワーはジェットの強引さほどはありませんから、初めてYS-11に乗った時「これでもか!」と出力を増しながら離陸するプロペラに「頑張れ!」と念を送ってしまったほど。 根性で離陸した感じでした。

 それと比べると「根性」の手前位のパワーで、急角度で「ふわっ」と浮いた後は一気に上昇。かなり良い感じです。
 着陸もスムーズで、距離が短い。
 でも着陸エリアは福岡空港の端の端。スカイマークも端っこですが、逆の端っこ。
自家用機などが留る感じのエリアに止まり、ターミナルまではバスで。
むちゃローカルな感じが嬉しかった。

 結構「やみつき」

 って言っても、また出雲、四国、九州島々のお仕事が無ければ乗れませんが。
楽しかったです。

 

 ちょっと良い感じ

 「コウノトリ夢飛行機」
 写真撮っておきながら、絵柄の事に気付きませんでした。
 なにしろ写真撮るのもはばかれる最後のお客だったので。
 
 後で気付けば、コウノトリ。しかも四葉のクローバーと鞄を銜えている。
 「ごちそう様」と言うほどお目出度い飛行機でした。

 出雲大社の神楽殿の「大しめ縄」の硬貨の事と言い。
 お目出度いラッキーサインのごちそう様続きの出雲でした。

 こういう良い話しは、たくさんの方々に伝わってこそ、幸運につながります。
 
 分けっこですからちょっとずつかもしれませんが
 みんなに良い事がありますように。