考えた事 2006年12月後半  2006年12月末〜2007年1月  

 
 
 
 
 
 
 
 

 考えた事 2006年11月 / 2006年12月前半 / 2006年12月末〜2007年1月

  12月20日(水) 悪気があって欲しかった。
 

 2006年12月21日01:55 悪気があって欲しかった。

 それぞれの人の心の中に記された。
あの頃迄の想い。あの頃の想い。あれからの想い。

 幾つかの心と想いが重なって。大事に思いながら。
新しい喜べる想いが、重ねるごとに和み、満たされ、希望を抱き。
幾つかの人生が重なって。新たな道のりが見え始めていた。

 楽しい時を共に過ごし。 たくさんの笑顔が交わされた。
幾つかの記念日が定められ。皆が希望を抱いていた。
それを壊すものがあるとは、誰も思わなかった。
笑顔は病も寄せ付けず。困難を乗り越える勇気を生む。

 小さな鉢植え。小さなお皿。小さな手が描いた絵。
歩いた道。語った場所。粗末かも知れぬが大切なもの。
そんなささやかさが分かる心だった。

 好きだった人の想い出で、新しい想い出は紡げない。
想い出の品。想い出の場所。想い出の味。
しまっておくから想い出。新しく塗り替えることはない。
新しいものはくるめない。新しい想い出は包めない。
そんなけじめを求める心だった。

 心が動かねば良いことなのか。 想い出にならねば良いことなのか。
 幾つかの心が危惧したけれど。幾つかの想いが予感したけれど。

 それぞれの器の中に込められた。
あの頃迄の想い。あの頃の想い。あれからの想い。

 幾つかの心と想いが込められて。喜んだり悲しんだり。
信じたり裏切られたり。重ねるごとに育まれ、時を重ねて確かなものへと。
幾つかの想いが重なって。新たな軌跡が記され始めていた。

 たくさんの悔しさと、たくさんの涙。
くいしばって頑張った。 
時間と戦い、弱さと戦い、技と戦い、自分と戦い。
そんな想いが込められていた。

 分からぬ人とは群れてはならぬ。 分からぬ人とは味わえない。
分かろうとする人を見抜けなくては。 分かっている人を見抜けない。
しまって置くから強くなる。 時間を掛けて分かって来る。
 偽物と一緒にしまって置けぬ。向こうの世界とごっちゃに置けぬ。
そんな気概を分かる心だった。

 同じ笑顔と同じ賛辞。楽しければ良い事なのか。
 幾つかの心のかげりが見えず。いくつかの心の笑顔を読めず。

 楽の器に込められた。
たくさんの想い。たくさんの悲しみ。たくさんの涙。

 幾つかの心と想いが込められて。大きく響き、ちいさく囁き。
歌わせてくれたり踊らせたり。重ねるごとに育まれ、時を重ねて価値を高めて。
幾つかの想いが重なって。新たな場所に運ばれて。
新たな笑顔をたくさん生み出す筈だった。

 形在るものいずれは壊れる。 物には意思も、心も無い。
されど込めた心と想い。次々注がれ堆積する。
形在るもの壊れて弾けて、込められた心も弾け飛ぶ。
がさつな心に壊された物は、二度と笑顔を生み出さない。
がさつな心で壊しちゃならぬ。 切って貼っても戻らない。

 形の無いもの何時か壊れる。 壊れた姿は見逃される。
見える人には良く分かる。 大きな音を立ててきしんで。
悲しく、乾いて崩れ落ちる。
 がさつな心。幼稚な心。本物知らぬ。誠を知らぬ。
 知らぬ。気付かず。見ず。分からず。
 聞かず。学ばす。教わらず。
 確かめ、想わず。疑わず。

 厳しさ無き者語るべからず。 強さ無き者知るべからず。
 怪しき疑う凡かな心。 本物疑うさもしい心。
 本物気付かぬ貧しい心。厳しさ知らぬ幼稚な心。
 苦労を愛さぬ疾しい心。 悲しみ愛さぬ卑しい心。

 誰もが真面目に生きていた。

 自分に背かず、心に反せず。想いを裏切らず頑張っていた。

 あの頃迄の想いに忠実に。
 あの頃の想いを大切に。
 あれからの想いを希望に変えて。

 誰もが変わらず生きていた。

 群れず、許さず。ブレず、慌てず。

 真面目に大事に生きていた。

 悪気が在って欲しかった。
 悪気は悲しみ分かるから。


   
 12月22日(金) 似て異なるもの
 

 2006年12月22日04:09 似て異なるもの

  優しい言葉を貰った嬉しさ。
 その人が優しい気持で居る事を知る喜び。

 穏やかな気持を得られた嬉しさ。
 穏やかな気持を共有出来た喜び。

 欲しい物が安く買えた喜び。
 苦労してやっと買えた喜び。

 想いが共感出来た満足。
 想わず共鳴した驚き。

 強さに感動した思い。
 強さに感心した思い。

 嘘をつかれた悲しみ。
 嘘をつかせてしまった悲しみ。

 嘘をつく人なんだと知る悲しみ。
 嘘を言える相手なんだと知る悲しみ。

 いわれの無い中傷を受けた気持ちの悪さ。
 理解されなかった時の悔しさ。

 誤解された時の悲しさ。
 理解しない心を知った悲しさ。

 その人らしく在って欲しいという願い。
 価値観を共有したいという願い。

 変わって欲しいという想い。
 分かって欲しいという想い。

 大切にする想い。
 大事にする想い。

 我慢する事。
 頑張る事。

 無理する事。
 頑張る事。

 許す事。
 諦める事。

 慣れる事。
 馴れる事。

 慣れる事。
 麻痺する事。

 思う事。
 想う事。

   
 12月22日(金) 大切な想い
 

 2006年12月22日06:38 大切な想い

ささやかな事でも感謝する。
出逢いや運命や繋がりを。
願いを込めて紡いで行く。 希望を抱いて繋いで行く。
そんな想いが少しずつ。悲しみを癒して、傷を塞ぐ。

ささやかな事に喜ぶ気持。
質素な物にも想いを込めて。
むしろそれを良しとして。ゆっくり心を解きほぐす。
そんな想いが少しずつ。素直さ優しさ甦らす。

ささやかな事でも気を配る。
心が寂しくならぬ様。心が疑い持たぬ様。
つまらぬ不安の無駄な時。不安を決して貯めぬ様。
努めて安心させて来て。その想いこそが誠実さ。

ささやかな気持をゆっくり交わす。
我が儘見せて甘えてみたり。寂しくなって甘えてみたり。
心が決して乾かぬ様に。何時でもしなっていられる様に。
優しさ、切なさ、悲しささえも。上手に使って守って来た。

ささやかな事でも楽しく笑う。
不安が心を曇らせぬ様。願いが不安を呼ばぬ様。
笑う事で吹き飛ばしても。楽しさばかりを強請らぬ様。
ちいさな可笑しさ見つけては。楽しく笑って過ごして来た。

ささやかな言葉を大切にした。
言葉が心と離れない様に。言葉が心を縛らない様に。
使わずしまうは単なる大事。上手に使うが大切の意味。
言葉を大切に想うのは。心が素直に育つため。

ささやかな掟を自分に課した。
自分の心が揺れない為に。居場所を見失うこと無い様に。
どうでも良い様な事でさえ。自分の為に望んで課した。
それが相手の為であろうと。互いに負担を掛けない様に。


   
 12月22日(金) 変わる心
 

心が変わるその訳は。
信じる想いが増えたからか。疑う想いが増えたからか。
信じる気持が増えて行き。このまま信じて行きたいと。
想えば次第に不安が増して。気付けば疑いが増えている。

見方が変わるその訳は。
知りたい気持が減ったからか。心配の心が増えたからか。
誉める言葉や感謝の言葉。ワクワクしながら探していた。
気付けば次第に悲しみ増えて。ドキドキしながら探していた。

心の傷を癒す薬。
楽しい事で紛らわすか。 時が解決してくれるのか。
新たな悲しみ訪れたとき。それが心を駆け巡り。
気付けば前のは楽になる。まるで癒されたかの様。

傷つく心が考える事。
藁の小屋では吹き飛ばされる。木の小屋立ててもすきま風。
石を積み上げ安心しても。 しょせん中身は生身の弱さ。
窓を開ければ風が入り。窓を閉めれば暗くなる。

態度が変わその訳は。
不安な心が落ち着き失い。行き場を求めて彷徨うからか。
不安な心が安らぎ求めて。強くなれよと鍛えるからか。
気付けば心は弱さを捨てて。鈍った心で冷めて行く。

言う事変わるその訳は。
心が逃げ場を求めてか。心が変わってしまったからか。
言葉は心を現さないと。心は言葉で計れはしないと。
気付けば逆を言っている。逆の自分になっている。

約束しないその訳は。
心変わりを想定してか。心を守る浅知恵か。
時を重ねて安心したくて。不安の時を重ねてしまう。
気付けば心が潤い無くし。一番悲しい場所に居る。

人の批判をする訳は、
人の振り見て我が振り直す。人の振り見て安心させる。
人の話しで覚悟をさせる。それとも自分に言い聞かせる。
気付けば自分も慣れて来て。麻痺した心は優しさ失う。

隠し事や嘘の訳。
悲しませない為なのか。自分を守る為なのか。
嫌いにさせない為なのか。嫌われたくない為なのか。
気付けば自分が自分に嫌気。面倒くさくなってくる。

悪い心がのさばる訳
弱い心が優し過ぎるから。悪い心が試して居るのか。
弱い心を守る為に。悪い心が頑張ってるのか。
悪い心の派遣部隊は、気付けば心の占領軍。

生き方変えぬその訳は。
幸せになるのが不安だからか。悲しみ恐れる防衛本能。
失敗認める勇気がないから。そのまま許して欲しいから。
同類求めて幸せ感じず。強いもの求めてやはり得られず。


   
 12月23日(土) 誕生日
 

 2006年12月23日07:29 誕生日

 人はたくさんのものを背負って生きている。

 生まれた頃はどれほどだったか?
 どう育って欲しいのか? 親の期待。親戚の望み。

 どれほど元気で。どれほど健康。 どれほど好かれて。どれほど幸せ。 
どれほどに人の役に立ち。 どれほど感謝をされるのか。

 ご先祖様も居てくれた。
 強かった人。弱かった人。 頑張った人。優しかった人。

 何時から期待をされましたか? がっかりさせたのは何時ですか?
心配かけたのは何時ですか? 何時から助けて貰ってますか?

 思えば「もう駄目だ!」という時も。 九死に一生を得た時も。
大きく挫折し落ち込んだ時。 いっぱい助けてくれました。
おじいちゃん? おばあちゃん?  それとももっと先の方?

 前世の記憶もきっとたくさん。
みんな同じに甘ったれ? きっと同じに寂しがり。
何度も何度も生まれ変わって。きっとたくさん記憶がある。

 たくさんのデジャヴ。 たくさんの啓示。
不思議な出逢いや不思議な機会と運命に。 たくさん導かれた記憶があります。

 あの方とはきっと親子。 あの方とはたぶん兄弟?
あの方とは敵同士? あの方とは師弟かも。 あの方とは男女が逆? あの方とは生き別れ?

 同じ事を繰り返したり。 今度は少し上手く行ったり。
助け合ったり、助けられなかったり。 頼りもすれば。頼られたり。 
期待もすれば。裏切られたり。

 ささやかながらも自分の記憶。
幼児期の記憶。少年期のもの。 中学、高校、大学、就職。
楽しさもあれば悔しさも。 悲しさもあれば喜びも。
頑張ったことも。苦手なままも。 たくさん叱られ。たくさん泣いて。 
たくさん迷惑。 たくさん反省。

 きっとトラウマもありましょう。 
思い出せない程刻まれた。 苦手な言葉。苦手な状況。苦手なタイプ。
苦手な場所や。苦手な考え。苦手な声も。

 子どもの頃は天真爛漫。
素直で良い子もあったけど。親の躾もそこそこ厳しく。
親の顔色心配してたり。親に好かれる努力もいっぱい。
反抗期も短く控えめ。そんな子どもはややこしい。

 そんな子に限って自意識過剰。
人付き合いも苦手だったり。殻を作れば、型にもはまり。
背伸びも無理もたくさんした。

 それでも頑張って生きて来た。
 辞めたい思いもたくさんあった。
 背負って背負って、さらに背負って。
 いじめていじめて厳しくして。

 悲しい想いは厳しさで。悔しい思いも厳しさで。
叱咤激励乗り越えて来た。自分を責めて耐えて来た。

 100年前ならまともかも? 今の社会じゃ浮いている。
社会のルールは二の次。ごめん。
たくさん頼って、たくさん甘えて。 世話にもなれば、迷惑も。

 でも、傷つけることはない様に。
それなりに耐えて頑張って来た。
人の弱さを助けんと。助けるつもりが助けにならず。
苦い思いや、反省や。悲しい挫折もありました。

 自分の弱さや、ズルさや、負い目で 傷つけたりはしなかった。
何時でも人の為だった。何時でもネタは人からだった。
何時でも自分は後回し。 でも、通じないことが多かった。

 嫌われた事もたくさんあれば。 恨まれた事もあるかもしれぬ。
たくさんがっかりもさせたろう。 あきれた人も居るだろう。

 嫌った人にも何かが残り。恨んだ人にも何かが残り 役に立ったら嬉しいけれど。
あきれた人やがっかりの人に。 あれから、これから返せたならば。

 もしも既に少しでも。
何かの役に立ててるならば。 何かのヒントになってるならば。
背負った重みも意味がある。 助けた人にも意味が出る。

 必要とする人あるならば。 あともう少しは生きるかも。

 役に立つことあるならば。 さらに少しは生きるかも。

「憎まれっ子世にはばかる」と言いますが。
嫌われずに済んで、好かれるならば。 もしもたくさん好かれるならば。

 もの凄〜く生きるかも。

 今迄たくさんありがとう!

 分かってくれても分からなくても 関わってくれてありがとう!

  かまってくれて。

   ありがとう!



 【コメント】

2006年12月23日07:42 Tさん
 Happy Birthday!

 May Your Beautiful Dreams Come True!

2006年12月23日07:51 TNさん

「天皇誕生日は祝う必要があるのか?」
というような内容になっているのかと思ったら、先生の誕生日だったんですね…
おめでとうございます!
前にメッセージでイギリスの写真が欲しいと仰っていたこと、覚えてはいるんですが、実際“イギリスっぽい街並み”を撮るような機会に恵まれずに居ります。
こ、今度こそ送ります!プレゼントとして…!!


2006年12月23日08:20 Bさん

 お誕生日なんですね。
 おめでとうございます。

2006年12月23日08:35  Cさん

 WAKKYさんと出逢えたことに感謝しています
 心から “ ハッピーバースデイ ”
 お誕生日おめでとうございます

2006年12月23日08:53 Sさん

 おめでと〜
今日のピクニカライブは WAKKYさんにとどけ〜って歌いましょう

2006年12月23日09:44  Fさん

おめでとうございます。


2006年12月23日09:53  Gさん

 今日が誕生日ならば、僕の母親と同じ誕生日です。
だから何と云うわけでもないですが。

 誕生日、それはここに生きてるだけで『おめでとう』がもらえる日。
そこに生きてるだけで『おめでとう』が言える日。

 お誕生日、おめでとうございます!

2006年12月23日10:20  Aさん

おめでとうさまです☆
昨日まで一緒だったのにまた1つ先越されちゃいました(>_<)

2006年12月23日10:32  Mさん

 おめでとうございます「ロ♪?「ン「ロ♪?「ン「ロ♪?「ン
 益々「らしく」生きてくださいまし・・・(^^)V

2006年12月23日10:50  たかまささん

 はっぴ ばすでぃ  いまから旧古賀銀行にて 壷叩きます
 来年はここで演りましょうよ

(^-^ 舟が出っぞぉ♪

2006年12月23日10:54  Tさん

 おめでとうございます。
 また素敵な1年でありますように。

2006年12月23日12:22  Cさん

♪お誕生日おめでとうございます♪

2006年12月23日12:26 Tさん

お誕生日、おめでとうございます!


2006年12月23日13:02  Bさん

お誕生日おめでとうございます!

2006年12月23日13:37  Uさん

 おめでとうございます。
 来年からまた宜しくお願いしますm(_)m
 いろいろ話したいこともいっぱいあります!


 2006年12月23日13:59  Nさん


 お誕生日おめでとうございます!
 幸多かれ☆

2006年12月23日14:18  Sさん


 ♪お誕生日おめでとうございます♪
 天皇誕生日とご一緒とは・・・全国の方からお祝いされてますね。

 見事な散文詩!!共鳴いたしました。


2006年12月23日14:25  Hさん

 お誕生日おめでとうございます〜〜♪
 素晴しい50代の幕開けですね〜〜♪

2006年12月23日14:50  S君

長生きしてください。お願いします。  弟子一同

2006年12月23日15:24  Fさん


   Happy Birthday to WAKKY ?^^?

 2006年12月23日15:37  Nさん


 ♪お誕生日おめでとうございま〜す♪


2006年12月23日15:48  Kさん

 こんにちは、お誕生日おめでとうございます!!!

2006年12月23日15:58  Mさん


 誕生日おめでとうございます!!

 僕も今年の誕生日の日は半生を生きた総括をしました。
本当は半生より多いのでしょうけど区切りとしてこれからは人のために生きようと思いました。

 師匠もふとーくなが〜く生きてください。

2006年12月23日16:50  Mさん

 誕生日おめでとうございます。

私も今年の誕生日は、とても大きな区切りのような気がしていろいろ考えました。

2006年12月23日16:59  Cさん


 おめでとうございます♪
 また素敵な一年になりますように☆
 今後とも宜しくお願いします☆*:・°★:*:・°☆*:・°★:*:(δεδ)


2006年12月23日17:00  Tさん

 師匠

 師匠のこれからが,よりほかほかなものになりますように。

2006年12月23日21:44  Mさん

お誕生日おめでとうございます。 先生に出会えて、幸せです。

2006年12月23日21:58  Sさん


 Buon compleanno!
 おめでとうございます!!

 これからもステキな音と言葉をどんどん発信してください♪
私も自分のアンテナを錆びさせないよう、磨いていきたいと思っています☆

よろしくお願いいたします。

2006年12月23日22:25  Lさん


 お誕生日おめでとうございます!またいつか聴きに行きます

2006年12月23日22:44  Pさん

 若輩者ながらWAKKYさんのこの詩には共感できます。
僕も人のため、と自分を犠牲にしてるつもりですが、伝わらないものですね・・・。おせっかいなのかな?とよく思います。
 お誕生日おめでとうございます☆
WAKKYさんの詩をいつも楽しみに読んでいます。
 これからもよろしくお願いします★


2006年12月23日23:51 Gさん


 こんばんは。
 お誕生日おめでとうございます!!


2006年12月24日00:23 Pさん

 昔 出会った人と、
生まれ変わってまた出会っているとしたら・・・

なんてすてきなんでしょう!!そこの部分がとっても好きです☆

おめでとうございます*^o^*

2006年12月24日00:45  Rさん


 お誕生日は、生かされてることに感謝するのを思い出します

 お誕生日おめでとうございます。

2006年12月24日00:46  Lさん


お誕生日、おめでとうございます。

そして、WAKKYさんのお母様にありがとうの日ですね。^^
(なぜか、父より母になってしまいます、ごめんなさい 笑)

 今年一年がまた貴方にとって、いろんな発見の芽を育てていく
機会にたくさん出会われることを心から祈って。

2006年12月24日01:20  Jさん

 またまた先生の日記に励まされました。
 お誕生日おめでとうございます☆
 これからも楽しみにしています「ン

2006年12月24日01:24

WAKKY
みなさん ありがとう。 

どうも ありがとう。  ちょっと長生きしちゃいそうです。

宜しくお願いします。


2006年12月24日01:41  Mさん


 WAKKYさん お誕生日おめでとうございます。

 WAKKYさんの23日の日記を拝見しました。
WAKKYさんの今までの楽しさや苦しさ 人との出会いのすばらしさ、生きていることへのありがたさ などとてもよく伝わってきました・・・・。
思い起こせば、WAKKYさんとの出会いも、丁度2年前の今日でしたね。

 今から思えば、この出会いは偶然のような必然だったのですよね??本当に、不思議な出会いだと思っています。

 WAKKYさんのように自分の思いを あのようなすばらしい詩のように表現できることはとてもうらやましいとも思いました。

 素直な気持ちを表に表し、人の心を打つ文章が 書けるWAKKYさんは本当に素敵だと思います。

 あの日記を拝見しながら、私が50歳になるときは、
 どんなことを振り返りそして、コメントを残せるのだろうと、考えてみたりしました。

 そんな中、WAKKYさんのような人間的な魅力のある人になれるよう、これからも、WAKKYさんとご一緒させていただき、私自身の生きるヒントにさせていただければと思いました。

 そして、今までに影響を受けたことや、これからお付き合いさせていただく中で、少しずつその魅力を盗んで(笑)いきたいと思っています。

 生きることの大切さを自ら実践されている人生の先輩として、これからも引き続き、私の生き方のお手本にさせていただきますのでお体にはくれぐれも注意され、ぜひこれからの50代もガンガンWAKKY節を炸裂させていってください!!

 最近は、仕事と勉強の両立でなかなか思うように時間がとれず
 お会いできなくて、とても残念ですが、またそのうちフラッと おじゃましますので、どうぞよろしくお願いしますね♪

 お誕生日おめでとうございました!!
 WAKKYさんにとって幸せ多き一年となりますように・・・


2006年12月24日01:54  Rさん

 大観覧車制覇 万歳!! 50歳万歳!!
ロバのパン屋は名曲です。思い出の端っこに是非どうぞ〜☆
お誕生日おめでとうございます。

2006年12月24日10:10

WAKKY
Mさん。Rさん ありがとうございます。

 

 日本一の大観覧車。東洋で三指に入る大きさ!

 35年の民族音楽より長く。あの母と父の息子である事と同じ位長く続けて来たのが。
二歳からの「高所恐怖症」です。 
昨日で連続115回の飛行機に訓練されたからかもしれませんが...........。

 2nd半世紀の最初のチャレンジ & 苦手克服でした。

 景観が広がるうちはまだしも。 観覧車の支柱が見え始めた時計の10:30頃。
「自分の居場所」が客観的になると、じわ〜っと来ました。

 頑張り様、気を付け様のない状況。 楽観的、客観的になるしかない状況。
 
 苦手なんですね。   

 でも頂上から右回りは最高でした!    
 面白かったのは、人の気遣い? っていうか。言葉とタイミングの面白さ。

 一番ヤバい時に。「あと少しで頂上だからね!」 だけは言わないで!
お願いします! って念じました。 出来れば頂上過ぎた時に言って下さい!  と。

 すると。  なんと

「今、頂上!!!」  って。

蝦蟇の油になりました。   「たら〜っ」と。


 パン屋さんの歌は、今から25年前。

 僕が三度目に九州に移住したいと願った頃に聞いて、思いを募らせた歌です。

 一度目はチューリップなどの音楽を聞いた中学二年生。
 二度目は琵琶弾きになりたいと思った高校生。
 三度目は「明清楽」を学びたいと思った20歳ちょい過ぎ。

 30年以上も前の曲なのに。 もの凄い名曲。
途中のルバートの部分の心を掴む「優しさ」。シンコペイションの下降旋律にはあらためて感動。

 想い出深い方たくさんいらっしゃるでしょうけれど。
 あの歌に「シルクロード」を感じる方は少ないのでは?

 
 マイミクさんの言葉「約束の邂逅」

 
 当時、数少ない「おっ!こいつは本気で音楽やってる」 と思った青年が 
 突然の事故。  リハーサル中の事です。  

 彼に演奏を依頼していた企画者さんは大慌て。

 彼は民族音楽専門演奏ではなかったから、代わりは幾らでも居た筈です。

 それが不思議に僕の所に。

 その直後に観覧車の街に演奏で呼ばれて。通って昨日で58回。

  
 彼が逝った話し。その街を知ったのは、通い始めた後でした。

 
 
 人生の大きな一節。 

 その日に辛うじて大地に足を関連させながら、一番高くまで行きました。

 ☆東京もんですが東京タワー登ったことありません。下から見るのも怖いです。

 観覧車から帰ると。 

 朝、羽田空港で書いた日記にたくさんの方からコメントが。
 
 感慨深い。想い出深い。  嬉しい。楽しい 誕生日となりました。

 ありがとうございました。

 
 何時にも増して飛行機酔いして。 天神着くなりビールで誤摩化し。
 お昼と中国茶の後に観覧車。帰りはクリスマスの週末に祝日が重なって大渋滞。

 その頃になって朝からの高所酔いと、感慨の大きさが襲って来て。

 醒して元気にさせてくれたのは。 突然口ずさまれた懐かしい歌。

 「耳に付いた」と言いながら。渋滞の間中 歌ってくれました。

 

 
 
2006年12月24日11:42 Yさん

 遅くなりましたが、

☆お誕生日おめでとうございます!!!☆

 若林先生と出会えて幸せ。生まれてきてくださって、出会ってくださって、ありがとうございます!

2006年12月24日14:25  Yさん

 遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます。
私も追い越すことはできませんが、まもなく近い歳になります。

 どこかでお会いしたいものです。

2006年12月24日16:19 Sさん


 出遅れてしまいました!
若林先生、お誕生日おめでとうございます。
来年も頑張って下さいね。

 いつも応援しております。

2006年12月25日1:24  Oさん

 遅くなってしまいましたが、
お誕生日おめでとうございます。
これからもWAKKYさんの音楽でたくさんの人を幸せな気持ちにしてあげてください?「ン
また1年すばらしい歳を過ごせますように。

2006年12月25日02:39  

 私達はいつも助けられたり、教えられたり、暖かい感じでしたり......。感じ方や受け取り方や、色々人それぞれかも知れませんが、存在が偉大で、皆様から愛される素敵な人だと思います。陰ながらですが、応援しておりまーす。お誕生日おめでとうございます。k

 お誕生日おめでとうございます。無理をしない程度でいつでも、おいしいビール(WAKKYさんに言われてうれしかったです)を飲みに来て下さい。会話が弾まない時もありますが、それは人生の波?と言うことでよろしいのではないのでしょうか?いつもありがとうございます。
s

2006年12月25日11:13

WAKKY
クリスマスの日にもメッセージを下さった皆さん。
ありがとうございます。

s君&kさん

こちらこそ、いつもありがとうございます。

 いろいろな地方に演奏に行って。お花を貰って。家では猫さん達にぐしゃぐしゃにされるので、飾って頂くのがとっても嬉しいです。

 新幹線の中の缶ビールを我慢して。たどり着いて美味しく頂いています。

 でもその後、家政婦業が待っていると思うと。酔えないし、慌ただしいし........。

 いろいろな意味で「素」「OFF」でお邪魔しちゃっているんだなぁ。と思いました。


   
 12月24日(日) 信心深い事
 

  民族音楽を学んできますと。
  世界にはたくさんの宗教。様々な流派があることを学びます。

 クリスマスイブに福岡のカソリック教会のミサに連れて行って貰いました。
夏には長崎の長閑な海の町の朝の礼拝にも。
  世界各地の民族音楽にはカソリックの文化と深い関係があるものがたくさんあります。
ミサの空気感に感じる音楽の心。意識。時間の流れ方。学ぶものがたくさんありました。

  ソ連軍に果敢に立ち向かうムジャヒディンのキャンプに慰問演奏に行った時。
奇しくも偉いお坊さんが訪れ、平和祈願の特別礼拝に同席させて頂きました。スンナ派イスラームの正統的な礼拝でした。
  お坊さんの急来のため演奏会は中止になり、楽器も目立たぬ様に隅に隠して礼拝に参加させて頂きました。

  お釈迦様生誕を祝う「花祭り」
日蓮宗総本山池上本門寺のご住職を中心に、全国の宗派を越えたご住職による「声明研究会」の皆さんと「声明とインド音楽の共演」を演奏させて頂きました。
その時の感動は今でもシタールを構えると甦って来ます。

  声明は古代インドの宗教音楽。
インド弦楽器シタールとの共演は「自然に解け合う」イメージがあるかもしれませんが。それほど単純なものでもありません。

  弦楽器シタールは、ヒンドゥー教寺院音楽を基礎としています。
 が中世にイスラム教が入った後、「歌舞音曲好ましからず」の不文律によって「宮廷芸術音楽」に転化された北インド古典音楽の弦楽器で、インド琵琶とペルシア三味線の融合の楽器です。

  声明とシタールの間には切り難い縁がありながらも、その間には「水と油」ほども教義が異なる宗教の轍もあります。 その音楽には、コラボレイションという流行言葉で表現しきれないものがありました。

  夏のカソリックの礼拝を体験したその日。
長崎大村市の禅寺でほんの少し、シタールを聴いて頂きました。
講演には仏教の様々な宗派のみならずキリスト教会の方も聞きに来られるという高名な和尚さんの前での演奏でした。

  先日の大分でのみっつの演奏会。
天台宗のお寺の旅庵から、神仏習合の姿勢で知られる八幡宮総本山の平野を駆け、禅宗僧侶がノミ一本で彫った洞門を経て浄土宗のお寺に近い演奏会場へ。
宇佐平野に巨大な二つの虹を見た素晴らしい体験。
 
 神仏習合。ヒンドゥー教とイスラム教の出逢いで生まれた音楽。
宗派を越えた人間愛、平和を願う講演。それぞれの伝統と敬虔な信者さんのたたづまい。温かくも広々とした素晴らしい心の世界。

 「信心は宗教の壁を越える」
そんな言葉が思い浮かばれます。

 でも、それはとても難しいもの。とても深いもの。 

 真実や本質を現す言葉は、素朴で分かり易く。
誰もが感じ、理解し、喜べるものであると同時に

上辺の心地良さで終わってしまうものも多い。
上辺の心地良さでは感じ切れないものも多い。


   
 12月26日(火) 人とのつき合い方
 


   
 12月26日(火) 怒ったフリ、嬉しいフリ
 

  怒ったフリって出来ますか?
 僕はとっても得意です。
 師匠として。親として。
 怒ったフリは必要でした。

 でも、根っからの不器用は。
 フリのつもりがほんとになったり。
 態度の悪さや逆切れに。何時しか本気で怒っていたり。

 でも、根っからの寂しがり屋。
 怒った筈が悲しくなる。
 怒らねばならぬに悲しくなる。
 だからフリに努めるのか。

 怒ってないフリ出来ました。
 最近出来る様になりました。
 少しは大人になったのかも。
 嬉しくもあり、悲しくもあり。

 

 嬉しいフリって出来ますか?
 実はこれも得意です。
 子どもの頃から得意です。
 親が大好き。人が大好き。
 人の優しさ。温かさ。
 してもらうことが大好きだから。
 気持だけでも嬉しくなるから。

 ほんとはどうなのって聞かれても
 ほんとに自分も分からない。
 嫌いなものが好きになったり。
 嫌いな分だけ好きになったり。
 フリかもしれないけれど。ほんとかもしれない。

 長男A型寂しん坊。
 悪い癖かもしれないけれど。
 気持はほんとに嬉しいのだから。
 我慢じゃないし。無理じゃなく。
 嘘ついていると言わないで。 

 

 嬉しくないフリ出来ました。
 批判されたり、叱られたり。
 構ってもらえる。思って貰える。
 厳しい言葉も嬉しくて。
 批判され喜んでは態度が悪い。
 
 最近やっと出来ました。
 ちょっとは大人になったのかも。

 

 優しいフリって出来ますか?
 僕には無理と思います。
 不器用な人間だから。
 優しくされるの大好きだから
 優しいフリなど出来ません。

 でも、最近気付いたのは。
 思い遣りとか、気遣いって。
 頭で考えて出来たりする。

 悪気のつもりはないだろう。
 フリのつもりもないだろう。
 でも、それって優しさですか?
 ほんとにそれは温かさ?

 温かさを感じない。うわべの気遣い。思い遣り。
 逆に冷たく感じます。時々怖さも感じます。

 悲しいフリって出来ますか?
 これも僕には到底無理です。
 そんなに心が強くないから、
 フリすることが悲しくなる。
 フリのつもりがほんとになる。

 でも怒りを堪えて鎮めようとして、
 悲しく見える時もあるかも。
 フリの優しさ求められて。
 出来ずに悲しく見えるかも。

 悲しくないフリ出来ました。
 最近出来るようになりました。
 少しは大人になったのかも。
 心がちょっと強くなった?

 これはちょっと嬉しいかな。
 これはとっても必要だから。


   
 12月28日(木) 風評に流される事
 

 2006年12月28日07:33 風評に流されること

 世の中の「風評」というものの怖さ、もの凄さ、醜さ、嫌らしさを痛感させられる出来事が、この一週間に立て続けにマイミクさんから伝えられました。

 ひとつは、広島と大阪で起きた動物保護の問題。
経営破綻した「広島ドッグパーク」に取り残された800匹の犬達をボランティアさんが世話をするが間に合わず。大阪の動物愛護NPOの支援を仰いだ事件です。
 NPOが積極的に動いた結果、全国からかなりの支援金が集まりましたが、逆にそのNPOをバッシングする動きが興り、報道機関がそれに同調する傾向を見せ、その結果、保護が暗礁に乗り上げたと言う事件です。

 マイミクさんから
 http://ark-angels.jp/  のサイトに於ける署名運動を勧められました。

 期限は、12月28日。事情を良く飲み込めては居ませんでしたが、
 署名しました。 事情の理解は後でも出来ると思ったからです。
 期限を切った人々に対する行動に対するリアクションには理解と納得をしている場合ではありません。
 早朝〜午前中の忙しい時間帯ですが、是非ご覧になって下さい。

 「納得が行かぬ事には責任を持ち様が無い」「責任ある行動の為には納得が必要」とおっしゃる声を良く聞きますが。

 今迄の人生で、どれほどの責任を負わされた事がありますか?
それよりも、何よりも、簡単に「風評」に動じ、加担してらっしゃいますが、その「責任」は負わなくて良いのでしょうか?

 私は何度かお弟子さん、楽団メンバーの連帯保証人になり、結果責任を負わされた事があります。
 厳しい思いをしたにも関わらず、一度で懲りずに何度も。

 それでも尚。社会の流れや時々の風評に流される事の罪深さとその責任の重さを感じます。

 もうひとつは、ノロウィルス問題。
 これも風評にマスコミが追従し、生産者さんが大変な打撃を受けました。
 マイミクさんが実情を日記に書かれていたので、何か出来ないかとPCと携帯のE-Mailをお伝えしましたところ。
 丁重なお礼と共に「出逢った人々に『現地は頑張って平和を保って居る様だ』とお伝え下さい」という毅然なお言葉を頂きました。

 この二つの「事件」
 私は「事情」も「風評」も知りませんでした。

 元々TVをあまり見ない生活でしたが、昆虫飼育の為に育てた「葛」が大繁殖して屋根のアンテナを倒し、この半年完全に見なくなっていました。

 言い換えれば「事情」を知る為に「報道」は必要であって、その分貢献した事になります。

 しかし「風評に流されない冷静な判断力」を持ち続ける事は、「風評」の被害にあった人程の体験をしないと難しい。
 幸いにして、小学校低学年で「役者の子!」と石を投げられ虐められたお陰で、世の中を捻くれて見る癖を得た私です。
 あの悲しい体験を思うと。人々が「風評に流されない力」を得る事は大変難しい事です。それを考えると報道は「半々」「中道」でも「偏った」ものであることになります。
 すなわち「大概の報道は風評を煽っている」ということになるのです。

 事件が終熄した時、人々がマスコミ批判をするのも納得が行きません。
「風評」に準じた報道で視聴率を上げたり、雑誌の売れ行きを上げるやり方は確かに卑劣です。

 さもしく、卑しい心を紹介して「判断は受け手の責任」
これは人のすべき事ではありません。

 同時に受け手は、「風評」に準じた事による「責任」を痛感すべきです。


 【コメント 】

 2006年12月28日08:21  Aさん

 世の中にたくさんたくさん不満があります。でも一人の力ではどうにもできないことでも、
一人一人が意識することで解決できることはたくさんあると思います。
  日記の内容とはそれましたが、地球の温暖化にしろ不祥事にしろ少年少女犯罪にしろ、全てが重なって起きる事です、普段から親子の会話を大事にしてれば親を子を殺すなんてありえないし、環境や親の責任ももちろんですが、結局は自分次第。頑張ってる人はたくさんいますから!自分の意識の問題、自分次第! あ、話全然違いましたね、すいません。

2006年12月28日08:32 WAKKY

Aさん

 コメントありがとうございます。話し全然違わないです。

 親子の会話。それが根本だと思います。

 TVを見ながらの批評し合いは違うと思いますけど。

 それをきっかけに話しを深めて、

 いちどTVを消して。話し込んで。

 そんな事からでも始められるかもしれませんが。

2006年12月28日09:52  Mさん
 署名しました。
 飼い主の都合やビジネスのために動物を飼ったり捨てたりするようなことは絶対にしてほしくないですね。
 どんな風評かは知りませんが動物に罪はありませんから殺さないで欲しいです。

2006年12月28日10:13  Rさん


 ドッグパーク事件・・・
 そうですね、私はその場所から遠いですが 同じ県内の出来事としてニュースなどで見ていました。 知り合いの方にもボランティアに行き、 一匹保護、飼うことになったそうで、
一度家に見に行きました。

 体調は良好でよく動くものの、どこか違和感があります。
走り方が不自然だったり・・・突然妙な動きをしたり・・・。

 話を聞くところによるとペットショップの人もいたとか。
私は動物は好きなのですが、 いかんせんペットショップというものが嫌いで
生き物を商品としているところがイヤですね。 この人は、引き取って状態がよくなれば売り物にしてしまう のだろうか・・・と思うとなんだか腹が立ちます。

 相次ぐ少年犯罪などもそうですよね。
 私は引きこもりやニートも回りにいて、 目の当たりにしてきました。

 多分彼らの思いは理解こそできないと思いますが 精神的な部分というのは他人にどうこうできることではないとも思います。

 が、問題はそれがちょっとした「ブーム」になっていること。
「ニート」であることがかっこいいとか、 うつ病のようなものを患うのがいいとか、
そう思っている輩が結構います。

 一時ありました、テレビ番組でニートをたくさん集めて、 某人がそれについて指摘したり批判したり・・・。

 もともと誰とも関わりたくないような精神の人が、 テレビに出てベラベラしゃべるでしょうか・・・?

 あ〜、話し出すとキリがありませんね; 申し訳ありません、長々と(苦笑)

2006年12月28日10:30WAKKY

 MさんRさん、ありがとうございます。

Rさん。奇しくも上記の二件ともRさんの地元でした。

 やはり僕にとって何か、関わりが増えつつある所なんだと思います。

 Rさん。 お若いのにしっかりした感覚を持って居ますね。

 ペットショップ  流行廃りの種があります。

 可愛い旬を過ぎると半額に成ります。躾も難しくなるからもあります。
半額病の僕はなるべく行かない様にしています。 グッズを買いにやむない時も、見ない様にしています。我が家のレオ(里子に出しました)は半額。ダックスの千恵、ベンガルのアイーシャも言わば「半額」

 猫餌の缶詰。「まぐろ」大反対でした。
「猫がまぐろ採れないだろうが!」って憤慨して。
でも、お医者の後のチャメに「咬み易かろう」と刺身を買ってしまってから、免疫が無くなって。

 ペットショップでも心在るスタッフさんが居ると嬉しかったり。
日々ぼやけて来ます。

 ペットショップ嫌い。 どうぞ、その感覚がぼやけない事を。

 心を弱めたお友達。意に感じて動くお友達。 その中でしっかりとした意識を持たれているRさん。流されてない姿が立派です。

 

2006年12月28日16:01  Aさん

 こんにちは。はじめまして。
広島ドッグパークの情報について、一般の方がどの程度の知識をお持ちなのか、いろいろな方の日記を拝見しておりました。

 広島ドッグパークの件で、少し訂正させてください。
広島ドッグパークにいた犬の総数は480頭と言われていましたが、途中で580頭に増えたり、総数は発表できないと言われたり、曖昧なままです。ただ、800頭という数字はどこにも出ていなかったと思います。
 また、保護した団体であるアークエンジェルズはNPOではありません。ちょっとしたことですが、ただ「ボランティア団体です」と名乗っているだけの団体のため、団体の資産=代表個人の資産となってしまいます。また、NPOではないため、収支報告の義務もありません。
そのあたりから、募金詐欺と疑われたりしています。
詳しくは関連サイトを見ていただいた方が良いかと思います。テレビや新聞だけが情報の発信源ではありませんし、一方からのみの情報で判断されるのは、少なくとも今回の件では危険だと思います。

 28日が期限と書かれている件に関しても、アークエンジェルズ以外の団体は保護可能ですし(サイトではアークエンジェルズでなければ救えない、という論調ですが・・・)、実際にサイトに上げられている9匹については他団体による救出が決定しています。

 動物愛護の精神はとても素晴らしいですし、私も犬・猫の命が助かることが第一だとは思うのですが、署名するということは相手に個人情報を預けるということです。(署名した内容が、大阪動管に直送されるわけではありません)

 他の方々に署名をお願いするのであれば正しい情報を流すべきだと思いますし、あえて訂正させていただきました。

カキの風評被害については、広島漁協が「風評被害だ、カキは大丈夫だ」と公式にコメントを出した翌日に、某ホテルで100名を超える集団感染が起こりました。
加熱すれば大丈夫と聞くのですが。。。

 犬の件にしてもカキの件にしても、情報は正確に、ですね。
長文失礼いたしました(_ _)

2006年12月28日17:18 WAKKY
Aさん、ありがとうございました。

 今回、犬の命を守る期限が切られているという状況と理解し、事実確認をせずに呼びかけをさせて頂いた責任を痛感致します。

 Aさんの入られている「広島ドッグパークの真実とは」というコミュニティーも拝見いたしました。 http://mixi.jp/view_community.pl?id=1601047

 事態は私がイメージしたものより遥かに大きく、混沌としている事を理解し。
情報に疎いという言い訳は通用しないと思いました。

 今回の私の呼びかけが、一方からの情報のみで判断して読者の方々に影響を与えた責任は重く受け止めます。心を動かされた方々、行動を起こされた方々に対して、深くお詫びを致します。

 「風評に加担する事への無責任」を批判した自分が、同質のテーマで問われる事となりました。

 しかしながら、私の呼びかけに動いて下さった方々は、誹謗中傷に同調したのでは無い事をご理解下さい。

 人は、この様な問題に直面すると「分からない事には首を突っ込まないものだ」と思う事でしょう。
 双方の情報を頂いても尚、個人的には未だに納得が行かない部分が双方にあります。もしかしたら「真実」「正確」というものはないのかもしれない。という諦めさえ感じてしまいます。

 私は、日々「真実」「本物」を求め、より多くの方々に学び、出来る限り分かり易く伝える方法を模索しています。

 今回の様な事がありますと、「真実」「誠実」には迫れないのか、と心が揺らぎます。一方にとっての真実が、他方にとっては偽りである事も。にも関わらずそれぞれが自信を持って「真実」「正確」「訂正」を口にする。
 白黒決着をつける中に私の求めている真実は見つからないかもしれません。

 今回の出来事には、遥か以前に原因があると考えます。
私は今後もその根本的な原因に迫って行きたいと思います。

 その間に、また今回の様な出来事があり。関わる事となったとして。
同じ様に時を区切られた場合。また同じ事をすると思います。
 そして同じ様に謝罪すると思います。

 私は、今回の呼びかけをさせて頂くきっかけを下さった方々に感謝しています。
そしてAzsaさんにも大変感謝しています。

 これからもより多くの方のご指摘、ご批判を忌憚なく賜りたいと思います。
たいへん恐縮ですが、どうぞ宜しくお願いします。

2006年12月28日18:07  Aさん

「署名しました」と書いたもち吉です。

 ですが実際にはここに書いたような意見をニックネームで書いただけで、あのサイトには個人情報は全く求められておらず署名としての効力は全くないと思います。

 一応ご報告まで。


   
 12月28日(木) 目も遅ければ、耳も遅い。
 

 2006年12月28日08:13 目も遅ければ、耳も遅い。 結局人生回り道。

 私の目は「遅い」
 人にも言われ、自らでも痛感する。
 走る車、電車の中から。見るべきものを見損なう。 看板。建物。面白い光景。

 道路標識さえ見ないだろうから。運転しない方が良い。
 見たとしても理解が遅い。
  目も遅ければ。頭も遅い。 道路標識を見ていても。理解が遅けりゃ意味が無い。
 首都高速を走っていて。千葉に行くのに横浜に着いた。

 余計なものは見てしまう。 通る度に見てしまう。
 悲しい想い出の有るあの店。 直前まで忘れて居て。他の話しや考え事。
 にも関わらず見てしまう。

 心が安定していたからか。 半年以上見なかった。
 不思議な位。面白い程見なかった。 それが最近また見る様になった。
 心の目が見るのかもしれない。

 猫や犬が好きだから「今の猫さん可愛いね」 と言ってくれるが、見ていない。
そんな私の目に留まった猫。 道を渡らんとしていた。
見た心が騒いでしまい。車を止めて貰って探した。

 犬を引いて無理矢理横断。 そんな暴挙は見逃さない。
 あの犬は、車道を横切る事を覚えたであろう。 猫や犬が発した想いか? それとも案じる心の目か。

 何時もと違う通り道。 疑問も何も持たないのに。 見なくて良いものを見てしまう。

 なぜか回り道をしてしまう。 分からないけど感じてしまう。
揺れる心が苛つきとなり何かを訴えていることを。 回り道の訳を知る。

 心の眼力が強いから、見る力が少ないのか。 見る力が弱いから、心がそれを補うのか。

 思えば耳も同じ事。 耳も遅けりゃ、理解も遅い。 なのに何故か聞こえてしまう。

 気付けば記憶も同じ事。 大事な事は忘れるくせに。 要らない事は覚えている。

 心が気配を感じるからか。 心が発して教えるからか。
自分の中の察する力か。 それとも人の願いの力か。

 でもきっと。肝心な事は見逃している。
 大切な事も聞き逃している。
 愉快で楽しい時に限って。 大事な事は通り過ぎる。

 千葉に行くのに横浜に着く。 人生結局回り道。
 失ってから、間違ってから。 学ぶ力も足りないようだ。


   
  12月28日(木) Fool on the Hill
 

 2006年12月28日
10:50 Fool on the Hill
 丘の上のモミジの樹。
 その太い枝は腕の様。
 肘を曲げて手首を曲げて。
 何かを支えている様にも見える。 
 何かを受け止めている様にも見える。
 何かを掴まんとしている様にも見えるが
 その葉は華奢でちいさくて。何も掴まず枯れては落ちる。
 
 リスか何かがやって来て。
 枝の先迄見に行って。 「実が無いじゃないか!」と怒り出す。
 実も生らない役たたず。なんの為の太い幹。
 リスはしばらく休んでは、他の樹木に消えて行く。

 ヘビか何かがやって来て。
 枝の先迄見に行って。 「獲物が居ない!」と怒り出す。
 リスも居なけりゃ、鳥も来ない。なんの為の太い幹。
 ヘビはしばらく休んでは、他の樹木に消えて行く。

 板前さんがやって来て。
 青い葉を摘んで微笑んだ。料理に添えたら優しかろう。
 素朴な味わい、嬉しかろう。と。
 喜んで持って行ってくれた。

 でも、それは昔の事。
 大きくなって高枝になれば。小さな樹木が好まれる。
 
 老夫婦がやって来て。
 真っ赤な紅葉を喜んだ。季節を喜び。命を喜び。
 苦楽を喜ぶ。笑顔があった。
 また来ましょうね、と帰って行った。

 でも、それは秋の事。
 青葉が茂る季節には。訪ねてくれる人はない。

 子ども達がやって来て。
 紅葉の落ち葉で大はしゃぎ。
 抱えて放って、吹雪にして。
 寝転び、掛け合い。大笑い。

 でも、それは晴れた冬の日。
 雨雪振ったら現れない。

 丘の上のモミジの樹。
 その太い枝は腕の様。
 その太い幹は岩の様。
 ごつごつ、ざくざくひび割れて。
 撫でてみたい人など居ない。

 雨風に耐えてひび割れて。
 陽に焼かれては、ひび割れて。
 誰も一緒に暮らしてくれぬ。
 なのに何故に苦労人。

 実も生らないのにモミジの樹
 大地に大きく根を張りながら。
 空に向って枝を広げ。
 何故にそんなに頑張った。

 時々愛でる人あれど。たまに誉めては帰って行く。
 青葉が茂る元気な時は、近寄る人無く寂しく過ごす。
 枯れ葉が全て落ちた悲しい時は。誰も訪ねず寂しく過ごす。

 そんなモミジに友が居た。
 モミジの根元に細い幹。危なげに伸びる細い枝。
 切なさ、愛しさ募るけれど。寄り添い守れる訳ではない。
 差し伸べる枝も動きはしない。

 細い幹は懸命に生きた。 陽を求めて曲がりくねり。
 根っ子も危なげ。葉も少ない。
 モミジの根に守られている。そうかも知れぬが違うかも。
 
 モミジの枝が遮った。 友の行方を遮った。
 希望の陽を遮った。 友は厳しく抗議した。
 でも枝は動かせない。 切ってくれよと願っても。
 自分の意思では切り落とせない。

 
 丘の上のモミジの樹。
 太い枝は腕の様。
 肘を曲げて空に向い。
 手首を曲げて陽にかざす。
 
 何を掴まんとしているのか。
 何を実らせんとしているのか。
 手を繋ぐ者も無く。共に暮らす者も無く。

   
 12月29日(金) もし今戦争が始まったら
 

 2006年12月29日09:13 もし今戦争が始まったら。

 もし、今戦争が始まったら。
 私は何を守るだろうか。
 私は何と戦って。何と命を引き換えるのか。

 家族か、国か、信念か。 人間としての尊厳か。
 平和を守る。取り戻す。攻められれば守り抜く。
 文化を守る。社会を守る。財産を守る。仕事を守る。
 正義を守る。秩序を守る。悪を挫き戦い抜く。

 平和な時程文化は廃れる。平和であっても社会は廃れる。
 平和であっても仕事は厳しい。平和であっても悪ははびこる。

 平和と言われるこの国に。
 社会を守る人は居るのだろうか? 
 文化を守る人は居るのだろうか? 正義が何か分かるのか?
 もともと秩序は有ったのか? 命がけで仕事をしたか? 
 何をもって悪として、何をもって善なのか?
 自分の財産守りきれるか? 国をそんなに愛していたか?

 攻めて来た者を悪として、それから家族を守るため。
 悪の命を絶つために、人殺しに馳せ参じる。
 自分の命はどうでも良いが、果たして家族は守れるか。
 残した家族を守ってくれるか。誰がどう守るのか。

 
 もし、今社会が壊れたら。
 私は何をするだろうか。
 私は何と戦って。何を守る努力をするのか。
 
 家族と、仕事と、財産か。人間としての尊厳か。
 生きた証の信念か。それとも明日の安全か。
 平和な国に移住をするか。自分の回りに平和を作るか。
 
 社会を守ると言うけれど。
 社会のルールは日々変わる。
 誰がルールを作ったか。何がルールで何が正しい。
 何がマナーで、何がモラル。何が善悪、何が信念。
 火の粉が掛かれば振り払う。隣の落ち葉に文句言う。
 波風立てずに生きていれば。ストレス貯めて我慢をすれば。
 無い袖振るわず。無理をせず。他人の事には関わらず。

 強い者が得をして。弱い者が損をする。
 騒いだ者が得をして。黙った者が負けを見る。
 

 もし今、仕事が無くなったら。
 私は何をするだろうか。
 私は何処迄我慢をして。何の為に生き抜くか。
 
 人の財産横取りするか。
 人を騙して生き延びるのか。
 仲間を作って悪さをするか。悪事を手伝い小遣い得るか。
 愛する家族を守るため。
 少ないパンを奪い合い。蜘蛛の糸に群がって。
 人を蹴落とし、生き延びるのか。
 それで家族は幸せか。生き続ければ幸せか。
 そんな歴史を刻みながらも。いずれは幸せ来るものなのか。

 
 もし今、仕事が減って来たら。
 私は何をするだろうか。
 私はどこまで信念すてて。なりふり構わずやれるのか。
 仕事の意義も、やり甲斐も。利率も、体裁も選べぬ時。
 なりふり構わず仕事をするか。
 もし妻が居て、子どもが居て。みっともないと言われても。
 らしくないよと言われても。喰う為には文句も言わせず。
 より楽、より利潤、仕事を選ばず。相手を選ばず、がむしゃらに。
 それを頑張りと思えるだろうか。それは逃げではないのだろうか。

 
 なってみなけりゃ分からない。 そうなってから考える。
 そんな人ばかりの世の中だったら。
 果たしてこの先どうなるのか。
 急に変わればまだ良いかもしれぬ。
 みんなで変われば良いのかも。
 気持もまぎれば、信念さえも。カッコ付けては居られない。

 戦争が起きようが起きまいが。平和の解釈いろいろあろうが。
 社会が良くても悪くても。景気が良くても悪くても。
 仕事が良くても悪くても。 お金があっても無くなっても。
 何時でも同じ自分であれば。きっと誰も傷つけない。
 そうして生きた自分であるなら。きっと誰かが助けてくれる。
 仮に我が身は滅びても。誰かが家族を助けてくれる。

 そう思える様に生きていなければ。きっと不安は拭えない。
 そう思える人が多くなっても、なかなか世の中良くならないが、
 そう思える人が少なくなれば。きっと世の中悪くなる。
 

 【コメント 】

2006年12月29日13:21  Mさん
 
 どうなるんだろう…私。
 自分の心さえも守ってやれないのに、
【何か】を守ることなんて出来るんでしょうか…

 ただ、思うのは。人同士の争いに 他の生物を巻き込みたくない 。

2006年12月29日19:41  Aさん


 人間、無い物ねだり、人間、何か起きてからしか気付かない、すでにその時は手遅れ。
  今の現状に満足せず、常に目標を持たないと…今戦争が起きたら、きっと皆焦る。
  でもいつ起きてもおかしくはないこのご時世。
  すでに異常現象や異常犯罪、狂いはじめてるんだから…。
  今、地球が危機ってこと意識してる人はどのくらいいるでしょうか?
  考える私たちが異常者扱いになるこの世の中。
  もっと視野を広げなきゃ。偉そうなこと言ってますね、
  私。もっともっと疑問をもつこと、討論すること、人と深い話がしたい今日このごろです。

2006年12月30日18:07  Tさん

 Mさんへ

 それならば,まず,自分の心を守ってみては如何でしょうか。
 自分の幸せを究極に突き詰めると,きっと,何かの為に動ける人になります。
 自分だけ幸せで幸せな人なんて, 幸せではないでしょうから。

 Aさん へ

 僕の回りには,危機意識を持っている人,
 沢山居ますよ。何時かその様なお話をしましょうね。


   
 12月29日(金) 真っ黒野良猫横切った
 

 2006年12月29日20:57 真っ黒野良猫横切った。

 真っ黒野良猫横切った。今日も朝から縁起が良い。
 真っ黒野良猫横切って、こっちを向いて微笑んだ。

 最低三つはあるという。野良猫助けるスポンサー
 餌を与え。 軒下与え。 おやつを与える家がある。

 その他にも幾つもある。お気に入りの昼寝の場所。
 仲間と群れる遊び場や。気まま、気晴らし憩いの場。
 駐車場の車の下。大きな家の縁側や、小さな家の軒の上。
 石階段や、塀の上。時々道を横切って。人の顔見て立ち止まる。 意外に視力は良いのかも。

 野良猫には三つの家。どの家の子でもないけれど。
 それぞれ上手く立ち回り。程よい距離の良い関係。

 一体何処のどの家で、どんな名前で呼ばれてる。
 どんな顔して気に入られ。どんな声で媚びを売る。
 三軒向こうのお屋敷か。東の方の飲み屋さん。
 北の方の喫茶店。何処で何する分からない。
 時々道を横切って。人の顔見て立ち止まる。 少しは情が有るのかな。

 面白い所が三つある。ここらじゃ希な長目の尾っぽ。
 その割短い可愛い足。野良には希な奇麗な目。

 最近毎晩やってくる。寒かろうと餌をやる。
 何時ものパトロンどうしたの。旅にでも出て留守なのか。
 寒いんだから入りなよ。それじゃ野良とは言えないか。
 ところが夕べは来なかった。心配したけど来なかった。

 可愛くないとこ三つある。気まま。我が儘。思わせぶり。
 苦労者か。我が儘か。頑張ってるのか、お気楽か。

 時々妙に近づいて。すり寄って来そうと思い気や。
 プイっとどっかへ逃げて行く。
 忙しい時に甘え顔。構おうとするとしたり顔。
 着かず離れず塀の上。人恋しいのか違うのか。

 偉い所が三つある。毅然としてて、マイペース。
 何処か気品も漂わせ。独りで生きてる風でもある。

 他での姿は決して見せない。我が家じゃまるで一人者。
 ほんとは何処かに子猫でも。独りで頑張る母なのか。
 それほど若くはなさそうだけど。雄か雌かは分からない。
 雨風冷たい冬の日は、我が家にゃ決して現れない。

 ある日とっても哀れだった。目やに鼻水酷い風邪。
 それでも距離は縮めない。餌だけ食べて飛んでった。
 何時迄独りで頑張るのか。意外に何処かの飼い猫か。
 野良猫貫く訳は何。老後は何処で暮らすのか。

 野良に飽きたら何時でもおいで。
 寒さに懲りたら何時でもおいで。
 その時きゃ良い子になってなよ。
 可愛くないと入れないよ。

 明日は寒波が来るという。玄関先に段ボール。
 暖かマットを入れてやろう。

 【コメント】

2006年12月29日23:35  Oさん

 あぁ、WAKKYさんは本当に優しい方ですね。
今年の春、うちの猫1匹いなくなってしまったんですが、この冬空の下で寒くて凍えていないだろうか、お腹をすかしていないだろうか、鼻や目は大丈夫だろうか・・・などと もう心配でなりません。
  うちの子のそばにもWAKKYさんのような方がいらっしゃればいいな〜って思いました。元気で頑張っていて欲しいなぁ。
 冬は野良には厳しい季節ですよね。。。

2006年12月29日23:43 WAKKY

 きっと大丈夫ですとも。

 しっかり愛情を受けた猫さんは、真っすぐで素直だから。

 きっとたくさん可愛がられていますよ。Oさんが注いだ愛情の賜物ですよ。


   
 12月29日(金) ペン字のメール。
 

 2006年12月29日23:31 ペン字のメール

 人はなかなか変わらない。悪気がなくて傷つける。
 されれば分かるを人にする。大切な想い壊される。
 些細な事でも大きな支え。そんな心が分からない。

 人はなかなか変わらない。ふらふら心が治らない。
 言う事する事ころころ変わる。
 それだけ変われるものならば。意外に根性入れ替わるかと。
 ところがなかなか変わらない。変わると替わるの違いかな。

 ゆったり気持でゆっくり待つと、待ってる間にしでかしたり。
 何時かはきっと伝わると、知らない間に変わっていたり。
 ひとつ譲ればふたつする。 ふたつ譲ればよっつする。
 創りあげること分からない。紡ぎあげること分からない。
 壊すことしか分からない。減らすことしか分からない。

 防げぬことが悲し過ぎるのか。受け止めることが怖いのか。
 同じ事が再び起きたら。自分は耐えて行けるのか。
 自然で居られぬ不安が過る。
 自分もなかなか変わらない。

 駄目なのかもと思った時。元気をくれるメールを貰う。
 優しく温かな言葉が並び。メールの文字がペン字に見えた。

 人はなかなか変わらない。でも変われる人も居ると思う。
 割り切ることも自然体。頑張り過ぎて疲れぬ様。
 きっと伝わりますように。

 着物の柄のように繊細で。旋律の様に流麗で。
 山の水車のコトコトの様に。柔らかだけれど力強い。

 文字から伝わる深い情。

 人はなかなか変わらないけど。苦労や、悲しみ、悔しさを
 優しさ温かさに変えられる。
 大切な想いは変わらずに来た。正しい心は変わらずに来た。  
 真っすぐな人は変わらない。

 メールの文字が滲んで見えた。


   
 12月30日(土) あなたの目の前には
 

 2006年12月30日01:42 あなたには。 

 目の前にもの凄い兵器があります。
 正しく使えば世の中を良く出来ますが、間違ったら破滅を導きます。
 あなたの側にはそれを託す人が居ますか? あなたはそれを何処に持って行きますか?
 そのまま放って置いたらどんな人が拾うか分かりません。

 
目の前に良く効く薬があります。
 真っすぐな人に使えば優しい力がたくさんの人に伝わりますが、
 曲がった人に使えばその人の仕事が成功します。
 真っすぐな人はあなたに優しい心しかくれませんが、曲がった人はお礼をくれます。
 あなたの側にはそれを渡すべき人が居ますか? あなたはそれを誰に渡しますか? 

 目の前に良く効く媚薬があります。
 残念ながら手にした人には効き目はなく幸せをもたらしません。
 あなたが愛する人に手渡した時に効き目が生まれます。
 あなたはその媚薬を愛する人に渡して幸せを願いますか?
 使わずに置いておくとだんだん効き目が無くなります。

 目の前にピストルがあります。
 あなたはそれを欲しがっている人を知っています。
 お金を貰わなければ罪に問われないとします。貰わなくても感謝はされます。
 あなたはピストルを欲しがっている人に渡しますか?
 その人が人を殺めた時。あなたは罪を感じますか?

 目の前に絵本があります。
 一枚一枚破って捨てると、その紙くずはお金に換わります。
 その絵本はあなたの優しい心が描かれた絵本です。
 そのまま放って置いても朽ち果ててしまいます。
 あなたのことを愛する人に手渡すと、それはあなたにあなたらしさをもたらします。
 でもあなたはその人を愛していないので、その人には悲しみが増えます。
 あなたが愛する人に渡しても、愛されていなければ消えてしまいます。
 
 
 目の前に幾つかの道具があります。
 そのうちのひとつは、直ぐに役にたってあなたを有名にしますが、
 直ぐに使えなくなります。
 そのうちのひとつは、あなたの本当の魅力を引き出しますが、
 少し時間が掛かります。

 あなたには二つの魅力があります。
 ひとつは直ぐに使えば、お金が入って来るかもしれません。
 でもその魅力は使った途端にもうひとつの魅力を消してしまいます。
 そしていずれはあせて行きます。
 もうひとつの魅力は直ぐにはお金につながりません。
 でももうひとつの魅力の形を変えてあせさせません。
 いずれはもうひとつの魅力と合わさってたくさんの人に感謝されます。

 あなたには二人の友人がいます。
 ひとりはあなたの悪しき心のお仲間ですが、あなたを元気にさせてくれます。
 もうひとりはあなたの優しき心のお仲間ですが、あなたの不安を取り除きません。
 元気になって頑張った仕事は、長い目で見ると苦労の割に利が薄く失ったものも多い。
 不安を抱えながらも優しい気持になってコツコツ頑張った仕事は積み重ねられます。
 
 あなたには二種類の喜びが用意されています。
 ひとつは愛される喜び。 もうひとつは愛する喜び。 

 あなたの前に寂しい人が居ます。

 あなたの前に異性と知り合いたい人が居ます。

 あなたの前に仕事が欲しい人がいます。

 
 あなたの前には二つの道があります...................。
 
 
 ★インターネットは「もの凄い兵器」です。
 あなたの言葉と文字は「良く効く薬」です。 「媚薬」はあなたの愛情です。



 【コメント】

 2006年12月30日03:07  Aさん

 もの凄い兵器でも、ものすごい平気(>_<)

 2006年12月30日06:36 Tnさん


 三回読み直しました。
 すばらしい詩ですね。
 blogの中だけにおいておくのがもったいない気がします。

 2006年12月30日18:23 Tさん

 Rさんへ。
  緊張するという御心,良く分ります。
 どちらも,袋小路の様な質問ばかりです。
 しかし,生きる上では,しばしばこの様な
 決断が求められている気が致します。

 ホッとする選択肢を頂こうとする御心,良く分ります。
 僕もその一人です。ただ,その答を作るのは,
 WAKKYさんではなく,Rさん御自身なのだと思います。

 きっと,ぬるくないけどホッとする,
 正しい選択肢が生まれると思います。

 2006年12月31日02:59 Rさん

 Tさんへ。

 ありがとうございます。
  そうですね、仰る通りかもしれませんね。
  でも。。。。

 今の私には思いつかないし、考え出せないような
 WAKKYさんならではの優しい道を
 いつの日か教えていただけるよう頑張ります。

 照らし合わせてみたら 同じような選択肢になっていたら
 私も中々の者かも知れませんね〜〜( ̄Q ̄;)!!

 2006年12月31日19:20 Tさん

 Rさんへ。

 僕は日々,多くの困難な選択肢に出会っています。
 中には,とても残念な結果
 (http://mixi.jp/view_diary.pl?id=17336756&owner_id=560320)
 となってしまった,致命的な選択ミスもあります。

 多くの選択ミスが後悔となり,その後悔の念が,
 僕により良い選択肢を選ぶ様に背中を押します。

 WAKKYさんの日記は,僕を厳しい言葉で勇気付けます。
 その厳しさこそが,優しさなのではないでしょうか。

 共に頑張りましょう。

 2006年12月31日19:42 Tnさん

 Tさんへ。

  日記拝見いたしました。

 この日記、私は以前にも一度読んでいます。

 何をきっかけにこの日記にアクセスしたのか 記憶にないのですが、
 日記の内容はよく覚えています。

 私は、
 まず、「身の丈」の行動ができれば
 それで神様は許してくれる、と信じています。

 Tさんは、十分に手をつくされた、
 と、思います。

 2006年12月31日19:59 Tさん

 Tnさん へ。

 そういって頂けると有り難いです。

 まず,その当時の僕の「身の丈」は, 事実を公表する事でした。
 身近な人から,徐々に多くの人へと。
 インターネットはWAKKYさんが「兵器」と解釈する程,
 多くの人へと事実を伝えました。

 多くの方がこれを見て下さった様です。
 不快になる方も居られるでしょうが,
 見て頂くのは大切な事なのだろうと,直感しています。

 それでもやはり,後悔し続けるでしょうね。
 それは仕方の無い事なのでしょう。

 より良い選択肢を目指して,努力します。