diary 2006 July

 音楽活動のご報告
 猫さん達との日々
 
 Music & Life
  考えたこと 6月/7 月


 音楽活動のご報告

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 7月2日(日) 浜松楽器博物館
 

 7月2日(日)、早い時間のインド音楽教室と、夕方のアフロカリブ・パーカッション教室の間の時間、前もってメールでご連絡頂いて、浜松市立楽器博物館の方がご挨拶に来てくれました。
 浜松市立楽器博物館は、楽器製作の町でもある浜松市に出来た、日本一の「楽器博物館」、ワーク・ショップや直接触れる事の出来る展示スタイルでは世界に類を見ない、との評価が高い博物館です。
 民族音楽センターは博物館創設の頃に、東京の楽器店を通じて民族楽器を納めましたが、その後ご縁がなく今日に至っていました。
 若林の著書を読んで下さったというメールを下さった方を、若林はこの春新任の学芸員さんが出張の折りに寄ってみようと思ったのだろうと思い込んで、お迎えしたらなんとびっくり、館長さんでした。
 小一時間色々なお話をして、夕方のパーカッション教室を興味深げに見学されて行かれました。これを機会に良いご縁が深まると嬉しいです。

 

   
 7月3日(月) 立川朝日カルチャーセンターで講義をしました。
 

 7月3日は立川朝日カルチャーセンターの「民族音楽ワーク・ショップ&LIVE」で「カリブ海音楽」でした。
 第一部の「ワーク・ショップ」では、受講者さんみんなで車座になって、拍子木クラヴェス、マラカス、ギロ、コンガ、ボンゴを順繰りに学びました。
 拍子木クラヴェスは「打てば鳴る」と思う人が多いですが、中々鳴らないものです。ところが一人、パッともってカン!と鳴らした人が居て面白かった。
  カルチャーセンターのスタッフさんは吉祥寺までスティール・パンやらコンガなどを運ぶのを手伝いに来てくれて。何時も熱心な姿に励まされます。
 次回は7月31日(月)「アラブ音楽」特集です。宜しくお願いします。

 7月8日(土) 小倉でスパーセッション! 小倉新楽団デビューLIVE
   若林の福岡での15楽団計画の四番目の楽団「World-Kate-Band」がデビューしました。
 小倉駅から少し歩いて小倉城の北側、博多のキャナル・シティーと姉妹ビルのRiver-Walkのど真ん中の吹き抜けステージ。2004年小倉城庭園博物館で演奏した際「何時かここでも演奏したいな」と思った場所です。
 「World-Kate-Band」はその名の通り、若林が一年お世話になっている、西小倉の音楽スポットKate-Musicで生まれた楽団。 Kate-Music音楽教室の講師陣による「世界の民族音楽入門楽団」がコンセプトの「民族音楽オムニバス楽団」です。

 メンバーはKate-Music主宰者でピアニスト、演劇的なパフォーマー、タンゴアーティスト、音楽教師として多彩に活躍する秋元さん。Kate-Musicのベース科講師福山ワタルさん、そしてKate-Music音楽教室でjembe、Tabla、Sitar、Darabuka、Oudなどを教える若林忠宏、若林のたってのリクエストでメンバ−になってもらった、若林ライブの皆勤賞的常連さんのカルロス高橋さんのJenbe、Cajon、パーカッションの四人組みです。
 日本の多くの人が知る世界の名曲を、東南アジア「ブンガワン・ソロ」トルコ「ウスクダラ」アラブ「ヤ・ムスターファ」ケニヤ「マライカ」カリブ「南京豆売り」「コーヒールンバ」メキシコ「シエリト・リンド」などをアドリブ満載でお贈りします。

 デビューライブは,あいにくの小雨が振ったり止んだりのお天気でしたが、懐かしい曲のメロディーに足を止め、ベンチに腰掛けてたっぷり聴き入ってくれるご年配の方々に、子ども達に民族音楽の音色を聴かせんと座ってくれた親子連れ、そして偶然関心が有った楽器の音色に喜び満面の音楽ファンのお客さんの笑顔、手拍子を一杯受けて楽しく行いました。

 結成迄はそれぞれ別の音楽を演りながら、結成と同時にタンゴ舞踊家に絶賛を受けこの7月にブエノスアイレスで熱狂のデビューLIVEを記した小倉が生んだ日本を代表するロス・ファンダンゴス。そのピアニスト秋元さんのピアノはさすがにラテン!そしてポップ! スペイン語の曲がこれほど楽しく歌えたのも初めてでした。
 Maghreb-Windではフリージャズや即興音楽のマニアックなバトルを繰り広げるベースのワタルさんがポップな曲風でも渋いラインを醸し出してくれる点、カルロスさんがトラッドも意識した手堅いパーカッションを披露してくれる点は音楽マニアにも楽しんで貰える所と思います。

 
   
 7月9日(日) エネ館「民族音楽ふれあいコンサートVol.2」
   7月9日は、昨年11月から8ヶ月振りに福岡市中央区薬院にある九州エネルギー館で、子ども達に民族音楽の楽しさを伝える「民族音楽ふれあいコンサート」がありました。エネ館では二回目です。

 今回も司会をプロの田中さん、アシスタントをご友人の杉さんにお願いしました。この明るく楽しい名コンビには3月の太宰府国博での「民族音楽ふれあいコンサート」でもサポート&盛り上げて貰いました。その他にも若林のライブやFM、NHK-TV生出演を聴きに来て下さって、すっかり「民族音楽ふれあいコンサート」専属、専門司会&アシスタントのお二人です。おかげで、初回の時の様な気遣いも無く、子ども達と音楽に集中出来ました。 これは出来そうで出来ない事。 音楽が好きで、子どもが好きで、その場の流れをマニュアルに捕われずに、しかも心を込めてリードして行く、その見事さは「技」ではなく「気持」「心」「想い」。
  それは私の信じる「民族音楽」 に最も適していて、不可欠の要素です。

 今回は、冒頭のシタール演奏をちょっとじっくり。解説付きの今迄のデモ演奏的な感じよりは、かなり演奏会風に始まりました。
  「説明も不可欠であり、解説の分かり易さも若林ならではの持ち味」としながらも、子ども達の「第一印象」を純粋に「音」とする事も求めたい。最近はそんな傾向にあります。その後の太鼓タブラのデモ演奏もちょっとじっくり。
 アフリカ太鼓も演奏スタイル。
 その替わり、子ども達の民族楽器体験コーナーはたっぷり時間を掛けて。

 東京から急遽送ったストリートオルガンは、エントランスに「音の出る不思議」などの科学的オブジェもあるエネ館にやっぱりお似合い。副館長が自ら館内を練り歩いて活用してくれました。

 ステージには福岡教室の第一期生篠原君がサポート演奏者で参加。客席からも芸工大(現九大芸工学府)院生で同じく第一期生の田部君もタブラ伴奏で参加してくれました。

  エネ館に集まる子ども達は、みんな面白い。ちょっともじもじしながらも、たくさんステージに上がってくれました。
 一人足の組み方が愉快な男の子が居たなあ。初めは緊張していたのに、
 一回目と二回目の合間に、お隣のメルパルクホールでコーヒーを飲みながらの打ち合わせ。他のテ−ブルに居た男の子が帰り際に声を掛けてくれました。

   
 7月10日(月) 小倉Kate-Music ギリシア音楽LIVE
 

 7月10日(月)も8日の小倉River-Walkから続く「民族音楽センター九州一周年記念イベント」のプレイベントの流れでした。その為、毎月月末恒例の所を10日にした為、遠方の常連ファンの方々に混乱があって「え〜知らなかった」と申し訳ない事をしました。
 それでもKate-Musicさんに近い常連さんは新しいチラシを見て来てくれて、小倉教室の生徒さんも加えて「オリエント音楽ワーク・ショップ&ギリシア音楽LIVE」を楽しく行いました。

 今回東京から運んだ「ジュンビュッシュブズーキ」のアルミ鍋に山羊皮を張った様な異様なフォルムには皆さん興味津々。バンジョーの様でもあり、三味線の様でもあり、洋楽器の様でもあるギリシア独特の雰囲気とシルクロード弦楽器の風味も携えたこの楽器は、若林のお気に入りのひとつです。

   
 7月11日(火) 糸島・野北のワールド・ミュージック・イベント
 

 7月11日は、午後に天神FMさんのご好意で、「民族音楽センター九州一周年記念イベント告知スポット」を録音しました。日に数回オンエアーして宣伝に協力して下さるのです。ありがたいことです。
 その後、若林の大先輩が貴重なお休みを返上してワゴン車を出してくれて、先輩、奥様、お友達とで糸島・野北のリゾートカフェ「キャデラック・ランチ」で行われた「ワールド・ミュージックEvent」へ。
 主催の民族楽器演奏家ゆっきー君が誘ってくれたもので、福岡で有名なインドネシア人演奏家、アフリカ太鼓楽団、関西から福岡に拠点を動かしたアンビエント民族楽器奏者さん達に混じって、若林はシタールソロと、ゆっきー君と結成したアンビエント民族音楽楽団「Sound-Seeds」のプロトタイプを発表しました。

   大先輩、奥様、そして親友の暖かい笑顔の助けも有って、この日のシタール演奏は、伝統古典前奏曲の合間に独自な即興演奏を入れました。そんな事は生涯初めての事。でも何故かそれが自然に出来たのです。
 音楽的にも何か吹っ切れる前兆でしょうか。それが大先輩達にも好評で、嬉しく成りました。

 セッションの方は、「民族音楽コラージュ楽団」LAKATAKのパーカッショニスト小山君、篠原君「民族音楽フュージョン楽団」Maghreb-Windのセッションギタリスト桑原君が佐賀の唐津から駆けつけてくれました。それにゆっきー君のディジュリドゥ、オー君のダラブカを加えて、お客さんとのインドVocalの掛け合い等楽しく行いました。
   7月11日(火) ビートルス・マニアのお店で
   糸島の帰り道、大先輩が後輩のお店に連れて行ってくれました。お友達も良く行かれる有名な串揚げのお店「てしま」さん。お肉を食べない若林用に気を遣って頂いて,野菜や貝類を実に見事な衣と揚げ加減で、幾ら食べてもモタレない。かなりの優れものの大将。ところがそのノリはむちゃむちゃ軽妙で楽しくて愉快。
 若林が時として畏怖の念さえ感じる大先輩に軽々とチャチャを入れる姿には驚き。博多山笠を通じた仲だからだそうです。
 途中でお手洗いに行けばビートルズだらけ。カウンターに戻って気が着けばギターも置いてある。熱狂的なビートルズファンと言う事で、大先輩のワゴン車からシタールを運んでくれば熱狂的な歓迎。写真はお友達が撮ってくれたてしまさんとの共演「ノルゥエーの森」
   後日コミュニティーサイトに「糸島のシタールソロで鳥肌たちました!!! 」の感想が寄せられました。励まされます。ありがとうございました。
 7月12(水) 民族音楽フュージョン楽団CDに強力なゲストSAX奏者
   福岡市高砂のTV局FBSの側のワンナインStudioで録音中の若林が福岡で二番目に結成した楽団「民族音楽フュージョン楽団」Maghreb-WindのCDに、東京下町生まれで福岡をこよなく愛し、福岡にも家があって行き来しているJAZZ-SAX奏者の川下さんをゲストに招きました。
 西アフリカ伝統曲に直接コード付けと書き下ろしイントロを着けた若林編曲にイントロと怒濤のアドリブを入れてくれました。
   川下さんのHP「まねきねこ商会」はJAZZではなくて自作の猫グッズのショップ。東京原住民で、猫好きで音楽家で、東京〜福岡行ったり来たりのオヤジ同士。小技もしなけりゃ、出し惜しみもしない、そんな音楽の姿勢もそっくりでした。
 後から福岡のミュージシャン、音楽マニアに話しをすれば「えっ!あの川下さんを! 超豪華!」と驚かれました。 川下さんには9月の中洲のJAZZスポットでの共演もお願いしています。

 7月12日(水) インド人タブラ奏者との競演

 
         
 7月15日(土) ワールド航空旅行説明会で演奏
   
   
 7月19日(水) いよいよ明後日から!!
   民族音楽センター九州一周年記念イベントがいよいよ今週末に迫りました。
 
 Openingは21日(金)赤坂けや木通りに面したガラス張りの素敵なお店。スリランカ・レストランのヌワラ エリアさんで、「若林忠宏民族音楽コンサート」ビュッフェスタイルですから飲み放題、食べ放題!!インドカレーとは違った「植物!」って感じのスパイスが嬉しいですよ! この日は、ここ一本! 

 2nd-Day7月22日(土)は昼にキャナル・シティーで「子ども民族楽器つくり教室」が12:00〜13:30/15:00〜16:30。
 その後は、日赤通りFBS近くのワンナインStudioで「シルクロード弦楽器&音楽」のレクチャー・コンサート

 レクチャー・コンサートが終わらないうちに大名ROOMsで記念すべき「ワールド・ミュージックFestival in 福岡」の第一回目が! 江頭つとむ君、トミー&アジ君、CICCAROLL、ジェンベの山田一人君のバンドに若林の楽団Maghreb-Wind、LAKATAKそして今回デビューのQadam-Beatかなり盛り上がります!!

 3rd-Day7月23日(日)の昼もキャナル・シティーで「子ども民族楽器つくり教室」が12:00〜13:30/15:00〜16:30。
その後大橋のスタジオCUBEで「アラブ音楽ワーク・ショップ」
アラブ旋法マカームのレッスンや太鼓ダラブカの実習!
 終わってからは皆さんを親不孝通り長浜公園の先のCafe,リユニオンにご案内して、ガラス張りから夜の街を見ながらナイトサイエンス!「アラブ音楽ミニライブ」です。

 4th-Day7月24日(月)からが更にヒートアップ!
 若林は小倉の奇才谷本さんを招いてMaghreb-WindのCD録音、
そのまま18:00〜19:45(休憩殆ど無しで早めて頂く事になります)ワンナインStudioで「インド音楽ワーク・ショップ」旋法ラーガを歌って、太鼓タブラのレッスン1。
 若林が来るのを待たずにLAKATAKメンバーはキャナル・シティーで19:45より福岡が生んだ日本を代表するタップダンサーYou君とコラボレイション。夕暮れの噴水広場に民族太鼓とタップの音が響きます。若林はエンディングに追いついて、
 そのままワーク・ショップの皆さんが待つ、警固上人橋通りネパールレストランMAiTIIGHARで「インド音楽ミニライブ」
 ここもまたインドカレーと違って「野菜の味」が心に染みますヨ!

 5th-Day7月25日(火)のFinal-Partyは新しい一年のご挨拶!
 VooDoo-Loungeでボギー君のラウンジサウンズのトップバッターにLAKATAKで出演19:30〜19:50。またも若林を待たずにLAKATAKメンバーはキャナル・シティーで19:45よりYou君とコラボ。若林はエンディングに追いついて、そのまま、祇園の焼き鳥処「楽がき」さんでメンバー。生徒さん、お友達、応援者さんに囲まれて「感謝と感動」のシタール演奏とアフガン音楽弾き語り。

 「音楽やってて良かった!」と心から嬉しく思える、
 音楽家冥利に尽きる数日間になることでしょう。

 で、無事終了!!

と休む間もなく、

 7月26日(水)と27日(木)は、キャナル・シティーでのYou君とのじっくりコラボ。

 LAKATAKメンバーは28日29日にもコラボします。
 若林は28日に帰京して、東京音楽大学付属民族音楽研究所で講義。29日30日は吉祥寺教室。31日は朝日カルチャーで講義。
8月1日だけはオフ。2日は吉本興業のお仕事で「としまえん」でシタール演奏。3日は藤沢の高校でマレーシア音楽。4日はリハで5日は千葉の川村記念美術館でアラブ音楽コンサート。
 そして6日には福岡に戻って、小倉えいむでアフリカン・ポップス楽団Mwanzi2のデビューライブ。7日大橋教室で8日は中洲River-SideでジャズBassとの一騎打ち。

 テンション上がりまくりの若林の真骨頂を、是非ご覧下さい。
新しい音楽の息吹!!
 「これがやりたかったんだヨ」に是非お立ち会い下さい。

 chametabla@yahoo.co.jpで東京&福岡のイベント、LIVEのご予約承っております。

宜しくお願いします。

   
7月21日(金)Opening-Event  けやき通りのスリランカ・レストラン
 




シタール演奏



CICCAROLLのゲスト演奏

以上三点:ワンナインStudioさんより

 「民族音楽センター九州一周年記念イベント」のOpening-Eventは、福岡市中央区赤坂の国体道路(通称けやき通り)に面したスリランカ・レストラン
「Nuwara Eliya」さんでの「若林忠宏民族音楽コンサート」 で、若林はシタール演奏、アフガン弦楽器ルバーブ弾き語りを披露し、ゲストのエスニック・ポピュラー・ミュージック・バンドCICCAROLLと若林が福岡で結成しました「民族音楽フュージョン楽団」Maghreb-Windの面々が会を盛り上げてくれました。

 民族音楽センター九州一周年の記念のイベントは、想い出のお店、沢山の事を学んだお店、音楽スポットに後援、御協力を頂いて実現しました。
 ヌワラ・エリアさんは、若林にとって想い出深いお店のひとつ。

 2005年の3月1日、同じ月の後半に自らが震災被災者になるとは誰も予想出来なかった頃「スマトラ地震」の被災者に何か出来ないか? と福岡市立小学校PTAの役員さん達が発案。チャリティーコンサート等様々な案が出る中、限られた準備期間に実現したのが被災地を含むアジア諸国の人々の長閑な生活から生まれた音楽を「生演奏」で子ども達に触れて貰いたい、という願いで企画された「民族音楽体験レクチャー・コンサート」でした。

 「午後からの演奏の前に是非お薦めの店でお食事を」と元役員さんに空港から直行でご案内されたのがヌワラエリアさん。
 その、インド・カレーとはひと味異なる素敵な料理に感動し、元役員さんの日本や世界の今後を憂うお話に感動。
 立場や生活、ことによると価値観が違っても「同じ心、同じ想いを共有出来る事ってあるのか!」
  その想いとの出会いの喜びがひとつにまとまって福岡の素直な子ども達の笑顔と出会うや、福岡では珍しい2月末の雪が残る小学校の体育館にこもれびの様な暖かな陽射しが入る中で「心が暖かくなって、何かが動き出す様な」そんな優しい音が次々と出て来る素敵な時を過ごしました。

 「直感」としか言い様がありませんが「この街には求めていた何かがある!」
そう感じて眠っていた九州のツテをフルに掘り起こし交流を深めると同時に、PTA役員さん達の「普通の人なのに、何処か凄い!」ところを学び取ろうと思い九州詣でが始まりました。
 お仕事の都合で「ほんの一声」聴いただけで退席された元役員さんが、私のその「一声」を思いがけない素晴らしい表現で誉めて下さったのにも大変励まされ、民族音楽センター九州発足への頑張りに拍車が掛かりました。

   その後、大切なお友達と月に一回はヌワラエリアさんにお邪魔してはカレーを堪能してきました。
 ヌワラエリアさんの社長さんは音楽好きで、年に四回、季節毎にConcertを企画されていました。そのヌワラエリアさんでイベントのOpeningが出来たのは実に光栄でした。

 九州での活動が知れ渡る迄の間、渡航費用捻出の為にも、伴奏者育成の為にも、まずは教室開講、そしてライブ活動でより多くの音楽ファンに九州での活動をアピールする事が先決となりました。
 ところが、定期ライブの機会が増えると同時に、インド音楽、アラブ音楽、アフガン音楽、トルコ音楽、ギリシア音楽と別けてみても、民族音楽自体に馴染みが無ければ
「あっちでもこっちでもという印象が生まれる」と指摘されました。

  丁度その頃に「一緒に音楽がしたいです!」と言ってくれる福岡のミュージシャン達と出会い、彼らの洋楽器やアフリカ太鼓、パーカッションと若林の民族音楽とその楽器とのセッション楽団が次々生まれる流れに恵まれました。楽団が出来れば、メンバーが若林の音楽を更に広げてくれて、コンセプトの異なる楽団は、「似た様な音楽をあちこちで」の印象から、一気に「音楽ムーブメント」の盛り上がりに変わりました。
 
 Nuwara Eliya-Summer Concertとしてお店主催で行われたその晩のLIVEでは、
若林のシタール演奏、アフガン弦楽器ルバーブ弾き語りの他に、この春から続々誕生した民族音楽コラボレイション楽団のひとつMaghreb-Windと、若林がCDに賛助演奏したCICCAROLLがゲストで参加。若林と民族音楽センター九州のこの一年の流れを象徴するプログラムとなりました。

 お客さんもこの一年、そして新たな年に自分が何を大切にして輪を広げて行くべきかを示してくれる人々が集ってくれました。

  親友のお友達、親友が連れて行ってくれたお店の、セリーヌディオンばりに歌の上手なママさん、中洲ジャズ喫茶でのライブを応援してくれる大学教授、中学校音楽教員研究部会での講演でお知り合いになった先生、そのご紹介の福岡の邦楽の重鎮、文化事業関係の方々、そしてヌワラご常連の音楽と楽しいイベントのファンの方々。
 お友達と生徒さんが頑張って配ってくれたチラシで来てくれたお客さんも沢山居て、楽団メンバーもお友達、兄弟、ご両親まで誘ってくれて、熱気溢れる夕べとなりました。

 急なお誘いにも関わらず来て下さって,手拍子、そして掛け合い歌を歌ってくれた皆さんの満面の笑顔。明るい声援と楽しい笑い声。ニコニコと笑顔で太鼓を叩いてくれたお客さん。渋い表情で案内されながら掛け合いではニコニコと歌ってくれた知人のお供の方。親友のお嬢さんがCD書籍販売を担当してくれてCICCAROLLを気に入ってくれた事などなど、思い浮かべて感動が蘇ることばかり。
 
 実は本番直前に、この一年福岡で留守番をしてくれていた愛用のインド太鼓タブラの皮が破けている事を発見しました。急遽、この翌日から三日連続でワーク・ショップの助手に来ることになっていたお弟子さんのT君に太鼓を持って来てもらったのですが、翌朝のメールで、お祖父さんが亡くなられて急遽帰省した事が告げられました。
 彼のメールには予定していなかった感動のライブに立ち会えたのもお祖父さんの導きだったに違いない。あんな楽しい葬送の歌を歌ってもらったのも偶然ではない気がする、とありました。
 若林は「歌詞と曲調の不思議な関係」の話しで中部アフリカの楽しい葬送の歌を、アフガン音楽の合間に唐突に歌ったのでした。

 楽団メンバーも飛び入りしてくれたアフガン音楽の最後の曲が終わってステージを降りる時に、お客さんの一人が誕生日と告げられ、アンコール曲は「バーズデイソング」となったのも感動でした。

 若林を福岡に、そしてヌワラエリアさんに導いてくれた小学校演奏会のきっかけの話しも、ヌワラエリアさんで飛び出した話しと伺いました。
 その後、今日迄応援し続けて下さって「民族音楽センター九州」発足と一周年記念イベントの実現にも力を貸して下さった元役員さんに、絶賛して下さった「一声」を再現出来なかった事が唯一悔やまれます。

 民族音楽センター九州の一歳の誕生日は感謝の気持と感動の時間に綴られて、「来て良かった!」と堅い握手や笑顔を頂きながらお開きとなりました。


 この日の嬉しい事、そして感動はきっと一生私の支えとなることでしょう。
 みなさんありがとうございました。

   楽器片付けの後、親友とその娘さんと、大先輩のお店に。
 お仲間も待っていてくれて、初日の打ち上げをしてくれました。
 大先輩ご夫婦にはイベントの成功をとても心配して頂き、まずは初日の成功を喜んで下さりました。
 7月22日(土)   子ども民族楽器作り教室−1
 
ゴピチャント作り

マラカス作り。色柄や絵柄を書いて楽しんでいます。

 翌日からは、怒濤の15ステージ、しかも四日間は連日「トリプルブッキング」。希望通りのスケージュールが達成された所に、願ってもない仕事まで舞い込んで、嬉しい悲鳴の日々となりました。 
  否、正確には全てが無事終わってみて初めて多忙さを実感したもので、最中は重責に対する気合いがみなぎり疲れさえ感じない状態。毎回一本勝負の全力投球。少しでも甘えが有ったら、体が持たないまでも、音に疲れが出ていた事でしょう。
 22日(土)午前10:00
中央区高砂のTV局FBS側の録音スタジオワンナイン・サウンド・プロデュースさんにて、レクチャー・コンサートの楽器準備。東京から送った中央アジア弦楽器達は、梅雨の福岡でかなり不調。なにしろ湿度が極端に少ない地域の楽器です。
 22日(土)午前11:00キャナル・シティーに到着。12:00と3:00に行われる「夏休み子ども民族楽器作り教室」の準備に取りかかりました。
 今回は、幼稚園〜小学校低学年には「リサイクル民族楽器シリーズ」の「ペットボトル・マラカス」高学年には「インドの一弦琴ゴピチャント」を指導しました。
 ゴピチャントは「タモリ倶楽部」に出演した際の「百円ショップから民族楽器」でも紹介した、「竹製天ぷら挟み」と「木製箸立て」で簡単に作る想定。 ところがどちらの部品も現在国内在庫が無し状態。しかたなしに竹棹を切って割って、子ども達に高度な技術を強いたり、時間が掛かるドリル穴作業も済ませて。福岡入りの前日に四十個の部品を作りました。本番ハシゴの数日間にも増して、この材料準備が驚異的な間に合わせ方だった様な気がします。まとめて仕入れて安く売る。欲しい時に無い百円商品。現代経済の病的な側面を見せつけられました。

 
この日の福岡は、梅雨が開け切らない日が続く中で唯一の真夏日より。逆に炎天下でのこども達の体調を考慮して、作業ごとにグループ分けしてパラソルの下や階段の下に分散。それぞれの場所でスタッフさんと楽しげに工作していました。

 午後は一転して曇り空。 お陰で陽射しも弱まり。一同に集まって「工作教室」らしい風景が出来ました。

 

  二日で計四回のワーク・ショップです。マラカス、ゴピチャントそれぞれ10名で〆切り。
 ところが〆切り後に遠く北九州市から来た親子連れが。スタッフが丁重にお断りしましたが、残念そうな子どもの表情に負け、急遽材料を補充して参加して貰いました。
「ルールを教えるのも教育」と言われてしまえばそれまでですが、今迄散々ルール違反してきた私には無縁な教え。親御さんに促される事もなく、小さな声で「ありがとう」と言った子どものかすかな笑顔が嬉しいです。
 竹を割いた部分を割ってしまった子の材料を接着剤と針金で直してあげるた時も、小声のありがとうが聞けました。

 スタッフさん達の動きも良く、お陰で想定通りの時間に次々に完成して音が出る、子ども達。糸巻に弦を,結ぶ所は若林が代わってあげたのですが、音が出る直前までは本当に心配気な表情。
 「さあ!出来た! おめでとう!」というとはにかむ様な嬉しい笑顔。そんな子ども達の素直な反応を一杯貰った素敵な集いでした。
 
 お祖父さんの葬儀に急遽帰郷したお弟子のT君は、なんとこちらが頼んでいないのに代役を後輩に頼んでくれていました。 しかも音響の専門生で、既に音楽スタジオなどで修行をしているので「動ける人物」を選出してのこと。私も当然の様に同じ事をして来ましたが、自ら責任を感じて代役を立てたお弟子さんはなかなか居ませんでした。
  こども楽器作りの最後のミニライブには、その後輩君にアラブ太鼓ダラブカを叩いてもらって、アラブ音楽ミニライブ。
 若林のキャナル・シティー初仕事は親子連れ、主催者さん、スタッフさんの好評の中、無事終了。 初演奏の歌声は気持良くキャナル・シティーの吹き抜けに響きました。
 
 福岡の応援者さんに初めて連れて来て貰って 「何時かここで演奏して下さいね」と言って貰った場所での演奏がまたひとつ実現しました。
 
   
 7月22日(土)   シルクロード音楽レクチャー・コンサート
    22日(土)の夕方4:30にキャナル・シティーのミニライブを終えると、タクシーに飛び乗って高砂のワンナインStudioに急行。6:00から8:00、2005年6月末日のインド音楽・ワーク・ショップを行った場所で、民族音楽センター九州の最初の音楽活動が始まった記念すべき場所での一年振りのレクチャー・コンサートです。その間撤収作業からタクシーの間全て片手。 8月の関東での一大イベントの打ち合わせを携帯電話でしていました。この時が一番焦燥感が高まっていた頃。分刻みの福岡のイベントと比べてしまったので「本番六時間前に来て欲しい」と言われてさすがに仰天。関東の方が遥かにのんびりしていました。
 【民族音楽センターのワーク・ショップの解釈】
 この一年で、コンサート、レクチャー・コンサート、ワーク・ショップ、体験講座には明確な線引きを確立しました。コンサートやライブでは解説は一般に分かり易く、文化的背景も含めながら最小限で。レクチャー・コンサートでは若干学術的な部分を含みながら、解説と演奏が半々。ワーク・ショップでは解説と参加者体験が半々で、若干のデモ演奏があり、参加者は手拍子、声などでは全員で参加、楽器体験は短い時間か、くじ引き等で選ばれた人です。体験講座では参加者全員が楽器に触れます。デモ演奏は殆どありません。本来ワーク・ショップとは、体験講座も有れば、理論講習も、デモ演奏鑑賞もあるべきですが、興味の度合いで関わり方が変わる日本の場合、「あり方」を工夫しなくてはなりません。

 1980年代〜1990年代に若林が吉祥寺で最大時に120名の生徒さんが居た日本最大の「民族音楽教室」の成功の秘訣は、ライブハウスとの兼業による、コンサート〜レクチャー・コンサート〜ワーク・ショップ〜体験講座〜教室のリンクが確立していたからです。それに「教室生徒発表会」が加わり、ライブでの修行が加わったのですが、このライブ出演が「自分は人前で演奏出来るのだ」という勘違いを引き起こした所で、多数の中途半端な民族音楽演奏者、否「民族楽器演奏者」を出した所で、その責任も含めてライブスポットの20年の看板を下げ、吉祥寺教室の理想のリンクは意味を失いました。
 現在は、東京音楽大学付属民族音楽研究所社会人講座がワーク・ショップの役割を担ってくれて、吉祥寺の教室がその先の受け皿になっていますが、ライブ実習の形は慎重になっています。その分ライブの数も減らしてしまっています。かつての理想的なリンクが無い割には新入生が入ってくれています。

【民族音楽センター九州の場合】
 これに対して福岡の教室の場合、潜在ファンの開拓と同時に、生で民族音楽を聴く機会が少なかった状況に対して出来る限り大規模なコンサート、レクチャー・コンサートの実施が望まれる所です。

 その意味では、今年の「アジアマンス」「ミュージックシティー天神」「各地の学園祭」
は昨年以上に出場率を上げたい所です。楽団作りを春から頑張って来たのもその為でした。その上でレクチャー・コンサート〜ワーク・ショップを行うのが理想なので、今回の場合「レクチャー・コンサートやワーク・ショップもあるぞ!」という告知の意味合いが多かったのです。

 その意味では、三つのレクチャー・コンサートとワーク・ショップはいずれも予想以上の反応でした。そして熱心で暖かい音楽ファンに囲まれて、若林ならではの解説の視点の面白みも伝わったようで光栄でした。

 22日(土)のレクチャー・コンサートは「シルクロードの三味線達」
ウイグルのラワープ、ウズベクのルボッブ、アゼルバイジャンのタール、アフガニスタンのルバーブ、トルコのサズと枠太鼓ダプとドイラをご紹介しながら、各地の音楽性の違い、インド音楽やアラブ音楽との違い等を理解してもらいました。
 レクチャー・コンサートには、今回のイベントのチラシ配りで教室を知ってくれた人、そのお友達、中学校の音楽の先生達、福岡の音楽プロデューサーさんが沢山参加してくれて、レベルの高い内容となりました。

   
 7月22日(土)   福岡Word-Music-Festival Vol.1
 

100人のお客さんの熱気と期待が伝わります。

LAKATAKでのシタール演奏
トミー&アジのたった二人とは思えない分厚いサウンド。この日はインド人ダンサー、ニラ君も飛び入り。
山田一人君率いるアフリカンバンド「オロコノンド」西アフリカ衣装でノリノリでした。アジ君も賛助出演

 DJとアラブ太鼓とエレクトリック・サズ(トルコ弦楽器)の三人組Qadam-Beatは、若林が結成した福岡三つ目の楽団。


 CICCAROLLの四人が繰り広げる 、想いの込められたエスニックポピュラー・ミュージック。

 若林が福岡で結成した二番目の楽団「民族音楽フュージョン楽団」Maghreb-Windは賛助ギタリスト三人参加の七人編成。

 Maghreb-Wind のスーテージからそのままフィナーレの大セッション。トミー君、CICCAROLLの千絵ちゃん、ボーカリストの野口ジュンちゃんも参加。残念ながらBass-Ampを一台しか頼んでなかったので、CICCAROLL剛君はパーカッションで。
以上、写真はCICCAROLLのサポーターのコジコジさんが送ってくれました。ありがとうございます。

【分刻みの綱渡りスケジュール初日】
 若林の福岡での三つ目の楽団「エスノエレクトロニカ楽団;Qadam-Beat」のメンバーでもある福岡民族音楽教室の第一期生篠原渉馬君とその小学校の同級生相川洋平君は、今回の一周年記念イベントで中心的に動いてくれたスタッフです。
 彼らとその友人で、若林の四つ目の楽団「Sound-Seeds」のギタリスト佐藤大輔君は、7月22日(土)のキャナル・シティーでの「子ども民族楽器作り教室」の準備に活躍してくれました。

 篠原・相川組は「子ども民族楽器作り教室」の二回目が始まってしばらくした午後3:30頃、この日の夜に大名ROOMsで行われる一周年記念イベントの一大イベント「ワールド・ミュージックFestival 福岡Vol.1」のサウンドチェックの為に現場に移動。

 Festivalは、福岡のインディーズ音楽シーンで中心的な存在の企画集団「絶頂天」さんにコーディネートを依頼してあり、宣伝と当日の会場・PAをお任せしてあったので、民族音楽センター九州の中心的なスタッフ篠原・相川組を送って若林は、芸工大音響科の馬場君の助けを得て「子ども民族楽器作り教室」を終えるとワンナインStudioの「シルクロード音楽レクチャー・コンサート」へ。レクチャー・コンサートが始まって少しした夕方6:30にはROOMsでのイベントがスタートし、レクチャー・コンサートの終盤の7:30にはトップバッターでゲスト演奏者の江頭つとむ君のトリオ演奏が始まりました。
 
 レクチャー・コンサートを7:50に終えると若林は、ご挨拶もそこそこにワンナインStudioを飛び出し、天神のROOMsへ。西通りは案の定渋滞。「何時タクシーを降りて走るか?」とちょっと焦りました。でも気持は浮き足立ってなかった。今気付けばかなり腹を括っていたのだなぁと思います。

【福岡初の試み】
 ワールド・ミュージックがブームになって、そろそろ10年近い時が流れていますから「ワールド・ミュージックFestival」自体そんなに目新しいものではありませんが、若林が福岡で行っている事は全く違います。
 ポピュラー・ミュージック畑の演奏者が民族音楽を取り入れた「ポップス→民族音楽」と、民族音楽を聞き易くポップにアレンジした「民族音楽→ポップス」の両方をぶつけ合う事で、相乗効果を狙い、互いに育て合うというコンセプトで、これは日本に類を見ません。そこまで民族音楽を追求した人が居ないからです。ポップス風にした途端に音楽の本質迄変化する様でその基本力が露呈します。
 世界的に見ますと、アメリカナイズした各地のポップスは血のつながった「民族音楽→ポップス」と言う事が出来ます。が、実際は世代格差があります。若林の音楽は、ポップスを演っている各地の若者のお祖父さん世代にポップスアレンジをさせた様な音楽なのです。その意味では「福岡初」どころか日本初。世界でも類を見ない試みなのです。

会場に入った時はまだ江頭君のラスト二曲が始まった所。十分準備時間も有り、江頭君の演奏も聞く余裕で、二番手に出演した若林の福岡での最初に出来た楽団LAKATAKの演奏に望みました。

 LAKATAKは「民族音楽コラージュ楽団」で、何処のライブ、イベントに出ても「1ステージ=一曲」世界中の音楽が次々重なりながら繰り広げられる即興実験音楽楽団ですが、その部分部分の音楽は伝統民族音楽に徹するという恐らく日本初、世界でも類を見ないスタイルの楽団です。民族音楽センター九州のスタッフ小山伸君は福岡の西洋クラッシック音楽オーケストラの打楽器奏者、篠原君と若林の三人組です。

 三番手は、若林の楽団Maghreb-Windの番頭さんであり機関車的存在のアジ君がパーカッション&ヴォーカルを長年の相棒トミー君のアコースティックギター&ヴォーカルとデュオで日本語のブルージーでエスニックなサウンドを繰り広げる「Tommy & Aji」アジ君の人柄と話しから初めて聞いた気がしなかったけれど、トミー君のノリと熱さはなかなかのものでした。音楽に対する深い想いと誠実さが伝わり、楽屋での真摯な姿に信頼出来る音楽仲間がまた一人増えた喜びを得ました。

 四番手は、若林の楽団Sound-Seedsとアフリカ楽器Mwanzi2のパーカッショニストでもある山田一人君のアフリカ太鼓楽団OROKONONDO。男性三人に女性三人、内ひとりはアフリカンダンサーでもあり全員が西アフリカ民族衣装で、先輩アジ君のジェンベも加えてノリノリでした。

  五番手は、この日デビューのQadam-Beatのは、篠原渉馬君と相川洋平君と若林のトリオ楽団。相川君のDJとサンプリングマシーンに篠原君のアラブ太鼓ダラブカ、それに若林のトルコの現代弦楽器エレクトリ

ック・サズ。もう一人の影のメンバーが絶頂天の音響担当の安岡君。若林の出した音にエコー、ディレイ(音をずらして再生)などの電気処理を自由に行って、若林は人が加工した自分の音とセッションする手法も加味しました。

  六番手は、若林がデビューCDにシタールとタブラでゲスト録音もしている、エスニック・ポピュラー・ミュージック・バンドのCICCAROLL。最近どんどん良く成っている彼らは、翌日の発上京LIVEを控えた高いモチベイションでイベントの山場を演出してくれました。

 七番手のトリはMaghreb-Wind、福岡での二番目にデビューした楽団ながら、ライブ経験豊富なメンバーで中洲、小倉、親不孝通りのライブスポット、天神の半野外で計六回のセッションを経験した堂々とした楽団。ベーシストで楽団の音楽的金庫番、福山ワタル氏と熱いパーカッショニストのアジ君の底力に支えられて、唐津のエスニックギタリスト桑原君、CICCAROLLのたいすけ君と淳君という三人のセッションギタリストに恵まれて、分厚い音を披露しました。
 一曲目が始まるや否や、シタール演奏を放棄して立ち上がり、早速インド声楽とカンテフラメンコが混じった即興歌でお客さんと掛け合いを始め、ついには客席に降りてしまった若林にメンバーはびっくりしたでしょうか? それとも目的はたいすけ君のギターのモニターがこもっていたのをPAさんに伝えに行く為の手段と通じていたでしょうか? トラブルやハプニングから新曲やその日一番の名演が生まれるのがMaghreb-Windです。

 イベントのフィナーレは、CICCAROLLのベーシスト剛君、歌姫千絵ちゃん、幾つかのバンド、ユニットとCMで活躍のヴォーカリスト野口ジュンちゃん、そしてトミー君、山田一人君を加えたほぼ全員参加の大セッション。若林自作の「風の街」チュニジアの砂漠の祭り音楽とニューオリンズ音楽をミックスして福岡を歌った曲です。メンバーのアドリブ力と気遣いが交錯してイマイチ自然な流れを作れきれませんでしたが、キャラクターのいろいろな面白さはまさに曲のイメージにぴったり。終電過ぎても残ってくれた数十人のお客さんが休まず拍手をし続けてくれた熱さに胸を打たれました。

 イベント後、アンケートやコミュニティーサイトのブログなどに続々寄せられる感想も暖かく、熱く、次なるステップに寄せられる期待感に溢れていました。
LAKATAKのイントロでの若林のシタール演奏に寄せられた「広さや強さを感じました」「22日のROOMSはおじゃましました!素晴らしいイベントでした!素敵な夜をありがとうございました!!LAKATAKでは胸が奮えて涙が止まりませんでした!」の感想にはたいへん励まされました。ありがとうございました。

 ポピュラー・ミュージック系にエスニック音楽を取り入れた福岡の楽団の中心的存在が沢山出演する中「民族音楽を聞き易く」という逆の道をたどる若林の楽団の音は新鮮に届いた様で、それらの融合のイベントが出来たことは、各楽団の励みにもなった様です。

 打ち上げは、現場近くの居酒屋で!の声が上がる中、若林のワガママで天神から外れて、南の方角、繁華街の外れのミュージシャンが運営する屋台「DON」で。
 アジ君に紹介されてライオン広場のライブの後に行ったお店です。
 何時もながら、メンバーはもとより、各楽団のサポーターさん、メンバーの奥さん、彼女がニコニコ「良かった!」と行ってくれるのがとっても嬉しい。翌日早朝から炎天下の肉体労働、バンド皆で東京遠征と行ったハードスケジュールにも関わらず深夜3:00過ぎまで熱く音楽談義を交わせました。そんなところも福岡ならではの嬉しい音楽環境です。

 皆さんお疲れさまでした。 ありがとうございました。
 9月のアジアマンス、10月のMC天神、11月の学園祭で小刻みに連発して、また11月のイベントで大集合しましょう!!

 宜しくお願いします。

CICCAROLLのサポーター「こじこじさん」より写真を頂きました。ありがとうございます。

   
 7月23日(日)   子ども民族楽器作り教室−2
   7月23日のキャナル・シティーの二回目の「子ども民族楽器つくり教室」はあいにくの小雨で、キャナル北側の中庭から、中央の屋内、スターバックスとマツモトキヨシに挟まれたコーナーに会場を変更しました。
  それでもウェブのイベント告知で申し込んでくれた親子、通りがかりの親子でその日の12:00と3:00の二回のワーク・ショップも定員を満たして受付終了。

 受付終了後に若林のお友達バンドCICCAROLLのサポーターで何時もビデオを録っている通称コジコジさんが奥さんと小学四年生の息子さんと一緒にROOMsのDVDを渡しに来てくれました。
  息子さんに「作って行かない?」と聞くと遠慮がちに「うん」と。ちょっと遅れてのスタートでしたがお父さんに手伝って貰って、追いついて見事に完成。

 一弦琴ゴピチャントには皮を張りますが、東京から持って来たインド楽器用の皮が厚めで中々ピンと張れず、量も不足していたので、若林楽団のパーカッショニスト君に「先日破けたジェンベの皮、捨ててなかったらくれませんか?」とお強請り。
 彼の性格から、様々なステージで苦楽を共にした山羊さんを捨てる筈が無い。大事に取って置いているに違いない。そう分かっていてのお強請りです。
  今回、初の大規模な「楽器作りワーク・ショップ」であり、念願叶ってのキャナル・シティーの初仕事。「材料不足」「良い音で鳴ってくれない」が一番怖かった。
 そんな事情も、使い道も何も説明しないのに、パーカッショニスト君は二つ返事。「まっぷたつでも良ければ」とOpening-Partyの時に持って来てくれて。いつの間にか若林の楽器車に運んでくれていました。

 翌日のROOMsの打ち上げで「子ども達が喜んで持って帰りました」と話せば「そういう事なら尚の事嬉しいです」と。余計な事は聞かない、言わない。とことん信じ切る。必要な時は自分が悪役になってもはっきりと言い切る。私が大好きなタイプの「人間」「九州男児」です。

 私は中洲のJAZZスポットでのMaghreb-Windのライブで、パーカッショニスト君が掌から血を滲ませてジェンベを叩いていたのを知っていました。
  若林なりの太鼓術から言えば、そこ迄手を痛めるのは奏法自体に問題も有ります。が、今しばらくは、それで太鼓が叩けなくなる程ではないし、年末には西アフリカに行くそうで、そこで本物の師匠に出会えれば簡単に解決するかもしれないし、逆に悩むかもしれない。それ迄は、彼らしい「目一杯、力一杯」の奏法で頑張って貰いたい。 
 彼のジェンベの形が焼酎の「霧島」の瓶に似ているので歴代の皮は「霧島〜世」と呼んでいるそうです。後で聞けば、中洲で血が滲んだその皮は「霧島三世」だそうです。「霧島三世」は、若林も参加したCICCAROLLのCDにも録音されていて、そのCICCAROLLのサポーターの息子さん、他多くの子ども達に手渡され、福岡県の色々な所に広がって行きました。

 ゴピチャント作りの作業説明の為に、二本見本を作っていました。
 子ども達の中で絵がとっても好きで嬉しそうに色をつけていた子達にその二本に好きに柄を書いて貰いました。
 その内一本は「霧島三世」の皮で、パーカッショニスト君宅に残して貰う楽器。もう一本は、Fainal-LIVEのロットリングの一等賞の賞品にする楽器です。

 キャナル・シティーでの二日のワーク・ショップは、クライアントさん、プロダクションさんにも好評で「良い集いになりました」と担当さんが笑顔で手を握ってくれました。
 この経験は、更に全国の子ども達とのワーク・ショップに生かされる事でしょう。
 良い機会を作ってくれたキャナル・シティーさん、CEワークス さん、そしてスタッフのみなさん。霧島三世さん。ありがとうございました。

   
 7月23日(日)   アラブ音楽ワーク・ショップ
   7月23日(日)、キャナル・シティーのワーク・ショップを終えてまたもや直ぐにタクシーに乗り込んで今度は、ちょっとだけ遠い大橋のCUBEへ。
 CUBEは若林の民族音楽教室に場所を提供してくれている音楽スタジオです。
そこでは「アラブ音楽ワーク・ショップ」太鼓ダラブカの体験講座と、弦楽器ウードと歌によるアラブ古典音楽旋法マカームの実習です。
 ここにも8月8日に若林が民族音楽の講演を致します「福岡市立中学音楽研究部会」の先生達が来て下さいました。そして思いがけない喜びとなりましたのは、前日のキャナル・シティーワーク・ショップに参加してくれた小学生がお母さんと二組。

 一人はかなり生意気だったので良〜く覚えていて。「じゃあこちらを誘ってくれたんですか?」と聞けば「僕も居ったし!」とプリプリ。でも太鼓を叩けばすぐ機嫌が良く成って、ちっちゃなペロペロキャンディーをくれました。

 それでも小学生低学年には二時間はキツく「もう叩かない」とか「飽きた」とか。
するとお母さん達が叩き出して、けっこう楽しそう。

 もしかしたら、少年はあと四年もすれば、一緒にダラブカを学んだ中学の先生とばったり、
「あれっ? 君はもしかして!」なんてこともあるかもしれません。
 お母さん達のリクエストもありましたので、今度は子ども向けの太鼓ワーク・ショップも是非近々企画したいところです。

 CUBEの吉海さん、何時も快く場を提供して下さってありがとうございます。
今後とも宜しくお願いします。

   
 7月23日(日)   アラブ音楽LIVE
     7月23日(日)、キャナル・シティーのワーク・ショップ大橋CUBE「アラブ音楽ワーク・ショップ」に続いて三本目は、親不孝通りの海側、舞鶴のカフェle unionさんでの「アラブ音楽ミニライブ」でした。
 時間的にはやっぱりギリギリ。何かの勘違いで、あてにしていたメンバ−車が先に現場へ「なんでそこにおると!!!」と携帯に文句を言いながら、太鼓と楽器を担いでまたもタクシーに飛び乗って行きました。

 会場にはライブを知ってか知らないでか、4,5組のお客さんが。若林楽団のゲスト・ヴォーカリストの野口ジュンさんがお友達を誘ってきてくれていた他は、お客さんも半信半疑の表情。時間に余裕が有れば、一席ずつ廻ってご挨拶するところでしたが、喉も潤さず直ぐに演奏開始。
 
 小雨の海の街の夏場のアラブ楽器はコンディション維持が厳しいですが、不思議と調弦が速やかに。楽器の方が「よっしゃ協力してやろうかいね」の感じでした。

 前置き、前説も無く、ガンガン演奏して、少しずつ解説を加える頃にはお客さんの表情も明るくなって。勢いで30分演奏し切った所で第一部休憩。 各席を挨拶して廻ると、なんとお客さん達皆さんライブ目当てに来て下さっていました。最後に野口さんのテーブルに挨拶に伺った時に若林のお友達が来てくれました。
 ところが何故か皆さん険しい表情。でも第二部も頑張って演奏すれば、皆さん笑顔になって、この日のライブも盛り上がって終わりました。
 お友達の車で送って貰ってこの日は早めに就寝。翌日からの驚異のトリプルブッキングに備えました。

 リユニオンの池田店長さんも、音楽好きのチーフも大変励ましてくれて、チーフは彼女とそのお友達も誘ってくれました。 お友達は東京から福岡の整体の名士に会いに来ていて、若林にもご紹介下さると言ってくれました。

 リユニオンさんでは今後も色々な企画をご一緒させていただく嬉しい話しが出ています。どうぞ宜しくお願いします。ありがとうございました。

   
 7月24(月) 民族音楽フュージョン楽団CDに強力なゲストViolin奏者
  24日からのハードスケジュールは、午前中にワンナインStudioで楽器の準備をして午後2:00からのMaghreb-WindのデビューCDにゲストで迎える小倉の谷本さんのViolin録音。
 同時録音で若林のウード、シタールとのアドリブ合戦を予定していましたが、ややっこしい若林作品の説明に時間が掛かって、ヴァイオリン・ソロのみとなりました。
   それでも流石アルゼンチン帰国直後の力強くも粋な音色。大変満足しました。ありがとうございました。
 7月24日(月)  インド音楽ワーク・ショップ
 


 24日の録音は、無理をせずに4:00の予定時間に終えて、二駅違いの自宅に戻って一風呂浴びて一休み。 その後、夕方6:00の「インド音楽ワーク・ショップ」のためにワンナインStudioにトンボ帰り。

 ワーク・ショップには、またまた中学の先生、大橋の教室入会希望の方がお友達を連れてきてくれて、大橋教室の生徒さん、若林の民族音楽を全国の地方に届ける「有機音楽共同購入組合」を立ち上げてくれた白岩さんがわざわざ大分耶馬渓から、末っ子の次郎君を連れて来てくれました。
 お弟子の田部君は私の予想より一日早く帰って来てくれて、お陰で楽器片付けと受講者さんの二次会会場へのご案内は彼に任せて、 キャナル・シティーに飛びました。
 7月24日(月) タップダンスと共演−1
   ワンナインStudioでの「インド音楽ワーク・ショップ」を受講者さんのご快諾を得て休憩無しのぶっ続けで行い。7:50に退席。お弟子さんにお願いして、時間迄楽器のイロハをおさらいしてもらいました。後で聞けばかなり盛り上がったそうな。

 土日に続いてキャナル・シティーに向かったのは、福岡で活躍するマルチダンサーのYou君のタップダンスとのコラボレイション。東京で名を挙げているタップダンサーのSuji君もゲストとして招かれて。若林は最初の二日とラストの二日が居ないという前提で「それでも是非」と頼まれたものでした。
 九大のタップダンス倶楽部のパフォーマンスの後、8:00の噴水ショーがあって、Suji君の超絶技巧のステージ。その後8:10頃から若林の民族音楽コラージュ楽団LAKATAKが短い演奏を行い、それをイントロとしてYou君が登場。しばらくセッションを行った後、Suji君も交えて大セッションを盛り上げて、ビシっと最後を決めて終わる。というプログラムです。
 8:10分に間に合わない場合を想定し若林は「居ないもの」として頂きながら、悠々スタンバイ出来たので、初日はLAKATAK三人揃って舞台に上がりました。

 現在ナンバーワンのSuji君のタップは流石のもの。その後でさっそうとLAKATAKが登場の予定でしたが、マイクのセッティングが手間取って大幅に間が空いて。22日空港から文化財団、その足で打ち合わせに来ていたのに、打ち合わせ通りに行かない。お客さんもチラホラ立ち去り出して、Suji君の名演で盛り上がったのが台無しになりました。
 お友達がせっかく息子さん、キャナルにお店を出されている友人を誘って見に来てくれたのに良い所無し。残念無念でした。
 
 案の定、終わった直後に「直し」の打ち合わせが招集されました。8:30過ぎでした。
車で10分以上掛かるかもしれない「インド音楽ミニライブ」が9:00スタート。間に合わないかもしれない。
 プロの現場の独特な駆け引きの後、幸いに舞台監督さんが若林も昨年「花どんたく」でお世話になった「出来る人」だったお陰で、若林の提言を上手く取り込んでくれて「明日に立て直しましょう!」と解散。

   
 7月24日(月) インド音楽LIVE
   メンバーの小山君の車に楽器を積み込んで、「インド音楽ミニライブ」の会場。奇数月にインド音楽ライブをしている警固のネパールレストランMAiTiiGHARへ急行。
 運良く5分前に到着。9:00に演奏をスタート出来ました。
 お店の常連さんに加えて、ワーク・ショップ受講者さん、そしてチラシを見て来てくれた方、月初めの糸島のライブで若林のシタール演奏に感動して来てくれたお客さんに囲まれて、良い感じのミニライブ。休憩を挟んで二回目は、若林が太鼓タブラを叩き、会場のお客さん全員にパーカッションを渡して大セッション。太鼓のお弟子の篠原君は生まれて初めてシタールに触れて興奮していました。
   
 7月25日(火) VooDoo-Loungeに出演
   7月25日(火)は、親不孝通りのVooDoo-Loungeでのライブ・イベントにLAKATAKで出場の予定で、サウンドチェックが4:00のところを企画者のボギー君にお願いして7:30の本番直前に。
キャナル・シティーの初日のトラブルを更に解決すべく、6:30のサウンドチェックに間に合う様に。PAさん、スタッフさん、You君の安心した笑顔を見届けて親不孝通りのVooDoo-Loungeへ。前のバンドのリハが終わっていないタイミングに間に合いました。
 この日のVooDoo-Loungeは開場から開演迄のお客さんは殆ど居なかったので、ボギー君としては時間を押して始めたかったのでしょうけど、若林としてはむしろ早く始めたい状況。少ないお客さんでしたが、ボギー君も気持のこもった名司会でイベントをスタートさせ、若林もそれに答えて気合いの演奏をしている内にゾロゾロとお客さんが増えて、終わる頃にはそこそこの人数。
 LAKATAKと言いながらも、三人中二名はキャナル・シティーで本番待機。アジ君が助っ人に来てくれると言っていたのですが、若林がきちんとお願いしてなかったので、マイクのセッティングだけはしましたが、結局若林の一人LAKATAKのウード弾き語り。
 ステージ上のモニタースピーカーの影に鞄と楽器ケースを置いて、お尻のポケットの携帯が振動する事で時間を知りエンディングを決めてステージを飛び降りて、予約タクシーに飛び乗ってキャナル・シティーへ。ステージから飛び降りた直後にお客さんから「良かった!カッコ良かった!」と声を掛けられましたが、なんとかこの日も出番前に余裕で着きました。
   
 7月25日(火) タップダンスと共演−2
   キャナル・シティーの二日目は、ダンサー二人も更に気合いが入って、レベルアップしていました。You君と若林の掛け合い部分を軽く打ち合わせしてメリハリを着けて。するとSuji君もステージに飛び上がるやいなや、若林との掛け合いを始めて。お客さんも湧きました。
 ステージを降りると前夜とはうって代わってスタッフさん達もニコニコ笑顔。
 汗を拭う間もなく「民族音楽センター九州一周年記念イベント・打ち上げライブ」の会場「楽がき」さんへ。
   
 7月25日(火)   一周年記念イベントー打ち上げLIVE
 

楽がきの大将も挨拶をしてくれました。

食の達人がじぃーっと聴き入ってくれました。

大先輩のリクエストでトルコ民謡を。

アトラクションのロットリングの一等賞は、キャナル・シティーで子ども達が絵柄とサインをしてくれた一弦琴。

感動の博多一本締め。てしまの大将が音頭を取ってくれました。

  楽がきさんには9:00〜11:00迄少し音を出しての貸し切りをお願いし。楽がきの大将はビルの上階の住人さんに了解を取り付けてくれました。若林は8:30にはお店に到着して、カウンターの角を借りてパーティーの準備を。お客様全員に手渡す楽器イラストのカードやら、ロットリングのクジや、プログラムやら。その日朝から隙間を見てはやってたのですが、結局出来上がったのはギリギリ。プログラムは切るのが手間取ったらしくお客さんに間に合わずにちょっと怒られました。
 
 楽がきさんは博多駅から地下鉄ひとつ目の祇園にありますが、昨年秋迄は天神から西鉄電車でひとつ目の高級マンション街薬院にありました。
 その頃にお友達に連れて行って貰って、民族音楽センター九州の初音楽活動であったワンナインStudioでの「インド音楽ワーク・ショップ」の後に一人で行って。大将に相手して貰って美味しいビールを飲みました。
  それからしばらくして行ってみると、店中の壁に「楽がき」が。移転の為に薬院のお店を閉めるので、お客さんが記念にメッセージを書いていました。「若林さんも」と言ってもらってシタールの絵をでかでかと書きました。

 祇園に移ってからもちょくちょくお友達と行きました。祖原のライブの後には大先輩、奥さん、お友達と行ってとても楽しかった想い出があります。
  新しいお店のコンセプトは「昭和30年代」どでかいサトちゃん(薬屋さんの店先のオレンジのゾウさん)やら古いポスターなどが愉快なお店です。
  お肉を食べない若林には薬院に有った頃のカツオのタタキなどがメニューから消えたのが残念ですが、野菜の串焼きや冷や奴で十分楽しんでいます。

 この一年、幾つかのお店が私の大好きな場所になりました。
 日本屈指の和の料理人である大将のお店には生意気にも隔月でお邪魔していました。
  大将のお店は、生きる上での根本的な勇気、元気、優しさを学び、沢山の事を思い出し、気付かされてきました。
  私の人生の大先輩であり、ある意味、音楽を介さないけれど、音楽の師匠でもあります。この大将のお店は「悟りの場」「修行の場」の様な別格。

 ソロで初めて来た福岡での初めてのお店ヌワラエリアさんは初心に返る場。その後も、不思議と基本を思い出させられる事が多かった。

 それに対して楽がきさんは力が抜ける場。何時行っても「それで良いよ」と言って貰える感じでした。

 そんな想いが基本に有ったからでしょうか? 「一周年記念イベント」のOpeningが民族音楽センター九州発足の初心を思い出しながら原点ヌワラエリアさんで、 五日間の激動のライブを終えて皆さんと「お疲れ様」のFinalが楽がきさん。と、なんとも理想的なプログラムです。

 約束の9:30迄は一般営業を優先して貰って、と考えて下さって店の前で集まって下さったお友達、応援者さん、ご家族、大先輩、奥様達。女性陣は素敵なゆかた姿で颯爽と登場。

 

 先輩の奥様にはなんと受付までして頂いて。マイクを使った若林よりも良く通る声はお店との連携にベストキャスティングでした。
 昨年3月にソロで初めて福岡に来て、若林が初めて会話をした福岡の人である元PTA役員さんにもこの一年ずっとお世話になり、本業がコーディネートと司会の方ですので、一周年記念イベントの準備から本番の挨拶の仕方などなど。そして「打ち上げライブ」のお客様へのお誘いにも大変御世話になりました。
 
 時間も遅かったので、まずはどんどん食べて飲んで頂き、その間にカリブ海の名曲の生演奏BGM。その後、お客様一人一人に自己紹介を頂きました。

 一人一人が暖かい言葉を下さりました。 大先輩は「この輪がどんどん広がる様に!」と言って下さり。奥様は「全国へ!いいえ世界へ!」と。元役員さんで大切なお友達のコーディネーターさんは「各方面で応援されている方々が一同に会した今日のこの形を一層確かなものにして」と。

 元役員さんから大きく広がった人脈。深く繋がった輪が有れば、ワンナインStudioからCUBEスタジオ、そして福岡の若いミュージシャン達に広がった輪。文化事業関係の方から広がった世界。放送関係から広がった世界など色々名方面のたくさんの方にお世話になりました。
  芸術家も居れば、お医者さん。福岡を代表する料理人さん達。十代二十代の少年、青年も含むもの凄い人物が集まって下さり、 大先輩と、その大先輩が尊敬し合い慕い合う有名なお寿司屋さんの大将。大先輩が可愛がる串揚げ屋さんのてしまさん、若林もダウンしかけた時にお世話になったお医者さんのテーブルはまるでサミットの様でした。
 滅多に見れない光景には私も感謝と感動で今にも舞い上がりそうでした。

 アフガン音楽弦楽器ルバーブ弾き語りでは皆さんの熱い手拍子の中を練り歩きました。
 一周年記念イベントチラシの写真を太宰府国博で撮ってくれたカメラマンさん、Opening-LIVEで太鼓を叩いてくれた髭のお兄さん、本当は激務でダウンしていたのに駆けつけてくれた文化事業のスタッフさん、柔道青年ながら音楽好きの優しい青年達の笑顔に包まれて、焼き鳥の煙が充満し出すと、まるでアフガニスタン・カーブルのチャイハーネの熱気にあふれたライブの興奮でした。

 お開きの直前に、楽がきの大将にお礼を述べると。「凄い人達が一同に介した光景と、サポーターさん達の親身な動き、お弟子さん達の真剣な動きを見て感動した」「良いものを見せて貰いました」と言ってくれました。

 十代の紅一点、コーディネーターさんのお嬢さんも最高の役柄をこなしました。
 終盤の「クジ引き」幸運の女神に相応しく、元気な声を明るく張り上げると、お弟子の田部君がすかさずインド太鼓でドラミング。
 一等賞はみっつ。 まず初めは「インドの蛇使いの笛」................,当選者は○○番さん!
「あっ!私だ!」ってもの凄いラッキーガール。

 二番目はブラジルの籠マラカス!..............なんと当選者は、この【打ち上げライブ】のチケットをデザインし手書きで仕上げてくれたデザイナーさん。

 最後の一等賞は、キャナル・シティー子ども民族楽器作りで子ども達が絵を描いた
インド一弦琴「ゴピチャント」
ドロドロドロドロ...............................なんとなんと当選者は、その日1、2歳の差で最年長の全国屈指のお寿司屋さんの大将でした。

 まるで若林の気持が伝わった様なクジの引き様。大先輩にと念じた「蛇笛」を自分に持って行く所が凄い。 なぜなら大先輩はご自分が当たったとしても彼女に上げていたかもしれない。 
 
 お開きの時間が来て、思いがけない最高のプレゼントを頂いたのは、なんと若林でした。
 大先輩がちょっと目配せをすると、てしまさんがすかさず音頭を取って
「博多一本締め」をして下さいました。

 「民族音楽センター九州一周年記念イベント」
 御陰さまで、最中誰も怪我も病気もせず。沢山の楽器を使いましたが、期間中に壊れた楽器も,無くなった楽器もなく。きわどいタイムスケジュールも何故か守られて。
  東京で留守番の猫さん達も含めて、みんなが無事で、楽しく充実し。

 しっかり力を出し合って。たくさんの事を学び。新たな希望と、目標を明確にして。
とても良いけじめとなり、忘れられぬ幸せな想い出となりました。

 沢山の方に心から感謝致します。

 ありがとうございました。

 そして新たな一年も、どうぞ宜しくお願いします。

   
 7月26日(水) タップダンスと共演−3
   
   
 7月27日(木) タップダンスと共演−4
   
   
 7月28(金)   音大講座ファイナル
   7月28日(金)は、今年度一回目の東京音楽大学付属民族音楽研究所・社会人講座の六回目、最後のレッスンでした。
 今年は、研究所の所長さんであった故伊福部先生が急逝されたので、年明けの講座が無くなり、春の講座が遅れて六月に開講しました。8月は研究所も夏休みになるので六月と七月の二ヶ月に圧縮した結果、隔週が毎週になる時が多かったので、逆に出席率も継続率も良かったです。
     タブラ講座は17名ほぼ皆さん皆勤賞。インド音楽入門講座は、シタール入門の最後の二回で欠席が多かったですが、これはたまたまスケジュール的な問題の様です。ジェンベは13名中10名がほぼ皆勤賞、数名が吉祥寺教室に編入予定です。
 東京音大の講座は、次回は10月からです。
 7月31日(月) 朝日カルチャー・センターでアラブ音楽WS
   
   

 

 

 

 

 

 



 Music & Life  

 
 
 
 
 

 7月1日(土) 弟子と生徒のその境目は?
 

 先日、楽団のメンバーに加わった青年が、若林からギターで「インド音楽、アラブ音楽旋法」を学ぶ生徒さんになりました。その際、一般生徒のグループレッスンではなくて、お弟子の一対一のレッスンを薦めました。彼が既にセミプロとして活動していた事と、若いのにとても意識がしっかりしているからでした。

 彼が私に送って来た熱烈な音楽ラブレターの中には、「宗教」「テクノロジー」「音楽」の現代の危機的状況、「民族音楽は癒しではなくて『音楽』」などのクールな意見に、逆に音楽への熱さを感じました。
  初めのうちはやたら持ち上げてくれる生徒さんを散々見て来ましたが、自分の音楽に対しての厳しさと慈しみをしっかり持ち合わせている彼の姿は、いい加減とは思えません。

 世代なのでしょうか?時代なのでしょうか? 何を考えているか分からない、というより殆ど何も考えていない様な若者が多い中で、時々突然「冴えた」若者に会う時があります。
 それは私たち70年代ハードロック世代、というクールかつホットな世代と照らし合わせても負けず劣らずクールでホット。 

 そんな若者が九州には多い。 
 単純な理由もあります。
 故郷を捨てて東京に出ながら東京に義理を感じていない若者に比べて、たとえ九州の田舎から福岡の都会に出ていても、故郷に近いし、同じ九州で不義理はしない。
  そんな磁場を忘れずに頑張っている若者の中に、自由な価値観でありながらも刹那ではなく、流されないけれど、反骨だけではない「もういい加減何かを創ろうよ!」の意識が感じられるのです。

 先日の日記にも書きました、宮崎から福岡に出て来たロックギタリストA君もしかり、そして今回のギタリストB君も同じく。二人して若林の20年振りの「エスニック・ギター教室」の福岡での第一期生となります。

 彼らのもうひとつの嬉しい特徴が「素直」なところです。
 生徒レッスンより弟子レッスンの方が良いのでは?の勧めに対して、「迷惑を掛けるかもしれない」「弟子の定義が分からないうちに弟子面して良いものか?」の様に正直な気持を伝えて来ました。その辺りも今迄中々居なかったタイプ。 
 若林的には「当たり前」の感覚なんですが。中々居ませんでした。

 そんな健気な彼、そして今後出会う若者の為に、 「弟子とか師匠とか」について、おりに触れてお話して行かねばと思います。

★「クールかつホットな」という矛盾な言い方を解説しますと、私たちは「団塊の世代」の先輩達が「世の中を変える!」と言っておき乍ら挫折を味わう間もなく高度成長時代に溺れて行った醜態を見乍ら、ハードロックのエネルギーを体一杯に受けて育ち、根性はホットだけれど、世の中に対しても、反骨に対してもクール「騙されないぞ」の意識が強い世代です。

   
   むしろお医者さん的?
 


 お医者さんが『薬』をくれるのは、あくまでも対処療法。決めては本人の「自然治癒能力」昔の「化学薬品万能」の神話時代の反省から、最近では『薬を減らす』方向だったり、ゆっくり効く「漢方」を西洋医学のお医者さんが取り入れています。
 その時代の狭間は1990年代だったでしょうか? 私は母をMRSAで失い掛けた経験から時代の変化を痛感しました。

 私にとって、自分が学ぶ時も、教える時も「師匠」は「お医者」的です。
 本人の「向上心」「向学心」「努力」「自己批判」「反省」そして「成長する喜び」が修行の最も根源的な力。それは「自然治癒能力」と同じ基本です。
 薬や、リハビリなどに相当するレッスンやアドヴァイスはその人それぞれの状態に応じて、最小限与える「助け」の様なものと考えます。

 確かに、薬も「効くに違いない!」と思わなければ効きませんし、お医者さんを疑っていては治りません。その意味では「信じる者は救われる」的な部分もありますが、妄信的では「依存心」ばかり育って「自然治癒能力」の様な力は湧いて来ません。
  素直で感化され易い人は「誉められたい」衝動を「向上心」と勘違いします。
スポーツの世界では、それも「指導法」のひとつの様で、音楽でも同様に思って居る「教師」も少なく有りませんが、私は馴染みません。「師匠のコピー」の様な音楽を聴いても気味が悪い。
 
 その意味では音楽の修行は、自らの自発的な「向上心」が不可欠です。それは人生に於ける『夢と希望』の様なもの、かと思うと不思議なことに「本当に音楽が好きな人」って、楽しみに向かって努力するばかりじゃない。むしろ過酷な練習を自虐的に喜んでやっていたりします。

 お弟子さんの中でも「一を聞いて十を知る」様な人も居れば、「十聞いて一しか覚えていない」様な人も居ます。やはり本人の「自然向上能力」の問題。意識の問題なのでしょうか。

 弟子と生徒の大きな違いは、生徒さんは「出来なくても良い」「身に着かなくても良い」「表現出来なくても良い」「教えなくても良い」もしくは「自分のペース」でやれば良い。と考えます。 何故ならば,基本的に「お稽古事」「習い事」の意識だから。レッスンは「情報」を伝達する場。 レクチャー・コンサートを一歩進めたワーク・ショップを更に一歩進めた程度で良い。 

 ところが「弟子」はその逆か?と言うとそうも言いきれません。
 北インドからトルコに掛けてのシルクロード地域では、音楽の師匠の他に神秘主義僧の師匠に弟子入りするミュージシャンが少なくない。日本の伝統芸能でも、清元節の人が常磐津、新内節の人が一中節、落語家が義太夫節を学んだりします。これらは研修の意味合いですが、半端を許す社会ではないので「本気の弟子」になります。


 弟子とか師匠とかは、学ぶ意識の問題ということになります。
 でも、それも人それぞれ。千差万別。 
 永遠に定義出来ない。難しいテーマ。

 その意味では「定義出来ない」「分からない」ままで良いのかもしれません。

 7月6日(木) 意外に有名人
   若林が、著書でお世話になっている出版社の編集の方から「先日,吉祥寺のA書店に挨拶に行ったら『若林さん最近来ないですよ』と寂しがってましたよ」のメール。
  ちょっとびっくり!その書店には、確かにちょくちょく伺いました。でも、自己紹介をした訳でもなく、会話をする訳でもなく。それが、何者か分かって接してたとはびっくりです。もしかしたら、注文の取り方に関して店員さんを説教したことがあったから、そのせいかも?
 あらら。と思い乍ら、郵便局に行けば、局長さんが「題名のない音楽会みましたヨ」と声を掛けて下さった。
  昔ながらの住民、お店が少なく成って来た吉祥寺で、長い人達の間では何時の間にか「有名人?」
と思っていたら、教室に消防署の職員さんが。
この数ヶ月、楽器配送の段ボールを積み上げていたので、何回か注意され、今回ついに「警告書」を手渡されました。 武蔵野警察には、以前捜査に協力したりで顔見知りの刑事さんも居ますが、消防署の件はちょと「あいたたたた」。
 今月一杯の事。という話しは通用しませんでした。
 
 吉祥寺の街には25年以上前から漫画家の楳図かずおさんが出没します。
それこそ25年前、若林の店がビッグコミックの取材を受けた時にルポライターさんとして楳図さんが来られて、それ以来ちょくちょくカレーを食べに来てくれては母と会話をしてくれていました。
 今でもちょくちょく道ですれ違いますが、全然変わらない。ちょっと凄い。

 同じ様にちょこちょこすれ違っていた人に、井の頭公園を毎朝走っていた頃は毎朝お話していたフォークシンガーの高田渡さんが居ました。
 数年前、若林の店に香取慎吾君と泉谷しげるさんが番組のロケで来た時。(慎吾君が若林からシタールを学ぶという設定)ロケバスからひっそり店に入っていたのに、周辺のオフィスや百貨店からOLさんが100人以上も群がって大変!な騒ぎになりました。
 ふと見ると、その群衆の中を遠慮がちに通り過ぎる渡さんが居ました。 若林がTVカメラを忘れて挨拶をすれば、泉谷さんも深々と挨拶してました。泉谷さんは、無遠慮な人かと思えば、先輩には礼儀正しい? フォークの大御所だから? 否、渡さんはそんな風には全然見せないところが凄かった。
 最近見かけないなあ、と思ったら、昨年の春に急逝されていました。 お酒も控えられて、随分健康そうになっていたのに。寂しいです。

 同じ様に吉祥寺のJazz、Rockのお店の老舗を何軒も経営していた野口いおりさんも数年前に急逝されました。十代の頃の憧れの人のひとりで、サムタイム開店の前日にはいおりさんのサックスと私のシタールで「夢の共演」もさせて貰いました。感動のあまり?初代ウェイトレスさんをその日に口説いて、そのまま嫁さんになって貰ったという想い出もありました。
 吉祥寺音楽シーンでいおりさんと双璧を為した老舗Jazz喫茶「メグ」のマスター寺島靖国さんはご健在です。覚えてらっしゃらないでしょうけど、高校生の時、初めて彼女が出来て初デートで行っていちゃいちゃしてたら寺島さんに叱られた苦い想い出があります。確かにJazzは男が一人、人生の哲学にむせびながら静かに聴くものです。店が客を選ぶ。そんなお店ももう殆ど無いかもしれません。

 中学二年生の時に,初めて本物のシタールと出会った吉祥寺。
 渡さんと同じライブハウスに高校生で出演した「ぐあらん堂」もとっくになく。
 半分京都人の母のお気に入りだった近鉄デパートもとっくに撤退し、その後を次いだ三越&大塚家具もこの春に撤退しました。

 「遠くからわざわざ来てくれたお客さんに悪いから」と臨時休業は20年間一回もせず。「世間に看板を出した以上、簡単に下げるな!」と教えられ、二ヶ月しか黒字じゃなくても頑張った時代は、なんだか大昔の様です。

 こんな私が高校生だった頃のいおりさん、寺島さん、渡さんの年齢をとっくに越えました。気付けば吉祥寺の街で、ちょっと有名人?
 でも、あの頃の私の様に憧れてくれる若者は居ない様な。
 
   
 7月15日(土) 師匠の想い出
   
   
 7月26日(水)  思いがけず夏休み
 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 




  2005年の7月30日、小倉の演奏の前に友人が、博多湾の東に伸びる@@を「海の中道〜海浜公園」方面迄車で爽快なドライブに連れていってくれました。
 新幹線の時間が来た頃、偶然同じ車種の車がボンネットを潰す程の事故を起していて。「こりゃ帰りましょ、って事ですね」とUターン。
 一周年記念のハードスケジュールが明けた26日、思い立って電車で行ってみました。
 博多駅からJR香椎駅で香椎線に乗って、北の終点西戸崎駅まで。香椎から逆に南に行くと、お世話になっている音楽スタジオの社長の自宅の宇美町。「お住まいは?」と訊いたら「うみ」と言うので博多湾の方向かと思っていたのが、やっと地理が理解出来ました。
 
 
 

 

   
 
 

 

   
 
 

 

   
 
 


   

 

 

 

 

 猫さん達との日々