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 6月1日(金) 街が影絵になりました!
 


 「街が影絵になりました!」 って素敵な写真を頂きました。

 
 1月の日記「グラデーション」の時も、素敵な写真を頂いて書きましたが、夕暮れ時の吸い込まれる様な神秘的な世界。4月の日記「たそがれ」にも書きました。「明暗」「陰陽」の狭間のとき。

 

 影って面白い。 影って不思議。
 光を遮る憎たらしいもの。 光を遮る怪しい実体。
 表情も心も分らない 逆光の実体。
 しかし確かにそこに在る「実体」
 それを「怖い」と想う人も居るかも知れない。
 が、何故か心を奪われる。 何故か心が安心する。

 夕暮れって面白い。 夕暮れって不思議。
 太陽の時間、明るい半日が終わり
 月の時間。星の時間が始まる。
 カラスや雀が巣に帰る。 子ども達も母の元へ。
 ギリギリ迄遊んでいた あの頃に心が戻る。

 闇って面白い。 夜って不思議に心が落ち着く。
 頑張りの昼間。 生産の昼間。 無理していた時間。
 朗らかな時間が終わり 思惑の時間が始まるからか
 それは安らぎの時間かもしれず それは語らいの時間かもしれない
 それは寂しさの時間かもしれず 悲しみを振返る時間かもしれない

 影絵って面白い 影絵って不思議
 畏怖の念さえ感じる闇に 神秘で怪しい光を遮るものに
 何故に美しさを求めたのか 何故に優しさ愛しさを
 何故に動きと存在感を 冷たい温かさを 単色の彩りを
 
 この落ち着きは何だろう この安らぎは何だろう
 心がリセットするからか 思考が新たに甦るからか
 裏の思考が訴えかける それも有りだと それで良いよと
 裏の自分が語りかける それも君だと それが本当だと

 光と陰が相和して 初めて気付く心の行き場
 見えているものに惑わされ 彩りの豊かさに振り回され
 温かさ明るさ朗らかさ 優しさ寂しさ愛おしさ
 彩と影が相和して 初めて気付く心のあり方


 6月8日(金) 親に貰った「無い筈の力」
    ある意味、人間はとてももどかしい「生き物」だ。
 成熟するのに20年弱はあまりに時間が掛かり過ぎる。
 そんな「動物」滅多に居ない。
 あまりに「弱い」あまりに「無駄」
 その分「知恵と技」があって地球の自然を我がものの様に
 自分たちの「住み易い世界」に変えてしまった。

 自然への借り 本当に弱い生き物に強いた犠牲
 ここではその話しは置いておこう
 20年弱も「親に世話になる動物」その意味を考える
 
 昆虫でさえ「子育て」する種がある。
 しかし20年弱は長過ぎだ

 インドの路上の「曲芸兄弟」
 姉が五歳位? 弟は三歳?
 姉のバク転と弟の「でんぐり返し」で観光客にチップを請う

 ある意味、20年弱も「要らない」のかもしれない。
 自分も含めてその倍以上生きても、ちっとも大人に成り切れて居ない
 20年じゃ足りない!とも思えるが
 もしかしたら「過保護」のせいで成長が遅いのかもしれない。

 人間に求められている「成長」とは何だろうか。
 「社会性」「協調性」「公共心」「処世術」
 「自意識と感情の制御」「社会的貢献の能力」

 現代の親でそれを教える「暇」がある人は少ない。

 
 親の義務とは何だろう 親の責任とは何だろう

 
 この数年、お休みしている「昆虫飼育」「淡水魚飼育」
 今日も休む訳には行かない猫さんの世話

 命を預かっていると休む時は無い。
 夜中にカブトムシの幼虫の訴えが聞こえて目が覚める。
 腐葉土が乾燥していたり、食べ尽くしていたり。
 
 異なる産地の昆虫を誤ってでも放ってはならない
 責任も重い
 目的や意義 人を納得させる程のものは無い

 人間を産み育て 世に送り出す事だって
 どれほどの意義があろうと言うのか?
 
 猫さん 何も働いてくれません
 たくさんの励ましと、生きる事
 もしかしたら「これが人間の使命?」などなど
 たくさんの事を教えてくれます

 なにより「躾」られます。
 「整理整頓」「清潔」じゃないと
 容赦なく「ぐちゃぐちゃ」にされます。

 
 ピアノ教師なのに ヴァイオリンも弾けるのに
 断固抵抗した私を「なんでもっと強制的に教えてくれなかった!」
 と無茶な不満を言った事があります。

 処世術的な知恵も、世渡りや人との交渉の技も
 何も教えてくれなかった。
 「反面教師」は有ったかもしれない。
 「背中」に学んだものもあったかもしれない。

 でも、親から貰ったもっと大きなもの
 それは「手間ひま労力」「心配」「無い筈の力」

 夜中でさえも、我が子を背負って山道を急いで医者に連れて行く
 当人は幼過ぎて憶えていない。熱にうなされて憶えていない。
 親が子にして当然とも思って居る。

 でも、気付いていないだけで  理解していないだけで
 背中からはたくさんの力が伝わっているに違いない

 でなくてはあり得ない。
 くたくたになって倒れ込んでも
 我が子 猫さん 昆虫 楽器
 その命に関わる事には「火事場の馬鹿力」が湧いて来る

 晩年 親がどれほどに我が儘言おうと
 どれほど看る苦労を強いようと
 親がしてくれたことの一割にも満たないだろう

 親の我が儘 世話の苦労は 恩返しなどではない
 皮肉なことかもしれないが
 むしろ追加で授かっている

 無い筈の力 

 世話を掛けて蓄えて 世話をしてまた蓄える
 
 もともと「無い筈の力」だから
 
 使っても使っても 減る事はない

 不思議と身体も壊さない

 
 微塵でも不平、不満、不条理を感じたら
 あっと言う間にくたびれるだろうけど

 6月21日(木) 二日連チャン
 

 2007年06月21日06:06 二日連ちゃんで泥酔者に遭遇

 三人も、しかも女性 。男が如何に情けなくなっているか 。何故そこ迄飲ませるか
飲まずに居られぬ想いにさせるか。
よりにもよって福岡 。九州男児よいずこ

 その酔っぱらった九州男児に説教される江戸っ子
 日本一  情けない。

 6月23日(土) 「反省」
 

 2007年06月23日07:25 反省
 
 反省の無い人 と言われる。
 まるで常に自分が正しいと思っているかの様に

 とんでもない 
 これほど馬鹿な奴は見た事が無い、
 それほど呆れた奴だと思っている。
 
 失敗だらけ 杜撰で 何時だってツメが甘い
 反省どころか戒めてばかり くよくよもすれば 
 落ち込んでもいる。

 転んでもただでは起きないかもしれないし
 戒め、反省は人に語らないだろう

 語れるもの、語るべきものを言えば
 「人のせいにしてばかり」と言われる。
 

 6月24日(日) 皮肉だけれど、悔しいけれど、
   2007年06月24日10:52 皮肉だけれど 悔しいけれど

 皮肉だけれど 悔しいけれど 大変だけれど

 ひと月毎日練習したものって 三日空けるとパアになります
 ゼロにはらないけれど............ 取り戻すのには、三週間は掛かります。
 一日空けただけで  十日は掛かります。

 悲しい事 辛い事 耐えられない事 があると 弱ってただれた胃壁に 窪みが出来ます。
 胃潰瘍になるのには数秒 数分ですって!?治るのには二ヶ月掛かります。

 何年も頑張って 耐えて耐えて 頑張って たった一瞬の出来事で壊れてしまう

 それを取り戻そうと 詫びようと  せめて後悔と感謝を伝えようと 頑張っても
 
 同じ事をしてしまったら............. たったの半年で諦めてしまって
 
 何故、同じ事?  せめて一ミリでもましだったら せめて一つだけでも 堪えていたら
 
 まるであの時、 我慢して頑張った分 やり残していたのかの様に 
 むしろやりたい放題  考えられる全てをしてしまって..........
 

 何年もの年月を 何倍もの心を込めて 何倍もの頑張りを込めて
 何重にも網込んだ 

 そんな絆でも 乾き過ぎれば脆いもの 湿り過ぎて腐ってしまえば脆いもの

 ささやかな想い 
 たいした事ではないし 世の中や生活変える程でもない
  大事件の原因でも 解決法でもないし なり得ない

 そんな些細な 真心で紡いだ 絆は強い 意外に意外に とっても強い

 それを切りたかったんですね
 
 天性の才能かしら 
 絆の急所を知っていた? どうすれば切れるか知っていた?
 

 十八の時の後悔  否 七歳の時の罪悪感 。未だに引きずって生きています
 
 治さないうちにまたやってしまう。 重くもあり、辛くもあり

 「人生楽しく生きなきゃ!」 そう思いますよ 本気で

 でも、不器用な人間  あなたや私の様な 人を元気づけて、楽しくさせて 
 十倍やって やっとひとつ 穴が少し治ります

 やっと少し楽しく感じます 。

   
 6月28日(木) 単なる思い込みですけど。
   2007年06月28日06:41 単なる思い込みですが............。

 単なる印象ですが
 本州から九州に移住した人って
 かなり楽になっている人と逆に凄く頑張っている人の両極端
 楽になっている人はそれが目的かの様

 頑張っている人の九州弁が増えた時 
 気持ちや体の面で、ちょっと無理が続いている時
 あくまでも印象ですが

 九州人なのに地元で標準語を話している人
 表面的な美意識に溺れている感じ 薄情者が多い
 単なる印象ですけど
 
 そんな人が、珍しく九州弁を喋る時
 ちょっと弱っている? 優しさや人恋しさ
 感謝の気持ちを思い出した時? 
 単なる偶然でしょうけど

 東京で標準語を話す九州人の中で
 九州人である事をあまり語らない人
 心根にしっかり九州人のプライドを持っている
 コンプレックスじゃない 
 それほどに東京人って九州を知らないから
 分かってもらえない  伝えられないもどかしさ

 逆に九州人であることを東京で誇らしげな人
 意外に地元の評判は今イチ と言うか知られてない人も少なくない 
 単なる思い込みですけど

   
 6月28日(木) より「簡単」に、より「楽」
   2007年06月28日07:07 より簡単に より楽に

 ♪ ずいずい頭っ転ばし胡麻味噌ずい 茶壺に追われて戸っぴんしゃん ♪

 その昔 苦労して育てた作物の殆どは お上に捕られてしまった。
 今は、そのお上は 民人の顔色を伺って票集めの機嫌取り

 ご先祖が苦労した田畑は随分小さくなったけど
 生活は楽になったけど

 駅前はシャッターが閉まっている

 ♪ 俵の鼠が米喰ってチュウ チュウ チュウ チュウ 

 その昔 苦労して育てた作物の殆どは 昆虫、雀、颱風に捕られてしまった。
 薬で随分守れる様になったけど その薬が人間にも悪影響

 その薬も随分少なくなって 田んぼに生き物が戻ってきたけど
 あの薬は今何処に
 
 駅前に八百屋が無くなった

 ♪ お父さんが呼んでも お母さんが呼んでも 行きっこな〜あし〜よ

 その昔 親の言う事は絶対だった 学校 病院 弁護士 代議士
 先生と言われる人も 絶対的な尊敬を得ていた

 今ではよほど賢くやらないと 貧乏くじ 
 そうまでして成ろうと言う人は少なくなった

 人々は誰の言う事に従うのだろうか

 ♪ 井戸の周りでお茶碗 欠いたの 誰〜れ?

 その昔 井戸は共通の生命線であった
 そして 悲しい物語もたくさんあった

 今では井戸端会議という言葉も通じにくい
 悲しい物語は無くなっていないけど

 悪者も少なくなったけど  生活は楽になったけど
 なんで険しい顔が増える? なんで苛々顔が増える?
 

 駅前のお店を欠いたのは

 誰〜れ?

   
 6月28日(木) 「原っぱ」 
   2007年06月28日07:27 原っぱ

 「原っぱ」は「たどり着いた場所」だと思います。
 そこからまた旅だってしまうのは、悲しいし勿体ない。
 
 言い換えれば「まだ原っぱに帰って来れない人」
 帰ってくる「時」ではなかった。
 
 やり残した事や欲が、存在感や使命感と重なって
 「まだ受け取れない」という謙虚な気持と
 「受け取っても大事に出来ないのでは?」という不安
 
 それがあるから「原っぱ」で落ち着いて居られない。
 また何処かに行きたくなってしまう。

 山や海で あんなに頑張って 苦労して来たのに

 それを理解ってあげることも 愛ですね  きっと
 でも 学んではいないと思います

 何かが学び足りなかったから
 「原っぱ」に居続けられない。

 それを何処かで感じて居るから 落ち着かない

 それが分らずに また 旅に出る。

   
 6月28日(木) 言いたい奴には言わせておけ
   2007年06月28日07:45 言いたい奴には 言わせておけ

 20年続けた店の開店当初 
 「こんなカレーはインドに無い!」と言ったお客さん
 「あ〜あ なんて懐かしい! 南インドで食べた味です」と言ったお客さん

 「こんなチャイはインドに無い!」と言ったお客さん
 「あ〜あ なんて懐かしい! 夜汽車の駅で飲んだ味です」と言ったお客さん

 もし10人中8人が 「そんな事はおかしい」「間違っている」
 とおっしゃるならば

 ブレず 迷わず 喜んで それに逆らって出来るけど

 「言いたい奴には言わせておけ」 少数意見は捨て置けない

 ひがみ やっかみ 捨て台詞 意外にこれが名教師

 二度と会いたくない様な  いけ好かない男の台詞であろうとも

 根拠も事実も あり得なくても つまらぬ正論であろうとも

 あれから毎日考えている

 「言いたい奴には言わせておけ」

 気にならなくなった時
 
 自分はどんなになってるのだろう 。

   
 6月28日(木) けじめ
   2007年06月28日07:47 けじめ-1
 
 長いキャリアを誇った野球選手が自由契約を言い渡され、 「けじめをつける為に」入団テストを受けた話。ここ数年で一番 じ〜んと来た話だった。
 
 「けじめを着ける」と「諦めが着く」の違い その選手の「けじめ」は、きっと 入団テスト以前に着いていたと思う。

 何年も何年も、揺れてもブレても、貫いた。 きっと、きっと、頑張り続けた。 何年も掛けて着けたもの。  それがけじめ
 

 人に答えを求めたり 出させるのではなく 想いの揺れを止めるためでなく 自分の中で答えは出ていた。

 それがけじめ

 他人の力を借りたり 人に答えを出させたり 人のせいにしたり 

 「諦めが着いた」と思いたいだけ。 「けりが着いた」と思いたいだけ。

 味方を用意して 言い訳を用意して 結局は一番楽な道 結局は何も変わらない

 元に戻ったに過ぎないから
 
 ある有名人が著書に書いてあるらしい 「福岡は日本で一番捨て易い故郷」 ある有名タレントさんがその言葉に続けて私に言った。 「だけど、出戻りを一番温かく迎えてくれる故郷」と。

 それはそれで素敵な話。でも「けじめがついた」とは全く違う話。

 

 2007年06月28日07:49 けじめ-2
 「けじめのつかない状態」

 だらだらと、中途半端に 優柔不断に とりとめもなく。
 
 「思い立ったが期日」 「時間が唯一の資産」 そんな事を言いながらツッパッテ来た
 せっかちな江戸っ子には耐えられない状態

 「けじめを着ける」は 「けりを着ける」とは大違い
 ある瞬間 ある時点で「ピリオドを打つ事」とも全く違う

 自分が「納得」すれば良い そんな事で良い訳がない。
 
 そんな簡単なものが「けじめ」の訳がない。

 18歳の時の今でも恥じる挫折以後 。根性で貫いてきた「けじめの着け方」

 どんなに辛くても 納得が行かなくても 。自分の意志で始めた事は
 「まず一年は文句も言わずに頑張る」

 「誰にも愚痴はこぼさない」 その代わり「ぴったり一年後」に言う。
 どこをどう変えて欲しいかを伝える。

 たいがい伝わらない。本気にされない
 
 その後更に「一年頑張る」 最後の数ヶ月に最後通告をする

 それでも変わらなかったら 

 どんなに悲しくても 悔しくても 惜しくても...........。

 
 メジャーデビューしたロックバンド 。他のメンバーはサラリーを貰っていた
 自分は「明らかに売れてから貰う」とツッパった。

 「一年前」と「二ヶ月前」に通達 の決まりを守ったにも関わらず
 「ドタキャン!」と言われた。

 「この世界で食えなくしてやる」とも言われた。

 
 もし「時間」に「けじめ」を頼るなら。それは「最低10年」

 日本で最初の民族音楽ライブスポット 21歳から始めた。

 10年後。 1988年
 まだ世の中はエスニックブームにもなっていなかった。
 一通り世界中の音楽を探訪し、レパートリーは千を超えた。
 それでも、やり残した事をやる猶予が有った。
 
 さらに「10年」頑張った。 世界をもう一回り探訪した。沢山の師匠に学んだ。

 1999年 ライブスポットは、きっぱり止めた。

 この十年。  三度目の世界一周音楽探訪
 
 やっと曲が書ける様になってきた。

   
 6月29日(金) 子供の頃からの夢
   2007年06月29日13:52 子供の頃からの夢

 僕には夢があります。
 世界の色々な文化、音楽が何時も賑やかに集っている場所 。それは「世界」そのものなのですが、 何時でもそこに居たい。と、言う夢。

 「居るじゃん!」と言われたらそれまでですが、 新潟に有ったロシア村、トルコ村、愛知犬山のリトルワールド 。長崎ハウステンボスみたいなところ!
 LW以外行った事ないのですが、大好きです。

 この夢「わくわく音楽ランド」 は、中学の卒業文集に書いたままです。 小学校では「動物ランド」「昆虫ランド」でした。 その意味では変わっていませんね。

 何時でも「世界」を感じて生きて居たい。 人間世界だけでないから「地球」を感じて生きて居たい。 子供の頃に空を眺めて思いましたから「宇宙」かもしれません。

 学校の先生が「末は大物」と慰めるほどの落ちこぼれ 音楽に拾われた様なところがあります。

 恩人ですから粗末にせず頑張って来ました。 頑固で我が儘ですから 上手く世渡りしませんでした。
 
 みんなで作りたかった「民族音楽の広場」 始めの二ヶ月で、仲間は消えました。 お金が絡むと友情も夢も脆いものでした。

 しかたなしに自分で世界を呼び込みました。 人も沢山集まりました。
好きなものを好きなだけ持って居なくなりました。

 どうせなら、とことん持って行って欲しいのに。

 そうこうしているうちに、自然はどんどん無くなってしまい 、現地の音楽も大きく変わってしまいました。

 「わくわく音楽ランド」「わくわく昆虫ランド」諦めなくてはならないかもしれません。

   
 6月29日(金) 持って行くなら「畑」ごと
   2007年06月29日13:58 持って行くなら「畑」ごと!
 
 おかしな例えを言いましょう。

 泥棒に「おい!持って行くなら全部持って行け!」 と言いたい感覚。
 僕はこの場合、色々な野菜を育てている畑の主です。
「畑ごと持って行ってくれ!」

 もし全部持って行くなら、何かせざるを得ないでしょう。
腐ってしまう前に売りに行かねばならず、結局働く事になる。もし畑ごと手に入れたら、猛暑の日も、嵐の日も 鳥や昆虫を薬で殺さずに耕し、種付け、水を遣る。

 「いいえほんの少し、自分と友達が食べる分だけで良いのです」 遠慮深い泥棒さんです。

 あっ! 肝心な事を忘れていました。
 お客さんからはチャージ、生徒さんからはお月謝頂いていました 。お詫びして訂正しなくてはなりません。 泥棒さんではありませんでした。ごめんなさい。
 

 でも、持って行って欲しいもの。持って行って欲しい量 、置いて行ってしまったら、どうしましょう。

 インドの太鼓タブラは大小でセットです。 片方を半額で持って行ってしまうのですか?
 仕方なしに割り引いてセットで買ってもらいます。 大損です。 でもお客さんも「しょうがねえなぁ。片方で良いのに高くついたゼ」
 
 商売に向いていませんから、その様をこっそり見ていた セットで欲しい人にも同じ様に割引してしまったり。

 「あれはないの?」と言われると懸命にそろえてしまったり 買うつもりがなかったガムランセットがあります。
  思えば笑い話
 ある時「セットで欲しい」という電話 。数日後 「セットを売りたい」という電話
 大馬鹿ですよね。
 その後もあります。
 手に入れた途端に「習いたいという電話」が殺到 。十数人も。
 すると「講師になってやっても良いよ」という人 と巡り会う。
 ところが、 入会金集めた後に講師が「やらん!」
 
 超馬鹿ですよね

 でも、その方の奥様がお手紙をくれました 「ガムラン嫌いにならないで下さいね」 涙が出ました。 
  ガムランセット。今も大事に持っています。

 泥棒ならぬ、産地直売の畑のお客さんとは、

 「人参買って下さるなら、ご一緒にじゃがいもも如何ですか?」 「カレーにすると美味しいですよ?」 「いらん! みそ汁に入れるんじゃ!」 「茄子には生姜が必要でしょ?」
 「いらん! 味噌炒めにするんじゃ!」

 結局売れ残りが沢山。

 楽器をいじくる技術は時間に換算してレッスン料 「理解」「解釈」の講義となると突然つまらなそう 「自宅で練習できないんだから、講釈は要らない練習させろ!」

 一番持って行って欲しい「心」は お金に換算出来ません。

 「心」は「心」と引き換えなのでしょうか? 畑を丸ごと耕す位の根性を要求した事などないのですが、 ベランダ自家菜園位の事はしてくれると思ってたのですが。

 マンションの各家庭や屋上に 自家菜園やビオトープが有ったら どれだけ鳥や昆虫が喜ぶか?

 繁華街で知られる吉祥寺の一角なのに どこで知ったか、昆虫が集まります。

 街の温度も下がるでしょうし、 良い事づくめのはずなのですが

 「そんな暇は無い」 「そこ迄してやるつもりはない」

 気晴らしに遊びに行ったり、 鑑賞したり、飲みに行ったりはするじゃないですか!

 「仕事のストレス解消じゃ! 文句あっか?」

 「心」を置いて行ってしまって 何をお買い求めになられたのですか?

 そもそも「生もの」のはずですが 、大丈夫ですか? まだ「生きて」居ますか?

   
 6月29日(金) 想定内と想定外
   2007年06月30日02:45 想定内 想定外

 やりかけた勉強が 山場を超えて佳境に差し掛かると  何故か大きな仕事が入って 勉強は中断。
教室の生徒さんが増えて、収入が安定しそうになると 何故か大きな仕事が入って 転機を迎える 。

 プライベートが充実し掛けて、月並みな幸せ感を感じ始めると 、何故か公の場に出る事が増える メージャーになるタイミング?  するとプライベート、家族、お弟子さんでトラブルやゴタゴタ

 これらは何度も繰り返されたから 、経験則の、ある意味「想定内」
 「今度は何処まで先に進めるか?」流れが来た時により頑張る
 それしかない。

 駄目な子ほど可愛い。不器用だったり 頑固 我が儘  その分 流されずに持っている感性 才能も豊
 
 やっとしっかりして来たな と思う頃 本人や周りの具合が悪くなる
  宗教? 恋人? 仕事? お金? 何かに魅せられ心が揺れる

 これらも何度も繰り返されたから
 
 ある意味「想定内」

 分かっていながら ダメージは大きいけれど、善後策を用意する余裕は無い。
 「滑り止め」? そんな根性じゃ到達出来ない。

 「想定内」とは言っても けっこう 辛い

 でも、転んでもただでは起きない。必ずや、何かは残る。必ずや新しい分野に挑戦していた

 必ずやひとつふたつ 苦手を克服していた

 しかし

 最近の人の心の儚さと、世の中のよどみと 、自然環境の変化は
 
 想像以上に....................かなりの「想定外」

 

 今来ている 「流れ」

 今度こそ 本流に注がなくては もう時間が無い。
 今度こそ より多くの人の力を より多く より清く より率直に 借りながら支えてもらいながら  クールな頭で やり遂げなくては、良い状況は いくつか 「想定」出来ている

 頑張りましょう。頑張ります!

   
 7月3日(火) よみがえり
   2007年07月03日
16:52 よみがえり
 もうこれで全て終わりだと思った。
 常識で考えても、目の前の現実を見ても疑いの余地はなかった。
 「すべてがエゴの結果」と言われればそれまでだけど
 あまりに切なく、残念な人生

 しなくて良い苦労 常識では考えられない悲しみ
 尽くして裏切られ 晴れぬ心のままにまた尽し
 信じようとしていても 心の弱さが付きまとう

 必死で受け止めた 奇跡を信じて 半年頑張った
 ある意味永遠の恋人の様なもの その姿を見るのは偲びない
 奇跡は起きた。 神様の意志を感じ感謝した。

 これが本当の余生なのだろうと思った
 きっと本人もそう思って 生まれ変わった様に生きるのだろうと
 全ての悲しみから解放されて 心穏やかな日々が続くと

 私の力が足りなかったのか 大きな勘違い
 取り返しのつかない間違いだったのだろうか
 奇跡以前とは比べ様のないほど過酷な生活。

 それでも頑張って夢を目指し 幸せを模索した
 沢山の想い出を再現し 先の時間に続けたかった
 記憶や夢で終わらせないための 奇跡と余生

 ところが以前にも増して疑いと不満の日々
 最も悲しい世界に入って行った
 通俗と宗教 被害意識 自己防衛と自己満足

 常識では考えられない奇跡の様な出来事
 本人の強い意志と生きる力が有ってこその
 神様の判断 守護神、前世、様々な助け

 ならば何故 それまでの人生にも増して
 悲しく 虚しい 月並み以下の時を刻むのか
 なんの為の余生なのか なにを記したかったのか

 まさか奇跡は私のためだったのか
 そんな馬鹿な そんな筈は.............。

 がんばりが足りなかったのか
 がんばる方向が間違っていたのか
 
 戻って来てくれとあれほど願い
 行かないでくれとあれほど願い
 叶った途端にそっちに行くのか

 やり残した事はそんな事だったのか
 
 私が悲しくない様に?
 
 私に与えられた新たな試練?

 何時その時が来ても悔いの無い様に
 一所懸命 一生懸命
 そう生きて来た事が 間違いと言うのか
 
 そう思っている事が間違いなのか

 それを教える為には
 あまりに大掛かりな

 あまりに過酷な
 あまりに切なく 虚しい

   
 7 月3日 (火) 両極端
   2007年07月03日17:09 両極端

 紐の端と端は一本の紐で繋がっている
 電池のプラスとマイナス 磁石の両極

 「見れば分かるだろ!」とおっしゃるけれど
 分かる様に作ってあるだけの事

 右に立つ人から見れば、相手は左寄り
 左に立つ人から見れば、相手は右寄り

 鏡に映る姿は 実は真逆の世界
 似てて異なる両極の世界

 自分は同じところに居る様に思っていても
 旅立つ人から見れば同じ様に離れて行く

 何故着いて来てくれないのか 
 何故追いかけてきてくれないのか

 何故変わってくれないのか
 何故戻ってしまうのか

 相手から見れば
 動かない事も 去って行った事と同じ

 磁石の両極と電池の両極
 直接は相反するけれど

 その間にたくさんのものを繋いで 
 たくさんのものを生かし

 たくさんの貢献をして
 大きな輪で繋がる事が出来る

 それを忘れてしまったら
 世の中は 壊れて行くしか無い

   
 7月3日(火) TVを見た
   2007年07月03日
17:30 TVを見た
 夕べ、久しぶりにTVを見た。
 そう言えば、TVのお仕事は随分ご無沙汰だ。
 やっぱりTVアンテナを直して、日々見る様にしないと
 お仕事も来ないのだろうか。

 確かに失礼である。

 ある国の家族に訪れた悲運が描かれていた。
 結構長い時間を費やしたドキュメンタリー
 結末は一応のハッピーエンド

 何を伝えたかったのか分からない
 人々は何を感じるのだろうか

 今日の私たち日本人と比べれば
 桁違いに信心深い人々が世界に沢山居る

 ならば全ては神様の意志の筈なのに
 人々は何処でも一喜一憂し 自分の生活を守る

 その為に争い その為に敵味方となる
 神の子の意識は何処に

 友人との最近の問答
 森の中で十字砲火を浴びて倒れた英雄の話

 もし我が娘を人質に捕られたら
 あなたは英雄を売るか、否か
 
 全ての人が自分を守り、家族を守るという
 考え方、個人主義
 犠牲的精神で社会や思想の為に有るべきという
 考え方、全体主義

 良く分からないし、分かりたくない
 その場その場の心 想い 感情
 それを大切に生きて行く為に
 芯はしっかり持て生きたい

 主義や思想は 頭が重くなり 
 憂鬱になり 不自由な気分
 感情が押しつぶされ 息さえも苦しくなる

 低俗やつまらないもの
 まやかしや浅い考え
 それらと同じ位にムカムカ気持ち悪い

 もし私が人質の父親だったら
 単身砦に奪回に行く

 情報を得た時に既に
 娘を危険に晒しているのだから

   
 7月11日(水) 「幸せ」とか「夢」とか
   2007年07月11日13:36 「幸せ」とか「夢」とか
 「集団心理」?
 ある種の「強迫観念」?

 「幸せ」とか「夢」とか 毎日、ささやかに 、どんなに苦しく 辛い日々や 何事も上手く行かない時期や 、自己嫌悪、後悔、挫折の最中でさえも 想えばきっとたくさんあるのに

 「形」や「結果」で想うのは 、勘違い? 騙されている? 煽られている?

 
 お金 無いです 時間足りないです 。地位も 名誉も 権限も 

 「やりたい事」だけはたくさんあります。「やらなきゃならない事」 もっとあります。

 「出来てない事」さらにたくさん

 でも、
 昨日も「自分らしく」生きれました

 分かって貰えない事 。通じない事

 何時も何か一つ足りない。物だったり、心だったり 一言だったり 気持ちだったり
 人材だったり 決め手だったり

 
 何時も一つ二つ余計に多い 。言葉だったり 想いだったり 仕事だったり 余計なお世話だったり

 でも 自分に嘘つかずに 。「生きれました」

 あまりに相変わらずなので 「まったく。 何やってんだか」 と思う日々ですが

 幸せなんだろうと  思います。

 遅々として 「目標」に近づきませんけど 。遠くはなってない様な気がします

 回り道 寄り道 無理 無駄 無茶

 相変わらずですけど。 ありがとうございます。

   
 7 月13日(金) 「ニュアンスの問題」?
   2007年07月13日
03:02 すみません「ニュアンス」が上手く伝わらなくて。
 このひと月で
 「どうもすみません、ニュアンスが上手く伝わらなかった様で」
 という言葉を五回も聞いた。 全く違うところで。
 最近の「流行言葉」なのだろうか。

 「ニュアンス」「外装」「小手先」「口先」
 「見たくれ」「芸」「技」

 知り合いの「英検取得者」
 発音は見事(なのだと思う)が話の内容がつまらない
 「宝の持ち腐れ」? 否、中身が無いから「宝飾」に力を入れる?
 それと似ている。と、まで言わずとも

 「語法」「表現法」と 「伝えたいもの」 中身
 
 どちらを先に「身に付ける」のか?
 若い頃は「音楽家の永遠のテーマ」だと思っていた。
 が、答えは極めて「単純」だった。

 「伝えたいもの」がより多く
 「伝えたい気持ち」がより強く有ったなら
 「語法」は自然に身に付いて行くし
 「基礎」の重要性も痛感する

 「英語」が話したいの?
 「外人」と話がしたいの?
 世界に「何か」を語りたいの?

 「音楽」がしたいの?
 「音楽」で自分を表現したいの?
 「何か」を伝えたいの?

 自分で「線引き」が出来て
 はっきり「分かっている」人の音は
 1分聴いただけで「言いたい事」が、良く分かる

 その才能を持って居るのに
 気づいていない人
 勘違いしている人も
 
 とてもたくさん居る。

 意外に、 シャイな人
 表現が下手な人  自信が無い人に
 「心」「想い」が多くあったりする。

   
 7月20日(金) 心配掛けてすみませんでした。
   2007年07月20日14:48

ご心配かけました。ごめんなさい。 大変でした。 頑張りました。 応援、ご心配、ありがとうございました。
 7月14日(土) 雨に打たれびしょ濡れになりながら50kgの機材、楽器を運んで品川大井町でLIVE。帰宅して「楽譜書き」。間に合わずに翌早朝秋田へ。

 新幹線「突風を警戒して徐行運転」
田沢湖の木々を手で摘めそうな程の徐行。 「電車酔い」のまま、セッティング時間「0分」に現場にたどり着いて演奏。帰りも心配なので、走って走って階段駆け上がって。
 帰宅して「楽譜書き」 間に合わずに翌早朝福岡へ。

 空港から家に寄って楽器を準備してスタジオへ。
なにしろAncient-Future-Music「柘榴(Zagros)」楽器が多い。
 レッスン三時間。 なんとドタキャンで始めの二時間休講状態。 がっくり。

「柘榴(Zagros)」リハーサル一時間。レイラーニちゃんが急にラジオ出演。一時間で全曲大慌て。休憩無し。

 その後チャチャチャ楽団「Charanga-Langa」リハーサル二時間。
早めに来てもらったPuertorican-Salsa-Roots楽団「Boogala-Bomba」メンバーには別室でリハーサルして貰って。

 その後Puertorican-Salsa-Roots楽団「Boogala-Bomba」リハーサル。
シタール、ダラブカ、サズ、ギター、トレース、メンバーがタクシーに載せてくれて帰宅。
「楽譜書き」間に合わない。

 リハーサルでも「楽譜」の不備でてんやわんや。ああ..............。
夜中に起きて、朝起きて、昼起きて、集中力がキレて30分寝て起きては「楽譜書き」
午後には楽器と機材の準備。
 Ancient-Future-Music「柘榴(Zagros)」VooDooデビューLIVE
楽器が多い。 PCは持参出来ず。

 そんな流れなのに、そんな日に限って「伝説的な名LIVE」盛り上がり、お客さん、共演楽団と親交を深め。 PC業務連絡溜まっているだろうな、と思いつつ。
 既に12:00を廻っていたので、初めて「打ち上げ」に参加。
 
 翌日も「楽譜書き」とティンバレス作り
チャチャチャ楽団「Charanga-Langa」は「古いスタイルのチャチャチャにこだわる」
ティンバレスのブレイクパターン「アバニコ」は欠かせない。これは歌い手と一心同体でなくてはならない。でも歌い手が演るもんじゃない。けど、人が居ない。 「ティンバレス奏者」に自信満々で叩きまくられては駄目。 自信が無いのは問題外。チャチャチャを愛して止まない人。 なかなか居ない。 そもそもドラマーがティンバレスを演る。 キューバ人は若林のティンバレスを誉めるけど、ドラマーのは「問題外」「無視」
 コンガやボンゴをスティックにした様な打楽器がティンバレス。日本では誤解されている。

 大小三つ持っています。 練習用の台湾製。パールの一昔前の優れもの。LPの特性小型。
LPをやっと福岡の倉庫の山の中から発見したけれど、スタンドが出て来ない。
 諦めて「ドラム練習用」の薄い小太鼓を二個買って、ヘッドを換えて。福岡の日曜大工店で金具を買って工作して、カウベルが着く様に。

 「楽譜書き」間に合わない。 自分の歌詞さえもやっとファイリングした状態。
「昔取った杵柄」不発に終わった東京のチャチャチャ楽団
幸いに独り猛練習していたので歌詞ほとんど暗記していました。

 リハーサルで、6〜8枚のスコアー譜面を「譜面台から雪崩の様に落とすメンバー」続出。パート譜を作ってプリントアウト。 プリンター君。ちょっと旧式。 間に合わない。

 そんな日に限って平日なのに車が多い。そんな日に限って運転手さん「話好き」
でも、VooDooLoungeのイベント。やっぱりリハーサルから「押して」くれていて。間に合って。
 サウンドチェック終わって近くの練習スタジオに。「泥縄」「付け焼き刃」
チャチャチャだけに?「キューバ凌ぎ」  ああ......................。 
 それであのクオリティー! 「えっへん!」なんだか「間一髪」なんだか。

きっと、後年 笑える「想い出話」
 「えっアドリブ無いって言ったじゃん!」って??? ええええ!何で???
気を取り直した矢先に、耳元で太鼓さんが奇妙な質問。
 あっ! えっ! おっ! うっ!  ぐっ! なっ! とおお〜! 

 VooDooに戻るとそんな日に限って「定刻」に進んでいる。
チャチャチャ楽団「Charanga-Langa」デビューLIVE

 なんでか、かんでか。大盛り上がり。
メンバー全員最高の演奏

 でも、長距離メンバーが多くて、早めに「解散」
門司へ小倉へ久留米へ中間へ。 お疲れ様。

 帰宅して「楽譜書き」間に合いません。

 翌日、ギリギリ迄楽譜書き そんな時に限って
「我ながら名編曲」

 ああ.............。

中断して電車に乗って福岡県南部の大川市へ。 太宰府が近く感じる。
久留米も超えました。 佐賀空港が近い。大禅寺から、やけに揺れました。
「電車酔い」

 伝説のカレー屋さんで「インド音楽リサイタル」
いい感じで頑張りました。
 お客さんにご挨拶、お見送りをしていたら。

終電に乗り損ねました。
 お客さんで来てくれていたお友達の車で帰宅。一時間半。
「車酔い」

 うかつにも寝てしまったら、今朝。
あわや遅刻! で駆け出して。ギリギリ飛行機に間に合って。
 吉祥寺に戻るや動物病院。

 この二三日、お仕事メールもたくさん溜まり、mixiメッセージにもお返事出来ず。
福岡に来た途端に猫さん二匹入院で、他二匹も調子悪い。
 シッターさんとの連絡を優先させて貰いました。

 そんなこんなの数日間。

 ごめんなさい。ご心配を掛けてしまって。

 東京、九州、大阪.............。

 秋田出張以降、日記の更新が無く、「仮タイトル」だけで
音信不通

 ちょうど地震があったというタイミング。心配して下さって。
申し訳ありませんでした。

 14日こそ雨に振られ、15日新幹線は遅れましたが、颱風からも逃げ回って、
今日も帰京した途端に福岡は雨だそうで。

 相変わらずの「晴れ男」天変地異や体調不良からは辛うじて逃れつつ。
あれよあれよ、と演奏しまくっております。
 
 でも、間に合わない。

 ごめんなさい。 

 一休みしたら、池袋の講座の最終日に行きます。

 ご心配ありがとうございました。

 ごめんなさい。

   
 7月22日(日) あなたは私に何を求めますか?
   2007年07月22日
08:27 あなたは私に何を求めますか?
 あなたは私に何を求めますか?
 一時の音の快楽ですか?
 音の心地よさ、楽しさ、その時々の気分

 あなたは私に何を求めますか?
 本物の音 深み 温かさ
 音に対する価値観 審美観 それぞれの尺度

 あなたは私に何を期待しますか?
 喜び 満足 認められる事?
 それとも 育て鍛えられる事?

 あなたは何処迄頑張れますか?
 あなたは何を頑張りますか?
 あなたは何が大切ですか?

 あなたは私に何を託しますか?
 貴重な時間 積年の想い
 文化の未来 問題の解決

 あなたは私に何を期待しますか?
 正しさ 楽しさ 高潔さ 温かさ
 それとも一時の心地よさ?
 
 あなたは何にがっかりしますか?
 不安 寂しさ 不義理 誤解
 それで音迄違って聞こえる?

 あなたは私の何を応援しますか?
 人の為に頑張る事? 音楽に命を捧げる事
 それとも珍しい音楽の為?

 あなたは私に何を学びますか?
 音楽の中身 音楽の心 表現方法
 私の背後の師匠達 私を支えるたくさんの心

 あなたは人に何を教えられますか?
 あなたが学んだたくさんの事
 あなたが貰ったたくさんの心

   
 7月27日(金) 「完璧主義者」
   2007年07月27日
04:06 「完璧主義」
 「完璧主義」「潔癖主義」「完全無欠」

 間違っても、わたくし。  そんなタイプじゃございませんので、
 宜しくお願いします。

 「本物志向」ではありますが
 「完璧指向」「潔癖指向」でさえも、ありません。

 「世界の民族楽器」には
 音本意故に「道具」としては、はなはだ「未完成」なものも多く在ります。
 逆に「合理主義の価値観」に於いて「完璧主義」的な指向で発達、改良されてきた西洋楽器。その歴史の中で「忘れられた過渡期の楽器」「試行錯誤の珍妙楽器」など
大好きです。

 コントラバスとメキシコのギタロン
重低音を響かせる為に「巨大な共鳴体」が必要だった。 

 シェークスピアの何かの「文」にあると言われる
「リュート奏者は一生の時間の大半を調弦に費やしている」
 リュートはアラブから伝わった時点では「4コース八弦」それがどんどん増えて。さらに低音弦を追加して..............。テオルボやキタローネ(TMさんゲゲゲの......は無しヨ)に至っては............。

 「超素直」「お馬鹿」としか言いようがありません。

 強いて言えば

 「不合理の骨頂」「欲張りの権化」「完全なる無駄」

 なので、

 私は「完璧主義」「潔癖主義」「完全無欠」など

 「毛頭」目指しておりません。

 

 不合理的完璧指向主義者

 身勝手的潔癖主義者

 超欲張りな完全無駄主義者

 でございます。  宜しく。

   
 7月27日(金) 「関東のひとつ残し」
   2007年07月27日
05:37 「関東のひとつ残し」
 かくしゃくとして立派な方が
 頑固で生真面目な方が
 気難しかったり、口うるさい方が
 
 可愛らしく、ちょこっと抜けている姿
 愛おしくて 好きです。

 
 お友達の日記を拝見していて
 「お父さんが、何処かの鍵を何故か閉め忘れる」
 とありました。

 なんだか、とっても好きです。
 素敵なお父さんに思いました。

 「そそっかしい」とか「不用心」とか
 事と次第によっては「だらしない」
 と思われる様な事   時に「愛おしい」と思うときがあります。
 自分の「だらしなさ」に対する姑息な「弁護心」かもしれませんけど。

 「旅支度」の時
 「旅の安全」を願いながら、心を込めて掃除したり、整理整頓。 電灯も元栓も鍵もしっかり。

 でも「発つ鳥、跡を濁さず」みたいで。
 なんだか「、もう戻って来ない様な」そんな気がしてしまって.........。

 何か、ひとつ「忘れてみたり」「おかしくしてみたり」

 
 「関東のひとつ残し」

 「残さず食べなさい!」「生産者の方や料理を作った人に失礼でしょ!」
 という教えに反しています。

 これって、関東人だけの感覚かと思っていましたら、
 関西では「遠慮の塊」というそうで。
 
 でも、それじゃあ、なんだか関東人の感覚とちょっと違う?
 
 熊本の「肥後のいっちょ残し」の方が近い感じがする

 前にも日記に書きましたが
 インドのレッスンの古いしきたり「言われた謝礼に一円足す」

 一万円でも「一円」千円でも「一円」「言われた金額より多い謝意」を表しているとすると「所変われば感覚も変わる」で終わってしまう。

 僕は、そうじゃない、と思います。
 「言われた金額を壊す」
 その事で「相手が請求したのではなく、こちらが勝手に差し上げた」
 そんな感覚。 減らす訳にはいかないので「足した」

 
 「完璧」によって「壊される心」もある。
 「壊す事」によって「保たれる心」もある。

 「完成された建築物」「完璧な建造美」として有名な
 インドの「タージマハール」
 お墓です。

 妃「ムーンターズ」を偲んで建てた。
 ペルシアから職人を呼んで、膨大な費用を掛けて。
 一説には「同じものを他の王に作らせない為に、完成後職人の命を奪った」とも。

 「同じもの」「上回るもの」を恐れた。

 「形或るものいずれ壊れる」を恐れた。

 「完成」されてしまうと訪れる「不安」
 
 王は、タージマハールの対岸に「黒大理石」だけで自分の墓を建てる計画だったと言います。
 その未完成の虚しさ。
 皮肉にも、「絵葉書と実物が同じ」ほど世界一美しい「完成された建築物」は、実は「セットの半分」でしかなかった。

 タージマハール審美論 から一転して..............
でも同じインドの話。 

 タージマハールの北を通る鉄道の駅で。 急遽ホームが変わって大混雑。
 楽器を担いで慌てて乗ったら、サンダルを片方、列車とホームの隙間に落としてしまいました。
 片サンダルでうなだれていた私に、見ず知らずのインド人が話しかけて来て。
 事の顛末を話すと。

 今なら間に合う! すぐにもう片方落として来い! と言う。

 「拾った人が不便じゃろうに」

 凄い国だと感動しました。

 僕の中では 「タージマハール」と「線路のサンダル」は 「セット」の話なのです。

 
  出来上がってしまうと「壊れる」事を恐れる。
 「創造と破壊の神シヴァ」を恐れての感覚かもしれない。
 「シヴァよ! これはまだ未完成なのだ! よって壊すなかれ!」

 「未完成」と言えばシューベルト

 有名な「交響曲第七番ロ短調」の他にもたくさんあるらしい。
 と言う事は、元来「未完成フェチ」??

 人間は「不安」と共に生きる動物 
 人間以外の動物はそれを「危険」「安全」と考えているのかもしれない。
 他人の「ペット」を見ていると、人間の「不安」が乗り移った様なペットが居る。
 ストレスの塊の様な表情。

 「不安」故の「未完成指向」があるのかもしれないが
 ある人は、それを別な次元で解釈した。
 「完成は神の領域であるから、人間は完成物を作り得ない」

 逆に、その「人間の作った未完成」を美しい、否、むしろ「完成された姿」
であるという考え方。

 またもインドの話であるが、 ヒンドゥー教などその感覚は強い。
 僕の師匠の様イスラム教徒も、神と人間に大きな隔たりを感じているが故に
「人間の愚かさ」「至らなさ」「未完成さ」に対して「寛大」で「愛おしい」とさえ感じている傾向にある。それがインドで「相反する教義の宗教」が渾然一体となると、ある意味凄まじい。

 「長所をのばし、短所をあらため」
儒教とキリスト教が混じった様な日本独特の「偏り」から比べると、インドの「それ」は呆れる程「人間臭い」

 そんな日本人の中にも、「永久の未完成、これ完成である」と言ったという宮沢賢治の様な人も居る。

 たしかに宮沢賢治は時々「インドっぽい」

 人間の「向上心」や、その「最たるもの」の様にも思われる「完璧主義」は、
神の領域への「憧憬」とも言われるが、世界の様々な宗教に「教条主義的」「完璧主義」の派と、真逆な「寛容主義」「肯定主義」の派がある。

 シャージャハーンも「びっくり!?」の絢爛豪華な建築物「日光東照宮」
 その「魔除けの逆柱」
 「文様を逆に入れることによって故意に未完成にした」
 
 
 「鍵の掛け忘れ」から随分大きな話になってしまいましたが、
 ひとつ足したり ひとつ引いたり ひとつ残したり 
 完成と未完成 

完璧の一歩手前
 
 「やり残し」  

 「中途半端」と言われてしまえばそれまでですが、
 
 所詮「完成」というもの「比較」の問題であって
 言わば「最上級的比較級」に過ぎない。

「絶対的な完成」なんて誰も言えない。示せない。
 
 人から見て「中途半端」と言われてしまえば悲しいですが、
 それも「辞めてしまった」訳ではなければ、いずれは「半端」の評価も変わる。
 人に「辞めてしまった」様に見られても。
 「休んでいるだけじゃい!」と言い返す。 

 大変ですけど。