diary 2006 march−2
3月20日は、一昨年9月にも呼んで貰った杉並区の沓掛小学校に「民族音楽鑑賞教室」で。 沓掛小学校にはとても立派な多目的ホールが有って、エアコンも効いていて、校舎とは「虹の架け橋」の様な絵が一杯描かれ、楽しく曲がりくねって、天井がガラス張りで暖かな渡り廊下で繋がっています。前回も今回もそこで。 今回も前回同様に五年生に。 2004年は確か三クラスあったと思ったんですが、今年はニクラス。やはり都心は少子化が進んでいるのでしょうか? でも、五年生なのに沓掛の子達は素直。ひねてみたり、ふてくされてみたりの微妙な年頃でもある五六年生ですが、とっても素直で明るくて楽しく出来ました。 インド音楽シタール演奏という地味な演目も、一人一人を見つめ乍ら、一人一人の性格を感じて音にする辺りは,説明しなくても伝わったみたいで。みんなニコニコしたりはにかんだり。 楽しいひと時をありがとうございました。
3月25日は待ちに待った「Night-Science」のイベントの第一回目。 太田区の満願寺のホールにて、ハワイからシャーマンのカイポ氏の語り、ハワイの「夜の虹」の写真家高砂氏のスライド・ショーをゲストに招いて、若林の民族音楽を〆の三部構成で行われました。 若林は今後シリーズ化してゆく上でレギュラーとしての起用が決まり、スタッフと共に作って行く光栄な立場にあったので、予想を上回る200人近い来場の盛況には嬉しい興奮がありました。 一部と二部を続けて行った休憩の後、若林の演奏は三部の始まりを告げるアナウンスを敢えて割愛し、世界で最もか細い音の弦楽器であるボルネオ島のサペをざわめきの中で弾き始めました。聴衆に集中を促してもインパクトの弱い弦楽器ですから中々聴いてもらえない。ところが逆手を取れば一人二人と音楽に入って行こうとするのが伝わる感じ。聴き入ろうとする聴衆の気迫が周囲に伝染し次第に一丸となってゆく頃には、今迄で一番自由にサペを弾いたと言っても良い程リラックスした演奏となりました。 たっぷりサペを弾いた後はアフガン弦楽器ルバーブ弾き語り。サペとその音楽は現存する弦楽器音楽の中ではかなり原始的、素朴、オーガニックな感じで、森の民が楽器を自作して弾く自給自足のアマチュア音楽です。それに対してアフガン・ルバーブは作りは粗雑でその音楽も素朴さが魅力ですが、一頃栄華を誇ったペルシア、トルコ系宮廷文化で生まれた音楽です。
3月26日(日) LAKATAK デビュー。
3月26日は、若林の福岡での初バンド「LAKATAK」のデビューでした。 昨年初共演したお弟子の篠原君がスタッフを務めるライブハウスgrafは、昨年11月に親不孝通りに出来た新しいライブスポット。 Lakatakはしばらくは福岡の若い音楽ファン層に知ってもらう為に、地元ロックバンドとの「対バン」を敢えて選択。この日も、前に社会人のロックバンド、後にラップグループに挟まれての独自な演奏でした。
3月27日の西小倉Kate-Musicでのライブは、第一部に「ワーク・ショップ」第二部に「ライブ」と明確に分離してからの二回目。古いアフリカンポップスを中心とした若林ならではのアフリカ音楽の世界です。 この日は、ライブ前にKate-Musicで知り合った、Kate-Musicの音楽教室ベース科の講師でもあるワタルさんと作った「民族音楽フュージョン」バンド「Maghreb-Wind」の初リハーサル。短い時間の中で四曲の書き下ろしを作り、ワタルさん、フラメンコギターの坂本君の三人で合わせました。 リハーサルからライブ迄の間の小一時間は、Kate-Musicでの本格的なお弟子さんの初レッスン。Kate-Musicのハウスバンド「ロス・ファンダンゴス」のヴァイオリニスト谷本さんの中学二年の息子さんがアラブ太鼓ダラブカ。ベーシストのワタルさんがシタールのお弟子になりました。ワタルさんは若林より若干若いのにお孫さんが居ます。 奇しくもKate-Music初クラスは、東京と福岡の最年少と、始めた年齢は男性最年長の二人からなりました。方や素直な少年。方や音楽たるを知り尽くしたプロ。いずれも異なる方向、異なる理由で本当に「素直」。素直こそ学ぶ上で、成長する上で一番の近道であり、唯一の方法であることを証明してくれる様なクラスでした。 その為、小一時間で、通常の三回分の内容はやった感じです。 小倉に来る楽しみがひとつ増えた感じです。 その楽しみのひとつとなっているのが、レクチャー・ライブ の常連さん達と会う事。 大分中津から通ってくれているメンバーに加えて、昨年後半からは親子ずれが増えました。お一方は2004年の小倉城記念庭園での演奏で「20年前に若林のライブスポットの常連でした」と声を掛けてくれた方。そして今回同じ事を言ってくれた方は、Kate-Musicで「語り」んほライブをされている東京人。ご主人の転勤で門司にお住まいの方ですが、やはり時代が一回りし、かつての店の常連さんと東京を離れた遠くの場所でお会いする不思議な巡り合わせは今年も続きそうです。
3月28日の祖原「Cafe楽屋」のライブは、弦楽器サズによる「トルコ民謡」 トルコの音楽は、古典音楽がアラブ・ペルシア古典音楽を吸収したもので、民謡が彼らの故郷中央アジアから携えて来たもの。楽器も音楽理論も異なります。面白いことに、彼らは後者を「トュルク」すなわち「トルコの」と呼びます。住む所が変わってもそれは「邦楽」なのです。 この日は何時もの応援メンバーが皆さん来れないと連絡を頂いてました。その分、共演のお弟子さん篠原君が家族、友人を誘ってくれて。夏から通ってくれる貴重な常連さんも加えて。若林がこだわって来たジャンルのひとつを存分に演らせて貰いました。 篠原君と同期、すなわち若林の福岡での第一期生の小山君は、先月仕事の為に共演の機会を逸しました。今回もやはり昼夜の掛け持ちの仕事で無理なところ、自宅が近いこともあって、夜の仕事を遅らせて、息子さんと「10分だけでも」と聞きに来てくれました。
今回の福岡ツアーの最終日、お友達、先輩、そのご家族との楽しい花見の会にお招き頂きました。仲良くさせて頂いたのが昨年の会の後位から、待ちに待った会でした。 メンバーは、以前「架空ロックバンド」でお話した楽しくも暖かい、実際は楽器演奏はしないですがとっても音楽的な感性豊かな面々。昨年は公園の桜の木の下で盛り上がったらしいですが、今年は辛うじて雨が降らなかったけれど、花冷えで風も吹く寒い夜でした。なので料理お酒持ち寄りで、ピアニスト氏&ベーシスト夫妻のお宅に集合。広いリビングで暖かく盛り上がりました。 バンマスのお料理の凄さはこれこそ筆舌に尽くし難いという言葉がぴったり。思い出しても頬がきしみます。想像もしなかったサプライズはピアニスト氏手製のエビチリ。それに奥様のジャコサラダ。やっぱり絶妙なコンビネイションでした。ドラマーさんのアサリのワイン蒸しもほのぼのとしていて、30年代の母の実家の暖かなリビングの味を思い出しました。ほんと美味しかったです。ごちそう様でした。 上座の位置には大きなTVが有って、懐かしの爆笑VTRに盛り上がりましたが、そこに森繁さん役が居たらまるでドラマの様でした。このグループをモデルにした昔ながらの暖かな「横町物語」は何時かTV局に売り込みたいと思う程。無くしてはいけない日本古来の「町内」の姿が揃っています。 更に楽しかったのは、各メンバーのジュニアが次々にやって来た事。 なんとバンマスご長男はマイギターを見せてくれて、チェリー・サンバーストが美しく輝くダブル・カッタウェイのお洒落なエレキでした。嬉しい事に私に「教えて!」と言ってくれました。 その後、本当にバンドでギターを弾いている青年も現れ、若林のトルコ弦楽器サズを巧みに鳴らしてました。ドラマーご令嬢にも少しギターをお教えしたので「架空ロックバンド」は近い将来「横町二世バンド」として現実になるかもしれないです。
3月30日は東京の飲み会ライブを地元吉祥寺のモロッコ風カフェBloomoonで。 お仲間の多くが「月末はごめん。第三にして!」の要望があるので、6月からは第三になる方向ですが、3月4月はお客さんが少ないのを覚悟で、第四木曜日にやっております。 この日は、終わろうかな、という時間に太田区の学校向けコーディネーターの小関さんが、お客さんを連れて来てくれて。丁度Bloomoonのけい子さんの妹さんが長く海外にお仕事に行かれる送別会も有って。終わる時間からまた1ステージ。 のんびり暖かいアフリカの古いポップスを演奏しました。 妹さんも喜んでくれて、送別会に駆けつけたお友達もニコニコ聞いてくれて、暖かな夕べとなりました。 小関さんが連れて来た若者の一人は、トルコに行って日本語学校の先生になりたい。と願う人。もう一人は一回お会いしていて、小関さん曰く若林はその日の日記に「優しい男の子」と書いていたらしい。その時に何故か気になっていたその青年は音大卒の北九州人でした。東京で不思議に肌が合い、気になってみるとやっぱり九州人はこの半年で三人目です。TV制作のAD君は福島県の西の糸島、ロックバンドのVOCAL兄さんは大分、そして子どもパーカッション教室の助っ人として小関さんが改めて紹介してくれた「優しいお兄さん」は北九州古賀の出身。古賀の人はこのところ立て続けにお友達になります。