diary 2007 March

 音楽活動のご報告
 猫さん達との日々
 
 Music & Life
  考えたこと 1月〜


 音楽活動のご報告

 
 
 
 
 
 

 3月3日(土)  久々のインド音楽定期ライブ。
 






 若林忠宏の二年半振りの関東での定期ライブの第三弾「若林忠宏インド音楽リサイタル」 の旗揚げライブ。 むちゃむちゃ、盛り上がりました。

会場になりましたカフェクラフト「掌(たなごころ)」と系列のエスニック雑貨のシャンティー、親会社の輸入元のとTomoCoさんのスタッフ。中には十年前の私がお世話になった、元スタッフさん
OB OGさんも来てくれて。それに加えてお店の常連さん。第一回目というjことでご招待した、地元のご近所さん、そして大家さんまでもが!
  そして、民族音楽センターの生徒さん、スタッフの面々。御陰さまの満席。

 しかも、みんな温かい!と言うよりも 熱い!

 インド音楽が  現地インドの雰囲気でした。

 ありがとうございました。

 この数日、ちょっと停滞気味だった音楽活動。
怒濤の13連ちゃんの勢いと  東京、九州のスタッフやメンバーとのギャップ?
  なんだか、みんな生活だったり、学業、本業だったり、

 何時でも出来る事はLife-Workで良いじゃん!

 今しか出来ない事に 燃えようよ!って中年のはしゃぎっぷりはちょっと空回り????

「永遠の学園祭人生」??? ちょっと冷やさねば?と思っていた所でしてが、

 なんのなんの   盛り上がってしまいました。

 ありがとうございます。

     
   

 3月6日(火)  福岡でサイケデリック楽団LIVE
      3月6日(火)は、福岡市の天神からほんの少し南に下った清川のネパール・レストラン&バー「Ashok`s-Bar」でインディアン・サイケデリック楽団MISRAMの二回目のライブでした。

 昨年大丸パサージュ広場で「TVでみました!是非うちの店でLIVEを」と声を掛けて貰って、11月7日に初ライブ。マスターのAshokさんののんびりとして温かい笑顔とネパールカレーのファンの方々に囲まれ嬉しいライブをしました。

 久々の「MISRAM at Ashok`s-Bar」の第二回目の今日は、風は冷たいけれど、見事な晴天。 メンバーの意識も結束も高まり、今絶好調のMISRAM。
 今日もAshok`s-Barならではの、ほのぼのとした良い音楽でした。

 先日のVooDooLoungeのノリノリ2nd-LIVEと比べると、 ステージはしっとり座奏で。インド古典音楽曲もありながら、 昔っぽいバーカウンターがちょっとサイケで不思議なお店に60年代末のサイケの名曲が異様にマッチしました。

 お客さんは、チラシを見てくれて来てくれた初めての方、嬉しいお友達。
 ネパール旅行会社の社長さん。そして若林のシタールとの出会い35年を上回る40年前にインドで「シタールを買って来ようと思った」という福岡市在住の方。
 
  新婚旅行でバングラデシに行っているタブラの田部君以外、メンバーも全員元気に揃って。
 お店のリクエスト「お客さんが知っている曲をインド音楽にアレンジして!」は、このところの東京のプログラム「サマータイム」「グリーンスリーブス」「太陽が一杯」で若林は「お得意」でしたが、急に振られてメンバーはちょっと焦ったかも。

 若林の自作曲での「インディアン・サイケデリック」と往年の名曲のカバーバンドの二足のわらじのミスラムですが、徐々に後者が出来る様に、今年前半は前者をガンガン売り出して行く気合いです。

  宜しくお願いします。

   
 3月10日(土)  佐賀の山で民族音楽ミニライブ
      3月10日は、佐賀・神崎市背振町鳥羽院上 「鳥羽院 花うさぎ」 で行われた、若林忠宏:民族音楽Talk & LIVE 「インド音楽、アフガン音楽」でした。

  鳥羽院は、佐賀市の東方、神崎市の北部山地の中にあり、広大な平野の佐賀のイメージを覆す奥深い山。 このところ、吉祥寺の西友で毎週の様に買ってしまう佐賀ミカン「あんみつ姫」の産地、大和町の更に東北方面。福岡県南部の筑紫山脈の南側です。背振山を県境に、北は福岡県那珂川町。列車で佐賀駅まで行き、佐賀駅から車で北上するよりは、福岡市内から車の方が早いかもしれない位置です。

  「花うさぎ」さんは、民家をそのまま「お食事と喫茶」のスペースとした庶民的なお店で、地元の人にも「お菓子、ケーキが美味しい」と人気のスポット。
 囲炉裏には立派な炭が静々と燃え、自然な温かさを醸し出していました。
日本家屋の暖は、床が冷え、座布団のありがたさが身にしみます。囲炉裏を囲みながら頂いた「鳥鍋」のスープと野菜の美味しさったらありませんでした。
 太くてトロトロの長ネギ、根菜類の美味しさは九州の醍醐味です。一年振りで鶏肉も頂いてしまいました。

  佐賀駅には、2005年から若林を呼んで下さっている学校の先生が迎えに来てくれました。サバイバリストでもあるT先生はお久しぶりでした。
  ところがサバイバリストは現場の山中では何があっても大丈夫でしょうが、手書きの山地図には困惑された様で、山の反対側に出てしまいました。
 携帯は繋がらない圏外。 
  山頂手前の酒屋さんのおばさんが親切で、家電話をお借りして迎えに来て貰って。

  それでも開演を20分過ぎて到着。 
 主催者さんのご紹介を待たずにひとりひとりにお詫びとご挨拶をして回りました。
思えばこれが温かだけれどシャイな佐賀の人にはとても良かった様です。

   お客さんの中でネットコミュニティーのmixiをされていて、その晩早速お友達登録に来て下さった数人の方が、「ゆっくりホンワカ温かい時間で良かった」「民族音楽への興味が増した」「踊りたく成った」と嬉しいメッセージを頂きました。

お客さんに注いで頂きビールを飲み一服。その後で同じ山と盆地の音楽、アフガニスタン弦楽器ルバーブ弾き語りを数曲。
 
  そしてまた歓談。

   その時にも楽しい話しを聞きました。
  背振山のお隣、三瀬(地元ではミツゼと読むそうです)の方で、中学生時代に自転車片道4時間かけて佐賀市内までドーナツ盤のレコードを買いに行ったビートルズで聴いたシタールやインド音楽。「それが今日数十年振りで、しかも生で聴けるとあって、駆けつけました」と。

   「そのドーナツ盤は貴重品ですよ」と言うと。「学生時代に焼酎に化けた」とおっしゃるから愉快でした。
   「みんなで音楽をやろう!」と古道具屋さんでギターを買った日田のおじさん達。
練習の度に焼酎を飲み、ギターの腕より酔いの方が何時でも先になったという「日田の幻のギターカルテット」能古島へのフェリーの中で仲良しになった愉快で真っすぐな人達。通じる温かさ、素朴な楽しさ、豊かさを感じました。

  後半は佐賀出身の映画評論家の西村氏も駆けつけてくれて、
  若林のお得意曲のひとつ「太陽が一杯」にまつわる話しをしてくれて、そこでシタール演奏。タブラのデモ演奏も加えて、お客さんみなさん満足して頂けた様です。

   「花うさぎ」の女将さん、企画のM先生にも喜んで頂きました。
是非、季節に一回は「花うさぎ」さんで演奏会をさせて頂きたいと思います。

   宜しくお願いします。

 ありがとうございました。

   
 3月11日(日)  ネパール楽団再結成LIVE
     3月11日(日) は、福岡市赤坂のネパールRestaurant 「ポカラ・キッチン」 で若林忠宏&Genda-Mala ネパール音楽LIVEでした。

 ポカラキッチンは、中央区赤坂1-9-1フドウ赤坂ビル地下名店街 で、大正通りとケヤキ通り(国体道路)が交差した警固四つ角のコア21のちょっと海寄り。大正通りハローワーク隣サニーの地下一階にあります。

 30名程で満席のアットホームなお店で、渡辺通りに近い城南線にありますNepal-Restaurant「エベレストキッチン」の店主ラマさん、奥様のエリカさんの二件目。

 会場である、ネパールレストラン「ポカラキッチン」に着くと、開演一時間前にもかかわらず、お客さんが満杯。一番奥のステージまでたどり着けそうに在りませんでした。
 駐車場で楽器の調整や楽譜の確認を行って、店内へ。 
 すでにノリノリの明るいお客さんばかり。

 ネパールから来て地道にお店を発展させながら20余年、パートナーのエリカさんとともに人脈を広げてこられたお人柄が分ります。お友達、御常連、お店の味と、ラマさんエリカさんのファンの方で30席ほどの店内は満員の熱気でした。
 若林忠宏にネパール音楽のライブをリクエストしてくれたその訳を、ラマさんが開会の挨拶で言ってくれました。
 数年前、若林の「民族楽器CD45枚シリーズ」の中の「ネパール音楽」のCDを見付けて「日本人でもこんなにネパール音楽を好いてくれて演奏出来る人が居るんだ!」と感動してくれたのがきっかけと。嬉しくも恐縮致しました。

 嬉しい事にブログ友達さんが四組も来てくれました。中にはわざわざ下関から「日曜のライブしか来れないので」と来てくれた方、楽しみにしていたご主人は風邪で来れなくなったのに「行っておいで」と言われて来てくれた方、などなど。
 終演後の興奮覚めやらぬ店内を後に、遠方のご自宅、看病に走って戻られていました。

 今回のエベレストキッチンさんからのリクエストは
「ネパール音楽に徹してくれ」でした。
一見当たり前の様な話しですが、北インド古典音楽の有名な弦楽器シタールなどの音楽は、アフガン東部、パキスタン、バングラデシ、ネパール、スリランカでも演奏されているのです。 若林のシタールの師匠でインド最古のシタール流派の最後の巨匠だった故Ustad Ilyas Khan(1924〜1989)師も、ネパール南部の貴族の家庭教師をしていたことも在り、そこそこ有名な在仏のネパール人演奏家も弟子の一人です。
 つまり「インド音楽」と同じレパートリーを演奏しても「ネパール古典音楽」と言う事になるのですが「ネパールならではの音楽を!」とおいうリクエストに、
 10年以上前に仕込んだ、地方民謡数曲。 吉祥寺のライブスポットで定期ライブをやってもらっていた在京ネパール人楽団「ナマステバンド」の伴奏をした時に仕込んだポップス、そして今回ラマさんに「これらの有名曲も是非」と言われて数日で仕込んだ名曲。
 頑張りました。前後数日頭からネパール音楽が離れない程。
 練習しました。
 何よりネイティブスピーカーを前に歌うのですから発音も雰囲気もしっかりしなくては。

 観光地でたどたどしい日本語で「スキヤキソング」を聴かされるあのもどかしさ。
それが全曲、全ステージだったら申し訳在りませんから。

 吉祥寺のネパールレストランの「ナマステ・カトマンドゥ」さんも協力してくれて。
ついに20曲程の充実のレパートリー。

 伝統民謡は、シタール弾き語りで。
弓奏楽器「サーリンダー(ネパーリ・サーランギ)」撥弦楽器「ピワン(ネパール三味線)」は、引っ越し荷物から出てきませんでした。
 撥弦楽器「ピワン(ネパール三味線)」はポカラキッチンのお店の飾りに一本あって「良かったら使って下さい」と言ってもらったのですが、かなり修理を要しました。
 結局、不自然に長い楽器だったので、普通は代用出来るギター弦が届かず。頑張って木工的修理をしたにもかかわらず、本番に間に合いませんでした。

 レパートリーの充実と楽器の修理にここまで頑張ったのだから。
そして、ポカラキッチン、エベレストキッチンでの今後の定期ライブや、Ashok`s-Barさんも含めて在福のネパール人コミュニティー。そして関東のネパール人のお友達との交流も目指して、今回のライブを期に「ネパール音楽フュージョン楽団」をスタートする事になりました。

 最後の曲、最も有名なネパール民謡「レッサンフィリフィリ」の大合唱の後、ラマさんに名付けてもらった名前が「ハシロー・バンド」すなわち「笑顔楽団」
 ヒンディー語の「ハンス(笑う)」に通じる、ネパール語の名前です。

 コミュニティーを立ち上げますので、宜しくお願いします。

   
 3月13日(火)  福岡でLIVEイベント主催
 



   本日、3月13日(火) 、福岡市赤坂のLIVE-Spot「Dream Boat」にて、 民族音楽センター福岡produceのLIVE-Event「Transmission」の記念すべき第一回目が行われました。
 出演は、エスニックJAZZトリオ:CHIWAWA/インディアン・サイケデリック楽団MISRAM、ゲストに佐賀、三養基町出身の弾き語りの「がーすけ」さん。

  「Dream Boat」は、若林にとって初めてのお店。
  2006年「民族音楽センター九州」立ち上げの最大の応援者さん、ワンナインStudioの柳氏から薦められていたライブスポットで、柳氏の音楽仲間がオーナーさん。
 そして、がーすけ君も、一年以上前から気になっていたアーティストで、伺えば柳氏の卓球仲間だとか。 出身の三養基町は、先日伺った背振山にも近い、佐賀県東北部。
  色々楽しく繋がりました。

  そして新ユニット、中間市の奇才伊藤知恵子さんのピアノと小倉の巨匠福山亘氏のベースに若林のシタール、ウード、タブラ、ダラブカから成るエスニックJAZZトリオ「CHIWAWA」は記念すべきデビューLIVEのお披露目でした。

  オールマイティーなベーシスト福山恒さんとは、民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Wind、アフリカン・フュージョン楽団「Mwanzi」を通じた音楽信頼感はとても深く、「何がどうなっても素晴らしい音楽になる」嬉しい関係です。  
   ピアニストの伊藤知恵子さんは、多彩性と多面性の楽しみなアーティスト。
ジャズ、クラッシック、ポピュラーに偏らないサウンドが嬉しいところです。
その分、ジャンル的な分かり易さに欠け、若林、恒の二人に囲まれて「飲まずに演る」という珍しい?緊張具合が作り出した「遠慮」もあれば、ジャンル的な説得力に欠けるかもしれません。

   しかしながら、CHIWAWAの狙いは、多面性。「音楽の色々」です。
今後伊藤さんの色々なジャンルのピアノ奏法が強力に発揮される事を期待したいです。

  この日は、民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Windの為に若林が作曲しました「Maghreb-Wind」
   アラブ弦楽器ウードとピアノの即興が冴える「テイク5」
最後の「太陽が一杯」ではお客さんにも太鼓を配ったり、ステージにひっぱり上げてコンガを叩いて貰ったり。
    その前の曲、ピアソラ曲のモチーフを用いたアラブ太鼓ソロは、我ながら好アレンジ。タンゴとナイル河のリズムの出会いでした。

  民族音楽センター福岡の初の自主イベント「Transmission」というくくりだった事に加え、がーすけ君の歌にはホントほのぼのさせられましたので、最後に再登場願って、全員でセッション。

   インディアン・サイケデリック楽団MISRAMは、イギリスのバンド「トラフィック」より新曲二曲を加えて、更に心機一転。バンドらしさ、バンドならではのサウンド、メンバーの個性が光りました。

  飯塚のシンガーソングライターのそほとさん他、親不孝通りのライブ出番直前に駆けつけてくれた方も含めて、先日のAshok`s-Barにも来てくれた「40年前からシタールが好き」というお客さん達に囲まれて、音響も最高の店内に、温かく力強い音楽が溢れました。

   みなさん、ありがとうございました。

   「Transmission」また宜しくお願いします。

 3月19日(月)  小倉でアフガン音楽LIVE
   3月19日(月)は小倉ケイト・ミュージックさんでの「若林忠宏:Talk & LIVE」の第一期最終回でした。 音楽は「アフガン音楽」弦楽器ルバーブ弾き語りと、小倉ケイト・ミュージック教室でのお弟子さんの太鼓の助演。

 2005年夏に始まりました小倉ケイト・ミュージックさんでの定期ライブ。
北は山口県南部、南は大分県に近い福岡県と南東部から常連の応援者さんが月末の月曜日に二年間、熱心に集ってくれました。
 三年目の小倉での展開は、小倉ケイト・ミュージックさんでの教室を軸に、ライブは幾つかの小倉楽団で様々な場所で展開することになり、小倉ケイト・ミュージックでのライブは不定期に週末に行う事になりました。

 前より曜日的にご無理が無いと思いますので、引き続き宜しくお願いします。

   
 3月20日(火)  親不孝通りでエスノ・エレクトロニカ楽団
   3月20日(火)は福岡市の若者の音楽スポット「親不孝通り」のVooDoo-Loungeでのライブイベント「Lounge-Sounds」に エスノエレクトロニカ・コラボ楽団Qadam-Beatで参加しました。Qadam-Beatでの参加は初めて。  

 エスノエレクトロニカ・コラボ楽団Qadam-Beatは、
「民族音楽」と「シンセサイザー」や「DJ-Sound」という一見全く逆の世界が「実は同じ」かもしれない、というテーマを確認する実験音楽楽団です。

 メンバーはDJとマニュピレーションの相川洋平。トルコ弦楽器サズのエレキバージョンにインドとアラブの太鼓トルコのダブルリード管楽器「ズルナ」、インドの竹の横笛「バンスリ」。アラブの葦の縦笛「カスバ」。ジョウズハープ(口琴)を若林忠宏。アラブ太鼓「ダラブカ」を篠原渉馬。

 音楽的コンセプトや曲の作り方については、Qadam-Beatのコミュニティー

http://mixi.jp/view_community.pl?id=939398

に是非ご参加の上、トピックやライブレビューをご覧下さい。
宜しくお願いします。

   
 3月25日(日)  天神JEUGIAカルチャーセンター講座
 
 3月25日(日)は、福岡市の若者の町、天神渡辺通りのBiVi-3階にありますJEUGIAカルチャーセンターで10:30〜ラテン・パーカッション講座
11:40〜アラビック・ドラム講座
この春開講予定の若林忠宏の講座の「体験入学会」が行われました。
 ラテン・パーカッション講座の方は、老若男女5名。アラブ太鼓ダラブカの方は「ベリーダンス・ブーム」を反映して若い女性主体の8名の参加者がありました。

「そのまま入会」即決の方もいらしたので、
御陰さまで早速4月1日より開講の運びと成りました。まだまだ募集人数に余裕があります。

 半年6回レッスンの「初心者コース」ですが、マイナーな民族音楽を、様々な楽器経験、色々な取っ付き方の人々数百人に25年間教えてきました若林ならではの教授法がございます。

 楽器経験、自信の有無は問いませんし、何時でも随時入会可能です。バラバラに見える様々なレベルの生徒さんがそれぞれのテーマ、課題を伸び伸びと学べます。

 どうぞ奮ってご参加下さい。

〒810-0004福岡市中央区渡辺通り4-1-36
BiVi福岡-3F
Tel:092-715-1122/Fax:092-715-1150
0120-936-720/

 

   ★ 福岡市の東方面、シッダクス・カルチャークラブ箱崎と粕屋の教室の体験入学会は4月17日(火)の夜にございます。
こちらは、パーカッション講座に加えて「ラテンVocal/ギター弾き語り」が売り!です。

箱崎教室:〒812-0053福岡市東区箱崎5-1-8 福岡箱崎シダックスカルチャークラブ 092-641-9312
糟谷教室:〒811-2304福岡県糟屋郡粕屋町仲原2651-1 福岡粕屋シダックスカルチャークラブ 
092-629-8877

こちらもどうぞ宜しくお願いします。

 3月25日(日)  Staff 結婚披露宴
   民族音楽センター福岡のStaffのひとりT君の結婚披露宴が、福岡中央区赤坂のスリランカカレーのお店「ヌワラエリア」さんで25日午後行われ、若林忠宏はインド音楽バングラデシ民謡の演奏をお祝いに贈りました。
   
 3月25日(日)  原鶴温泉でイベント
   3月25日(日)は福岡県南部杷木町原鶴温泉小野屋さんの「小野屋祭り」に出演。
2006年8月の「小野屋夏祭り」に次いでのお引き立てです。
 8月にちょっと悔しかったのが「炭坑節」
せっかく近所のおかみさん連が踊ってくれたのに。
http://www.musiqageet.com/2diary/diary-page/diary-aug06.htm#haki
今回は、ばっちりアフガン弦楽器で練習の成果を!
   盛り上がりました。 
 小野屋さん、ありがとうございました。 今年は名物の桜を、五分咲きでしたが拝めました。また夏も宜しくお願いします。
 3月26日(月)  N.H.K.でギリシア音楽を録音
   3月26日(月)は福岡を早朝に出て、渋谷NHKでギリシア音楽の録音でした。

 NHKの老舗番組「名曲アルバム」で、映像は現地取材。

音楽はNHKで録音し、オーケストラに英語歌詞は沖縄出身のコーラス・トリオ、それにギリシア民族弦楽器Bouzoukiを若林が弾きました。

 曲は世界的に有名な「日曜は駄目よ」

 追って放送日が分り次第お知らせします。

宜しくお願いします。

 3月30日(金)  広尾でギリシア音楽LIVE
    3月30日(金)は広尾:Cafe-Frontierでの 「若林忠宏民族音楽小紀行」の第四回目「ギリシア音楽特集」です。

2006年11月の第一回「インド音楽」2007年1月の第二回「アラブ音楽」2月の第三回「アフリカ音楽」に続いて、1980年代初頭、日本初の「ギリシア音楽アンサンブル」 を結成し大使館、観光局、在日ギリシア人に高く評価されている
若林忠宏のこだわりのギリシア音楽を是非お楽しみ下さい。

 ギリシア音楽と言うと、多くの方が古代音楽をイメージしますが、それも若林忠宏なりの考察で復元したこともあります。
 しかしながら現地では全く廃れ、現地演奏家の復元にも疑問を感じます。
 
今日聴かれるギリシア音楽は「民謡=ディモティコ」「演歌=レベティコ〜ライカ」「ポップス=エンテフノ」です。
 レベティコに関して、多くの学者・評論家諸氏が「トルコ起源〜トルコ経由」とおっしゃいますが、若林はこれにも疑問を持って居ます。むしろアナトリア半島はギリシア人〜ビザンティン音楽文化の地としてのロマンを多く感じます。

 とは言え、若林忠宏のギリシア音楽楽団「VISHE」、当たり前ですが例によって日本初(1980年デビュー)でも、ディモティコにレベティコの弦楽器ブズーキを用いていたり、そこそこ現代現地風にソフィスティケイトしながらやっております。エンテフノさえ演奏しています。が、そのスピリットは、現地マニアにも評価頂いております。

 1980年代。吉祥寺の民族音楽ライブスポット「羅宇屋」にて始まった「東欧音楽LIVE」
 1990年代中盤迄は「第三世界民族音楽マニア」「西洋クラッシック音楽」のどちらにもそっぽを向かれたインド音楽よりもマイナーな感じの音楽でした。
 
それが大使館、在日ギリシア人、社会主義時代のブルガリア、ルーマニア現地、在日の方々、エーゲ海学会、地中海学会の方々の応援によって生き延び、今日に至ります。

 東京では三年振りのライブです。
急なご案内ですが、是非宜しくお願いします。 良いお席のご予約は、chametabla@yahoo.co.jp若林忠宏まで。

 どうぞ宜しくお願いします。

 

 

★ 1月15日の日記「タベルナでたたずむ君」

で話題に致しました曲も演ります。

宜しくお願いします。

   


 Music & Life  

 
 
 
 

 3月4日(日) 不気味なほど 美しい
    出し尽くした訳ではないけれど。
 空きっ腹に飲みっ放しが効いたのか。
 シタール、ギター、タブラの三つを担いだからか。
 携帯を握りしめながら寝てしまっていた。

 夜中に目が覚めた。
 久しぶりに背中が冷たかった。
 拾う神在れば 捨てる神在
 寝過ごした様な目覚め方だった。

 寝ぼけてたたずむ肩を誰かがポンと叩いた。
 振返ったら、そこから見えるとは知らなかった窓に

 まん丸で 大きな まっ黄色のお月さん。

 不気味なほど美しかった。

 

 

 3月9日(金) 献血
    先日、博多駅駅前で十年以上振りで献血をしました。
 東京では何故か先を急ぐ日々。
 母の入院からもう十年近く。お返しをしなくてはと思っていたのがやっと。

 母のお返しと言えば、吉祥寺の消防署。
 母が一命を取り留めた時と、無事退院しました半年後にご挨拶しましたが、
 それから7年たったこの半年。逆に「仇」で返してしまいました。
 引っ越しの梱包段ボールの山がマンション廊下に溢れ、
 半年で二度の「最後通告書」を頂くご迷惑を掛けてしまいました。

 最後の荷物を搬出した時に、担当官さんがポロッと。
 「本当は音楽好きでね。実は若林さんの事前から良く知っているんだよ」
 と。ちょっとジワっと来ました。

 体質的に「御上」に反発してしまうところがあります。
 水戸藩足軽頭の末裔だからか? 
 アングラ、マイナー、アウトロー歴が長いから?

 店をやってた時も税務署と喧嘩。今では恥ずかしい若気の至り。
 「お宅は赤字だから徴収出来ない」っておっしゃるから。
 そんな情けは要らん! 借りを作るみたいで不愉快じゃあ!と。

 幼稚園だったか、小学校低学年だったか。
 「社会科見学」でわざわざバスに乗って行った消防署も
 同じ吉祥寺の消防署。初めて消防自動車を目の当たりにし
 「カッコいい!」と憧れたものです。

 サンコンさんとお仕事した時に聞いた話し。
 「アフリカでは、旅の道中どの家でも食事や休息を与えてくれる」
 「我が息子もきっと何処かでお世話になっているでしょうから」
 そんな心は、日本にもあった筈ですよね。

 博多駅前の献血車、飲み物や歯ブラシのお土産を貰いました。
 ナースのおばさんが愉快で楽しかった。
 お土産貰って、愉快で.......申し訳ない位。 微妙にハマりそう。

 400ml。微妙な量。ほんのちょっとの様な気もすれば、ちらっと見ると、けっこうたっぷりの気もするし、母の緊急輸血の倍の様な気もするけど。
 これから先に自分や家族がまたお世話になるかもしれないし。
 また行こうと思います。

 日本初の民族音楽ライブスポット。マイナーだった音楽を私費を投じて孤軍奮闘。文化庁とか、文化振興財団とかが、もっと世話してくれても良かったんじゃない?とか、「御上」の世話にならずにやってきたゾ。とか。思いは色々。

 世の中の不条理、偽善や、インチキを散々見ては辛酸を味わい。
 腹も立てば、憤りもする。 この歳になれば憂いもする。
 でも、なんやかんや言っても「給食世代」緑のおばさんのお陰で怪我もせず。
 給食のお陰で元気に育ちました。
 

 社会的な事はずっと母に甘えて任せっ放しでしたから。母が倒れた時に慌てました。市役所、税務署、福祉協議会、あちらコチラを散々回って書類は大変だったけど障害者手帳の更新や入院費の援助では福祉協議会にたくさんお世話になって。
 思えば「御上」にお世話になっている方が多いに違いない。

 頼らない、借りを作らない。 けど、お世話になります。

 義務は果たして、しっかり見ます。考えます。

 権利の主張も大切なのでしょうが、好きな事たっぷりやれてますから。

 身勝手、我が儘、独りよがりの部分もあるでしょうが。

 もどかしさも、憤りも、憂いもありますが。

 自分をしっかりさせる事で手一杯でもありますが。

 世の中悪く成っているのを傍観出来ません。

 かと行って変えるほどの力もありませんが。

 それなりにブレず、怠けず、頑張っているつもりです。

 宜しくお願いします。

 3月9日(金) 西鉄沿線のスーパーで
    今日、面白い話しとともにマイミク登録に来てくれた人が居ました。

 西鉄沿線のスーパーで私の会計をしてくれたアルバイトの青年。親不孝通りのライブもたくさん見てくれたんですって!お気に入りは「エスノエレクトロニカ・コラボ楽団Qadam-Beat」ですと!マニアック! 結構アナーキー???

 何のに、その時? おつりを間違えそうになって慌てて「声を掛けそびれた」って。

 可愛い。

 きっと僕は、間違えを気付かぬフリでちゃっかり帰ったりしなかったでしょ?

 う〜ん。 

 やっぱり 悪い事は出来らんもんやね って。とってもローカルなプチ有名人気分でございます。

 あっ!

 そう言えば、この前の日記にも書いたけど。親不孝通りのライブで一緒になったバンドのVocal君が昭和通りの粋な喫茶店のカウンターで僕を見てニコニコ笑って居った。その話しをしたら、同じバンドのドラムの子も近くの喫茶店らしい。メンバーの彼女は花屋さん。
 みんな元気な勤労ミュージシャン。 それがひとつの「町」
という感じが嬉しい。

 あっ!

 今、スーパー君からメッセージ来ました。 やっぱり僕の会計の時だったって。
「大丈夫、ちゃんと教えてくれました」って。

 えっへん。 

 思いがけない、金の斧でした。

 3月9日(金) 早く帰っておいでなさい
    先日、マイミクさんにして、音楽関係者。
 そして僕と同じ高校の七つほど後輩君が急逝されました。

 初めて写真を拝見しました。お仲間のコメントにもありましたが
 優しくて強い男を想わせる、笑顔が素敵な人でした。

 優しい人、出来た人は早く逝ってしまうと言いますが
 輪廻から解放されるのでしょうか。

 きっとより徳の高い生き物になって 直ぐ戻って来る様な気もします。
 心配な人が居たら、あちらでのんびり出来ない
 それでは駄目という人も居ますが 優しい人はのんびり出来ないから。

 つかず離れず見守ってくれる猫さん達を見ていると。
 僕の前世はさぞや色々な方にご心配を掛けたのだろうな、と思います。

 甘え足りなくてって人も居るかもしれません。
 僕は甘ったれな猫になって来ると思います。

 彼には生演奏を聴いてもらえませんでした。

 逝かれる前日の日記が文の途中でした。

 大きな現場で活躍されていたのに。
 「若林さんの高齢者施設での演奏などの音響をさせて欲しい」
とコメントをくれました。

 僕の演奏会で、
 窓の外でずっと聴いている猫さんになって来てくれるでしょうか?

 中にお入れして僕の膝の上でシタール聴いて貰いたいです。

 合図は、窓を三回、カリカリっとで。