diary 2006 May

 音楽活動のご報告
 猫さん達との日々
 
 Music & Life
 考えたこと


 音楽活動のご報告

 
 
 
 
 5月10日(水) 福岡でインド音楽LIVE
 

 5月10日は福岡市の繁華街のひとつ、警固にありますネパールレストラン「マイティガル」での定期ライブが行われました。
 主催は、インド文化研究家さんとお店のマスターと奥さんが発起人の「ダイ・コ・ソール」ネパール語の意味は「叔父さんの音」。若林を叔父さんに見立てて、「マイティガル(実家)」でくつろいで、叔父さんの音楽を聴こう!という感じをイメージして付けてくれたもので、通称「若林忠宏のインド音楽を聴く会」です。
  嬉しい事に、ダイ・コ・ソールの面々は、若林が20年間東京吉祥寺の自分のライブハウスでやっていた様なマニアックなインド音楽を思う存分出来る場を!とマイティガルでの定期ライブを企画してくれて、今年の1月の第一回、3月の第二回、そして今回の第三回と続いているのです。

 前回は一回目の35名の定員をオーバーし、立ち見に加えて10名程お客さんを帰してしまった反省から、電話予約制を徹底したため、むしろ定員以内。 一回目の臨場感と比べて場全体がマニアックな感じになってしまいましたが、演奏はしっかりやりました。
 今回は、同じ五月にお店で他のライブもあってお客さんが分散した、と言う事でしたが、常連さん、ダイ・コ・ソールのお友達、若林の応援者さんも駆けつけてくれて、熱気溢れる雰囲気になったところで、気合いの純古典音楽を始めました。
 
  今回から、シタール古典器楽に集中することを徹底しながら、色々な楽器紹介の枠を設けます。今回は若林のもうひとつの専門楽器サロードでした。
 若林は自作民族楽器を作った1972年の夏。シタールより一足先に出来上がったのがサロードでした。が、本物のサロードには1978年迄出会えず、1972年に出会ったシタールを弾き始めたのです。
 ところが独学の後、来日インド人演奏家と共演したりしながら、在日インド人会、大使館の講演会が出来、そのみなさんの応援で1980年初渡印して師事した師匠の家系がサロードだったのです。

 シタールの師匠Ud.Ilyas Khanは、サロード最古の流派Lucknow-Shahjahanpur派の直系で、サロードは長兄のUd.Umar Khanが継ぎました。

 若林は1980年に Ud.Ilyas Khanの内弟子となり、甥Ud.Irafan Khanにサロードを学びました。1981年にはカルカッタにてd.Irafan Khanの父、 Ud.Ilyas Khanの兄のUd.Umar Khanの内弟子となりました。

 東京でも中々弾く機会が無くなったサロードでしたから、ついつい「紹介編」が長くなってしまいましたが、初めて見聞きする楽器にお客さんは興味津々の様子でした。

 ダイ・コ・ソールの発起人の一人、マイティガルのゆみさんは「ライクーダーのボトルネックのようだ!」と通な事を言っていました。
 ゆみさんには沢山素敵な言葉を頂きました。マイティガルのブログにあります。
 http://blog.goo.ne.jp/kumar_m/
 

 

  

    

   
 5月20日(土) 博多駅前あおい書店で民族音楽ミニライブ
 

 5月20日は、博多駅前ヨドバシカメラ3Fの「あおい書店」で「若林忠宏民族音楽Book-Fair&ミニライブ」が行われました。翌21日の丸善福ビル店との連続イベントで,二つの大型書店さんと、岩波書店さんのご好意で実現したものです。
 あおい書店では、児童書コーナーで。そこでは月一回スタッフさんが子ども達に絵本を読んだりの「お話会」が催されているところ。突然の民族音楽にびっくりした子供。チラシを見てはるばる遠方から来てくれた家族。ちいさなお子さんが多かったのですが、初めは警戒し乍らもだんだんと音楽に入り込んで行ってくれました。
 企画を立ててくれた田中さんは東京、京都で美術書専門の会社に居た頃に民族音楽CDも扱っていた民族音楽ファンとのことで、若林の福岡での活動を親身に応援して下さいました。あおい書店スタッフの皆さんも暖かく迎えてくれて、店長さんにはお土産を頂いた上、下階でタクシーに楽器を積み込むの迄手伝って貰いました。
 皆さんありがとうございました。また是非宜しくお願いします。

写真はSTC代表Sugiさんより頂きました。ありがとうございました。

   
 

 追記:ドイツ車と民族音楽???
 あおい書店でのミニライブに若林と「医療音楽」の企画を進めてくれている会社STCの代表SUGIさんがお友達数家族を連れて来てくれました。そのお仲間はSUGIさんがブログのサークルを作っているBMW及びドイツ車オーナーの会の面々とその奥様、子ども達。
 休憩時間には上階の喫茶店でワイワイ楽しく話しました。
 話しはいつの間にか「ドイツ車と民族音楽」という奇想天外なテーマ!
  日本車のリーズナブル、ファッショナブル、コンビニエンスと比べて、日本ではマニアック、ちょっとユーザー泣かせのドイツ車。でも味が有ってハマルと抜けられない? テレフンケンとソニーについて熱く語った若林のトルコ音楽の師匠の話しも飛び出し「民族音楽とポピュラー・ミュージックの関係の様だネ」と盛り上がりました。
SUGIさんとの「医療音楽」のブログは http://blog.livedoor.jp/stciryou/
SUGIさんのBMWのブログは http://sugie46.exblog.jp/です。

 5月21日(日) 天神丸善福ビル店で民族音楽ミニライブ
 

 20日の「あおい書店」のミニライブ終了後、店長さん、田中さんに手伝ってもらってタクシーでそのまま天神の丸善さんへ。楽器を搬入し、準備万端で翌日に臨みました。
  丸善の担当さんもとっても気さくで、細やかに動いて下さって。今回の連日のイベントはとても暖かく迎えられ、労われて幸せでした。
 
 やはりご縁があるのでしょうか、 若林が福岡で最初に連れて行って貰ったのが丸善福ビル店で、次があおい書店だったのです。あおい書店は下階のヨドバシカメラでPCや映像機材パーツを補充して、書籍やカードを買って、上階レストラン街で食事が出来ます。初めて行った時は、30年振りにゲームセンターで親友と「和太鼓」を叩きました。
  丸善さんは老若男女問わず賑わう福岡の中心地天神で、恐らく最も歴史のある総合ビル「福岡ビル」通称「福ビル」の二階、三階にあります。エレベーターから出てもぐるりと壁が有って、重厚な感じ。岩波書店の本は専用コーナーもあって。若林の本はイベントのお話を頂く以前に音楽書コーナーにもちゃんとありました。

 ミニライブの会場は専門書の三階フロアーの一角。喫茶室の隣のギャラリーでした。
落ち着いてレクチャー・コンサートも出来る感じのスペースでしたが、児童書コーナーや一般趣味娯楽関係書コーナーが二階なので通りがかりのお客さんは来ない感じ。
【小学生の日】と題した関連イベントの一環でしたが、少しでも多くのお客さんに来て貰おうと若林が現場についてから思いつきで考えた事が二つ。そのいずれも担当さんは快く受け止めてくれました。
 ひとつは13:00と15:00のミニライブの直前に下階の児童書コーナーから店内を練り歩きで演奏してお客さんを誘導して来る案。担当さんがチラシを配ってフォローしてくれました。二回目に駆けつけてくれた「若林のインド音楽を聴く会」発起人の山口さんもチラシ配りをしてくれて、お陰で数家族増えました。
 もうひとつのアイディアが店内放送の後ろで民族楽器を鳴らす事。これもスタッフさんが快く受け止めてくれて。楽しく出来ました。
 それぞれのステージに、面白いキャラクターの子どもが居て、舞台迄上がってもらって楽しく協力してもらいました。
 一回目のステージでは若林のお友達バンドCICCAROLLの追っ掛けファンの青年が子ども達に混じってインドネシア竹楽器アンクロンの合奏を。「かえるの歌」でも「メリーさんの羊」でも「チューリップの歌」でも任された「シ」の音が出て来なくて大笑い。 二回目のステージでは、 担当さんの甥御さんがとっても聡明で柔らかな笑顔でアフリカ太鼓の体験レッスンをしてくれて会場が和みました。アラブ太鼓の体験をしてくれた男の子は、若林がお世話になった焼き鳥屋さんの大将の長男君!
 昨年夏からちょこちょこお邪魔して。お友達とワイワイしたり、ちょっと落ち込んだ時にカウンターでポツリと飲ませてもらったり。お肉を頂かない若林が焼き鳥屋さんに通うのもおかしいですが、野菜の串焼き、お豆腐がとても美味しい!大将に煙と熱気を堪え乍ら相手してもらって乗り切った時期もありました。
  冬前にちょっと遠い場所に移転したのですが、旧店閉店間際には店内一面に常連さんのエールのラクガキが。若林も大きくシタールの絵を描かせて貰いました。
 20日のあおい書店さんの後、親友と久しぶりにお邪魔して、丸善さんのイベントの話しをしましたら、貴重な休みの日に可愛い三人兄弟と奥様で来てくれました。
  終演後若林の本も買ってくれて、長男君のお名前でサインをさせて貰って。「初めて聴いた民族音楽に子ども達は感動した様子」と言ってくれました。

 音楽はどのジャンルでも人々の心を和ませて、輪が広がって行くものですが、民族音楽の場合、演奏する側も聴く人も「何時ものまま」で楽しめる。家族連れで聴きに来てもらえる所が嬉しいと、改めて感謝の気持がわき上がった二日間でした。
 皆さんありがとうございました。

   

 5月21日(日) 大丸パサージュ広場でCiccaroll野外LIVE
 

 5月21日は、丸善福ビル店での民族音楽ミニライブを終えた後、お世話になっている応援者さん、大先輩の奥さんにコーヒーをごちそうになって、そのままワゴン車に大量の楽器を預かって貰って,歩いて五分の天神大丸パサージュ広場へ。
 折しも若林の九州での活動のきっかけを作ってくれた2005年3月の小学校演奏の企画発案者の当時PTA役員の方がミニライブに来て下さって、九州教室の一番弟子S君、友達バンドCiccarollのサポーター君と一緒に、二度演奏したお馴染みの福岡市役所広場を通って。

  1:00のミニライブに来てくれたサポーター君より、その日の5:00/7:00/8:00にCiccarollがパサージュ広場で野外ライブをすると聞き「近いなら会おう!」とメールするとCiccarollリーダーのたいすけ君が3:00のミニライブに来てくれました。
 お返しにパサージュ広場に行って、久しぶりにメンバー全員と同時に会って、歓談している内に第二部から飛び入りが決まりました。

 カフェで買ったビールを飲み乍ら第一部をみんなで楽しんでいると、Maghreb-WindのパーカッショニストAji君が劇団アフリカのリハを終えて登場。「若林さんがやるなら僕も!」とCiccarollデヴューCDのレコーディング・サポートメンバーが勢揃い。
 厳密にはインドVocalサポートメンバーの舞踊家ニラ君はレッスンで来れませんでしたが、代わりに義理のお母さんが聴きに来てくれて。Ciccarollの暖かなサポートファミリーが勢揃い。Ciccarollもそれに十分応える良いライブをしてくれました。

 Ciccarollは,どちらも生とエレキのリードを取るたいすけ、淳の二人のギタリストに剛君のベース、千絵ちゃんのヴォーカルからなる四人組。
 1960年代後半のサイケデリック・ロックと、現代の民族音楽コラージュとストレートなフォークロック、ロックンロールを合わせ、歌詞はスピリチアルな要素も含め乍ら、現代の若者の心情を歌うとても好感の持てるバンドです。
 なにより性格も素直で品行方正。夢を語り合う友を大切にし、親を大切にし、故郷を大切にしているこれからの地方青年の手本の様な若者達。メンバーの出会いもそんな生活の中から微笑ましく生まれたバンドです。

【ハードロック・ジュニア世代】

 
若林も多少縁があります,昨年メジャーデヴューを果たした二人組ケイタクも同様の好青年ミュージシャン。
  いずれも親が聴いていた1970年代ロックで音楽と出会い、音楽を志してから更に聴き込んで基礎を身に着け、メジャーになってもベースは故郷という意識。音楽的にはまだまとまった個性に達していませんが、九州80`s生まれの音楽シーンが次第に形作られている感じです。
 1980年代生まれは、若林の娘の世代。CiccarollのVocalの千絵ちゃんも会う度に「お父さんと同い年」のフレーズが話しにでます。その度に「我が家のダックスと同じ名前」と言い返しますが。パサージュ広場のライブに来ていたCiccarollの応援者さんの一人は奇しくも若林と同い年のCMディレクター氏。
 陽が落ちるとまだ薄らと気温が下がる人通りも少なく成った日曜の9:00過ぎのパサージュ広場で、しばらく歓談。
 ディレクター氏と昭和30年代感覚で盛り上がって舌も滑らかに。Ciccarollの熱いサポーター君、Voの千絵ちゃんにまでビールをごちそうになってご機嫌な夕涼みでした。 

 30年代生まれの業界人が各界で要衝に居る現在。1970年代の気風を蘇らす若者が本気の姿を見せれば必ず動いてくれる筈。なにしろこの30年、ぽいものは幾らでもあったけど、ズバリはちっとも無かった。その不満はかなり有って、逆にちょっとやそっとでは動かない。その核を突く様な音楽をCiccarollに期待したい。と言うとディレクター氏もニコニコと頷いてくれました。
 

   

5月23日(火) Maghreb-Wind   LIVE at 中洲River-Side
 
   Maghreb-Wind 続編  VooDoo-LoungeドグラマLIVEに乱入
     5月23日はMaghreb-WindのRiver-Sideに小倉Kate-Musicの代表秋元さんのタンゴ楽団、及びベーシストのワタル氏と過激即興楽団ドグラマグラを結成するヴァイオリニストの谷本さんがゲストで乱入し、交換にMaghreb-WindのメンバーがLIVE終了後ドグラマのLIVEに乱入する計画でした。
 若林はタンゴ楽団のCDを聴いて以来谷本さんのヴァイオリンはめちゃカッコ良い!と大ファンだったので、結局Maghreb-Windには全曲出場願いました。
 
 Maghreb-WindのドグラマグラLIVE乱入セッションは、時間も10:30を廻っていたので、若林とアジ君のみ。若林は一曲目のヴァイオリンが狂気乱舞する即興曲の後半に退場。ステージに居た篠原君とバトンタッチしました。
 強烈なヴァイオリン・ソロ に会場の若者は興奮状態。谷本さんがメンバーにカウントの合図をすると、突然若林がフィーチャーされ、すかさずインド声楽から聴衆とのコール&レスポンス。
 一日中音楽三昧の幸せな日でした。
 5月27日(土) Bs-Japan
 

 今日は、午後に教室をひとクラスしてから、Bs-Japanの「未来図鑑」http://www.bs-j.co.jp/の収録に行って来ました。

 コメンテーターは、ご存知つんく♂氏、東大大学院経済学研究科の伊藤元重教授、メディアプロデューサー・ エッセイストの残間里江子さん、 例によってシタールをちょこっと弾いて、色々な民族楽器を紹介して.......。ただその後が違いました。
 
 つんく氏が体を乗り出して話しに興じ、なんだかイメージ(失礼乍ら)とは大きく違う素敵な言葉を沢山言ってくれて、予定の時間枠を大幅に越えて盛り上がった事です。
 番組プロデューサーも「何時もと違う!」と喜んでくれました。

 編集されてOAされる時間の三倍は盛り上がったと思います。残間さんも伊藤教授もそれぞれ良い所で良い事を言ってくれて。民族音楽苦節三十五年、報われる様な事を急に言われた意外な展開に、逆にきょとんとしていた若林だったかもしれません。

 吉祥寺迄自ら運転して迎えに来てくれた仙台生まれ育ちの若いプロデューサーさんもとても暖かく。しかもメディア文化に対する考え方,番組の作り方が、ちょっと前迄の「売らんかな」「楽しかろう良かろう」「奇抜で目立つもの探し」とは大きく異なる逞しい意識を持っている事を知りとても嬉しかったです。

 若林がゲスト出演した分のOAは、6月12日(月)深夜0:00の予定です。

 明日の「題名のない音楽会」
 福岡ではN.H.K.福岡「福岡いちばん星」6月6日(火)午後4:20がありますから、福岡の方はほぼ毎週見て頂く事になります。

 宜しくお願いします。

   
 5月29日(月) 小倉Kate-Music定期ライブ「キューバ古ポップス」
 

 

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 5月30日(火) Maghreb-Wind録音
 

 

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 5月31日(水) ギリシア政府観光局
 

 

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 Music & Life  

 
 
 
 
 5月3日(木) 京都の披露宴で司会を
 

 5月3日は、京都の日本料理の料亭「六盛」で行われた、大好きなお友達の結婚披露宴で、演奏のみならず、司会の重責を担ってきました。
 六盛さんは、京都中心地の東北側、平安神宮の手前にある明治創業の「京料理手をけ弁当」のお店。新郎新婦の指名とは言え、素人の司会者に対してお店の皆さんの対応はとっても親切で、料理と同様、柔らかく優しく暖かい素敵なお店でした。

 初めての司会は、ハプニング、失敗、失言、色々ありました。やり残した事も、言いそびれた事も一杯。会の進行や人のフォローは頑張りましたが、自分のフォローは誰も居ない大変な仕事と痛感した時は既に遅し。
  それでも、新婦のご両親はお客さんが帰った後も若林の相手をして下さり、笑顔で「良かった」と言って下さり、新郎の伯母さん、伯父さん達も沢山誉めて下さり、新郎新婦のお友達も良かったと言ってくれました。
  同時にお怒りの方もたくさん居ると思います。その場でお詫び出来た方も居ますが、お詫び出来なかった方々。ほんとにごめんなさいです。
 
 その代わり本業の音楽の所は、最高レベルの出来でした。
 初めのタブラ演奏は、入場するお客さんを「なんだなんだ? 何処の太鼓じゃ?何人じゃ?」 と、ちょっとドキっとさせる目的でしたが、ハプニング続きでまるで演奏会程長く演奏する事となってしまい。司会者としてはとっても気が引けました。ところが不思議なことに手はもの凄く軽やかに回転していて「うわあ!凄くない?」という演奏者の自分が感動してました。
 中程でなんとなく無意味にダレ掛かった時には、アフリカ中南部の「結婚式の歌」を「バ・○○〜!バプァレーロー! エマ、エマ、エマ、エマ、エマ、トゥエンデ!」を皆さんで合唱して貰ったんですが、大人達が小さい声で歌い始める中、一人大声の元気で朗らかな女の子「新婦の永遠のアイドル」としてスピーチまでした四歳の女の子Nちゃんでした。御陰で後半は大人も大合唱。

 来賓のお友達の数日前からのリクエスト「四歳の娘Mちゃんの大好きな歌、くまのプーさん」をアフガン弦楽器ルバーブで弾いて、Nちゃん、Mちゃん他、花束係のチルチルミチル、おしゃまさん、おませさん........などの子ども達と大合唱&練り歩きは大喝采。
  江利チエミさんが歌った事で知られるトルコ歌謡「ウスクダラ」の両家のご両親との共演も盛り上がりました。この部分は、当初「やらない」と決まっていながら、密かにする事に変わっていた「花束贈呈」の為にご両親を舞台に上げて引き止めておく秘策でした。ウスクダラ・セッションから、宴の最大の感動の場面に至る辺りは、音楽的プロデューサーとしても会心の出来でした。

 新郎新婦とそのお友達から事前に色々な素敵な話しを聞いていたので、お仲間の気持で演奏したからかも知れませんが、思う存分心を込めて演奏させて頂きました。
 祝辞の時間を差し上げられなかったのですが、ご親戚の祝吟、お友達のお箏の演奏の前後の雰囲気作り、音響のフォローも、音楽家兼司会の自分だから出来たのかもしれないと思います。

 プロ・エンターテイナーを志して来たからでしょうか、宴会を「ショー」として、緩急自在の流れや起承転結、間合いや、タメなどのコントロールを頭を使わず「臨機応変」アドリブで反応してしまう癖、宴会を一曲の「組曲」として仕上げる即興演奏家の癖があります。その御陰で上手く行った部分もあれば、逆にアマチュアの主役、登場人物を役者に仕立て上げるプロ司会者さんの経験が全く不足していた事で至らなかった部分も有りました。
  司会者の自分と、音楽コーディネーターの自分が二人居れば合格点だったかもしれませんが、 それらが分離している事自体が未熟なんですネ。
 一見相反する二つの仕事ですが、根底で繋がる基本をふまえていればもっと上手く出来たに違いありません。自分の力量を痛感。大いに反省しました。
  きっと、専門の音楽演奏会の持って行き方もまだまだ成長の余地が沢山あるのだなあと大変勉強になりました。

 任せて下さったお友達には、申し訳ない思いもいっぱいですが、感謝しております。ありがとうございました。


 

 
P.S.素敵なメッセージと嬉しいメッセージ

 昨日の披露宴の準備では、当初色々なアイディアを考えていて、新郎新婦のお友達に事前にメールでご相談していました。その中には、素敵なお話が幾つも有りました。
 一日経った今でも心残りでなりませんが、ご本人のご快諾を得ましたので、そのひとつをここでご紹介させて下さい。

 昨年のこの日記でご紹介しました「傘を持って来てくれたおじいちゃん」の話しにも通じる、心暖まる「子どもの頃の想い出」の話しです。

 
 「小学生のとき新郎のお父さんとお母さんにステーキハウスに連れて行ってもらったことを今でも覚えています。ナイフとフォークが使えなかった僕を見てお父さんがお箸を頼んでくれたのがとても嬉しかったからです。
  だから新郎に子供ができて大阪に遊びにきたときは僕がステーキハウスに連れて行ってあげたいと思います。その時は例えナイフとフォークが使えてもそれを取り上げて僕がお箸を頼みたいと思います。」


 世の中には、色々な優しさ、親切があります。それらは受け取る人の気持でも大きく変わります。 私はご縁有って新郎のお父さんと直にお会いして少しお話をし、宴のファイナルを飾るお客様への言葉のきっかけを出す立場にありました。
 ナイフ、フォークの使い方を丁寧に教えてくれる優しさもあるでしょう。
 私には、大きくてニコニコ顔のあのお父さんらしい「ええから、食べ易いものでたらふく食べや」と言葉に出さず、笑顔で語った優しさが目に浮かびます。

 純真な子どもの頃に受け取ったささやかな暖かみ。それはずっと心の宝ものとして大切に保管されている。
 昨年の日記にご紹介しました「おじいさんが作業服で傘を持って来てくれたけど、恥ずかしくて『要らない』と言ってしまった」話の場合は、ごめんなさいの思い。

 宝物は嬉しかった事ばかりでなく、恥ずかしかった事、ごめんなさいの気持、悔しかった事でさえ、その後のその人の言動に柔らかさと暖かさを与える種になっている事があります。
 そんな話しを伺える自分はとても幸せです。

 事前にお友達から頂いたメッセージ。打ち合わせの度に新郎新婦さんより伺ったご両親への感謝の気持、先輩と友達への感謝の気持、沢山の想い出話し。とても素敵な話しがいっぱい有ったのに。何度もそのチャンスを伺ったのに伝え切れなかった悔しさ。申し訳なさでいっぱいです。


【ほっとする嬉しいメッセージ】

 くまのプーさんの曲のリクエストをくれた四歳のお嬢さんMちゃんのお母さんがメールを下さいました。

「若林さんのほがらかなお人柄と愉快な演奏とのお陰様でこれまでに体験したことのない個性的で最高に素敵な披露宴でした、感動を有り難うございました。」

 この文の掲載をお願いしたら、Mちゃんのお父さんが「追加話し」でメールをくれました。

「ちなみに帰りの電車は窓といすの太鼓で僕とM(ちゃん)の演奏会でした M(ちゃん)は披露宴の時は知らない大人ばかりで緊張してましたが今日は鼻歌で エマエマエマエマ言うてます 」

 Mちゃんは、披露宴では凄く人見知りしていました。
「Mちゃんの為にプーさん練習して来たヨ!一緒に歌ってね」と話し掛けるとお母さんの胸に隠れてしまって。
  両親に半ば無理矢理ステージに上げられて「若林&披露宴キッズ」のプーさん合唱団にムスっとしながら参加。 他の子達がタンバリン、マラカスを元気に叩くのに、一人何も持たず。 私がマラカスを手渡すと大きく首を振って「いいの!しないの!」
 でもずっとステージに居てくれて。練り歩きでもちゃんと着いて来てくれて。
宴がお披楽喜になった後も「ねえ!もっとやろう!」というNちゃん、おしゃまさん達とは対照的。

  そのMちゃんが、帰り道私の音楽と歌を思い出して。「エマエマ」歌ってくれたなんて、嬉しい話しです。「じゃあ、Mちゃんの結婚式にはおじいちゃんになってますが、必ず呼んで貰って、エマエマ歌うって言っておいて下さい」とメールしましたら。

 
「M(ちゃん)が結婚式をするときには司会業に専念しているという オチはないですよねー????
 大阪か京都でライブするときには是非とも寄せていただきますので まだまだ 演奏家のままで頑張ってください!! 」


  と暖かいお返事を頂きました。
 

 5月4日(木) くまのプーさん
 

 3日の披露宴の新郎の幼なじみさんのそのまた娘さんMちゃんへの特別リクエスト曲
「くまのプーさん」

 
アフガニスタン古楽器で弾き語りするのも、ちょっと照れくさい気もしましたので、来賓の子ども達その親御さんに歌詞カードを配って一緒に大合唱しよう!と。
 ところが前日になってやっとCDを買って聞けば、 前半がミュージカル調でやたら難しい。若林も拍子が分からない不規則な部分もあって、お手上げ。合唱が無理なだけじゃなく、若林がソロで歌うのも間に合わなそう。
 
 加えて、歌い手さんと台詞の声優さんの「作り声」に拒否反応。
 民族音楽どっぷりのせいか、元からの好みか? 父親の台詞の稽古の不気味さのトラウマか?「作り声」には強烈な拒否反応が出ます。

 
前々から気になっていたんですが、子ども向けの歌や音楽、そして朗読、アニメの声って何故あんなに「作り声」なんでしょうか? 子どもが「変な声」により反応するとして、それは猫缶に塩分添加する様な姑息な手段ではないのでしょうか?

 ついぞ、その日は採譜を断念。
 新郎新婦が平安神宮で挙式をしている本番間際まで自分を追いつめて、やっと採譜。それから練習。
 ところが、自分で歌ってみると、なかなか良い曲! 
 なんて図々しいですが、作り声の部分が消えると「さすがディズニー」の部分が見えて来て。「絶対無理。難しい上に乗り気にならない。しかも時間が無い。アフガン音楽風にアドリブで歌うのがやっと..........」と思っていたのにあっと言う間に習得。本番も見事に原曲通り歌えました。

 難しい前歌の後は子どもも一緒に歌うサビの部分。
「くまのプー、くまのプー、まるまるとした、ちっちゃいク〜マ」
 ジャズっぽく短七度が入るところや半音進行などはアフガン音楽式の旋法ラーガ:カマージにも似ていて。意外にもハマリました。


 
実際の披露宴を終わってみれば、楽しんで貰えたページと大失敗のページとが混然としていて、しばらく閉じておきたい本の様な気分でしたが、何故だか家事をしながらふと「くまのプー...........」と鼻歌が出ていて。自分で自分を無意識に「くまのプー...........」で慰めていたのかもしれません。

 ところが、京都から反対の西に帰った「くまのプー」をリクエストしてくれた当のMちゃんは同じ時間に若林のアフリカ歌を口ずさんでいたという話しを聞いて、
思いがけず楽しい歌の交換プレゼントとなりました。

 

 

 

【民族楽器展】
  このGWに小倉駅北口の「えいむスクエアー」で行われている「民族楽器展覧会」に若林のコレクションをお出ししていますが 、担当者さんから嬉しいご報告を相次いで頂いております。
 
 
「 えいむスクエア「世界の楽器展」のほうは、おかげさまで順調に進んでおります。
今日のスタッフに聞いたところ、楽器を触られたお客様からは、喜びの声が
あったということです。」

 そして展示管理スタッフに、二日だけでしたが、大分中津での若林のライブを録音してくれているコーゾー君の奥さんにお願いしましたら、これもまた嬉しいご報告を頂きました。

 「今日明日の展示の管理スタッフはご紹介頂いたYさんに来て頂いています。
 民族楽器が大好き、とおっしゃられるだけあって、お客様と熱心に話をされていましたよ。ご紹介頂きましてありがとうございました。 」


 
【定期ライブのお客さんから】
 4月末の小倉と祖原のライブは、演奏後も出演者、お客さんと何時もよりゆっくりとお話をする事が出来ました。5月のご案内を送りましたら嬉しいメッセージを頂きました。

 
「若林さんの演奏を聴きに行くときはいつも何処か遠くの知らない国へと旅に出るような気が致します。
 けれど不思議なことにその国はかつては確かに私の故郷でもあったのだと心の何処かが、細胞のひとつひとつがふるえます。
 それは歓喜であり焦燥であり憧憬であり呪縛のようにも感じられます。
とても、不思議です。」


 民族音楽が持つ不思議な魅力のひとつでしょうか? 帰巣本能を刺激する? 九州の人は大陸のDNAが濃い? 
根源的な何かに根ざしている音楽が多いから?
 
 先日の京都の披露宴で頂いた引き出物の中に、とっても美味しいおまんじゅうがありました。そのシオリに書かれていた「身土不二」。先月の日記にも書きました「マクロビオリティ」の原点の思想です。もし私の音楽に「音土不二」的な要素が現れ始め、それが聴く人に伝わり始めてきたのなら、嬉しい限りです。

 お便りありがとうございました。これからのライブも宜しくお願いします。

 
 5月7日(日) 昭和30年代生まれの音楽
 

【珍しく演奏会に出かけてワクワク!】
 5月7日は、北九州での演奏が無くなったので、友人のライブを聴きに行きました。
 人の演奏を聴きに行く事は、東京では滅多に無い事です。
  最近では来日民族音楽演奏家のコンサートさえも行く時間が無い生活をしていますが、福岡では楽器作り、修理、楽譜書きなどの仕事を持ち込んでいない分の時間が得られます。
  尤も福岡に郵送した楽器達も、ごく少量ではありますが破損が出始めているので、ぼちぼち福岡でも東京並みの忙しい日々が訪れるかもしれませんが、地域ジャンルを絞った自主活動である事と、東京の様に世界各国大使館、在日協会、友好協会が少ない分、比較的落ち着いた音楽活動に成って行くと期待しています。
 音楽を演っていながら演奏会に行けない、という不甲斐ない状況でしたから、久しぶりに人の演奏を聴きに行けるのが嬉しくてなりませんでした。
 自分の演奏会ですと、現場に早く着いて時間を潰しているうちにどんどんモチベイションが下がってしまうので、ギリギリ許される時間に行くのが好きです。主催者さん達をハラハラさせるので決して良い事ではありませんが...........。
 ところが人の演奏を聴きに行く時はワクワクして待ち遠しくて、ついつい早めに行ってしまうから困ったものです。


【 唐人町に感動】
 
 

   

 
 

 

   
 
 

 

   
 
 

 

   

 
 

 

   
 
 

 

   

 
 


   

 

 

 

 

 猫さん達との日々

 
 
 
 

 5月5日(金) 虎君受難の日々
 

ちょっと情けない表情の虎之助君。
ここのところ、お父さんオプーやら義兄ティナ親分に執拗に責められて。
 猫さんトイレの下に若林が作った収納箱の中に潜り込んで、水飲みやトイレの頻度が減ったのか、尿にストルバイトが増えて、通院の日々です。

 日頃殆ど鳴かない虎君ですが、自転車の籠に載せられて隣町の病院迄の間はボーイソプラノでみゃーみゃー言ってます。

   
 5月6日(土) 人化が進むチャメ君
 

 民族音楽センター民族音楽教室のマスコットボーイのチャメ君は、最近さらに「人化」が進んできました。
 「猫背」という言葉が有る位。「猫〜は炬燵で丸く成る」の歌がある程に、背中を丸めたがる猫さんが最近では若林の真似をして教室の床で仰向けに寝るのがお気に入り。