考えた事 2007年5月

 
 
 
 
 
 
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 4月28日(土) 主観に選択された客観
 


「客観的事実」とおっしゃるが、
 自分に都合の良い事しか言わないで
 自分に都合の悪い事は言わないならば
 主観に選択された情報だよね

 「誹謗中傷する卑劣な事はしていない」
 とおっしゃるけれど
 主観と都合に選ばれた情報を伝えること
 「悪意が無い」と言えるのか
 「幼稚」は何をしても良いのですか?

 「思った事を正直に述べただけ」って
 おっしゃるけれど
 清い自分、狡い自分、変わりたい自分、逃げたい自分
 どんな自分が思った事? 気分? 感情? 信念? 思想?

 「客観的中立」っておっしゃるけれど
 「どちらの意見も理解出来る」っておっしゃるけれど
 
 どちらの意見にも浸りきって、
 もし自分がどちらにも成り得て
 その時どんな自分がどんな事をするか?
 された時にどう思うか?

 シンデレラのまま母や 白雪姫の鬼ばばや
 義理の姉妹や 王子様? 
 全てのキャラになってみて 自分を見つめた事ありますか?

 今のあなたは何者ですか? 

 今の私は何者でしょうか?


 5月2日(水) お金
 
  お金という「物差し」
 30cm、50cm、1m.................。3mの巻き尺

 その人の経済力によって持てる物差しの長さが違う。
 
 ミリまで計れる センチまでしか計れない。
 それともインチ? まさか尺?

 心を測る「物差し」  想いを計る「物差し」
 可能性を計る「物差し」才能を計る「物差し」
 清らかさや純粋さ 正直さや誠実さ
 夢や希望や生き甲斐や 愛や情を計る「物差し」

 義務や責任や期待や信頼
 課せられたものを計る「物差し」
 何処迄頑張れたかを計る「物差し」

 無限の長さがあって  ミリの100分の1まで計れて
 縦横斜め 曲面でも  しっかり計れる物差し。

 「お金は大切」「地獄の沙汰も金次第」
 「人生所詮はすべて金」
 「金の切れ目が縁の切れ目」
 
 
 「貸したお金は戻って来ないと思え」
 「貸すならあげたと思え」
 
 そう言われて育った。   確かに戻って来ない。
 
 お金も 楽器も 本も   心も 想いも 愛も 情も

 ところがしっかり取り立てられる。

 
 そんなにお金が大切なのか 
 お金に換算すれば分かってくれるのか

 とたんに苦労が認められたり 
 とたんに愛も冷めたりする

 愛や想いや 努力や頑張り
 計る単位を教えて下さい

 
 その昔、 おそらく世界のほとんどの地域で
 お金は「卑しいもの」だった。
 食卓や台所に財布を持ち込むと叱られた。
 
 その「食」さえも「はばかれる」とする文化があった。
 「食」は「殺生」を伴う「欲」だから。

 今も残る風習に「銭洗い」「断食」
 人間の欲と狡さに汚れた「銭」を洗う。という解釈もある。
 人間の「欲」と戦い「食」の重みをしる教えもある。
 
 それが今では「ご利益」「金回りを良くする為」
 それがいまでは「健康法」??

 卑しいお金を投げつけられた職業がある。
 「投げ銭」
 私たちミュージシャンである。
 
 最大の敬意を払って和紙に包んで投げつける「おひねり」
 かなり位の高いミュージシャン

 職人さんの様にご祝儀袋で頂く様になったのは近年の事。
 投げられた先輩より良い音楽をしている筈もないのに。

 福岡で「投げ銭ライブ」を行った。

 お弟子は毎度「籠」を忘れ、その都度間に合わせを床に置いた。
 こればかりは厳しく叱った。 

 尊いお金を投げつける風習
 「お賽銭」
 インドにもアフリカにも「投げ銭」はある。
 尊いお金に「心」を添えているから
 その心がはるかに高価だから 
 だから投げる事が出来る

   
 5月2日(水) レベル
 


 「そんなものはレベルが低い!」
 そう言う度に叱られた。

 「人それぞれの価値観があるのだから、
 誰が高い低いが言えるのヨ!」
 「いつだって自分が正しいと思ってさ!」

 独善的と批判された。 

 もし大学生が高校の問題集全然出来なかったら?
 高校生からやり直し?
 中学の問題集が出来なかったら?
 中学生からやり直し?
 小学校の問題集が出来なかったら?
 小学生からやり直し?

 
 人生の問題集の場合は?
 人として、大人として、男として

 音楽家の資質を問う問題集は?

 社会人としての資質を問う問題集は?
 これはかなりヤバいかも。

 中世や古代なら優等生の様な気もするけど。
 今の世の中では、幼稚園からやり直しかも。

 18、19歳で飛び込んだバンドマンの世界。

 「とんずらこきやがったら、てめえの家までひっつかまえに行くゾ」
 その筋の知人も多い筋金入りのドラムのバンマス。
 「世界の師匠は十人十色」(ヤマハ・ミュージック・メディア)にも書いたけど

 楽屋口に座って逃げ道を塞がれていた。

 ステージで居眠りしてれば、スティックが後頭部に当たった。
 ステージを降りて楽屋に入る手前で蹴飛ばされた。
 ギターのおっさんにはしこたま殴られた。
 分かる様に優しく説明なんかしてくれない。
 二人とも五指揃っていた頃は、かなりの名手だったらしい。
 アル中に成っても仕事が来ていた。

 二年頑張った。

 バンマスが楽屋口に座らなくなってしばらくして
 バンドマンを辞めさせてくれ、とお願いした。

 その時代に身につけた集中力 本番の強さ、etc.......。
 感謝に絶えない。
 ベースは初見で弾ける様になった。(今はもう読めなくなったけど)

 でも、肉体的しんどさから「逃げた」という挫折感は有った。
 その分自虐的にバイトを掛け持ちした。

 不動産屋の車洗い。スナックの厨房。弾き語りの店で演歌の伴奏。トラの仕事でクラブやバー

 やがて、引き抜かれて良い条件の所を点々とする様に成った。

 次の店の社長が、前の店の社長に仁義を尽くして引き抜いてくれた。

 「あいつは才能があった。『ここ』にいちゃいけないとすぐに思った」「だが、とんでもなく甘いところがあった」

 数件目の社長の言葉を後から聞かされた。

 そんな人たちの口癖だった。
 「そんなレベルじゃプロには通用しない」
 使いっ走りから、接客。なんでもやらされどやされた。
 音楽だけが出来ていれば良い あり得ない感覚だった。

 そのお陰で人生、生き様、する事成す事
 考える事、オフの時間 全てが「音楽」と矛盾しない。

 集中力と注意力 一点に集中する事と周りを常に感じている事
 自己中心的な程の内面からの発散と客席に耳と心を置く意識
 感情の高まりと、冷静な基礎、理論、技術
 時には破壊的なエネルギー。「癒し」で終わってはならない。 
 深みと比例する優しさ強さ。時間を感じ制する力。

 真面目に真剣にやろうとすると
 音楽はけっこう大変な仕事  その上で売り込み出来なきゃ
 「売れない」

 教室の「生徒さん」と「お弟子」本人の強い意志が無くては違いは無い。「弟子にしてくれ」と言う子の中でも、本当の意味の「弟子」の修行に絶えられる者とはなかなか出会えないし、居たとしてもなかなか育てられない。

 時代が違いすぎる。

『そこにいちゃいけない』『もったいない』
 そう思う子は多かった。 

 一年は優しく説く。 一般の生徒さんとかわらない。
 「弟子」の場合、むしろ甘やかすかもしれない。
 私にそのつもりがなくても「生徒さん」から見れば特待生
 その中で甘える様じゃ見込みがない。
 自力で律し、戒めて成長して欲しい。 手を貸したくない。

 二年目。
 同じ事を繰り返したら、厳しく言わざるを得ない。
 悲しいかな「遅刻」「忘れもの」「注意散漫」「周囲無関心」
「物の使い方」「私物の置き場所」「現場に来てから長いトイレ」

 レベルが低い。「音楽」以前。
 正直言って自分の仕事か??と思う。

 ここでプイっと辞める者。 むしろ頑張り見せる者

 三年目。
 学んだ事を第三者に伝えられないのは注意信号。分かった気に   なっている。
 業務連絡、主旨の伝達、現場との交渉、新入生への伝達。
 「生徒を任せてみる」の遥か手前の事が出来ない。

 「生徒を任せる」も修行の一環だが「教える資格」を得たと思った者も少なくない。

 「第三者に伝えられない」師匠には従順で謙虚な様で、そうでもない時がある。依存心が高じて自分の力で立てなくなる。

 谷を突き落として気づかせたくなる。
 優しくしたい、助けたい思いとの葛藤に苦しむ。
 
 心を鬼にして厳しく言う。
 「急に厳しくなった」と思う者。「最近苛々している」と勘違いも。同時に段階の違うお弟子を数人抱えている。感情をぶつけて出来る仕事ではない。それさえも通じない。

 かつて自分が育てられたスタイルの、数倍も甘いものなのに。

 それでも良くならない時。
 悲しいけれど、 諦める。
 最後に考えうる厳しい言葉を餞別に送る。
 錦糸町のキャバレーで聞かされた言葉も含めて。

 その言葉を聞かされるほど、もったいなかった子
 情を注いだ子は まだ二三人しかいない。

 這い上がって来た子は 一人も居ない。

 「ここに居て欲しいけど、居ちゃだめだ」と思わせてくれた子は、三人居る。さすがにそこそこ立派になった。
思えば、一年目の失敗は二年繰り返さなかった。

 一年目で「ああこりゃ駄目だ」と思って、
 分かり易く、優しく教えて。 
 二年目にも学ばず、直さず、成長しなけりゃ
 もっと分かり易く、簡単な事を、手取り足取り。
 三年目にさらに甘やかされてだらしなくなったら
 もっと初歩的な事からゆっくり丁寧に教える

 それが出来たら、人気者の「良い先生」なのだろう。
 それで守られるものは何か

 それをしないで失うものは何か


 5月5日(土) 男と女
 


 男にもいろいろありますし
 女性にもいろいろありますから

 男らしさとか女らしさとか 
 一概には言えませんし 定義はないでしょうけど

 とっても高価な物が何らかの理由で
 とっても安くなってたりすると
 とっても喜ぶのが女性

 むしろちょっと悲しくなるのが
 男

 アイスクリームの当たり棒を
 早速交換に行きたいと思う女性

 記念に取って置きたい
 男

 体の中から外にかけて
 よりお金を使っているのが女性

 外側より中に行く方に
 よりお金をかけたいと思うのが
 男

 景色やお店や食事を想い出にするのが女性

 その時の言葉や表情を想い出すのが男

 悲しい時に泣くのが女性

 悲しい時に笑うのが男


 5月8日(火) 心の小箱
 


 心の中にある四角い小箱
 木製のびっくり箱の様な形で
 上に蝶番で蓋が付いている。

 鍵も掛けようと思えば掛けられる
 取っ手も付いてて持ち運べる。

 音楽を「習いに来る」若者達。
 「楽器を弾ける様に成りたい」
 「自分で弾けたら楽しいだろう」

 うん! そうかもしれない。
 うん! きっとそうに違いない。

 と、思いながら
 自分自身 何時も「楽しい」
 そう思って演奏してたっけ?

 と、言うよりも
 「楽しさ」「楽しみ」が目的だっけ?

 うん! でも良いや
 楽しい事は一杯あるのは事実だから
 楽しい事を楽しくお教えしよう

 と、数年すると
 「人前で演奏したい」とおっしゃる。
 内心、辞めといた方が良いよ、と思う。

 人前で演奏する途端に
 「楽しい」じゃ済まされないから

 ほら!言わんこっちゃない
 自分の事で頭一杯。
 顔が険しいよ

 楽しそうじゃなければ
 お客さんの前に出ちゃいけない
 
 楽しそうにさせて上げる
 でも、曲は間違いだらけ
 フォローはお茶の子さいさい。

 楽しそうに満足げなのに
 「駄目出し」言わなきゃならない
 言えば「ムッと」するか「メゲル」
 う〜〜 なんなんだこれは!

 
 心の小箱の中身は
 「楽しいものだらけ」
 それでは音楽になりませんよ

 悲しみ、辛さ、苦しみ、切なさ
 慈しみ、哀れみ、優しさ、強さ
 弱さ、狡さ、賢さ、愚かさ、
 
 色々揃っていなければ
 音の彩り 深みも幅も
 あたかも色鉛筆のセットの様に
 
 もしかしたら 
 練習、 スキルアップ?
 で「自信を付ける」のだと???

 じゃあ酔っぱらったら演奏出来ないじゃん
 
 そりゃ「基礎」は大切
 揺らぎない「基礎」が在ってこそ
 感性は自由に舞い踊る。

 音楽の自信って
 気付いた時、感じた時に
 「これっきゃないっしょ!」って
 音を出せる事

 そして気付く事
 感じる事
 
 その時に
 沢山の色鉛筆を持っていると
 良い感じで受け応え出来る。

 白い画用紙に白クマを書く事も
 黒い色紙にカラスを書く事も
 色鉛筆が沢山なら「良い感じ」で出来るね
 
 「あっ白が無い!」「あっ!削ってない!」
 「えっとえっと、色が足りない」
 
 と、慌てる人はまだ良い方
 黄色、オレンジばかり使って音楽を
 楽しく自信満々に演る人も多い
 三〜四色? う〜ん 経費も節約、利が多い。
 分かり易さはノリ易さ ウケればさらにノリも良く
 とても賢い

 でも長くは続かないだろうね。
 チビたらケチ臭くなるだろうね
 でもどうにか誤摩化し続けられる
 お客さんは優しいからね

 心地良いものだけ入れた小箱
 狡い汚いものを隠した小箱
 
 盗られまい
 見透かされまい 
 と蓋に鍵を掛けた小箱

 勿体ない

 箱の外側に、ラメ? ビーズ?
 包み紙に凝ってみました?
 うん!綺麗だね

 でも伝わって来ないよ
 「そこに在ってそこで綺麗なだけ」
 
 あらら、もしかしたら
 汚い物ばかりを隠している?
 あっ! 箱ごと捨ててどうすんの

 心を入れる容れ物が無く成ってしまう
 心を失って「付いて行きます」ったって 
 傀儡じゃあるまいし。

 ほら、心が籠ってないじゃん
 目が空ろじゃん

 「その蓋の鍵を開けてさ」
 「貸してご覧!」

 と手を差し伸べた途端.......................。

 パンドラの箱の教えを忘れてはいけません

 とんでもないしっぺ返しを受けますから
 

 心の小箱
 沢山の色をしまってある人

 そんな人に限って
 遠慮深い 本当の意味で「自信が無い」
 とっても優しくて 温かくて
 
 本当の意味で「弱い人」
 人前で演奏する事も無ければ
 必要も無いのかも知れない。

 でも、本当は、そんな人の音を
 是非、聴いて欲しいものです。
 

 でも、無理に励まして、自信を着けさせると
 何時の間にか、悲しい色、寂しい色、切ない色
 「弱い色」を捨てていたりする

 悲しいなぁ


 5月8日(火) 真っすぐな心
 


 真っすぐな心
 あなたに向かってず〜っと真っすぐ
 何時かは届くと信じながら

 真っすぐな心の相方は
 何故か何時も揺れ動く
 
 まるでスペインの闘牛の様です。

 くたびれた所にブスっと一撃
 たまりません。

 揺れ動く心
 道は確かに一方方向
 でも揺れて揺れてフラフラです。

 走ってみたり、休んでみたり
 だいたい懸命に走っている
 走ると「揺れ」も気にならないから?

 揺れ動く心の相方は
 何故か何時もそこに在る

 優しい笑顔でずっと居る
 心配そうにずっと居る

 目を細めて温かく
 微笑みながらそこに居る

 揺れ動く心は大変だ
 無理して走ってクタクタだ
 何処かでこっそり休みたい
 
 いやいやもっと走りたい。
 通り過ぎたらごめんなさい


 5月8日(火) 空港 -2
 


 何故 空港は切ないのか?
 港は何故に慈しいのか
 駅は何故に懐かしいのか?

 海は世界に繋がっている
 海は全ての生き物の羊水でもある

 線路は街に繋がって
 故郷の山河をすり抜ける

 空も世界と繋がっていて
 街にも故郷にも繋がっているけど

 天国にも繋がっていて
 昔と未来とも繋がっている

 人は海から生まれ出て
 湯気の様にふらふら生きて
 やがて空に消えて行く

 ベンガル地方のスーフィー系の歌
 「小鳥」を魂に例えていた

 籠の中の鳥は、何故に飛び立ってしまったのだろう
 うっかり扉を開けたからか?

 
 小鳥は天空を自由に舞って
 意外に幸せなのかもしれない

 地を這いずる私達も
 どうせ湯気の様ならば
 早く小鳥に成りたいものだ
 早く「彼方」に行きたいものだが

 お腹も空くかもしれないし
 休みたくなるかもしれないし

 荷物が多くて飛び発てない
 心が重くて飛び発てない

 

 重たい心で飛び発っても
 重く湿った水蒸気
 雲となって雨となって

 どうせこの世に舞い戻る。

 

 何時かは行くだろう空を見上げて
 雨を受けて根を生やし 
 大地に根ざして生きましょう

 あなたの心の重りの正体
 それは愛かもしれないし


 5月8日(火) いま 生きているといくこと
 


  いま 生きているということ
  誰かを愛していること   誰かに愛されていること
  誰かに嫌われていること  誰かに恨まれていること

  いま 生きているということ
  誰かに心配かけていること 誰かを心配していること
  誰かを思い出す事     誰かに思い出されていること
 
  いま 生きているということ
  やりたい事があること   やりたい事が出来ないこと
  やらなきゃならない事があること ないこと

  いま 生きているということ
  やる気がみなぎっていること やる気が湧かないこと
  夢が大きく膨らむこと    夢が見事に壊れること

  いま 生きているということ
  人に思い遣られること    人に理解されぬこと
  人に沢山誉められること   人に散々けなされること

  いま 生きているということ
  楽しい事が沢山あること   楽しい事がちっとも無いこと
  悲しい事がいっぱい在ること 悔しい事がわんさか有ること

  いま 生きているということ
  素敵な想い出が一杯在る事 悲しい想い出がどさっと有ること
  行きたいところが沢山あること 独りでじっとして居たいこと

  いま 生きているということ
  世の中がとっても心配になること 自分の回りが心配なこと
  明日に向かって涙を拭くこと   明るく頑張ろうと思うこと

  いま 生きているということ
  失わないと分らないこと    失ってみて分ること
  痛みが人に理解されないこと   人の痛みが分かること

  いま 生きているということ
  人の狡さが怖いこと     自分が狡くなれないこと
  人に理解されないこと     人を理解出来ないこと

  いま 生きているということ
  自分の弱さが悔しいこと    人の強さに負けること
  優しさに嬉しく涙すること   冷たさに悲しく涙すること

  いま 生きているということ
  沢山の笑顔に迎えられる事こと 思わず笑顔で応えること
  沢山の感謝を貰うこと     沢山の期待を背負うこと

  いま 生きているということ
  赦されたいと思うこと    許したくないと思うこと
  忘れてしまいたいと思うこと 忘れてはいけないと思うこと

  いま 生きているということ
  生きることが楽しいこと   生きることがつらいこと
  先の道が見えないこと    振返ると道が見えること

  いま 生きているということ
  小さく静かに生きたいと思い 小さく静かに逝きたいと思う
  大きく元気に生きたいと思い 大きく派手に迷惑をかける

  いま 生きているということ
  ずっとずっと困っていること 自然体になれぬこと
  悩んで考えて失敗すること 反省しても懲りぬこと

  楽で楽しくて心地が良いのは もしかしたら天国ですか?
  
  いま 生きているということ
  誰の為だか分らないけど 役に立つのか分らないけど

  死にたくない訳じゃないけれど

  毎年ひとつ歳を摂る。
  
  
  
 ★ 4月の「朗読と民族音楽の夕べ」

 毎回最後に西島先生がお読まれる谷川俊太郎さんの詩を自分風に書いてみました。谷川さんの詩を聴きながら、バックでず〜っと民族音楽を演奏するのです。色々想いながら........。
二年毎に今年で四回目でした。

 注)タイトルだけ同じで、谷川さんの詩とは違います。


 5月11日(金) 後ろ姿
 


 四歳だった私の娘の手を引く私の母
 米粒になる迄見送った。
 結核の手術で曲がった背中が辛くて 
 ず〜っと見ていたのは初めてだった。

 母が店の階段から落ちて入院した。
 民族音楽の店を手伝う様になって
 店の運営資金に家を手放して
 生き甲斐のピアノを諦めていた

 ヤマハ音楽スタジオに一緒に行って
 母のピアノを十年振りで聴いた後
 とても嬉しそうだった母を駅で見送った
 その数十分後の出来事だった。

 母の入院中、保育園の送り迎えをした。
 自転車の後ろに乗せた娘のあまりの軽さに
 「落としたか?」と思って
 五分毎に「大丈夫?」と振返った。
 
 娘は憶えているだろうか。

 
 小学校の時、最初で最後 たった一回
 父が授業参観に来てくれた
 給食の時間が始まったが 校舎の外れの図書館に走った
 米粒になるまで見る事が出来た
 
 父はそれを知っていただろうか。

 
 ず〜っと ず〜っと 見送っていた
 振り向いて欲しかった訳ではなかった

 なのに

 知ってたよ  って言われると

 ありがとう  って思う

 それだけで 充分 って。

 ありがとう


 5月14日(月) 母の日の想い出
 


 小学校一年生の時 
 思えば最初の作詞作曲

 母の日って 嬉しいな
 月〜も出たよ 星〜も出たよ
 僕たちも 星の様に 光ってる〜 

 妹と二人で 合唱のプレゼント
 原っぱで摘んだ粗末な花束
 ぐちゃぐちゃの字のカード

 毎年決まりの母のお返しは
 カレーとショートケーキ
 あの頃はバタークリームの苺ケーキ

 遥かに豪華なお返しでした。
 母の為の日だったのかなぁ
  

 国が決めた祝日やらバレンタインデー
 ホワイトデー
 押し付けられた記念日が嫌な人
 分かります

 でも、記念日とか祝日とかが無いと
 「ありがとう」を言わずに過ぎてしまったかも
 考えずに、気づかずに過ぎてしまったかも

 平和な時代、のどかな時代
 悩み無き年齢 天真爛漫

 マイミクさんの半数が女性でその半数以上がママさん
 昨日はどんな一日でしたか?


 5月21日(月) 幾つかの椅子
 


 電車のシートじゃないのだから
 「椅子取りゲーム」じゃないのだから
 「空いてたから座ったまで」
 そんな訳にはいかないよ。

 その椅子は、お客様用
 おもてなしも致します
 
 その椅子は、お友達用
 くつろいで下さいませ

 その椅子は息子用
 跡取り息子は居ないけど

 その椅子は仕事用
 気合いの入る椅子だから
 気楽に座って欲しくない

 その椅子は更に特別
 自分さえもまだ座れない

 5月21日(月) 悪口 善口
 


 あなたが語る
 人の悪口 人の善口

 善口言っても分ります。 
 信頼しきれていない様
 信頼しようとしている様
 自分に自信がない様や
 自分に言い聞かせようとしている様

 悪口言っても分ります。
 ほんとは好きを隠す悪口
 疑い誤摩化す卑怯な悪口
 嫌いになろうとしている悪口
 嫌いになりきれない心の現れ

 
 悪口、善口言いたく無い
 と言うよりも 言えません。

 巷で言われる、悪口 善口
 所詮は態度や、思考や、生き方
 そんなもので人は計れない
 
 そんなものはある意味「型」
 その人自身を意味していない。
 その人が選んだ「型」に過ぎない。

 そもそも語るあなた自身
 その物差しは真っすぐですか
 目盛は細かく正確ですか

 それでも問われる事がある
 曖昧言えぬ時もある

 好きなんですね? と言われれば
 それは違うと言わざるを得ず
 嫌いなんですか?と言われれば
 それも違うと言わざるを得ず

 どうしてですか?と訊かれれば
 感性違う人には分ってもらえないと思っていても
 どうにか伝えようとしてしまう。

 聞いた人が心地よければ
 言った言葉は善口ですか?
 聞いた人が不愉快になれば
 言った言葉は悪口ですか?

 言われた本人が心地よければ
 言った言葉は善口ですか?
 言われた本人が不愉快になれば
 言った言葉は悪口ですか?

 そんな人には絶対会いたくないものだ
 そう感じさせるほどの不愉快な悪口

 人それぞれ色々だね、と感じさせる程度の
 素敵な人 立派な人 優しい人

 会ってみたいな と思わせるほどの
 素敵な善口 綺麗な描写 心の伝達

 色々あるかもしれないけれど
 語られた人はどうでも良いかな
 むしろあなたの心が分る
 

 悲しい事や 辛かった事
 悔しい事や 歯がゆい事
 やむなく語った出来事さえも
 
 よっぽど愛していたのですね!
 そんなに素敵な方なのですね!
 とか
 それほど大事に思っていたのですね!
  今でも心配、想いがあるのですね!
 と言われる。

 悪口言った筈なのに

 5月21日(月) もし自分が自分の子どもだったら

 


 自分は自分をどの様に躾け
 自分は自分をどの様に叱り
 自分は自分をどの様に庇い
 自分は自分をどの様に愛し
 自分は自分をどの様に守る

 自分が自分を叱る時
 あなたはどうやって叱ってますか

 愛を持って叱っていますか
 期待を持って叱っていますか
 我慢しながら叱っていますか
 許す気持ちで叱っていますか
 赦さぬ気持ちで叱っていますか

 怒りを込めていませんか
 悲しみこめていませんか
 嘆きを込めていませんか
 感情に溺れていませんか
 諦め気分じゃないですか
 
 中途半端じゃないですか
 甘やかしてはいませんか
 逃げ道作っていませんか
 逃げ道塞いでいませんか
 マンネリしてはいませんか

 そもそも怒りと叱りの違い
 きちんと判ってしてますか

 そもそも躾と指導の違い
 そもそもけなしと戒めの違い
 そもそも反省と後悔の違い

 判って叱っているのでしょうか

 自分が自分を励ます時
 あなたはどうやって励ましますか

 厳しさ持って励ましますか
 期待を抱いて励ましますか
 
 甘やかしてはいませんか
 狡を許していませんか
 言い訳許していませんか
 何かと比べていませんか

 そもそも自分で自分のことを

 叱り励まししてますか

 そもそも自分が自分の子どもと

 思った事はありますか


 5月21日(月) 風林火山
 


 自分は自分をどの様に躾け
 自分は自分をどの様に叱り
 自分は自分をどの様に庇い
 自分は自分をどの様に愛し
 自分は自分をどの様に守る

 自分が自分を叱る時
 あなたはどうやって叱ってますか

 愛を持って叱っていますか
 期待を持って叱っていますか
 我慢しながら叱っていますか
 許す気持ちで叱っていますか
 赦さぬ気持ちで叱っていますか

 怒りを込めていませんか
 悲しみこめていませんか
 嘆きを込めていませんか
 感情に溺れていませんか
 諦め気分じゃないですか
 
 中途半端じゃないですか
 甘やかしてはいませんか
 逃げ道作っていませんか
 逃げ道塞いでいませんか
 マンネリしてはいませんか

 そもそも怒りと叱りの違い
 きちんと判ってしてますか

 そもそも躾と指導の違い
 そもそもけなしと戒めの違い
 そもそも反省と後悔の違い

 判って叱っているのでしょうか

 自分が自分を励ます時
 あなたはどうやって励ましますか

 厳しさ持って励ましますか
 期待を抱いて励ましますか
 
 甘やかしてはいませんか
 狡を許していませんか
 言い訳許していませんか
 何かと比べていませんか

 そもそも自分で自分のことを

 叱り励まししてますか

 そもそも自分が自分の子どもと

 思った事はありますか