diary 2006 November

 音楽活動のご報告
 猫さん達との日々
 
 Music & Life
  考えたこと 9月〜11月


 音楽活動のご報告

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 11月1日(水) 小倉NHKに出演
 

  11月1日(水) 小倉NHKの夕方の生放送番組に出演しました。
2006年6月に福岡市NHKに出演した「福岡一番星」の北九州版の番組で、お世話になっている西小倉の音楽スポットKate-Musicさんの12月の音楽イベント「ライブモーション2006」の告知にパーカッション奏者カルロス高橋君と協力した次第です。

 若林忠宏の小倉教室の生徒さんも発表演奏し、若林の楽団で、小倉生まれの福岡育ち「民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Wind」もゲストで呼んで頂く事になっています。

イベントの内容は次の通りです。 どうぞ宜しくお願いします。

●「ライブモーション2006」
●開場15:30/開演16:00
●会場 SumixHallEsta(スミックスホール・エスタ)
   福岡県北九州市小倉北区許斐町1番(ハウジングパーク小倉よこ)
    093-583-3850
●料金
一般・・・前売2500円/当日3000円(いずれも1ホットドッグ・1ドリンク付き)
     小学生・・ 〃1500円/当日〃2000円(     〃        )
     未就学児・・無料(飲食は実費)
●出演 
ケイトミュージックのピアノ、ウ゛ォーカル、ベース、民族音楽、各科のレッスン生
と講師
    【ゲスト出演】Maghreb-Wind、'S Wonderfuls、AID-Band

●チケット販売 ケイトミュージック 北九州市小倉北区大門2-3-6 093-561-8314
                   http://www.kate-music.com
●問合せ よか音(オト)ぴあ北九州 柴田090-7168-1508

 11月1日(水) インド音楽合奏団 2nd-LIVE
 

 11月1日(水)は、2006年1月から始まった「Dai-ko-Sor(お兄さんの音)=若林忠宏のインド音楽を福岡で聴く会」主催の「Raga-Mala:若林忠宏インド音楽コンサート」の第六回目。
 1月3月5月7月9月と行ってきて、7月は来日インド人演奏家との共演。9月からは若林の福岡教室のお弟子さんとの楽団「インド音楽Ensemble:Genda-Mala」での出演です。
 会場は、繁華街天神にほど近い警固・上人橋通り「ネパールレストラン:マイティガル」
この日若林は、小倉NHK生出演を終えて新幹線で急行、7:00本番の40分前入りで下が、民族音楽センター福岡の頼もしいStaff、パーカッション奏者の篠原渉馬君、DJ演奏者の相川洋平君、タブラのお弟子さん田部洋介君達が夕方から現場準備に入ってくれていました。
 お客さんも彼らの友達がたくさん来てくれて、御陰さまで温かなマイティガルらしい雰囲気で行われました。

 11月4日(土) 吉祥寺教室やっと再開
   春から始まった吉祥寺の民族音楽センター本部の楽器移転プロジェクト。厳密には計画と準備は丁度一年前からですが、吉祥寺内での引っ越しも急遽迫られて、かなり過酷な状況が続きました。
 吉祥寺教室の生徒さんには、春以降レッスンの度に楽器梱包を手伝って貰い、夏以降はレッスン日以外にも有志に来て貰ってかなりの大作業でした。公称2500の楽器は3000を優に越えていて、梱包すると量が倍増し大変でした。
 10月21日にやっと自宅教室が再開しましたが、九州出張などもあって臨時タイムスケジュール。この11月4日/5日をもってやっとレギュラータイムで復活しました。

 この間、当然のごとくモチベイションが下がって休退学の方も数名居ますが、それでも九割以上の生徒さんがまだ「瓦礫の山」的な自宅に通ってくれて、充実したレッスンが始まった事は嬉しいと同時にホッとしました。
 11月23日(木)には4年振りで「教室発表会」が行われます。
 今月からその為のリハーサル練習も始まり、新入生、東京音大講座秋開講とも重なり、東京での活動の「再出発」。
  充実の気運が感じられます。
 11月7日(火) インディアン・サイケデリック楽団MISRAM定期LIVE始まる
   九州 福岡には在福のアジア人の方が意外に多い地域です。
 行政の福祉も若林の印象では全国トップクラスの理解と努力が見られます。その中で九州人と結婚された方や、東京大阪でも仕事をしましたが、九州が好きで移転したという外国人が経営するお店が少なく有りません。
 びっくりしたのが、東京でもこの数年でやっと数件出来た?というネパールレストランが繁華街天神周辺だけでも三件もあるのです。しかもいずれも20年選手ばかりです。
 昨年の今頃、若林のインド音楽の定期演奏の場所として場を提供してくれたのが警固のマイティガルさん。奇数月にライブを催しこの11月で今年最後の六回目を温かく迎えました。
 
 今年のアジアマンスの演奏の前、お店の開店が有るのでリハーサルの音だけでも、と聞いてくれたのが高砂のネパール料理&Barのアショクさんご夫妻。その際に「是非私の店でも演奏を!」と言ってくれました。
 ほぼ同時期に「定期演奏を!」と言って下さったのが、薬院駅に近い所と赤坂にネパールレストランをやってらっしゃるご夫婦。若林の演奏を聞いたのは一年前のアジアマンスの市役所西広場に遡るそうです。

 一気に福岡ネパール人協会さんと近しくなりましたが、「熱し易く冷め易い」と言われますが、民族音楽に関しては「じわじわ」っと浸透して行く様な感じです。

 半月ほど前に、スタッフの篠原君と打ち合わせにお邪魔して、いろいろ急遽決めて本番の日を迎えたのが、高砂の「Ashok`s-Bar」
 数年前に移転したというそのお店は天神から真っすぐ下る渡辺通りとかつて電車道だった城南線が交差する辺り。西友系のサニーの裏手の商店街「サンロード」にあります。
 なぜ細かく書いたかと言いますと。
 サンロードと言えば吉祥寺の目抜き通り。それが五日市街道とぶつかる辺りの西友が見える所が若林の吉祥寺の家だから。
 一年前から「サンロード」が気になっていたのですが、やっぱりそこで演奏する運命でした。

 やっぱり、というのは一年半前に出会って、福岡に行く度に色々な所を案内してくれるお友達が居まして。その方と行くと何故か必ずそこで演奏する運命なのです。
 車で通りかかった際に、私だけが気になって眺めた場所でも。
 サンロード商店街に、ネパール料理のお店があるなど知りませんでした。運命的です。

 アショクさんは「是非インド音楽を!」と言ってくれましたが、インド音楽は警固MAiTHiiGHARで定期的に演奏させて頂いているので、 この秋のアジアマンスでデビューした「インディアンサイケデリック楽団MISRAM」をお願いする事にしました。
 MISRAMは東京で1980年デビューの楽団ですが、東京ではメンバーが皆会社の重鎮になってしまって休止中です。
 アジアマンスでは、ネパール楽団、インド舞踊団なども招聘されていましたので、若林はインド音楽、アジア音楽をベースにしたフュージョン音楽を担当しました。

 百貨店が 午後3:00に閉店するほどの、あいにくの記録的な暴風雨を伴う颱風13号によって中止と成ったイベントが多かったアジアマンスでしたが、MISRAMの枠は大丸イムズ、キャナル・シティーの晴れ舞台で、若林楽団Maghreb-Windと友人楽団CICCAROLL、Megaloveの歌姫の協力を得て、けっこう華々しいデビューを飾りました。

 その後、レギュラーメンバーはインド音楽アンサンブルGenda-Malaと掛け持ちなので、MISRAMとしての活動が先細る心配があったのですが、ギタリストの亮君がなかなか良いキャラとノリの素敵な青年なので「遊ばせておくにはもったいない楽団」でした。

 なんと今回、ネットコミュニティーのmixiを通じて、若林楽団のライブを観て感動したとメッセージをくれたドラマー梨果ちゃんとベース梶原君が、本番三日前に加入が決まり、前日にリハーサルをして本番、見事になかなか良い演奏をしてくれました。
 11月8日(水)   福島県 東白川農商高校 芸術鑑賞教室で演奏
 
東北新幹線、新白河駅から一本道を
30分走り続ける。


すると「来て良かった!」と思わせてくれる、広大で長閑な景色。


前半のインド音楽演奏

★後半の写真ぶれちゃってました。
金子さんごめんなさい。時間掛かりますが、届いたら動画から持って来ますね!




先生達は「タモリ倶楽部」「題名の無い音楽会」見ててくれて 。楽しみにしていてくれました。

 11月8日は、早朝に福岡を出て飛行機で羽田、そして東京駅から新幹線で福島県新白河、そこからタクシー七千円の距離ですからそこそこ遠く。棚倉町の東白川農商高校へ。

 『芸術鑑賞教室』に呼ばれて、インド音楽とアフリカ太鼓、インドネシア竹楽器を紹介して来ました。
 白河は、福島県の南端ですが、那須高原からの山風で冬はかなり冷え込む地域。
 ところがこの日は、地元の方も「珍しい」と言うほどの暖かな「小春日和」
 会場は、回りに里山が見える小高い丘の上にある「棚倉町文化センター倉美館」

 高校から近いのかしら? 生徒さん数百人はばらばら歩いて集まって来ました。
 そこで「こんにちわ〜!」と声を掛けたのも打ち解ける良いきっかけだったかも。

  東白川農商高校の音楽の先生は、若林がこの数年
「民族音楽研修会」をご指導している福島県県南の高校音楽研究部会のメンバー。
  若い先生とは言え西洋クラッシック音楽一辺倒の方が多い音楽教員にあって、「民族音楽研修会」の影響で西アフリカ太鼓ジェンベを買ってしまったほど民族音楽好きになられた方。

 「鑑賞教室」は年一度の全校生が集まる大きな催しでしたので、メンバーも4,5人求められました。若林が九州からだったにもかかわらず、東京からスタッフメンバーの竹ちゃん、この数年、特に来る教室発表会では幹事で頑張ってくれている尾澤里美さんが、友人を連れて来てくれました。

 吉祥寺民族音楽センターの4,5名のスタッフは皆民族音楽10年15年のベテラン。 皆本業の重鎮にあり、平日の招集は大変です。今回、尾澤さんの友人でフラメンコを学んでいるパーカッショニスト実習生、金子さんが平塚から駆けつけてくれました。

 もうすっかり高校生コンプレックスが解消して、ここ数回は何処に行っても伸び伸び楽しく。
コンプレックスと言うほど大袈裟なものではないのですが、天真爛漫でも純粋な小学生を前にする方が多かったので、シャイで引き気味の高校生は初め苦手っぽかったのです。
 2006年6月以降は、福島県棚倉高校、神奈川県藤沢工業高校とむしろ高校が多い年でした。

 棚倉高校も、音楽の先生が若林の「民族音楽研修会」のメンバーであったことからの招聘でしたが、棚倉高校と東白川農商高校、棚倉町を代表する二校は、今の一年生が卒業する春に「合併」となります。
 奇しくも私は、両校の最後の三学年に民族音楽を紹介したのです。

 鑑賞教室という性格もありましたので、90分の冒頭はインド古典音楽を30分近くじっくり聞いて貰いました。

 「小春日和」の午後一番ですから、生徒さんはみな心地良さそうにインド音楽のα波に浸っていました。
 後半は尾澤さんのパーカッション、金子さんのカホン、竹ちゃんのジェンベで吹奏楽部、野球部そして先生数名にステージに上がって貰ってノリノリのセッション。
 コーラス隊の先生と生徒さんに「先生の専門は?」「数学です」とかマイクを通じて掛け合いした時、いかつい三年生野球部の二人が「体育教員です!」「道徳教員です!」って答えたタイミングの良さに会場大爆笑!
 あらかじめ、S先生が「吹奏楽部」と「野球部」に声を掛けてくれていました。思えば、会場に一番早く来たグループが彼らだった。会場でのリアクションも良かった。
 小学生ですと事前に言うと緊張したり、期待し過ぎたり。なるほどなあと勉強になりました。

 
 トラッドな民族音楽もじっくり、楽しいコミュニケイションもたっぷり。
温かな気持で長閑な棚倉の街を後にしました。
 


 11月10日(金) 東京音大社会人講座2006後半 開講
   11月10日(金) は東京音楽大学付属民族音楽研究所で年数回行われる「民族音楽社会人講座」の2006年後半がスタート。今回も3クラスで50名弱の大盛況。
 リピーターさんもたくさん居て、嬉しいスタートです。
 11月12日(日)  代々木の保育園で演奏
     11月12日(日)は、お友達のヤマヨシ一家にお招き頂いて、代々木の保育園にアフリカ音楽の演奏に行きました。
 一昨年、東京音楽大学付属民族音楽研究所「民族音楽社会人講座」に一家三人で参加された時からのご縁。このホーム・ページの日記にも何度もご登場頂いています。
 ヨシ君のジェンベをみんなで楽器屋さんに買いに行ったり。代々木の家で飲み会兼ねたレッスンをしたり。吉祥寺の「飲み会ライブ」に来て貰ったり。僕は、若いのに気骨のあるヨシ君との通い合いと、東京音大ではまだ「日本語」を話さなかったJr,の成長、そしてビールと奥さんのゴボウ炒めご飯のおにぎりが目当て。
 今年はなかなか遊びに行けなかったので、今回のお誘いはなんとしても、とスケジュールを調整しました。
 福岡ですと、吉祥寺〜渋谷迄の距離でほとんどのお友達に会えてしまいますが、東京ではお友達と言えども、年に一回会えるかどうか。
 お天気も良く、地域の人々が笑顔で力を合わせて「祭り」を作っている。その現場にゲストで迎えられて。なんとも光栄な事です。
 都会の子どもですから、こまっしゃくれた子も居て、悪ふざけっぽく太鼓を叩いてみせたり、僕の頭を叩いてみたりしますが。だんだんと優しい気持になって来て、最後は声を張り上げてアフリカの歌を合唱してくれました。
 11月17日(金)  九大芸工学府学園祭−1
     11月17日(金)は、九州大学芸工学府学園祭に出演しました。
楽団は「民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Wind」久々にBassのワタルさんとジェンベのアジ君が揃いました。サポートギタリストは、CICCAROLLの面々が都合が合わず、MISRAMのギタリスト亮君が手伝ってくれました。
 その日の雰囲気はアジ君がネット・コミュニティーに良い感じで書いてくれているのですが、会員制だからご紹介出来なくて残念です。

 翌日の雨ほどのダメージは無かったですが、前回メンバーが揃った「太宰府祭り」が秋晴の温かさだったことを思い出すと。季節の移り変わりにライブが置いて行かれた感じでちょっと寂しい気もしました。

 でも久々にアジ君の笑顔と悲鳴を聞けて良かった。
悲鳴とは? 
 何時も若林が本番直前に新曲やら新しい趣向を言い出すのに対しての
「ほら出た〜!!」の悲鳴です。

 百戦錬磨のワタルさんは、さすがに悲鳴を上げません。 その代わり
アドリブ、奇想天外、予測不可能、ノリノリの即興の後に「ブクブク、蟹になってしまう」とおかしなことを言います。

 11月17日(金)  東京、名古屋から演奏家が福岡に
     11月17日(金) 芸工大学園祭の後は、大急ぎで薬院一丁目のスペイン料理店
「イビサルテ」へ。
  ここも一年前にお友達と行って「いつかここでも演りたい」と言っていた所。
名古屋から福岡に拠点を変えた民族楽器演奏者のおーちゃん、と
東京国分寺のライブでおーちゃんを引き合わせてくれた「倍音s」の尾引さんとの
トリオ・セッション。

 東京と名古屋のミュージシャンが福岡で再会でした。

 11月18日(土)  九大芸工学府学園祭−2&3
     
 11月18日(土)は九州大学芸工学府学園祭二日目。
「インド音楽」純古典音楽での出演でした。

 雨にもかかわらず、傘を差した聴衆がぞろぞろ増えて。
後で聞けばすこbぐる評判も良く。
さすがに九州1の、いや全国でも有数のマニアックな大学と実感致しました。
 なにしろ、若林が高校時代に新進気鋭の芸術大学として名を轟かせていた大学。
1968年設立ですから、初の卒業生を出したばかりの頃でした。
 都立豊多摩高校軽音楽部の一番可愛がってくれていた先輩が入学し、若林の相棒で日本初のタブラ奏者のM君も目指していた程。
 2003年に九州大学に併合されて、法律上は芸工大という名前は無くなったのですが、
「九大卒」「芸工大卒」の両方を文科省が認めているユニークな状況の様です。

 福岡教室も一年を過ぎました。 インド音楽太鼓タブラの一番弟子
篠原君、田部君も頼もしくなりました。
 芸工大院生のお弟子さん相川君のインド・ハンドシンバル(マンジーラ)が良かった。
あんなノリノリのマンジーラ、インド以外で見たのは初めて。
 背中に螺子でもあるのか? 楽しそうでした。

 校舎に囲まれた中庭に作られたフライパンというステージ。
サイトの写真を見ますと「フライパン」の意味が分かります。
 そこで演奏した後、小一時間後、校舎内のライブスポット模擬店で
「インド音楽ワーク・ショップ」

 ここでもマニアックなテーマがびっしりとハマりました。
さすが芸工大です。

 インド音楽演奏者としてのプロデビューの頃
一瞬「自分もいずれは芸工大目指すか?」と思っていた大学に、
35年目にして学園祭出演。感無量でした。

 学祭スタッフのみなさん! ありがとうございました。
また是非来年!!

 11月18日(土)  MISRAM-LIVE 博多音成り屋
     
 11月18日(土) 芸工大学祭出演の後、またも大急ぎで西鉄電車一駅分離れた
大楠のライブスポット「博多音成り屋」さんへ。
 博多をこよなく愛する気骨ある大将と、音楽と家族をこよなく愛するママさんがやっている素敵なお店です。

 宣伝期間が一週間無かったのでお客さんは少なかったですが、
インディアン・サイケデリック楽団MISRAM2結成四回目のライブ。
三回目から新規加入のドラムの嶋田梨果さん、ベースの梶原貴之君とギターの亮君の四人でノリノリ。ショッキングブルーのシタール曲は「こんなに良い曲だっけ?」というほどブルージーにシャウトしてしまいました。
 ママさんがR&Bっぽい歌手さんだからでしょうか?

 ありがとうございました。

 11月19日(日)  披露宴でインド音楽
      11月19日(日)も嬉しい掛け持ち演奏。
夕方に現場入りしたのは、7月末の「民族音楽センター九州一周年記念イベント」
の初日を飾った福岡の若者の街天神にも近い、赤坂のスリランカ・レストラン
「ヌワラエリア」さん。

 アジア美術館のスタッフさんの結婚披露宴です。

 アジア美術館は、今年の三月に福岡市文化芸術振興財団のお仕事で舞踏家の山崎さんのワーク・ショップメンバーと共演した場所。
 これも「何時かここでもやりたいね!」とお友達と言っていた場所。
その後秋のアジアマンスでも演奏出来ました。
 そして今回は、大好きなお店で「年一回はやろうね!」と社長さんに言って貰っていたのが半年経たずに実現。
 しかもアジア美術館さんのご指名。 光栄です。

 リクエストは、インド音楽に加えてバングラデシ音楽
新婦さんがバングラデシで研修されたとの事でした。
 それなら太鼓タブラの相棒は田部君しか居ない!

 なにしろ田部君も来年三月にヌワラエリアさんで披露宴。
しかもフィアンセは今バングラデシで研修中。

 演奏が大盛り上がりで喜んで頂いた後に、その話しを新郎、新婦さんに言えば、
新婦さんが田部君のフィアンセを知っていて。すごいつながり!インシャッラー。

 11月19日(日)  アフリカ古ポップスLIVE
      
 11月19日(日)の掛け持ちのもうひとつは、親不孝通りが海方面に抜ける手前の
ちょっと外国っぽい感じのカフェle unionでの定期ライブ。
この日はギター弾き語りによる「アフリカ各地の古ポップス」

 ヌワラエリアさんの1stステージが7:45迄。タクシー飛ばして
8:00からle unionの1sステージ。 8:30にはまたヌワラエリアに向けて出発。
披露宴後半の盛り上がり、ブータン留学生の踊りのお手伝いとバングラデシ音楽練り歩き。そしてle unionさんにとんぼ返りで2ndステージ。

 le unionさんのライヴでは、篠原君のパーカッションに加えて、
植竹君のジェンベ。 
 民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Windのジェンベ奏者アジ君の弟分。
残念ながら年内で鹿児島の郷里に帰ってしまうので、機会あれば引っ張り出して
現場修行。

 前日も急なお誘いにもかかわらず来てくれた、塩津さん、若林の造園の師匠飯田さんも連ちゃんで来てくれて。先月も来てくれたお客さんがまたきてくれて。
アイリッシュのお店を紹介してくれて。嬉しい限りでした。
 ありがとうございました。

 le unionの12月は、いろいろイベントめじろ押しなので
「若林忠宏定期ミニライブ」はお休みです。

また来年宜しくお願いします。

 11月20日(月)  小倉でアラブ音楽
     
 11月20日(月)は、西小Kate-Musicさんでの「若林忠宏ワーク・ショップ&ライブ」
今回は「アラブ音楽」が一年ぶりに廻って来ました。
 11月22日(水)  MISRAM-LIVE 
      11月22日(水)も嬉しい掛け持ちライブでした。
当初は三つ掛け持ちの希望が、叶わず。

10:00出番のインディアン・サイケデリック楽団MISRAMと
深夜12:00出番のエスノエレクトロニカ・コラボ楽団Qadam-Beat

インディアン・サイケデリック楽団MISRAMは、11月に入って怒濤の勢いの5thステージ。新規加入の二人も立て続けの三回目でした。

 この日は、京都からお友達のアフリカ楽団「ぺせぺせ」のリーダー サトミさんが飛び入り。 佐賀の親戚を尋ねるついでに若林に師匠が日本公演で使ったジェンベを持って来てくれました。ついでと言ってもソロ用の大型。堅木がずっしりと重い。
女性にはハードな荷物です。

 11月22日(水)  深夜のライブ
     11月22日(水)の深夜、
エスノエレクトロニカ・コラボ楽団Qadam-Beatのライブも
MISRAMと同じクラブイベントの中での出演でした。
主催者アリ君はMISAMの後「いや〜! 若林さんQadamしかしらなかったので、えらいポップなんでびっくりです、でも良かった!」と言ってくれてましたが、
Qadamの後は「やああ! やっぱりQadamはQadamですねぇ」「仲間のみんな、あまりに斬新でコメントの言葉を失ってましたが『あの人達ヤバイ』と口を揃えてました」の感想を貰いました。
 11月23日(木)  吉祥寺教室発表会
     11月23日(木)、福岡から羽田に着くなり広尾のCafe-Frontierへ。
11月30日から始まる「若林忠宏民族音楽小紀行」
定期ライブの会場にご挨拶です。

 JICA青年海外協力隊の「地球ひろば」が企画するエスニックレストラン
とっても良い雰囲気。良いシリーズが期待出来ます。

夕方に吉祥寺に戻ると、教室の面々は吉祥寺各地のスタジオで自主練。
6:00から準備で6:30開演。四年ぶりの民族音楽センター教室発表会。

四年前と同じ場所。昔からのファンは「羅宇屋が懐かしい」と言う

 幹事のコサトさん、五十嵐君が頑張ってくれました。
今や長老の域の新井君もPAに汗して。ありがとうございます。
コサトさんのご両親も来てくれました!
四年前、入学直前に三人で来てくれた発表会。それが幹事、司会、そして上級生として演奏。お父さんも感無量。なんとお父さん50の手習いで最近ギターを始めたとかで。 お友達のお店でのイベントのお話を誘ってくれました。
 お母さんが僕と同い年。お父さんはちょっと上で、おとなりの中学。
あっ!僕の中学の先輩の随筆家でタブラのお弟子さんのマッキーさんを紹介するの忘れた。中学の同級でパーカッションの生徒さんは紹介したのに。宮前中OBが三人。(ほんとは四人で一人欠席)西宮中が一人。松ちゃんは阿佐ヶ谷?
えらく地元な集いでした。

 春からの引っ越しで本家本元吉祥寺も激動の日々。
来年早々の新バンド活動や、広尾での定期ライブ。教室の新たな発展の時期を迎える為にも、在校生の楽しい笑顔と、勉学の充実が支えです。

 嬉しい夕べとなりました。

 お店にもみんなにも我が儘を言って。あっ!チャメにもかな?
数年、教室のマスコットボーイだったチャメ君を自宅庭の豪邸から引っぱり出して。
会場に。

 僕が出番の時は、五十嵐君、日比さんのお膝に久しぶり。
途中からは店内を自由気ままに徘徊。 僕のシタール演奏中は何度か
ステージを過って。

 甘えん坊のチャメ君。人々の集中している視線の先を良く分かっている。
そこに何気に来る所が素人じゃない。
さすがに幾つもの雑誌、TVの取材を受けて来ただけありました。

 Bloomoonのお二人。何時もお世話になっています。
チャメ君連れて来る我が儘ありがとうございました。
お肉料理しか残ってなかったからと、今日届いた
広島のおばあちゃんの特大牡蠣。ごちそう様でした!!
 今年はまたまたどでかくて、ぷりぷりで、美味しかった!!

 チャメ君もみんなに会えて、帰宅した後も穏やかで安心した まん丸笑顔でした。

 帰り際にお店の特等席のクッションの下に潜っていたのには みんな大爆笑。

 ほのぼの楽しい二日間。

 福岡&吉祥寺のお弟子さん、生徒さん。メンバー&お客さん。 ありがとうございました。

P.S.
 タブラのK君達も初演奏おめでとう! 
元はと言えば、K君が母校芸工大の仲間にワーク・ショップを告知してくれて
田部君や渡辺君と出会えて。吉祥寺〜大橋が繋がったのですから凄い事です。大橋で教室やらなかったら、油山バンドも出来なかった。
芸工大シンジケートのドン!K君にみんなで感謝!!
P.S.2
田部君!曲渕君(字合ってます?)もK君の彼女も今日見に来てくれましたよ!
芸工大が三人も!

 11月24日(金)  沓掛小学校で合奏指導
   
 11月30日(木)  東京定期LIVE再開
 

 


タブラ演奏者の尾澤さんはギターも中々の腕前。

 


急遽ステージ前に更紗席を作って。


第二部は突然タブラソロから。


最後はシェフも挨拶してくれて。

お店のスタッフも喜んでくれました。

写真は尾澤さんに頂きました。ありがとうございました。

 11月30日(木) 東京での定期ライブが一年半ぶりに再会しました。

場所は広尾:Cafe-Frontier。JICA「地球ひろば」関連のCafe&Restaurantで
エスニック調の店内には、ゆったりテーブル、椅子が置かれてとてもくつろげる場所。
 目抜き通りから一筋入った所なので、今迄のイベントはそれほど動員が無かったと。今回、主催者さんが宣伝頑張ってくれましたが、僕が現場に打ち合わせに伺ったのは11月中旬。そこで詳細が決まってからの動きでしたから、20人弱でも恩の字と話していました。

 ところがところが、現場に着いてみれば「すでに予約のお客さんで満席なんです」と嬉しい話し。
 最終的に、当日のお客さんもいらして、50数名の満席でした。

嬉しいお客さんがいっぱい。
 先日の赤羽橋でのライブを企画してくれた方、川越の音楽療法学院の教え子さん達、東京音大研究所講座の教え子さん達、昨年アラブ文化講座で演奏させてもらった時のスタッフさんは、大学の同窓生を誘ってくれて、中には25年前にお仕事をご一緒させて頂いた方、スペインから短期帰国の方まで!
 そして30年近くお世話に担っている五反田の民芸品輸入会社の皆さんは、社長さんまで直々に。メンバーの尾澤さんのフラメンコ仲間。先日福島に一緒に行ってくれた金子さん。昨年のアラブ音楽、来年のインド音楽のイベントを企画してくれる横浜市民音楽会の企画者さん。若林と九州を繋ぐ福岡芸工大卒業生さんとその教え子さん達。

 様々なつながりのお友達が、たくさん。

 それにJICAのスタッフさんや、お店もお取り引きの業者さん、ご常連さんにも声を掛けてくれました。 そのお陰の満員御礼。

 ありがたい事です。嬉しい「旗揚げライブ」になりました。

 東京でも「民族音楽フュージョン楽団TIKA」の結成準備が始まり、
高円寺のペルシアレストランでの定期ライブの企画も進行中。
 動き出すと、結果が出て来るものですね!

 否、今迄は動いても、あがいても中々動かない状況が続きました。
特に二三年前は、定期ライブを始めても中々定着しなかった。

 ところが、この一年半、福岡での定期ライブが発展するに連れて、東京のお弟子さんの動きが微妙に変わって来ました。

 今回の定期ライブの発起人さんもお弟子さん。
このままじゃ本家東京の民族音楽センターの名が廃る!
と奮起してくれたのです。

 二三日前、アフリカのザンビアからも嬉しい応援メールが。
元お弟子さんでJICAの職員さんが、通信でライブの事を知って喜んでくれました。
ライブの事は世界中のスタッフに伝わっているので、今後更に大きな広がりが生まれるかもしれません。

 国際協力、国際交流、国際理解の中心的な場所での定期ライブ。
願っても無い事です。「無国籍ではなく多国籍」の頑固さで流行に逆らって来たところがありましたが、それが報われるライブでした。

 今回初の試みが、一部では敢えてインド音楽をやらずに「ノルウェーの森」「グリーンスリーブス即興曲」「サマータイム」などの曲をシタールとギターで合奏。
楽器解説があってから、二部でじっくりインド古典音楽を。

 タブラ科上級の尾澤さんは、偶然若林と同じフラメンコギターの師匠に学んでいます。その四年の成果は中々のものでした。
 思えば尾澤さんの最初の手ほどきは民族音楽センター講師でありライブスタッフの新井君。 彼もギター件タブラ奏者。インド音楽とシタール演奏を熟知しているギタリストの伴奏。これも願ってもないありがたいものです。
 アメリカ遊学の際にカリフォルニアのインド音楽学校でも研修してきたシタール上級の仲丸さんも帰国したばかりなのに駆けつけてくれて伴奏弦楽器タンプーラを。

 初の試みプログラムは、お客さんに好評で。
耳が慣れた所で、遠慮なくインド最古のシタール流派の古くさいスタイルで演奏。
「一部二部甲乙付け難い」と喜んで頂きました。

 懐かしいお客さん、お世話になっている方々、可愛い教え子さん達、嬉しい仲間。そして新しいお客さん。 お店のスタッフの方々。尾澤さん、仲丸さん。
 発起人の山ちゃん!

  ありがとうございました。

 次回は1月26日「アラブ音楽」です。
 ステージ前の更紗席は好評でしたので、席の心配はございません。
アラブ・北アフリカの太鼓をたくさん持って来て、お客さんにも叩いて貰って砂漠のフェスティヴァルの感じも! 
 今回以上の盛り上げで新しいスタートに勢いを付けたいと思います。

宜しくお願いします。


 
   
 
   
 
   

 

 

 

 

 

 

 

 

   
 
 

 
 

   


 
   
   
 
   
   
 
   
   
 
   
   
 
   
   
 
   
   
 
   
   
 



 Music & Life  

 
 
 
 

 11月5 日(月) マカロニサラダ
   先日、博多のライブハウスにお弟子さんとご挨拶に行った。

 博多と言っても中央区との境。
でもそこにはバリバリの博多が有った。
 私がお世話になっている福岡出身のタレントさんとも親しい
マスターから博多弁と博多気質を学んだ。

 意気投合したマスターにビールとマカロニサラダ、お客さんから焼酎をご馳走になった。
 お店に入ってしばらくして「お食事は?サラダくらい入らんと?」
遠慮していたのが歓談の後「まあ食べんしゃい!」と出て来た。
 せっかく作った自慢の味。硬派に潜む可愛らしさが嬉しかった。

 びっくりした。
 そのマカロニサラダは私の母が民族音楽ライブスポットで20年出し続けた味とそっくりだったから。マヨネーズの酸っぱさは、砂糖の隠し味で調和され、玉葱の香りが食をそそる。

 このマカロニサラダの為だけでも「ここで演奏したい」と思った。

 その後、思いがけず博多っ子のきつい歓迎を受けた。
お客さんの一人にお弟子がからまれ続けた状況を、東京式にしか流せなかった事が失敗。
良くも悪くも学ぶ事の多い日だった。

 その焼酎は飲み残したらあかん! と言ってくれたマスターの言葉が嬉しかった。一気に飲み干した。

 博多っ子の友人が出来たのは初めてだった。

 不覚にも帰宅して爆睡。 
 6:00出が友人の電話で起きたのが9:00
1分で飛んで出た。下階に降りた所で友人の「なんで!」のメールで気付いた。 朝一で福島に行くのは翌日だった。

 自分の店では、何回か悔しさで塩気が増したマカロニサラダを食べた事があった。

 そっくりの味のマカロニサラダは二日酔いの翌日も美味しく舌の記憶に残っていた。

 

 

 11月25日(土) 東京の定期ライブ 再開のお知らせ
   2006年11月25日13:31 東京の定期ライブ再開です!!

 東京での「民族音楽定期ライブ」が久々に再開です。

 会場は、青年海外協力隊の広報スペース「地球ひろば」
関連のエスニックレストラン「広尾:Cafe-Frontier」
音響的にも、雰囲気も、そしてコンセプトも最適な空間です。

 第一回目は、若林忠宏が一番長く演っています、
北インド古典音楽シタール演奏と声楽、おまけがヒンドゥー讃歌、民謡etc.お客さんのリクエスト次第.......。

11月30日(木) 18:30会場/19:30開演〜21:00
charge¥700(oneドリンクoneフードのご注文が必要です)
当日はインド料理もご用意。お店のラストオーダーが9:00/ドリンクLOは9:30/閉店10:00なので終演後は追加オーダーにてご歓談、親睦会の感じです。
お問い合わせ、ご予約は
民族音楽センターchametabla@yahoo.co.jp

広尾:Cafe-Frontier
東京都渋谷区広尾4−2−24
アクセス:東京メトロ日比谷線 広尾駅 A3出口徒歩1分
地下鉄から地上に出て、道を渡りカフェドゥプレの裏側JAICA奥にあります。
電話番号:03-3400-5533/ファックス:03-3486-6432【予約はこちらでもOKです】

定期ライブの旗揚げです。宜しくお願いします。

   
 11月26日(日) 音楽やるっきゃないんだ!  (後輩の死を知らされて)
   2006年11月26日01:33 音楽やるしかないんだ!

 今日も不思議な一日でした。

朝、大好きなお友達から電話がありました。
まさかの様な台詞が幾つか............。

 そしたら遠くのお友達が、いつの間にmixiされていて。
早速マイミク登録のお願いをしましたら、2分で承認されて。
僕よりちょっと上の方。貴重な同世代のマイミクさんとなりました。
趣味でドラムをやってらっしゃる。そのお仲間のギタリストも大好きなお友達ですが
同時代の音楽に熱さを感じた連帯感。嬉しいものが甦って来ます。

 そう言えば、先日の九州大学芸工学部学園祭のインド音楽、
その前後のインディアン・サイケデリック楽団MISRAMのライブで、
ファン、メンバーから「若林さんのシタール。ロックだったんですね!」と言われました。
1972年、日本に本格的なハードロックが芽吹いた年にシタールデビューです。

 一昨日の吉祥寺教室の発表会。楽しかったし充実した。
みんな自主練習で頑張ってくれました。
ありがとう!

 先日も書きましたが、ちょっとローカルな話題で盛り上がった瞬間がありました。
教室の生徒さんの中に、僕の母校、杉並区立宮前中学の同級生と先輩と後輩が居て、
発表会幹事さんのお父さんが数歳上のお隣の西宮中学。そういえば杉並高校も居る!

 そんな余韻があったので、今日のティータイムに母校を検索してみたのです。
さすがにこの年齢のmixiは少ないらしく、荻窪小学校も都立豊多摩高校も、娘の世代の超後輩さんがコミュニティーを立ててました。
そんな中で、唯一「もしかしたら近いかも?」の方にメッセージを送っておきました。

 教室が終わって、晩ご飯を食べながら、お仕事メールの合間に日記のコメントのお返事を。
そしたらなんと懐かしい、都立豊多摩高校軽音楽部時代に歌っていた吉田拓郎の「私は今日迄生きてみました」正しいタイトル「今日までそして明日から 」の歌詞を掲載してくれた方が居ました。

  なんとも1970年代アゲイン!
そんな夕べを過ごしていましたら。
昼に送っておいた都立豊多摩高校同窓生さんからお返事が。

  なんと彼は一級下。同じ軽音楽同好会。
僕が文化祭でシタール演奏した事は勿論、本人も音楽の道に進まれたので、卒業後の僕の音楽活動も知っていてくれて。

  彼の世代には天才ギタリストが二人居ました。
一人は、部室のどんなぼろアンプとぼろギターでもジミーペイジと同じ音を出す超天才。
もう一人は「ジェフズ・ブギー」をアレンジして「井の頭線は今日も行く」という曲の名演で
僕ら三年生のバンドを凌ぐ盛り上がりで人気をかっさらって行った豊多摩のジェフベック。
  自信満々ですから、正直かなり生意気の嫌〜な後輩達。
唯一ベースの子が素直で、最も多く会話した記憶がありました。 
ストーンズ、バッドカンパニー、フェイセス.........。大概ベーシストはもの静かで優しい。

 早速マイミクになってもらった後輩は、なんとそのベース君。

  著作のどれかに書いたことも有った筈。

「天才っているもんだ。 高校の後輩がそうだった。 
でもそんな奴に限って音楽を早々に卒業して企業家になって大金持ちになるもんだ。
だから僕らの様な努力家が音楽で喰って行けるんだ」
と。

  この話しはたくさんのお弟子さんが聞かされた。
それほどに強烈な後輩だった。 

木造の倉庫の様な汚い部室で彼の音を聴いた時。
「自分は音楽続けて行く資格、才能、チャンスはあるのだろうか?」
と思った。    
  その後の音楽人生でも何度も思った。   
  その度に想い出された後輩でした。

   懐かしさに感無量!!
やっぱり今日は不思議な日。 1970年代アゲイン!

 「それで彼らは今どうしている?」 と訊きました。

 豊多摩のジミーペイジは、昨年早世したとのことでした。

  しかも、ずっと音楽を続けて。

 

  こう言っては失礼だけど、同世代の日本を代表するギタリスト、
A氏、C氏、H氏.............。目じゃないよ!という程の腕前だった。 
すでに高校二年生でその域に達していた。

 だが、その後、彼の名前を聞いた記憶が無い。

   馬鹿だなぁ.......。 なんできっぱり辞めて、ビジネスの道に行かなかったんだ。
  
  古今東西、天才は続けちゃ行けない。
  って。一体どれだけの芸術家が教えてくれたか。

   ベース君も音楽業界に入り、奇しくも昨年独立されたとのこと。
近々お会いして懐かしい話しで一献やろう!となりました。

   メールのやり取りを終え、この日記を書こうかどうしようかと。
代わる代わる膝に来る猫さんを抱きかかえながら。
  今日一日を振返りました。

   楽しかった高校時代。
その後直ぐに音楽の世界に身を投じて。自虐的な修行を続けたせいか?
懐かしんだ事がなかった。
 後悔、反省、自信喪失、試行錯誤を繰り返しながら、やっと最近
「やっぱり音楽やって来て良かったのかも」
と思い始めては、また悩む。

   弟子を育ててないじゃないか!  家族を幸せにしてないじゃないか!
苦労して来た割に地位も名誉も無いじゃないか!  

 これじゃあ世界の師匠に恩返しも出来ない。  滅び行く伝統に対しての発言力も無い!

   
 自分の信念や、価値観、生き様が否定される思いが多かったここ数年。持ち上げられたり、落とされたり.........。

 そんな憤りが、全て解決した訳ではないですが。
 身近な人の意外な言葉。お弟子さんの意外な言葉。
音楽を志したあの時代からのメッセージ。
  そして...................。

  音楽やって来て良かった。  ではないんだ。

  音楽やるしかないんだ。 

   
 
   
   
 
 

 

   
 
 

 

   
 
 

 

   
 
 


   

 

 

 

 

 猫さん達との日々