考えた事  2007年 10月〜月

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   2006年12月後半 / 2007年1月前半 / 2007年1 月後半 / 
  2007年1月末〜 2月初旬 / 2007年2月後半 /  2007年3月後半 /
 2007年4月 / 2007年5月  /   2007年6月〜7月  /   2007年8月〜9月
 2007年9月 / 2007年10月 / 2007年11月 / 2007年12月 /
  


 10月5日(金)   小春日和
 

  風は強いが「小春日和」
 夏の陽差しが懐かしい。

 Tシャツ、ファミレスちょっと寒い
 変化に対応したくないからか
 衣替えが面倒なのか

 人の気持ちも世の中も
 勝手にどんどん変わるなヨ

 季節や天気じゃあるまいし
 同じ気持ちの蝉が鳴


 10月6日(土)   間違った人 
    相変わらず、世の中、陰湿なニュースが多い様です。
 TVも見ないし、ネットNewsも見ない様にしています。

 でも、生徒さんや電車の中の会話や、Blig仲間さんの日記タイトルから
 どうしても入って来るNews

 おかしな人がおかしい事をした
 間違った人が間違った事をした
 悪い人が悪い事をした

 それとも
 
 おかしい事をしたからおかしい人となった?
 間違った事をしたから間違った人となった?
 悪い事をしたから悪い人となった?

 正しい事をしたら正しい人になれる?
 良い事をしたら良い人になれる?
 立派な事をしたら立派な人になれる?

 普通の事をする人が普通の人?
 普通の感覚の人が普通の人?
 みんなと同じ感覚の人がまともな人?
 

 「この世から消えてしまいたい」と思う程
 虐められた経験を持つ人は
 
 「お前は居ない方が良い」「もう居ないも同じ」
 と虐められた人は

 
 間違った行いをした人を見た時に
 その人を育てた人々の顔を想い出す。

 10月6日(土)   出る杭
    「出る杭は打たれる」
 悪い意味で用いられるけれど、
 打ち込んでもらえるのだから、ありがたい事だ。

 中途半端に頭が出ていると、
 むしろ引っこ抜かれる。

 「糠に釘」と言う言葉があるが、
 「緩い」ものに打ち込むと
 楽に入るけれど、楽に抜けてしまう。

 堅いものに力一杯打ち込まれたら
 曲がって入ってややっこしいことになる。
 

 10月6日(土)   さりげなさ
 

  さりげない優しさ
 相手に負担感を与えない  気遣い

 未だにそんなものを「素敵」と思っている人が居るなんて
 と、言うか、今や正にそんな時代

 若い頃に「そんな技」は沢山使った。
 嫌われたくなくて、好かれたくて モテたくて。

 だいたい「技」と「自然体」を見抜けるのだろうか?
 本当の「さりげなさ」
 気づかないのじゃないだろうか?

 「軽さ」「心地良さ」と「楽」なものばかり求めて
 鈍くなった「感性」に「分かる」「気づく」様な

 「さりげなさ」

 「見え透いている」とさえ感じる時もある。

 音も同じ
 「微分音」の世界に居れば「平均率」の「嘘」に多いに悩み苦しむ。
 ピタゴラスの「究極の優しさ」の中で
 「絶対音感」を自慢する人も居れば、「音痴」と自らを卑下する人も居る。

 アップテンポの一拍に九音入れる世界に居れば、
 JAZZやBossaの「まやかし」も手に取る様に分かる。
 その「心地良さ」を大切に出来る事は「武器」にも出来る事。
 「酔っている」様じゃ「大切」に出来てるとは言い難い。

 「重い音」を出せる人にとって「軽い音」は気楽に出す事が出来る。
 「重いけれど優しい音」「深い音」を目指している人は
 「軽い音」に付き合っている暇は無い。 

 「軽い音」しか出せない人は「重い音」は出せない。
 「出さねばならない」と気付いたら、相当苦労しなくてはならない
 多分、気付かない。


 

 10月6日(土)   音楽仲間
   やりたい音楽の話ばっかりの頃  何も始まってない頃
 音楽談義に華を咲かせて  音楽を肴に 飲む口実

 音楽が仕事になってから  打ち上げは楽しいけれど
 音楽の友達って居なくなった

 やりたい音楽を次々やっていたら
 友達と遊んでいる 暇がない

 音楽で友達になったのなら 音楽演って遊べば良い
 
 これで節約出来る時間  月に30時間
 ここで節約出来るお金  月に3万円

 これが全て「音楽」につぎ込まれる

 でも、日本の「村社会制度」では、
 「音楽」の仕事も友達次第。
 「音楽」で信頼し合うとか、認め合うとかは
 むしろ邪魔 

 さあ大変

   
 10月6日(土)   無駄な時間
    つまらない音楽を最後迄聴く位なら
 家に帰って練習するなり 休んで明日練習するなり

 「チケット払って勿体ない」って
 無駄な時間が勿体ない。 それに慣れたら 感性も惚ける

 つまらん音楽は2分で分かる  節約出来る時間 118分
 守れる感性 計り知れない

 その内フライヤーで見抜ける様になる 出掛ける必要さえも無い
 だいたい「話題の」は聴く必要がない。

 後々 話題になった 「聴くべき音楽」は
 どれも初めは「話題に」ならない。
 その頃に聴かねば「参考」にもならない。

 節約出来る時間  月に6時間
 節約出来るお金  月に3万円

 それら全てが 音楽につぎ込まれる

   
 10月6日(土)   三流の愛嬌
   「音がでかい奴」
 「振りがでかい奴」

 そんな輩に限って 表情が死んでいる

 それを「寡黙」と喜ぶ人が多い

 それは単に「人相」だ。

 音もたかだか、そんなもの。

 音の表情も固まっている

 集中しなけりゃ「音楽」出来ない
 たかだかそんな三流だ

 プロであろうとなかろうと
 人前で音楽演る以上
 
 二曲同時に演れる程の
 修行をしてから舞台に上がれ

 それが出来る様になるまでは
 せめて愛嬌 カッコ着けるな

   

 10月6日(土)   音楽ジャンル毎の「顔つき」

   「感性」も「人生」も「人それぞれ」 と言うのなら
 
 なぜ「同じジャンル」を演っている人って 同じ顔つきになるのか教えて欲しい

 たいがい、格好まで同じ

 かと言って、顔つきが アフリカ人 インド人 アラブ人 ジャマイカ人 キューバ人の顔つきになっている訳でもないから不思議。

 もしかして
 
 それって「部活」

   
 10月8日(月)   尊敬する人
    小学生の頃に「書け!」と言われてなかなか書けなかった 「尊敬する人」

 「好きな事」「やりたい事」がやれる運が良い人 それを何故「尊敬」するのか?
 子供心に「分からなかった」

 人の「ある一部分」を評価して 、全部を「尊敬」するとか「憧れる」とか 。その後も「分からなかった」

 逆に、ある一部分に幻滅して 、全部が「尊敬出来なくなる」とか「軽蔑」するとかも
 未だに「分からない」

 「絵本」とか「伝記」の書き方、絵の好みもあるだろうけど 「エジソン」は好きだった。

 好きな事ばっかりやって、叱られて 。味方も、応援者も居なくても「コツコツ」「こそこそ」 発明が「世のため人の為」にならなかったとしても、 好きになったと思う。

 「何処を尊敬するのか?」と訊かれたら、 「叱られても止めなかった、懲りなかったとこ」
 と迷わず答えていた。

 日頃、目立たず、騒がず、控えめで 、何も取り柄も特技も無い様で居て
 いざという時、やるべき事がちゃんと出来る人

 何時、何処に居ても、一番弱い人 弱い生き物 、そのちいさな吐息を感じれる人
 さりげなく、庇って側に居る様な人

 少なくなったし、元々目立たないけど 、本当は、当たり前で、これが「普通」なのだろうけど。この世の中では大変ですね。

 「尊敬」しています。

 
 自分の居場所を探したり、居心地良さを求めたり、今出来る事で認められたくて、派手に振る舞ったり こそこそしたり

 興味があるとか無いとか、自信が無いとか 、カタログに載って目立っている、カッコ良い人
 偉い人。 有名な人、流行っている人を尊敬し

 人に倣って人を褒め、人と揃って人をなじり 、似た者同士で助け合い 生き物犠牲に、人の為やら社会の為
 
 小さな心や遠慮がちな心の前に立ち 、陽を遮っても気付かない

 あまりに増えてしまったから

 今では「軽蔑」もしなくなりました。

 持てる力を精一杯使って、尚かつ何時も学んでいて 、沢山の笑顔を力に替えて、 叱られてもけなされても負けないで 、それから学び、それも力に替えてまた頑張る人

 自分の周りや足下おぼつかなくても 、安心、確信、確証も 地位も名誉も無くたって
 気の良いお友達もそれ持ってないけど

 助け助けられ励まされながら 、何かしなきゃと、あくせく、バタバタ 駆け回り
 余裕も休みも無いけれど

 ちょっと、つつけば、泣きそうだったり 、ちょっと無理すりゃ寝込んじゃうけど

 頑張ってるな  と思える人

 応援します!

 尊敬はしないけど............。

 だって、当たり前だし

 この世の中では お馬鹿だとも思うから

   
 10月9日(火)   人生で一番悲しい
   人生で、一番辛い事 「人との別れ」

 家族や、親戚や、友人に 逝かれてしまったり、行かれてしまったり  バンドのメンバー、生徒さん、お弟子さん
「ああ、もっと〜していれば」「ああ、あそこで〜言わなければ」 と悔やむから。 
 
 「定め」でもあり「時間の問題」でもあり、 「どのみち〜」とも思っていても 悔やみが辛くのしかかる。

 

 人生で、一番悔しい事 「人に理解されない」事
 
 相手の立場、気持ち、言い分は分かるけど 、同じだけ相手が分かってくれない事
 
 我が儘、身勝手なんだとも思うけど 、 相手がもっと身勝手に思える
 
 「所詮はその程度のやる気、情熱、愛情、理解、感謝、存在」と 慰められても、やっぱり残念で、勿体なくて。
 

 人生で一番怖い事 「自分が正しい」と思う事
 
 「自分が正しい」と思った瞬間に、 相手の心が見えなくなる。

 「定説」「常識」「社会通念」  共感してくれる家族や友人
 
 肯定者ばかりを集めている人に 、分かって貰う事は難しい

 
 人生で一番嬉しい事 「間違っている」と気付かされる事
 
 「正論」や「一般論」ではなくて 「言い方」や「やり方」や「タイミング」でもなくて
 
 根源的な事や、大切なもの、 忘れてはならない初心とか、まごころとか

 その上に立って、考えて、 「それでは駄目」だと気付かされる事。

 
 人生で一番「悲しい事」 自分が「正しい」と言う人を見る事
 
 「正論」や「一般論」をかざしてみたり 自分の信念や主義を誇り高く述べたり

 相手を批判したり、比較したりして 、自分の正しさを疑わない
 
 自分の被害を高らかに語り、同感してくれる人を友と呼び 、社交辞令や、美辞麗句に酔い、思い遣り、気遣いだと思い

 人それぞれ、自由だと、 疑いもなく、自信もたっぷり

 昔の人にも「正しい」と言われる 、そんな人は自分を「正しい」と思えるのだろうか?

   
 10月9日(火)   性格判断
 

 Blig仲間さんのコメントにお返事を書いていて想い出した、
 小学校でやらされた「性格判断」の話。
「診断結果」も「成績表」も  ガタガタでした!「限りなく円に遠い」


 「占い」とか「性格診断」「性格判断」 母が好きでした。
でも、都合の良い所だけ上手い事引っ張って 「ほらほら!  ねっ!」って
今にしては可愛い人ですが、 子供心に嫌だった
 
 僕のを勝手に占ったり診断して「ほらほら! ねっ!」 って、結局、説教だったし。

 数十年振りに、自ら占ってみました。
 検索で三番目位に出て来た「性格診断」

 「あっ!」「おっ!」「えへん!」「が〜ん!」「ぎょ!」「ありゃりゃ」

 「あ〜あ」

 結論としては、相変わらずの「がたがた」で
 母の様に都合の良い所だけを「拾い読み」さえも出来ない事が良く「判りました」
 

 1. 性格

ほぼ理想に近いグラフ型で有ると云えます。理想が高く、倫理感や仕事に対する責任感も充実していて、しかも適度の思い遣りや寛容の精神も有り、非常に合理主義者で判断力や分析力も高く、感情面でも喜怒哀楽の表現が潤沢です。ここ迄は、結構ずくめなのですが、やや気儘な所はあります。しかしその方が仕事には強い意味合いが有りますので、やはりほぼ満点に近い性格で有る事は事実です。

2. 恋愛・結婚

現在の様な物の考え方のバランス状態を狂わさない限り、性格的な欠陥によって恋愛や結婚の破綻する確率は非常に低いでしょう。但し、それは相手も高いレベルか、平均的レベルの人を予想した場合の事で有って、逆に大きくバランスの崩れた相手と結婚した場合には、判断力が高く行動力が旺盛なので、いとも簡単に離婚へ踏み切るような場面が出て来る事も考えられます。

3. 職業適性

性格面からは一般的な職業の全てに適性が有ります。逆に云えば特異な性格の持ち主の方が却って適性のある特殊な職業では、逆に適性が乏しいと云う事になりますので、そこの所を良く理解しておく必要が有ります。

4. 対人関係

物の考え方や性格的な面から見て、格別に注意を払わなければならない様な点は、殆ど見当たりません。但し、或る問題、或る出来事で、貴方と周囲に人々が表面的には同じような考え、同じような行動を取っていたとしても、貴方の場合は、かなり高いレベルの判断や高いレベルの感情の動きで、そのような言動を取って行く場合が多いので、周囲の人々も自分と同程度の理解や判断の基に、そのような行動を取っているのだと云う風に解釈しない方が、賢明だと思います。

 んで、「占いなどせん!」と公言していた私としましては、
 なんとなく悔しいので、
 もう一度。

 全部「逆」に答えみました。

  すると、

  「先ず最初に正直な所、貴方が真面目な態度でテスト問題に答えられたかどうか、非常に疑問を感じる所が有ります。何故ならば、こう云うグラフ型を示す状態では、満足な世渡りが出来兼ねると考えられるからです。極端な○○か、○○でも無い限り、こう云うグラフ型が出て来る可能性が殆ど無いのです。50問のテスト問題について、周囲の人々の貴方に対する評価意見なども参考にして、真面目な態度で答えたものであり、尚且つ貴方の現在のライフ・スタイルが、忠実にグラフへ表現されたもので有ると仮定した場合には、甚だ残念ですが、自分一人の力で人並の生活を維持して行く事が、非常に困難なタイプであると申し上げる外有りません。

  となりました。

  普通「笑うことろ」かも知れませんが、

 「笑えませんでした」

  人に「誤解されたり」「嫌われた時」

 それこそ「ひどい人」「とんでもねぇ」「性格破綻者」「何様!」
 位に言われますので、

 「性格逆転」した方が良いのかとも思ったりしましたが、

 逆にしたら、もっと大変な事になってしまう。

 って、事は、「直し様が無い!」って事なのです。

   
 10月9日(火)   物に宿る心
   「物には心が宿る」 使っていた人の心とか、念が宿ると言いますが。
 僕は、物自体に心があって、使って居た人の事が好きだった時 、その思いや心を溜め込んでいるのだと思います。

 本にも書きましたが、 フィリピン民謡を演りたいと勉強を始めた時、 楽器が無くて自作して練習しました。 古いマンドリン風の、しかし四度調弦の弦楽器を買いました。
 フィリピン民謡を練習しましたが、上達しません。 諦めて、自作楽器での練習を再開しました。その後、イタリア民謡を練習する時に「もしや!」 と思ってその楽器「バンドゥーラ」で弾いてみたら、 新曲なのにスラスラ弾けるのです。

 「あら!貴方、やっと判ったのね!」  「この曲は私の十八番ヨ」 と上手に歌ってくれた様です。

 そもそもその楽器 、何年も通り掛かり、何度も中に入った近所の楽器屋さん 。ある夕暮れに自転車で通りかかった時に何故か目に入ったのです。
 ガラス窓越しに手を振ってくれたに違いない。
 思えば素材は針葉樹。  流石に南国のフィリピンは、表面版さえも南洋樹が多い

  Blog仲間さんの日記に「盗んだ楽器で果たして良い音楽が出来るのだろうか?」
 とありました。 考えさせられる、思わされるお話でした。
 
 嫁さんや娘に何も買わんと「仕事道具」だからって、楽器にお金を使い。 なんで民族音楽演奏家がギター30本も持っとぉと? 音楽家には耳の痛い話??
 ん? 「そんな音楽家は、あんたくらいなもんじゃ!」

 だって、○○ギターで○○音楽ってオカシイじゃないですか!

 一頃、アラブ各地の音楽を演るのに、それぞれの国のウードを入手していました。
 パキスタンの音楽をインドのシタールで演るのも嫌で。

 それは、多分80歳くらいの「バンドゥーラおばちゃん」のせいだと思います。
 
 「良い音の素敵な楽器ですね!」と言うと、その愛器を 「弾いてみますか?」と手渡す人。 少なくないですが、 逆に「ちょっと触らせてくれますか?」と言う人も少なくないですが、

 なんだろ...........。 最近随分マヒして来ましたが、苦手でした。
 「綺麗な奥さんですね!」って言ったら「ちょっと貸してやろうか?」 は無いですものね。

 「良いです!」と拒むのも失礼な時に、ちょこっと触らせてもらいますが、 その人の癖が染み付いていて、違和感あります。 「楽器」はひたすら使い手の心と思いを受け止めようとしているのです。
 
 ここだけの話、 とんでもない思い上がりでしたが、 彼女や奥さんに見える「楽器」
 「あ〜あ、僕ならもっと幸せに、楽しそうに歌わせられるのに」 と思う事
 けっこうありました。

 逆に、手に入れておいて、まだまだ弾き切れない楽器もあります。  前の持ち主があまりに素敵な演奏者だったのでしょう。 定期的に練習させてもらいますが、人前ではまだ弾けません。
 
 「これが俺の女だい!」って楽器弾いて見せる人、嫌ですし。 その娘が悲しそうだったら最悪ですし、 僕の片思いを見せるのも変ですし、 相思相愛の所を見せて、初めて「音楽」が始まる訳で。
 
 言いたい事は、 「物にはその物の心がある」と言う事。
だから、盗品でも、良い音がなるかもしれません。楽器自体は、ペットショップの猫さん、捨て猫さん、野良猫さん の様にみんな「幸せに成りたい」と思っている筈。 思いっきり活躍したいと思っている筈。 でも、オーナーを選べません。
 
 「動物好きな人に悪い人は居ない」とか 「音楽好きな人に悪い人は居ない」とか 「嘘だ!」と思う所以です。
 人に嫌われても「動物に好かれる人」に成りたいです。 売れなくても「楽器に好かれる人」に成りたいです。
 「虫も好かぬ嫌な奴」って言うじゃないですか。 昔の人はみんな分かってたんです。

 2000個もあると、毎日叱られています。
 「あら、何の気まぐれ?」「フン!だ。そう簡単に鳴ってやらないわヨ」
 と。なかなか大変です。
 
 前にも書きましたが、 猫さんは言葉が分かりますから、下手な事は言わないべき。
 虎之介を里子に出す時に「辛かったら何時でも戻っておいで!」 と言ったら戻って来ました。 虎之介にも里親さんにも辛い思いをさせたのは私でした。

 交通事故の猫さんの墓掘りをさせて貰った時 「今度生まれ変わったらおじさんのところにおいで」と言ったら チャメ君が来ました。

 楽器にも言ってしまった事があります。 戻って来ました。 お金が無くなると売ってしまう、とんでもない奴でした。

 そのお金で、美味しいものを食べたり、洋服を買ったりではなく、 ましてや「もっと良い楽器に買い替えた」ではもちろんなく、 ライブハウスの家賃となったのですが。

 人手を渡り歩きしてか、ある時また偶然に通りかかった楽器屋さんに在りました 。手を振って呼び止めてくれました。

 私の師匠のお父さん、愛器を楽屋で盗まれました。
 
 その楽器は「盗人の為になんか歌ってやるかい!」と思うのか?  それとも「作ってくれた人の為に歌おう」と思うのか?  それとも「聴いてくれる人の為に歌おう」と思うのか?
 それとも「生まれた限りにはより良く歌い続けよう」と思うのか?

   
 10月9日(火)   背中を押して貰う
   「背中を押してもらう」嫌いな言葉です。
 と言いますか、何処かの誰かが言った「言い回し」を使うのが嫌い。 聞くのも嫌い。流行に「載る」のが気持ち悪い。 言葉くらい「オリジナル」で話して! って思う。

 「良いお年を」さえ嫌だった頃があります。 「良いお年をお迎え下さい」っていちいち言っていたり。 でも、昔の言葉は好き。 きっと江戸時代、明治時代の「流行語」だったのでしょうけど  戦前迄の日本人大好きですから。

 子どもの頃からそうだったみたいです。  母の自慢話が、小学校の作文で褒められた事。
 汽車の汽笛の音を「ぷわぁ〜お〜ん」とか書いたらしく、 「ポー」と定型で書かなかった事で先生に二重丸を貰って。

 でも、今朝、 「背中を押してもらう」に似たありがたい思いをしました。

 先日日記に書いた、近所のご高齢の先生。
 僕の記憶違い(正確には時が記憶を変形させた)でした。 「軍医見習いさん」ではなくて「お父様が軍医で、その跡を継がれた」のでした。 でなくては、90歳以上になってしまいますものね。失礼しました。

 新宿の有名な病院の「紹介状」を書いて下さいました。 診療時間前に頂きに行ってしまったのですが、 10分前だったので看護婦さんに貰っちゃおうと、 するとわざわざ先生が降りて来て下さり。看護婦さんに 「在ったろ?」と
 
 「行ってきます」と申したら、 「うん、行ってらっしゃい」と。

 「ポン」と肩を叩いてくれた感じです。 だから「背中を押してくれた」というニュアンスではありません。

 先日の日記にも書きましたけど、「自分にご褒美」って言葉、大嫌いです。 

 なのに、今日はその言葉が思い浮かばれて。 嫌いな病院に行った「ご褒美」

 日頃猫さんが居るから食べられないタマネギたっぷりの 「卵丼」

 病院嫌いじゃないんです。  本当はお医者さんに成りたかった。  
 母は長生きしないと教え込まれ、妹も病弱だったから 母が卒中で倒れて奇蹟の退院をした六ヶ月  仕事の都合でどうしてもの二日以外毎日通いました。むしろ心が落ち着いて、色々初心に返って考えられました
  自分の為に病院に行くのが嫌い 「守りに入る」と弱くなりそうで。

 おっっっっっっっっっっっっっっっっっぽおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおq1111111111111111

 珍しく、アイちゃんがPC-KEYBOADを踏みました。

 汽笛が聴こえたのでしょうか?

 P.S.お蕎麦屋さんが無くて「卵丼」はお預けです。

   
 10月10日(水)  ドタキャン、とんずら
   「どたきゃん」「とんずら」「ばっくれる」
 最近の世の中は、どんどん平気でなんでも出来る様になって来ています。

 ちょっと、前だったら「人に迷惑掛けてないんだからいいじゃん!」
 これにびっくりしていましたが、今ではそれもかなり昔な感じです。

 今じゃ「あんたに言われる筋合いはない」って。
 
 僕の中では「TVコマーシャルをしない!」と言っていたキリンさんが
 その伝統のプライドを捨てた頃からからなぁ
 世の中が「無節操」に「消費者に媚びる」様になって。
 
 プロが居なくなって
 プライドもこだわりも、モラルも、信念も

 
 先日の表参道の「Sur-Ang(音塊)」のライブ前の会話
 「Wけんじ」を知らない「Wケンジ」
 懐かしくなって、色々調べたり、
 本屋さんに行ったり。
 「東京漫才列伝」を注文しました。
 その他に「地方別・方言語源辞典」「志ん朝落語」「江戸しぐさ」を買って来ました。

 面白かったのが、Wけんじの東けんじさんのエピソード

 人気絶頂の1966年に大阪のTV収録に「穴を空けた」大騒動。
 なんと、寝坊して新幹線間に合わないと知ると、生まれ故郷に逃げ込んだと言う。
 ところが、臨終の床で、お弟子さんの一人が「おやっさん本番です!」と言った瞬間
 目をカッと見開いたと言うお話。

 
 いったい自分は、何回本番が在ったのか? 
 暇な人は若林忠宏ホーム・ページの「全記録」数えてみて下さい。
 と言っても、一割がた「書き落とし」があって、2006年以降は未記入ですけど。
 その中で、穴を空けたのは、宍戸錠さんのファッションショーのリハーサルの一回のみ
 心臓凍りました。 東西線が温かくて、お茶の水通り越して船橋まで行きました。
 本番は間に合いましたが、大顰蹙。

 ドタキャンは、
 18歳の時のほぼ「初仕事」志賀スキー場の「DJ&弾き語り」
 二ヶ月契約を二週間で逃げて来ました。 勿論オーナーに頭下げて
 

 「責任」「謝罪」「反省」「戒め」
 色々おっしゃってますが、
 「謝罪したんだから良いだろう」的なノリが増えている気がします。
 
 「責任とって辞めます」って「楽」になってたり。
 なら「退職金」も過去に貰った報酬も「弁償」に充てたら?
 自営業者には考えられない世界があります。

 スキー場のパブのオーナーさんには未だに「借り」が返せていない
 謝罪も責任も取れていないと思います。

 それ以後「これはあんまりだ」と思っても来た仕事は拒まず、
 辞めたくなっても一年は頑張りました。予告をして。
 忘れもしない赤坂草月会館 
 三日前に頼まれてシタール弾き終わって返り際にプログラム見たら
 他のシタール演奏者の顔写真。 主催者は説明もMCも何もしなかった。
 お客さんは若林忠宏だと思わず聞いたのでしょう。
 ドタキャンの穴埋め。

 それから更に15年、ようやく最近になって、
 「これはちょっと」というお仕事をお断りする様になりました。
 
 
 ミュージシャンですけど、ミュージシャンにライバルあまり居ません。
 むしろ芸人さんにライバル心が燃えます。
 昔気質の。
 東けんじさん 好きでした。

 結局は戻って来られませんでしたが「ビデオ特捜部」で一緒にお仕事して
 元ミュージシャンのタレントさん、一番オーラが優しかった。
 問題起こしてから、仕事仲間さえもボロクソに言ってましたけど。
 

 挫折を知らない人は信用出来ません。
 失敗や恥や挫折や後悔や屈辱から、また頑張った人

 「味が在る」様に思います。

   
 10月10日(水)  江戸仕草
    素敵な言葉とその習慣

 先日買った「江戸しぐさ」と「地方別方言語源辞典」は面白かった!

 「江戸しぐさ」の中では、
 狭い居酒屋などの店内で遠慮がちに横にあるく「カニ歩き」
 雑踏で足を踏まれた方も「こちらこそ、踏まれる迄気付かずに」と謝る
 「うかつ誤り」、劇場等でより多くの人が座れる様に腰を浮かして詰める
 「こぶしうかし」。道幅の三割以内で歩き七割を残す「七三歩き」
 などなどに、改めて感動しました。

 以前にも日記に書きましたが、
 「関東の一つ残し」と同じ感覚を表す言葉が関西や大分にもある事からも
 江戸=古き良き時代の東京人の感覚に限った事ではないかもしれません。
 でも、改めて、自分が受けて来た「教育」もしそれが身に付いているとしたら
 「教養」の根底に「江戸しぐさ」の精神が大きくなるなぁと納得しました。

 その本では江戸時代から様々な地方から人が来て、人口密度が高かったから、
 自然と譲り合いの精神が基本となった、とありますが。
 同じ理屈、同じ現象で、今日は譲り合わない。

 逆に言えば、「カニ歩き」は今や「タコ歩き」
 「うかつ誤り」に至っては、踏んだ方さえも謝らない。
 「こぶし浮かし」などはあり得ず「両側にこぶし分の隙間」を取って座っています。
 「七三歩き」に至っては、真逆か「二八歩き」。ぶつかっても誤りもしません。

 「地方別方言語源辞典」で、心を惹かれた言葉が九州北部の
 「さとやのとーかー」
  食べ物の味付けがちょっと薄味だった時に、「砂糖屋さんが遠かったんですね」
 とやんわりと言うのだそう。
 
 東京の味付けからすると「甘め」の九州。逆に感じると「東京は塩味しかしない」
 そんな志向の違いもあり、九州弁だから「やんわり」になるもありましょうけど。

 方言のイントネーションと相和した「言い回し」の温かさ。
 なくならないで欲しいです。

 まだまだ、殆ど勉強不足ですが、
 好きな言葉「さすけね〜(気にすんな)福島」
 「えらかったねぇ(大変でしたね)名古屋」
 「良かたい良かたい(九州)」
 労いの言葉が温かい。

 それと比較すると江戸弁にそれはあったっけ?
 「てやんでぃ!」とか逆の言葉がまず想い出されます。
 大阪弁も「あかん!」か「えらいすんまへんなぁ」
 京都は「よろしおますえ」なのに。

 とか書いていたら
 九州のBlog仲間さんの日記のタイトル
 「すっとこどっこい」ですって。

 江戸弁じゃん!

   
 10月11日(木)   Cleverだったのは?
    「気まま」「我が儘」「束縛されない」
 それを「自由」と取り違えて
 
 そんな風に育って来た人々

 「哀れ」と思わないし、思ってはいけないが
 「可哀想」とも思う。

 Blog仲間さんがコメントでくれた言葉「箱庭」
 その中で「放し飼い」なだけ

 世界中を探訪したって「前人未到」の地などそう無い
 それよりも「街」で孤独の方が辛い

 「前人未踏」はデスクの上でも成し遂げられる。
 
 
 昭和30年代に生まれて良かった
 「団塊の世代」と「新人類」の狭間の世代

 「学園紛争」を二度と起こさない為の教育
 

 D.マッカーサー氏がそこ迄考えついて居た筈も無い
 彼らは、日本の心を封じただけ。
 「飴と鞭」の「飴」だけ使って
 
 世界の歴史の中で
 「鞭」に屈しなかった人々、文化は多い
 打たれても打たれても、むしろ心は頑に守られた

 誰がCleverだったのか?

 今、アジアの国々が日本の真似をしている

 今は、誰がCleverなのか?

   
 10月11日(木)   Blog仲間さん
   Blig仲間さん560人に達しました。 突然「解除」される方、「退会」される方も居ますから
 590人は超えていたと思います。

 相変わらず「数増やし」って思う人も居ますけど。 お断りする事も多いですし、「当てはまらない!残念!」と 諦める人も少なくないです。  ライブの度に、二三人加わってくれます。僕の音楽を楽しんでくれて その後で、日記などを読んで、それで、という方々。
 
  自慢は中身です。 
 八割以上の方が、ライブか日記か猫さんアルバムを気に入ってくれた方で 、その殆どの方が、日々想いを抱きながら頑張っている人達。

 勲章です。

 色々なご都合で「退会」されたり「解除」して 、また戻って来てくれる方も居ます。 四五人になりました。

 今日は、あるBlog仲間さんの誕生日
 昨日すでに「誕生日」の話題があったので拝見に伺いました。
 18歳最後の数時間を振り返って。 お友達への感謝の言葉の中になんと僕のネームがありました。

 日記を読みに来てくれて。 色々想い、色々考え、 そして頑張っている。
 猫さんも大好きな方。

 娘よりも七つも若いけど。 こちらが気付かされたり、学んだり。 安心したり、納得したり。

 何時もありがとうございます。

 七冊の著書

 全国各地に演奏に行くと「愛読しています!」
 というお声を頂きます。
 何年も経って、初めて直接聞くそういった言葉も感動ですが

 リアルで瞬間的なブログのコミュニケーションのお陰で

 いよいよ間に合うかどうかの瀬戸際の時に
 時間短縮が出来て本当に助かっています。

 Blog仲間さん-2

 娘とほぼ同じ歳のBlog仲間さん、
 日記を楽しみに待たせて頂いています。
 
 びっくりする程に考えている。
 「若いのに〜って言われ慣れてます」と本人も言う。
 想いをだ〜っとしたためるけど

 読み易く、す〜っと心に届く文章。
 天才?
 否、受け取る人の心を感じる力が強い

 発する力、表現力って何だろうと、学びます。
 
 湧き上がる泉の様な? 流れ落ちる滝の様な?
 「伝えたい思い」「ほとばしる心や感性や言葉」
 
 それが、上水道の本管の様なものだとしたら、
 その圧力はもの凄いのだけど、
 届く人の蛇口の所では、届いて受け取る人がひねっただけ
 
 豊かに、でも優しく、必要なだけ、たゆまなく。

 自分が同じ年齢の時は?

 そう考えるのも野暮な事
 確かに 「年齢差」は「時差」かもしれないけれど、
 年齢に関わらず「気付いた時期」の「時差」
 先日の日記の「最後の晩餐」のテーマ

 気付く時差があろうと無かろうと
 年齢差があろうと無かろうと
 
 何処に進むか分からない
 「乗合船」の乗客同士であることには変わりはない。

 頑張って欲しい。
 輪を広げ、より多くの人に届けて欲しい。

 ありがとうございます。

 Blog仲間さん-3

 僕の半分程の年齢のBlig仲間さんのKさん
 高村光太郎さんの「道程」を紹介しながら、 先輩に「叱咤激励」された話。素敵でした。

 先輩と言うか、ご自分の三倍近い年上の「友達」 ここからして、素晴らしい。

 時代も、感覚も、流行、志向も異なる、世代差は「二の次」 「群れない、ブレない、紛わない」 立派だと思います。

 悩みながらも、泣きながらも 失敗しながらも、自分で歩く。
 
 応援されたり、支えられたり、手を取ってもらったりしても 自分の意思で、同じ道を進んで行く。

 Kさんと同じ位の年齢のRcさん 「執着心」の日記が興味深かったです。
 並外れた集中力を持ちながら、自分を客観視している 。 
 分裂しないのは「根っこ」がちゃんと地面に生えているから。

 ちょっと上の世代? 多分前述の二人と比べると 、Rtさんの「彼岸花」の日記は素晴らしかった。

 シルクロードに行った時、野菜や果物や魚の名前をスケッチしていて  魚やさんが来る度に尋ねました。 なんと魚の種類が違うのに名前が一緒!
 
 出世魚の様に名前が色々ある魚も沢山居る日本 。花の名前も同じ花で色々

 アジアの外れ、端っこにあるから、 私の持論「文化と地球の自転」によれば
 「世界の端っこ」にあるから

 外国の名前も入って来る。

 可哀想に日本の「西洋クラッシック音楽」の演奏家さん達 イタリアの曲はイタリア語、フランスの曲はフランス語、 ドイツの曲はドイツ語、イギリスの曲は英語で 「発想記号」読み書き憶える。
 アメリカのオーケストラは全部「米語」に直すと言う。
 
 日本人の「真面目さ」「勤勉さ」 時に「融通が利かなくて」時に「分かった気になる」けれど。 
 ユニークで非凡なBlig仲間さんが多い中で 重量級のBさん

 色々な方言が混じっている日記を「オカシイ」と指摘したら、 「色々な方言によって、言葉が壊されているんです」と。

 楽しいし、素敵だと思いました。 上手く言葉で表現出来ないんですけど、 「何気」に言う言葉に、その人独特の「納得」 でも、きっと「天性」の理解があるから、 仮に自覚は無くても、凄い!
 これも、ある種の「群れない、ブレない、紛わない」
 近々「音楽」でと伝え出来ると思います。

 春頃、Blog仲間さんが、 「流れに逆らわず、流れに流されず」と評価して下さいました。
 嬉しかった!
 「方言で壊れた」その方にもその言葉で評したい。

 元々、近代日本社会の「通念」「概念」「価値観」を持たずに 、育って来たところがありますけれど。世界中の言語や音楽や楽器やその背景の文化や感性に出逢うと 「カルチャーショック」どころではありません。

 「壊される」という感覚。 「解き放たれる」という感覚
   似ています。

 「ほぐす」と言った感じでしょうか? 「ほどく」「解きほどく」「解きほぐす」

 見えない糸で繋がれた「真珠のネックレイス」の様な

 文化と心の「珠」を、糸に通して行く様な作業

 気付けばそれが「ライフワーク」になっていました。

   
 10月11日(木)   行列の余生
   僕は大概に「母の自慢」の子どもだったが、 中学以降「母の悩みの種」だった。

 想えば「民族音楽」と出逢って以降。 母は「あんたらしくない」が口癖となった。
 「民族音楽をする事」ではなく、 日常の態度、学校での態度、友達付き合い
 でも、何処かに、母にとって「未知」の民族音楽へのもどかしさ、ヤキモチも有ったのかもしれない。 父親と同じ道を歩む事への複雑な想いも加わって。

 「ミイラ盗りがミイラになった」が 民族音楽ライブスポットを一緒に始めてからの口癖
 調理師免許を取って世界中の民族料理を作って幸せそうだった。
 僕は、親の料理を「残される」のが悲しかった。

 基本的にお客さん商売は向いていない。
 出来る事なら、今からでも、 人が行列を作って欲しがる「何か」を創る職人になりたい。 自分は決して行列に並ばないけど。

 生涯でたった一回だけ、彼女に気に入られようと  彼女の弟が欲しがった日本シリーズのチケットに並んだ。
 人の為ならば、行列は平気。 でも  自らの浅ましさが人疲れを喚起させ、一生分後悔した。  救われたのは、弟さんが良い子だった事。  今頃何処かでオヤジしていると思うと不思議だ。
 高校も大学も推薦入学だったから試験の列にも並んでいない。 最近事故が急増の東京の電車。  振替運転で行列になるけど、並ばない。  そこらに腰掛けて、原稿書き

 先日の原宿のライブの後は、「Sur-Ang(音塊)」のみんなと一緒だったから  並んだ並んだ
 どうも、90年代に一世を風靡したバンドの「再結成ライブ?」  どこから湧いたの? という日頃原宿、渋谷にいなそうなタイプが溢れていた。

 真面目そうで「人ごみ嫌いそうな」 お化粧しない、派手に飾らない。  クラスに二人程居たタイプが、なんと数百人

 今の日本に「不満」も「憤り」も沢山あるけれど、  「行列」をしないですんでいるのは感謝しています。  ありがとうございます。

 それも時間の問題なのだろうけど。「配給の行列」「引き揚げ船の行列」「避難民の行列」

 猫さん達と、何処へ行こうか.............。 「心配性」のお弟子さんが去年、
 13匹入る、大きなペットバッグを下さった。   本来はレトリバー一匹を車のバックシートに載せる為のもの。  13匹全員でも50kgに満たない。
 可愛いもんである。  ずるずる引きずって、人々と反対の方向に歩いて行く事だろう。

 そんな私が自分の「工房」の前に行列を作りたいと  なんとも身勝手な!

 急かされず、お客さんの顔を見てから、創る。  否応が成しに、お客さんは待たされる。下手すると何日も。

 行列は大嫌いだけど、待つのは平気。

 インドの太鼓屋の話は本にも書いた。  朝9:00から夕方の6:00迄、待てども待てども
 口もきいてくれないから、注文も出来ない。 その場で出来合を買って帰るなんてとんでもない。
  周りの店が全部シャッターを締めた頃、  従業員も職人も皆帰った後、店主一人で作業していた。  最後に一番時間を掛けて作っていた太鼓を  「ホイ!」と手渡された。
 
 それから店主は僕の為にカルカッタの巨匠の家へ  門前払いのところを彼が頭を下げて入門出来た。  九時間の無言の付き合いのお陰だった。
 

 料理人にはもう間に合わないけれど、  お客さんの顔色を見て、そのオーラを見て、  幾つかの質問をして、全てそれから食材、味付けを決める様な
 
 そんな仕事がしたい。 音楽でも良い。

 西陣織りとのコラボでは、事前に「見せないで」と頼んで、  その場でステージに掛けられる「帯」を見て即興演奏。

小屋の様な茶室の様なその場所から 自然の林や野原が続き、小山の麓迄行列が出来る
 
 商魂逞しい人が集まり、茶店を出したり、旅籠を立てる 。なんとも楽しい余生ではなかろうか。

 もし、この先も、世界が平和であるならば。

   
 10月11日(木)   妹想い
    母の「息子自慢」のひとつ

 「妹思い」 ただし小学校低学年迄

 近所の石材店の砂山で遊んでいて、妹が靴を片方無くした。
 夕暮れに背負って帰った姿を、心配して門の前迄出ていた母が目撃した。

 思えば、アスファルトの時代である。裸足で歩かせても良かったろうに。 病弱な妹の足に怪我をさせてはいけないと思ったのだろうか? 憶えていない。

 小学校高学年以降は、どうしてその気持ちを持ち続けられなかったのだろう。 妹は妹で友達が出来、彼女を取り巻く世界が出来、自分の役目が終わったと?

 虎之介とミーシャの様に仲良しだったのに。 もっとも、虎之介がミーシャに頼り、甘え、我が儘を言い 庇って貰っているけれど。

 チャメは本当に妹思い
 今さっきも、我が儘放題、甘え放題、利かん坊のViViと  レスリングで遊んであげてい

 去年の今頃迄は、数千の民族楽器に囲まれて、  教室を駆け回っていたチャメにとって、

 小さな小屋は可哀想だけど、  ViViのお陰で、そこそこ毎晩「運動会」している様である。

 ViViはViViで、 お兄ちゃんの健康と生きる気力に貢献している。

 二人とも、やっと寝静まった様だ。

   
 10月13日(土)   正しいとか、良いとか
    TVを見ていません、というか見れませんが、
 Blog仲間さんの日記に紹介されていて、建築家の黒川紀章さんがお亡くなりになった記事を拝読しました。 亡くなる二日前に、奥様で女優の若尾文子さんが「私、良い奥さんじゃなかった」とおっしゃったら、「ホントに好きだった」と応えられたとあり、
 じ〜んと来てしまった。
 
 たぬたぬさんありがとうございます。

 「世界の師匠は十人十色」(ヤマハ・ミュージック・メディア)に母の事を 「母親としては失格だったが人間としては素晴らしかった」と書いて、 けっこう顰蹙、ご批判が多かった。

 人として最低だが、ミュージシャンとしては優秀 とは言われないのが幸いに思う。

 教師としてはイマイチかもしれないが、人間としては頑張っているつもり。
 口を開ければ餌が放り込まれる、と思っているヒヨコにはとんでもない親かもしれない。

 そんな事をしばらく考えてみたくなった。

   
 10月13日(土)   KID
    先日の日記に書いた「脅威のスロー自転車おじさん」
 今日、千恵ちゃん(いちおうミニチュアダックス)を病院に連れて行ったついでに 足を伸ばして隣町の生まれ故郷へ。

 「こ〜うもり傘〜〜春日神社の境内で〜直して〜おります」
 歩くより遅い自転車がブレない 脅威の平均感覚 もしやサーカス団出身か? 
 春日神社はお留守で分かりませんでした。 でも懐かしかった。 否「懐かしい」と思おうとしていただけ。

 道幅、道のり、秋祭りを楽しんだ神社の境内 。全てが箱庭の様に小さい

 子どもの頃の 幅広道
 てくてく歩く遠い道
 駈け廻った 原っぱ 神社

 子ども目線、子ども尺度の記憶しかないから
 今と成っては別世界 
 懐かしい感覚が得られません。

 10年程前、母と散歩に来た時にはあった「お豆腐屋さん」 ついに店を閉められた。
 お米屋さんも、雑貨屋さんもその時迄はあったのに。 酒屋さんがそのままだったので、「自転車おじさん」の事を訊きに 当時のままのおばさんが居た!

 懐かしかった!

 と、思いきや

 なんとお嬢さんだった。 おかみさんはとうに亡くなっていて、  僕と歳のあまり変わらないお嬢さんが手伝いに来てらした。

 それにしても40年前のおばさんそっくり、
 「えっ! 嘘、 おばさんでしょうに!」と言いたい程 自分が鏡に写っていれば全て現実世界に戻るのだろうけど。

 「歳を忘れた」瞬間だった。

  ツケが溜まっているのに、劇団の仲間が尋ねて来て、  「子どもならむげに突っ返さないだろう」と僕が買い物に行かされた。  まだ「缶ビール」が無かった時代。瓶は重かった。
 
 人間とか、人生とか、全然分かっていない頃  投げ飛ばされる様に学校に行かされ、こそこそと好きな事をしていた。

 生まれ育った街の夕暮れ時
 それぞれの人が黙々と働いていた

 それを眺める感覚と、神社境内の赤土だけが
 あの頃のままだった。

 結局「自転車おじさん」の情報は得られず。  母がお嬢さんにピアノを教えていたおそば屋さん。  小僧さんがおじさんになっていた。 酒屋さんのおばさん二世との話を総合すると

 なんと、10年程前迄は現役だったと言う。 包丁研ぎもしてらして「何度も良く頼んだ」
 と言いながら、誰も「名前」を聞いていなかった。

 温かいものを求め過ぎたのかもしれない。
 気を取り直し、千恵ちゃんを迎えに急いだ。 途中に、あの頃のままの量り売りの「お菓子屋さん」があった!
  「マコロン!」を買って帰ろう! 千恵ちゃん生まれて初めて食べる!

 「ここ数年仕入れていない」と言われた。 
 

   
 10月16日(月)   Terra
    宇宙から地球を見ると
 ひとつの生き物の様に見えるのではないだろうか

 海が在り、山が在り、砂漠が在り、森が在り
 それらは「地球」という体の肌や顔色の様に動き、移り変わり、呼吸をし

 森は随分減っただろうか
 海は今も紺碧だろうか

 そこには沢山の生き物が住んでいる
 人間はそのわずかな一部に過ぎないのだろうか

 否、地球がひとつの「生き物」ならば
 鳥や動物や昆虫、魚
 
 みんな細胞なのだろう

 人間はどんな細胞なのだろうか

 画像は、私が何回見た夢を元に、東京でのPCの先生、宮崎人で芸工大卒のKW君に作ってもらった、LIVE-Event「TETRA-PTERA」のフライヤーです

   
 10月16日(月)   A Creed for those Who
   Blog仲間さんLさんの日記で、N.Y.の医療施設に掲げられているという、南北戦争の一兵卒の詩 「A Creed For Those Who Have Suffered」を初めて知りました。

 大きなことを成し遂げるために力を与えてほしいと神に求めたのに
 謙遜を学ぶようにと弱い者とされた。
 より偉大なことができるように健康を求めたのに
 よりよいことができるようにと病気を戴いた。
 幸せになろうとして富を求めたのに
 賢明であるようにと貧しさを授かった。
 世の人々の称賛を得ようとして成功を求めたのに
 神を求め続けるようにと弱さを授かった。
 人生を享楽しようとあらゆるものを求めたのに
 あらゆることを喜べるようにと命を授かった
 求めたものは一つとして与えられなかったが
 願いはすべて聞き届けられた。
 神の意に添わぬものであるにも拘わらず
 心の中の言い表せない祈りはすべて叶えられた
 私はあらゆる人の中で最も豊かに祝福されたのだ。

 慰められる感覚にも似た。 思い知るにも似た感覚。
「そうだね」という言葉が出て来ます。

 Lさん、ありがとうございます。

   
 10月17日(火)   Mさんへ
    「何故?」とよく問いかけたものです。

 自分にも

 そして、てんとう虫 にも
 何故、棒の先迄急がしそうに登って行ってから羽ばたこうとするの?
 「より高い所から」っておっしゃっても、
 隣にもっと高い棒があるかもしれないじゃん!
 だったら「その棒(じつは割り箸)」の途中でも良いんじゃない?

 割り箸を反転させるとまた登って行く。
 ごめんね、遊んでしまって。
 でも、彼は僕を疑わない。 信じているのは太陽の方向だけか?

 「水平になれるてっぺんからが一番羽ばたき易い」
 そうなのかもしれない。

 笑わば笑え、 地を這う虫達よ。
 私ゃ そんな性格なのさ。

 生まれた時から
 そして生まれる前から
 きっと生まれ変わっても
 

   
 10月19日(水)   若者へ
    あるプロ・ミュージシャンを目指す若者からメールの質問状が届いた。
 大変才能ある若者で、私のライブにお客として来て、日本人らしからぬ素晴らしいリアクションの嬉しい聴き方、音楽への参加の仕方を見せた。それは決して「俺はここに居るゾ!」の自己顕示ではなく「音楽のツボ」を良く知り、感じ、それに「臆せず」反応した素直な姿だった。

 それから三ヶ月以上音沙汰はなかった。ライブ案内同報メールが来るくらい。
「プロデヴュー」が決まって、順調に忙しいのだろうと思っていた。
 「質問メール」の感じでは、悩んでいる風でも、落ち込んでいる風でも、行き詰まっている風でも、壁に当たった風でもなかった。
 が、久しぶりにこの私に長文をしたためたのには、強い導きか、ヒント。もしくは反発材料を切望していると察した。息苦しさ、もどかしさ、は感じたが、迷いは感じられなかった。

 彼の長文の主旨は

 一「プロである以上、受け手のニーズを知り、それに応えなくてはならない」
 二「自分もそのニーズに敏感な餓えを常に持っていなくてはならない」
 三「今の自分はエゴの塊で、満たされぬ思いに飢えている」
 四「自分は『エゴの根源はエロス』であると思い、守り、ロマンを感じて生きてきた」
 五「その生き方を論理的に示せない以上、平均を良しとするこの国では活きにくい」

 
 私の答え

 一「ニーズは日々変化する。逆に作っても行ける。故に知る必要は無い」
 二「甘い」
 三「良い事だ」
 四「甘い」
 五「それは言える」

 若者への回答-その2

 質問状をくれた若者はこうも書いていた。

 「音楽は生活から生まれる」
 
 私は「甘い」と答えた。

 彼が構築をもがいている「論理」の中で、彼が行き着いた「より根源的衝動」
 は「エロス」に尽き、それに端を発してエゴや欲求、満たされぬ想いが「日々の生活」にあり、それを満たしてくれる音楽を求める。ならば、自分は同じ想いのニーズに対して音楽を発しようと。
 ★「ニーズ」という言葉が嫌いなので、「要望」と替えさせて下さい。

 しかしそれを言うなら、古今東西でどれほどの人が、そういった「要望」に答え、また「要望」を先取りし、また、ある種の「要望」を強く抱く人々の「代表」「代弁者」となってきたか。

 この話をする前に、本来「人間とは何か?」を語り、「人間は何処から来てどこに行くのか」を語らなくてはならないが、あえて前後する。

 「要望」に対し、または先行し、または、代弁して創作された音楽の
 「要望」には、彼の言う「エロス」もあれば「怒り」「破壊」「闘争」「癒し」「安心」「夢」「逃避」「集束」「逃避」「祈り」「信仰」「愛慕」「望郷」様々なものが「音楽の素材」と成ってきたはずである。

 彼が「守る」すなわち「こだわる」事を「ロマン」と言うのであれば、それは
「時代にそぐわない」時。 歴史は繰り返すから「先見」であろうと「復古」であろうと、今の時代の風潮、流行に関わらず「主張」することが「ロマン」
 それは「無謀」であったり「馬鹿」であったり「徒労」であったとしても。

 そこに彼のジレンマがある。 時代にそぐわなければ「要望」に応えているとは言えず、プロであるかどうか以前に「売れない」すなわち「職」として成立しない。

 インド音楽のヒンドゥー教的側面には「ナヴァ・ラサ(10の根源)」がある。
これはひとつの旋法ラーガは、10の感情の1つ以上を「含有」しているという観念である。

 しかし「絶対音楽」の「インド古典音楽」では、その感情を「表題」とはしない。
「音の動き」そのものが「ラサ」とリンクするのである。

 分かり易く言えば「笑いながら怒る」「泣きながら笑う」
 優しい口調で聞いたが図星であって凹んだとか。きつい言い方だが励まされたとか。演奏者の感情移入に関わらず、音の動きが人間の心に影響を及ぼしたり、残留したりするという観念である。

 すなわち、古代インドの英知は、数千年も前に「生活28欲」を「生理的」な「五欲」と関連付け、それを10の根源的な「源欲」に分類していたのである。

 同時代の古代ペルシアと古代ギリシアは「四の源流」から幾つかの脈絡を得て、古代中国では「五行」からまた幾つかを分類した。

 それ以後の人間が、その教えを実践したのか、忘れたのか、逆らったのか、
 

 人間の歴史を大河に例えよう
 「歌は世に連れ、世は歌に連れ」も嫌いな言葉であるが、
 もし「音楽」が、その時々の「快楽」の為であるならば、
 「渓流下り」舟遊びのBGMに過ぎない。

 傍らでは、流されまいとする渓流魚、中流魚も泳ぎ、
 鮭や鯉に至っては逆流すると言うのに。

 人間は長閑にも舟の上で酒宴を楽しみ、私たちは音楽を奏でそれを盛り上げている。途中でより楽しげな舟あらばそそくさと乗り換えながら。

 
 彼ほどの感性と才能を持ちながら、何故にあの様な次元で悩むのか?
 それは今まで誰も彼に「それ」を教えなかったからか
 教え忘れたのか、わざと教えなかったのか

 いずれにしても、驚くほど多くの若者が、歴史を知らない
 かつて人間が何処まで考えを至らせたかを知らない。

 ともすると「今日の繁栄」と「平和」の礎を築いた程度にしか思っていない。

 

 

 私は彼に「申し訳ないけれど君一人に返事を書く時間がない」と詫びた。
 彼は、福祉の研修を終え飛んで帰りBlogを見、プリントアウトまでしたと言う。

 驚いた事に、 「ぶつけたい質問が山ほどあります。今まで思い切りぶつけられる人が居なかった」 と言った。

 彼の周りにはどんな大人が居るのだろうか。

 いや、驚いている私がおかしい。 思い出せば今に始まった事ではない。
1980年代の末の、新興宗教の事件。 おびただしい数の「学ばなかった若者」 が「答え」を求めて集まっていた。 あの当時は「マニュアル」を求めている感じであったが、 最近の若者は 「論理」を求めている。

 「考え方」「理解の仕方」 「それさえも分からぬのか?」「人に求めるのか?」と嘆くなかれ。 考える事さえ怠ってマニュアルを求めた時代よりはるかに良いではないか。

 ぶつけられる大人、先輩が居た私たちの時代は良かった。 もっとも、あの頃の先輩たちも「お前が俺らの歳になったら分かるさ」としか言わず。 悲しいかな彼らの歳をとうに超えた今も先輩たちがあの時言った意味が分からないが。

 最近ある人が言った。 私への強い期待と情を持って。  「上昇志向がある内は子ども」「身の程を知るのが大人」 思い出せば、今までに何度か言われた様な気がする。
 
 人には私の「提言」が「個人的な悩み」や「葛藤」に見えるらしい。
 否、そう見える人が多い様だ。

 残念ながら「子どもが駄々を捏ねている」様にしか見られない様だ。
 
 子どもの頃の話が多いのも「子どもの証拠」 なんと「ピーターパン」だと言う。
 そう言われると話辛いが、確かに子どもの頃から変わっていない。

 想い出すのが隣の同い年の子ども。先日も日記に書いた。

 我が家の広い芝生でクラスメートがたくさん遊んでいた 彼は「新しい玩具」を持って皆を彼の家に連れて行った。 ついて行った私は追い返された。

 友達皆が持っている「銀玉鉄砲」が欲しいと、ささやかに訴えた。 「駄々を捏ねる」の最上級「電車の中で泣きじゃくる」を10とするなら 2程度。  たまたま家に居て聞きつけた父親が、小走りに寄って来るなり張り飛ばされた。
 
 「子どもに玩具は要らん!」 今なら「じゃあ玩具は誰の為?」と突っ込みたいところだが、2m位飛ばされた後である。 どうしても欲しいなら「自分で作れ!」と

 見本をその場で作った父は、作り方も教えず、見せず、割り箸と輪ゴムを投げつけ 首根っこを捕まえて、父の大きなデスクの下に入れられた。「出来上げるまで出るんじゃない!」

 情けない事に、父は「単にケチ」なんだと数十年想っていた。 母がそう言ったからでもあった。 互いに互いの才能に惚れ合いながらも 最も不理解者の二人だった。

 欲しい物は何でも手に入れた。 入らなければ作った 。やりたい事はほとんどやって来た。 
 駄々を捏ねた事はほとんどない。 

 あの時から数十年経った今 「玩具に吊られて行った子どもたち」が帰ってくるのを
 原っぱで一人待って居る。

 待ちきれなくて、日記を書いたり、本を書いたり。 「分かってくれない」と「駄々を捏ね居てる」らしい。

 そんな私に「若者」の問いかけは、運命的にもタイムリーだったのかもしれない。
 
 彼の返事に「確かに僕は無知だと思う」の文字を見て 、知識、情報不足と誤解されたのか? と危惧したが、 彼の文章はこう続いた 「僕は知に飢えています。でも知を恐れている自分も居る。 俗から離れることを恐れている自分も居るのです。」

 大河に流されながら「舟遊び」を楽しむ人々 。もしその舟から降りたらば、人々は再び舟に引き揚げてくれるだろうか?

 ましてや舟は下流に流されて行く。 上流に向かった者は再び舟の人々と遭う事は無いかもしれない。

 「孤高であれ!」と言ってくれる人も居る。 渓流のど真ん中の岩の上とか、滝壺の中に居れというのか? 人魚姫の様に?

 舟の中にこそ全ての真実がある。
 
 舟尻から毎日垂れ流される汚物。 時には用無しとされた人間も 、四六時中その輪に居られず、船縁で水面を眺める者も居る 。大きく揺れた瞬間に落ちるかもしれないが、誰も気に留めない。

 舟の上でTVのニュースを皆で見て、世の中の荒んだ様を批判するが 、船縁や舟尻には目もくれない。
 
 見ようとしない、見ていないのに、分かっている
「俗から離れることを恐れている自分も居るのです」
 
 苛めの仲間に背けば、自分が虐められる。 その為に「仲間」や「友達」が大切。

 
 「孤高であれ!」と言って下さるが 「俗」こそ本来は「人間らしさ」「温かさ」
 
 皆で舟を降りて岸に上がり、 原っぱで太陽と自然と戯れる。

 それで良いじゃないか。 そうすれば「孤高の存在」など無用

 

 P.S.
「孤高であれ」「勿体ない」と言って下さる方々は、 原っぱに一人残されている姿を見るに耐えかね 、どうせなら、独り黙々と好きな事に邁進して欲しい 。悲しみ、傷つき、嘆きを文章にしたためる姿が痛ましい
 
 そうおっしゃってくれます。
 前にも書きましたが「負の想い」さえも エネルギーなんです。 もしかしたら「むしろ」
 「じゃあ、もう心配しない!勝手にほざけ!」 と言われると寂しいです。
 その想いも大きな励みなんです。  甘ったれで欲張りでわがままです。

 でも、応援してくれる方にそんな気苦労をさせてしまうのは、 やはり「だだっ子」に似た未熟さですね。

 分かっては居るのですが、 まだ美辞麗句と受け取られるのが怖い。 耳障りの良い言葉で理解されたくない 。かと言って『孤高』に憧れない。 
 自分はむしろかなり「俗」っぽいから。

 「言わないで分かる者は分かる」 「言わなきゃ分からん奴は言っても分からん」 と思いながらも。

 誰にも言われずに来た人はとても多いと思うのです。 「分かる人は分かる」ならば、
 「分からない人」には誰が言うのか?

 古今東西、発信者の宿命ではないでしょうか?

 

 若者への回答-4

  人間は元々大変謙虚で向学心旺盛な生き物であった。 が、その謙虚さは無知、と幼稚さから生じたものであった。

 人間が生まれた時に、すでに目の前には大河が滔々と流れていた。 河から命をもらい、河に命を流し、歌も語れば、絵も描いた。 流れてくる汚物を必死に拾ったところで手に負えないし、 淀みに湧き水を注いだところで浄化出来ない。 故に、自らが汚物を流したところで、たいした事にはならないと思っていた

 そんな「無知」

 人間が数千年学んだ結果、大河には全てを流し浄化するほどの力が無いと知った 。もしかしたら、気づくのが遅かった。 もしくは人間が急増し過ぎた。

 人間は「宿主」を蝕んで、共に滅んでしまう未発達のウィルスか? それとも「宿主自体」が産み、作り出した細胞が「悪性」に変化したものか?

 「宿主」は人間を排除しようとしなかった。 否、昔の人間はそれを「神の怒り」と理解していた。
 
 人間は愚かだが、まじめな息子だった。

 
 子どもの頃、創造主たる親の望みや想いを探り、必死に学んだ 。親の意図を賢明に理解しようと、頭も心も体も捧げて頑張った。

 思春期には、喧嘩が耐えなかった。苛めも多かった。 優越や勝ち負けにこだわり、争って楽、富、という安心を求めた

 親は本来、兄弟喧嘩は「両成敗」 取り合った玩具やおやつは両方から取り上げられる。 しかし「物言わぬ親」の心は伝わらず、喧嘩は喧嘩を産み、恨みを産み、心を失った。

 大人に成りかけの頃、故郷を離れて、街に出て一旗揚げる事が流行った。 故郷で喧嘩に負けた者も何かを得る事が出来、勝った者は更に財産を殖やした。

 しかし、その繁栄は「虚像」だった。 街の流行は、不必要を必要と思い込ませた騙しの循環
 世界の多くの故郷が一部の繁栄の街の犠牲になっているだけだった。

 故郷の喧嘩で奪い取った物、奪われた物が、形を変えて街できらびやかに売られていた 。それをまた競い合って求め合い、満足の為に、また頑張って働く。

 それでもまだ「もの言わぬ親の心」を学ぶ者も居たし、創り出す人も居た頃は良かった。
 
 初老の域に達した人間は、薄々気づき始めて居た。 老後は故郷でのんびりと暮らそうとも考え始めていた。

 が、故郷は何処にも無くなっていた。

 
 人間が何処で何を何故間違ったか。 それは明白であるけれど、ではこれから何をしてゆけば良いのか?

 間違った時点まで「後戻り」する事 。壊した自然、無くした文化、失った心を取り戻し、
 「物言わぬ親」の心を感じる気持ちに立ち戻る事

 それ以外の道があったら

 是非、教えてほしい。

 私の代わりに、未来を夢見る若者に教えてあげて欲しい。

 昔の素敵な音楽を奏でながら、 マクロビロティックなスローフードで命を貰い、元気になりながら。 新しい物を創るのも良し。 必要な物を「壊れない様に」作るのも良し 、他は、自然復興産業や伝統復興産業に従事し

 人間はあと数百年はする事が出来る 。やるべき、すべき、必要な事がたくさん  
 幸せな事ではないか。明るい未来ではないか。
 数百年後、 人間は森に暮らしているかもしれない。

 でも、創り上げた文化は皆大切に持ちながら。

   
 10月25日(木)   若者からの質問
   

 若者から、素直で正直な「質問メール」が届いた。
 本人の言う様に様々なテーマの疑問が脈絡無く溢れ出していた。

 その中の一つ
 「若林さんだって始めはロックやポップスから音楽に入ったんでしょ?」
 
 「ロックやポップスと民族音楽の位置づけ」
 おそらく多くの音楽ファンが彼と同様に誤解している。

 質問への答え
 「勿論、Yes! というか未だにロック、ポップス大好き」 
 それどころか自分の「民族音楽」は「ロック」や「ブルース」だと思っている。

 そもそも「ロック」「ジャズ」「ポップス」と「民族音楽」
 そして「西洋クラッシック音楽」や「日本の伝統邦楽」と「民族音楽」
 を「両極的な存在」と思う人は多い。

 ジャンル分けの「知識」をかなぐり捨てて考えて欲しい。
 世界には「二種類」の音楽しかない。

 「太鼓や打楽器がオカズや効果音でたまに鳴る音楽」と

 「太鼓や打楽器が曲の最中ずっと鳴っている音楽」

 日本の伝統民族音楽にも
 「お筝、三味線、尺八の地歌三曲合奏」の様な前者もあれば、
 「祭り囃子」「和太鼓合奏」の様な後者もある。「和太鼓は近代音楽」の解釈もあるが。

 西洋、すなわちヨーロッパにも
 西洋クラッシック音楽の多くの様な前者もあれば、祭り音楽の様な後者もある。

 つまりは、前者は「室内、芸術、理論、科学、知性的、教養、の音楽」であり。
 対する後者は「屋外、大衆、ノリ、祈祷、祭り、トランス、ダンス、の音楽」である。

 
 「民族音楽を楽しかろう良かろうの悪質な風潮の原点を築いた」
 その張本人は誰あろう、私に違いない。
 自戒と、願いは「スローミュージックで行こう」(2005年11月岩波書店)に書いた。

 その「過ち」には実は1980年代に気付いていた。 にも関わらず、方向を変えられなかった。

 インド音楽のライブのお客さんが言った言葉。
 「素敵でした! ロックやジャズに物足りなさを感じて居たんです。世の中アメリカの音楽ばかりだし、だから若林さんの音楽にとても惹かれます」

 内心「自分は生涯ロックンローラー」と思っている私は愕然とした。

 「民族音楽はロックやジャズの対極にある音楽」
 ショービジネスやコマーシャル、アーバンとは縁遠く、自然的である、と。

 「民族音楽は西洋クラッシック音楽の対極にある音楽」
 権威や地位、名誉や、格式に拘らず、理論や楽譜ではなく「体で感じ、憶える」と。

 「民族音楽は日本の伝統邦楽の対極にある音楽」
 伝統やしきたりなどの敷居の高さは無く、素朴で庶民的である、と。

 大間違い。

 もちろん「音楽は皆一緒って意味ですよね」でも到底ない。

 「民族音楽」には、ロックやジャズよりポップなものもある。
 負けじにコマーシャルなものも。大昔にしっかり在った。
 「民族音楽」には西洋クラッシック音楽より権威的なものもある。
 ベートーヴェンやカラヤンより稼いだ演奏家も少なくない。
 「民族音楽」には日本の歌舞伎、長唄、義太夫よりしきたりを重んじ、敷居の高いものもある。

 音楽はまた別な二種類に大別出来る。
 「売れる事を目指すコマーシャル音楽」
 「売れる事を気にしない自分向け音楽」

 民族音楽にもこの二種類がある。

 また別な二種類にも大別出来る

 「伝統的な古い音楽」
 「新しいが一過性のハイブリッドな音楽」

 民族音楽にも、西洋クラッシック音楽にも
 ロックやジャズ、日本の伝統邦楽にもこの二種類はある。

 「伝統音楽」とて
 登場した時は「アヴァンギャルド」であり「コマーシャル」であったものばかりである。
 が、何故か「長く流行」し、「多くの亜流」を生んだ。
 「一過性」の音楽は、流行も短く、それから「二代目」の音楽や「亜流」が生まれない。

 後者が一過性で、追従する流れが生まれなかった訳は
 一、「あまりに低俗で陳腐な為に、大衆の向学心、向上心、興味、関心を満たさなかった」
 二、「あまりに高尚で先んじていた為に大衆の理解、興味、関心を得られなかった」

 言い換えれば「続かなくて当然」の低俗な音楽も在れば「掘り起こしてみたら、今の時代に心を和ませる音楽」もあるかもしれない。 

 この事から分かる事
 全ては、
 「メインカルチャー」と「サブカルチャー」の論理に回帰する。
 恐らく、彼に限らず、若者の多くが「サブカルチャー」を知らない。
 
 と言うよりも1970年以降、アメリカはヴェトナム戦争で疲弊し、挫折し
 日本は学園紛争で挫折し、その後の高度成長で誤摩化され、世界の殆どの国が「サブカルチャー」の無い時代を35年も暮らしている。
 その間に日本に在ったアウトロー的なものと言ったら?
 「タケノコ族」「新興宗教」とんでもなく小規模で閉鎖的だった。

 知らないのも無理はない。


   
 10月25日(木)   必要悪
    ほとんど毎日、蕎麦とパスタを食べている。
 LIVEの時は、ちょっと贅沢に、お店のメニューやら、打ち上げの居酒屋やら、
 でも月の三週間は、ヴェジタリアンな食事。 
 麺つゆは魚出汁だけど。時々「月見」にするけれど。

 たまに「毒」が食べたくなって、フィッシュ・バーガーや、粉から作って化学油で揚げたポテト
 などを食べる。

 不思議と元気になる............。 った、気がする。

 砂糖を一切使わず、化学塩を使わない、マクロビオティックなスローフード
 25年ファストフードを食べなかったお陰で、体は頭より賢い。
 「胃袋に届く実感のないまま、体中に融け込む」
 
 あの感触は興奮に値する。

 なのに「毒」が食べたくなる。
 体の免疫作用や、防衛本能らしきものが「久々」に動きだし、
 きっと肝臓やら腎臓が「やっと仕事が来た」と頑張るのだろうか。

 たまに「毒」を見たくなる。
 ロングランのショーや、人気番組
 TVが写らないから、蕎麦屋さんなどで。

 「やっぱりこのまま頑張るしかないな」と初心に返る。

 たまに「毒」が聴きたくなる。
 数秒で後悔する。 「毒」と一緒にあの「人相」を見せられるから。
 
 「毒消し」にこんな文章を書いている。
 「毒を吐いている」と言われる。

  かもしれない。

  最近、気付いて愕然とした。

  卵が割れにくい。

  「なんか妙な物喰わしたか?」

  当たり前か。

   
 10月28日(日)   今
    たくさん「分かられない悲しみ」を感じて来たからかもしれないし
 たくさん「別れの悲しみ」を感じて来たからかもしれない

 「ああ、あの時もっと頑張っていたら」
 「ああ、あの時、一言加えていたら」
 「ああ、あの時、もう少し我慢していたら」

 いっぱいそれを繰り返したからか
 いっぱい後悔を繰り返したからか

 終わりから逆算して
 
 今を大切にする様になったのか
 

 我慢は感謝に変えられて
 今の辛さを未来から想う
 
 希望は夢に変えられて
 無くなる事から考えて
 
 今を大切に生きる人
 
 
 ほんとうは「夢もあった」のかもしれないし
 ほんとうは「頑張りたかった」のかもしれない

 「ああ、あの時もっと楽しんでいれば」
 「ああ、あの時、早く辞めていれば」
 「ああ、あの時、もう少し我が儘だったら」

 いっぱいそれを繰り返したからか
 いっぱい後悔を繰り返したからか

 今から終わりを考えて
 
 今楽しむ様になったのか