考えた事 2007年 9月
広尾のど真ん中で明かりに飛んで来た黄金虫 東京にもまだ緑があるんだ、と安心する人。 少し郊外に行くと蝉の声で会話も聞こえない まだまだ大丈夫と安心する人
航空写真を見て愕然とする。 緑は5%も無い 健気にピンポイントで集まる昆虫達
そもそも昆虫なんか嫌いと言う人 ヤブ蚊は敵だと思う人 病気を運ぶと思う人
飲屋街でゴミを漁るカラスや野良猫 逞しく生きて居ると思う人 見窄らしく汚らしいと思う人 猫は外飼いで良いという人 そもそも自由が親切と思う人 深刻な伝染病の蔓延に憂う人
有機農法、無農薬を良しとする人 昆虫飼育にはありがたい 美味しそうに食べる写真を送った 返事をくれた生産者さんは居ない。
「虫けら」「犬畜生」という言葉もあれば 「一寸の虫にも五分の魂」という言葉もある。
千葉のミッションにホームステイして昆虫採集をした 毎朝の挨拶。 「虫は捕れたかい?」
Bugという言葉を使う人 Insectという言葉を使う人 Beetleという言葉を使う人
明日を生きる 頑張ればきっと良くなると信じて 今の辛さはいずれ良くなると信じて 前向きに 明るく元気良く
過去に生きる 良かった時期や、想い出に浸って 出来る事なら戻りたいと 努力すれば戻れるのではないか、と
昔に生きる 昔に生まれていたらどうだっただろう いろいろ不便かもしれないし 自由も少ないかもしれない
ライブの後のビールは美味しいけれど、 楽器が倍重たくなって...........。 福岡の海風の中を帰るのは良いけれど、 東京の人ごみを大きな楽器を持って帰るのは..........。
やっと吉祥寺に着いて 酔い覚ましと小腹空きにアイスキャンデーを買って
何故か、母と父を想い出して居ました。
昔は、アイスキャンディーとかアイスクリームとか 毎日どころか週に一本も食べられなかった。
その代わり母が「かき氷」を作ってくれました。 手で「シャクシャク」廻すやつ
真っ赤なイチゴ味のシロップを掛ける 妹と二人で「シャクシャク」を聴いている幸せなひと時
今より涼しかった日本の夏 十分に「涼」を貰えました。
親の苦労と自分の寂しさを天秤に掛けたくないから 想い出したくない様な
でも、きっと沢山可愛がってもらっていた。 沢山して貰って居た。
「かき氷」でこれだけ想い出し、想うのですから
きっと、十分の一も恩返ししていないし
五分の一も、自分の子どもにしてあげられてない。
父と母の時代より 生きるのが大変な時代ではありますが。
思春期の頃「ある人」に言われて愕然とした。 「自分を愛せない人は、人も愛せない」
ショックだった。 八歳の頃に生き延びた人生は その時一回終わった
最近になってやっと分かって来た。 「ある人」の言った事は間違いだった、と。
「自分を愛せない」そのおかげで、 人の自己愛の度合いが良く分かる
自己愛から離れた、ささやかな「愛」に 大きな喜びを感じ、深く感謝が出来る。
音楽に対しても同じ 自己愛ではない音を見逃さない
その音は「行」の様であり、 「献身」の様でもある。
人それぞれに時間差はありながらも、 大まかに朝食、昼食、夕食、夜食.......。間食? おやつ? 腹ぺこでやっとありつけた人 空いてないけど今しか食べられないから、の人 駆けつけてかき込んでの人 友人と会話をしながら 彼女と楽しく 家族で賑やかに ゆっくりだったり、飲みながらだったり
味わって食べる 懐石料理 。ふうふう食べる 鍋やラーメン 。食べた気がしないのにもたれるファストフード 。母の手料理 おばあちゃんの煮転がし
「お前が俺らの歳だったらなぁ」 「お前はホント馬鹿だよなぁ」 先輩にけなされる度に思った 「やってみなきゃ分からんもん!」
古今東西、数多の物書きが残していると言うのに、 世界中に「格言」「言い伝え」「ことわざ」が在ると言うのに、 ありとあらゆる芸術や文学が、 その作者が命を削って「伝えん」としたと言うのに。
人は何故 同じ失敗を、わざわざ自分で体験してみないと気が済まないのか?
「経験者かく語りき」「先人の教え」「老婆心」 言う立場になってみて分かる、もどかしさ。
言われている頃には分からない。
青春時代 って古くさい言葉、なんでかちょっと「気恥ずかしい言葉」 楽しみにしていた会食 ウキウキと席についてメニューを見る 腹ぺこだから「全部食べれそう!」な気さえするし 「あれも良いかも」「これも食べたい!」
もしそこで、隣のオヤジが 「やめとけ!」「そりゃそんなに美味くない」 「値段の割に量が少なく、美味くもない」 「だいたいこの店、美味くない」
とかゴチャゴチャ言ったら?
上品なマダムが 「まあ、なんて御下品な」「マナーを知らないのネ」 とかコソコソ言ったら?
「俺の金で何をどう喰おうと俺の勝手じゃい!」 お店の人もオヤジに言うだろう 「お客さん営業妨害です」 「勝手じゃい!」と怒った自分が 「やめとけ!」の気分で隣に座る。 「生きるため」「働くため」に食事をする 「学ぶため」「楽しむため」「滋養と英気を取り込むため」 にも食事をする 。「生に感謝」し「命の為に命を取り込む」 それもあれば 「空腹を満たすため」「習慣」「惰性」もある。
しかしながら、我々人間が、 「地球」という「ひとつの生命体」の一個一個の「細胞」だとして「地球」は何処で何の仕事をし、何処で何を何の為に喰らうのだろうか
「勝手じゃい!」とほざいてみても 、結局は「与えられたメニュー」の中 限られた冷蔵庫の中身。
具合が悪く成ると分かる 「食する」という事の「重み」 どちらかと言うと、どんなに具合が悪くても食欲がある方 基本的に丈夫なんだろう。 「食べればそのうち元気になる」 ありがとう!
「中々食べてくれなかった」入院中の母 。食べ出してから急に回復した。
昆虫でも魚でも 「食べなくなると」先がない。
勉強や仕事や経験や 友情、愛情、試練、チャレンジ 。楽しむことや芸術鑑賞 。遊ぶ事や紛れることや 考えることや悩む事
どんなメニューをどんな店で 誰と一緒かそれとも独りか ゆっくりなのかあくせくなのか
素晴らしい料理を頂くと変わる 「人生観」 体中の「細胞」が私に「感謝」の声を上げる
「地球」という「生命体の」最後の食事 。いずれ来るだろう。 それ以前に「人類」の最後の晩餐も 。いずれ来るだろう。
「俺の人生じゃ! 何をしようと俺の勝手じゃい!」 そりゃ確かに 「君のお金で君が何を食らおうと」 だいたい「君の胃袋」にしか入らないのだし。
使ってない部屋は誰の為の部屋なのだろうか 物置になっている部屋もある 「想い出」が詰まっている訳でもなく
「捨てられないもの」だったり 「捨てる理由のないもの」だったり 「捨てるきっかけのないもの」だったり
会った事も無い親戚、ご先祖のもの 今では使えない様な奇妙なもの 「鑑定団」に出してみたい様なもの
でも、その部屋に一日中居れる訳ではない 全ての部屋を活用出来る訳でもない 全ての物を整理整頓する暇もない
自分さえ良ければ、という身勝手な冷たい刹那の顔。 この世の春を謳歌して、時代に乗っている自信に満ちた顔。 「文句あるか?」と守りを固めて、冷ややかに警戒している顔。 疲れた顔。だらけた顔。 諦めた顔。 馴れた顔。
ああ、早く福岡に帰りたい。 猫さん達を連れて帰りたい。 育った街が一番やばいのかもしれない。
懐かしいあの街には、まだ温かい顔があるだろうか? 西荻、荻窪、阿佐ヶ谷、高円寺。 東長崎、江古田、中村橋。
西荻の動物病院では素敵な家族に会えた。 中学生?のお兄ちゃん、小学生の妹、お母さんとおばあちゃん? 交通事故の子猫を保護して来ていた。
吉祥寺の西友のエレベーターでも、ドアを開けて待っていたら 丁寧に笑顔のお礼をくれた初老のおばさん。 勿論、温かい笑顔が無い訳ではないけれど。
穏やかな心で街を歩いている人が居ない。 肩がぶつかっても、最早気にもしない。 かく言う自分は? とショーウィンドーに写る顔を見た。 愕然とした。
捕われた西の国の元大統領そっくりだった。 かなり、やばい。
もうかれこれ一年以上、TVは見ないし、ニュースも知らない。 でも、世の中良く成っている気配も無いし、ニュースのネタは相変わらず。 自転車の逆走、階段、エスカレーター上り詰めたところで立ち話。 歩きながらのメール。そんな人々の顔つき。 そして日に日に増える状況
それだけで、十分な所に憂鬱なニュース。そしてそれに対するコメント それを知らないと「恥」なのか? 「世の中に遅れる」のか? 「毒」としか思えないけど。
知らなくて恥な事は、恥をかけば良いじゃないか。
「病気」その1
水槽15本にありとあらゆる日本産淡水魚を飼育していた初めの頃 ショップで買って来ると、塩水に数分着けて「雑菌」を駆除していた。 後に「無駄」と知った。
確かに「未知」「初渡来」の「病原菌」「ウィルス」もある。 「そなえ」も「免疫」も無ければダメージも大きい。 しかし、たいがいの「病原」は生き物が「常在」させているし、 巷にあふれている。
「○○さんに風邪を移された」 確かに、一気に短距離で「ウィルスの数」が増えれば「確立」も上がるだろうけど。 「遠からずとも当たらず」
「あの子達と遊ぶのは止めなさい!」と親が言った。 影響されて、顔つきも言葉遣いも悪く成り「らしくなくなる」から。 「盛り場から帰ったら手の消毒をしなさい」 確かに「確立」が上がったところに、鼻腔、口腔、取り込み易い
昭和30年代の子どもの多くが 頬に皮膚病が在った。 青ッ鼻を垂らしている子も居たし、袖がガビガビな子も多かった。
「衛生状態」「健康状態」「食生活」も良く成ったのだろう 「抗生物質」のお陰も在れば「耐性菌」で苦しむ場合も
皿からスプーン、ストローの先までアルコール綿で消毒し 一回も下痢をしないで行って来た一番最近のインド研修
確かに「防疫」「衛生」未然に防ぐ事も出来る。 症状を軽くする事も出来る。 「風邪薬」というものは「存在しない」はさすがに理解された事だろう。 ウィルスを殺す薬は無い。
2005年の春、体中に「湿疹」が出来、手袋をはめて寝た。 朝起きると手袋を外して掻いている。グローブの様に腫れた。 手袋をガムテープで止めても駄目だった。
20種類ほどの「アレルギー」検査で「猫毛」だけがヒットした。 「猫をとりますか?健康をとりますか?」迷わず「猫!」 月日とともに悪化し「呼吸器」に来たらどの道「お別れ」と言われた。
2005年春〜2006年夏。一日「二錠」を守れない日が多かった。 2006年夏の或る時、何時もと違うお医者が「猫毛アレルギー?」 「そんなものない」と言い切った。 2006年夏〜今日迄 「一錠」も飲んでいない。
確かに「外来」「新渡来」の「病原菌」もあるが 遺伝や体質、環境による病気、病質もあるが 「病原」は全ての人が「常在」させている。
「バランス」「免疫」「抵抗力」「自然治癒力」「自浄作用」 「心因性」「思い込み」「ストレス」
お弟子や友人に話しても、なかなか賛同されない「例え話」 「不慮の事故が起きた」 凶器をそこに置いた者が悪いのか? 「なんだろう」と手にして引き金を引いたものが悪いのか? 殺意の有無が問題か? 結果は同じ。
引き金を引いた「猫さん」を愛している そう思った途端に「凶器」も成りを潜めた。
「病気」その2
1978年から3年間、ほぼ「完全菜食」 「根菜類」「タマネギ」「生姜」「ニンニク」も止めた。 「インド音楽演ってるのに肉を喰うのは反則だ!」 何故か「気になる」悪友の言葉に「反発」してのこと。
彼は翌年肉を喰っていた。
自分も三年後には「酒」「魚」五年後には「卵」も解禁。 お肉、鶏肉は現在も食べない。 思いがけず混入していたりは在っただろう。調子が悪く成る。
猫さんは「野菜」を摂取出来ない。 代わりに「半分消化された野菜」を鳥の臓物から得ていた。 それが出来なく成った現代。「尿路疾患」「腎臓病」「肝臓病」が増えた。
クワガタの幼虫は「生木の養分」を摂取出来ない。 カブトムシの幼虫も「生葉の養分」を摂取出来ない。 代わりにバクテリアが半分処理をした「朽ち木」「堆肥」を食べる。
欧米人が肉を食するのは「野菜を食べるため」だと フレンチの職人さんに聞いた。 「猫さん」と似ている体質。
種によって、もしかしたら、個体によって「体質」が違う。 お酒が飲めない人が居る様に。
「菜食」のお陰で、コンビニ「弁当」「おにぎり」 あらゆるファストフードから遠ざかった。
たまに食べると二日程「調子」が悪い。
その代わりに「マクロビオティック」な「日本料理」 本物と出逢うと「細胞」が歓喜する。
胃袋に到達した実感が無く、手前で体中に浸透する感覚を得る。 自分にあった食生活、体質改善をすると、 毒にも薬にも「感受性」「反応」がはっきりして来る。
「音楽」「言葉」「想い」「心」も同じ。 「砂糖」と「塩」で「美味い」と思う感覚では分からない。 皮肉な事に、猫さん用「缶詰」 我が家の猫さんでも、「砂糖」と「塩」に惹かれる。
「健康」を維持するのはとても大変。
「心の健康」に至っては、至難の技
誰しもが「自分は大丈夫!」と思いたがるのも頷ける。
そして「大丈夫じゃなくなった人」を見て ホッとしたい本能が「信じられない!」と声を上げさせるのかもしれない。
「盛り場から帰ったら手を消毒」と言うのに 消毒グッズは随分増えたし人気な様だが
「盛り場から帰ったら心と頭を消毒」とは言わない。
「ありふれた」「俗な」「つまらないもの」 程度に考えているからだろう。 「ばい菌」「ウィルス」をそうは思わないのに。
むしろ「心」や「感性」「思考」の方が「無防備」 「免疫力」も養えないだろうし、 「自然治癒能力」「自浄作用」も怪しいものだ。 むしろ「逆」かもしれない。
「下世話な言葉」「憂鬱な表情」「毒な音楽」を聞いて来たら 「まごころのある言葉」「本物の笑顔」「薬になる音楽」を聞くべき
そう理解する人々が増えたとして 「消毒薬」「治療薬」「毒消し」になるようなものはあるのだろうか 「良い音楽」を聴く。美術品を見る。「感動的な」DVDやVideoを見る。
それも大切なことなのだろう。 しかしCDやDVDの特性、周波数では「逆に毒」という説もある。 「毒」でもないにしても「サプリメント」程度に考えるべきかもしれない。
本物の素材、本物の料理の様な「音楽」「芸術」を「生」で摂り込む。 「音楽」「芸術」にも「マクロビロティック」が語られる様になったら、
「その土地の」「旬の音楽」を「端から端迄」 この場合の「端から端まで」は「曲の最初から最後まで」ではなくて 「音楽に身を投じて」であるだろう。 その昔、祭りの輪に飛び込んで、歓喜し踊り楽しんだ様に。
ならば「君の演っている世界の民族音楽は日本人には不向き、不必要じゃないか!」 結論的には「Yes」。
「スローミュージックで行こう」(2005年11月岩波書店)にも書いたが、 そもそも「その土地から引き抜いて持って来た音楽」 「根っこ、泥」が付いていなければ、「根ざさなければ」日本で聴いても意味がない。
そもそも「体質改善」しないで聴くなら、現地で聞いても意味が無い。
しかし「現地のマクロビオティックであった音楽」である「民族音楽」には、学び、気づかされる事が多い。 それらは「より古い音楽」により濃厚に「力」がある。 その場合、西洋クラッシック音楽もJAZZ、Bluesもカリブ・ラテン音楽も同様。 「本物」であれば、日本人の「体質」「感性」言わば「味覚」に合わせてもその「力」は簡単には失われない。
人々の「心が健康」であれば 世の中のたいがいの問題は簡単に解決する。
「見なきゃ良かったコメント」 相変わらずどころか「悪くなっている」様な気さえする。
「あんな事を平気でする神経が分からない」 「そんな奴は極刑に処するべきだ!」と豪語している。
殆どの「病原」を殆どの人が「常在」させて居る様に。 「心」の病気も。「おかしな言動」「間違った言動」 「犯罪」の原因も殆どの人が「内在」している。
「した事がない」「しようと思った事がない」 が単純に「する筈がない」と言い切れる程、人間は「自分を見つめて」はいない。
「そんな馬鹿な!」という人が いつの間にか、自転車の逆走をしていたり、電車の座席を詰めずに座る。 「何か文句があるのか?」の表情を見せて「平気」である。
明らかに「感染」しているが、「免疫作用」も「自浄能力」も 極めて乏しそうである。
僕も、色々な想いや、立場、気遣いが在って、コメントにコメントを返さず、代わりにメッセージをお送りする。 先日の日記の「最後の晩餐」 「気づいた人」「分かった人」は偉いのではなくて 「先に食べ終わった人」「食べた事がある人」に過ぎない。 その人がこれから食べる人、食べている最中の人に「それはまずい」とは言えない。
「師匠」と慕われて「何が美味しいですか?」 「何を食べるべきですか?」 と聞かれたとしても、中々「伝え辛い」
元々「見て分からんもんには言っても分からん」 「言わなきゃ分からんもんには言っても無駄」 が信条の私が「教える」「伝える」と言う事自体が最大の 「矛盾」「問題点」
「美味しい」という感覚に「先入感」を与えたくない 「自分の感性」で感じて欲しい。だから言いたくない。
僕はしばしば「裏コメント」と言っている 温かいメッセージに励まされます。 同時に頭を抱える事もあります。
小さな命をどのように救ったら良いか? 私の問いかけには絶望的なお返事が返って来ました。
さらに悲しい話も加えられていました。 問題を複雑にしているのは、人間である、と。 親元を離れ頑張っている人々が 心の交流を得、慰められて、その結果
それを簡単に「間違っている」とは言えない。
「弟子と言えば子も同然。師匠と言えば親も同然」 お互いに、そこ迄思い入れする必要もない。むしろ、逆。
「親がしなかった躾を何故僕がせにゃならん!」 と憤慨する事多々あれど。 それが「才能」に「蓋」をしていたり 「身勝手な満足」「心が発揮されず、音が届かず」「聞こえず気づかず」
「自信が無い」という人程「心」を持っていたりする皮肉。 「自信を着ければ」「勘違い」 基本的には「そのままで良い」「そのまま」がむしろ良い が「そのまま」で乗り越えて「やらねばならない」
「親の様にしたってくれた」人程 打ちのめされる。 「躾」の問題まで明らかに成れば「親を批判された」とさえ思う 「自信が無いのに丸腰で戦場に投げ出され」「守ってもくれなかった」 「自信を着ければ」「まだまだ」と言われ、さらに着ければ「勘違い」と言われる。
小さな命を窮地に追い込むのも同じ心の「永遠の課題」 「心弱き人」は実は「気づく力」がある。本当は「弱くない」むしろ「強い」 でも、きっと。 壊れて行く、悪影響を受ける、痛むも感じ易い。 その結果「依存心」が高まる。そして勘違いし易い。
味わいもしないのに、だらだら、ふざけて食べている輩には 「おい!早く喰え!」と叱りつける事も簡単 しかし、食べるのが遅い人が必死で食べているのには言えない。 むしろ「安心して」「ゆっくり食べなヨ」「味わって」 「それこそがあなたが生きる活力になるのだから」と言いたい。
憤りから愛を引けない時 それは切ない「憂い」になるのだろうか
物々交換でも貨幣を介在したとしても、 「等価交換」でなくては、何故いけないのだろう。
売り手が「高く売れて嬉しい」と思い、買い手が「安く買えて嬉しい」と思う そんな事ってあり得ないのだろうか
日本の五指に入る有名な演奏家。 気さくというか、有名人の割に庶民的。天才や選ばれし人という感じのオーラが無い。 でも良い人。 当時日本で唯一の民族楽器専門店をや始めた頃「物々交換」に現れた。 不思議なご縁で、彼も僕も「ラッキー!」と喜んだ。 互いが「今一番欲しかった楽器」「直ぐにでも活用出来る楽器」と交換出来たから。 ある元お弟子さんがエジプトに行き、私から習っている弦楽器ウードを買った。 勿論自分が習う楽器として。 しかし、その楽器があまりに見事な楽器だったので「師匠に使って貰いたい」 しかし、現地の価格でさえ、支払う余裕が無かった。 彼は私の楽器店で、その金額分の「欲しい楽器」を選んで交換してくれた。 長野の山奥からフルサイズのハンマード・ダルシマーを持って来て、 幾らでも良いから「若林さんに使って貰いたい」と言ってくれたお客さん。 シタール教師に法外な値段を払った他にも色々あって、断念。 確かに「これ以上無い程の装飾」そのお陰で音が鳴らない、響かない。 「でも、若林さんに弾いて貰いたいのです」 「使わなくなったら売ってしまっても構いません」と言ってくれたお客さん。
ウードもダルシマーも、LIVE以外にもポップスの録音やCM音楽で大活躍した。 シタールは、一番優先的に用い10年後「一番鳴る楽器」に成った。 そのシタールは九州に通う様になった時、真っ先に運んだ。 心ない人のだらしない扱いでボロボロになってしまったが、直して活躍している。
それでも尚、今もって尚、「元が取れた」と思えない。 安く譲ってもらったけれど、本来の当たり前の価格以上に 「借り」が有る。 「心」と「想い」と「願い」と「期待」の分
だから、お金は好きじゃない。お金に「心」を添えるのはとても難しい。 日本人の伝統「のし袋」は素晴らしいと思う。
「お祝い」や「ご祝儀」は大切に、大事な事に使わせて頂いている。 本来「全てのお金が尊い」筈ではあるけれど。 勿論、分かっては居るのだけれど。
「男は欲しいものが堂々の値段であっても、買えた時の達成感に酔い、むしろ「高かった」事を喜ぶが、女性は、欲しかったものが割引されたその差額を喜ぶ」 と以前書いた。 意外に女性の「反発」「反論」が無かった。
狩りに出掛ける男、洞窟で子どもと待つ女性の原始の時代から 男は「夢想家」「空想家」女性は「現実的」「現時点的」 と思いきや、オークションで安く買えた!と喜ぶ男が増えた様な。 男に使わせるお金の額で、心を測る女性も増えた様な。
東京で「挫折」したにも関わらず、もしかしたら、と福岡で再挑戦 「投げ銭制」のLIVE やっぱり挫折した。
「幾らでも意に感じた分だけ」 分かり易く「アナタが日頃払うライブの平均金額と内容と比べて」でも良い。 が「払わなくて良いなら払わない」になる。 それでも頑張って続けたが「こんな素敵な演奏をタダで聞けるなんて嬉しい」 とアンケートに在った時に辞めさせてもらった。 贈り物をしようと思う 「心」を込めて「手作り」で「世界に立った一つの」 何が喜ばれるか考える労力と時間が ¥1000 作る作業の労力と時間が ¥5000 込めた「心」と「想い」が ¥5000 材料費が ¥1000
「手作り」をしている時間が無い。 その時間が惜しい。それほど迄の気持ちが無い。 だいたい喜ばれる保証が無いのに、苦労は勿体ない 。ここは、普通にデパートで小洒落た品物を買おう 何が喜ばれるか考える労力と時間が ¥1000 デパート迄行って選ぶ労力と時間が ¥1000 有名デパートのブランド商品 ¥5000
しかし「何が喜ばれるか」分かりはしない。 せっかく贈っても無駄かもしれない。 あれこれ選んでいる時間が惜しい。便利な物がある。
デパート迄行く時間が ¥1000 有名デパートの商品券 ¥5000 でも「そのデパートでしか使えない」って不満言われるかもしれない 。ここは「気遣い」を選択すべきだろう。
現金を渡す「好きな物買って!」 ¥5000
贈り物を受け取った 。「手作り」とか言うけど、趣味も出来も悪い 。100円ショップでも「売れまい」 なんだか「安くあげよう」という感じがムカツク
評価額 ¥80
贈り物がデパートから配達された 。好みの品ではないが、半分位は使えるかも
貢献度額 ¥2500
バザールで売れるかも ¥1000
商品券が届いた。その店でしか使えないけど 。置いておいて減るもんじゃないし ¥3000
現金を貰った、なんか感じ悪い気もするけど、楽しい事に使えば良いんだから
ありがとう! ¥5000
友達を呼び出して、作品を見せて売る様になった。 その為に時間を割くのだから、と二割の「卸値」値引きをお願いした。 彼も喜んで承諾してくれた。
口コミで人気は広がり、遂に小さなお店を出す事になった。 家賃を払わなくては成らないので、少し値上げをして、卸値も更に下げて貰った。
他にも商品を置いたが、彼はそれがあまり気に入らなかったようだ。 無愛想だから、店に居なくても良いと思った。
お客さんは増え、色々な物が売れる様になった。 彼の作品も良く売れる。が、彼は納期を守らなかった。 彼の為に始めたのに、彼の努力が感じられない。 彼の代わりにお客さんにお詫びをしているのに、彼は詫びもしない。
お店には作品を売って欲しいという作家の持ち込みも増えた。 彼の作品をより安く作れるという作家も現れた。 彼は一向に努力も感謝も見せない。 自給自足で悠々と暮らしていて、欲も無ければ、不足、不満も無いと言う、。
他の作家に作らせる様になった。 お客さんは安い方を喜んで買う様になった。 お店が忙しくなったので、本業を辞めて専念した。
カタログも作って、通信販売も始めた。沢山の作家さんの作品を集めた。 最初の持ち出しがどうにかペイ出来そうな頃に、近所に似た様な店が出来た。 お客さんが二割減ったので、値段を一割下げるしかなかった。 営業時間も前後に延長し、毎日お店に振り回されて気持ちに余裕が無くなった。
そんな頃「体を壊して畑仕事が出来なくなった。何でも作るから売ってくれ」と、彼から手紙が来た。 「ほら!見た事か!」の気持ちと「助けて上げたい」気持ちが交錯した。
自分も余裕が無く頑張っている内に、自分の体の調子が悪く成った。 気づけば家族にも犠牲を強いていた。
元々「人の為に始めた」事であった。 なんだか振り回された様な気がして、すっぱり辞めた。 赤字には成らなかったけど、苦労の分は全く戻って来なかった。 虚しさだけが残った。
よく在る話。
HDに個性とか、記憶とか、がきっとあまり入らない。 頭の回転が遅いとか、好みによって、雰囲気、匂いで フィルターが掛かってしまうとか、頑固な主義、主張とか。 PCだったらとても使いづらい、旧式のしかも昔からオンボロです。
だから「世の中」の人々がどんどん変わって行くのが怖いのです。 「影響されにくい」方は、そんなに心配されなくても良いのかもしれません。
生家荻窪の家には「誕生日」も一緒だった筈のお隣の子が居ました。 彼は一週間生まれるのが遅れました。 幼稚園入る前から遊んでいました。 うちが、乳母車を親戚から貰うと、新調して見せに来るお家で とっても張り合うのがお好きだったそうです。
我が家は貰う以外、買えはしなかったのですから張り合うも楽だったでしょうに。 ただ、庭が広かったので、100坪の芝生に友達が遊びに来ました。 すると隣から彼がゲームを持って来て、みんなを連れて行きます。
私も何気に追いて行くと、彼も彼のお母さんも「君は駄目!」と。
小学校一年生の「入学式」の後、教室に入るや否や、お隣の家の子が教室中を 「走り回りました」 お馬鹿な私は一緒になって後を追いかけました。 気づくと走っているのは僕だけで、 新入生で最初に先生に叱られた劣等生となりました。 その後で「机」に名前を書きますが、お隣の子が大きな字で書いたのを真似して書き始めました。 彼は七文字。 僕は九文字。はみ出しました。最後の方で気づいても 二文字入りませんでした。
「わかばやしただ」 新入生で最初に「笑われた」苛めらっ子候補生になりました。 泣いて帰りました。 帰り道母に慰めて欲しかったのですが、 母は「走り回り」に大変ご立腹で。家に帰っても夜まで叱られました。
二、三歳児の頃から「質問魔」だった私は、 「何?」「何故?」を知りたがります。 これはきっと私の「癖」もしかしたら「病気」です。
「影響され易い」のも「癖」か「病気」です。 なので、自分を見失う事のない 普通のしっかりとした方は、 私の憂いなど、気に留めなくても良いかもしれません。
勿論、日記の様につらつら連ねながら、 「公に発信している」意識と覚悟はあります。 「随分とご自分の内面を平気で晒されますね」と言われます。 たしかに三年前ホーム・ページを自分でやる迄は、ネット文化、ブログ文化に「興味が無く」と言いますか強い「抵抗感」がありました。
お弟子さんが作ってくれた民族音楽センターホーム・ページも ネットに繋がってなかったので、「校正」の時以外自分では見れませんでした。 他の方のページに至っては全然見れませんでした。
「おい!若林!文句在るならこのブログに言って来い!」 を発見したのは五年も後でした。 それが自分で作るや否や「日記」の「書き魔」になりましたが、 それも初エッセイ「アジアを翔ぶシターリスト(1985大陸書房)」の頃に 「堰を切った」のであって、変貌ではありませんでした。
現在のBlogの「日記書き魔」も、個人の批判、誹謗、中傷は控え、 どうしてもの場合も、匿名です。 普段は、あちこちで同じ言動をする人が三人を超えたところで 書き出します。すると、あちこちから「私の事ですか!」って 五、六人がメッセージをくれます。 また、検索に掛かって意図しない考え方、生き方の方々に興味を持たれない 様に言葉も選びます。 基本的にニュースに対してのコメントはしません。
別な面で、私の最大の欠点が「説明不足」 「言わなきゃ分からん奴には言っても無駄」が本心。 なので、日頃から「考え」「想い」を連ねさせて頂く事はありがたい事です。 でも、自分の身に関わった時に初めて考える人がとても多いので、 半分も役に立ってないのですが。
「民族音楽」の「研究」「紹介」 には様々な難しさ、壁、苦労、が伴います。 と言っても自分では「苦労」と思う事はないので、もし他人がされたら「苦労」とおっしゃるだろうなというものが沢山あると思います。 きっと「孤独感」「挫折感」「焦燥感」も。 まず、需要がないところで始める「虚しさ」 理解がないところで演奏し「説明」するもどかしさ 現地や、在日の方の集まりでは「めちゃウケ」「バカウケ」です。 その上で「君の声が良い」とか「君のノリが良い」と 私自身を褒めてくれたり気に入ってくれます。
が、日本人のお客さんが「良かったです」と言っても 「音」なのか、「音楽」なのか「私の感性」なのか 言う方も分からない。
最近ラテン音楽とかブルースとかロックとか演っている事の方が多いのですが、こちらでは説明が要らないし、私自身の感性を評価して貰えて嬉しいです。 すると皮肉な事に「若林さんのシタールが聴きたい」という声が増えたり。
最近Netコミュニティーのお友達になってくれた方の話です。 何度か「足跡」が在ったのでメッセージを送りました。 ご丁寧なお返事を頂いたので「良かったらお友達登録にいらして下さい」と、 するととても喜んで下さりました。 なんと、何時も「プロフィール」だけ見て、興味を持って下さっていた。 「これでやっと日記を拝見出来ます」と。
「人様の日記」を通りすがりに見れない。 昔は当たり前の感覚でしたが、今ではどうでしょう? 自分も含めて、多くの人が日々「色々な事に」「慣らされている」 今から10年程前、作曲家Kさんの音楽を初めて聴いた時、その下手な歌、つまらないリズム、陳腐な旋律と分析する以前に 「背中をムカデが走る様な」不快感を憶えたものです。 ところが、毎日の様に聴かされている内に、 「馴れて来る」「ゾワゾワ感」が無くなって、 いつしか「あれっ?この子歌上手く成ったじゃない」なんて言ってる。
どんなに素晴らしいリズム感のミュージシャンでも 常により良いリズム感の人と演奏していないと悪く成る。 体の中のリズムが伝わらずに表面的なものとなってしまう。
「感性」を「守る」と言う事はとっても大変。 「心」や「まごころ」を守るのはもっと大変。 「気分」や「感情」でさえも「維持」するのが大変。
「ボケる」「慣れる」「気にしなく成る」 きっと体も反応しなくなる。
手を抜き、適当にサボり、人のせいにして顧みず。 自己満足で頑張ってみたり、周りと見比べ、安心し。 国民服の様に人と同じ格好をして。 人と同じ物を持ち 流行に敏感を自負して踊らされ。
何も身に付けず。与えられたものを消費して「楽しんでいる」と言い聞かせ。 教わった、学んだと言っても「塗り絵」が上手になった程度。
そんな生き方じゃ「一生掛かっても」一生を「全う」出来やしない。
かく言う自分は何回一生を体験しただろう。 素直で明るく元気で健康。親の誇りの子ども時代から 母と妹の為に頑張って。 早く大人に成る為に ガリ勉したり不良してみたり。 大学に推薦入学した後くらいに、人生終えても良かったと思う。
民族音楽研究と紹介の先駆者の一人。 確かに演奏までした人は少なかった。 ワールドミュージックが流行った頃に 惜しまれて世を去っても良かったと思う。
そりゃ全然、中途半端かもしれないけれど、情報も食材も乏しい頃に 民族料理店の店主を20年。その前にスナック、居酒屋で修行した。
楽器輸入業者としては、横浜、原木で自主通関も出来る様になったし、 自主出版も自主出版レーベルも立ち上げた。 作った楽器も百本近く。博物館や美術館、科学館の展示の企画もした。
1999年に日本初の「民族音楽専門ライブスポット」を閉店してからは、 邦楽の修行を始めた。 義太夫三味線、一中節は講習会のみだが、新内、清元、常磐津、長唄、地歌、端唄、小唄、津軽三味線、三線、筑前琵琶、薩摩琵琶、錦琵琶、鼓は、それぞれの師匠について学んだ。 いかんせん、40歳過ぎてから学んだので、その時点で「余生を費やしても舞台には上がれない」結論は出ていたけれど。書き上げてまだ出版が決まらない「三味線Book」は師匠達の評価と期待を得た。
「世界の民族音楽楽器・音の辞典」CDは90枚に及んだ。 書籍も2007年秋迄に「アジアを翔ぶシターリスト(大陸書房)」「民族楽器大博物館(京都書院)」「民族楽器を楽しもう」「世界の師匠は十人十色」「アラブの風と音楽」(ヤマハ・ミュージック・メディア)「もっと知りたい世界の民族音楽」日本初の「民族音楽辞典」(東京堂出版)
TVにも出た。立花隆氏、タモリ氏、細野晴臣氏、椎名誠氏といったユニークな人とも共演。 「題名のない音楽会」の収録や武道館での演奏では2000人の前で演奏した。 お客さんがたったの三人という時もあったけれど、延べで2000回は演奏している。 レパートリーは、自分で聴き取って楽譜を作ったものだけでも3000曲はある。何時でも演奏出来る曲は世界120地域以上に数百曲はある。 民族楽器の収集は2500点迄リストを作った。多分2800はあるだろう。 レコード、カセットは2000枚、3000本以上。民族音楽の文献も2000冊はあるだろう。
しゃべれる訳でもないけれど、歌を歌う為に、タイ語、マレー語、ベンガル語、ウズベク語、 ネパール語、ヒンディー語、ウルドゥー語、ダリ語、パシュトゥー語、パンジャブ語、ペルシャ語、トルコ語、ギリシャ語、ブルガリア語、アラビヤ語、スペイン語を家庭教師に学んだ。 アラビヤ文字は二日で全部暗記した。
世界中の甲虫を数十種飼育。累代飼育が難しい種も幾つか達成した。 直翅目の飼育もそこそこのレベルに到達し、2005年夏には羽化した十数種の鳴く虫が大合唱した。 累代飼育迄はいたらなかったけれど、日本産淡水魚も十数種飼育した。 玄関にクーラーを備え付けてニジマス、オショロコマなど渓流魚も。
チャボ、ウズラと昆虫の糞と、淡水魚の窒素廃水で無農薬野菜を育てて昆虫に与えた。 子どもの頃には父の飼育していた十数種の野鳥の世話を手伝った。 キジも孔雀も居た。 72分の1飛行機のプラモデル・コレクターでもある。 レジンモデルも含めて、世界中で作られている機種の9割を集めた。ヴァリエーションは自作改造した。自宅四畳半にプラモデルの作りかけが数百。専門書が200冊。
やりたい事は殆どやった。 やり遂げたとは思っていないけれど、ほとんど手をつけた。 欲しい物も殆ど手に入れた。手に入らなければ自作した。 結婚もしたし離婚も体験。娘も手術も入院もさせずに成人させた。 人間を幸せに出来たとは思っていないけれど、13匹の猫さん1匹の犬、亀には頼られ、愛されていると思う。
もちろん沢山の人に沢山世話になって、借りも一杯作ってのことではあるが、 人の数倍の量の事をして来たと思う。 やり遂げた、と言えるものは殆どないし、生きながらえるならまだまだ精進して行くし、学び足りないし、学びたい未知の事もたくさんあるし、やりたい事、やり残した事もある。 どれも半端かもしれないけれど、どれも「並以下」ではないと思う。
怠け性で、昼寝が好きで、勉強嫌いな子どもだった。 片付けが嫌いで、だらしない。物忘れも多い「並以下」の人間 。天才でも努力家でもない。 好きな事しかして来ていない。 苦手な事からは逃げなかった。 苦手な事を「やりたい」と思い込ませて克服した。 やる必要のない事は一切やらなかったけど、人の為に無理もした。
「人生はたった一回しかない」 嘘の言葉だ。
その一回は如何様にも変えられる。 如何様にも充実出来るし、重くも軽くも出来る。
人の為になったかどうか? 世の為に成ったかどうか? それは歴史が答えてくれるだろう。
良かれと思っても、喜ばれない事も多いし。
人を批判しても、「出来ない」「しない」の言い訳には使わない。 言い訳をしても「出来ない」「辞める」の口実にしない。 人生を数倍充実させるには
「群れない」「ブレない」「騙されない」
カタログや人の「真似をしない」
夜、というか夜明け前。 ギリギリ迄起きて仕事をしていたり、ライブの日は飲んで演奏して 楽器担いで帰るので。 瞬時に暴睡。「悩む暇」無し。
朝、猫さんに起こされてみんなの「朝ご飯」大変だけど「幸せ」です。 ゴミ出し、洗濯、猫さんの出鱈目の片付け。 「早く長く住める所で、のんびり」と思いますが、 「考えてる間にやる事やらねば仕方がない」故に、「悩む暇無し」 朝ご飯、昼ご飯、 パスタかお蕎麦と決まっているので「悩む必要無し」 昼食後、昼寝。 「猫たまり」にまみれて。 「幸せ」です。 食後の体調から、肝臓の具合を知りますが「悩んでいても仕方が無い」 15分でも休めばその方が良い。 悩んでいたら眠れません。 お隣の犬。今日も飼い主が出掛けた後、数時間吠えっ放し。 腹立ちます。 犬の為にもならないし。 でも、それで半日無駄にしたくない。
午後、原稿書いたり、楽器直したり。 練習時間もっと欲しいです。 勉強時間も欲しいです。 お仕事メールの返事も溜まる。 面倒くさい話も来ます。 お馬鹿な担当者さんには閉口します。 嫌な奴も沢山居ます。 良い人も居ますが、根性なかったりします。
思いあぐねるとしたら 大概「人の事」です。 「どうしたら良いのか?」 を「悩んでいる」としたら、 手を変え品を変え、試行錯誤は もう数十年続けて来ていますから、結論も沢山出ていますから、 あとは、日々より上手に、端的に伝えられる様に勉強、修行あるのみです。
「悩んでいる場合」ではありませんし、「もう知らん!勝手に困れば!」と思えたなら、瞬時に解放されることですから 「悩み」とは言えないと思います。
ライブに行く時もあります。 お店が良い感じの時ばかりでもありません。 メンバーが何時も元気とも限りません。 「自信が無い人に限って態度が横柄」そんな人殆ど居なくなりました。 多かった頃を想い出すと「ありゃ胃に穴が開いたのも無理はない」と思えます。 今は遥かに「楽」です。 良いメンバーに囲まれています。
でも、おとんかちも居ます。通じない人も居ます。 言われの無い批判も受けます。 庇った人が気付いてなかったり。 でも、自分のやり方の問題ではないと思います。 「上手くやる」方法は分かってますけど、やりたくないんだからしょうがないです。 「悩む迄も」ありません。
それより「音楽」出来る事が嬉しいです。 「嬉しい」と思っているとお客さんもメンバーも楽しそうです。 先日、お店のシステムが急に変わって焦りました。 お店も、自分も、メンバーも、時間も気持ちも余裕がなく、 頑張りましたけど、応援者さんに「何時もの明るさ楽しさがない」と 言われてしまいました。「力足らず」を反省しました。
でもライブ後にミーティングが出来て、 メンバーの大半が、置かれた状況を共に感じてくれて、嬉しい答えをくれて、 むしろ今後が楽しみになりました。
いざとなったら、どんな仕事でも良いから、家族がひもじくならない程度に 明るく生活出来れば良いのだから。 と思えば、気が楽です。
今迄お世話になった沢山の応援者さんや世界中の師匠。 恩返しが中々上手く出来ません。強いて言えばそれが「悩み」 でも日々工夫しています。頑張っていると思います。 「悩んでいる」間に次々新しいアイディアを実行しています。
やりたい事は何でもやって、欲しいものは何でも手にして それを日々より多く、より高く活用して来ていると思います。 それでも尚、「言った事は必ず実現」して来ています。 「悩んでいる暇」ありません。
そもそも、何も「悩んでいない」のだと思います。
舟を漕ぎ出せば、そりゃ雨風も来るだろうし、波も荒れる。 手は疲れるし、血豆も出来る。 何時になったら楽に成るやら? って思ってみても のんびり昼寝の猫さん達に文句言っても仕方がないし。 猫さん許して人間許さず。 もおかしいと言えばおかしいし。 そんな時は一緒に昼寝に限ります。
こう見えて 「悩んでいる人」には明快なアドヴァイスで 「とっても軽くなった」と喜んでもらえます。 「悩む事から逃げている人」 「舟を出そうか出すまいか?」「何時漕ぎ出そうか?」 「嵐が来たらどうしようか?」「備えは十分だろうか?」 と悩んでいる人には、 しばしばうっとおしい存在の様です。
もし「悩み事」があるとしたら、 それは大概、貴方の事です。 そのままじゃ結果は見えているし、自己暗示、自己満足しても 「勿体ない」には変わらない。
でも「貴方の人生」ですから。 僕が悩んでもしかたないですよね。
体に良い訳がない。 今朝改めて思った。 これは「油っこい醤油ライス」だ。
無味無臭の異様に白いご飯。強いて言えばカルキ味。出所不明の小麦粉たっぷりが、食用とは感じれない油を吸って、妙に香りが高いイカと海老が少々に野菜らしきもの。それらを全て誤摩化すかの様な醤油味しかしないタレが食べ終わっても丼の底に溜まる様な「食べ物」 こんな食事を日に三回摂っていて。体に良い訳がないけれど。それどころか「味覚」は如何程におかしくなっているのか。おかしくなったのは「味覚」だけでもないだろう。 あらゆる神経がおかしくなって。 「毒」にも気付かなければ「良いもの」も分からないだろう。 そんな人々が、果たして「良い音楽」が分かるのだろうか? そもそも「良くない音楽」なんて観念もないだろう。 「音楽」の「好み」は「ひとそれぞれ自由」とか言うに決まっている。
全て与えられたもの。流行を追いかけなくても、自分で探し出した音楽ではないだろう。 それが「好み」と言えるのだろうか? 駅のホームの立ち食いで「かき揚げ丼」にするか「天麩羅蕎麦」にするか、「蕎麦」ではなくて「うどん」にするか。それとも「ラーメン」否「カレー」 それを好みとおっしゃっている。
それにしてもあの「塩分」 あれほどの塩分を摂取しても尚、苛々した顔つきの都会人。 これで「薄味」だったらば、如何程まで苛々が募る事だろう。
羽田に着くなり「修学旅行」の高校生。 男子のみならず女子も数名。 人にぶつかっても平然としている。 都会では最早それくらいでは動じない。苛つきもしない。 神経を鈍らせるしか生きて行く手段は無い。
「善し悪し」の問題ではない。 「それぞれの家庭の教育方針」
乳児の性格の違いなのだろうか? 飛行機や新幹線で大騒ぎで「駄々を捏ねる」乳児。 ちっとも泣きわめかず「ニコニコしている」ばかりの子ども 僕はそうだったらしい。娘もそうだった。
吉祥寺の西友の側の貸家暮らし。 近所でも有名なお金持ちの地主さんの犬が吠えまくる。 引っ越ししたてに文句を言いに行ったら 「犬は吠えるもんだ!」と言われた。 ありゃりゃ。 我が家の千恵ちゃんは、 見知らぬ人が来た時と、猫さん兄弟喧嘩の時しか吠えません。 かなり甘やかしてしまったらしい。 「犬はしつけられないと不幸」とは知らずに、猫っ可愛がりしてしまった。 でも「無駄吠え」はしません。
お隣さん。引っ越して来た当初は感じ良かった。 「家のダックスが吠えてご迷惑をかけると思いますが宜しくお願いします。」 とか「躾け教室にも通ったんですが」とか。 つまりは「自覚症状」がある? そもそも持ち家を越して借家住まいの訳は? などなど無駄な想像してもしょうがない程「うるさい」5〜6時間吠え放し。
昭和30年代 「人参嫌い」「ピーマン嫌い」の子どもは、御昼休みになっても先生が立ち会って「完食」する迄、給食を終わらせて貰えなかった。 道ばたで悪戯していたり、道の真ん中で遊んでいたら、通りがかりの見知らぬオヤジに どやされたり、ひっぱたかれたり。 甘い物を欲しがる子どもにあげたら「虫歯になって良くない」 脂っこいものを中学生に与えてはいけない。 「大人なんだから好き嫌い言わずに野菜を食べなさい!」と叱られた。 高校生が酒タバコなんて許さん! マジに殴られた。 親どころか先生にも。
それが今では「やりたい放題」 これを自由と言うのでしょうか? 「良い世の中になった」と言うのでしょうか?
大人になれば「安かろう良かろう」「楽かろう楽しかろう」 と消費者に媚を売る商売、商品が蔓延し..................。 「それぞれの責任」とおっしゃいますが、 租借力が衰え、脳の発達にも影響が出て 「想像力」「洞察力」が欠乏し、便秘や胃下垂が増えて 「考えない」「思いやらない」「苛々する」 「人の言う事を聞かない」人間を大量生産して 「誰も指図も文句も言わない」 「自分の所は大丈夫」と思い込み 「迷惑を掛けない」ではなく「とばっちりを受けない」様に注意し 「言われりゃ逆切れ言い返し」
「それぞれの人生」「それぞれの家庭の教育方針」 それで良いのでしょうか?
似たり寄ったり、真似っこ、カタログ人生 。そもそも「それぞれ」と言う程の違いもなく。 大きな流れは、むしろ「いろいろ」を抹殺して居るというのに。