diary 2007 September
音楽活動のご報告
若林忠宏が一番永く演奏しているインド音楽。アットホームで民具の木の優しさに包まれてのライブです。
9月1 日(土) 「若林忠宏:インド音楽定期ライブ」 原宿・表参道:Cafe-Craft「掌」 開場17:00/開演18:00〜20:00/Charge¥2500(1d付) Tel: 03-3478-7638 前列席のご予約はtanacocolo@gmail.com東京都渋谷区神宮前4-28-6
宜しくお願いします。
熊本出身の心優しき自然体人間 DJ:Tokijikuと若林忠宏の民族楽器のコラボレイション・ユニット「Sur-Ang(音塊)」が東京中目黒でデビューしました。
会場は、中目黒駅の目の前、OVO/"TRES VOZES" 颱風九号が迫る「突風」と吹き付ける雨の中、駅前のガードをくぐってすぐのお店で助かりました。雨風の中、Tokijikuの音楽仲間、応援者さんが集まってくれて、その場は「時と所」を忘れさせる「異次元」でした。
Tokijikuの友人で、同じく九州出身のアーティスト、池上ケンジの尺八も素敵でした。 様々な音楽を経験しながら、この数年は「尺八」の伝統音楽を師匠から学んでいる好青年。下北沢のDJ:MOOCHYのLIVEで出逢って、若林がかなりプッシュしてLIVEに出させたほど、謙虚な男です。今回のライブを期にレギュラーになり、「Sur-Ang(音塊)」はトリオとなりました。
心の籠った尺八と、Tokijikuの温かい「自然音」に包まれて弾くシタールは幸せなひとときでした。
ありがとうございました。
颱風九号は、帰り道になってかなり雨風が本格的になっていましたが、 若林の移動中、本番中は、雨も小雨に変わっていました。 イベントは深夜まで続きます。 「自分の本番だけ」で大変申し訳ない「強引な晴男」でした。
ゆっくりして行きたい思いは山々ですが、庭のチャメハウスが心配で出番の後、美味しいビールの一杯をTokijiku君にごちそうになって帰ってきました。
かなり良い感じで出来ました。
10月の第一土曜の LIVE-Event「スローミュージックCafe」(若林忠宏:世界の民族音楽コラージュ&オムニバス)でもguestにTokijikuと池上ケンジを招き「Sur-Ang(音塊)」の2nd-Sessionとなります。 乞うご期待です。
通信科の学生さんとは、年に一二回しか直接お会いする事はないのですが、皆さんは、月一回の「通学生」さんへの講義を送られて来るVTRで見ていて、若林を良くご存知。そして本を買って読んでくれていたり、熱心に知ろうとしてくれていて、嬉しい限りです。
若林忠宏が九州、福岡での音楽活動を活発化させて三年。 毎年秋に福岡市挙げて行われる「国際協力」「国際交流」のイベント「アジアマンス」への参加も三回目です。 初日13日、二日目14日は東京でしたが、三日目の15日(土)に参加。 超大型颱風で半数以上のプログラムが中止になった昨年のアジアマンスでギリギリセーフで演奏出来ました天神「イムズ」で、今年もスタートでした。
出演は去年と同じ、インディアン・サイケデリック楽団MISRAM とは言っても、去年はレギュラーメンバーが固まる直前の急遽混成メンバーでした。アジアマンス直後にレギュラーメンバーが固まり、VooDooLoungeなどのLIVE-Eventで高い評価を得たのですが、今年もスケジュール詳細を決めるのが遅く成ってレギュラーメンバーは出られず、またも急遽混成メンバーで。
15日(土)のイムズの午後2:00と4:00のステージは、ベースにアフリカン・フュージョン楽団「Mwanzi」の若き芸術家、川田マサ君。タブラは前日とも大橋教室のお弟子さん吉永君。ドラムは三日間連続助けてくれました、福岡フュージョン音楽シーンで活躍するセミプロ演奏家、波谷亮一君。本業が別という意味のセミプロで、腕前はプロです。 そしてギターがなんと、茨城から駆けつけてくれた田部洋祐君。 なんで「なんと!」なのか。 元々彼は、昨年アジアマンスではインド太鼓タブラ担当だったのです。 茨城出身ですが、九州芸工大を院迄通い、卒業の年に若林に弟子入り。昨年のアジアマンスがデビューでした。その後MISRMのレギュラーとしてライブを重ねレパートリーはお馴染み。それでいてギターも弾けるのでリハーサル無しでパートチェンジ。 流石に、ばっちりでした。 昨年もイムズ地下は大賑わい。沢山の人が聴いてくれましたが、今年はステージまでにじり寄ってかぶりつきで、座ってじっくり聴いてくれる人が溢れました。 ギャラリーさんが遠巻きに立っていると後ろを人が通れないので、MCさんが紹介してくれている間に、若林が手招きをしたのですが、もじもじせずにニコニコ近寄ってくれる。これが東京との大きな違いです。 温かい笑顔と、手拍子に応援されて、むちゃむちゃ楽しい初日でした。 ありがとうございました。
アジアマンス参加二日目は、午前中に天神BiViでのJEUGIA-CCでのパーカッション教室を終えて、自宅にもどって楽器を搬出。 夜のPeants-Barrel-Blues-Partyという若林忠宏BLues本格再開記念ライブの会場、赤坂「Calloway」に行って。 ピアノと管楽器のメンバーを迎え、お店に挨拶して、天神に戻って、楽器屋さんでギターアンプを買って、イムズ地下へ。
この日の急遽編成インディアン・サイケデリック楽団MISRAMは、 夜のライブのプロミュージシャンで固められて贅沢なミニライブ。 ギターは福岡のライブシーンとレコーディング業界の重鎮、久米博之さん。ドラムは連日波谷亮一君。そしてベースがなんと贅沢にも小倉の長老、福山恒さん。それに、VooDooLoungeとDecadenDXで対バンで知り合った、大好きなドラマー、hiro君にJembeを。贅沢三昧です。
この日のプログラムの圧巻は、若林忠宏が福岡で作曲した、インド古典音楽の旋法ラーガをそのまま活かし、我ながら見事なアレンジでギター、ベース、ドラムが入るオリジナル曲「Megh」。
「ヤードバーズ」、イギリスの60年代の名JAZZ-MANジョー・ハリオット、オランダのロック・グループ「ショッキングブルー」の曲に交えての「Megh」でしたが、途中で久米博之さんの絶妙なソロ。その時は若林はタブラにチェンジ。
「Megh」は北インド古典音楽の「旋法ラーガ」の名前。 若林の演奏は完全に、古典音楽の手法で、「ドレファソシ」の五音音階のみで演奏します。そこにダイトニックのコード伴奏が入るので、普通のギタリストは七音。もしくはそれ以上の音を使ってソロを取ります。 インド音楽的には「大間違い」でも、「60年代サイケデリック・ロック」的にはとっても「らしい」感じになって、若林としてはOKでした。 60年代当時「ラーガ・ロック」とか言いながらもScale(音階)より厳しい「Raga」を遵守していたロック・ミュージシャンなど居ません。Scale的にもいい加減な演奏者が多かった。以外にシタールを弾かなかったジェフ・ベックが一番スケールを遵守していました。
久米博之さんの演奏は正に「それ!」 五音音階を遵守しながら、絶妙に臨時音的に他の音を。「Megh」が壊れません。 北インド古典音楽でも「軽い形式」では「臨時音」を使います。「理論」が分かっていての「洒落」の技ですが、その場合ラーガは「Misra(Mix)」と言われます。 「勘」と「センス」の問題でしょう。ラーガを勉強した訳でもないのに、久米博之さんは「Misra-Megh」でソロを取って、シタールに戻った若林と掛け合い迄。 レベルの高いミニライブとなりました。
若林忠宏がインド音楽を始めたのが1972年。 修行に最低「七年」と言われているのに、当時は専門の演奏家は皆無の時代。 一念足らずで無謀にもパルコ、じぁんじぁん、ぐぁらん堂でプロデビュー。 その後1973年には、メンバーにコンセルバトワールで「音楽学」「作曲」を学んだ秀才が入った事から、中央アジア、西アジア、東南アジアの音楽も含めた「民族音楽楽団」を結成。 即興演奏楽団だった初期のヒカシューにも参加し、民族音楽とFree-Musicの当時の最前線に居ました。 にも関わらず「民族音楽じゃ喰っては行けない」と生意気にも判断。 「ロックを演らねば!」とバンドを結成。「売れる」つもりでした。 ロックで稼いで、民族音楽はライフワーク。 35年経って振り返って。逆っぽいのが皮肉です。「民族音楽」でお仕事を貰い、ロックは「生き様」?
ところが高校二年生位の頃に「お前のはロックじゃない!、それはBluesだ」と言われて大ショック。 エリック・クラプトン、ロリー・ギャラガー、ストーンズ、オールマン・ブラザースの曲をやっているつもりが、選んだレパートリーは殆どブルースのカバー曲だったのです。 「なんと!」 結局は「民族音楽」に近い音楽。 そして「売れる」は望めない。 それが「民族音楽」を主軸にする音楽人生のきっかけでした。 その後、ブルースは挫折。
毎度毎度の「でれっ」「しれっ」とした、なんともデカダンスでアンニュイなBluesのセッションの独特なムードに「へきへき」としていた所に、自分の「作り声」に対する「嫌悪感」が限界に達しました。
1977年の年末に「Peants-Barrel-Blues-Party」の第一回目を、後に有名人となった、同世代のBlues-Man吾妻光良氏をゲストに招いて主催したのを最後に「三十路迄Bluesを封印」 ところが30歳にメジャーデビューのロックバンドに参加して、「再開延期」 1990年代に再開すれど、今度は歌心に「めげて」再度挫折。 今回が「三度目の正直」となりました。
むちゃむちゃ楽しかったです。
なにしろベースが三バンドとも、小倉の長老福山恒さん 。ドラムも「安心感」を与えてくれる波谷亮一君 。 第一部のR&B&Modern-Blues楽団「Heart-Gate-Blues-Band」では、ギターに久米博之さん。 門司のピアニスト中村明子さんも賛助演奏してくれました。 やっぱりモダン・ブルースにはBoogie-Woogie-Pianoが入ってくれると嬉しい! 第二部のChicago-Blues-Band「Bull-Frog-Blues-Band」には、なんと日本の五指に入るハモニカ奏者、長崎スリム氏をゲストに、福岡の若手有望ギタリスト、猪口和哉君をレギュラー・ギタリストに迎えて。
第三部のRhumba-Blues楽団「Caribbean-Blues-Band」は一足先の7月デビュー。 トランペットの岡本リサさん、渡邊ユキちゃん、サックスの西田弘道さんに、新メンバーのコンガの加藤正文君。天神教室のお弟子さんの若葉君。最高でした。
アジアマンス参加三日目は、 市役所西広場での「アジア文化ステージ」出演。 昨年は「五楽団、三舞踊家共演」による三時間組曲構成の一大プログラムで望みましたが、心ない人の「若林さん一人に三時間は狡い」で二時間に減ってしまって。 それでも頑張って構成しなおしたのですが、颱風で中止。 今年は本来「仕切り直し」の筈ですが、なんと舞踊家さんの結婚式がインドであって、友人楽団の多くが現地にお祝いに行ってしまって。 一時間枠を、インディアン・サイケデリック楽団MISRAMと若林忠宏ソロ、そしてネパール民謡楽団「ハシッロ・バンド」で務めさせて頂きました。 しかし「晴男」の筈が、雨が降っていて、お客さんもまばら。 傘の中から笑顔で応援してくれた方が居て嬉しかったです。 でも福岡で自作した「Megh」を弾いた途端に大雨。
マサ君のベース、hiro君のパーカッション、波谷亮一君のドラムが入ってのネパール民謡は楽しかった! 三小節とか不思議な展開が多いのですが。ネパールはのんびり、ほのぼの、温かくて、楽しい。
夕方の5:00はキャナル・シティーの噴水広場。 波谷亮一君はミニドラム・セットを組んで、ノリノリのロックバンドとなりました。 お客さんも温かかった! というかノリノリでした。 「Hot Sand」のコーラスではみんなで拳を挙げて「大合唱」 MCも入らず「淡々とお洒落に」がイメージのキャナル・シティーのLIVEとは違っちゃいましたが。アジアマンスLIVEステージ最終日の盛り上がりは良かったに違いありません。
天神のデパート、市役所西広場のメイン会場、キャナル・シティーで充実の楽しい演奏をさせて貰いました。音楽的クオリティーも年々上がっていると自負します。 最終日には、市内の小学校を二校周り、とっても良い感じで喜ばれて、元気に帰京。 四日間、9ステージも無事に終わりました。 「笑う角には福来る」 結構ハードで、初日に小倉でリハーサルとか、無理、無茶も多かったのですが。 沢山の「笑顔」に助けられた九連ちゃんでした。 本当は風邪も治り切っていなくて、二時間程度で早朝の羽田でキャンセル待ち。 アジアマンス2007の初演が14:00なのに、一週間以上前に予約出来たのが14:30福岡空港着。アウト!です。 7:50の便の「キャンセル待ち順番」が六番目。 五番目迄が呼ばれて、断念。 9:35迄丁度間がない時間帯。
ところが! ラッキー!にも、六番の僕だけが追加で呼ばれました。 これで、福岡の自宅でゆっくり着替えして、準備して。よりベターな状態で臨めます。 ところがあろう事か! 今正に「発券」という時に「遅刻の一人」が飛んで来たらしく 「すみません、今予約の人が来ましたので」が〜〜〜ん!!!
何処の航空会社も「20分前に手続きしないと予約は無効」としている筈。それからのキャンセル待ち発券の筈。 しかも追加の第二陣なのに。 あり得なくないですか? せめて「遅れるから宜しく」の電話位入れたら? これが逆の時は無常に「キャンセル待ちの方に発券しましたから」ってなるに違いない。しかも「電話しても駄目」だったり。「電話が通じなかったり」 お詫びのつもりでしょうか。 満席の筈の9:35の便をその場で「発券」 これもなんだか嘘っぽい話ですが、 ここで引っかかってちゃ7連ちゃん無事に終わりません。 11:30頃について急行し、12:00の搬出にギリギリ間に合いました。 他にも色々在りました。 アンプの手配が着かず、無理を言ってお願いしたメンバーさんでしたから僕が買って用意する事に。東京と二つになりますし、持ち出しですが、ちょっと可愛いVOXを買いました。譜面台持って来ていない! しょうがない買う。調律ハンマー忘れました。とか、連日遅刻魔。などなど、色々ありました。
他の楽器のパーツも足りない。 これは他のメンバーがフォローしてくれました。ご両親に迄お世話になりました。丁度そのメンバーがその楽器の担当メンバーさんに借りがあるので「ちゃら!」目出度し目出度し。でも、若林を助けている、という感覚の場合「ちゃら」に成っていない場合も良くある事ではあります。 でも、みんな良い演奏してくれたし。パーツとアンプのお陰でクオリティーも上がったし。
そんなこんなでバタバタしていたら、なんとカフェのテラスにPC置き忘れ。 送った筈の「楽譜」が何故か届いてないので、PCを持ってカフェで打ち合わせ。 気付いたのはなんと1ステージ終わってから。 僕は打ち合わせが在ったので,お弟子の若葉君が走ってくれました。 なんとお店の人が直ぐに確保してくれていました。
メンバーのやる気、情熱、温かさ、そして明るさ、大らかさ。気心知れたイベントスタッフのフォロー。バイト前の忙しい時間にチラシ配りに来てくれたお弟子さん。 沢山の人々に助けられ、運にも助けられ。お店の人にも助けられ。 風邪の喉は、お弟子さんの「秘蔵」の「秘薬」に助けられ。
そして、何処に行くにも互いに近い、福岡の街にも助けられました。
ありがとうございました。 また、来年! 宜しくお願いします。
福岡市挙げての「国際交流イベント」アジアマンス 。三年目の参加でした。 今年は、お弟子さんばかりではなく、福岡のプロミュージシャンとの交流や楽団も増えたので、楽しさ喜びも一層大きく成り、音楽的レベルも上がりました。 が、イムズB2特設ステージのある日のある時。 レベルどころか、ステージに「小学生」が上がっている! 昨日、福岡市文化芸術振興財団の方でライブを聴きに来てくれた人が送ってくれた写真の一枚。 若林忠宏の真後ろに小学生の「坊や」が「きをつけ!」をしている! なんとなく「真面目そう」ながらも「古風な顔立ち」 そして、なんとなく「憂いを帯びた」「寂しげ」な感じもする少年。
福岡市文化芸術振興財団のお友達とは、以前にも似た事がありました。 打合せ会場のビルのエレベーターを降りる際。 若林が「あれっ! さっきの男の子と女の子、何時降りましたっけ?」 「えっ? 乗ってませんよ!」「僕は見てません!」 どうも、若林とその人が一緒だと現れるらしい。 エレベーターでは妹さんと一緒。 どちらも育ちが良くて良い子に見えました 「○○わらし」 実は、イムズのステージの少年は、 若林楽団の五つ以上を助けてくれているセミプロドラマー君でした! 本職が他にあるからの「セミプロ」で、腕前は「プロ」 心意気はそれ以上。
でも、基本的に表情は「クール」そこが「プロ」との違いかな? でも、最近、笑顔が多い。 そして最近、富みにいたずらっ子が源流の「シュール」「ニヒリズム」が増えました。 気心知れて、心の通いが増えて、原っぱで遊んでいた頃の感覚になってきたのでしょう。
若林が福岡で「インド古典音楽」をそのままドラム、ベース、ギターを着ける自慢の手法で自作したオリジナル曲。「メーグ」。インド古典音楽の旋法ラーガのMeghそのもの。 福岡の移り変わりの激しい天気と、大好きな空、風、に泳ぐ「雲」を見ながら作った曲ですが、「Megh」はそもそも「雨雲」 17日の昼の市役所西広場のステージ。 「去年のアジアマンスは大型颱風直撃で後半中止になりましたが、今年はそれに比べれば良いお天気!」のMCで演奏スタート。 ぽつりぽつりと小雨が降る中、傘をさしてお客さんが集まり出しました。 「だんだんお天気良く成って来てくれるに違いない!」と思いながら.................。
「Megh」演ってしまいました。 曲が始まるや小雨が大きく成り。 曲の中程で土砂降り! やってしもうた。
で、夕方キャナル・シティーで2007アジアマンスLast-Live どうにか晴れて、満席のお客さん。
演奏直前の「業務連絡」 バレーやバスケットチームの様に輪になって確認。 「Meghやらんヨ」「えっ!なんで」「だって雨降るけん」 「ええ〜! それなら尚の事演ろうよ」と言い切ったのが ドラマー君。 悪ガキです。
幸い、「晴男」の面子に掛けて、努めて温かく演奏したから、雨には成らず。 でも、無茶な事を言う人だと思いました。 裏を返せば「それで降れば降ったで凄い事だし」「降らなきゃジンクスから解放されるし」 究極の優しさかもしれません。
九州に来て、目に見えない力が増えました。 大人の方の子どもの頃が見えたりします。 が、彼の場合。 今も まんま です。 そんな仲間が増えて来ました。
嬉しいです。
アジアマンス参加の為に渡福した初日。福岡アジアマンスの関係者さんが 「インド音楽のウスタード・アリ・カーンさんグループの演奏がある」と教えてくれました。 しかしながら「ウスタード・アリ・カーン」とはなんとも不備な表記。 「ウスタード」はアラビヤ語で「先生」 インドでは、イスラム教徒の教育者、お医者、芸術家に「敬意」を表す際に着ける「敬称」 「アリ」のミドルネームはイスラム教徒だったら世界中に沢山ある。 「カーン」は大元はモンゴルの「汗」 本来は「世界に一人」の筈が、アフガニスタンで増えて、インドでかなり増え、イスラムに改宗した際に自称する人が急増。10世紀頃の話です。 若林忠宏の師匠は、正真正銘のアフガン系芸術家の家柄ですから希少なカーンの一派ですが、「ウスタード・アリ・カーン」では何処の誰だか。
そのうち、演奏を聴いた人が「サーランギーを四人で弾いて、太鼓が入り」「でも若林さんのライブの方が楽しかった」とおっしゃった。 四人の合奏だったらラジャスタンの「民謡サーランギ」の一団か? だとしたらかなり盛り上がる筈だし、自分も是非聴きたいと思った。 でも「客席もステージもちっとも盛り上がってなかった」と聞くと「果たしてどんなグループ?」検討が着きませんでした。
アジアマンスのサイトで見たらなんとUstad Sabri Khan! 16日の自分の演奏の後、運良く市役所西広場での演奏が聴けました。
1972年、インド音楽と出逢って直ぐ。 当時ではなかなか入手出来なかったインド音楽のLP。インド現地で有名な、地味で本物の演奏家が数名納められていた「現地録音盤」 その中で一番お気に入りだったのがUd.Sabri Khan
10年位後に、Indian Magazine誌の「インド古典音楽の将来」という特集記事でもUd.Sabri Khan氏の近影を見た。 ちいさな息子に教えていた。今回、その息子が若手ながらも貫禄とかっぷくの名演奏家に成っていました。
今回もアジアマンスは、新しい事が出来たり、可能性が見い出されたり、出会いが逢ったり、多くの収穫がありましたが、Ud.Sabri Khanのお元気な姿を見れた事も予期せぬ大収穫でした。
アジアマンスの為にインド・ニューデリーから招聘された、北インド古典音楽擦弦楽器「サーランギー」の最後の巨匠、Ud.Sabri Khan
「35年前からのファン」と言ったら「それは是非お引き合せしなくては」とアジアマンス関係者さんが動いて下さって、17日の市役所西広場での演奏のMISRAM/Hashilloの演奏の後、キャナル・シティーに移動迄の間に、ご挨拶が出来ました。
インド人は素直な人種。 「お世辞(バテリングと言います)」と分かっていても好意で受け取ってくれますが、「35年前からのファン」は「お世辞」じゃない。 なので、初めにそれを言わずに。「インド音楽」を演っている若輩者としてご挨拶。 「誰に習った?」と訊かれてシタールの師匠Ustad Ilyas Khanと師の兄で、私のサロードの師匠Ustad Umar Khanの名を出しますと「おう!良く知っている」と笑顔になってくれました。 それから「35年前のレコード」の話やIndian-Magazineの話、二日前に聴かせて頂いたRaga-Puriya-Dhanashriの話などで盛り上がって。 「必ずデリーに習いに来い!」「それ迄元気にして待ってる!」のお言葉を頂きました。
「大統領賞」を受賞された話でも、単純に「凄いですね」では「今一歩」近づけません。
「Khansaheb Bundu Khanと並びましたね!」という殆ど「暴言」に近い言葉に、氏は「ニヤっ」。「上手い事を言う奴だ」「誰が本物か知っとるな?」その辺りがとても大事なポイントです。 Ud.Bundu Khanは、コマーシャル・ミュージックを嫌い、孤高の奇才として伝説的なサーランギー奏者で、1945年にパキスタンに移り、インド音楽演奏家から惜しまれた名人です。
私の師匠もUd.Sabri Khan氏も、「イスラム新生国家」に移らなかった組。ヒンドゥー教徒勢力が強大になったインドに於いて、色々な制約、不利がありながら、上手く自己宣伝をして地位を得たムスリム音楽家に倣わず、音楽を守り抜いたタイプ。 その後のステージ。自分のキャナル・シティーでの演奏も迫っていましたが、ギリギリまで拝聴しました。 客席に私を見つけると笑顔。 「若林さんのリアクションで今の回は全然違いましたね」とスタッフの方に言われ。 サントリーホールでのUd.Amjad Ali Khanの時と同じ現象。 客席の日本人が私の掛け声の度に迷惑そうだったのも同じ。 流石に80歳には、海外演奏、しかも場所を代えて一日数回はきついスケジュール。 弓道が揺れるのが痛々しくもありました。 しかし気骨ある本物のインド古典音楽ミュージシャンです。 速い変奏はせずとも、要所要所の「音程」と「リズム」は完璧。 それをノリノリの息子が父親のフレーズの間を四倍のスピードで埋めて行く。 長老の「キメ」と若手の超絶技巧。中々充実のスタイルです。
スタッフさんにも分かるほど、ご挨拶の後と二日前では全く違う。 「先生!お願いですから無理をしないで下さい」とにじり寄って言いたくなる程,変奏が多く、細かく。二日前の四倍程。 ちょこっと弾いては息子に任せていたのに、半分も譲らない。それどころか太鼓タブラとの掛け合いまで。
ところがカルカッタからの若いタブラ奏者は、あろう事か「掛け合い」に気付かず。 最悪。 それほどに「意外な展開」だったとも言えます。
勿論、これは私に対しての親近感、好意以上に「分かってくれる聴衆」へのインド音楽演奏家の自然な態度。そして私の師匠への態度です。
「本物は本物を知る」 「Umar Khan、 Ilyas Khanの弟子に手を抜いた演奏は聴かせられない」 ビートルズのジョージ・ハリスンの師匠としても有名な、私も長年憧れて、しかし運命が弟子入りを許さなかった某シタール奏者のお弟子さんは、おそらく世界中に数百人は居るかも知れません。 しかしUmar Khan 、Ilyas Khanの場合、10人も居ないかもしれません。 ここ数年、日本のインド音楽の世界は、なんとも奇妙な雰囲気が充満していて、張り合うのも不愉快で、サロードやサーランギー、サントゥールは演奏しなくなっていました。 しかし、Ud.Sabri Khan氏の生き様、温かさ、そして氏の迫真の演奏を目の当たりにすると、自分の小ささ、奢りに猛省いたします。 これを期に、何時でも「渾身の演奏」が出来る様、あらためて精進したいと思います。
9月18日(火)は、アジアマンス関連事業として、福岡市文化芸術振興財団の企画、コーディネートで午前に、城南区の鳥飼小学校、午後に博多区の美野島小学校で「民族音楽ふれあいコンサート」 に伺いました。 インド音楽弦楽器シタール、太鼓タブラ。アフガニスタンの弦楽器ルバーブ弾き語り。などの鑑賞の他に。 竹楽器アンクロンやアジアの色々な打楽器に触れてみる。 好評なプログラムです。
九州での若林忠宏の「民族音楽紹介レクチャー・コンサート」は、2005年10月11日(火)西区「西陵小学校」11月24日(木)佐賀「龍谷学園中学」11月25日(金) 佐賀 上峰町立「上峰小学校」2006年2月7日(月)南区「大池小学校」2月8日(火)南区「長住小学校」/「柏原小学校」 9月19日(火)早良区「野芥小学校」9月20日(水)中央区「赤坂小学校」があり、 アジアマンス関連事業、福岡市文化芸術振興財団企画の「民族音楽ふれあいコンサート」は 2005年10月11日(火)西区「西陵小学校」9月19日(火)早良区「野芥小学校」9月20日(水)中央区「赤坂小学校」についで三年目。今回で五校目です。
関東でも同じですが、校区によって校風や子ども達の雰囲気は如実に変わるものです。 が、全体的に九州、福岡はのんびり、素直である事は言う迄もありません。
「全校生徒」対象に行うことも在れば、低学年、高学年の別もあります。 今回は二校とも「六年生」だけを対象としました。 西の城南区「鳥飼小学校」で三クラスでしたが、博多区の「美野島小学校」はニクラス。やはり都会・中心街の少子化は進んでいるのでしょうか。
鳥飼小学校の子ども達は、とってものんびり、明るく素直。美野島小学校の子ども達は、ちょっと大人びていて、活気が有って。 初めはちょっと「気合い」が入りました。 「お父さんが山笠担いでる?」という感じのわんぱくな子が数人も居て。こりゃナメられたらあかんかも、と思いましたが、なんと、ガキ大将っぽい子もみんな素直でした。 TV-CMのお陰(?)インド音楽太鼓「タブラ」のデモ演奏では「出た!口タブラ」と先に情報が行き届いていて、関心を高めてくれました。
みんなとても喜んでくれた様です。
先生方には「90分も子ども達を釘付けにするお力には敬服」と言って頂きました。財団のスタッフさんに「体育館の酷暑にも手を抜かず」と言われて想い出せば、その日の福岡は35度を超える「真夏日」。エアコンの無い体育館は「蒸し風呂」でした。 確かに詰めて座っている子ども達はより暑かった訳で、それでもダレず飽きず、熱心に聴いていてくれました。勿論、参加型でもあったのですが。
体育館ではすましていた子が、下校の際、楽器搬出のタクシーを待つ私にニコニコと声を掛けてくれたり、握手を求められたり。
いつもながら、学校訪問は心が洗われます。
ありがとうございました。 来年も宜しくお願いします。
昨日、福岡市城南区の田島公民館でインド音楽のレクチャーコンサートを行いました。 発案と企画は、城南区にお住まいの豊永さん。 とっても気さくで、可愛らしいおじいさまです。が、お若い頃はかなりのやんちゃな遊び人?だったらしく。 博多、中洲、親不孝通りの老舗や音楽の店にもの凄く詳しい。 きっと福岡のミュージシャンは沢山お世話になったに違いない方。 若林をたいへん応援してくれて。ライブに通ってくれています。 が、若林がインド音楽弦楽器シタールに出逢った1971年よりも前1960年代後半にインド現地で「買って帰ろうか?」と迷ったというお方です。 楽しい会でした。 天神JEUGIA教室の若葉君と大橋教室のタブラのお弟子吉永君がサポートしてくれました。
昨日、福岡市中央区赤坂のBluesっぽい、おなじみのCafe-Bar「Calloway」で 若林忠宏:企画プロデュースのLIVE-Event「TETRA-PTERA」の第三回目でした。 今回は、 ★メキシコ民謡 Duo「Mejorana(まよらな)」 アコーディオン奏者のいわつなおこさんと若林のデュオによる、メキシコ民謡ユニットで、8月12日(日)のライブ・イベント「Transmission」でデビュー。今回は、Guitarraの他に巨大12弦ギターBajo-Sextoを用いて北部の曲を本格的に演奏しました。
★Rumba-Blues楽団「Caribbean-Blues-Band」 若林忠宏:Vo&Gt/西田弘道、並木重雄:Ts/中村明子:Pf/avan:Bs/波谷亮一:Dr. 7月デビューのアメリカ黒人R&Bミュージシャンが演ったラテン音楽を専門とする、本邦初の風変わりな「Blues-Band」。と、言いますか日本のラテン音楽ファンには「ラテン音楽っぽいBlues」と思われ、Bluesファンには「Bluesっぽいラテン音楽」と言われます。本当は、Bluesファンが「ラテン音楽っぽいBlues」と言ってくれて、ラテン音楽ファンが「Bluesっぽいラテン音楽」と言ってくれるべきなのですが「形」にこだわり「形」で終わる,日本では中々理想にはなりません。 でも、毎回お客さんには楽しんでもらっています。 今回も、にしやん、Lisa&Yukiのブラスセクションはさらに充実。まとまり感が違います。 Bassのアヴァン君のノリが凄かった。ドラムも良い感じ! ルンバ系8ビートの曲が途中でShuffleに代わり、それがまた三連に変わってブギーで終わるところは予想外! 「ドラムとベースの上手い洒落だったね!」と言うと「えっ!若林さんに合わせただけですよ!」って。ほんとかな。
★アフリカン・フュージョン楽団「Mwanzi」 1970年代のアフリカン・ロック「オシビサ」や「ジンジャーベーカー・エアフォース」 に西アフリカの伝統民族音楽を若林がアレンジしたフュージョン曲。
若林忠宏:Vo&Gt/西田弘道、並木重雄、高木康行:Ts/川田真広:Bs/波谷亮一:Dr. 加藤正文:Congas/藤 若葉:Perc./ 元々は1990年に東京でデビューし、昨年夏に小倉で再デビュー。7月に福岡市で再々デビュー。若いながらもトランス系の持続性があるベーシストのマサが核になっています。 昨日は、ゲストのQP-Saxのメンバー全員が最後の「Afro-Blue」に参加してくれて、超盛り上がり。最高でした。
☆Guest:QP-SAX(Sax四重奏団) 西田弘道、並木重雄、高木康行、近藤壮起:Sax/加藤正文:Perc.
若林楽団のおなじみメンバー、西田君、並木君にYasu君、この秋から若林楽団のサポートメンバーに加わってくれる近藤君、この9月からメンバーになってくれたドラム、パーカッションの加藤君。みんなが本来演っていたサックス楽団。 さすがに「一音」が違う。 意外に福岡人好みらしいと聞き、ちょっと残念な「仕込み」の「ギャグ」も、彼らが演るとイヤミがなくて「最高!」 やっぱり「人柄」が「ギャグ」を温かいものにしてくれるのだなあ、と思いました。
LIVE-Event「Tetra-Ptera」の第三回目。 楽しい夕べでした。 トップバッターのMejoranaのいわつなおこさんは、この日も 華麗ながらも元気な音で弾けてくれました。 「いわつさんの大ファン!」というお客さんも来てくれていたので、 途中で「そもそもの専門のフランスのミュゼットの曲をちょっと」とお願いして。
とても楽しく、軽妙な音なので、思わず片手が動き、ストリート・オルガンの真似。 いわつさんたら、手を速く廻すと「速く弾き」、遅くすると「遅く弾き」 遊んでくれました。 西新のお店に急ぐところを、最後のセッションまで待ってもらって、 アフリカ・フュージョンSessionでもアコーディオンを弾いてもらいました。 アドリブのソロ。 中々の心地良い、不思議な取り合わせでした。 想い出されるのがアメリカ南部のアコーディオンの偉人クリフトン・シニエ 「ザディコ」と呼ばれる音楽の代表格です。 アメリカ南部はその昔、フランスの植民地だった。 その御陰で、JAZZの大元、デキシーランドやニューオリンズ・ジャズが生まれています。 キューバ、プエルトリコ、ドミニカのラテン音楽を演っていると、カリブ海の「フュージョン音楽」の皮肉な功労者はスペインばかりの様な気がしますが、キューバ音楽が急速に発展したきっかけは隣国ハイチの独立です。ハイチは仏領でした。 仏領ハイチに温存されていたアフリカ民族音楽と、社交界サロン音楽が独立を期にキューバに流れて、一気にキューバ音楽を豊なものにしました。 ラテン音楽がヨーロッパで人気となったのは、フランスの海外県からビギンがもたらされたから。 仏領だったルイジアナ州に、サロン音楽や軍楽隊が豊かに在った御陰で、ジャズのルーツが育ち、民謡のノリからはケイジャン音楽が育ちました。 フランス文化圏以外では、ヴァイオリン(フィドル)とかギターとか、比較的小編成。 ジャズ系の管楽器奏者にとっては、フランスは恩人です。
ザディコ音楽は、ケイジャン音楽に黒人のブルーズ音楽が合わさって生まれたものですから、いわつさんのアコーディオンがルンバ・ブルース、アフリカ・フュージョン楽団の音と合わない訳が無いのですが、イメージ以上に良い感じでノリノリだったのは、ほんと嬉しかったです。
夕べも、サックスの西田さんが生徒さんをお友達を誘って呼んでくれました。トランペットの岡本さんは、お母さんが聴きに来てくれました。お姉さんも今度ドラムでメンバーになってくれる。 温かい仲間と、そのお友達、家族、生徒さんに応援されて、嬉しい限りです。 「もし今日ここに爆弾でも落ちたら、福岡のサックス界は大ダメージ! というほどの名手が揃っていた所に、そのお弟子さんや、サックス四重奏を聞きつけてきてくれたお客さん、などなど、客席にもサックスを吹く人、たしなむ人が多かった。 お客さんにパーカッションを持ち寄って最後にセッションをするスタイルは、昔からやっていますが、今度は「サックス吹ける人は全員持参」の会をやろう!という事になりました。
若林楽団とQP-SAXの再びのジョイントコンサートは、恐らく11月頃? もしかしたら、12月に大々的に「忘年会コンサート」になるかもです。
春の「若林忠宏楽団メンバー大募集」で一気に沢山のミュージシャンが集まり、 「どどど〜」っと始まりながらも、びっくりの急のキャンセル。
掛け持ちでフローしてくれたドラムさん、ベースさん、サックスさん。普通ならストレスも不満も溜めるところ、音楽に対する求めているものが違うのか、根性が違うのか? 「楽しかった」「最高」と嬉しい言葉。
言葉にも増して「音」と「グルーヴ」で返してくれます。 「ノリ」は気の持ち様、切り替え、頑張りでどうにかなっても「グルーヴ」ばかりは気持ちにゆとりが無ければ出ません。
嬉しい限りです。
ピアノのあっこちゃんが来た時も「にしやんの隠し球」って思いましたが、 まさか「まだ在った!」とは。 パーカッションの加藤ちゃん最高です。
QP-Saxで見せた本業のドラムのゆとりある緊張感も素晴らしかったですが、 「なんちゃって」と本人が言うコンガがなかなかの存在感。 音楽を楽しく生き生きとしたものにしてくれます。
そういう自分の判断には自信がありましたが、何気なワンショットの写真を見て大確信! 何時もの様に、陽気でおちゃらけたプレイの瞬間。右手はメンバーの名プレイを囃していながら、左手が凄い! 肘はびったりコンガの鼓面の高さ、肘から指の先迄が「ぴしっ」と一直線。 打楽器プレイヤーの基本がしっかり身に付いていて、どんな場面でも、どんなにノリ任せの時でも、基本が崩れない。
思えば、今のメンバーそんな人の集まり
気さくさ、笑顔、お茶らけ、たっぷりです。 曲が途中で変わろうと、動じないどころか楽しんでいる。 アバウトでいい加減の様で居て、本筋はブレない。
それぞれで、苦労しなが考えて、あらゆる事を自分を鍛える事に転嫁して来た人。 メンバーさんのひとりが 「若林さんには参りました。僕より、僕の親より僕の事知ってる感じがして。コワイナ〜... 」とコメントをくれました。 「それほどでもないよ」も有り「そりゃある程度分からなきゃバンマス出来ないし」もあれば「分からなや良さも引き出せない」「とも言えます。
でも、最大の要因は、 各自が「自分が出せて、伸ばせる場所」と大切に思ってくれていること。 そして「そう思える場所に自分で変えて行ってくれていること」
ありがたいことです。
夕べは、Rhumba-Blues楽団「Caribbean-Blues-Band」のVooDooLoungeデビューでした。 Saxのにしやん!トランペットのLisa&Yukiちゃん、ピアノのあっこちゃん、ベースのアヴァン君、ドラムのryo君、パーカッションの若葉君。
この日もノリノリでした!
3〜4楽団対バンのライブイベントですから、小倉、飯塚、大野城からのメンバーやプロメンバーには苦労を掛けますが。「地元の音楽シーンを作って行く」というポリシーは若林にとってとても大きな意味を持ちます。 だから、新しいバンドが出来ると必ず「Lounge-Soundsお披露目ライブ」をします。 そして、昨日はいらしてなかったけどLS常連の「耳肥マニア氏」とボギーの感想、お客さんの「良かった!」の笑顔を貰って初めて新楽団デビューが「公認」される感じです。
2006年前半の民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Wind。 対バンのドグラマグラとメンバーが重複の異色楽団。「ど真ん中の床にシタール持って鎮座にぶっ飛び!」と感動してもらいました。
Rolling-Stonesの「黒く塗れ」のTV-LIVEの映像で、ミック・ジャガーが好き放題暴れている横で、ブライアン・ジョーンズが関節堅そうに胡座をかいてシタール黙々と弾いている。あの感じ? それとも教祖っぽい?
それが2006年秋、エレキ改造シタールをストラップで吊って「立ち奏」で60年代サイケデリックを英語で歌う。インディアン・サイケデリック楽団MISRAM 「ぶっ飛んだ」「ロックだった!」と「衝撃のデビュー!??」と賞して貰いました。
ピアノとベースとシタールの「CHIWAWA」は「好きだなぁ〜この感じ」と言って貰い。 女性Vocalと民族楽器のデュオ「柘榴(Zagros)」も絶賛して貰いました。 チャチャチャ楽団「Charanga-Langa」も褒めて貰った! 「美しい!」 そして、今回、 「気付けば若林さんがギター弾いてるの初めて!」「良いバンドですね!」と。
お世話になって三年目のLounge-Sounds 今五つ以上の楽団で叩いてくれているドラムのRyo君。 この秋のアジアマンスで沢山助けてくれたDrum&Percのhiro君。 一時期タブラを習いに来てくれたアロハのウメちゃん。 近々「サンタナバンド」を一緒にやる胡太郎さん。 音楽仲間、メンバーにも沢山出会いました。 まだVooDooデビューしていない楽団 アフリカン・フュージョン楽団「Mwanzi」 R&B&Modern-Blues楽団「Heart-Gate-Blues-Band」 Chicago-Blues-Band「Bull-Frog-Blues-Band」 影絵(Silhouette/シルエット) Acoustic&Drone-Unit「Trio-Shruti」 ネパール民謡楽団「ハシッロ・バンド」 影絵は10月31日決定済み、Heart-Gateは多分11月?
これからの楽団 Arabic-Blues-Band「Suuk」 Latin-Oriental-Band「Mohammed-El-Wakkar & The Magic Carpet」 コンテンポラリー・インド音楽フュージョン「Raga-Malika」 エスニック・フュージョン楽団「Reng」 日本語ラテン・オムニバス楽団「El-CoCo」
昨日の、Rhumba-Blues楽団「Caribbean-Blues-Band」も楽しかった! お客さんも喜んでくれていました。
日に日に音が柔らかで、温かい存在感になるブラスセクション グルーヴの域に達しつつあるドラムとベース。 楽しいピアノ。パーカッション 名物男かとちゃんをお見せ出来なかったけど。 良いライブでした。
またまた、新楽団スタートです。 と、言っても春の「大量生産」から少し落ち着いて、というかくじけてしばらく間がありましたが................。ここに来て、新たな強力なキャラクターの加入と、 春の新規楽団のメンバーの充実、落ち着き、余裕のお陰で.............。 さらに、9月16日(日)の自主企画Peants-Barrel-Blues-Partyが無事、というより、むちゃむちゃ楽しく終わったのが大きな「堰」だったかも。
2007年秋の「新楽団」その1 Latin-Oriental-Band「Mohammed-El-Wakkar & The Magic Carpet」
1950年代〜60年代にアメリカで活躍した「謎のアラブ人」 Mohammad El Bakkar ナイロン弦のウードを何故かエレキにして、ターバン巻いて ベリーダンサー侍らせて.................。 荒削りなアラブ・ベリーダンス音楽を演ってました。 同じ時代にはギリシア移民のミュージシャンもアメリカで活躍。
「オリエンタル」というくくりで、アラブもトルコもギリシアも一緒くた。 弦楽器ブズーキも盛んにベリーダンス音楽を演奏しました。 そこにラテン音楽ブームが加わって、 アラブ人ギリシア人が演奏する、珍妙ながらも妙なマッチングの 「オリエンタル・ラテン音楽」 西田弘道のAlto-Saxと若林忠宏のアラブ弦楽器ウードの即興演奏が舞い踊ります。
若林忠宏:Vocal、Oud、Bouzouki @@@:Violin(交渉中) @@@:Flute(交渉中) 西田弘道:Alto-Sax 中村明子;Key-Boad avan:Bass @@@:Darabuka(交渉中) 加藤正文:Congas 佐藤元子:Timbales(若林楽団・初加入) 藤 若葉:Claves Surport-Member @@@:Belly-Dancer(募集中) ChorusとSaghatとMaracasを兼ねてくれる方
2007年秋の「新楽団」その2 Arabic-Blues-Band「Suuk」 シルクロード吟遊詩人の芸能は、コーカサス〜東欧とアラブに伝わり、東欧からは南欧〜Troubadours達へ。 アラブ〜北アフリカからは西アフリカのグリオ達に。 グリオの伝統は、強制労働者として北米に伝わり、厳しく弾圧されながらも、ブルースとして蘇りました。 一行目の歌詞を二回歌う。その結果の12小節。そして三度と七度の微分音「Blue-Note」それがシルクロードから脈々と続くDNAに記された伝統です。 と、難しい「考証」と果たして関係があるのか否か? 1970年代80年代に、欧米のロックバンド、「サードイヤー・バンド」や「3ムスターファ」が演ったようなハチャメチャな音楽。 若林忠宏がアラブ弦楽器ウードで、シカゴブルースを歌い、アドリブ弾きまくります。中村明子のBoogie-Woogie-Pianoと西田弘道のサックス・アドリブと絡みながら。
若林忠宏:Vocal、Oud 西田弘道:Alto-Sax 中村明子;Key-Boad avan:Bass @@@:Darabuka(交渉中) 加藤正文:Congas/Arabic-Perc. 波谷亮一:Drums Surport-Member @@@:Blues-Harp(募集中)
本日、戸畑の「西日本工業倶楽部」で、インド・シルクロード音楽と日本の伝統邦楽とのコラボレイション楽団「East meets East」の初舞台でした。
西日本工業倶楽部は、初めて伺いますが、九州工業大学創設者の一人、明治の産業界の重鎮、松本健次郎氏の豪邸をそのまま残した、古き良き時代の洋館。 邦楽器と民族楽器が温かく響く様な期待は見事に。庭園も美しく、コウモリも飛び、大好きな松虫も鳴き。最高のロケーションでした。
そして音響も本格的で、取りにくい邦楽器、民族楽器が原音に近く良い感じで響いてくれました。
East meets Eastのお相手は、九州邦楽界の重鎮、 お筝の渡辺シズ先生と、尺八の渡辺鈴士先生。 シズ先生は生田流で最も有名な宮城道雄氏の「宮城会」九州支部長さん。鈴士先生は、人間国宝青木鈴慕氏のお弟子さんで「九州鈴慕会」会長さん。大変な光栄です。 シズ先生は十七絃、お弟子さんの馬場さんが十三絃(レギュラーサイズのおこと) 先日、南区のお宅で打ち合わせをさせて頂いたのですが、その技量もさることながら、音楽性が素晴らしい。異種音楽とのコラボレイションにもとても柔軟なお気持ち。East meets Eastに願ってもない、お相手です。 鈴士先生は、ご自分で尺八も自作されます。工房も拝見し、素晴らしいお仕事振りに感動。尺八も「三曲」のジャンルの他に「普化宗尺八」の研究もされています。 その古曲にインド太鼓タブラを合わせました。 何が嬉しく、凄いと思ったかと言うと。普通、自由リズム、無ビートの尺八には、効果音的なパーカッションを合わせますが、若林は「そればっかり」が嫌い。 敢えてインド古典のゆっくりなリズムサイクルを刻みました。鈴士さんは、それに動じず。合わせる訳でも、合わせない訳でもない、絶妙な関わり方で。 ビートが「川」なら尺八は「風」の様に。素敵な時間でした。
若林自作曲もご苦労を掛けました。 これも「普通」は、インド古典音楽の旋法ラーガにもあります「陰旋法」や「陰旋法の五音音階」で共演するのですが、それは20年前に富山で自作曲を発表し、15年前には東京でパキスタン大使午前演奏もお筝の先生とさせて貰いました。 今回は、それ以上の事をどうしてもやりたくて、アラブ旋法マカームの音数を頑張って尺八にも吹いてもらいました。 アラブ管楽器「ナイ」の様でありながら、野太いカッコ良い音に仕上がりました。 お筝のシズ先生が凄かったのは、ご紹介の場面で「お決まり」のレパートリーである「春の海」がとても素晴らしかった。 あまりに有名かつ、一般にはどうしても「お正月」と感じてしまう曲なのに、 終演後、スタッフさんプロデューサーさん、お客さんが口々に「新鮮だった!」と。 インド音楽太鼓タブラが加わった事もあります。 アジア民族楽器で「春の海」を録音した事もあり馴染みもあります。 でも、それ以上にシズ先生の演奏が素晴らしかった。「中秋の名月」に対して奏でた「秋の月」の様でさえありました。 音が立っている。気品があり、凛としていて。それでいてチャーミングで温かい。 邦楽との共演は「まだまだ広がる」そんな確信が持てました。 East meets Eastからは、さらに「雅楽」との共演。 「声明」との共演の夢も膨らみます。 East meets Eastは、今後も曲を増やし、鼓や締め太鼓、 地歌三絃の他に、長唄三味線、筑前琵琶、薩摩琵琶との共演作品もイメージしています。 シルクロード吟遊芸人が九州に渡って数千年。 九州で次々に展開する音楽の中でも、歴史的にも音楽的にも意味のある、作品を作って行きたいと思っています。
どうぞ、今後とも、邦楽界の重鎮との共演に相応しい、檜舞台をご用意下さります様、宜しくお願いします。
9月28日(金)は、「若林忠宏民族音楽小紀行」広尾:Cafe-Frontierの11回目 「タイの音楽」特集です。 若林が大好きで、かなりこだわって演ってきました、東北イサーン地方の弦楽器ツン、太鼓クロン、シンバルのチン・チャープと笙のケーンの音楽に、楽器の調子が良ければ「打弦楽器キムチン」をご紹介します。
開場18:30/開演19:30〜21:30(LO-21:30、Close-22:00) charge¥1000+order 毎回音楽の地域に合わせた工夫たっぷりの美味しいお料理が用意されます。「食と音と現地の雰囲気」合わせてお楽しみ下さい。
9月29日(土)キューバSon楽団「Conjunto del Chicorro」 中洲「Hasta-Cuba-Club」 博多のサルサシーンの中心 アスタクラブでのVol.5 でした! 今回のサックスは、オリジナルメンバーの並木重雄さん 。ベースの福山恒さん、パーカッションのMAMI-TAと高橋Carlos君、おなじみトランペッLisa&Yukiちゃんとみんなオリジナルメンバー。
Hasta-Clubで出逢いメンバーになってくれた、ほのぼの兄さんGOOFYも何時も居てくれます。
新曲も頑張りました。
パーカッションの人数が少ないので、新曲のパーカッションをフォローしながら歌っていたら、管楽器に今迄の様に合図をしなかったので、ちょっと出遅れたり。
でも、管楽器陣はかなりレベル上がりました。 消化した曲のレベルは、このまま録レコーディングしたい!と思う程。 並木重雄君のフレーズが歌に近いのも素敵な個性。 若林忠宏の音楽人生の中で一番Sax奏者に恵まれている今日この頃です。 「これぞSax」というソリスト。 「これぞ器楽」というソリスト。 そして「歌う様な」ソリスト。 きっと「パーカッションの様な」もありそうです。
今晩、かなり楽しみです。 ライブ・イベント「Transmission」Vol.5 於:西中洲Tupelo
若林忠宏が九州通い出して、ほぼ最初に結成した楽団 民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Wind お弟子さんとの即興楽団はありましたが、民族音楽歴35年にして「自作曲」を作り、オリジナルと即興メインの楽団です。 しかもメンバーが若林と対等、プロ・ミュージシャンだけで固めた楽団は東京でも無かった事。民族音楽楽団が主体でしたからお弟子さん中心になっていましたが、民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Windのメンバーは「ジャンル」を超えた「音楽」が出来る面々。
歌うヴァイオリン。「弓の説教士」の様な。谷本仰さん。 あらゆるジャンルで最高の「音の揺りかご」を作ってくれる、ベースの福山恒さん。一瞬一瞬、一時一時、音楽と共にある「生き様」を想い出させてくれるパーカッショニストのアジ君。
今回は、温かさ、豊かさ、そして「懐かしい格好良さ」が自然体で醸し出されるギタリスト、久米博之(kumeppy)さんが加わってくれます。
8月12日(日)のライブ・イベント「Transmission」Vol.4 の幻のSuper-Session楽団AfroCubanJazzSuperSession「Tabu-Sextet+」でもギターを弾いてくれました。その時のベースも福山恒さん。ドラムは波谷亮一君。
元々Maghrebにはドラムは入らないのですが、たまたま波谷亮一君は佐世保に行くのでちょうどNGでした。ところが「そのメンバーなら一曲でも!」 と早く終わったら「駆けつける」との事。
Super-Session再び、with Ajiが聴けるかもです。
そして、遂にデビュー
福岡を代表するVocalist、野口ジュンさんと若林の民族楽器にアジ君のパーカッションによるトリオ・ユニット 影絵(Silhouette/シルエット)
日本語の歌に、民族楽器の音色。
春デビューのAncient-Future-Music「柘榴(Zagros)」 と対極的なユニットです。
久しぶりの民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Wind 若林忠宏が九州に来て初めて作った本格的な楽団で、2006年の春結成、二歳半になりました。
若林忠宏の九州での初めの一年のバンド活動は、福岡市南区大橋での民族音楽教室の生徒さんとぼちぼち試験的に初めた程度。 その一年間ほぼ欠かさず「若林忠宏民族音楽レクチャーライブ」に通ってくれていた小倉のベーシスト福山恒さんとのタッグを格に、2005年福岡市アジアマンスで出逢ったパーカッショニストAji君達と結成し、2006年夏の初CD録音のゲスト参加を期にレギュラー・メンバーとなってくれたヴァイオリンの谷本仰さんの四人が今日迄続くレギューラー・メンバーになりました。
東京での楽団活動の苦労や挫折を「繰り返したくない」と、一年間じっくり考え、音楽を通じて通い合うものを確かめながらやっと結成した楽団です。にも拘らず、やる気と熱意と若林への賛美を高らかに語ったギタリストがレコーディング開始直前に脱退。パーカッションの生徒が辞めたり、CD製作の話が宙に浮いたりで、相変わらずでしたけど..............。
その後、ギタリストはレギュラーを入れずにサポート・メンバーで時々ライブをしました。 昨年秋は「太宰府市民祭り」、年末はMaghreb-Wind生みの親「小倉ケイト・ミュージック」イベント。今年に入ってからも4月15日に、友人楽団CICCAROLLとのジョイントを行いました。
夕べ9月30日(日)は久米博之(kumeppy)さんをゲスト・ギタリストに迎えて。 8月12日(日)に行ったLIVE-Event「Transmission」Vol.3でのAfroCubanJazzSuperSession「Tabu-Sextet+」で谷本仰さん福山恒さんと共演した際に「意気投合」した、音も心も温かい素敵なギタリスト。
一曲目は、 テーマ曲「Maghreb-Wind」しっとりと始まる「予想外」のアドリブ。 「予想外」というのは、「打ち合わせに無い」という意味であって、Maghreb-Wind的には「想定内」 本曲に入るその瞬間の自然さは、二年以上「苦楽を共にした」安心感なんでしょうか?
打ち上げの席でメンバーが語った「ピアニシモで隙間だらけの時にあれだけのレベルで心を込められるバンドはなかなかない」 常連さんが録ってくれたCDを聴きました。 確かに、美しい。 久米博之(kumeppy)さんの「無駄のない、出しゃばらない、けれど、必要な音はある」ギター。 谷本仰さんの優しさと「押さえた豊かさ」のヴァイオリン。福山恒さんの全てを包み込むベース。 アジ君のレガートとキメとグルーヴと緩急自在なジェンベとパーカッション。 我ながら美しいシタールの音色、フレーズ。 確かに、なかなか無かったバンド。
デビュー当時、若林が語った「音の金庫番恒さん、番頭アジ君、送迎係谷本さん」正にその感じは今も生きていて、さらにパワーアップ、絆も固くなっています。
二曲目は、突然打ち合わせもなく、ファンキーなアップテンポのアドリブ曲。 盛り上げ、盛り上げ、最高のポイントでビシっと終わる。 凄い!
三曲目は、フラメンコのブレリアをモチーフにした「再会」 アラブ音楽とフラメンコの100年の時を経た「約束の邂逅」がテーマです。 パーカッションのアジ君の「持って行き方」、小物パーカッションへの切り替え。 久米博之(kumeppy)さんのソロが素晴らしかった。
四曲目は、モロッコ遊牧民のリズムにアラブ声楽とインド声楽の即興が乗っかる曲「Ber-Ber」 ポリリズムの感じが以前にも増してリアルになりました。谷本仰さんのヴァイオリンが自在にアドリブを展開。若林はアラブ弦楽器ウードに持ち替え。 インド・アラブMIXのスキャット唱法「掛け合い」のところでは福山恒さんまでもが渾身の歌いっぷり!、大声で参加してくれたお客さんも後半は笑うのと歌うので大急がしでした。
最後、五曲目は、福山恒さんに振って「何でも良いからR&B風の即興で」 JB風のベースが良い感じで出来てたところでお客さんの手拍子が湧いたので、大きな四小節括りの「アラブ湾岸の手拍子音楽:タスフィーク」を重ねました。
久米博之(kumeppy)さんのブルージーなソロ。アジ君と谷本仰さんの掛け合い。若林のアラブ太鼓が加わって大盛り上がり。久米博之(kumeppy)さんのギターと谷本仰さんのヴァイオリンが「ワウワウ・ユニゾン」となった時には大喝采。
メンバー紹介のソロも最高でした。ギターの後の福山恒さんのベースのなんともグルーヴィンなソロ。最高でした。アジ君のトラッドなジェンベ・ソロも良かった。 若林のウードのソロの途中から、テーマ曲「Maghreb-Wind」に移行、そこに谷本さんに呼び込まれて一部の歌姫野口ジュンさんが登場。アドリブで素敵なスキャットを披露してくれました。 最後の最後、終わったと思いきや、谷本さんと若林でMaghreb-Windの一節を。アジ君、福山恒さんが加わって美しく。谷本さんのヴァイオリンのオブリガートは回を重ねる毎に歌に成って嬉しい限りです。
常連のコズさんの録音はとっても綺麗。LIVE盤に出来そう。 それもこれもTupeloの藤城さんの音作りがむちゃむちゃ良いから。 ありがとうございます。
LIVE後のお楽しみの「焼き飯」がご飯売り切れでしたが、その分お客さんが沢山召し上がってくれた様で良かったです。茸のパスタ頂きました。美味しかったです。
谷本さんファンであり、小倉ケイト・ミュージックでの若林教室の生徒さん達、谷本仰応援団長さん、 下関から通ってくれるツアーガイドさん、谷本さんのお弟子さんで若林楽団に参加してくれる、むつつさん。午前中の天神BiViでのアラブ・パーカッション講座に「体験入学」し、そのまま入会してくれた、なんと若林と同じ歳のHさん。「今日の今日」御誘いしたら、ベリーダンスを習っている奥さんと来てくれました! 一年振りで同じTupeloでのライブで笑顔で応援して喰えたエムさんも! 嬉しい一夜でした。 翌日朝の帰京でしたが、感動覚めやらぬメンバーは「打ち上げ」に。 CICCAROLLと一緒の時は渡辺通りの屋台で打ち上げが恒例の「楽しみ」ですが、 Maghreb-Windが打ち上げをする事は無かった。 なにしろメンバー小倉と福岡市内半々ですから。 谷本さんが「朝帰り」を決めてくれて初めての「打ち上げ」楽しく飲み、語り合いました。
アジ君を筆頭に谷本仰さんも超忙しい! 二三ヶ月先のBookingも一苦労。 今回、影絵(Silhouette/シルエット)と民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Windの為に渡福した様なところもあります。 BookingのオファーをしてもNGやったり、返事が来なかったりで「やる気ないんかい!」 と思いきや「やる気は十分以上」だと言う! 皆、丁度音楽活動の転機を迎えているところ。 それでも「Maghrebもっとやりたい」と 言ってくれる。 「なんや!そうやったんかいな!」「なんでそれを早よ言わんのか」 嬉しい限りです。 出来上がっている、レベルも高い、けれど、即興 。毎回新しい事が起きる。 でも、すべて「今の曲として保存出来るよね!」という完成度。 たいがい忘れてしまいますが.............。 逆に「何時でも出来る」と安心していたところがありました。 「今こそ、より多くの音楽ファンを沢山あつめて、盛り上がるライブをやるべき」 と言って貰いました。 嬉しいです。
得難い仲間です。
そんな、こんなで、年内決まっている12月19日(日)の小倉での恒例のケイト・ミュージックさんのイベントの前にも、福岡市内でライブ しそうな感じです!
宜しくお願いします。 みなさん、ありがとうございました。
影絵(Silhouette/シルエット)ついにデビューしました。 9月30日(日) 若林忠宏企画・プロデュースのライブ・イベント「Transmission」Vol.4 福岡市西中洲のライブハウスTupeloにて
影絵(Silhouette/シルエット)は野口ジュン:Vocal/アジ:Jembe&Perc./若林忠宏:民族弦楽器
福岡のレコーディング・シーンで、その類い稀なる美声と、ピッチの正確さ、多彩な歌声で活躍するVocalistの野口ジュンさん。生ギターの男性とのデュオMEGALOVE、楽しく温かいメンバーに囲まれたOne-Soul-Loversの二つでも活躍。
【影絵(Silhouette/シルエット)のメンバーとの出逢い】
Vocal&GuitarのTommyとのデュオ「Tommy&Aji」の他、BIG-MAMA、劇団アフリカのレギュラーの他、様々な福岡の「本気音楽」に積極的に参加している熱血パーカッショニストのアジ君。若林忠宏の福岡での最初の本格オリジナル楽団:民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Windのオリジナル・レギュラーメンバーでもあります。
2005年秋の福岡市アジアマンスのメインステージでインド音楽弦楽器シタールと太鼓タブラをソロ演奏した後、舞台袖に駆け寄って来てくれたエスニックポップス楽団CICCAROLLのギタリスト二人とアジ君。 「一緒に演ろうね!」の言葉を「社交辞令」にしない若林は翌日のCICCAROLLのCD録音に参加。 アジ君とは録音の中で共演。 ライブでの「一緒に演ろうね!」の約束は出逢いから半年経ってしまいました。
同じ頃、毎月ライブをさせて貰って居た小倉ケイト・ミュージックで、アジ君達から「凄く良いVocalが居る」と聞いていた野口ジュンさんが、俳優・演出家のお父さんと来てくれました。 野口ジュンさんとの「一緒にやろうね」の約束は、インディアン・サイケデリック楽団MISRAMの様なバンドで、往年の名シンガー、グレース・スリックを再現して欲しかったから。 結局その願いは果たされませんでしたが、2006年夏の民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Wind-デビューCD録音にゲスト出演。秋の福岡市福祉イベントのステージにもゲスト出演してくれました。
【若林忠宏の九州での活動ヴィジョン】
その後、若林忠宏の九州での音楽活動は大きな転換を迎えました。 「大楽団プロジェクト」 今迄やって来た民族音楽を「何時でも楽団で演奏出来る状態を作る」それによって「音」で常にリアルに「やりたいこと」を明示して行く。 同時に「純民族音楽」も常時アンサンブルで出来る必要もあり、新しいオリジナル音楽である各種フュージョンもあります。過去自分の店があった頃の東京での最大数12楽団をあっと言う間に超えて20楽団となりました。
これと同時に進めている三つのプロジェクト。 福岡在住のアーティストさんとの少人数のユニット。若林とアーティストさんと共同で作詞、作曲する日本語のポピュラー・ミュージックですが、レパートリーの大半は民族音楽がベース。 6月17日(日)赤坂「Calloway」19日(火)親不孝通りBigo-LoveでデビューしたPro-VocalostレイラーニさんとのデュオAncient-Future-Music「柘榴(Zagros)」が第一号で、今回の影絵(Silhouette/シルエット)が第二号。どちらも福岡の音楽シーンの核と成るアーティスト、ミュージシャンに衝撃を与えました。その後もあっとびっくりの構想が控えています。
第二のプロジェクトが「若林忠宏が若手楽団をプロデュースする」これも幾つか構想が動いています。 第三のプロジェクトが「若林忠宏神出鬼没飛び入り企画」これはなかなかチャンスが得られていません。
【影絵(Silhouette/シルエット)始動】 野口ジュンさんと「一緒にバンドやろう!」の話は2006年冒頭から会う度に。ユニット・プロジェクトを開始して直ぐに「今度こそ実現しようね!」と話して、5月、Ancient-Future-Music「柘榴(Zagros)」のデビュー直前に1st-Sessionを行いました。 それから昨日9月30日迄、結局Session出来ず。 それでも「絶対上手く行く」自信、確信がありました。 そしてその音楽は、期待と構想の道筋通りの更に先!
ユニット・プロジェクトの最大の目標は、アーティストの才能、持ち味を最大限に引き出す事は勿論の事。本人がまだ発揮出来ていない、もしかしたら気付いていない根底にある力や感性を具現する事。 それに若林忠宏の世界中の民族音楽をかじった経験。ジャンルを超えて根底にある「何か」を掴む経験を活かす事。
2007年6月デビューのAncient-Future-Music「柘榴(Zagros)」はかなり良いところに行きました。 嬉しかったのがレイラーニさんの長年のファン、応援者さんが「新しい才能を見た!」と言ってくれた事。 レイラーニさんの持つ「不思議さ」「存在感」を「古代シャーマンの様な」と見立てて「土地」「自然」「天気」「天体」などからのインスピレーションを活かしました。
「柘榴(Zagros)」が「時空」「場所」を超越しているとしたら、影絵(シルエット)はある意味真逆。 「自然」「人間らしさ」「まごころ」という「根っこ」は同じなのですが。野口ジュンさんは紛れも無く「今に生き」「悩み、頑張り」ながらも、何時も「明るく」「元気良く」。楽しいだけではなく、自然や生き物の未来を憂いながら、人々の心のすさみを憂いながらも、持ち続けていたい「まごころ」を、子どもの頃の事を想い出したり「生きて居る事」「親や友達の存在」を感謝して歌う。
「今頑張っている」素直で真っすぐな心を音楽にするユニットです。
【9月30日(日) デビューLIVE 西中洲「Tupelo」】
野口ジュンさんとたった一回のSessionで出来た四曲。しかし1-Stageには、あと二曲欲しいところ。と思いながら15:00にTupeloへ。アジ君は劇団アフリカのリハーサルの後16:00。
あと二曲は「朗読かな?」 仕事でナレーションもやっている野口ジュンさんだから、民族音楽のモチーフを弾く上に詩や物語を語ってもらえれば。と。
するとTupeloで会うなり「五曲目なかなか歌が乗らないけれど、朗読なら行けると思うんだけど」と同じ事を考えていてびっくりでした。 しかも、五曲目は「去年こんな曲を歌って欲しかった」とちょろっと弾いただけのジェファーソンの「White-Rabbit」。カバーと言う程でもなく、FとEのコードが繰り返されるだけのスパニッシュな進行だけのモチーフ。 ちょっとした誤解から「一曲」出来てしまいました。
六曲目は「運命的」? その場で閃いて、そしてその場から若林も知っている友人に電話して歌詞が出来ました。
1曲目「影絵」 テーマ曲は、トルコ弦楽器サズで作ったメロディーにぴったりの歌詞が乗りました。 二人ともが大好きな時間、夕暮れ。さっき迄見えていた景色がシルエットに成って行く。 「華やぐ心は落ち着き、憂う心は元気になる」トルコ音楽独特の「下降型旋律」が見事にハマりました。
二曲目「子守り唄」 母と子の絆を歌うこの歌は、アラブ弦楽器ウードのモチーフで野口ジュンさんが閃いた曲。 若林の中にある「安寿と厨子王」に見る、日本人独特の憂いと情の世界が醸し出されるアラブ旋律に、優しく心温まる歌詞が乗りました。
三曲目「パレード」 なんとアフガニスタン弦楽器ルバーブで弾いた七拍子のモチーフに見事に歌詞が乗りました。 野口ジュンさんの非凡な才能に改めて感激です。 「ララ、ライラ、ライライライ」と自然に口ずさまれる歌にお客さんも自然に七拍子の手拍子。 四曲目「おんぼろトラック」 子どもの頃お父さんと海に行った想い出。軽トラの上にゴムボートをくくり付けて。 ハワイアンスラッキー・ギターのモチーフを提示したら出来た曲です。 五曲目「踊り子」 「White-Rabbit」の誤解から生まれた「朗読曲」 デビューLIVEでは二番目に出演する民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Windの谷本仰さんに急遽飛び入りでViolinを弾いてもらいました。 リハーサルでお願いして、音が出た途端、2分位で「OK!後は本番で!」 谷本さん「なんや!エフェクターまでセッティングさせておいて2分でしまいかいな!」
六曲目「タイラちゃん」 「踊り子」が出来ているとは知らなかった若林が、思えば「シタール曲が無い」ので、何か「朗読曲」なんだけど、四小節のインド古典音楽の「主題」部分は一緒に歌って。と提案。 若林もお友達の在福のインド舞踊ダンサー、ニラ君。9月中旬に故郷南インドで福岡人の奥さんとの結婚式を盛大に! ダンスのお弟子でもある野口ジュンさんやCICCAROLLの歌姫千絵ちゃん達も出席の「初インド」 そのインドで出逢った14歳位の「明るさ笑顔の固まり」の様な少女「タイラちゃん」 野口ジュンさんは、彼女との出会いを「詩」に書いていました。 「即決」 北インド音楽の旋法ラーガですが、主題を作り、「詩」の中の言葉と幾つかのインタビューから、インド音楽的な主題の「歌詞」を考案。 しかもタミール語に翻訳し易い日本語で。
なんと、デビューLIVEの日の朝帰国のニラ君に電話。 「望まれている時」は何事もこんな感じです。 ニラ君が家に居て、若林の歌詞を即座にタミール語に翻訳。 それが見事にインド古典音楽の16拍子にハマり。素晴らしい主題が出来ました。
Tupeloに来た時には殆どの曲が出来上がっていて、ツルっとサウンドチェックで曲の説明を受けただけのアジ君でしたが、若林の思惑通り、否、それ以上に曲を「楽曲」に仕上げてくれました。
10月31日(水)のVooDooお披露目LIVEが楽しみです。
この日は、影絵(Silhouette/シルエット)のデビューを、野口ジュンさんのお父さんとも演劇仲間の小倉のプロデューサーで若林も含め沢山のアーティストがお世話になっているtaniseさん達も立ち会ってくれました。
嬉しかったのは小倉から野口ジュンさんのお父さんも来てくれて! 六曲中一曲はお母さんと娘の話、二曲はお父さんとの想い出。軽トラの話や、お父さんが演出した舞台で見た踊り子さんの話など。 娘が素直に立派な歌唱力と素晴らしい感性で歌っているのを、真っ正面のテーブルでニコニコ頷きながら聴き入るお父さん、
ついつい若林がほろっと来てしまいそうになっているのに!
なんと、お父さん、嬉しそうに「写メ」撮っている! 「お〜い! ここはお父さんが目が尻押さえてくれよ!」 影絵(Silhouette/シルエット)のデビューに相応しく、 「家族」「想い出」「毎日の元気」「自然」「時間」「季節」「温かさ」「まごころ」 それらが沢山
「まるでシャボン玉」の様に浮き出て来て!とその場で想いました。
すると、なんと二部で谷本仰さんが「シャボン玉」吹き出すパフォーマンスを出した!
「おいおい!なんでそれを一部に出さんや!」 恒さんと谷本さん、出番迄は近所の「かどうち」に飲みに行ってしまう。 帰って来たのは、押して始まった後半。身内の演奏を聴かない、あそこはちょと好きくない。
「シャボン玉」は消えてなくなってしまう。 それが無くならないのが影絵(Silhouette/シルエット)
「光と影」「陰と陽」の様な感じがして「意外」「意味不明?」の感じもしますが、 それは...................。
今後、影絵(Silhouette/シルエット)のライブを続けて行く中で、 新しい曲のメロディー、リズムと歌詞で 少しずつ きっと 分かって貰える筈です。
今後とも宜しくお願いします。