diary 2006 September

 音楽活動のご報告
 猫さん達との日々
 
 Music & Life
  考えたこと 9月 〜


 音楽活動のご報告

 
 
 
 
 
 
 
 9月9日(土) CICCAROLLイムズSolo-Concert
 

 9月9日(土)の福岡は小雨が時々止んだと思えば、結構本降りに成ったりの、あいにくのお天気でしたが、数ヶ月前から決まっていた、福岡の友人バンド「CICCAROLL」福岡の若者の町天神の中心地にあるイムズホールでソロコンサートの晴れ舞台でした。

 CICCAROLLとの出会いは丁度一年前。アジアマンスでの若林の演奏を聞いてくれたリーダーの納富泰祐君、ギタリストの手島淳君、ジェンベ奏者のアジ君が 舞台袖に駆け寄って「良かったです!」と声をかけてくれました。
 「いつか一緒にやろうね」という言葉は、社交辞令に取られる事が多いのですが、泰祐君はなんと「じゃあ明日デビューCDの最後の録音なんですが!」
 運良く時間が取れたので、出会いの勢いのままインド音楽弦楽器シタールと太鼓タブラで録音に参加しました。

 その後約半年、福岡での教室と定期ライブの基盤作りに奔走していて、あまり交流のチャンスはありませんでした。
 それが2006年に入って「楽団結成プロジェクト」が始動しアジ君を主要メンバーに迎えたMaghreb-Windが最先端楽団として福岡市内、小倉で華々しくライブ活動を展開。
 初夏からはデビューCDの録音も始まりました。
 それ以後は、CICCAROLLの二人のギタリスト泰輔君、淳君がMaghreb-Windのサポートメンバーになる他、Vocalの福田千絵さん、楽友のVocalist野口じゅんさんがMaghreb-WindのCDにVocal&Chorusでゲスト出演してくれるなど、急速に音楽交流が深まりました。

  この半年、CICCAROLLとその音楽仲間達とは、嬉しい音楽の思いでがたくさんあります。
 6月末の「福岡市ストリートパフォーマンス支援事業」では西鉄天神駅のライオン広場では、偶然出番が並んで。Maghreb-WindはCICCAROLLの機材とギタリストを丸々お借りしてノリノリの演奏。
 その後のミュージシャンが経営する屋台「DON」での熱い音楽談義。

 7月末の「民族音楽センター九州一周年記念イベント」の一大イベントROOMsという最新最大のライブスポットでのLIVEイベント「 ワールド・ミュージックFestival in 福岡」ではCICCAROLLの他、アジ君の本拠地ユニット「Tommy&Aji」
 みんなの楽友、野口じゅんさん、Worokonondo、江頭つとむ君達が参加してくれました。
 打ち上げはやっぱり「DON」 で、またまた熱い音楽談義。

 そんな音楽談義には愉快なパート割当 があります。

 若林のアドバイスと言いますか、思いつきの言葉はCICCAROLLには暗号解読の様で直接理解が難しい様です。
 泰祐君のギターの音。リズム、演奏姿勢はとっても素晴らしい。清々しくて、マニアックなのに暖かくて楽しくて。 でも何かが足りないので「波止場でポーズをとっているマドロスさん風」と言いますと。「ええええ〜分かりません!!!」
 すると必ずアジ君が見事な通訳をしてくれる。

 そんなアドバイスを重く取り過ぎたりする事も無く。彼らなりのスタンスで受け止めて次のライブではしっかり消化して見せる。
 なかなかの気概です。

 この日のイムズConcertでは数曲の新曲が、夏前の課題を見事にクリアー。
 音楽的なバリエーションも豊かになり、分かり易くストレートな思いや、歌詞も聞き取り易く。ポップな感じが増しながらも妙な色気や下心がなく、新境地ながらもしっかりCICCAROLL。それがむしろ従来の曲を引き立てる。
 新曲に小躍りしながらも旧曲を聞くと「あ〜なんか懐かしい」と安心出来る。
 複雑過ぎる構成の割に全部が単調に聞こえてしまいがちだったのが、新曲の分かり易さから入って行くと丁度良く分かる。

 そんな理想的な成長をみせてくれました。

 あいにくの天気にも関わらず、イムズホールの300席は満席。
 音楽的にも、興行的にも。そしてバンドの結束、音友との結束、色々な意味でとっても素晴らしい成果を揚げたコンサートでした。

 

 9月10日(日) アフガン音楽mini-LIVE
 
 9月10日は福岡南区での教室を終えて、北の方に移動、親不孝通りの海側の出口にある多国籍カフェle unionでの定期ライブの第一回目でした。
 le unionは、7月末の「民族音楽センター九州一周年記念イベント」で初めてライブをさせてもらったお店。若林には「閃きの夕べ」パリのカフェを思わせるNight-Scienceなご機嫌なスポット。親不孝通りの賑やかさがちょっと落ち着いた長浜公園のちょい先で、道に面した一面のガラス扉が嬉しいお店です。
 外から見ると思わず入ってくつろぎたくなり、中から眺めると犬の散歩の人が微笑ましい。南青山や代官山を長閑にした感じの雰囲気が好きです。
 
 le unionでのライブは民族音楽コラージュ楽団LAKATAKがレギューラーでしたが、メンバーの一人が多忙で、パーカッションの篠原渉馬君とのデュオでアフガン弦楽器ルバーブの弾き語りを。
 お店に張られたポスターを見て来てくれた人、文化財団の方、福祉関係の方の笑顔と嬉しい声を頂きながら、楽しく行いました。
   
 9月10日/11日 福岡教室
   福岡の南区大橋の音楽スタジオCUBEをお借りして行っている民族音楽教室も、一年。御陰さまで新入生が増えて今月から月二回。東京の忙しさに比べて長閑に思える福岡ですが、それでも週末のレッスンを望む方が増えたので、土日にも行う様になりました。
 インド音楽太鼓タブラが8名。重複しながらですが、アラブ太鼓ダラブカが4名。インド音楽弦楽器シタールが3名。初めの一年の徒弟制度風、寺子屋風と比べると教室らしい雰囲気になって来ました。

 
   
 9月12日(火) Qadam-Beat 2nd-Step
 

 9月12日は、福岡大橋の民族音楽教室で生まれた楽団「エスノエレクトロニカ・コラボ楽団Qadam-Beat」の2nd-LIVEでした。

 場所は親不孝通りのライブスポット「Decadent-Delux」。ここで毎週行われているライブイベント「絶頂天」 に参加しました。
 Qadam-Beatは、大橋で教室を始めて間もなく、CUBEスタッフだった篠原君とその同級生で芸工大院生の相川君と若林で結成したバンド。

 相川君の非凡なDJ-Sound。コンピューターの「打ち込み音楽」でありながら、生き生きとしたうねりのリズムと、大自然の風景を感じさせるサウンドに大変興味を持ちました。
 同級生の相性もあるのでしょうが、篠原君の民族音楽太鼓も自然体で絡んでとても良い「音場」が出来上がり、若林は、他の楽団ではなかなか演らないシュールな演奏を楽しんでいます。

 ポップ性は全く目指してはいないながらも、聴く人の心に何か残していかなくては意味が無い。
 その点では、パフォーマンスや音楽的哲学はかなり評価されながらも、流行のスタイルとは異なるQadam-Beatに対する受け止め方が分からなくて戸惑う聴衆も少なくない感じ。今後はそれをどう解決しながらポリシーを貫いて行くか? それが課題の様です。
 

   
 9月16日(土) アジアマンス初日
 
 毎年秋口に、福岡市挙げての「アジア太平洋国際交流」の文化イベント「アジアマンス」は今年は14日木曜から始まりましたが、若林と民族音楽センター九州が参加した初日は16日の土曜日。颱風が来ていたので、少しでも早くと朝5:00に吉祥寺を出てキャンセル待ちで予約より一便早く。幸いにキャンセルが出て、一旦南区のマンションに立ち寄れました。
 お友達がカブトムシを貰ったと言うので、飼育セットを持参したので、それを置いて、ひと風呂浴びているうちにお天気が急に良く成って晴れ間も見えました。

 既にアジアマンスのメインステージ18日昼のプログラムは中止が決定されていました。
若林が福岡で新結成、再結成した楽団三つと、友人の楽団二つが全員で90分の組曲を演奏するという初の試みは残念ながら後の機会を待つ事になってしまいました。
 ハードスケジュールの中、主旨に感じて頑張って調整してくれたみんなが残念がっていました。

 16日のプログラムは、午後2:00からのアジア美術館と6:00からの大丸パサージュ広場。
 アジア美術館では3月5日に舞踏家山崎氏の伴奏で演奏しましたが、自分がメインの演奏は初舞台。大丸パサージュも5月21日の天神丸善書店でのミニライブの後、友人バンドのCICCAROLLのライブに飛び入り参加させて貰った事がありますが、メインの演奏はやはり初舞台。
 福岡での強力な応援者さんに「幸運の予言者」の様な人で、連れて行って貰った所で「ああここで演奏したいな」と思うと一年以内に実現する、という凄いパワーの持ち主が居ます。
 そして、沢山の応援者さん、福岡民族音楽センターのスタッフ、大橋教室の生徒さんの助けを得て。文化事業関係の方々、イベント企画の方々に認めて頂いて、同じ場所で二度三度、その都度より重要なプログラムを任せて貰う光栄に預かっています。

 今年のアジアマンス にはインド、ネパールなどから民謡楽団や歌舞団が来日していますが、インド古典音楽は若林のシタール演奏だけだったので、アジア美術館の「彫刻フロアー」には「これを楽しみにしていたのヨ」と言うお客さんが集まってくれました。

 大橋教室の第一期生、篠原君と田部君は「若林忠宏のインド音楽を聴く会」が隔月で催してくれている警固のネパールレストランMAiiTHiiGHARではちょこっと演奏しましたが、生徒さんの修行を兼ねた飛び入り演奏でした。
 今回は、修行中とは言え、いっぱしの演奏者としての参加。
 なかなか頼もしい演奏をしてくれました。

 


 
 
 
 夕方のパサージュ広場での演奏は、1980年初頭に東京で結成し、数々のメンバーチェンジを繰り返しながら、今も消滅はせずに休止している【60年代サイケデリック・ロック楽団:MISRAM】の福岡ユニット「MISRAM2」のデビューライブでした。

 メンバーはギターとシタールの水本亮君、インド式手ふいごオルガン「ハルモニヤム」の比嘉奈津子さん、そしてタブラとパーカッションの篠原君、田部君、相川君。

 篠原君と水本君はMISRAMレパートリーを演奏した6月の祖原Cafe楽屋さんでの「若林忠宏Talk&LIVE」がデビューで、今回は余裕の屋台骨。水本君の勢いのあるバッキングと、アドリブ・サウンドスケープ演奏者的な篠原君が楽曲構成を取り仕切る新展開が頼もしかった。

  演目は、ジェフベック時代のヤードバーズの「Heartfull of Soul」ポップス界でのシタール初作品的な「ノルウェーの森」、インド・ヒンドゥー讃歌、そして若林が博多中洲で作曲した「Megh」

 颱風直撃数時間前の気圧と湿気に調弦を悩みながらも、帰宅を急ぐ人々を着席させる中々の名演だったのではないかと思います。

 気付けば、写真記録係がステージに登っていたので、ライブ後に記念のバンド写真を撮りました。
 何だかインド盤LPのジャケットの様な色合いで不思議です。

 18日もイムズB2とキャナル・シティーでMISRAM2のステージがありますが、こちらはMaghreb-Windのパーカッション奏者アジ君、CICCAROLLのメンバー、Vocalistの野口さん、小倉メンバー高橋君も参加で、MISRAM-All Starsっぽい感じ。 期待下さい。
   
 9月18日(月) 颱風一過のアジアマンス
     15:00〜15:20 イムズB2特設会場
 

 

 


 9月18日の祝日の月曜日は、まさに「台風一過」。福岡生まれの人も「あんな凄いのは初めて!」というほどのもの凄い台風に見舞われた翌日。打って変わってのお天気で、土日に閉じ込められていた人々が一気に溢れた様な福岡の繁華街でした。

 私たちも、天神イムズの、蛇行するエスカレーターの下の吹き抜けのホールでのライブが出来ました。なにしろ前日のアラブ音楽フュージョン楽団のライブはイムズの全館が台風のため午後3時に急遽閉店してしまったので嬉しさ倍増です。

 楽団はエスニックポップスバンドCICCAROLLの二人のギタリストに、今回初めてベーシストにも参加頂いた「インド音楽&サイケデリック・フュージョン楽団:MISRAM2」

 短い時間でしたし、椅子もない会場でしたが、お客さんが沢山集まってくれて。福岡は何処でもノリは良いですが、掛け合い歌も歌ってくれて。最高でした。

 ちょっと泣けたのは、演奏が終わって舞台の袖に降りた私に、私とほぼ同年代か、ちょっと上の紳士が「ヤードバーズに感動したよ!」っと私にさりげなく耳打ちしながら通り過ぎて行った事。
 狙いのひとつが叶った嬉しさです。
     17:00〜17:20 キャナル・シティー
   夕方は、博多区にあるファッションとショッピング、そして食の巨大な人気スポット「キャナル・シティー博多」で行われるイベントの目玉ステージ「噴水広場」。本当は「サンプラザ・ステージ」と言うらしいですが。

 キャナル・シティーは数々の想い出があるからか、方位との相性からか、響きの良さからか、何時でも最高の気分で演奏出来ます。
 舞台裏的には何時も不思議にハプニングがあって。この日もMISRAM2の本番時間17:00には前のバンドがまだ演奏中。サウンドチェックが終わるや否や演奏を始める慌ただしさでしたが、お客さんは満席。
 上階のテラスにも鈴なりで。
 感動のステージでした。
 MISRAM2はイムズでは参加してくれたVocalの野口ジュンさんが東区の祭りに出演で抜けましたが、パーカッションのアジ君が参加してくれて、小倉から駆けつけてくれたカルロス君含めて総勢11名で見応えも、ノリもあるステージを披露しました。
     写真はCICCAROLLのサポーター「こじこじさん」とQadam-Beatのメンバー相川洋平君より頂きました。

 9月19日(火) 福岡の小学校

 


シタール演奏の合間にインドのしきたり(挨拶の仕方)について。


インド音楽太鼓タブラのデモ演奏

アフガン弦楽器ルバーブ弾き語り

インドネシア竹楽器アンクロンのぶっつけ本番の合奏。

 台風13号の影響で、せっかく沢山頂いたステージが半減しながらも、憧れの場所で記念すべき名演奏を記したアジアマンスのメインイベントが終わった19日と20日は「福岡市文化芸術振興財団」主催の「小学校訪問演奏」。これもアジアマンス関連事業で、福岡市内の小学校に呼びかけて抽選で数校に、来日招聘アジア歌舞団と若林の演奏を聴いて貰うものです。

 若林が初日に伺った小学校は、福岡市の南西の奥にある早良区・野芥小学校。昨年の同じイベントの西陵小学校ほど西に今来ませんが、その分南に行き、今年3月に呼んでくれた柏原小学校よりは遠いところにあります。

 山も間近なご機嫌な環境にある、長閑な小学校。
 さぞ、子ども達も長閑で素直だろう、と期待していましたが、校長室にご挨拶に伺うや否や、元気な女性校長は「最近の子どもは教えないと芸術鑑賞を素直にノレない」とおっしゃってびっくり。
 東京に比べたら数倍ノリが良いのに、それでも昔と比べると、大人しい、ぎこちない、一人一人の自分らしさが無い、TVの真似でつまらぬヤジを飛ばす。という「現代っ子」だというのです。
 
 でも若林の民族音楽に対して子ども達は、実に素直に、明るく楽しく。

 アジアマンスの性格上、文化的背景も伝えつつ、じっくり聴くところや体験するところも、という欲張りなリクエストでしたが、ゆっくり目の語り、質問の前半と、ノリとテンポの後半にまとめれば、90分は丁度気持良い充実した時間となりました。

     
     
 9月19日(火) 中洲のJazz-SpotでTenor-Saxと共演
 

 9月19日(火)、お昼前に西の小学校で演奏し、昨年と同じくスタッフの皆さんと中洲の「吉塚鰻本店」で鰻を頂きました。
 月に三回福岡に通っていながら丁度一年ぶり。
昼間っからビールに鰻で超幸福でした。

 それから一旦自宅に帰って、結局は吉塚鰻の2ブロック先の博多で一番古いジャズスポット、あのタモリ氏も演奏したと言う「River-Side」へ。
 ほぼ毎月行っている 「Makam-Rast〜Night-Science」。福岡のJAZZ-MANとの一対一のデュオ・セッションの企画です。
 
 4月に初めてライブをさせて貰い、4月5月と「民族音楽フュージョン楽団Maghreb-Wind」でライブを行い。7月は「民族音楽センター九州一周年記念イベント」だったのでお休みして、6月がピアノとのデュオで、8月がウッドベースとのデュオ。そして今回がテナーサックスとのデュオでした。

 若林はインド音楽弦楽器シタール、太鼓タブラとラブ太鼓ダラブカ、時々アラブ弦楽器ウードを弾き、音楽ジャンルも異なる上に、和声(和音観念)の有無、即興演奏スタイルの微妙な違い、伴奏楽器の有無、などの壁を越え音楽家同士の一騎打ちであり、対話である、二度と同じ事が出来ないセッションです。

 ピアノとシタールの相性が良いのは経験済み。ピアノは和音でコードも表現出来るのでかなり自然。
 二回目のウッドベースも弦楽器同士でかなり良い感じ。
 ところが世界中の民族楽器がもし1000種類ほどだとして、低音楽器は数種しかないほど、民族音楽には低音は珍しい。
 でもマスターも「前回もそうだったけど、ほとんどぶっつけ本番で良くもここまで調和するもんだね」と。

 テナーサックスの川下直広さんは実は九州人ではなく、若林と同じく東京原住民。かなりの江戸っ子。でも福岡の土地と人を愛し、時々東京に出稼ぎ演奏にゆくスタンスで、若林の先輩格です。
 猫好きなところも共通して、演奏が始まれば、かなり面白く。

 装飾的なシタール演奏に対しジョン・コルトレーンの「シート オブ サウンド(音の絨毯)」よりも細かく音数が多いもの凄い演奏。
 五分も循環呼吸で吹きっぱなしだったり。
 かなりにフリージャズでした。

 それでも、シタールの幽玄な響きに引き寄せられたのか、なかなかメローな部分も上手く取り混ぜて、常連のお客さんがスタンディングオベイションをくれた程の楽しく充実したライブでした。

     
     
 9月20日(水) 福岡の小学校2
  一人一人を見て「君を想像した音だよ!」というシタール演奏





アシスタント立候補も質問の答えにも挙手が絶えません。

アフガン音楽をじっくり聴く時間も。
 9月20日(水)のお昼前後の中央区赤坂小学校での訪問演奏会は、福岡市にとって【アジアマンス2006】のファイナルプログラムのひとつ。
 
 福岡市文化芸術振興財団の抽選に受かった二校のひとうですが、赤坂小学校は、若林が「福岡で活動したい!」と思った2005年3月に小学校訪問演奏の前に後にもの凄い応援者さんになってくれた方と、日本社会の文化性と伝統の良さについて熱く語った「昔ながらの喫茶店」の直ぐ側で、奇数月に「ダイコソール=若林のインド音楽を福岡で聴く会」主催の警固のネパールレストランMAiTHIIGHARの直ぐ側。しかもマイティーガルのマスターのお嬢さんが通っていて、偶然にも若林の民族音楽演奏を聞いた三年生の中に居て、マイティガルのママさんも父兄鑑賞者として参加してくれました。

 面白かったのは、音楽に熱いものを求め、お店でも心から強いメッセージを放つ音楽家のライブを企画されているママさんが、演奏中も演奏後もちょっと機嫌が悪い。若林は子ども相手とは言え手は抜かない。むしろ渾身の心を込めた演奏を、ただし語る様に弾く。
 大人も感動出来る音楽の筈。なのに何故?

 ユミさんは「今の子どもがこんなに反応が地味とは思わなかった」と驚き、そして悲しんでいたのでした。

 確かに赤坂は新宿、原宿の様な「天神」に近い代官山?っぽい土地柄で、武蔵野っぽい前日の野芥小学校よりは大人しい子ども達だったかもしれませんが、東京の子ども達に比べればかなりにノリノリ。

 それでも福岡の人に言わせれば「最近の子どもは!」の嘆きに繋がる様なのです。


 
     
     
 9月20日(水) インド音楽合奏団LIVE
 


福岡でのタブラ第一期生二名の渾身の伴奏。主催者さんに誉められていました。

鍵盤楽器ハルモニヤムを加えてのアンサンブル。

 
 9月20日(水)、天神から歩ける距離の警固上人橋通り中程のネパール料理店MAiiTHiiGHARで行われた「インド音楽アンサンブルGenda-Malaデビューライブ」も、アジアマンス関連事業登録を申請し、幸運にも認可されたプログラムでした。

 若林にとっては、これがアジアマンス2006のファイナルプログラム。
 今年は、台風で4ステージが中止になりながらも無事7ステージが行われ、いずれも充実したパフォーマンスでした。

 昨年の四ステージは、花どんたく野外ステージ。市役所西広場で二日連続。そして西陵小学校で、いずれもソロ演奏でしたが、この一年の活動の原動力にもなった想い出に残るステージでした。

 今年も想い出は沢山ありますが、私個人の想いよりも、音楽的な成果、楽団の充実を披露出来た事、メンバーそれぞれが想い出を得て、自信も持てば、反省もし、皆で共有出来た事が大きな意味合いではないかと思います。

 この日のマイティガルでの演奏は、「インド音楽アンサンブルGenda-Mala」のソロデビューLIVEでした。
  イムズ、キャナル・シティーでは、Maghreb-Windと合同で「インド音楽フュージョン楽団:MISRAM2」として演奏しましたが、マイティガルでは、サイケデリック曲、フュージョン曲を割愛してインド古典音楽、ヒンドゥー讃歌、民謡を披露しました。

「若林忠宏のインド音楽を福岡で聴く会=ダイ・コ・ソール」の山口さん、マイティガルのクマールさん、ユミさん達の励ましを得て、福岡教室第一期生の二人の太鼓、二期生の二人の鍵盤楽器と打楽器のメンバーはイムズ、キャナル・シティーでの演奏よりも更に落ち着いて良い演奏をしてくれました。

 

     
     
 9月21日(木) 川越の東京国際音楽療法学院
     
     
     
 9月22日(金) 池袋でキューバ音楽
 

 9月22日(金)は、この春に初めてライブをしました池袋のイタリア料理店「オリーブ・ダイニング」での二度目のライブ。
 吉祥寺の本家民族音楽センターでは、10年選手ばかりのスタッフメンバーが本業で重鎮となって多忙の為、この数年、東京での定期ライブを休み、大きな演奏会の依頼を受ける事に専念していました。
 それでもギタリストの佐藤君が和音伴奏楽器が欠かせないギリシア、カリブ音楽をサポートしてくれ
   るようになって、少しずつライブの場が増えつつ有ります。

 オリーブダイニングさんでは、毎月第一線のミュージシャンを招いてライブをしていますから、年に二三回のオファーをくれる事は光栄な事です。

 この日は、若林のキューバ弦楽器トレース弾き語りに、佐藤君のギター、竹内さんのコンガ、藤島君のクラヴェスの四人。
 地元池袋育ちのマスター小池さんのお友達、お店の常連さん、ライブの常連さんで暖かな、そして一曲目からノリノリのLIVEでした。
  小池さんが割り箸で作られたシーラカンス。頂いたポストカード。  演奏スタートの直前にママさんからご紹介を受けたロマンスグレイの紳士は「ペレスプラードのマンボでキューバに憧れて、数年前行って来た」というほど熱心なラテン音楽ファンでした。
 LIVE中も席の近くまで練り歩いては笑顔でコーラスを歌ってくれましたが、LIVE後の歓談でもラテン音楽談義に盛り上がりました。
 ところが、歓談の後半、お店の壁に飾ってある木彫のヒラメを指差し「僕が割り箸で作った」とおっしゃってびっくり!
 

 左の写真のシーラカンスもそうですが、全て割り箸を短く切って木口を揃えて作り上げたものです。よく見るとヒラメの鱗一枚一枚が割り箸一本一本の木口になていて「触ってご覧」と言われて撫でてみるとなんとも温かな木の肌触りでした。

 割り箸と言えば、夏の「考えた事」などで「日本の林業」に触れ、間伐材で作らず安かろう良かろうで輸入するは如何なものか? と書きましたが、小池さんも同じ意見でうれしかったです。
 そう「寄木アーティスト」の小池さんはマスターの従兄弟さん。若林の父と同じく中国で生まれた話しも加わって歓談が尽きませんでした。


 頂いたポストカードは 7月に「寄木の魚たち」の個展の案内状でした。
「寄木」と書いて「ワリバシ」と読ませますが、「勿体無魚」捨てるのが勿体ない割り箸で作った温かな作品でした。

   オリーブダイニングでの嬉しい言葉
 
 マスターの小池さんは若林が出演しました5月の「題名のない音楽会」を録画したり、お友達、御常連にたくさん連絡してくれたとの事で嬉しく思いました。

 「ご覧になってどうでしたか?」と伺う前に「いやあ〜僕はこの人の礼儀正しさに感銘した」とおっしゃってくれました。自分でも意識せず、オンエアーを見ても気に留めなかったのですが「一個一個の楽器を演奏して次に移る前に、きちんとお客さんに礼をして移動していた」と言うのです。
  「複数地域の複数楽器メドレー演奏」でしたから、かなり慌ただしかったから、むしろ出来ていなかった筈のことなので、我ながら「へ〜」と思ってしまいました。
 
 また小池さんは「僕らの世代は、あらゆる音楽を体でノッて聴いて!と言われても厳しい。その分音楽を頭で楽しむ。その点で若林君の演奏は文化的背景や歌の意味等を話してくれるから嬉しい。次回はインドからシルクロードを経て、仏教の辿った道の音楽と楽器なんか良いなぁ」と言ってくれました。
   
 9月24日(日) 佐賀県国際交流フェスタ
 








 9月24日(日)は、佐賀駅に近いアバンセホールで、佐県国際交流センター主催の「さが国際交流協力フェスタ」佐賀在住の世界中の国々との交流団体が集う年一回の大きなイベントで、若林と民族音楽センター九州はそのメインイベントのコンサートを任されました。

 「世界一周音楽の旅〜音で感じる世界の心〜」と題されたステージは、11:00からの第一部にアジア民族音楽、2:00からの第二部にアフリカとカリブの民族音楽を紹介しました。

 メンバーはアジアマンスで大活躍だった、篠原君、相川君、田部君の大橋三人衆に、大きな演奏会では司会をお願いしているプロの田中さん、お友達の杉さんには書籍販売をお願いしました。

 第一部は、インド音楽シタール演奏、太鼓タブラのソロ演奏、そして篠原、田部君のタブラを加えたアジア美術館以降のインド古典音楽トリオ。
 続いてアフガン弦楽器ルバーブ弾き語りで、後半に田部君のタブラと篠原君のアラブ太鼓ダラブカ。アフガニスタンが「シルクロードの十字路」と言われる所以。伴奏太鼓はインド系のタブラとペルシア系の「花杯型片面太鼓」の両方を用います。厳密にはルバーブにはタブラと両面太鼓がより相応しく。花杯型片面太鼓はルバーブの好敵手タンブールの伴奏に欠かせない太鼓で、ダラブカに似ながらもくびれがきつい「ゼルバガリ」ですが。
 
 第一部三番目は、トルコ弦楽器サズ。最後はアラブ弦楽器ウード。アラブ音楽では、先日のイムズとキャナル・シティーのライブでデビューしてノリの良さで貢献した相川君の枠太鼓ダフも登場。お客さんの手拍子もあって盛り上がりました。

 
 午後2:00から始まった第二部の初めは
 日本では意外に若林しか演奏する人が居ない「アフリカン古ポップス」ケニヤのドライギターサウンドとポップスを二三曲。
その後、西アフリカ太鼓ファミリーをメンバー四人で行い、最後はキューバの古ポップスを全員で。

 篠原君のボンゴは若林に師事する前から福岡のLIVE-SPOTで活躍の腕前、インド音楽のお弟子の田部君、エスノエレクトロニカ楽団メンバー相川君にもラテン・パーカッションを手伝って貰って行いました。

     
   9月25日(日)  第二十回 佐賀県海外子女教育研修会で
   

 佐賀県国際交流センター主催の「国際交流協力フェスタ」の午前と午後の間の休み時間は、同じアバンセの四回で行われていた「佐賀県海外子女教育・国際理解教育研究会」の研修・講演会にゲストで招かれてインド音楽、アフガン音楽、ベンガル音楽を紹介して来ました。

 民族音楽センター佐賀の設立準備に多大なご協力を頂いている太田先生のご紹介で、海外の日本人学校の教員をされてた先生、佐賀県で国際理解教育を推進されている先生方の研修会でした。
 
 太田先生は、トルコの日本人学校でも教えられていて、滞在期間中、トルコ民族音楽も学ばれた方です。
 若林は恐らく日本で初めてトルコ音楽を演奏し、日本人で初めてトルコ大使館で演奏しましたが、太田先生とはそのご縁で 佐賀の文化関係、教育関係の方々を繋いでくれています。


 当日は、先日の台風で日程がずれたものも含めて佐賀県内、市内で運動会が多く、先生方の参加が少なかったとの事。太田先生も運動会でお見えになりませんでした。
 それでも参加者みなさんには、笑顔で喜んで頂き、会長さんには、また別な機会のお話も頂きました。

     
 9月25日(日) 福岡県苅田町オブジェでLIVE
   

 佐賀県国際交流センターの「国際交流協力フェスタ」の2ステージ、合間の海外日本人学校教員研修会のステージを終えた後、例のごとくトンボ帰りで次の現場へ。

 これも例のごとく直線距離的には近そうな福岡県の南東部へ、一度博多を経由してぐるりと北回りで。
 メンバー、サポーターさんに見送られてシタール、ルバーブを担いでタクシーを探せば、結局駅迄1台も通らず。駅に着いた頃、メンバーの相川君からメールで「タクシー来ましたか?間に合いましたか?」と心配してくれました。「自分が駅迄送るべきでした」と嬉しい言葉に労われて、階段を駆け上がって予定の列車に間に合いました。

 いつもいつも分刻みの掛け持ち演奏。
 きっと長閑な九州で一番せわしい人。九州に来ていながら東京に居る時より忙しいのも私くらいでは?

 それがこの日は「秒刻み」
なにしろ行き道では、空港からの地下鉄が博多駅に着いたのが10:02で、佐賀迄の長崎行きの「つばめ号」の出発が10:04。地下2、3階から地上3階のプラットホーム迄走りに走り。「つばめ号」の3番ホームは2番線の奥に有るので更に走り。喉から心臓が出そう、とはこの事か?を味わいました。

 小倉迄の新幹線はあっと言う間。それから在来線に乗り換えて苅田まで。
 2004年に小倉城記念庭園で演奏した後、北九州市の昆虫仲間に連れて行って貰って採集を満喫した平尾台と帰りの飛行機に乗った北九州空港に近い街です。
 周防灘に「新北九州空港」が出来てからは、私が知っている「北九州空港」は「苅田北九州空港」とも呼ぶそうです。

 苅田町の住宅街で美容室を経営する松室さんに招待されて、美容室Objetの新装開店三年目の特別イベントに出演です。

 松室さんは、大分中津の料理研究家黒川さんが中津・城山ホールで「若林忠宏インド音楽コンサート」を開いてくれた時の100人近いお客さんの一人。
 その後西小倉Kate-Musicの毎月のライブの常連さんです。

 若林の九州サポーターの中でも、中津ラインは独特な雰囲気を持って居ます。
 東京、関西での修行の後、九州の故郷に戻って、九州の風土と家族をこよなく愛しながら、人と人との自然な繋がりを大切にし、たくさんの面白い事をしている人、考えている人を繋ぐキイパーソンが多い。
 面白い事、楽しい事、意味の有る事、地元や日本の社会、文化に良い新風を吹き込まんと願って居る事を、単に人を紹介するだけでなく、腕に職を持ってやっている人、体を使って地元の人々の不可欠な存在に成っている人が多い。

 世界中の料理とお茶の黒川さん。福祉と国際交流、スローフード、フェアトレードの白岩さん。ワインの高橋さん。そして美容師の松室さん。
 共通して多忙にも関わらず、ピンと来たイベントやコンサートには小倉、福岡、国東の南まで足を運びます。
 そして若林の音楽には笑顔と賛美を惜しまず出してくれます。

 この日は水回りがあるので動かせない洗髪台にエスニックな布を掛けた他は、美容室は完全にギャラリーに早変わり。
  古布を素材にした人形師矢富さん、ログビルダーの仲村さんの木の椅子、草木染めと木工の浦野さん、フラワーアレンジメントの方、そして山口から来られた陶芸家の森野さん。

 バリ島のコンドミニアムの様な木と白壁が美しいスペースに皆さんの作品が並ぶ事で出来上がった温かなアートスペースに、文化的イベントに掛ける時間を惜しまない地元のファンの方にゲストアーティストが加わったギャラリーの暖かな笑顔を浴びれば、演奏は当然の盛り上がり。
 苅田駅前でお神楽 の練習を聴いた事もあってか、松室さんが絶賛してくれた良い演奏をしたと思います。

 中津の各筋を横に繋ぐ朗読家の方とも知り合い、森野さんには下関方面の活動を導いて頂く話しをし、また新たな広がりも期待される充実した夕べでした。

 松室さん、たくさんのお客さん。どうもありがとうございました。

     
     
 9月26日(月) 小倉で一年目のインド音楽
 

 小倉の先迄演奏に行きながら、一旦福岡の自宅に戻って、翌日また小倉に演奏に行くのは8月の第四日曜日〜月曜日と同じ。
 お天気のよい福岡の午後をPC仕事でのんびりと過ごして、小倉Kate-Musicで行われる「若林忠宏民族音楽ワーク・ショップ&LIVE」へ。

 2005年にこのライブが始まったきっかけは、大分・中津の黒川さんが企画してくれた「城山ホール若林忠宏インド音楽コンサート」そこにKate-Musicのケイトさん、コーキさんが来てくれたからです。
 2005年夏からほぼ毎月最後の月曜日に定期ライブをさせて貰っていますが、途中から楽団ライブも挟む様になって、丁度一回り。第一回のインド音楽が戻って来ました。

 小倉の教室は、まだまだ少数ですが、熱心な生徒さんに恵まれ、来る12月3日のKate-Music発表会にも若林教室の生徒さんも出演することになっています。
     
     
 9月27日(火) 祖原でギリシア音楽
     
     
     



 Music & Life  

 
 
 
 
 

 9月1日(金) 当字の素晴らしさ
 


【同じ音の違う漢字表記】
 先月の26日に演奏に行った、国東半島の「蕗薹」というお店の住所は蕗。お隣の国宝の天台宗のお寺が「富貴寺」。「ふき」という音を、地名、お寺それぞれに相応しい文字を「当てている」そんなところが凄いなあと感動しました。
 気付けば帰りに通った有名な温泉町「湯布院」の側には「由布岳」。「国東」だって「国先」「邦先」でも良いところを、立て筋通った良い字を「当てて」いると感心。

 京都に演奏に行った時に感心したのが「加茂川」「鴨川」「賀茂川」
 これは近年のものですが、福岡の有名な「親不孝通り」
 東京もんには「飲み歩いてばかりの親不孝」かと思えば、昔通りの突き当たりに予備校があった為の愛称ですと。それが近年商店街の人々が「親富孝通り」と当てていて愉快です。
 これも昔からの福岡人の「当字センス」のたまものに思えます。が、最近では「東京感覚」の「親不孝」な若者がたむろして風紀が乱れて来たという声も聞きます。

【同じ漢字の違う読み方】
 今月24日に演奏に行きます、苅田(かんだ)は変わった読み方ですが、京都郡にあります。
 福岡県京都郡は「みやこ郡」と読みます。都=京都という時代へのこだわりが綺麗。

 かと思うと九州には「春日原」「屋形原」「前原」の様に「原」を「ばる」と読ませたりが、沖縄の「南風原=はえばる」を思わせたり、
「唐人町」「 呉服町」「神屋町」の様に「まち」だったかと思うと「新天町」「ちょう」だったり。たいがいが「町=ちょう」の東京もんには分かり難いものがあります。

 前者は、沖縄よりも福岡、大分に多いとも言われますから、もしかしたら「大陸」「修行僧系が伝えた仏教」それこそシルクロードの言語とも関係があるのかも??

 後者の場合「まち」と読む時の上品さ、愛着と、「ちょう」と読む時の活気、気っ風の良さ、商売繁盛の気運を感じさせます。
 
 
  恐らく日本固有の「やまとことば」を漢字に「当てた」時のいろいろなこだわり。
 それと同時に九州の場合は、シルクロード〜大陸渡来の「ことば」や九州元来の「ことば」を漢字に当てる時にも「いろいろ楽しんだ」感じがします。

 そんなセンスはむしろ九州人が近畿に影響を与えた様な気さえします。もしくは菅原公の時代の京都と九州の繋がり。
 
 最近音楽にもそんな事を感じます。

 インド音楽などは「旋律の動きが心、精神に与える影響」を古代から科学していますが、同じ旋律が無限の異なりを見せるという世界にのめり込みそうな最近です。

 「同音異義語」の様に同じ旋律の型を様々な意味に感じさせる。

 音を音符、楽譜に書く事は、ことばを文字にするのと似ている?

 文字とことばと、心。繋がり方、変化の仕方、伝わり方には無限の世界があるようです。
 
 それを簡略して行ってしまってはいけないなぁ。と思います。
 文化や風土の違いを越えて!は結局は違いを無視して? 認めない方向?

 もっともっと掘り下げた所で感じ合うのであるならば良いでしょうが。
 宇宙人? 未来人? のテレパシーの様に???

 でもそれが出来ないから、ことばや文字や音楽の文化があるのですよね。


 

 

 9月2日(土) 06年の夏
    2006年の夏。

 ほんとに色々な事。素敵な出来事がありました。

 民族音楽センター九州一周年記念イベントでは、たくさんの方に応援して貰って。喜んで貰って。 

 支えて貰う事、応援して貰う事で甘えが出たり、弱く成ったりしない。
繋がりを感じて、広い意識で羽ばたけば、やるべき事も自ずと明確になって来る。

 それから半月も経たないうちに、素晴らしい自然の中に身を置く機会に恵まれ、大きなヒントを貰いました。

 「自然体」
 分かる様で分かり難い言葉。 「当たり前の形」の様で居て「極意」のようなもの。

 それは「そのまま」「あるがまま」の良さ、凄さでもあります。
「気まま」「我がまま」とは違う。

「何も足さない。何も引かない」

 そんな感じです。

 そこで出会った人に貰った勇気。
 その力によって、物事の受け止め方が大きく変わりました。

 その後、自然の恵みをそのまま伝統的に食する素晴らしさを体験しました。
その土地の旬の素材を、旬の時期に丸ごと食する「マクロビオティック」の極みでした。
マクロビオティックをどう都会に伝えるか?

 そこに知恵も生まれれば、技も生まれる。仕事も生まれれば、創作も始まる。

繋がりを失わずに出来る方法で。

 
 2006年夏。
 自分の感性と再会した夏。

 
 

   
 9月5日(水) 鳴く虫達
 

 2004年の夏の熱波で大打撃を受けてから、終熄に向かった私の昆虫飼育ですが、この夏は長崎のキリギリス、クツワムシ、カヤキリを連れて帰ってしまいました。

 半月経ちましたが、6雌1雄のキリギリスは一匹、カヤキリも一匹、クツワムシは終令幼虫が羽化不全で召されてしまった他はみんな元気です。

 昆虫飼育部屋を楽器室に改造中なので、夜は猫さんが遊んでしまわない様にお風呂場に居ます。「風通しが有って高温多湿」は最適な環境かもしれません。

 キリギリスは既に300個程産卵しました。いずれも良い卵です。
 クツワムシの雌は、羽化後一週間程置いてペアリング。
 3週間経とうと言う今日、かなり丸々として来て、多産なお母さんになりそうです。
 羽化直後は緑系だったのが、翌日茶系に変わったり、数年飼育して未だに交尾を目撃していないのに数百個産卵し、数十匹孵化するなど、謎の多い昆虫です。

  そう言えば、我が家の葛は、四年目にして大元の幹が直径3cm近くにもなり、ついに大家さん宅迄進出し先日厳重注意を受けました。
 どうにかせねば!と思っていたらTVアンテナが倒されてしまいました。
 西友から見ると、一件だけ緑に覆われていた我が家。 葛がアンテナを取り巻き、まるで洋館の煙突の様でしたが、こつ然と消えていました。

 葛に混じって、天然のアゲハ蝶の為に植えたヤブカラシも増えました。
 今日玄関先に弱ったアゲハが訪ねて来ました。 
 今年はタテハ蝶迄来ましたし、ヒカゲ蝶は常連です。
 その代わり東京ハンミョウが居なく成った? 雑草が増え過ぎたからでしょうか?
 カエルが増えたのかもしれません。

 カエルは苦手ですが、この春生まれて初めてガマの鳴き声を聞き、あんなにも綺麗な声なのかと再認識。 ん?もしかしたら小振りなのでガマじゃないのかも。カエルは図鑑でも見たくないので???のままです。

 この夏、庭のコオロギが急に増えました。オカメコオロギとタンボコオロギ?の様ですが、希にミツカドの声も聞きます。
 不思議なもので、蝶で分かる様に、私が連れて来なくても食草の緑が豊富なだけで、数年で昆虫の種類が増える。
 正しいビオトープをすればまだまだ自然は蘇るということです。

 獰猛で逞しい、トンボやホタルやイナゴで「自然が蘇った」と言うのは、鯉で川が生き返ったと言っているのと同じ位まやかし。
 ヒカゲ蝶やクツワムシが蘇ったら良いのにな。と思います。

 

   
 9月12日(火) まつ虫とドッジボール
 

 12日福岡の繁華街でライブをして、遅い時間に楽器を担いで駐車場に向かう公園で、
 児童公園に草木が多めにある程度の公園なんですが、なんとまつ虫が鳴いていました。
 感動でした!

 まつ虫は、産卵草と幼虫の食草が違う気難しくてか弱い昆虫。素焼きの鈴を鳴らした様なその音色はこの世の物とは思えない素晴らしさ。
 数年前千葉房総半島の先端で生まれて始めて聞いた時、漆黒の闇にミニチュアサイズの宇宙人が着陸して交信し合っているのかと思った程。
  あまりの神秘的な音色に感動を通り越して驚愕しました。蛍が飛ぶ姿の美しさをご存知の方なら「音の蛍」と言えば分かってもらえるでしょうか。

 東京では、郊外を流れる多摩川のごく一部にしか居なく成ったまつ虫が、繁華街のど真ん中に。さすが福岡です。まつ虫も過ごし易い素敵な町。

 暖かくて広い心に溢れ、世界中の人々に「もっとも過ごし易い街」と言われる福岡。
 そこで出会った若者達は、みな純粋に音楽を愛し、純粋に生きている。

 でも、ちょっとのんびり。甘えがあるのは何処の若者も一緒。音楽を志している場合は、より甘えん坊かもしれません。
 そんな可愛い後輩達との音楽は、自分も初心に立ち返る事が出来て新鮮なエネルギーが湧いて来ます。
 でも、その反面、恵まれた音楽環境に欲の無いのんびり姿に憤りを感じる事もしばしば。

 まつ虫に心を和まされながらも、ちょこっとライブの反省会。

 頑張り過ぎて音が汚く成ったら残念。
 汚い音は受け取りたくないもの。音楽性は人それぞれでも音だけは、その楽器の一番良い音を心がけて欲しい。
 そんなアドバイスの中でふと出て来たたとえ話が「ドッジボール」
 音楽はメンバー同士、演奏者と聴衆の間の「キャッチボール」。色々考え方はあるでしょうが、「ドッジボールじゃあ駄目なんじゃない?」という話し。

 何十年振りで思い出した「ドッジボール」
 苦手でした。
 ガキ大将の強烈な玉を受けるのも怖いし。学友めがけて殺意(?)まる出しで投げつけるのも嫌だし。 
  それでも、幼心に「何時迄も逃げてちゃ駄目だ!」と奮起した時期もありましたが、そんな「闘争心」「負けない心」を育てる教育目的があったのでしょうか?
 スポーツ的には、DodgeBallの語源にも成っている様に「上手くかわす」運動神経も養われるのでしょうが、いずれにしても「音楽」とは縁遠い感覚。
 
 
  即興演奏はサッカーがかなり近い感じです。
 「た〜っ」と一人でドリブルで突っ込んで、惹き付けておいてさりげないパス。
 その前にはフェイントもある。目先だけではなく、隙も、ポイントも、もちろんゴールも見据えながら、全部の動きを見て、かつ音楽は先を予想していなければ「発信者」にはなれない。
 デフェンダー、ミッドフィールダー、フォワードの役割は、バック、サイド、フロントのアンサンブルにも匹敵し、必要とあらばディフェンダーさえもがゴールを狙う。
 ギャラリーはボールんも行方を追いがちですが、アンサンブル全体を見ていると、ボールの流れ以外の所にプロの技が見えたりします。

 ブラジルでもアフリカでも、子どもの頃から玩具は無くともボールで遊んでた少年が名選手になりますが、やがてルールに基づいた全体的な動きが理解出来なくてはボールのあしらいやシュートの技だけでは大成しない。
 音楽も音楽が好きなだけや、楽器あしらいが上手なだけではアンサンブルも成り立たない。アンサンブルのメンバーに成れなかったまま優秀なソリストになる例も希。
 
 その事を考えると、日本の音楽に今ひとつ盛り上がりや、熱さ、ハートが欠けている感じがする事と、日本のサッカーチームに今ひとつ何かが足りないのは似ている様な気もします。

 

   
 9月17日(日) とんでもない颱風直撃!
 

 9月17日(日)に九州を直撃した颱風13号は、夜6:00頃福岡県をも直撃して、生まれて初めて味わうもの凄い暴風雨でした。

 初めの頃は、子どもの頃に体験した「伊勢湾颱風」の凄さを思い出し。同じ位なら驚く事もない。と思っていましたが、10階建ての8階の部屋に居て、震度3〜4程も揺れた時にはちょっとびっくり。

 アジアマンスの17日のステージと18日の待望の組曲ステージを吹っ飛ばしてくれた颱風13号は世界的には「サンサン」と命名された様です。
 東シナ海を抜けて行ったので、五島列島や長崎西海岸部、九州の山間部の被害が心配です。

   
 9月21日(木) アメリカからのメール
 

 9月20日、アメリカから嬉しいメールが届きました。

 
若林先生こんにちは。
 お引越しは上手くすすんでいますか?お手伝いできなくてごめんなさい。
 私はサンフランシスコのノースベイにいます。こちらに来てはや14日たちました。
シェアメイトのおじいさんはインド音楽も好きですし私の料理も気に入ってくれているので楽しくやっています。

  昨日、近くの有名なインド音楽学校に行ってきました。氏が直接指導しているヴォーカルクラスと器楽クラスに参加してきました。
 若林先生にとても良く教えていただいている事を実感しました。

  ヴォーカルの生徒さんは積極的に参加していて良い感じでしたが、器楽の生徒さん達は皆、集中力や積極性が足りなくて全然キャッチできません。何しに来ているのか良く分かりません。一番弟子がキャッチして皆続く形みたいですが全然手が出ていない。一番弟子もメソメソしたりしてそんなに優秀ではありませんでした。

  私は若林先生に教わっているからちゃんとできましたよ!!ヴォーカルはヒンディが聞き取れなくて苦労しましたが……。ヴォーカルはkhamaj, 器楽はkamodeでした。
  私が見たところ多くの生徒さんは理論などについて良く分析していないと思います。ヴォーカルはSargamが分からなくても何となく真似できるので出来ているように思います。でもターラを分かって歌っているかというと如何かなあという感じです。何か形の無い神秘的なものだと思っているのかも知れません。

 長くなってしまいましたがとにかく先生にお礼が言いたいと思ってメールしました。先生の指導で身についた全ての事が音楽や生活面で私の支えとなっています。
ありがとうございます。いつもあらためてお礼を言ったりできないので……..。

  それではまた報告させていただきます。

  ★注釈
「Khamaj(カマージ)」「Kamod(カーモード)」はインド古典音楽の旋法ラーガの一種。前者は華麗で穏やかな雰囲気で、後者は清楚で少し神秘的。
「Sargam(サルガム)」インド音楽の音階名「サ、レ、ガ、マ、パ、ダ、ニ」の事。「サレガマ」を略して「サルガム」と呼ぶ。
「ターラ」インド古典音楽のリズムサイクル。四拍子では「八拍子」「十六拍子」が有名。
 9月28日(木) 複弦と二弦琴
 

 アジア・シルクロードの弦楽器には「複弦」と呼ばれる弦の張り方が多く見られます。同じ太さ、同じ長さ、同じ材質の弦を、接近して二本張り、同じ高さに調律して、一本の弦の様に一度に弾く事で「うねる様な余韻」「互いに共鳴させて長く響く余韻」と「一度で二本鳴る」ことを利用した細かなトレモロ奏法に最適な調弦です。