講演会・講習会・ワークショップの企画・構成

  1、講演会/レクチュアー・コンサート 2、音楽教員への講習会
 

3、楽器店、民芸品店スタッフへの講習会

4、舞踊家への講習会
  5、子供パーカッション教室 6、民族楽器ワークショップ

  1、講演会/レクチュアー・コンサート
 

 1980年代後半から、各地教育委員会及び公民館、文化センターでのレクチュアー.コンサートの依頼が増えて来ました。若林忠宏が演奏のみならず、解説も充実していて楽しい、と担当者の方々が見つけ出して下さったからと思います。 若林忠宏の場合、教室経験も長い事もありますが、民族音楽はどうしても解説が要求されるので自然と話しも鍛えられたところがあります。
  しばしば「音楽は言葉の国境を越えた」などと言われますが、民族音楽の場合、一般のリスナーの耳にストックや物差しが少ないので、「良かったワ」と言っても楽器の音色なのか、選ばれた曲なのか、演奏者の技量才能なのかは分析出来ない事が多いのです。また半数の人がその記憶をどのように受け止めて何処にしまっておけば良いかを戸惑う様です。さらに民族音楽の場合は「生活に根ざした素朴な、西洋文明に汚されていない」という様な固定観念を裏切らないものから、現地で数百年以上、プロが演奏してきたジャンルもあるので、やはり説明が必要です。「音楽に説明は不要」という言葉を上手く利用して寡黙で音楽に一途な姿を演出していれば逆に評価され、文化の事情、音楽の分析、伝統とモダンの区別についていい加減でもごまかせるという日本人独特の風潮には絶対反対の立場です。しばしば話しが長いゾ、とか感動したのに面白可笑しく喋られてなんだかがっかりした、と言われますが、それはそれで諦めましょう。話しの時と演奏の時の違いを見抜けない方には説明も言い訳に聞こえてしまうでしょうから。
 近年日本のみならず世界的に芸術文化が大衆に迎合する傾向にあり、宣伝や前評判であおって聴衆の耳を鍛えることの逆の方向に進んで行ってる感じです。文化的な企画の場合、珍しいものを見せる、聞かせるだけではなく(インターネットの時代なのですから情報提供だけじゃ意味がありません)聞く人の理解や、耳を育てるという啓蒙、教育的な目的も持つ必要があるのではないでしょうか。それには企画担当者の方々の鋭い感性に多いに期待させて頂くとともに、民族音楽センター、若林忠宏の主旨をご理解頂いてご依頼下されば誠に幸いです。可能でしたら「世界の師匠は十人十色」(ヤマハ・ミュージック・メディア)をお読みになって下さい。


  2、音楽教員への講習会
 

民族音楽講習会@福島県 1980年代の末から1990年代に掛けて、東京中野区の小学校の音楽の先生達に大変興味を持って頂き、各地の小学校に赴いて子供達に民族音楽をご紹介しました。多くの場合先生が個人的に限られた予算の中で実現して下さったものです。逆に昔から学校と契約されているプロダクションさんとは縁が薄く、希に伴奏やお手伝いで一演奏家として参加すると、その旧態然とした内容に驚かされます。一方的に音楽を演奏しても楽しいかどうかは半々な訳で、学校回りを妙に手慣れた演奏家がそつなく演奏したものを与えていれば満足というのもどうかと思います。まず子供は私たちが考えているより遥かに鋭い感性をもっていますから、音楽うんぬん以前に演奏者の表情で真贋を見抜いている筈です。その意味では中野区の先生達の自らが民族楽器の奏法や扱い方を学ぼうという姿には頭が下がりました。
 同様に2001年〜2003年は福島県全県と福島県県南の高校の音楽の先生方の研究部会に、2001年2002年は静岡の高校音楽部会、2002年は千葉県、2003年は新潟県の高校音楽部会に呼んで頂いて講習会を行いました。
 これらの講習会では先生方のご希望もあり、まず1)先生方に生で民族音楽を聴いて頂き興味を持って頂く、好きになって頂くこと。2)学生に直に触れてもらえる民族楽器を中心に民族楽器奏法を伝授する。の二点を重点的に行います。教育要項に民族音楽が上げられても、先生達がピンと来ていなければ授業でも面白みに欠けてしまいます。若林忠宏が民族音楽に興味を持った1970年当時、中高生が民族音楽のレコードを入手するのは大変なことでしたが、今では下手すると彼らの方が情報を持っていたりします。が、逆に言えば情報の処理の仕方、受け止め方を知らない訳ですし、聴くだけで触れないことはもとより、得た情報から何かを作り出すことも下手です。その意味では教育の本懐も情報提供だけでは無かった筈で、そこに立ち戻る意味でも教師自らが楽しんでしまう、若林忠宏の民族音楽講習会は大変好評を頂いており、幾つかの部会では、毎年講師を替えなくてはならない通例に反してギリギリまで延長して下さっています。
 もっとも講師を替えると言っても、実技講習会@福島県音楽を演奏するのを聴くだけなら良いですが、それの受け止め方、伝え方を一緒に考えてくれたり、ひとうひとつの音楽が世界の何処にどのようにあるのかを感性を大切にしながら普遍的に分析出来る演奏は非常に少ないので、演奏会なら部会で呼ぶまでもない。という状況もあると思われます。
 しかしいずれにしても、始めはある一人の先生が何処かで何かで若林忠宏を知って下さったことから発展して素晴らしい機会、想い出につながっていますが、今後はそういった気持ちを共有出来る先生方とより多く出会える状況か、教育委員会や教育センターに面白い方がもっと現れて下さる事に期待する所であります。
  少子化で予算も少なくとは良く言われますが、子供達の人生にとって貴重な6年3年といった限られた時間に一度でも生の民族音楽を聴く機会があると無いとでは大きな違いです。それが、教室で若林忠宏のような演奏者が演奏するだけでなく、音楽の先生が自ら奏でることが出来たら大きな素敵な記憶となるでしょう。
  先生方の理解や取り組みがこのように進む一方で、若林忠宏が直接学校で演奏する機会も増えればより理想なのですが、こればかりは教員部会の活動を超えて学校の理解、教育委員会の理解と取り組みが必要です。先生方のせっかくの取り組みがより一層実を結ぶ為にも、そういった立場の方々のご理解と積極的な取り組みを期待するところであります。

   

  3、楽器店、民芸品店スタッフへの講習会
   1990年代の後半、ワールド・ミュージック.ブームの最中、ジャズ・ロック・ドラムヘッドの世界的なメーカーREMO社が合成素材で壊れにくい民族打楽器を大量に開発発表しました。当時の日本の代理店であった、これも日本が世界に誇るドラム・メーカーのパール社さんは若林忠宏を見つけ出して、商品説明会のデモ演奏者に選んで下さいました。しかしそれもたった一回で、ある意味、新製品の定例の催し的であったとも思えます。正直洋楽器の演奏やメンテナンスの知識から比べると、楽器の店先でたいへん目立つ様になった民族系楽器は、言わば彩り的に置かれているようでもあります。店員さんに尋ねても、全く分からなかったり、逆に何処で勉強して来たのか妙に自信満々に専門インストラクターと自称する店員さんが、全くインチキな奏法やうんちくを語ってくれたお店も数件あります。なにしろその方は僕に気づかず(若林のビデオも売っているのに観たことも手に取ったこともないのでしょう)、僕が少し本物を叩いてみせても「そうじゃなくて、こうです」って位ですから、現場はかなりまずい状況になっていると思われます。1980年代の電子楽器ブームから21世紀になって逆にアコースティック・ブームになっていますが、流行を後取りして商売が成り立つ程景気が良い時代ではないのですから、尚の事付加価値を付けて販売すべきじゃないでしょうか。メーカーさん、代理店さん、問屋さん、楽器店、そして民芸品輸入業者、問屋さん単位で、まず店員・スタッフ向けの講習会を是非実施して下さい。

  4、舞踊家への講習会
  バルカン打楽器クラスの生徒さん達と 舞踊家の方々と我々演奏家の関係についてはよくも悪くも語るべき事は色々ありますが、いずれにしても舞踊家さん自体が意識を変えて取り組んで下さらなければ始まらないものです。
 そうした中で、2002年は横浜のベリーダンスの教室が若林をアラビックドラムのインストラクターに招いて下さり、1年近くお教えし、同じ頃始まりました吉祥寺教室でのギリシア、マケドニア、ブルガリア舞踊の講師級の方々へのバルカン・オリエント太鼓教室はもう3年目です。
 元民族音楽センター生徒やライブメンバーが数多くベリーダンス音楽をやっています。ベリーダンス人口は今日うなぎ上りです。が、2年間に渡ってエジプト国立レダ舞踊団に居たプロの方と組んでやって来た経験から観れば、カセットテープより上のレベルを目指して生演奏と踊っている方はほんの数人のように思います。単に生演奏の方が見栄えがするというレベルなのでしょうか?これも時代が熟すまで待つしかないのでしょうが、自ら太鼓奏法を学び、若林忠宏が学んで来た即興性に富んだ太鼓、語る様な歌う様な太鼓を直に聴きながら学ぶことで耳が肥えれば、その後テープで踊っても踊りが変わる筈で、下手な生演奏と組むより評価が上がる筈です。

  5、子供パーカッション教室
   児童館や、各種イベントに置ける子供パーカッション教室は、1980年代に世間に先駆けて民族音楽センターが積極的に行ってきた企画です。現場は保育園から小学校、養護学校まで含まれ、いずれの子供達も太鼓・打楽器には素直に積極的に参加し、「この笑顔はほんとに楽しんでる」と親御さんに感謝されることもしばしばです。太鼓はバチで叩くものと思っている方も多いと思いますが、それはイスラム教徒の太鼓を真似たキリスト教徒が自分達のお上品な奏法を開発した結果です。日本の様に仏教と共に伝わった地域では、皮に直に触れない、とか野外で大音量で叩くとかの別な理由がありましたが、いずれにしても、本来は素手で叩くことで、得られる刺激が非常に効果的であることは医学的にも語られています。
 逆に打楽器類は持たせると子供達が遊んでしまい収集が付かなくなってしまう面もありますが、そこは元来はみ出し者出身の若林忠宏の場合、子供を制することなく、より面白いカッコいい方向に導きながら民族音楽をやらせてしまいます。

  6、民族楽器ワークショップ

 

 1990年代のワールド・ミュージック・ブームも、不景気によって来日演奏家の招聘ラッシュが落ち着き、逆に巷に氾濫した安価な民族系民芸楽器を好き勝手に遊ぶという時代が後遺症の様に訪れました。そういった若者の中には、独学のセンスが無かったり、行き詰まった人が「しっかり基礎を学ばねば」と吉祥寺教室に入会する場合も増えて来ましたが、教室はどっかりと腰をすえて学ばなくてはなりませんが、その前に一回や数回の短いワークショップがあればもっと色んな楽器から選べることが出来ますし、向き不向きも確認出来、教室に通うにも決心が違って来る筈です。しかしながら吉祥寺教室の限られたスペースでは、一度に大人数で行う事で受講料を下げる方法は取れません。
 上記の販売側スタッフの講習会の第二段階でも、兼ねたものでも良いと思われますが、町の楽器店で頻繁に行って定着させることが出来れば状況はかなり大きく変わる筈です。


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