インド弦楽器シタール
   ビートルズのジョージハリスンも弾いたことで世界的に有名な弦楽器シタールは、古代インド弦楽器ヴィーナと西アジア・中央アジアの弦楽器が結びついて北インドの花柳界で生まれた楽器です。

  18世紀に始めて確立した古典シタールの流派の演奏はヴィーナ奏者マスィート・カーンと叙情詩歌手グーラム・レザ・カーン(日本の学者、演奏家はいずれもシタール奏者の様に語っていますが)の楽曲を元に器楽独自のスタイルを確率しデリー宮廷の衰退と入れ替わりに栄華を誇ったラクナウ宮廷で発展しました。
  その後ヴィーナの音楽の衰退に伴って古い音楽や叙情詩の要素を取り入れて今日のスタイルに発展したのです。

 今日の楽器は、 干瓢の実の胴に太く長い棹を持ち、7本の主弦の他に11本から13本の共鳴弦を持ち、「サワリ音」の出る四角い駒、弦を引っ張って音程を装飾的に変える奏法(ギターのチョウキングに似る)の為の湾曲したフレットなどの特徴があります。

 若林忠宏は、1972年にシタールを入手し、池袋パルコ、渋谷じゃんじゃんなどでの演奏活動を始めました。
  日本初の南インド音楽のヴィーナ奏者、故上原陽子氏に師事しますが1〜2回のレッスンで師は渡印し、帰国後病没。

  以後独学で基礎を身に付け1980年に「インド未渡航記念」にソロ・アルバム「ジャパン・ガラナ」を発表。
  1980年に北インドU.P.州文化省の招きで故小泉文夫元芸大教授も留学したバテカンデ国立音楽院で短期講習。

  その際に出会ったシタール最古の流派ラクナウ派最後の巨匠ウスタード・イリヤス・カーンの内弟子(ガラネダール・シッシェ)となりました。

  1980年にはラクナウ文化省の主催で国際交流会館で日本人で初のリサイタルを行い、1981年には国営放送に出演し日本人で初めてインド政府より出演料を貰う名誉を受けました。

古典音楽の演奏の他、日本のポピュラー・ミュージック及びCMのレコーディングも数多く、T.V.の出演も多数。
   Recording経歴
1980/ヒカシュー東芝/EMI EWS-81292(LP)Sitar/Tabla
1982/J.海山Neptune(尺八)/DAM DOR-0114(LP)Sitar/Tabla
井上 誠 /キング K28G-7225(LP)Sitar
1988/斎藤美和子/28JAL-3171(LP)Sitar
1988/七福神 Vap  30305-28(LP)Sarod/Sitar/Tabla/Bouzouki/Saz/Rabab
1992/ヤン富田/ソニー SRCS-6526(CD)Bendir/Sitar
1992/Club Rudes/東芝EMI 70DT-2847(SCD)Sitar
1995/Confusion/ ARCJ-17(CD)Sitar
1995/日出克(Vo)  ヴィクタ- BVCR-713 Sitar/Tabla
1996/Bonnie Pink/ ポニーC PCCA-00889(CD)Sitar
1997 /沢 知恵(Vl)/ポニーC EKCA-00002(CD)Sitar
1997/松雪康子(Vo)ポリドール POCH-1548(CD)Sitar
1997/YOU/ポニーC PCDA-00970(SCD)Sitar
1998/井出 靖/ワーナー WPC-6-10003(CD)Sitar
1998/鈴木祥子(Vo)/ワーナー WPC-6-8459(CD) Sitar
1999/Panorami/コロンビア COCA-14687(CD)Sitar
2000/NIGOトイズF/TFCC-88243(CD)Sitar/Tabla
2001/Flame Aurora INDIA(CD)Santur/Tabla/Sarod/Sitar
2001/Heart to Heart/ RENDEZVOUS(CD)Sitar/Tabla/Congas
Ciccaroll(CD)Sitar/Tabla
2006/Nissan-CM(CD)Sitar
 

 若林忠宏のシタール演奏
 「日本人で若林忠宏ほどレパートリー豊富なシタール奏者は滅多に居ないだろう」と評価される事が最大の誇りです。
  それは、ラーガのレパートリー数、ひとつのレパートリーの充実度、ジャンルの豊富さの全てに渡っている事を意味します。
 旋法ラーガのレパートリー数で言えば、今日のインド人演奏家に引けを取る事はないと自負します。
 それらは、若林忠宏が独学時代に身につけたモダン派の特殊なレパートリー。すなわち民謡旋律や南インド古典音楽のラーガを転用したものに始まり、研究家として学んだ中世各流派の独特なラーガ、そしてシタール最古の流派ラクナウ派とカルフィー派の正統後継者にのみ許される伝統ラーガの数々です。

  若林忠宏の師匠Ud.Ilyas Khan師は、既に身につけたモダン派のレパートリーを封印することを強いませんでした。むしろ、師の弟子や身内は聴く耳を持たぬ聴衆にトラッド派のレパートリーを聴かせる事の方を懸念していました。
 それは聴衆に聴く資格が無いという意味ではなく、理解されない場面で伝統の深みを出すことが演奏家に過酷であるとの判断ででした。

 ひとつのラーガの修得度も今日のインド人演奏家や日本人のレベルとは大きく異なります。若林忠宏の師匠にとって「習得した」ということは類似ラーガを数種弾き分けられることは勿論、ひとつのラーガを数日即興出来る事を意味しています。

 こうしたインド音楽演奏家としての側面の他に若林忠宏はサイケデリック・ロック時代のシタールの研究家であり、マニアでもあります。(ジョージ・ハリスン、ドノヴァン、コリン・ウォルコットの完全コピーでは定評)

 このように若林忠宏のシタール演奏には、今日のインドでも希少な「トラッド」 と「モダン派」と「サイケデリック」 がはっきり弾き分けられています。

  何故混乱しないか?それは幸いに「トラッド」の演奏が下準備に数日掛かり、本番でも気が抜けない演奏を求める物である御陰です。意外にも、伝統派の曲の次におさらいが必要なスタイルが、その演奏者の手癖を完全に再現する「サイケデリック」です。それに対して簡単なモダン派の演奏は何時リクエストを得ても演奏出来ます。

 若林忠宏は、サロードではトラッドしか演奏せず、シャロッドや打弦楽器サントゥールではモダンしか演奏しない、という「けじめ」を守っています。ある意味そうでなくてはラーガの良さも楽器の良さも表現出来ないからでもあります。


 
                                  Photo by keisuke Etou